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東京から戻ってきたと思ったら島根に来ています。色々なところに行けて楽しいのですが朝、起きると「ここ何市だったかな?」って事が時々あります(爆)ちょっと疲れすぎかな?ナビ頼りの私はいまいち全体感をつかむのが苦手です。高速のパーキングで町の位置関係を確認するのが新しく担当した地区の恒例作業になってます。先に見えるのは宍道湖です。
2010.04.28
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今回の東京土産は 花椿ビスケット白缶なんとなく詰が欲しくて選びました。けんけんからは「合格」を頂きました。でもこっちのほうが良いみたい
2010.04.27
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今日は・まぁの11回目の誕生日でした。これは生まれたときの写真です。体が弱くて必ず毎月高熱を出していましたが最近は本当に強くなってくれました。 本人のリクエストでお寿司を食べに。オオトロ食べ放題です。今日だけよ(爆)おめでとう。
2010.04.25
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今週は東京にいます。帰りは土曜日の最終便です。 昼食は会社の近くの蕎麦屋さんへ。東京の蕎麦のつゆの色は黒々しています
2010.04.23
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今日は12回目の婚記念日でした。 夕食は近くのピザ屋さんに。石釜があって本格的なピザやスパゲッティが食べれます。前菜もおしゃれです。(ちょっと大人の味?)スープの後にピザが出てきます。私が頼んだのは、これ↑とても美味しかったです。デザートは3品を自分で選びます。ゆっくり家族で食事をして、とても素敵な記念日になりました。 ささやかですが、私からプレゼント。また一年宜しくね。
2010.04.17
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人間は人生でいろいろなことで悩みます。しかし、私はそうしないことにしていますし、また「悩むな」と皆に言っています。深く考えることは必要です。しかし、悩みをもつと、場合によっては体を壊しますし、何の益にもなりません。それは無駄なことなのです。 仕事のうえで問題が起これば、私はそれを解決するために「考えて、考えて、考え抜く」ことはしますが、対策を立てたらそれでおしまいです。悩まないですむ為には、「これ以上考えることがない」というくらいに考え、その後は「人事を尽くして天命を待つ」というような姿勢が必要です。ただし、考え抜けばすべてが解決するわけではありません。そのためか、往々にして悩むのがクセになっている人がいるものです。そのような人は、「悩まない」と自分で決めてしまうことも大切です。私が知るかぎりあれこれ悩む人は、対策を立てたあと、結果が出るまでの間に悩んでいる事が多いように思います。「上手くいくだろうか、駄目だろうか」と思い悩む。しかし、悩んだからといって、結果がよくなるわけではありません。矢がつるを離れた以上、あとは待つしかない。できることは天命を待つことだけなのです。「考え抜いて出した対策が吉と出るか凶と出るか、それはわからない。わからないことを悩んでも仕方がないじゃないか。そんなことを悩むのは意味がない」と、こう考えていくのです。結果が吉と出れば間題はありません。ところが凶と出て失敗したりすると、又皆悩むわけです。たとえば、損害が予想より大きくなったとしましょう。しかし、それでも起こったことは仕方がありません。「腹水盆に帰らず」で、こぼれた水は地面に吸われてしまって取り戻せない。だから、それを悩むのは無意味なことです。受けた損害について悩むよりも前向きに仕事をするほうがよい。そうすれば悩まなくて済む。結局、悩まないことが悩みから脱却するための最善の方法です。では、どのようにすれば悩まなくて済むのでしょうか。 第一 ・悩む暇があったら誰にも負けないくらいの努力で働く。第二 ・謙虚にしておごらない。第三 ・毎日反省する。反省するのは悩む事とは違います。第四 ・足るを知って、生きている事に感謝する。第五 ・自分よりも相手によかれという利他の心をもって生きる事です。 悩みを感じる暇もないほどに一生懸命に仕事に打ち込みながら、「生きているだけでも幸せではないか。それ以上、何を望むのか」と自分に話しかけ、感謝する心を育てていく。そうすることでも悩みは収まるはずです。人間の情念としては、悩み以外に、憎しみ、根みというものもあります。たとえば、家族が殺されたりした場合、遺族の犯人への憎しみ、恨みは相当なものになるでしょう。私は、その人たちの憎しみや恨み、やり場のない怒りを否定するつもりはありません。子供を殺された親にとって、犯人に対する僧しみや根みは余りあるものがあるはずです。ですから私は「殺人者に対してどういう処罰をなすべきか」と強いて問われれば、死刑があっても良いと答えるでしょう。罪に相応した罰を受けることは当然です。しかし、それでも憎しみはもたないほうがよい。被害者の家族や関孫者が犯人を憎み、恨むことは、できるだけ抑えるべきだと私は思います。こんなことをいうと、「あなたは当事者ではないから、そんなことがいえるのだ」と、反論されるかもしれません。それは無理もないことです。しかし、当事者でない門外漢が口をはさむこと自体が僭越であることは重々承知のうえで、尚且つ私は、憎んだり、恨んだりしてはいけないと考えています。犯人をいくら憎んで恨んでも、殺された家族が帰ってくるわけではありません。それどころか、憎しみ、恨みは恐ろしい反作用をもっていて、その当人の心を傷つけ、切り刻みます。いや、心だけでなく肉体までも切り刻むのです。 毎日怒ってばかりいる、不平不満をもっている人は、顔色がどす黒くなり、いかにも不健康そうな顔つきになります。実証されたわけではありませんが、これは怒り、恨み、憎しみという思いが、ある種のホルモンを出すからという説もあるくらいです。 心の状態が肉体に影響を与えることはままあることです。たとえば、心配事が胃潰瘍になることはよく知られています。酸に強く、ビクともしないはずの胃壁に穴が開くのは、心配のあまり、胃壁の細胞を弱らせるホルモンが分泌されるからといいます。恨み辛みは水に流せばよいといっても、なかなかそうはできないものかもしれません。しかし、憎しみ抜いても亡くなった人が帰ってくるわけではないのですから、亡くなった人の霊が安らかになるためにも、「許す」ということが大事だと思います。 心を高めることが現世のなかでいちばん重要なことだとすれば、許せないものを許そうとすることは人間の感情において厳しい葛藤であり、最大の修行をさせられていると考えられるでしょう。財産や名誉を奪われるといった試練よりも辛い修行かもしれません。しかし、これを乗り越えていくことは何よりも心を高めることにつながり、それによって心が進化し、魂が光り輝くはずです。勤勉に働くことは、単に生きることの糧を得るだけではなく、副次的に自己の欲望を抑え、心を鍛えて、心を浄化することが出来ます。労働にはそのような重要な働きがあります。
2010.04.15
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日本はいま、大きな転換期に差し掛かっている。強きもののみが生き残る世界から共生の世界へ、目に見えるものだけの世界観から精神的な世界観へ---。今回は、三十代前半の若さで千人の患者さんの終未期を見用け、著書『死ぬときに後悔すること25』が話題になっている大津秀一医師のお話より筑波大学名誉教授 村上和雄むらかみ・かずお--昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博上課程修了。53年筑波大学教授就任。遺伝子工学で世界をリードする第一人者。平成11年より現職。著書に『心の力』(共著・致知出版社)など多数。最新刊に「スイッチ・オンの生き方』(致知出版社)がある。緩和医療医 大津秀一おおつ・しゅういち--昭和51年茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。内科医になるも、苦痛緩和の医療の大切さに気づき、日本バプテスト病院ホスピスに勤務(当時、日本最年少ホスピス医の一人)。平成20年より松原アーバンクリニックに勤務し、終末期医療の実践を行っている。著書は医療関係を扱ったものが多く、近著に『死ぬときに後悔すること25』(致知出版社)がある。 内科医として見つめた治らないという現実村上 大津先生は二十六~二十七歳から緩和医療を行っているということですが、いままでにどのくらいの方の終末期を診てきたんですか。大津 約十年で千人を超えました。村上 まだ三十代そこそこだというのに、すごい経験をされていますね。緩和医療医とは、終末期の患者さんの痛みや苦しみを和らげるのがお仕事だと聞いていますが、何か資格のようなものがあるんですか?大津 いままではなかったんですが、ようやく今年から専門医制度ができました。資格を取るには、緩和医療をしている施設に行って研修を受け、末期がんの患者さんの痛みと苦しみを和らげる症例をたくさん経験することなどが条件になります。村上 日本でどのくらいの緩和医療医がいるんですか。大津 医師の数は全体で約二十七万人ですが、緩和を専門にやっていらっしゃる先生は数百人程度だと思います。村上 もともと、大津先生はどういう経緯で緩和医療医になられたんですか。動機やプロセスをちょっと教えてください。大津 僕は小さい頃、体が弱くてよく病院に行っていました。医者になろうと思ったのは、その時の小児科の女医さんに憧れてです。はしかの時、僕の口の中を見て、「いままでの熱と違うから、大変よ」なんて言われて、なぜそんなことが分かるんだろうって。病気をしっかり診断して、さっと治せる医者になりたいと思いました。最初は内科医からスタートしました。でも医者になってつくづく感じたのは、世の中には治せない病気が非常に多いということです。村上 医者は言いにくいよね、治せないって。大津 「先生、私の高血圧、よくなりますか?」と聞かれて、「薬をのんでください」と答えるしかない。糖尿病、膠原病、リウマチ、パーキンソン病なども一般に根治はできない。治せない病気だらけなんです。村上 進行したがんも治せない。大津 内科の若い医者は、末期のがん患者を担当することも多いのですが、次から次へと亡くなっていくわけです。しかも終末期の患者さんは、痛みや苦しみにさいなまれることが多い。村上 憂欝になりますか?大津 学生時代、「緩和」について少しは勉強しますが、いざ実地に立ってみると、末期がんの患者さんの多くが痛い、苦しいと唸(うな)っているという状況を見るのはつらかったですね。治すために医者になったのに、治らないことばかりやっていて、本当に世の中の役に立っているのかと悩みました。そんな時に、いま大阪大学の教授になられた恒藤(つねとう)暁(さとる)先生が書かれた『最新緩和医療学』という本を読みました。その本には、痛みはこういうふうに処置する、息が苦しい時は、食欲不振時は、と症状ごとに具体的な処置方法が書かれていました。本に出てくる緩和医療を実践してみると、六十代の女性の患者さんだったんですが、それまで非常に苦しんでいたのがピタっと止まったんです。昨日まで息苦しい、食欲もない、だるい、動けないと苦しんでいた人がちょっと治療しただけで、「先生、きょうは食欲があります、元気ですよ」というふうに変わってしまったのです。村上 その時はどういう治療をされたんですか。大津 具体的な治療法としてはステロイドの投与です。胸に水がたまるタイプのがんで、管を入れて水を抜かなければならない状況だったのが、ステロイドを投与すると、全然水がたまらたくなりました。食欲がない、だるいなんていう症状もピタっと消えてしまったんです。緩和医療に出合い、病気を治すこと以外にも医者がやれることがあったことが分かりました。患者さんがたとえ終末期となっても、その時間をよくすることは医者にはできるんだと。苦痛を取り除くことはできるんだと。もっと緩和医療を広めなくてはいけないという思いが強くなっていきました。最初は独学でやっていたのですが、専門書などで「ああ、こうすればいいんだ」と分かりますよね。例えば緩和医療では、弱った患者さんには点滴を減らすのです。なぜなら体の弱った人に普通の量の点滴をするとむくんできてしまって、かえって負担になるんですね。 死を前にスイッチがオンになる遺伝子もある村上 僕はいま、「心と遺伝子研究会」という研究会をつくって、心と遺伝子の関係、そして魂と遺伝子の関係まで研究したいと思っています。その一つのテーマにスピリチュアルペインもあるんです。大津 スピリチュアルペイン魂の痛みと訳されていますが、最近になってよくいわれる言葉で、取り扱いが難しいです。死んだ後はどうなるのか、また自分が死病にとりつかれたのは何か悪いことをしたせいではないのか、といった根源的な苦悩があります。そうした一群の魂の痛みを、総称してスピリチュアルペインと呼んでいます。そういう痛みを緩和することも、緩和ケアでは重要なことです。また、一方で現代の医学は図らずして延命治療に力を注ぎがちですが、苦痛と苦悩の中に生かし続けられてしまうつらさというのもあるのです。そういう患者さんやご家族の姿を見ていると、穏やかに死を迎えるということはとても大変なことだなとつくづく感じます。医者として、患者の苦痛をとってあげることができないなら、せめて患者の人生をよい終わりにできないだろうか、最後を穏やかに過ごすことができないだろうか、そのことをずっと考えてきました。実は医者が、現代社会では一番逝く方と接する仕事、「おくりびと」なんです。村上 医者は死と直面せざるを得ないわけですね。その時にどういう態度を取るのか。この前、医学部の教授に聞いたら、いまの医学生で死に際に家族として立ち会ったことのある学生は、十人の中に一人もいないそうです。大津 僕自身も解剖で死体を見たことはありましたが、医者になるまで身近な人間を亡くしたことがありませんでした。「お看取(みと)り」の仕方など誰も教えてくれません。研修医の時に、「ちょっとやってみろ」と言われて、「何時何分、ご臨終です」と見よう見まねでやり方を覚えます。ましてご遺族にどう声を掛けていいのか分かりません。臨終の時間だけを告げて、さっさと医者が遺族の前から逃げてしまう、ということもあります。村上 死をどう取り扱うかについて、医学部の学生に対してきちんと教育がなされているんですか。大津 少なくとも僕の時はあまりなかったですね。緩和医療に関しては、一、二時間ぐらいの授業はあった記憶がありますけれども、死んでいくこと、死とは何かという教育はほとんどなされていないと思います。一般の方も、高齢化社会で六十代、七十代になってもご両親を看取ったことがないという方がたくさんいます。年齢が倍ぐらい上の方でも、「先生、死ぬ前はどういうふうになるんでしょうか」「どういうふうに備えたらいいんでしょうか」と尋ねてこられます。村上 いまの社会はなるべく死を避けて、先へ延ばしてきた。そのあたりの教育、経験が現代人には欠けていますね。社会に大きな穴が空いている気がします。大津 実際に見るのが一番いいんでしょうけれども、現実的ではありません。多くの患者を看取ってきた医者がいろいろ知らせていくことが重要だと思っています。本をたくさん書いているのも、教材というか知っていくきっかけになればと思っています。治す医療も大切ですが、死んでいく患者さんに、あるいはそのご家族に寄り添う医療が大事だと思いますね。村上 死ぬということも、僕は大自然の中の一つの真理だと思います。死ななかったらえらいことになる。生と死はぺアですから、死だけを嫌だというわけにいかない。それは頭では分かっていても、心からそれを受け入れるにはどうしたらいいんでしょうか。大津 非常に難しい問題ですね。ただ、死を意識することはすごい力になるように感じます。普通に暮らしている僕たちが意識しようといっても難しいわけですが、終末期の患者さんが死を見据えて、生きている間に何かをやろうと思った時の爆発力や瞬発力はものすごいものがありますね。村上 黒澤明監督の映画『生きる』。あの主人公は自分の寿命が決まってから、市民のための公園をつくることに奮闘するが、実際にもああいうことはあるわけですね。大津 はい。健康な時はいろんなリミッターがかかっていて、結局全力を出さないようになっているだけなんだなと思います。村上 人間の体には、死を本当に見据えた時にオンになる遺伝子があると思うな。私たちには細胞をつくるための遺伝子と、壊すための遺伝子、その両方あるわけですよ。ところが死ぬと、つくるほうが止まって壊すほうのスイッチがオンになる。死は逆らえない。それをどう受容して最後の花を咲かせるか。死刑囚が本当に素晴らしい作品を残したりするのは、死を見つめて生きるからですね。きょう死ぬとは思ってない人は、ちゃらんぽらんに生きてしまう。今日しかない、いましかないという気になれば、日頃できないことができるわけですよ。
2010.04.12
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人が死ぬ時に後悔すること村上 先生は最近、『死ぬときに後悔すること25』という本を出されましたが、人は亡くなる時、どういう後悔をするんですか?大津 それこそ千人千様です。主だったものはこの二十五ぐらいにまとまるんじゃないかなとは思います。一番多いのは「あの人に会っておけばよかった」ですね。村上 どんな人に会いたいのでしょうか。大津 昔の親友だったり、しばらく会っていなかった親戚というのもあります。あと多いのは、海外旅行や故郷に行っておけばよかったとか、墓参りしておけばよかったというのもあります。また、死期が迫ると味覚が変わることがあるので、あれをもう一度食べておけばよかったというのもあります。それも、どこどこのうなぎが食べたかった、あそこの寿司を最後に食べたかったとか、結構具体的におっしゃる方もいますよ。村上 先生が質問するんですか、それとも自然に話される?大津 自然に話されます。引き出すのが大事だと思っているので、あまり細かく聞きません。話の中で、「そういえばあそこに行っとけばよかった」「あの人に会っておけばよかったな」ということをポツリと言われる。村上 患者が信頼しているということですよ。普通のお医者さんに「病院の食事じゃなくて、うなぎが食べたい」なんて言ったら叱られそう(笑)。大津 一般の医師は制限するほうですからね(笑)。確かにあまりプレッシャーを与えない感じなのかもしれません。外出も、外泊も基本的には状態が悪くなければ自由です。「なんでも好きなことができるようにこちらもバックアップしますよ」と言うと、かえって「いや、大丈夫です」と遠慮される(笑)。でも、ある段階までくると、皆さん「元気なうちにしておけばよかった」と感じていることをポツリ、ポツリとお話ししてくださいます。 感動を与えて一逝った人たち村上 逆に、誰が見ても見事に死んでいったというか、後悔がないだろうという人もいますか?大津 それに関しては例が少ないので、僕もまだはっきりとは掴んでいないのですが、ご本人たちが言うには、「生きている頃から死を意識してきた」と。例えば戦争に行って生死の境を跨(また)いだような人たちは、死に対して準備ができているのか、恐れが少ないようです。あるいは、戦場へ行っていなくても、昔は実際に人が死んでいく姿を子供の頃から見ている人が多いということもあると思います。村上 そういう人たちは何%くらいいますか。大津 そうですね......。誰が見ても後悔がないだろうなと思われた方は、三人ぐらいです。村上 千人のうちの三人?それはどういう人たちですか。大津 そのうちの一人は六十代の女性だったんですけど、普通、自分が死ぬとなると自分のことだけで手いっぱいになってしまいます。ところがその人は、他の病室の二十代の患者さんの世話を焼いていました。その青年は様々な苦痛に悩み、また僕はなんで死ななくちゃいけないんだって。そのうち家族も来なくなってしまって......。「つらいよ、苦しいよ」みたいなことを言われると、家族はもういたたまれなくなってしまうんですね。村上 面会に来ても体の痛みを消してあげられないしね。大津 でも、女性はその子のお母さんみたいに、その子の世話を焼いてあげたり、話し相手になってあげたりしていました。すごい方だったなと思いますね。自分も余命幾ばくもないのに、よくあんなに人の世話を焼けるなと。結局、自分も一人じゃ生きられないからみんなに支えられて生きてきた。最後にそれを誰かに返そうという思いがあったのかもしれません。村上 遺伝子の中には、自分のコピーだけ残すというような利己的な情報だけじゃなくて、他の細胞と協力しなさいという情報をもっていると思っています。自分のコピーを残すというのはある意味では利己的な働きかも知れませんが、遺伝子や細胞を見ていると細胞は自分の働きをしながら他の細胞を助けている。そうしないと臓器なんか働かないわけです。一種のネットワークがあると思っています。なぜこんな見事なことがやれるのかとお医者さんに聞くと、それは自律神経ですよと(笑)。自律神経を動かしているのは何ですかって聞くと、脳だっていう。脳を動かしているのは誰か分からない。二十一世紀には、遺伝子のオンとオフを解明できると僕は思っています。できれば自分の手で解明したいですね。利他的な行動を起こすと、なぜこの人はそんなにいきいきと生きられるのか、そんなことが遺伝子レベルで解明できるかもしれないということです。しかし、死ぬ時に後悔のなかった三人というのは、例えば特別な信仰があったとか、社会的に特別な地位にいたとか、そういうことはない?大津 いや、本当に普通の方々です。村上 その三人の人たちはホスピスに来るまで、普通に生きていた時の姿勢が、他の人たちとちょっと違うのかな。大津 おそらくそうだったと思います。死ぬということを自然に受け入れていたように感じます。死を前にすると、悟りに辿り着くことはあると思いますが、その三名は普通の人よりは少し前からそうした悟りの中にいただけではないでしょうか。村上 しかし千人に三人というのは少ないですね。ほとんどの人はなかなかそういう境地には達することができないわけですね。見事に死ぬというのは、人生最大の難問だな。 祈りと感謝の中で旅立ちたい村上 死ぬ時に後悔しないためには、ある程度自分の死期を把握していたほうがいいのでしょうか。そういう意味では、告知の問題はどうですか?大津 いや、これは難しい問題です。「先生、私はいつぐらいに死ぬんでしょうか」と聞く患者さんの質問は注意が必要です。時には「何を言っているんですか。大丈夫ですよ」って言ってあげたほうがいい場合もある。本人には余命告知はしないほうが多いですね。伝えるにしても月の単位とか範囲を持って伝えます。言葉というのは難しい。もうちょっと頑張れるだろうと思っていても、「あと二、三か月の命です」と言われて、毎日「あと何日」と数え、自分で暗示をかけてしまうケースがあります。患者さんにも三つのタイプがあって、腫瘍だと言われた時に、「もうだめだ」とすごく悲観的になるタイプ、この場合の経過は早いですね。また、絶対に倒してやるといって闘うタイプも、案外こちらが考えていたよりも早く亡くなる人が少なくない気がします。私たちが考えていた以上に長生きをされるのは、「先生、僕のがん、消えちゃったんじゃないの?」というようなタイプ。実際、認知症の方は、がんの末期でも予想される余命より長い経過を辿ることがままあります。村上 なるほど、忘れちゃうというか(笑)、要するにがんと一体化して、共生するということですね。僕の心の恩師である平澤興先生も直腸がんでしたが、「がんとともに生きる」と言って、とても長生きされました。その平澤先生は、京大総長も務めた大変有能な医師でしたが、「医学には限界がある。だからこそ医者が祈るような気持ちにならないと、本当の医療はできない」と言われました。医療は祈りであると。大津 僕もそう思います。患者さんの家族が遠くにいて臨終に間に合わないかと心配している時に、心電図のモニターがフラット(平坦)になってしまい全然戻らない。それたのに家族の方が来ると、モニター上の心電図にまた電気信号が出たりするわけです。科学では計り知れない何かを感じますね。村上 家族や医師など、周囲の人間は祈るような心で見守り、それに対して患者さんは「ありがとうございました」と礼を言って死んでいくのが一番美しいのではないかと思います。大津 そうですね。ただ、それがなかなか照れくさいようで、家族、特に奥さんなんかに面と向かって「ありがとう」とおっしゃる方は結構少ないですね。普段、我々医師や看護師には「うちの奥さんには感謝している」とか「子供たちはみんないい子だ」とか言っているのに、本人には言えたいみたいです。奥さんが「あの人、全然感謝していないんですよ」と言うので、「この前、奥さんに感謝しているって言っていましたよ」と伝えると、「信じられない」と。だから「家族に残したいことを手紙にしてみたらどうですか」とお勧めすると、本当に一所懸命書かれる方もいます。村上 生前、いろいろなことがあったり、倒れてから介護で大変な思いをしても、最後に「ありがとう」と言って旅立っていってくれたら、それでご家族は報われるところがあるのかもしれませんね。大津 はい、言われた家族のほうは本当に救われます。「ありがとう」と言われた時のことをずっと覚えていますから。ただ現実問題として最後は意識がはっきりしている人が少ないですから、心ではみんな周りの人たちに「ありがとう」と伝えたいのに、伝えられないで旅立っていかれているのではないかと思います。村上 やはりみんな死ぬ時に後悔をしたくないと思っていると思うんですね。そのためには元気で暮らしているうちから死を意識して、なんでも先延ばしにせずに行動を起こしていくこと、そして周囲の人たちに感謝の心を伝えていくことが大切だと改めて実感しました。ありがとうございました。
2010.04.12
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自宅近くを食後のお散歩。コンデジ持参で行ってみました。デジイチにすればよかった(汗)ランニングコースもあります。桜を見ながらゆっくり歩いてきました。今日の昼間にはJ1の試合が行われていましたが、夜は静かです。自宅の回りの桜は今が見ごろです。
2010.04.10
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もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、 今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか? これはいまやiPodやMac OS Xで有名な企業アップルの創設者であるスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業祝賀スピーチで述べた有名な言葉です。 ジョブズは人生を左右する重大な決断に迫られたとき、この言葉を手がかりとして決断を下してきたそうです。その結果があれだけの企業を作り出したという事実を思い浮かべると、非常に示唆に富んだ言葉であると言えるでしょう。 以下、この名スピーチです。死に関するお話です。 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
2010.04.08
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尾道市です。高速から市街地まで、下り道が続きます。市街地を一望できるスポットから撮ってみました。目の前の島が向島、その後ろに因島があります。海にはたくさんの船が見えます。こちらでもようやく桜が咲きました。
2010.04.07
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スパティフィラムはぁちゃんが嫁入り道具として持って来た観葉植物です。12年たちましたが、2度目の植え替えをしました。高さ30センチ以上ある大きめの鉢にしました。 本当は毎年、植え替えをするほうが良いのらしいのですが・・・鉢を変えると急に元気になりました。遅くなって、ごめんね
2010.04.05
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昨日は大阪に日帰りでした。夜遅く自宅に帰りました。今朝は久しぶりにお昼前まで、ゆっくり寝せてもらえました。マンションのベランダから見える公園にたくさんのテントが見えたので行ってみました。テントの展示会かと思いましたが、ドッグ大会に使われた控え室でした。ここでキャンプが出来たら移動時間1分なのに(爆)
2010.04.03
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