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南三陸町のその2。津波が、どこまで高かったか。それがわかるのがこの写真。3階建て市営住宅の屋根の上に、津波が残した残骸が乗っかっている。あの屋根の上を超える津波とはいったいどんな波なのだ!で、三陸だから、津波への備えはあった。それが、この写真。町のあちこちで、チリ津波のときは、3.1メートルの波が来たんだから、気をつけろって。でも、波は、想定外だった。上の標識の右側の家を見てほしい。土台の上に立っているこの家の2階まで津波は来ている。津波の威力がどれほどだったか。下の写真。公園においてあった蒸気機関車。数十トンのこれを道路に運んだ津波はすごいもんだ。ここを襲った津波の状況は、この映像がすごい→「南三陸町志津川高校から見た津波の様子/余りのすごさに息をのむ」
2011年09月07日
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南三陸町へ。現時点で、死者・行方不明者が1200人を超え、町内の避難者が約2700人、町外および県外への避難者が約1800人、建物被害は全壊3100棟を超える。南三陸町の中心、旧志津川地区に入ると、「焼け野原」と言う言葉がそのまま当てはまるような現状が目に飛び込む。半年もたっているのにである。津波到達の直前まで防災放送で町民に高台への避難を呼び掛け続け、自ら犠牲となった遠藤未希さん。遠藤さんは、防災対策庁舎の2階で地震発生直後から「6メートルの津波が来ます。避難してください」などと防災放送で何度も呼び掛けた。庁舎に残った約30人の職員のうち助かったのは10人だった。下の写真は、その防災対策庁舎。 防災対策庁舎には、献花台が設けられていた。
2011年09月07日
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仙台から2日目の報告。 今日の朝は、塩竃港周辺を見てまわった。松島観光の拠点。その遊覧背の出発地に津波が襲ったのだが、自然の防波堤となった松島によって守られた街なのである。 それでも、港周辺の状況は悲惨だ。住めない家、営業できない店舗、生産できない工場・・・・。港周辺では、いまでも満潮時は冠水する地域が広範にあり、異臭が漂っている。 船も2隻がひっくり返ったまま。半年たった今でもだ。港の工場地帯は、廃墟そのもの。 都心部も、1階部分に津波を受け、多くの店が閉店のまま。写真はマリンゲート塩竈。 半年たっても、信号機は点灯しないまま。 この復興のために必要なことは被災者に寄り添うこと。 民主・自民・公明の「大連立」には、そんな姿勢は、見受けられない。今日は、ずいぶんと被災者の話を聞いた。2ヶ月前に建てた新築の家を流された人。 1週間前に、貯金下ろしてローンもくんで買った車が流されちゃた人。 高い建物のない港周辺で、命からがら建物によじ登って助かったという話。当時の避難の様子を、1時間もかけて話してくれた人も。 話を聞くたびに、考えさせられることが多い。
2011年09月06日
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歴史的な3・11東日本大震災。この国難にあたり、苦難の地に、今を生きるものとして、復興にかかわりたい、そしてこれからの日本のあり方を探りたいと、ボランティアとして仙台に今日降り立った。仙台空港は、何度も映像で見たあの津波に襲われた空港である。飛行機は、福岡を立つと、鳥取、小松、新潟と日本海側を飛び、そこから太平洋へ舵を切る。福島の上空から、福島県亘理町で太平洋に出るのだが、阿武隈川の河口から宮城県岩沼市の海岸線が、私の座席から見えたのであるが、どこまで津波が来たのか一目瞭然なのである。津波が来たところはまっ茶色。それ以外のところは、一面の緑色である。津波の被害の甚大さと、稲の緑色の美しさがなんともいえない境界線を見事に作り出していた。仙台空港の1階のロビーには、津波の高さを表す表示も。あの時あの時間に、航空機の離発着がなかったことが、幸いであったと、1階のロビーコーナーのことを教えてくれた売店のおばちゃんから聞いた。そして、空港周辺では、その津波のエネルギーを感じることができた。かろうじて立っている松も、海水をかぶり葉が赤く変色している。この周辺の土地は、塩をかぶっているわけで、この先この土地はどう利用できるのだろうか。台風の影響もあり、飛行機が遅れたので、随分遅い昼飯を仙台駅で食う。やっぱ、牛タンでしょ。うん、うまい!ありがとうございました。仙台の牛タンは、それまでホルモンの1つだったものを、「牛タン塩焼き」として名物に育て上げている。なんと仙台駅の3階に、牛タン専門店が並ぶ「通り」もあるから驚きだ。で、福岡でいつも食しているわれらが「東洋ショー」では、薄く切った物がでてくるが、仙台の牛タンは、分厚い。しかも、部位の選別がきちんとされてて、そこに切り込みが最初から入れられているので、さっと肉がさける。さらに、塩味が利いてて、タレに漬け込まれてて、炭火で焼いてある。さらには、テールスープに、麦飯、とろろ付きなのである。一度は食べてみそ~さて、牛タンを食べに来たわけではない。これから数日間、仙台を拠点に、書けないこともさぞ多いボランティア活動だろうが、書けることを情報発信し、当ブログの方向性も探っていく機会としたい。お付き合いくだされ!
2011年09月05日
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