新生のらくろ君Aの館

新生のらくろ君Aの館

PR

×

Profile

のらくろ君A

のらくろ君A

Comments

GX革命の旗手久保田玉鋼最高峰@ Re:第4の革命(カーボンゼロ):GXの衝撃(07/24) ルパン三世のマモーの正体。それはプロテ…
マイコ3703 @ 思わず初コメしちゃいました(*^^*) 私もブログを書いているんですが内容が偏…
のらくろ君A @ Re[1]:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) やーやさん そう、アクリル画でしたね。 …
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08)  私もお名前書き間違って、女流画科さん…
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) 素敵な「ひつじ達とお散歩」は ポスター…

Favorite Blog

のらくろ君 のらくろ君さん
八十艮の広場 八十艮7633さん
ようこそ ばあこ … ばあこ5577さん
こんにちわ♪ kalunguyeyeさん
何の日=つぼんち16 つぼんち16さん
2010.01.28
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日は、特に何とはなく一日を過ごした。
机の上のほこりを払ったのは久しぶりのような気がする。

何を書こうかと思っているうちに時間だけが過ぎたという感じだ。

たまたま、テレビのNHKで「迷宮美術館」なる放送をしていた。通常はBSハイビジョンでの放送らしいが、再放送と言うことで、昼間放送されていたものだ。
今回は、理想郷を追い求める画家と言うことで、クロード・ロランの世界を紹介していた。

彼は、1600年頃生まれと言うから、バロック時代に生きた画家である。フランス人で、ロレーヌ地方の出身と言うから、奇しくも、この間読んだ本の「物語ストラスブールの歴史」で紹介された隣の地方で、フランスとドイツの国境近辺の、今はルクセンブルグやベルギーに近い地方である。

どちらも、古代ローマ人が、北東辺境地として征服した、ゲルマン民族との接触点に当たる地方である。
いずれにしても、帝政・共和制ローマ時代を通じて、ローマ人にとって、この辺りは、既に蛮族の住む世界だったところである。

もっとも、それは、クロード・ロランが生まれるずっと以前ではあったが、ロレーヌ生まれ故にロランという名となったという。クロード・ロランもご他聞に漏れず当時の芸術家が集うイタリアでその生涯の大半を過ごしたという。



クロード・ロランが描き続けたのは、この世の理想郷で、代表作には、「海港 シバの女王の船出」が取り上げられていた。これらに刺激されて、当時のヨーロッパでは理想郷ブームが起こったと言われている。
トーマス・モアの理想郷や、エル・ドラードなどにも関係していたのかも知れない。

17世紀までは、まだ風景画が芸術として認められたジャンルではなく、もっぱら、神話や、聖書、さらにはパトロンの肖像画を如何に素晴らしく描くかと言うことが主題であった。先日の「The パプスブルグ」展をみても、風景画は、数点しか無く、まだその位置づけも確固たるものではなかったようだ。

プッサンと交友があり、一緒に旅をしたこともあるようで、歴史を背景にした風景画として、その作風を作り上げていったようである。代表作の「海港 シバの女王の船出」では伝説の女王シバが、港から船出しようとするところを描いており、この作品は、近景、中景、遠景を描き分け、巧みな遠近法を用い、その消失点に輝く太陽を配置するといった技法が用いられている。

その太陽は、燦然と輝きを放ち、かつてはそのような表現が見られなかったほどの筆致である。この作品で、彼は、現世から旅立ち光り輝く理想郷へと向かうことを暗示しているかのようで、プッサンに見られるように、人物の背景としての風景画ではなく、逆に風景を主体とした中に人物を添えて描いているという作品である。

これらの風景画は、やがてターナーやそして又コローへと受け継がれていくのである。
光の描写を取り入れた点は、従来のフレスコ画にない新鮮さで受け止められたことであろう。
カラヴァッジョの光の取り入れ方や、フェルメールへの影響もあったのではないだろうか。そしてやがては、モネの「日の出」に代表される印象画へと移行するのである。

今までポイント、ポイントでの絵画鑑賞をしてきたし、それぞれが、素晴らしいとは感じるものの、一連の西洋絵画史をベースに鑑賞するとき、今まで知らなかった絵画の流れが整理されていき、頭の中が、ある程度ソートされていくのが面白い。

クロード・ロランは同じような構図の絵を何枚も描いている、いずれも建物に囲まれた港に船が出入りするといった海景画が多く、その向こうには輝く太陽があるという具合だ。
しかしプッサンとの旅行を通じてか、田舎での牧歌的風景をも描いている。


理想郷と言えば、日本人でも理想郷を求め続けた巨匠がいる。池大雅である。私はこの名前をわずかに聞いたことがあるが、特に有名な池大雅の作品に、国宝でもある「十便十宜図」(じゅうべんじゅうぎず)の「釣便」がある。

この「十便十宜図」は清の李漁が、山麓の草蘆に住み、門をとじて閑居したところ、訪問した客が「静は静であろうが、不便なことが多いであろう」といったのに対して、便と宜とそれぞれ十則の詩をつくってこたえたというものであり、この話に基づいて池大雅が「十便図」、与謝蕪村が「十宜図」を描き、合作したものが「十便十宜図」だという。

池大雅の十便とは耕便(こうべん)、汲便(きゅうべん)、浣濯便(かんたくべん)、潅園便(かんえんべん)、釣便(ちょうべん)、吟便(ぎんべん)、課農便(かのうべん)、樵便(しょうべん) 、防夜便(ぼうやべん)、眺便(ちょうべん)

と各々素朴な南画を言うのだそうだ。池大雅は、初めは水墨画の模倣的技法だったが、西欧の絵画を見て、開眼し、水墨画に遠近法を取り入れるなど新しいジャンルを開いた。
そしてひたすら理想郷を追い求めたのだが、理想郷は畢竟、深山幽谷の手の届かぬ所にあるのではなく、この「十便図」に示したように、日常の何気ないことにあると悟ったのである。



これら「十便図」は、我らが高校時代の大先輩である川端康成が、家を買わずに手に入れよく眺めたという話であり、川端記念館にあるとのことらしいが、何故か一般公開はして居ないとのことだ。

見せて欲しいと思った。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.01.29 15:57:13
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: