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太陽系連合の中の地球人は、性悪星人として誕生したようです。誕生というよりも移動させられたと言った方が正確かも知れません。遠い昔の話です。紀元前と言うより数千万年前の太古の地球へ、太陽系の諸惑星から性悪的な人間が掻き集められ強制的に送り込められたのです。現地球人はその子孫なのです。その証拠に地球という同じこの星に住みながら常に戦いをしています。同じ星の住民を拉致したり傷つけたり生命を奪ったりしています。そして議会制だとか言って多数決を利用し国民のためと言いながら税金を貪り集めエゴを満たしています。また伝統あるものほど互いの利益共有のために性悪的裏の組織と密接に繋がる環境をつくっています。芸能界。相撲協会。政治家。企業、建設業界。警察、行政、裁判官。どれをとっても性悪でないものはありません。特に携帯電話業界からインターネット業界は性悪的な面の防御策を意識的に執ることもなくそれが更なる性悪的環境を増長させています。何をやるにも作るにも前提に性悪説を意識することです。意識することで心の準備も取れて苛立ちもストレスも発生することがなくなります。反対に自分はといえば常に性善的想いと行動をとるよう心がけることです。そうすることで身の破滅を防げるでしょう。釈迦やイエスの来訪は、性悪的な人間を性善的な人間に変えるための出現だったのです。21世紀を生きる私たちがより進化するためには物質的な欲求以上に精神的欲求を満たす必要があります。そうでないと地球も人類も破滅を阻止することはできないでしょう。もう手遅れかも知れません。すでに自然環境の変異や生態系の異変が日毎にフィーバーしています。しかし仮にもう手遅れであっても、人間の純粋な魂は永遠です。意識だけはまだ変化する時が残されているでしょう。UFOの来訪はそのためなのです。坂本龍馬はその当時、日本を洗濯すると言ったという。それは西洋の文明文化を取り入れるという構想のもとにつぶやかれたものです。今は地球を洗濯する時です。地球以外の諸惑星から飛来するUFOのテクノロジーと宇宙の隣人たちから学ぶ高度な生き方の智恵によって人類を洗濯し直さなくてはいけないでしょう。しかしすでに日本以外の進歩した国々はUFOのテクノロジーを取り入れて兵器使用に転換しています。ここにも人間の性悪説が存在しています。学ぶべきは進化した人々の生き方の智恵なのです。それをなおざりにして超科学、超能力の方へと傾いています。エゴの心を持ったままの超能力や超科学は更なる地球と人類の破壊を招きます。まずエゴの心を無くすことから始めることです。性悪説は心によって生まれてくるのですから。心ではない、意識を働かすことで人類は性善説へと移行してきます。進化した宇宙人の世界は全ての人が性善的行為と想念で満たされていると言われています。私たち人類もそこへ辿りつくことができるのです。あなたの中の意識の目覚めによって。。。
2010年07月22日
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あらゆる薬の副作用を消しながらそれ自体本来の働きである免疫力をアップさせる健康食品があると言ったらあなたは信じますか?それは、ある国で自生している不思議な樹が元になっています。紀元前にさかのぼる遥かな昔からその土地の人たちは大変貴重なものとして常飲し、健康を維持していたそうです。私はそれを宇宙人がもたらしてくれたものではないかと思い自分でも飲んでいますが実に奇跡的な現象が多発しています。日常的なことでいえば風邪をひきそうだと思う前に4~5粒飲んでおくと熱も出ないで翌日には治っています。そのほか色々と医学的な病状が数日か数か月で治ってしまいます。優れた医者はこれを患者に勧めていますが副作用も全く無く完治してしまうそうです。なぜ副作用を起こさないかが現代科学では解明できないそうです。だからこの飲み物は超科学的な部類に入る宇宙人的な要素が含まれていると思っています。いや、本当の話ですよ。でも信じるか信じないかはあなた次第ですけどね。信じる者はいのちがもうかる=「信者」=「儲」。
2010年07月21日
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人間とは何か?まず言えるのは、家畜ではないということである。では何か、ということになる。家畜以外の知的生命体、それも最高の生命体と言っていいだろう。だから家畜と人間は区別する必要がある。しかし、ある情報によれば、この地球上のほとんどの人間を家畜化しようとしている計画がある。そういう計画が密かに進められていることを知っているだろうか。その計画に巻き込まれないようにする方法が一つある。それにはまず自分の中の潜在能力に気付くことである。そして気付いたことを行動に移すことである。そして静かに穏やかに暮らしながら心ではなく意識を働かせながら生きることである。つまり意識という生命を意識しながら生きることである。ここへ辿りつくための一つの方法。その答えは、感情を「無」にすることである。これを「心」を「無」にするという。人間は「心」を「無」にしても、ダイレクトに「意識」を働かせながら生きていくことができる。「心」を「無」にするとは、「心」を「失くす」ことではない。そこに人間が最高の知的生命体であるということになる。他の生命他は心がなく意識だけなのだ。美しく咲き乱れる花にも当然心はない。あるのは意識だけである。
2010年07月03日
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