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2026年08月15日
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カテゴリ: その他
今年で81回目となる終戦の日。

過去数年間、8月15日の記事は戦争に関するものを出してきました。

2023年:​ 時刻表昭和史 宮脇俊三著
ぜひ読んでいただきたい一冊。

2024年:​ 鉄道連隊 K2形機関車134号
​津田沼で保存されている、鉄道連隊で使われていた機関車。

2025年:​ 房総線外廻り(現外房線)昭和20年7月改正の時刻表
終戦直前の列車が掲載されていた文献を丸写しし、時刻表ふうに制作したものです。

今年2026年は、鉄道とは全く関連は無いのですが、30年以上前に他界した父方祖父のアルバムにあった写真たちを出してみます。

従軍していたことは、どこかの神社で撮ったと思われる「出征記念」の集合写真が部屋に飾ってあったのと、微かな記憶の赤紙を見せてもらったことで、知ってはいました。
しかし戦場での様子などは一切話したことはありません。

​父が他界した際、それら祖父のものはすべて長男の自分に引き継がれました。


かつて8月前半のTV番組、戦争についての体験談や悲惨さを伝えるドラマが放映されていましたが、最近はそのような番組がほぼありません。
視聴率の問題などがあるのでしょうけど、「伝えて残す」ことが疎かになっている気がします。
​母方の祖母は、戦争中の苦しかったことを、小さかった頃の自分に教えてくれました。
当時は敷地内に防空壕がまだ残っていたこともあります(今は埋まってしまいました)

今回出せる写真は、アルバムにあった中から、ほんの一部です。
保存状態がよろしくないことと、見てもよくわからないものばかりだったためです。

本当は昨年、終戦80年の節目に出そうとしていたのですが、直前になり躊躇してしまい、1年先送りしました。


昭和14年の1月1日。正月用餅つきをしている様子みたいです。
祖父は古い人間だったので、カタカナばかりを使っています。
「鍋で餅つき一寸珍しいね」との感想も書かれています。


今度は祖父が杵を持ち上げています。


時代がわずかにさかのぼり、昭和13年5月に南京への行軍中。
背景に線路が見えています。
「パンプ」という言葉が記されていますが、調べても意味がわからず。

ハンプなら鐵用語の坂阜(操車場で貨車を仕分けするための下り坂)かと思ってしまいます。


「無湖より行軍」とあります。しらべてみたら蕪湖という都市が上海の西にありました。


昭和13年1月、上海で撮ったもの。


これは親戚の写真。たぶん祖父のいとこ。
昭和12年満州国(満洲団?)入隊と読めます。


昭和13年上海。写っている3人と祖父との関係は不明。


南京維新政府とあります。
維新政府の画像を調べてみても、このような建物は全く出てこず。


昭和13年当時の蘇州駅。
この蘇州駅と上の維新政府、なんとなくですが、素人が撮ったものではなさそう。


集合写真。平田部隊本部の看板が掲げられています。

平田部隊本部、どこにあったのでしょう。


蘇州美人を写すとあります。
相手はカメラを手にしているようです。


昭和13年の南京城の門。
日本軍が南京に入ったシーンの写真に写っている門と同じなのかはわかりません。
門そのものの付近は雑然としています。


昭和17年造兵廟と読めます。
全工具メンバーとあり、工場ではたらいていたのかもしれません。
服装は野球のユニフォームに見え、右端下の人はたぶんグローブをはめています。

別にあった祖父ポートレート写真の裏面に、昭和17年退官と記してあるものがあり、この写真は戦争とは全く関係ない単なるスナップかもしれません。
胸には英文らしきチーム名もあります。


祖父は中国でも、上海や南京あたりにいたようです。
戦争に行ったことを何も語らなかったのは、終戦まではいなかったためかもしれません。

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最終更新日  2026年08月15日 10時20分04秒
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