新生のらくろ君Aの館

新生のらくろ君Aの館

PR

×

Profile

のらくろ君A

のらくろ君A

Comments

GX革命の旗手久保田玉鋼最高峰@ Re:第4の革命(カーボンゼロ):GXの衝撃(07/24) ルパン三世のマモーの正体。それはプロテ…
マイコ3703 @ 思わず初コメしちゃいました(*^^*) 私もブログを書いているんですが内容が偏…
のらくろ君A @ Re[1]:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) やーやさん そう、アクリル画でしたね。 …
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08)  私もお名前書き間違って、女流画科さん…
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) 素敵な「ひつじ達とお散歩」は ポスター…

Favorite Blog

のらくろ君 のらくろ君さん
八十艮の広場 八十艮7633さん
ようこそ ばあこ … ばあこ5577さん
こんにちわ♪ kalunguyeyeさん
何の日=つぼんち16 つぼんち16さん
2012.08.17
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



私の親父は、佐賀の生まれで、一応「平民」とあるから武士ではなく、商人だったとは聞かないから農業に従事していたものであると思う。しかし、親父は、田畑を弟(叔父)に譲り、佐賀を飛び出したのであるから、そのときリセットされたわけだ。従って私は、祖父というものを知らないし、祖母もまた然りである。

そんなことで、盆や彼岸に田舎に帰省することもなかったわけだ。従って親父が基準点になるわけで、その基準が墓参りの必要性を説かなかった(親父が亡くなった後どうこうせよなどと話はなかった)ので墓に参る習慣はないのである。しかし親父に信仰心がなかったかと言えばそうではない。生前若くして既に戒名(法名)を取得していたことからもその一端は伺える。

どうやらご多分に漏れず、農民が帰依した浄土真宗が親父の宗派だったようで、「釋○○信士」という○○の戒名は既に手文庫の中に入っていた。親父の葬儀の時には、坊主がそれを知ってすぐ法名を短冊に書いたわけだ。ここで、戒名とは、仏教において受戒した者に与えられる名前であり、仏門に入った証として、また戒律を守るしるしとして与えられるものであり、死んだときに貰うものではない。

あたかも、死んだときにつけられるのは、生前は忙しくて(また特別信仰心もないとき)には一般にはわざわざ貰うことはない。キリスト教徒が洗礼を受け、クリスチャンネームを貰うのはもちろん生前であり、之に似ている。

で、戒名と法名は、それぞれどちらでも良いようだが、浄土真宗では、「法名」が正式な名称である。私の解釈では、親父は生前仏教の戒律(十戒)を守るという教えに従うということで「戒名」を得、死んだときにそれを法名として自身の本来の名前(固有名詞)を受け取ったと云うことであろうかと思う。
従って、師より戒名(法名)を授かったと同時に従前の俗名を捨てる訳だが、生前親父の名前が突然、「釋○○」と変わったら、それまで交誼を結んだり、また社会生活上不便だから、俗名を使い続けたわけである。(因みにお袋の場合は釋尼○○と尼の文字が付く)

従って、戒名は2文字と決まっていて、身分の上下や精進、報恩の多少に関係なく、仏の世界が平等であることを表しているのは、イスラム教などと同じである。

親父が亡くなったときに、坊主は、逡巡無く「釋○○信士」と短冊に書いたので何も思わなかったが、ここから後は、見栄と、坊主の儲け話になるのだろうが、院号「△△院」または「△△院殿」と言う冠が付いたり、位号である「信士」が「居士」や「大居士」(女性は「大姉」)になったりするわけだ。之が高いお布施となって、坊主を潤し、かつ俗世に生きる遺族のプライドをくすぐることになる。



また、院号・院殿号は、生前に寺院や宗派に対して多大な貢献をした者、あるいは社会的に高い貢献をした者に贈られる号であるとされるが、要は、死んだときにお金を積んだら得られるものである。(仏の沙汰も金次第というわけだ)

俗に、皇族などが寺院の建立などの布施行をした者には、その徳を称えて「院号」が送られ、武士が寺院の興隆などの布施行した場合には「院殿号」が送られたようで、例えば織田信長の戒名は「総見院殿贈大相国一品泰巌大居士」とフルネームになるわけだ。しかし彼は、真宗ではないので「釋」の文字はない。

また、浅野内匠頭の戒名は「冷光院殿吹毛玄利大居士」であるし、徳川家康に至っては「東照大権現安国院殿徳蓮社崇譽道和大居士」と長い。さらに百姓出の豊臣秀吉も、戒名となると、「国泰祐松院殿霊山俊龍大居士」と立派である。もちろん律宗などの宗派ではこれら院号を用いないものもある。

そして最後の位号であるが、本来は、性別や年齢、功徳報恩などにより異なるのだが、之も金次第では、どうとでもなる。江戸時代は武士以上に対して居士・大姉を付け、庶民に対しては信士・信女を付けたと言われるが、武士階級でも信士・信女が付いている場合もあり俗説のようだ。

従って、親父の「釋○○信士」やお袋の「釋尼○○信女」はきわめてシンプルであり、何ら余分なお金を払っていない証拠となる。

そんなことを思いながら墓参をしたが、俗世で悪事を働き、大金を設けた奴ほど法名にまつわる名前が長くなっているようでもある。
因みに天下の大悪党である石川五右衛門の戒名は「融仙院良岳寿感禅定門」でこれは処刑された盗賊としては破格の極めて立派な戒名であるし、義賊鼠小僧次郎吉の戒名は「教覚速善居士」と之もそれなりに立派である。

昭和の悪党で、造船疑獄の佐藤栄作の戒名は「周山院殿作徳繁栄大居士」とますます立派で、ロッキード事件有罪宰相の田中角栄も戒名は「政覚院殿越山徳栄大居士」ときわめて立派である。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012.08.18 04:38:39 コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: