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オーニングは高価すぎで買えなかったので、キャンプ道具で代用るものが出来ないかと考えていました。私の車にはポンタが使えそうだと思い。やってみました。予想以上に上手くいきました
2010.08.31
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明日から学校が始まるのに、宿題がたくさん残っていることが発覚したケンケン。おおらかやね。ごめんね父ちゃん似だ(爆)
2010.08.29
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世間には高い能力を備えながら、心が伴わないために道を誤る人が少なくありません。私が身を置く経営の世界にあっても、自分さえ儲かればいいという自己中心の考えから、不祥事を引き起こし、没落を遂げていく人がいます。 いずれも経営の才に富んだ人たちの行為で、なぜと首をひねりたくもなりますが、古来「才子、才に倒れる」といわれるとおり、才覚にあふれた人はついそれを過信して、あらぬ方向へと進みがちなものです。そういう人は、たとえその上を活かし一度は成功しても、才覚だけに頼ることで失敗への道を歩むことになります。才覚が人並みはずれたものであればあるほど、それを、止しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが、理念や思想であり、また哲学なのです。そういった哲学が不足し、人格が未熟であれば、いくら才に恵まれていても、せっかくの高い能力を正しい方向に活かしていくことができず、道を誤ってしまいます。これは企業リーダーに限ったことでなく、私たちの人生にも共通していえることです。この人格というものは「性格+哲学」という式で表せると、私は考えています。人間が生まれながらにもっている性格と、その後の人生を歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から、人格というものは成り立っている。つまり、性格という先天性のものに哲学という後天性のものをつけ加えていくことにより、私たちの人格は陶冶されていくわけです。言い換えれば、哲学という根っこをしっかりと張らなければ、人格という木の幹を太く、まっすぐに成長させることはできないのです。◎ 人間として正しいかでは、どのような哲学が必要なのかといえば、それは「人間として正しいかどうか」ということ。親から子へと語り継がれてきたようなシンプルでプリミティブな教え、人類が古来培ってきた倫理、道徳ということになるでしょう。すなわち、嘘をついてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、正直であれ、欲張ってはならない、自分のことばかりを考えてはならないなど、だれもが子どものころ、親や先生から教わったにもかかわらず、大人になるにつれて忘れてしまう、単純な規範を生きる指針に据え、人生における守るべき判断基準とすべきです。一般に広く浸透しているモラルや道徳に反することをして、うまくいくことなど一つもあるはずがない。これはとてもシンプルな基準ですが、それゆえ筋の通った原理であり、それに沿って人生を生きていくことで迷いなく正しい道を歩むことができるのです。現代の日本で、人間のあり方を示す倫理や道徳などというと、いかにも時代遅れのさびついた考えだという印象を抱く人が多いかもしれません。戦後の日本は、戦前に道徳が思想教育として誤って使われたという反省と反動から、これらをほぼタブー視してきました。しかし本来それは、人類が育んだ知恵の結晶であり、日常を律するたしかな基軸であるはずです。近代の日本人は、かつて生活の中から編み出された数々の叡智を古くさいという理由で排除し、便利さを追うあまり、なくてはならぬ多くのものを失ってきましたが、倫理や道徳といったことも、その一つなのでしょう。いまこそ、人間としての根本の原理原則に立ち返り、それに沿って日々をたしかに生きることが求められているのではないでしょうか。私たち一人ひとりが、そう心がけることで、それぞれの人生がより充実したものになるばかりか、社会もより豊かで潤いのあるものになっていくことを、私は信じています。
2010.08.28
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先日ほど島根県の出張から戻りました。 島根県と広島県の県境は標高があり平地とは気温が十度近く違うこともあります。山間の水田では稲刈りが始まっていました。ここは、すっかり秋になっていました。
2010.08.26
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人生の違人とは、年をとっていくことに楽しみを見つけられる人である。 人生の違人とは、健康と長寿を保つ人である。人生の違人とは、他人から見たら過酷な人生でも、幸せを見つけられる人である。人生の違人とは、仕事人間ではなく自分の仕事を楽しむ人である。人生の違人とは、自分の人生を振り返ったときそこに不満がない。人生の違人とは、自埼を受け入れ、自分を肯定し、自分に安んずる人である。人生の違人とは、自分のいのちを喜ばせることができる人である。年をとることのメリット考察その1一体、年をとることのメリットは何かと問われて、すぐに答えられる人が何人いるだろうか。せいぜい、年をとるのも悪くないというくらいまでは言えても、メリットがあるとはなかなか断定しがたい。シワが増えたり、足腰が弱ったり、物忘れが多くなり、新しいことがなかなか覚えられなくなったことなどに気づき始めても、それを上回るメリットにはなかなか気付かない。それより何より、年をとるメリットということを真剣に考えている人がいるだろうかという問題がある。年をとるということの肉体的、医学的検証は詳しくなされても、そういう情報は結局老化現象のメカニズムを詳しく知るだけのことで、年をとることの有利さとか、加齢により達成されることについては関心も示されず、研究もされずにいる。それはもう、あまりにも最初から年をとることはよくないこと、肉体的に衰えていくことは悲しいことという前提に立ちすぎているからで、そんな常識を打破すべき学者や研究者の怠慢のそしりは免れない。ということで、現在日本では、年をとることのメリットについて言及している人は、ほんの一握りの個人でしかない。しかもそれも特別のユーモア感覚で表現されたものしか、世間の耳目も集まらないのである。その達人といえる人たちの中の一人である、雑誌「太陽」元・編集長の嵐山光三郎氏は、年をとるメリットについて、こう語る。「世間では年をとるに連れて人生は下り坂と称するけれど、目の前の坂道しか見えず苦しい思いで登る上り坂より、遠くの景色まで広々と見渡しながら下り坂を降りていくのは楽だし気持がいい。自転車で登った坂道なら、下るのにペダルを漕ぐこともないからもっと楽チンである」。まさに氏らしい卓見である。もう一人、「老人力」というパワーを見つけて普及活動を行っている、赤瀬川原平氏がいる。氏が唱える「老人力」というのは、人々が会話の中で、「えーと、あれあれ」とか、「ほらあれだれだっけ」というように、内容は分かっていても言葉が出てこないという現象が始まったときからついてくる力を言うのだそうである。この力は何に効くかというと、赤瀬川氏曰くには、「たとえばプロ野球選手でも老人力が欠けているのはなかなか一軍には上がれない。プ口野球選手になるくらいの人は、みんな体力がある。ふつう以上に体力をつけた人でないと、プロ野球選手にはなれない。しかし、たとえば試合中、二死満塁の場面、監督がタイムをとって出て来てパッターの肩に手をかけて、(力を抜いて行け)と言ったりする。力をつけにつけて、やっとプロ野球選手になったのに、ここへ来て、力を抜けといわれる。でも事実はそういうことで、力を抜かずにリキんで打って内野フライ、万事窮すというところが、うまく力を抜いて打ったら、走者一掃の三塁打、ということがあるのである。力を抜くには抜く力がいるもので、老人になれば自然に老人力がついて力が抜ける。つまりプロ野球選手は意識して老人力を先取りする必要があるわけで、だから監督が出て来てバッターを呼び寄せて耳許で何か一言うのは、あれはじつは(老人力で行け)と言っているのだ」(ちくま文庫『老人力』より)なるほど、恐るべし老人力である。見事に年齢を重ねる 者察その2先に「老人力」について説明したが、これは物忘れなどの現象が起き始めたときに、老化ということから目を離さないできちんと自覚すれば、誰でも自ずとつく力のようである。しかし、年をとることをメリットとする考え方は、まだ他にもある。弟がいくら年をとっても兄の年を越せないように、年をとるということは年をとっていない人より、絶対的に過去の時間が長いというのは事実である。これは明らかに年寄りの方が優位に立つことである。よく、年をとっても好奇心を忘れず、新しいことに挑戦して感性を豊かに保つことが心の老いを防ぐことであるなどと言われるが、しかしこれはかなり矛盾した話ではないだろうか。年齢を重ねていくということは、それ自体常に新しいことを経験しいているという事である。昨日と同じ今日はない。それは若い人にとっても年をとっている人にとっても同じことである。新しい出来事に心ときめくことが若々しい感性であるならば、より多く生きている人間の心は、若者よりずっと瑞々しく、豊かな感性が育まれているはずである。「年のせいか、やることが億劫になって、やらなくなったことがある」と、作家の中野孝次氏は著書の中で書いている。これぞ老いの心と言うかもしれないが、それは「したいことだけして、したくないことはしない」という心のことであり、「世の中にはするよりもしないほうが風情のあることがあるのだ」と続く。こういう物事の捉え方は繊細な境である。そして中野氏は、若い頃から外国文学研究者として翻訳や文学の研究を続けてきたが、その長い時間のかけ方が、「会社勤めの人であれば定年が見える五十代になって、これぞと自分の言葉と自信をもって自分の書いたものを頷けるようになった」と、語っている。それはあたかも「人より晩生である」かのような書き方ではあるが、そこには長い年月をかけたからこそ得られた果実に対する満足心と、その先に続く充実した日々に対する喜びが感じられる。年を経るからこそ得られる心境は他にもある。「生きて今あることは何よりの宝」と兼好法師は『徒然草』の中で、死の近いことを自覚してこそ生の味わいは深くなると言っている。死という限定されたものがあって、はじめて生きて今あるということが第一の宝になるというのである。若い人に「死」というものを考えろといっても、現代では特に具体的な死に触れる機会がないので、想像することはおろか畏れさえ知らない。従って、生きて今あることが楽しくてたまらないというような人間にはめったにお目にかかれず、みんなつまらなそうに生きている。しかし、いくら死に対する畏れがなかった人間でも、だんだん年をとってくれば、否応なしに死というものを意識せざるを得なくなる。結局はそこから本当の自分の人生が始まるのである。赤瀬川原平氏も、年をとることで自分の力の限界が見え、そうすると小さな楽しみが切実に感じられてくると書いている。そして、「力の限界を知って、その限界内で何事かを始めると、その限界内の世界が無限に広がってくる」とも言っているのである。肉体が老化していくから、心も老いていくと一方的に思い込んでいるのは、まったくおかしな話である。年を重ねれば重ねるほど、その心は澄み切って感性豊かになっていくのが常識であると考えることは、決して強引でも負け惜しみでもないと思うが、いかがであろうか。
2010.08.24
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土日で家族でキャンプに出かけたかったのですが、中々候補が絞れずに、昼過ぎになってしまいました。とりあえず近場の無料キャンプ場の視察に行くことにしました。向かったのは廿日市吉和にある「立野キャンプ場」です。浅い川があって水遊びが出来ます。入り口の看板・想像以上に立派なところでした。 ここには食材を買わずに来たので、買出しに行って戻ろうかと思いましたが、国道からキャンプ場までの道が、恐ろしく狭くて往復したくないと思い、暗くなる前に帰ることになりました。次回は準備万端で来たいと思います。 視察だけで終わると、なんとなく遊び足りないので、帰り道にある「魅惑の里」に立ち寄り本格的に川遊びを楽しむことにしました。気温24度。とても冷たい水で気持ちが良くスッキリしました。
2010.08.22
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クッションを置いている後ろの収納に棚をつけました。「細長くで使いで悪いから改造しなさい」の命を受け製作に着手。 ここの収納部の横幅は18センチしありません。はじめは立ての柱を入れて、横板を固定しようかと思いましたが、かなり入れられる部分をロスするように思えました。そこで突っ張り棒をして、その上に板を入れることにしました。恒例?の100均で材料を調達。まず突っ張り棒その上に台所用整理台を乗せて、結束バンドで固定しました。棚の場所は移動可能で便利に使えそうです。今回の経費は420円でした
2010.08.21
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コンソールの中央はプラステックむき出しでチープな感じでなので、100均で滑り止めを買って置いてみました。中々いい感じです
2010.08.19
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帰省時にはお休みのことが多かったのですが今回は食べれました。我が家でラーメンといえばここです。
2010.08.15
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帰省中、福岡での出来事です。一休みするために若杉キャンプ場に行きました。眺めが良さそうな場所が見つかったので、車をそこへ移動させようとしたときです。まっすぐに見えた地面は草がうまい?具合に段差をカモフラージュしていたようで、フロントリップが地面に当たった音が・・・・。確かめて見ると、無残にもリップスボイラーは真っ二つにちぎれていました。装着して一月チョット・あまりにも短い時間でリップスボイラーは、私から去って行きました。
2010.08.14
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偶然通りかかった大杉せっかくなので見に行くことにしました。な、な、なんと有料で家族で600円取られました(爆)美空ひばり歌碑一路四万十川へ川原でキャンプしているひと発見。羨ましい。四万十川です。自称アクアリストの私としてはアカメの古里四万十川は外せません。ちょいと奮発して? 船に乗りました。船頭さん四万十川の川エビです。続いて桂浜へ竜馬像闘犬センターで闘犬初体験。最前列に座っていた二人ですが戦っている犬の血や涎が飛び散ることがありますのアナウンスに、一番後ろの席に移動していました(笑)高知城近くでは月曜から始まるよさこい祭りの準備が進められていました。高知城お城初体験の二人。はりまや橋おきまりですが鰹のタタキを戴きました。臭みが無くて感動しました。町はアンパンマンだらけです。最後は瀬戸大橋を渡り四国を後にしました。
2010.08.11
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初日はしまなみ海道から道後温泉を目指しました。 最初に道後温泉本館に行きました。道後温泉本館は、明治27年に建築された三層楼のどっしりしたもので、近代的なホテルや商店街の中にあってひときわ風格ある姿を誇っています。温泉に入りゆったりした時間を過ごしました。街灯はガス灯です。マントルが4つ付いててキャンプのガスランタンを巨大にしたような感じです。今回は車中泊のために、標高のある道の駅を選びました。雲の上ホテル横のみちの駅を利用しました。他にもたくさんの車が利用中で、なんとなく安心感がありました(笑)明け方は寒さで目が覚めるくらいに冷え込む場所で場所選びは正解でしたが、ナビで選んだ一般道路は想像を超えた厳しい道のりで、四国の移動は高速に限ると肝に銘じました(爆) 2日目へと続く
2010.08.09
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プレイパーク蛇喰 広島県大竹市栗谷町大栗林字横尾241にあるプレイパーク蛇喰にデイで遊びに行ってきました。この日は大勢の人でかなり混雑中。泳げないわけではないのですが浮き輪で楽して遊んできました。無農薬野菜は一袋100円でした。
2010.08.01
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