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2010.01.27
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「毎度お騒がせをしております。小沢一郎でございます」。
つい最近、何処かの会合で人を食ったような小沢一郎自身の挨拶の第一声である。

正に日本国中を騒がせているから至言と言えば至言で、どうにも言いようがない。また、彼は「不徳の致すところで・・・」という言葉を使った。

「徳でない」と言うことであると認めているわけである。
「不徳」を広辞苑で引くと1.特にそむくこと。不道徳。2.徳のたりないこと。徳を備えぬこと。とあり、大辞泉では、1. 身に徳の備わっていないこと。2. 人の行うべき道に反すること。また、そのさま。不道徳。とある。

そして、「不徳の致すところ」とは、自分の不徳のため引き起こしたこと。失敗や不都合のあったとき、謝罪の意味で使う。とあるのだが、この人の場合は一切そのような風情も、いやそんな謝罪の気持ちなど無いのである。ただ、こういった騒ぎを起こすとき誰もが常套句のように使っているから使ったまでのことであろう。

何となく悪いと思っているけれど悪くなんか無いよと言うのが本音のようである。
ところが、新聞を見たり、テレビで報道されたり、インターネットで見る度に段々と色が黒くなってきているようなのである。

では「徳」とは一体何なのだろうか。これも広辞苑で引いてみると、

1.(1)心に養い身に得たところ。人道をさとって行為にあらわすこと。道徳。善道。
  (2)正義が行為にあらわれること。
2.道徳的に善い行為をするような生活の習慣。
3.生来有する性質。天性。品性。
4.人を感化し、また敬服させる力。名望。徳化。
5.恩恵を施すこと。また、それを受けること。めくみ。おかげ。
6.幸福・財産を有すること。冨。富裕。
7.利益。得分。もうけ。

と長ったらしい。
この意味から言うと、彼が「不徳」と言うのは殆ど当たっていないのである。当然そんなことまで考えて使っているわけではないだろうが、この意味で彼を逐次的に見ていくと、
1.(1)心に養い身に得たところ。人道をさとって行為にあらわすこと。道徳。善道。では、


1.(2)正義が行為にあらわれること。
これなどは全く逆な気がする。

2.道徳的に善い行為をするような生活の習慣。
この人には、良い行為とはどういったことなのか理解しているのだろうか疑問である。

3.生来有する性質。天性。品性。


4.人を感化し、また敬服させる力。名望。徳化。
確かに感化しているが、敬服させているかと言えば半々で、むしろ、驚服であり、名望は迷望、徳化は得化の間違いだろう。

5.恩恵を施すこと。また、それを受けること。めぐみ。おかげ。
これは完全に一致している、「あなたはこの意味で不徳の致すところではありません」

6.幸福・財産を有すること。富。富裕。
これも5.同様です。

7.利益。得分。もうけ。
これも5.同様です。

これらから見ると、彼の場合は、大きく7つのカテゴリーの中で、3つまでは「徳」を有していることになり、決して軽々しく「不徳の致すところ」という言葉は使えないのである。

ここで問題にされるのは、法治国家に於ける法への抵触の是非であろう。
違法とされる企業献金が西松建設からあった。それを強制したのは公設秘書の大久保隆規被告であり、その走狗となったのが、石川知裕議員であり、池田光智元秘書の各容疑者たちである。

小沢一郎の言い分の中に、「このような記載ミスは誰でもやっていて、訂正で済んでいるのに何故自分だけが」というのがある。ここまで言える不遜さを、一体誰が作ってきたのか、14回も当選させた岩手の人たちの責は大きい。

北海道も然り、鈴木宗男は、北海道ではヒーローであり、彼の言では「検察が絶対正しいわけではない」と言う。我々も検察の横暴による誤認逮捕や、司法の誤審を数多く見てきている。それ故に慎重に事を進めているわけであるが、問題は、一般の犯罪のように「疑わしきは罰せず」を、国政に参与する人にも当てはめて良いのだろうかと言うことである。
予断ではあるが、テロリストの元締めと言われる「オサマ・ビン・ラディン」は絶対的巨悪の元かというとそうでもなく、サウジアラビアなどでは英雄なのである。

説明責任を果たしていて、潔白だというのは本人だけで、世の人の殆どは彼のどきどき恫喝的な説明に納得していないし、きな臭さを感じている。と言うか、もう火の手は上がっていると言っても過言ではない。

これを擁護するのは、「驚服し、迷望する」同士であるという、現在の鳩山総理大臣なのである。その気持ちは分からないでもない、自分も「知らなかったから許して」と、母親の子供手当を受けて、野党時代の大見得を反故にする男なのである。彼も大きな意味での小沢一郎の走狗であるとしか思えない。
知らなかったから許される法はこの世にはなく、知らない方が悪いことになっているのである。

国民が政権交代を願ったのは、あまりに汚れた自民党の腐れ縁を断ち切りたいがためであり、自民党の2番煎じを望むものではない。「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」と言う狂歌も、この場合は、白河が差ほど清いものではなかったことや、もとの濁りの田沼を恋しいとは思わないのが、つらいところである。

この寛政の改革の松平定信も幕府の重臣に金品を送りつけ、田沼意次の失脚を図ったという。贈収賄は江戸時代から(いやもっと昔からであるが)改革を謳う裏に潜む日本での重大な社会問題であったわけで、甘い言葉で、善政を歌う裏には、やはり、汚職があると言うことは、歴史が物語っているというわけだ。

「百の情況証拠があっても、一の確証がなければ」と言う具合に、検察も慎重になり、「十人の罪人を逸するも、一人の無享(むこ)を罰するのは、法の恥」とでも言うのか、見ていていらだちを感じる。
権力を握ると言うことは、「邪」を「正」にする力も時にはあるのが歴史である。

汚れた沼に住んでいた自民党から「自浄努力を!」と叫ぶのを聞くのも業腹である。
小沢一郎は、自著の「日本改造計画」で「一億二千万人の目で政治資金を監視」という事を書き、「政治資金の出入りを一円まで公開、透明にし・・・」などと書いているが、本当に自分が書いた物なのか疑いたくなる。

今回の件でも領収書を記者団にかざすだけで、そのコピーも出せないというのでは、公開、透明と言うには当たらないと思うのだが・・・。

小沢氏も総理もこの際お引きいただいて、他の民主党の人たちにバトンを継がれたら良かろうと思う。それで潰れるような日本であれば、やむを得ないとしか言いようがない。

「論語」里仁には、「徳不孤・・」(徳のある者は孤立することがなく、理解し助力する人が必ず現れる。)と言うことか、でも、チルドレンの皆さん、同じく「論語」憲問には、「有徳者必有言、有言者不必有徳」(徳ある人はきっと良い言葉があるが、良い言葉のある人に徳があるとは限らない)とも言っている。
折角国民が目覚めた政界浄化の道を元の木阿弥に戻すようなことだけはして欲しくないものだと思う。





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Last updated  2010.01.28 08:11:05
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