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miutoaさんのブログで紹介されていた讃岐うどんを頼んでみました。来たのがこれ↓ 6人分、つゆつき、送料込みで998円でも、1月いっぱいでした。またやるかな。うどんは何うどんがいいのかなかなか決まらなかったので、子どもたちの意見を参考に、肉、かき揚げ、海老の天ぷら、卵の4種類を自分でトッピングするセルフうどんにしました。 アナゴを刻んだものと玉ねぎと人参のかき揚げ。 海老の天ぷら。冷凍もんです。 牛肉を甘辛く煮たもの。 ネギと卵とかまぼこ。子どもたちはうどんを少なめにして、トッピンググを楽しんでいました。だいたい、2~3杯おかわりしていましたね。 ←長女の1杯目。やはり、本場の讃岐うどんはおいしい。シコシコ麺は最高です。楽しみながら、食べました。いろんなことがあって、なかなか書けなかったんですが、市の広報コンクールの結果が出ました。奨励賞。ありがたいのですが、ちょっと考えさせられることがありました。市コンクールの賞は、市長賞から3段階が1校ずつ受賞し、そのあとの5校が奨励賞です。県コンクールでうちは会長賞を受賞しましたが、これは県で3番目の賞で、市でこれを受賞したのは小学校では2校だけです。(1、2番目は市ではありませんでした。)しかし、市では奨励賞でした。もう1校の会長賞をとったところも奨励賞でした。教頭先生は言葉を濁しながら、「県でいいと市では重複しないようにしてますからね。」と言われました。そういうことに詳しい人に聞いたら、みんなが公平に賞をとるために、出来より各校順番に賞が決まっていて、県でいい賞をとったら市ではいい賞から除外するとのこと。今回の市長賞も、県ではうちの下の下の部門を受賞した学校が受賞していました。県で認められた2校は、外すわけもできず奨励賞にしたみたいです。納得いきません。何のためのコンクールなんでしょう。公平にするならコンクールをしなければいいのに。もちろんコンクールのために広報紙を作っているわけではありません。でも、いろいろと苦労して作ったものが認められることは大変嬉しいことです。今回の会長賞もみんなの努力の結果だと思います。みんな平等に賞を与えるなら、コンクールをしないほうがいい。来年は県のコンクールだけに出そうかな。なんかそう思いました。今日も学校の昼休みに、6年生の写真を撮りに行きました。子どもたちは写真写りをすごく気にしていました。そこで、今回載せる写真をみんなにチェックしてもらって、不満な子どもは取り直しを1回まですることに決めました。先生はそこまでしなくてもいいですよとおっしゃってくれましたが、自分を気にする年頃ですもんね、サービス、サービス。これから学校通いが続きます。
2006.01.31
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今日で1月が終わり。今年は頑張るぞと思っていたところに、次々といろんなことが起こってものすごく濃い1ヶ月だったような気がする。昨日自動車の修理の方から電話があって、あと10日くらい修理がかかると言われた。私はほとんどスピードを出していなかったが、相手がかなりスピードを出していて、そのために衝撃が強かったらしい。見た目ではそんなに壊れている感じはなかったんだけどな。仕方ないので、もうしばらく代車で我慢だ。今日は深夜入りの休みなので、3人を玄関の外まで大きく手を振りながら見送った。長女は「恥ずかしいなあ。」と言っていたけど、長男と次男は見えなくなるまで、手を振ってくれた。私も恥ずかしいけど、深夜以外はこの見送りをするつもり。もちろん、「おはよう」のギュッも必ずするよ。次女は2日間幼稚園で預かり保育をしてもらったので、今朝は私が休みと知っているので幼稚園になかなか行きたがらない。もう始まっている頃だが、どうしても見たいテレビがあるので、それを見てから行くという。「お母さんも一緒に見ようかな。」と言うと、「一人で見るもん。」と拒否をされちゃった。どういう意味?!(笑)しかたない、もうしばらく待つか。だって、私の母が来れないので次女にたくさん寂しい思いをさせているもんね。夫も昨日は何も言わないのに、食器を洗ってくれた。だから、今朝も雨。(笑)少しずつ夫への怒りもおさまってきた。だから今度は仕事を続けてほしいって思う。私の仕事もいろいろ大変。人間関係も複雑。どうにかしないとと思いながら、自分のことでいっぱいの私もなかなかできない。でも、そろそろ本腰を入れようかと思う。毎日いろんな人たちに助けられて、励まされて、本当に自分は幸せだと思った1月だった。家族がいて、仲間がいて、本当にありがたかった。そして、ブログを通じて知り合った方々にも感謝でいっぱいだ。本当にありがとうございます。
2006.01.31
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昨日夫が珍しく夕食を作ってくれたので、今朝は雨でした。やっぱり。(笑)今日は日勤だったので、7時30分に親子5人で家を出ました。(夫は7時過ぎに行くので。)私は車のところで、4人に思いっきり手を振りました。「行ってらっしゃーい!!」子どもたちは元気に行きました。職場に着いて、私は長女が学校へ行ったかどうか心配になりました。たぶん行ったと思うけど・・・、学校へ電話しました。出られたのは教頭先生。こういうときに役員してよかったと思います。教頭先生は事情をすぐに察知され、「来ていなかったら電話します。長女のことは見守っていますので、どうぞ安心して仕事をしてくださいね。」と言って下さいました。電話はかかってきませんでした。教頭先生の言葉に安心して仕事ができました。6ヶ月入院していた、受け持ちのT君が退院しました。あいにく今日は私は外来勤務。でも、抜け出して、お見送りをしました。私はNICUママとして、自分の子のように思っていました。こういう場合、完全に母になってますね。帰るとき、お母さんに何か困ったことがあったら何でも聞くので連絡してくれるよう言いました。私がT君のお母さんに初めて会ったのはT君を産んで5日後で、お母さんの病室でした。自分が受け持ちになったのであいさつをしようと思ったのと、きっとお母さんは早産したことで今辛い気持ちでいるんだろうなと思って訪問しました。私は「少し早く産んでしまったけど、おめでとうございます。早く産んだのは辛いですよね。でも、赤ちゃんはとっても可愛いですよ。」と言いました。後に、お母さんから私のこの一言がとても嬉しかったと言ってくださいました。「あのとき、ごりえさんから辛いですよねと言われたので、自分の気持ちが解ってくれる人がいるんだと思ったら嬉しかったんです。」それから6ヶ月、T君は大きくなりました。T君のお父さんとお母さんは、とてもステキなご両親です。これからも大変だけど、頑張ってほしいな。先ほどメールがきて、「今、T君はよく眠ってます。」とありました。この退院のため、外来から1時間NICUに戻っていたら、その報告がなかったと師長に怒られました。外来の師長と看護師にはあらかじめ言って了解を得ていたのですが、自分ひとり知らなかったので怒っていたみたいです。長女が学校へ来ていないと電話があって、師長に報告したら年休をくれたのですが、その後も長女のことはどうかとか、なんでも自分に相談しろとか言われ、少しうんざり。いくら上司でも、言いたくないこともありますよね。さて、晩ごはん。今日は和食になってしまいました。 献立:太刀魚の塩焼き ハスのキンピラ イイダコの甘辛煮 チンゲンサイの卵炒め タラの白子 太刀魚はアブラがのっていておいしかったです。ハスのキンピラもシャキシャキとしていて好評でした。イイダコの甘辛煮は次女が大好き。1人で相当食べていました。チンゲンサイとエリンギと人参を炒め、先に半熟に炒めた卵を入れ、塩、コショウ、鶏がらスープの素で味付けしました。タラの白子は大人の味ですね。子どもには不評でした。まだまだ食欲はないですが、少しずつ食べれるようになりました。気持ちも少しずつですが、上向きになってきています。
2006.01.30
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今日は仕事が遅くなりました。と言うのも、私の受け持ちの赤ちゃんが明日6ヶ月ぶりに退院するんです。そのため書類の整理や写真の整理で、なかなか帰れませんでした。そんなとき職場へ夫からの電話。「遅くなるようだったら、御飯作ろうか?」「悪いね。ありがとう。でも、何で優しいん?」「ばか、夫婦じゃろ?」おとといの私の怒りの効果があったみたいです。だから、心置きなく仕事をして帰りました。夫の作った晩ごはん。 ビーフンが溢れている?!子どもたちは「味はまあまあじゃね。」と言いながら食べていました。そして、「明日、雨が降ったりして。」と大笑い。・・・明日の天気が楽しみです。私の古い友達で私に影響されてダイビングを始めたMさんから、恒例の自分の新聞と(ダイビングばかり)カレンダー(ウミウシの写真集)を送ってくれました。彼女とはボランティアの旅行で知り合った仲。それだけで、もう20年近く友だちでいます。最近はほとんど会うこともないけど、彼女の便りはとても楽しみにしています。落ち込んでいる私には嬉しい便りです。そして、もうひとつの手紙。これは、次男から。「おかあさん、ありがとう。ぼくの大切ないのちを大切にしてくれてありがとう。ぽんぽんおなかをたたいてごめんね。がまんしたから、こんどあやまるからね。せかいでいちばんすきだよ。 次男より」学校で、へその緒と赤ちゃんという授業の最後に書いた手紙。私が、「次男はおなかの中にいるとき、元気にいっぱいおなかを蹴ったんだよ。」と言ったので、そのことに触れています。お母さんも次男のこと世界で一番好きだよ。長女も長男も次女もみんな世界で一番好きだよ。少し元気が出てきました。
2006.01.29
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今日は剣道の試合。私は仕事。子供4人夫に頼む。朝ごはんのおむすびを作り、お茶を用意する。長女は眠気マナコ。「気分は、どう?」と聞くと、いつものごとく「別に。」と答える。私が、またムギュッと抱きしめると、「お母さん昨日から変?!」と笑う。「うん、、もともと変。」と答えると大笑い。あまりくどくど言うまい。どう言っていいか解らない。でも、長女の顔は昨日と違う。乗り越えて。辛いけど、乗り越えて。そうすればきっとステキな大人になるよ。今日から長女が出かけるときはいつもより笑顔で玄関まで見送ることにした。「行ってらっしゃい!」長男も次男ももちろん、玄関からの見送りをとても喜んだ。これからは、子どもたちへ笑顔の見送りを私の日課とすることに決めた。
2006.01.29
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今日は17時から剣道の練習があった。仕事が終わって帰ったのがもう18時近く。練習に行かなくっちゃと思っていたが、長男が体がきついと言う。長女も体がきついと・・・。そして、昨日学校へ行けなかったことを話しそうな気配。もう剣道どころではなくなった。このタイミングに聞きたかった。だから、何度も聞いた。長女は「言えない。」というばかり。何で言えないのか聞くと、「いじめる人から言うなと言われた。」と言う。やはりと思った。「いじめているのは、Kさん?」と聞くと、長女はうなずく。「それから?」と聞くと「Sさんとあと2、3人。転校生とか。」「何で転校生とかがいじめるの?」「Kさんと仲間だから。」「どんないじめ?」「悪口を言う。時にはみんなの前で。」Kさんは背が高くて美人である。いつも、仲間と称する人々を連れて、歩いている。先生受けはいい。私に対しても可愛いそぶりをする。私は初めて見たとき「この子は水商売?」という雰囲気を漂わせていると思った。私が見ていても、自分の気に入っている男子には媚を売っていたし、反対に嫌いな子にはシカトしていた。とにかく服装も派手で目立つ子だった。彼女にとって、どんくさい長女は目障りだったようだ。何かにつけ、Kさんはみんなの前で長女の悪口を言っていたらしい。だから、Kさんの仲良しというか取り巻きたちは、長女の悪口を言った。今回、長男や次男にもKさんから「お前の姉さん、みんなから嫌われている。」と言われていたことを知った。それを聞いて腹立たしいと思った。Sさんも転校生で2年くらい前に近所にこして来た子である。Sさんは自分の悪口を言われるとすぐ泣く。そのくせ、Kさんを同じように長女をいじめる。それはSさんが近所なので感じていた。Sさんの母親は、いつもくわえタバコで車を運転している。だから、ますますSさんの印象はよくなかった。昨日は体育でKさんやSさんと同じチームでプレイしないといけないのが嫌で学校へ行けなかったらしい。もちろん同じチームでも仲間はずれ。「長女がいてもいなくてもチームは全然関係ない。」などと言われていたらしい。だから、行けなかった。私は長女に「話して楽になったじゃろ?」と聞いた。長女はうなずいた。「楽になった。」「お母さんはKちゃんやSちゃんには別に何も言わないよ。」と言った。「でも、考えてごらん。一部の人が悪口をいっても、長女と仲がいい子が何人かいるんだからそれでいいじゃない。十分よ。それにね、今意地悪をしている子はこれからきっと同じ苦しみを味わうと思うよ。人間みんな平等だから。」と言った。「今日は病気と言うことで剣道休んだけど、これで明日の試合頑張れるじゃろ?」と聞くと「うん。」と明るく答えた。「辛いけど、頑張ればきっといことがあると思うよ。」と言うと、久しぶりに晴れ晴れとした長女の顔を見ることができた。そして、またぎゅっと抱きしめた。そして、今日の晩ごはん。 献立:ロールキャベツ 刺し身 アラ炊き 人参のキンピラ ハナッコリー私も少しは御飯が食べれた。
2006.01.28
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なんか疲れた。鎮痛剤を飲んだのに、頭痛はおさまらない。いろんなことが1度見来ているって感じ。これだけ来てくれたら、私はどう対応していいか解らない。長女は昼から、ずっとテレビを見ている。笑い転げている顔をみると、なんの悩みがあるのだろう。なぜ学校へ行かなかったのかなあ、いえ行けなかったのかなあって思う。夕方から、やくざらしきところから嵐のような電話攻撃。ナンバーディスプレイをしているので不審な番号にはでないが、5分おきに同じ番号からかかってくるかと思えば、次は違う番号。はたまた、市内からもかかってきた。でも、どうしても、見覚えない番号。出なければいいのだが、なんだか怖くなってきた。ふー、なんか何もする気が起こらない。夫が帰って来たとき、長女のこと言った。夫は短期だから、長女にすぐ怒った。そういう問題じゃないと言えば、「どういう問題だ?!」と怒る。それから夫と言い合い。私が辛い時に何を助けてくれた?大変な時に何の手伝いをしてくれた?いつも「仕事が忙しい。」と言って逃げてばかり。私だって忙しいよ。夫みたいに嫌だからと仕事をやめたことなんかないもの。いつも自分勝手。家族ってなによ。家族のためにしているのに、夫として父親として、乗っかってるだけで、自分は何をした?私は何?もう、嫌だ!!夫ははじめは大声で怒鳴っていた。「うるさい。」と。不覚にも涙を流したら、さすがに夫は驚いて、声のトーンが下がった。「悪かった。」と。だから、私は「何もする気が起こらない。」と言った。夫は半分しぶしぶに夕食を作り出した。子どもたちは不安そうに見ていたが、「今日はお父さんが作ればいい。」と言った。私には、「お母さんは休んじょき。お父さんがするからね。」と言った。なんか、まずいものができたらしいが、それでも子どもたちは「まあ仕方ないから食べてやる。」と言って食べていた。私はほとんど食欲なし。うーん。まだ頭が痛むけど、ビール飲んで寝ちゃおうかな。明日になったら元気回復するよね。そう願って。
2006.01.27
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今日は日勤だった。日勤の時は子どもたちを送り出しに実家の母が朝来てくれていたが、今日から来られないので子どもたちだけで学校へ行くように言って、私は仕事に行った。次女の幼稚園は同じ幼稚園に通う近所の方に預け、幼稚園バスに乗せてもらうように頼んだ。母が朝来ない以外は、いつもの朝の風景だった。10時40分頃職場に長女の学校の先生から、電話があった。「長女さんが学校へ来ていないんです。」私はびっくりした。先生が家に電話しても誰も出ないと言われる。いろんなことが頭をよぎった。「とりあえず家に帰りますから、解り次第先生に連絡します。」私はそう言って電話を切り、上司に相談した。「長女が学校へ来てないと担任の先生から電話があり、すみませんが1、2時間ばかり家に帰って来てもいいでしょうか?」上司は「すぐ帰りなさい。帰ったら、どうだったか報告するように。」と言った。最近の上司は私に優しい。なぜか解らないけど、今はありがたい。私は帰りを急いだ。気持ちは混乱していたが、運転にだけは気をつけた。きっと、家で寝ているのだろう。でも、もしも事件に巻き込まれていたら・・・。いろんなことが頭の中でくるくる回った。家の近くで担任の先生の車とすれ違った。「今家へ行ったんですが、玄関に鍵がかかっていました。でも、2階に電気がついていたから、たぶんいるんじゃないかと思うんですが・・。」と先生。「解りました。とにかく家に帰ってご報告します。」そう言って家へ急いだ。家に帰って玄関をあけると、そこには長女の靴があった。私は一安心した。長女の名を呼びながら、2階へ上がった。長女は涙をためて、「朝、頭が痛くて、ゲボが出たから寝ていた。」と言った。「いつから痛かったの?お母さんが学校へ行くまではどうもなかったじゃない。」「お母さんが学校へ行ってから、痛くなった。」「そう、解った。でも、学校から電話があってお母さんはものすごく心配したよ。誰かにどこかへ連れて行かれたのかと思った。先生も心配して来てくれたんよ。」と言った。学校へ連絡した。先生はいるのが確認出来てよかったと言われた。「とりあえずは、本人も頭が痛いと言っているので、今日は休ませます。いろいろとご迷惑かけてすみません。」と言った。娘の熱を測ってみると、36,7℃。顔色も悪そうではない。「学校で何かあった?」「何もない。」「そう。じゃあパジャマに着替えて寝てなさい。」と言った。職場に娘がいたことを電話で報告した。「娘を寝せたので、今からすぐに職場に戻ります。」と言うと、「もう来なくていい。娘さんのそばにいてあげて。」と言われた。お礼を言って電話を切った。たぶん、娘は学校で何かあったと思う。嫌なことがあると口に出さず、それがどうにもならなくなるといろんな症状が体に出てくる。長女はそんなタイプだ。6年生。思春期突入時期。体も急激に大人になり、気持ちも複雑な年頃である。私のときはまだ単純に遊ぶことばかり考えていたが、長女の時代はそうもいかないようだ。一見いじめとは思われないようないじめ。そういういじめをする子は、先生受けがいい。そういう子だけでグループになっていて、その中の1人の子が嫌いな子をみんなで陰湿にいじめる。先生はいじめはないというが、長女は今までにずい分こうして心を傷つけられている。反論しないし言いつけないから、どんどんひどくなる。今回も何かあったに違いないが、今は聞かないことにしよう。きっと、今は言わないと思うから。ただ、娘には「学校を無断で休むと、みんなが心配するんよ。学校の先生も心配して家に来てくださったし、ものすごく迷惑かけたんよ。きっと、ほかの先生方も心配されていたと思う。お母さんも心配で、長女に何かがあったらどうしようと思ったんよ。ほんと、心臓がどうにかなるくらい心配したんよ。職場の人も心配してくれたんよ。いい、自分が勝手に休むとどれだけの人が心配してくれているかってこと、解っておいてほしい。みんな長女のことを想っているんよ。」長女は目に涙をためて、うなずいた。これは、たぶん長女のSOS。ここ最近、いろんなことが起こって、子ども達どころではなかった。1ヶ月前に、母からどうも長女が学校へ行きたくない様子だと聞いていたことを思い出した。全然子どものことをみていてやれていなかった。大反省である。私は急激に疲れた。張り詰めた神経が急に緩んだためか、激しい頭痛に襲われた。鎮痛剤を飲み、少し横になった。そして、2時間くらい眠った。目が覚めても気分は優れない。そのとき2階からピアノの音が聞こえた。長女の想い。複雑で、私のはかり知れないことを悩んでいるかもしれない。でも、解ってほしい。いつもお母さんは、あなたのこと想ってるし、愛している。そして一番大事ってことを。私は長女のところへ行って、思いっきり抱きしめた。長女は何も言わず、照れていた。
2006.01.27
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今日夕方7、8ページ担当の広報の集まりに行って帰ってきたら、玄関先にお菓子がおいてありました。メッセージを見ると、近くに住む今はやめてしまったけど外科時代の後輩看護師のAさんからでした。「甘いものは元気の素」と書いたメッセージが入っています。彼女はきっとブログを読んで、気遣ってくれたのでしょう。思わず涙が出ました。本当に人のやさしさに触れるたびに、涙が出てきます。子どもたちが心配して顔を覗き込むのですが、「大丈夫よ。これは、嬉し涙。」と言うと、「嬉しい時にも涙が出るんだって。」と不思議がっていました。職場の後輩のひらたちゃんからも励ましのメールをもらいました。彼女もブログを読んでびっくりしたそうです。本当にありがたいです。私が落ち込んで以来、たくさんの方から励ましや優しいコメントをもらい感謝しています。本当にありがとうございました。少しずつですが、元気が出てきました。保険の担当の人から電話がありました。処理のほうは無事済んだということでした。私は相手の方が気になり、電話をかけました。相手の方は電話をかけたことを大変喜んでくれ、「お互いの不注意で招いた事故だから、もう気にしないようにしましょう。」と言ってくれました。そして、少しだけ世間話をして「これからはお互い事故に気をつけましょうね。」と言って電話を切りました。なんか、すっきりとしました。相手の方も同じことをいってました。夕方から剣道をして、気持ちもほんの少しだけさっぱりしました。今日の晩ごはん。 献立:ハンバーグ 五目混ぜ御飯 刺し身 ほうれん草の胡麻和え もやしとワカメのすまし汁 ちょっと、写真の写りが悪いけど、カメラの調子が悪いのかな・・・。今日の撮影の時も時々、切れていたし。食後にAさんからのお菓子、ハートのチョコケーキをいただきました。実は私は食欲が余りありません。夕食もほとんど食べていません。でも、このお菓子は甘くておいしかったです。 食事を作っていた時、長男と次男が筆ペンで顔に落書きをして、見せてくれました。もうおかしいのなんのって、大笑いしました。きっと暗い顔をしている私のために、子どもたちが笑わせてくれたのだろうと思います。 少しずつ、いい方向に向かっています。母のことも気になるけど、体調不良はあるものの今のところはどうにか安定しているらしいので、様子をみます。ただ、これからしばらくは、体調不良の母に子どもたちのことが頼めません。ちょっと、大変だけど頑張ります。
2006.01.26
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学校の昼休みに、6年生の顔写真を撮りに学校へ行って来た。顔写真撮影が得意なMさんが今日は用事で来れないので、本当はキャンセルしたかったけど、私も多くの子ども達から元気を貰いたくて重い腰を上げた。学校へ行ったらひょうきんな副会長さんと会った。「広報よかったね。知事賞おめでとう!」「会長賞ですよ。」と私。「同じ、同じ。とにかくすごいもん!!頑張ったね。」こういうことをさらっと言ってくれる副会長さん、私の気分を盛り立ててくれる。気分的になんだか頑張れそうな気がしてくる。中庭で撮影することになった。1組は先生がいらっしゃらないので、2、3組を撮ることになった。長女が6年生なので、ほとんどの子は知っている。女子。「おばちゃん、可愛く撮ってよ。」「ちょっと待って。髪形がおかしいから直す。」「ピースしてもいい?」「笑顔がいい?まじめな顔がいい?」と撮る前に、注文が多い。男子。まじめな子、照れている子、目立とうとする子、いろいろ。一番困ったのは1人だけ、恥ずかしくて写真をなかなか撮らせてくれない子がいたこと。この子で10分くらい時間を要した。やっと撮った写真も下を向いたもの。どうしても最後までカメラのほうを向いてくれなかった。写真を撮る時は友だちが周りではやしたてていたので、本当に恥ずかしかったのだろう。可愛いやら、早くしてほしいやら。今度こっそり写真を撮りに来なくっちゃ。6年生の顔写真は簡単だと思っていた。でも、大変。口がたつから、いろんなことを言ってくる。撮る順番ももめる。出席番号順と言っても、なかなか守れない。1学期に1年生の顔写真を撮りに行ったが、おとなしくて出席番号順にスムーズに撮影できた。1クラス10分ですんだのだ。しかし、6年生は1クラス30分弱。6年生の主任の先生から、「6年生は1年生より悪いかも。」と言われていた意味がよく解った。思春期突入期の6年生。ちょっと気取って大人びたふうをしているけど、やっぱりみんな可愛い。だって、1年生の頃から知っているもんね。1人私が密かに思っている子の写真も撮った。うふ、照れていて可愛かったな。撮影は大変だったけど、子ども達の元気さが少しもらえて、撮影に来てよかったと思った。
2006.01.26
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私はブログを始めたとき、いつも元気でおいしいものを作るお母さんのブログにしようと思っていました。でも、以前のブログは閉鎖をしなくてはならなくなってしまったし、再出発したブログも今年になっていろんなことが起こって、私はどうしていいのか解らなくなりました。ブログに事実を書くのもどうかと思いました。私の知っている人も見ているわけで、全部知られることになります。でも、本当のことを隠していては、ブログは書けない。ましてや嘘のブログなんて書けない。元気なお母さんのフリをするのは無理です。それで、事実を書き記しています。恥ずかしいと言うより、これを書くことで自分の気持ちが落ち着きます。だって、そんなカッコつけるタイプでもなく、職場でもよく自分のこと話しますもん。でも、今回ほど、ブログをしていてよかったと思ったことはありません。みなさんからあたたかいコメントをいただき、本当に嬉しいです。きっと、ブログをしていなかったら、布団に潜り込んで、何もしていなかったと思います。そして、自分の人生を嘆き悲しんでいると思います。みなさんのありがたいコメントで、昼からずっと泣いていました。もう泣くまいと思っても涙があとからあとから流れる。本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。元気になるには時間がかかりそうだけど、それでも笑えるようになりました。情緒不安定な母親を子ども達は気遣ってくれて、ちょっとしたことで涙を流していると私のところにやってきて、頭をさすってくれます。泣いてちゃいけないのにね。でも、今日だけは許してほしい。明日からはいつものとおりのお母さんになるからね。昼過ぎに自動車会社のTさんから電話があり、代車が用意できたから今からもって行きますと連絡がありました。いつも、比較的新しい車を代車にしてくれます。「修理は、なるべく急がせますからね。」と言ってくれました。そして、夕方、不審電話がかかってきました。ナンバーディスプレイの威力が試される時です。ディスプレイには番号だけが表示され、その番号をみてもだれだか見当がつきません。市外局番を調べてみると、そこの地には知り合いがいません。「これだ!」と直感しました。出ないで様子をみていると、5回くらいで電話が切れました。私はすぐにその電話番号を着信拒否の設定にしました。そのあと職場に電話をかけたのですが、不審電話がかかってないそうです。少しホッとしました。今日から土曜日まで、18時から剣道の練習が寒稽古と称して毎日あります。私は泣いてばかりではいられないと思い、練習に行ってきました。思いっきり体を動かすと気持ちいい。夕食は本当は作る気がしなかったのですが、子どもたちにせがまれて作りました。でも、御飯を作っていると、なんだか気分が落ち着いてきました。少しだけいつもの自分になれました。 献立:かに玉風 鶏肉とシメジの煮物 冷しゃぶサラダ アナゴとゴボウと人参の煮物 夕食時は子どもたちも私のことを思ってか、いつもよりいろんなことを話してくれました。ものすごく楽しかったです。母のことは、とりあえず弟に頼みました。母もいろんなことで参っているみたいだそうです。そして、「母を追い詰めるな。」と言いました。私は自分の気持ちを言い、「私も、もう疲れたので母と距離を置きたい。弁護士の費用は私がどうかするから。」とだけ言いました。これから、どうなるか解らないけど、今は少しでも早く元気な自分に戻りたいと思っています。
2006.01.25
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朝、母に職場のほうはどうにかなったと電話した。そして、お金のことをどうかしようと言った。母は、私が怒ってばかりでいるので、うちの家のことに口出すなと言った。「あんたの口ぶりでは、うちのほうがいい家なのでやきもちをやいちょるんじゃろう。」とか、「お金を貸して返さんから頭にきちょるんじゃろう。」と言う。新しい実家を見に行った時、こんな高い家を買ってローンは大丈夫なのかと聞いた。電化製品も高いものを買っていたし、大丈夫か心配だった。それが、やきもちをやいているということになるらしい。母に貸したお金は私の貯金というか、子どもたちのためにおいといたもの。唯一最後に残っていたお金も、しかたなく夫の借金に充てるつもりだった。そんな時母は、そのお金を貸してほしいと言った。それも、2ヶ月で返すからと言うので貸したのに、2ヶ月たっても返せないと言った。結局私はまたお金を借りて借金を返すことになった。借金しなくいいお金を借りてその利子まで払っている私に、また母が借金に来た。私は母に「これ以上借金を繰り返せばみんなが倒れる。債務整理をしよう。」と言った。これが、お金を返さんから頭にきていることになる。私には一切面倒をかけてない。こちらも嫌な思いをしながらやっている、眠れない夜を過ごしていると言うばかり。私に迷惑かけてないなんて、どういう意味だろう。現に職場の人にかけているじゃない。私だって眠れない。いくら話をしてもどうにもならず、母との電話は切った。午前中、食育の講演があるので会場まで向かった。その途中、他の車と接触事故を起こしてしまった。頭が真っ白になった。何がなんだかわからなかった。事故したことよりも、ここまで落ちてしまったかというショックのほうが大きかった。私は立ち直れなかった。警察を呼んで、保険屋さんに電話して、それでも不安で、何がなんだか辛くて、自動車会社に電話して私の担当の営業マンのTさんを呼んでもらった。1人でいるのが耐えられなかったのだ。あいにくTさんは外に出ていたが、私の携帯番号に電話してもらうようにお願いした。すぐにTさんから電話があった。事故を起こしたことをいうと、たまたま現場の近くにいるのですぐ行くと言ってくれた。Tさんが来たとき、思わず涙がでた。それは、事故を起こしたからではなく、いろんなことがあって凹んでいた私に「僕が来たから大丈夫ですよ。」と言ってくれたからだ。それから、いろんなことをTさんがしてくれた。警察の方からも「両方の不注意。」と言われた。そのあと自動車会社に行って、保険等の手続きをしてくれた。私が疲れていすに座っていると、Tさんがコーヒーを持ってきてくれた。「僕はごりえさんの携帯番号を聞いたとき、すぐに覚えられたんですよ。それに近くにいてよかった。どんなことが起ころうと、僕はいつでも行きますから、遠慮せずに呼んでくださいね。」と言ってくれた。また、思わず涙が出た。嫌なことが重なり、ほとんど夜も眠れず、普通なら起こすこともない不注意な事故を起こして、精神的に奈落の底まで落ちていた私に、その言葉は一筋の光だった。私が辛い時、どうにもならないとき、いつもこうして優しくしてくれる人がいる。それからTさんは「早く修理をしちゃいましょう。代車を探しますから、家で待っていてください。何かあれば僕に電話してくださいよ。遠慮したらダメですよ。」と言ってくれた。帰りは最後まで見送ってくれた。家まで帰る途中、涙が出てとまらなかった。事故直後に夫に電話したが通じなかったため、また電話した。夫は「怪我をしなくてよかった。」と言った。ふと、辛い時よく行っていたお寺に行ってみようと思った。お坊様にあったら、気持ちが落ち着くのではないかと思って。私はお坊様に、泣きながら今までのことを話した。そして、「大変だったね。」と言って下さった。「それも自分の人生。なにも、今の人と結婚せず普通の人としていたら、そんなに苦労をすることもなかったのにね。あなたが選んだ人生、そういう運命だったと思うよ。」そして、「毎日仏様に手をあわせなさい。きっと、よくなるよ。」そう言って、お経の本を1冊いただいた。また、子どもにとお菓子もいただいた。なんか今までたまっていたことを話したので、心が軽くなった。辛い気持ちが消えたわけではないが、いくつもの光が見えてきたような気がした。
2006.01.25
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母は、昨日の朝一番に警察に行った。しかし、また昼頃に自宅に不審電話がかかってきたのだ。それも、やくざ口調で。よくテレビで放送されているような感じで。私は警察に行ったという強みがあるせいか、とても強気で言った。「うちに電話しても無駄ですよ。」相手は苛立った様子で「何をー!」と脅してくる。「そういう言い方はマニュアルにあるんですか。」「何を言うか。金返せ。」「じゃあ、お金を貸したという書類をこちらにFAXしてくださいよ。確認しますから。」「何をごちゃごちゃ言うのか。金返せ。仕事場をクビにさせるぞ。」「どうぞ。」「本当に院長に言ってやるからな。」同じことを何度も繰り返す。私もだんだん疲れてきて、「もう疲れたから電話を切ります。」と言って電話を切った。すぐにかかってくるかなと思ったけど、かからなかった。私はすぐに母のところに行ってこのことを話した。どうも言葉巧みに騙されて、口座番号も言ったと言うのだ。警察でも相当怒られたらしい。私もまた母を怒った。母がお金にルーズだから、こういう詐欺に引っかかるのだと。とにかくこのままではどうしようもないから、これからのことを考えようと。もう、父や母だけの問題ではなくなった。私の職場にも大きな迷惑をかけている。怒ってどうなるものでもないけれど、私は疲れていた。警察での対応はとても優しかった。担当の方は、母がきっと言葉巧に騙されて、口座番号、子どもの名前、職場を言っているはずだと言われた。母は言ってないと言い張るが、騙し方のテクニックはすごいらしい。それで、対応策を教えてもらったので紹介する。1.電話をナンバーディスプレイにするか、迷惑電話の受信拒否の工事をして、いっさい不審な電話に出ないようにする。2.万が一不審な電話があったら、警察に相談する。3.脅されてこちらが弱みを見せたら、相手の思う壺。自分を困らせて払うようにいつまでも電話をかけ続けるので、無視をする。4.払う気がないと解ったら、もう電話もかかってこなくなる。警察に言われて、母は7000円をすぐに返した。それ以上払うことはないと言われたからだ。(その口座を知っている母も母だが、どうのような手口で騙されたのかは言わない。ただ、話がうまかったと言っている。)自宅の電話もナンバーディスプレイの工事を頼んだ。今日の10時ごろまでには出来るそうだ。次に私の職場にかかってくる電話だが、警察の人から、職場の人に協力してもらって電話に出ないようにしたほうがいいと言われた。そうすれば、1週間くらいで電話がかかってこなくなるらしい。私はすぐに上司に相談し、他のスタッフや医者にもお願いした。実は、昼間自宅に電話があった後、職場に「上司だせ!」とか「院長出せ!」とか言う電話があったらしい。でも、電話で応対した副師長が「私は知りません。」と言って電話を切ってくれたそうで、それ以降はかからなくなった。みんなは「そりゃあ大変だったね。災難だったね。」と言って、すぐに協力してくれることになった。さて、これからどうなるか心配ではあるが、とりあえずはするべきことはした。これで、事件が解決したらいいのだけど・・・。
2006.01.25
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このところの不審電話の理由が、解ってきた。どうも母が詐欺にあったようなのだ。昨日準夜の時に、私宛の変な電話が職場にあった。母が金を借りて逃げている。連絡がとれないので○○○○(携帯番号)に電話するように言ってくれと。話し方からしてヤクザっぽかった。その電話をきったと同時に夫から電話。さっきと同じ内容の電話があったと。夫は「何でそんな電話をうちにかけるのか。どこの金融会社か。」と聞いたら、ドスのある声で「てめぇ、何を言いやがる。東京からかけてるんだ。」と言ったらしい。夫は屈せず「だから何なんだ。」と言ったら、やはり母に電話をかけるように言ってくれとのことだった。夫は母が何か事件に巻き込まれているのではないかというので、私も心配になった。すぐに母に電話。ラチがあかない。弟に電話。弟のところにも電話があったらしい。それで、すぐに母のところに行ってどうなっているかを聞いてもらった。そうするとこうである。1週間前急に電話がかかってきて、お金を7000円貸してやると言った。母は、知らない人から借りれないと断った。すると、次の日から金を25000円返せと言う電話があった。訳もわからないので母は無視していたらしい。そのため、今度は私や弟のところへ電話があったのだ。弟がいろいろ調べてみると、最初の電話があったときにもうすでに母の口座に、7000円がどこからか振り込まれていたらしい。それで、貸したから金を返せと電話があったのだ。連絡先と通帳と7000円もって今日警察に行くように言った。母も自分がこんな目にあうとは思わず、真っ青になっていたらしい。振り込め詐欺には気をつけていたらしいが、こんなこともあるのだ。でも、どうやって母の口座や私たちの電話番号、特に私の職場まで調べたのだろう。怖くなる。夫に不安だと言うと、「そういうことを専門に調べるところがあるって聞いたことがある。こうなったら、ちゃんと構えていて、何かあれば警察に行ったらいい。」と言った。確かにそうだが、自分の身近にこういうことが起こるとは思わなかった。この話をすると、やっぱり騙されそうになったと言う人が多いのにびっくりした。頼んでもないものが届いた人もいる。もうこうなると、どうやって防御したらいいのか解らない。まあ、不幸中の幸いで、母はお金をとられることはなかったのでよかった。母がお金に困っていることを察知してこういうふうな罠を仕掛けてくるのだろう。弟と母のことで話し合い、弟の知っている弁護士さんに債務整理をお願いすることにした。弁護士費用は、弟のところも大変らしいので私が工面することになった。私は昔占いの人から、金持ちにはならないけど小金には不自由しないと言われたことがある。今、何となくその意味が解る。私の稼いだお金は母が使い、夫の借金で消える。そういいうふうになっているのだ。なんか自嘲気味になる。いえいえ、ゆうゆさんも言ってた。人間誰しもプラスマイナス0だと。それは平等なんだと。今がマイナスでも、これに対するプラスはきっと大きいと思う。そう願う。なんか、このところいろんなことが起こり、毎日があわただしい。平凡に生きたいと思っても、なかなか難しい。(苦笑)
2006.01.24
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2年生の次男が、3学期になり百人一首を習い始めた。これは先生によって異なり、するクラスとしないクラスがある。長女は冬休みの宿題が百人一首の暗記だったが、うろ覚えだったようだ。テストはどうだったのか聞いても、ニタ~と笑って誤魔化している。私のときは、百人一首の丸暗記が高校1年の夏休みの宿題だった。休み明けにはテストがある。しかし、結局は全部覚えきれないで、テストもぎりぎり合格点だった。次男は毎日宿題のあとに、百人一首を12首声を高らかに詠む。少し甲高い声で「有馬山~」と詠み始める。その言い方が歌会の時のように言うので、その必死に詠む姿がかわいくて、またおかしくてたまらない。次男は「変?」と聞きますが、私はあわてて「ものすごく上手よ。」と言う。次男は調子に乗ってまた詠みだす。私は笑いをこらえながら聞く。それが終わると急いで外へ遊びに行く。今は友達と遊ぶのが、とても楽しそう。さて、今日から2日間準夜です。今日の晩ごはんはカレーです。ちょっとこのところ仕事が忙しくなってきたので、気合を入れて行くとします。それでは、行って来まーす!!
2006.01.23
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朝起きると、外はうっすらと雪化粧。でも、気温はそう高くないのに、太陽の日差しが強くてとけ始めている。雪のとける音。ぽたり、ぽたり。空はまさしく冬の青空。まだ、うっすら月が残っている。月曜日、また毎日忙しい日が続く。夫は初出勤をぎりぎりに出て行った。大丈夫だろうか。ちゃんとやめずに勤めてくれるだろうか。不安な思いを胸に、夫を見送る。子どもたちは雪がとけているのを残念がりながら、学校へ行った。一番最後に起きた次女は、雨が降っていると言った。窓から外を見ると、玄関のところにある木から雪が解けて、水滴がパラパラと落ちている。確かに雨に見えないこともない。いろんなことに悩んで眠れない時もあったけど、時は何もないかのように流れていく。雪解けの空を見ながら、やさしい冬の日差しを感じながら、心が癒される。まだ頑張れる。いえ、頑張らなければ。無理せず、肩の力を抜いて。ふと、そう思った。
2006.01.23
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今日の午前中、長男と次男は夫と釣りに行きました。寒いので大丈夫かと心配したのですが、「大丈夫。今日の晩ごはん期待していてね。」と言って出かけて行きました。2時間くらいで帰ってきました。「お母さん、海が荒れちょったよ。でも、アイナメ3匹釣ったよ。」と得意げに話しました。「みんなのおかずには無理だけど、食べようよ。」と言うことで今日の晩ごはんに天ぷらとして出しました。もちろん作ったのは、長男と次男。油が危ないのでもちろん見守っていましたが、上手に揚げることができました。 天ぷら粉も自分で水を入れて作りました。今日は剣道に行きました。普通の練習は1.5時間なのですが、日曜日は2時間あります。もう息が切れて死にそうでしたが、終わった後は爽快で、気持ちいい。夕食時のビールがおいしかったです。もちろん肩こりもいい感じです。完全になくなるにはもう少し時間がかかると思いますが、それでも鎮痛剤は飲んでません。やはり、運動はいいですね。今日の晩ごはん。 献立:鯵の干物焼 スモークサーモン 豚バラと白菜の炒め物 生春巻き「あぶらがのって旨い!」と鯵の干物のそばに書いてある広告に惹かれて、買いました。確かにおいしかった。スモークサーモンのハラミも安くあったので買いました。これは大人向けですね。お酒のおつまみとしては最高です。豚バラと白菜の炒め物は、綾乃ちゃんのレシピを参考にしました。豚バラと白菜とネギを炒めて、塩だれを入れます。これだけで、白菜の甘みと豚のいいだしがからみあっておいしい。御飯があっという間になくなりました。生春巻きは、中に人参、春雨、しいたけ、きくらげ、もやし、海老、鶏肉を炒めて、鶏ガラスープで味付けします。その具が冷めたら、レタスも加えて生春巻の皮で包みます。胡麻だれで食べましたが、おいしかったです。最近は御飯の消費量がすごいです。これからはもっと増えるのでしょうね。米一俵を安く買えるところを今日聞いて、もう嬉しくてたまりません。1年分と思って買ったお米が夏までは持たないと思っているので、そのときに買おうと思ってます。最近次女が「お父さんもお母さんも、私のこと嫌いなんじゃろ?!」といじけます。多分、上の子達と楽しく話しているのが、寂しいのかなとは思うんですが。だから、最近は夜勤以外は私と寝たがります。そのときはたくさん話をします。そして、必ず最後に「家族が大好きだから、お父さんとお母さんは絶対結婚してね。」と言います。きっと、家の雰囲気を敏感に感じているんでしょうね。そういえば今日は長男が夫とべッタリくっ付いていました。「お父さん、家族が大切じゃろう?だから、ちゃんとせんといけんよ。」と言っていました。他の子どもたちも「そうだ。」と言っていました。私が案ずることなく、子どもたちが夫に言い聞かせてくれます。頼もしい子どもたちです。「おやすみ。」と言って2階に上がった子どもたち。すぐに長男が降りてきて、「お母さんが一番好きだよ。」と言って抱きついてきました。ああ、母親になってよかったとものすごく思いました。
2006.01.22
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これ、長男の昨日の夕食の時に言った言葉。「いくら一億円貰っても、僕はおいしい料理の方がいい。お母さんの作った料理を食べられる方が絶対にいい。」と言ってくれた長男。他の子どもたちも「そうだ!!」と言ってくれた。私は涙が出そうになった。「人間おいしいものを食べている時が一番幸せ。お金があったって、幸せとは限らない。」と長男が言う。「お金があるといいぞ。1億あってみろ。いろんなものが買えるぞ。」と夫。「お金がいっぱいあったって、愛情のこもった御飯は買えない。」と長男が言い返す。夫返答できず。長男の一言に救われた。なんていい子なのだろう。自分の子を褒めるのもどうかと思うけど、でも、これほど嬉しい言葉はない。また、頑張れる。子どもたちのために頑張れる。家族のために頑張れる。そして、自分のために頑張れる。夕食を食べてから、さすがに2日間悩んで眠れなかったので、4時間爆睡した。目が覚めたら、翌日になっていてびっくりした。でも、気持ちはすっきり。さあ、無理せずマイペースで頑張っていこう。
2006.01.22
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みなさんからのあたたかいコメントありがとうございました。なんか、頑張るぞという気持ちがわいてきました。昨日もあまり眠れず・・・、でも、もう考えるのやめました。もっと、前向きに生きよう。それは、私のモットーです。健康で毎日元気に過ごせるだけでもありがたい。毎日おいしく御飯が食べれるだけでもありがたい。夫はすぐに仕事をやめちゃうけど、次の仕事はすぐ見つけてくるだけでもありがたい。家族がいて自分を支えてくれるだけで幸せ。自分を愛してくれる家族がいることに感謝。そう思います。将来のことも何とかなる。子どもたちのことも、何とかなる。勉強したい気持ちがあれば学校にだってどうにかしたら行ける。いえ、頑張って行かせるぞ!!そう思うと、働く意欲がわいてきます。気が楽になりました。いつまでもくよくよしていられません。私のいいところは元気なことですもん、頑張らなければ!!さ、今日は今から日勤です。頑張って可愛い赤ちゃんの看護をしてきます。きっと、赤ちゃん達からいっぱいエネルギーをもらえそう。レスは仕事から帰ってから書きますね。それでは、仕事に行って来まーす!!(^^♪
2006.01.21
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昨日の夜遅く、夫が私に言った。「仕事、やめた。」私はショックで口もきけなかった。これで何度目だろう。本当にあれだけ言っても、「課長と喧嘩した。」「社長が気に入らん。」などなど、理由をつけてやめてくる。いったい何を考えてるんだろう。自分が自営をして大借金を作り、子供の学資保険を解約して、貯金も使って、それでも足りずに借金して、今どうにか返しているのに・・・。確かに夫は人当たりがいい。すぐ人を信用するし、面倒見もいい。でも、それだから、よくだまされる。短気だ。我慢することを知らない。だから、気にくわないと人のせいにする。喧嘩する。今更性格は変わらないだろうが、子どもたちのことを思えばここは頑張りどころではないだろうか。私たちは結婚が遅かったから、なおさら子どものことを考えていかなければならないのに。私は夫のボランティアではない。私だって職場で嫌なことはいっぱいある。でも、我慢して働いている。そう思うと、なおさら腹が立った。昨日は夜が眠れなかった。今日は日勤だったが、なんか元気が出なかった。家に帰ればダラーとしている夫。「稼ぎのない人は洗濯しておいてよ。」といっていたのに、何もしない夫。今日の晩ごはんにと思っていた食材を勝手に食べていた。そこで、怒りが頂点になった。しかし、今回ばかりは、夫は黙っていた。今までは逆切れして、大喧嘩になるのだが、黙って私の文句を聞いていた。来週からの仕事を見つけてきたと言った。「今度仕事をやめたら、借金を体に縛り付けて、家から追い出す。」と私は言った。先週子ども3人のスキー教室の申込金約15万円を払い込んだばかりだった。今月はどうしよう。私は子どもには財産は残してやれないが、いろいろと経験させたいと思っている。そのためにはどんな苦労も平気。でも、夫のことで、できなくなるのは我慢ならない。はー、なんか辛いな。怒りながらも今日の晩ごはん。 献立:鶏と軟骨のから揚げ 目玉焼きあんかけ 鮭の塩焼き 白菜とゴボウ天の煮物また、目玉焼きを両面焼いて、あんかけをかけました。前回はケチャップ味でしたが、今回は中華味にしてみました。鶏がらスープとオイスターソースとちょっぴり砂糖を入れて、片栗粉でとろみをつけます。これも、なかなかいけます。文句を言った後の食事にもかかわらず、いっぱい食べた我が家の家族たち。私なんかあまり食欲ないのに・・・。辛いです。腹が立ちます。今日は小児科の外来勤務だったんですが、インフルエンザ大流行です。今はA型が流行しいます。予防接種をしていても、熱が37.5℃以上あれば、病院に行って下さい。インフルエンザということもありますから。今日はそんな患者さんが多かったです。
2006.01.20
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今日は仕事から帰って、爆睡でした。夕方、電話の音で目覚めました。広報部の副部長からです。「ねえ、県のコンクールで会長賞を貰ったよ!!」眠気が吹っ飛びました。「えっ!!」もう後は嬉しくて涙が出てしまい、言葉になりませんでした。すぐに学校へ行きました。先生方からお祝いの言葉をたくさん貰いました。教頭先生からも「ごりえさんが何度も学校へ通われ頑張られた結果ですよ。」と言われた。でも、部員みんなのおかげです。みんなが頑張ったから受賞できたのです。学校創立以来初めてといわれると、なんかまた感激してしまいました。1回目の部会で私は部長として、紙面を埋めるために記事を書くのではなく、広報紙を通じていろんなことを知ってもらったり、考えてもらうものにしようと言ったんですが、みんなそれに答えて頑張ってくれたからいいものが出来たと思います。授賞式が2月3日。あー、神様ありがとうございました。明日は市のコンクールの審査の日。なんか、ドキドキするなあ。夕食前に1人祝杯をあげて、それから晩ごはん。 献立:きのこの炊き込み御飯 ダルマ鯛の煮付け ロールキャベツのクリーム煮 ひじき わかめのすまし汁 きのこの炊き込み御飯には、エリンギ、まいたけ、人参、油揚げ、ゴボウを入れました。やっぱり、まいたけがいいだしを出してくれる。エリンギの歯ごたえがいい。それに、油揚げとゴボウが味をうまくしてくれる。人参の赤が食欲をそそる。我が家は、きのこの炊き込み御飯が一番人気ですね。魚屋さんに行ったら、だるま鯛を煮付けにしたらどうかと言われて買いました。もちろん大根と煮ておいしかったです。ロールキャベツが安売りであったので買ってクリーム煮にしたのですが、不評でした。まず、ロールキャベツは手作りがいいと。味付けも、クリームではなく和風がいいと。・・・・・、反省です。我が家のひじきは、具が大きいです。前にも書いたけど長男が苦手だからです。具が大きいとどうにか食べられるんです。食事の時子どもたちからも受賞の祝福の言葉を貰って、嬉しかったです。ビールももう1本いただきました。ほんと、おいしいなあ。そうそう、小6の長女に空気中の酸素の濃度を聞いたら、「窒素が80%、酸素が20%よね。これ常識でしょ?」と答えた。ふー、知っていて良かった。
2006.01.19
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これ常識だと思っていたんです。学校で習ったし。答えは約21%ですよね。深夜勤務のときにこの話になったけど、1年目、2年目の子は就職するまで知らなかったんですって。\(◎o◎)/!信じられない?!もちろん3年目の子も、同じく知らなかった・・・。「学校で習うでしょ。」と言っても、習った記憶がないと言う。あいた口がふさがらない。今は教えないんでしょうか。ちなみに私は看護学校卒。他の2人は、4年生看護大卒、もう1人は医療短期大卒。私よりは高学歴じゃん。それで、何で解らないの。常識でしょ。特に4卒のうちの1人は、高校が同じ。私はその頃はもう知ってたよ。医者が言ってたけど、今の医学生にも知らない人がいるんだって。きっと、今の教育制度に問題あるんだろうな。与えるばかりで考えさせないもん。今日、「呼吸器をつけている赤ちゃんはなぜつけているのか解る?」と聞いたが、明確な答えが返ってきませんでした。どうして、、こんな治療をしている?なぜ、保育器に入っているの?これらは理由があるからそうしているのであって、それが解らないと看護が出来ないと思います。(^_^;)何事も与えられた指示通り仕事をこなしていたら、別に看護師でなくてもいいような気がします。私たちは看護に携わると者として、別の視点から看護をしていかなければいけないと思います。彼女たちは何事もそうだから、日常的常識も知らないことが多いです。その都度教えるけど、こちらほうがあまりの無知さに倒れてしまいそうです。(苦笑)ところで、今思ったのだけど、彼女たち空気の組成は知っているよね。・・・、聞くのが、怖い。(>_
2006.01.19
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剣道に行ってきました。息が切れました。でも、思いっきり竹刀を振って、大きな声を出して気持ちよかった。やっぱり、剣道好きなんだなって思います。剣道をしていると、どうしても高校時代の自分がだぶり、あの頃のイメージで動いてしまう。全然体はついていけないんですけどね(笑)。でも、肩のほうは少し柔らかくなったようね気がします。今、お風呂にはいって温湿布をしています。今、テレビで紅白の時のゴリエちゃん密着をみていました。ほんとに紅白すごかったですよね。ずっと感動。今年の忘年会もゴリエに決定。やっぱり、ペコリナイトを踊らないとね。(*^_^*)今晩の晩ごはんは、剣道で遅くなってしまったので、20分で晩ごはんです。 献立:マグロ丼 すき焼き風煮物 エリンギと荒引ソーセージの炒め物 サラダマグロのかたまりがあったので、サイコロに切って丼のたれにつけました。すき焼き風は、味付けを普通のすき焼きより少しあっさりさせました。入れたものは、牛肉、ゴボウ、白菜、しいたけ、糸こんにゃく、豆腐、玉ねぎで、上に刻んだネギをかけました。ものすごくあっさりしていておいしかったです。えりんぎと荒引きソーセージは、炒めて塩コショウしただけ。エリンギの食感はいいですよね。サラダはきゅうり、人参、ツナ缶を練り胡麻ドレッシングであえただけ。みんなおなかがすいていたので、さっさと作りました。それから、みんなで晩ごはんです。本当は剣道の前に食事の準備をすればいいのだけど、広報の打ち合わせがあってできませんでした。それに、剣道をする前は私は食べませんが、子どもたちも軽くしか食べません。練習中に食べ物があがってくるからです。だから、剣道のある日は晩ごはんがいつも20時過ぎになってしまいます。まあ、そのほうが帰りが遅い夫とも一緒に食べられるのでいいのですが。(^_^)さて、2時間弱しか寝てませんが、深夜勤務に行ってきます。今は、剣道をして、心身ともにさっぱりモードです。さあ、頑張って深夜に行って来まーす!!(^_^)v
2006.01.18
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肩こりがすごい。最近は頭痛までする。時々鎮痛剤のお世話にもなる。今日深夜勤務を終えて家に帰ったら、肩の痛みと寝不足で偏頭痛が激しかった。ブログをUPすることは断念して、2時間ばかり爆睡。これで頭はすっきりしたが、肩から背中にかけてのこった痛みは依然変わらない。深夜の時あまりにも肩が痛くて、以前は肩を回したり首を回したりして少しよくなっていたのが、今回は全然効き目なし。マッキーに「肩もんで。」と頼んでもんで貰ったら、「ごりえさん、前より肩こっていますよ。硬い!!」とびっくりされた。家に帰って温湿布をする。整骨院に通えば少しはよくなるが、よくなると行かなくなる。そして肩こりが激しくなっら、また通うということを繰り返していた。整骨院の先生から「筋肉が衰えてきて、萎縮しています。軽いストレッチや運動をするといいのですがね。できなければ整骨院にもう少し通ってもらわなくては。悪くなって来て、少しよくなったら来ないことを繰り返すと、もっとひどくなりますよ。」と言われてしまった。やはり運動をしようと思った。この肩と背中の痛みにはかえられない。そこで、仕事が忙しいのを理由に休んでいた剣道に、今日から復帰することにした。剣道を一緒にやっていたお母さんにすぐメールした。「そうじゃろ?もうすぐ肩こったって、ごりえさんが復帰すると思っちょったよ。」と返事が来た。よく私のこと解っている(笑)。去年、剣道して長年の肩こりから開放された。続けるつもりだったのだけど、仕事が忙しいのと、子供会の役員で球技大会のシーズンは全然行けなかったので、そのまま行かなくなっていた。ただ、体力がついていかない。年々体力の減退を感じていたが、これほどすごいとは思わなかった。体力はまだあると思っているのは頭の中だけ。実際は、思っているほどついていけてない。剣道で無理することはないけど、頭は昔の動けていたイメージが消えないので息が切れそうになる。きっと、今日も素振りをしただけで、息切れがひどくなるだろう。でも、肩こり解消、肥満防止、健康のために頑張るとするか。その前に、目標を立てなければ。3段取得。今でも2段のレベルではないのに・・・。(^_^;)でも、目標を高く、子どもたちに負けないよう頑張るぞ!!
2006.01.18
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今日は次女の幼稚園のお誕生日会でした。その月に生まれた園児のお母さんも招待されるので、行ってきました。次女は嬉しくてたまらない様子。幼稚園でも羽目を外していました。舞台で紹介された時も、一人踊っていたし。誰に似たのやら・・・。(^_^;)今日の晩ごはん。長男のリクエストにより、またまたけーちゃんが登場しました。 献立:味噌味けーちゃんじゃが 刺し身 鮭と玉ねぎのマヨ炒め ニラ玉 けーちゃんをどう使うか考えた挙句、肉じゃが風にしてみました。HPでは、しょうゆ味のけーちゃんで肉じゃがというのがあったんですが、味噌味もなかなかいけます。じゃがいも、人参、玉ねぎを入れ、だし汁とけーちゃんとを入れて煮ます。途中、みりん少々、味噌も少しだけ足しました。うーん、お味は最高!!サーモンの刺し身がおいしそうだったので買いました。長男が大好きなんです。とろけそうでおいしかったです。鮭と玉ねぎのマヨ炒めは、Birdさんのレシピをいただきました。フライパンにマヨネーズを入れ、玉ねぎを炒めます。それに、チンしてほぐしておいた鮭を入れます。塩コショウで味を整えて、あと、わかめも入れて出来上がり。Birdさんが言うように、御飯にあいます。マヨラーの長男はたくさん食べました。ニラはカニカマを入れて炒め、卵でとじました。久々に家族全員そろっての晩ごはんで、話に花が咲きました。さてさて、ゆうゆさんにもうひとついただいたバトン。これも、やってみますね。胸キュンバトンだそうです。(*^_^*)Q1:胸キュンするポイントは? さらさらヘア、目、少年っぽい笑顔、哀愁を感じる背中、声 Q2:胸キュンする言葉は? これからはずっと人生のバディでいよう・・・って夫に言われた Q3:胸キュンする有名人は? カンドンウォン(理想の人。18日が誕生日なのよ。) 亀梨君(KAT-TUN) 小山君(NEWS) 二宮君(嵐) 長野君(V6) 松岡君(TOKIO) 森君(元スマップ)・・・以上ジャニーズ系 高橋克典(もう見つめられたら倒れそう) Q4:自分は芸能人にたとえたら誰に似てる? 誰だろう・・・、あまり言われたことがないなあ。Q5:バトンを回す5人は?どんな人に胸キュンしているのかな。kanaさん、サンバさん、とこさん、けみどぅさん、nkkmさんにお願いします。スルーしても構いませんよ。それでは今晩は深夜勤務なので、これから用意して行って来ます。(~o~)
2006.01.17
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今日は母とお金のことで喧嘩した。母のルーズさが頭にきたのだ。どうも、いろいろだまされているっぽいんだけど、私には言わない。不審電話が職場にもかかってきたらしい。それを聞いて思い当たったのが実家のこと。母は迷惑かけないというけど、昨日もお金を貸してくれないかといった。どうしてかと聞いても、答えはあやふや。私が専門家を立てて財務整理をしようというと、「勝手にすれば。」と言う。自分で解決すると言ってこの2年、どうにもならない状態になっている感じがする。はー、ため息がでる。そんなときに、ゆうゆさんから、バトンが2つまわってきた。ちょっくら落ち込んでいるけど、そのうちの1つをするね。なんたって、17歳バトンだもん。【Q1】17歳の時、何をしていた?剣道に明け暮れていた。一生懸命に練習をして、インターハイ目指していた。クラスの文化祭で、お化け屋敷をした。ノーメイクで怖がられた時は、さすがにショックを受けた。また、文化祭ののど自慢大会に、女子がいないからと出ることになった。多くの声援を貰って、将来は歌手になろうと思った。同級生のこーちゃんが好きだったな。バレンタインデーに手作りチョコあげたらサッカー部の人たちに見られて、思わずチョコを落としてしまった。みんなで拾ったけど、恥ずかしかった。進学校に通っていたにも関わらず、進路指導で将来は何になりたいのかと言われ、「可愛いお嫁さん。」と答えて、ものすごく怒られた。毎日が楽しかった17歳だった。 【Q2】17歳の時、何を考えてた?少女漫画に出てくるような彼氏が欲しかった。自分は将来どうなりたいのか模索していた。でも、可愛いお嫁さんに憧れていた。【Q3】17歳のイベントといえば剣道の団体戦で、県大会予選に残ったこと。残るかどうかをかけた試合で私は負けてしまった。女子は先鋒、中堅、大将の3人で戦うのだが、このときの作戦は先鋒の私が2本勝ち、中堅は弱いので引き分けか1本負け、大将は強い相手なので引き分ける、そして1勝ずつの本数2本対0本または2本対1本でこちらのチームの勝ちを狙っていた。それなのに、私が1-2で負けてしまったのだ。試合が終わって私は大泣きに泣いた。チームは負けだと思っていた。そんな私を見て、他校の男子たちが応援してくれた。そうしたら、奇跡的に中堅は2-0で勝ったのだ。大将は引き分けに持っていってくれ、チームは勝つことができた。応援してくれた人たちに礼を言って、負けると思っていた中堅の子に「ありがとう。」って言うと、「こちらこそ、ごりえが泣くから頑張れちゃった。」と答えた。このときの3人は今でも親友だ。【Q4】17歳でやり残したことは? もうちょっと勉強していたらよかったかな。数学だけなら東大にいけると言われたけど、後はダメだった。特に英語。日本人なのに、なぜ英語をしなければならないのかと思っていた。【Q5】17歳に戻れたら何をする?そうね、ミニのセーラー服を着れるから、町中を散歩したい。(笑)【Q6】17歳に戻っていただきたい5人ぜひ聞いてみたいのは、りきKKぱぱさん、れいんさん、のんさん、うきえさん、只野さんです。スルーしても構いません。お暇なとき、若かりし日の思い出をお聞かせください。なんか、これを書いていたら、少し気分が落ち着いてきたよ。母にも言い過ぎたかな。ちょっと後悔。
2006.01.17
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綾乃ちゃんのブログで紹介されていたけーちゃんを頼んでみました。届いたものはこれです。↓これは初回限定で、送料込みで1000円。安いでしょう。そして晩ごはんです。 献立:けーちゃんうどん 飛騨牛入りコロッケ 豚肉の白菜巻きけーちゃんは鶏肉が味噌、にんにく、唐辛子などで味付けしてあります。どのくらいの味がついているか解らなかったので、今回はもやし、玉ねぎ、ネギ、チンゲンサイ、人参、ピーマンを入れて炒め、片栗粉でトロミをつけました。御飯があると思ったら、また食べられていたので、冷蔵庫にあったうどんをゆでてからめて食べました。全員、「おいしいー!!」です。少し子どもには辛いかなと思うけど、辛いのが苦手な長女が全部食べたから大丈夫と思います。とにかく、鶏肉がやわらかい。もちろん御飯にも合うと思います。長男は「また、すぐに頼んで。」と言いました。そして、「これ、ブログにのせたらダメだよ。みんな頼んでなくなったら困るから。」とも言いました。(笑)飛騨牛入りコロッケはおまけみたいについていたもので、子供の希望で揚げました。揚げたのは次男。ハラハラしながら見ていましたが、上手に揚げていました。さすが将来は寿司職人希望だけあって、上手です。味は普通。子どもたちは私の作ったほうがおいしいと言ってくれました。コロッケも各家庭の味があるので、そう思ったのかもしれません。それと、白菜を豚バラで巻いて、和風に煮ました。白菜がとろけるようでおいしかったです。同時にケーキも作ったので、おかずはここまで。簡単な晩ごはんになりました。で、焼いたケーキはこんなに膨らみました。大成功!!のはずが、型から出す時、崩れてしまいました。ガーン!!子どもたちに出してもらうんじゃあなかった。それでも、おいしかったのでいいことにします。長女は毎日チョコケーキが食べれて幸せだそーです。最近はお菓子を作らないので、失敗が多いです。普通のスポンジケーキはどうにかできるのですが、それにプラスアルファすると難しい。ちょっと、本格的にお菓子作り頑張るかな。このケーキの型、古いでしょ。私が小学生の時に買ったもの。もう30年選手です。これで、何個のケーキを作ったかしら。独身時代はケーキ作りが趣味で、誕生日、クリスマスにいろんな人に作ってあげていました。これだけはもう手放せない、私の愛用品です。
2006.01.16
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今日は広報部の部会があった。そのあと、職場に用事があったので行った。昼過ぎに家に帰り、遅めの昼食を終わったばかりの時、その電話が鳴った。「もしもし、△△急便(有名な宅配便の会社名)ですが。○○さんのお宅ですか?」「はい、そうです。」「ごりえさんはいらっしゃいますか?」「私ですが。」「●●さん(実家の母の名前)から、デパートよりお届けものがあるのですが、住所の番地が消えて解らなくなってしまっているので、教えていただけますか?」私はふと考えた。実家は車で15分。今朝も子どものことで実家に行ってきたばかり。そのとき、母は何も言わなかった。それに、届けるものがあれば宅配便など使わず持ってくるはず。だって、宅配便代がもったいないもの。実は以前も別の宅配会社の名前をかたった電話があり、番地を教えてしまった。そのときは電話をかけた人が名乗ったので信じてしまった。(あとから考えたら偽名だったに違いない。)それにちょうど、子どもの誕生日が近く父の名前であったから、そこからのお届け物と言われて誕生日プレゼントだと思った。すぐに父に確認したら、そんなものは送ってないと言われた。それから、何日かは気持ちが悪くて、何か起こるのではと不安でたまらなかった。幸いにも何も起こらなかったが。今回も怪しいと思い「あの、朝その家に行ったのですが、何も言ってませんでしたよ。」と聞き返した。「そうですか?でもデパートのお届け物なんです。」「どこのデパートなんですか?」「デパートのお届け物で・・・。」そう言うと、いきなり相手が電話を切った。やっぱり、嘘だったのだ。でも、どうして私の電話番号や名前、母の名前が解ったのだろう。そこまで知っているのに、どうして番地を聞くのだろう。気持ち悪い。(*_*;私はすぐ信じるタイプなので、多分だまされやすいと思う。いろんな詐欺事件を聞くたびに気をつけるようにしているが、私は大丈夫と思いながら不安になる。本当に怖い世の中になったものだとつくづく思った。
2006.01.16
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今日は長女の誕生日会といっても、ちょっとそういう雰囲気ではないです。13日にはお祝いの言葉を言っているので・・・。何が食べたいか聞いたところ、話し合った結果巻き寿司となりました。長男、次男、次女は手巻き寿司がよかったようですが、夫と長女が巻き寿司がいいというので、巻き寿司に決定。でも、私巻き寿司ってあまり作ったことないんです。本当に見よう見まねで作ってるんです。だから、今日は気合を入れて作るはずだたんですが・・・。まず、酢飯を作っておいていたら、おなかのすかした子どもたちがつまみ食いをして約1/3くらい食べていました。ガーンです。具はいっぱいあるのに御飯が足りない。もうひとつの失敗はチョコレートケーキが膨らまなかったこと。チョコケーキはココアを入れるのですが、粉とココアを入れたとき子どもたちに混ぜさせたことがいけなかった。あんまり混ぜたら膨らまないんですよね。私も見ていて注意してたんだけど、膨らみませんでした。仕方がないので、明日再挑戦です。長女は混ぜ方にもコツがあるということを知ったのでよかったと言ってました。もちろん膨らまなくても十分おいしかったです。 献立:巻き寿司3種類 里芋とベーコン・イカの煮物 ゆでハナッコリー すまし汁 失敗チョコケーキイチゴ添え巻き寿司は、アナゴ入り、海鮮巻き、牛かつ入りの3種類です。御飯が少なかったので、本当にまくのが大変でした。具も片寄ちゃったし。(>_
2006.01.15
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昨日球技大会のことを書いていたら、あのときの燃えた思い出が蘇ってきた。5月役員を引き継いだけど、前任者の方は「お好きなようにどうぞ。」と言われるだけ。資料も全部綴じてあって、いつから何をすればいいのかまったくわからなかった。5月中旬。監督さん探し。いろいろなツテを頼ってお願いした。フットの監督さんにとOさんにお願いに行ったら、「引き受けてもいいけど、お母さん方も本気でしてくださいよ。今までのように形だけでなく。ボクが監督を引き受けたからには優勝目指して頑張るから、お母さん方の協力と練習時間を多くとってくださいよ。」それまでは簡単にしか考えてなかった体育部。だって、今までは練習は親の負担になるから8~10回と決めていたみたい。だから、私もそうするつもりだった。でも、いろんな方に監督、コーチをお願いするたびに、Oさんと同じことを言われた。そして、みんな熱く語り出す。私はその熱意に燃えた。頑張って校区の優勝目指すぞと思った。練習回数は今までの2倍以上に組んだ。もちろん役員の方からもクレームがついた。私は全員に頭を下げ、やるからには子どもたちのために練習をして校区優勝を目指したいと言った。校区で優勝して市の大会に出るようになると、また負担が増えるから優勝したくないと言う意見もあった。私は言った。「球技大会の意義を考えましょう。行事があるから参加すると言うのではなく、同じ子供会の子ども同士、同じ目標に向かって練習していくことに意義があるのではないでしょうか。」これには全員賛成してくれた。練習表、親の練習当番表、練習場所の確保などやることは多かった。また、練習が始まっても、ほとんど練習に顔をだした。特に低学年のドッチボールの監督が子どもたちが38人いて2人しかいなかったので、そのコーチも兼ねた。低学年は言うことを聞かなかった。練習もふざけて初めのころは全然練習にならない。子どもたちを叱る日々。泣きそうになった。でも、ほぼ毎日続けていくうちに子どもたちは上達していった。みんなドッチボールが好きになっていった。ふざける子にはもうドッチのチームから外すというと、ちゃんと言うことを聞くようになった。みんな可愛く思えるようになった。大会当日。私は声を嗄らすまで応援した。ドッチは惜しくも準優勝。優勝したチームはほとんど男子で占めており、投げるのは3年生のボールを投げるのがうまい子だけ。ほかの子がボールをとると、その子に回すという作戦をとっていた。私たちは男子も女子も関係なく、ボールをとったものがそのボールを投げて、みんなでしようという取り決めをしていた。それが敗因とは思わないが、子どもたちは悔しがった。次男は泣いた。私も泣いた。そして、来年はもっと頑張ろうということになった。ソフトはそのころ、決勝戦を戦っていた。フットは残念ながら、予選敗退していた。ソフトのチームはほとんど6年生が締めていた。みんな仲がよくて、野球部は1人だけ。後はサッカー部が3人、テニスクラブに通っている子が1人、誰一人としてものすごくソフトがうまいという子はいなかった。でも、優勝した。チームワークの勝利だった。その日の役員、監督、コーチの打ち上げを団地の公園でしたのだが、大盛り上がりだった。さて、ソフトが市の大会に出るので練習日程を決めなくてはならない。小学校のグランドは2日しか使えなかった。練習地の確保。方々に頭を下げに頼みにいって、やっと1箇所確保できた。毎日使ってもいいと言われた。子どもたちは毎日練習したいと言い出した。監督、コーチのお父さん方も、子どもたちが言うのなら毎日やりましょうと言ってくださった。それから毎日練習が始まった。初めて市の大会に出るから、要領がわからない。また、ツテを頼りに他の校区3校に練習試合を申し込んだ。案の定ボロ負け。それからは子どもたちの練習にも気合が入るようになった。みんな、確実に上達した。市の大会本番。下馬評ではうちのチームは1回戦ボーイと言われていた。1回戦の相手はかなり強いチームだったからだ。子どもたちは完全に萎縮していた。監督さんは子どもたちにこう言われた。「同じ6年生なんだから、怖がることはない。あれだけ練習したんだから練習どおりのプレイができれば必ず勝てる。」その言葉に発奮したのか、子どもたちは大活躍してくれた。強いチームと互角の戦いだった。そして、4対4でゲームセット。同点の場合は選手全員がクジをひいて、当たりクジを引いた選手のチームが勝ちというルールがあった。そして我がチームのT君が引き当てたのだ。みんなで大喜びした。私は涙があふれた。2回戦。これは強豪チームだった。クジでたまたま勝ったようなチームは弱いと相手チームから思われていた。試合が始まっても押され気味だった。点差もだんだん開いていった。監督さんは円陣を組んでこう子どもたちに言った。「そろそろ本気を出そうぜ。何のために練習を毎日したと思うんだ。日頃の練習のとおりにすればちょろいぜ。」子どもたちはこの言葉に発奮した。奇跡の大逆転で勝ったのだ。相手は野球部が何人もいるチーム。うちは1人で本当にものすごく上手な子なんていないチーム。それでも勝てた。監督さんはいいところでも全員参加ということで、補欠の子どもも代打でどんどん使った。その子たちが、みんなヒットを打ったりいい守りをしてくれた。レギュラーの子達も、それを見て負けずに活躍してくれた。すばらしい試合だった。私は、汗と涙でぐちゃぐちゃのなった。3回戦は2回戦と続けてあったので、子どもたちは体力尽きて惜しいところで負けてしまった。私を含め親たち全員が、子どもたちに大きな拍手を送った。子どもも親も感動していた。監督さんも涙ぐんでおられた。もちろん、その日も打ち上げをした。公園で、ソフトに出た子どもたとその親、監督、コーチ、役員の焼肉大会。そして、「この夏は子どもたちからすばらしいものを貰ってありがたかった。いい思い出になった。」と言い合った。そのときには、親たちは全員仲良くなっていた。大変だった体育部。子供会の役員は内心嫌だと思っていた。でも、やってよかった。それに、子どもも大人も満足できる結果になって、本当によかった。頑張った甲斐があった。そして、協力してくださった方々に感謝、それ以上に多くの感動をくれた子どもたちに感謝した。
2006.01.15
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今日、18時から子供会の役員改選のための会議があると、仕事中メールが来た。連絡したはずと言うが、私は知らない。どっちにしても来年度の役員さんも集まるので来て欲しいとあった。長女に電話して、子供会の役員会議のことを言った。「いいよ、明日で。お母さんが明日休みならゆっくりと作ってもらえるから。」と言ってくれた。仕事が終わって急いで役員会議に行った。今回子供会の役員は1つにまとまっていた。それは球技大会で燃えたからだ。私は子供会の体育部で球技大会が担当。ソフトボール、フットベースボール、ドッチボールの3種目。頑張って練習した結果、ソフトが校区で優勝し、市の大会に出れた。そこでも3回戦までいき、多くの感動を親子で感じることができた。でも、大変だった。仕事がよくクビにならないなと思ったくらい、球技大会の練習に行った。広報の締め切りと重なり、ほとんど眠れない日が何日かはあった。でも、子どもたちが頑張っている姿をみると、何かせずにはいられなかった。もちろん、球技大会の後は打ち上げをした。日頃あまりそういうことに興味がないという人も積極的に参加してくれ、楽しい打ち上げとなった。市の大会後も打ち上げをしたので、本当にみんな仲良くなった。だから、子供会の仕事は楽しかったし、本当に良くやったと思う。そういう思いを次の役員の方に伝えた。来年度の方にも楽しく役員をしてもらいたいと思う。さて、会議が終わって家に帰ったら20時。それから急いで晩ごはんです。 献立:鶏肉のソテーチーズのせ 照り焼きチキンのサラダ すじと大根の煮物 ジャガイモとベーコンの炒め物 ワンタンスープ長女は、鶏肉のモモを焼いたのにチーズをのせたのと牛すじと大根が大好きです。昨日の海鮮丼にある、いくら、ミル貝、サザエ、あわびのコりコり感も好きですね。明日は、違うものにします。長女は明日でもいいと言います。「だって、毎日私の好きなおかずがあるんだもの。」と喜んでいます。ごめんね。そしてありがとうね。長女の誕生日プレゼントは大好きな本の予定です。いろいろと欲しいものがあるようで、明日にでも本屋に行ってみます。
2006.01.14
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昨日は長女の誕生会をするつもりだった。でも、夕方からPTAの企画会議があった。いつもなら1時間もしないうちに終わるので、帰ってからお誕生日会をするつもりで行った。しかし、とんでもなかった。終わったのは21時を大きく過ぎていた。子どもたちはごはんを食べずにずっと待っていた。もめたのは次の役員をどう決めるかっていうこと。役員は強制ではないので、やりたくない人にやらせるのはどうかと言う意見が出てここからいろんな意見が飛び交った。今の会長さんはものすごく考えておられる。みんながそれぞれの仕事を分担して、やりたくないとかやりたいとか言うんじゃなくて、みんなでやっていこうという気持ちでPTA活動を行っていきたいと言われた。簡単なようで難しい。そして、今日の意見をまとめて、2月に臨時総会をすることになった。ふ~、大変だ。私がもう1年広報をやりたいという希望は受理された。確かに負担だけど、できれば次の人に広報の仕事を伝えておきたい。それにやっといい関係になった印刷会社の人にも紹介しておきたい。広報部が一番予算を貰っているもの、いい広報を作るためになるべく役員を2年するようなシステムを作れればなあと思っている。また、ここで出た問題。名札について。小学校の名札は今の時代個人情報をもたらすことになるから、登下校はつけないで学校内だけつけていればいいのではないかということ。でも、途中事故でもあたら本人を特定するのに困ると言う意見もあった。その方は前の小学校で、男子が自転車に乗っていてトラックにひかれ、病院に担ぎ込まれたけど、身元がなかなかわからず親への連絡も遅くなったそうだ。残念ながら、その子は亡くなったそうだが、間に合わなかったらしい。そういう話を聞くと、必要かなあとも思う。難しい問題だ。で、保留ということになった。誕生日会とケーキは明日ということになった。そして、急いで晩ごはんを作った。 あっという間に作ったよ。いくら、ミル貝、あわび、サザエと長女の好きなものばかりをのせた海鮮丼。それに、軟骨のから揚げ、ハナッコリーとベーコンの炒め物、卵汁。みんな、おなかすいてたからあっという間になくなっちゃった。(笑)長女に「明日ご馳走作るね。」と言うと、「これで十分だよ。」と言ってくれた。長女には本当に申し訳ない。本当に明日いえもう今日か、作るからね。(*^_^*)
2006.01.14
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12年前の今日長女は生まれた。在胎週数 : 30週と1日出生時間 : 4時10分出生時体重: 1392g 極小低出生体重児としてこの世に生まれた。26週の定期産科受診で、子宮口が3cm開いていると言われた。緊急入院。すぐに子宮の収縮を抑制する薬の持続点滴が始まった。とにかく、今産むわけにはいかないと、先生が一生懸命治療をして下さった。私は絶対安静で尿の管を入れられた。収縮止めの点滴の副作用はきつかったが、子どものために頑張った。でも、29週と6日で薬物性肝炎になり、収縮止めの点滴を切ることになった。その2日後この世に生まれた。生まれた時、本当にか細い声で「おぎゃー。」と泣いた。この声は今でも頭の片隅にはっきりと残っている。私はその声を聞いて涙が止まらなかった。「早く産んでしまって、ごめんね。」と心の中で長女に何度も謝った。普通28週から30週で肺ができるのだが、長女は肺ができていなかった。そこで挿管(気管にチューブを入れること。)され、人工呼吸器につながれた。初めての長女の写真を、主治医のS先生が持ってきてくれた。S先生とは一緒に働いた仲間であり、私の切迫早産の治療もして下さった。また、長女の主治医でもあった。人工呼吸器につながれ、心電図、点滴を2箇所とられ、いろんな器械を付けられていた、このポラロイド写真が長女の生まれて初めての写真だった。産んで1週間は涙が止まらなかった。そんなとき、I助産師さんから、「泣いちょる暇なんかないんよ。子どもが頑張っちょるんじゃから、親としてやれることをせんといけんじゃろう。今、ごりえさんに出来る事は、母乳を出すことじゃろ!!」と言われた。私は泣くのをやめた。一生懸命に母乳を搾った。長女は1ヶ月間人工呼吸器につながれていた。頭蓋内出血を3箇所起こした。呼吸器をはずしても、何度も息をとめ、そのたびに除脈(脈が遅くなること)を起こした。酸素がなかなか切れなかった。未熟児網膜症と言われた。そのたびにS先生は夜中でも来て治療をしてくれた。看護師さんからもよくしてもらった。その甲斐があって、4月20日退院した。退院後もなかなか体重が増えない。成長が遅い。歩き方がおかしい。痙攣様の動きをする。風邪をこじらすとすぐ肺炎になる。いろいろなことがあった。幼稚園の入園前の健康診断で、園医の先生から「小さく生んで大変じゃったろうけど、ようここまで育てたね。」と言われ、涙があふれた。今までずっと普通に産んでやれなかったことで自分を責めてばかりいたのが、急に心が軽くなった。幼稚園の入園式、卒園式、小学校の入学式は人一倍泣いた。未熟児で産んで、まさかこんな日が来るとは思わなかったからだ。今の長女が元気でいられるのは、先生をはじめ多くの人たちのおかげだと思う。本当に感謝している。誕生日には、いつも長女にはそのことを話して命を大切にして欲しいと言っている。元気で明るく心優しい女性に育ってほしい。そう願いながら、毎年長女の誕生日には、ここまで元気にして下さっ多くの方々に感謝をし、長女を授けて下さった神様に感謝をしている。
2006.01.13
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いろいろ欲しいものはあったみたいですが、結局これに決まりました!! プリキュアのスケーター半額で売っているのを見つけて、本人に見せたのです。次女はすぐ気に入って買いました。私も安くついてホッ。(笑)今日はまた準夜です。長男のことが気になりますが、仕方なく仕事に行きます。でも、私って今回は長男を怒れなかったけど、いつもはものすごく怒りますよ。そう、毎朝、恕等の中、子どもたちは学校へ行っています。けみどぅさんと一緒で、毎朝笑顔で見送りたいと思っているんですが・・・。(^_^;)
2006.01.12
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朝、長男が学校に行く直前「ちょっと言いにくいんじゃけど・・・。」と言って連絡帳を見せた。そこには先生の手紙が書いてあった。今日給食当番で給食室に行ったとき、Y君とふざけていてガラスを割りました。本人には安全面と当番をまじめにすることを指導しました。なお、ガラス代は学校経費で直しますので負担はありません。「何で、昨日学校から帰ってすぐに言わんの?」「家に帰ったら言うの忘れちょった。」「これって忘れるようなこと?」「・・・。」「もし先生がお母さんに手紙を書かんかったら、内緒にしちょったじゃろ?」「でも、ガラス代は払わんでええって校長先生が言った。」「なんで校長先生が言うん?」「校長室にも謝りに行った。」”なかなか担任の先生もやるね。”と内心思った。長男にとって校長室まで謝りに行ったことは大事件に値する。事の重大さに気づいて、どんなにびっくりしたことだろう。「先生はなんて言うちゃった?」「給食当番をしている時はふざけるなって。ガラス代はいらんって。」「お母さんはお金のことを気にしてるんじゃあないんよ。お金は払ったらすむけど、なんで怒られのか解わかっちょる?怒られてどう思った?校長先生のところまで行ったんじゃろ?それは大切なことよ。」「びっくりした。」「ガラス割ってびっくりしたってこと?」「ふざけていて、ガラスが割れて、先生に叱られて、校長室に行ったこと全部。でも、僕が悪いと思った。」「Y君が悪いんじゃなくて、自分が悪いってこと?」「違う。僕も悪いけどY君も悪いってこと。」「確かに2人がふざけたら2人に責任あるよね。でも、給食当番のときにふざけるのはいけんよね。どちらが先にふざけたんかわからんけど、たとえY君がふざけるからって、自分もふざけるのはいけんよね。それに、今回はガラスが割れただけで済んだけど、もしほかの友だちに怪我があったら大変なことじゃろう?」そう言うと、長男の顔は青ざめた。「もうそういうことはやらんよね。」「うん、もうやらん。本当に自分が悪かったと思った。給食当番のときはまじめに当番の仕事をする。もうふざけん。」昨日連絡帳をだせずに朝まで悶々としていた長男のことを怒れなかった。きっと、ずい分悩んだんだろうと思う私がひどく怒らなかったから長男は少し安心したような顔だった。でも、学校に行く直前に連絡帳を出すとはなかなかのアイディアだ。奴も考えたなと思うと反対におかしくなった。長男の担任の先生はよく長男の性格を知っておられる。だから、多分すごく怒られたのだろう。そして、極め付けに校長室に連れて行ったのだろう。長男はそのとき深く反省したに違いない。そう思いつつ、玄関で長男を見送った。
2006.01.12
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朝から次女は鼻歌をうたっている。今日誕生日で1つおねえちゃんになったと機嫌がすこぶるいい。「おかあさん、この歌何か知っちょる?」「知らんよ。何ていう歌?」次女は笑顔でこう言った。「愛の告白って言う歌だよ。」私はずっこけそうになった。そのあと大笑い。次女にその意味を聞いてみると、家族で愛の告白をしたのだと言う。昨日ケーキを作ってろうそくに火をともした時、「次女のことが大好きだよ。生まれてきてくれて嬉しいよ。大切な家族だよ。」とみんなで言ったものだから、それを愛の告白と思ったらしい。確かに愛の告白だ。家族全員の愛の告白。前のブログにも書いたけど、私が次女の妊娠に気づいた時、正直言うと産むか産まないか悩んだ。私たち夫婦の年齢のこと。(特に夫)4人の子供を育てながら看護師の仕事が続けられるかどうかの不安。金銭的なことなどなど・・・。夫は一応は反対した。実家の母は猛反対だった。また、妊娠したことにも怒っていた。「誰が子供の世話をすると思ってるの。私も年だし、膝を悪くしたからもう赤ちゃんを抱くなんてできない。何を考えて妊娠したの。産むんだったら、もう縁を切る。」と言われた。私が仕事の時は母の助けがないとやっていけないことも事実だ。でも、私のおなかにやってきた命。「産みたい。」という思いはだんだん強くなってきた。本当に眠れない日々を過ごした。50歳位くらいの先輩看護師さんからこう言われた。その方は不妊治療をしたが赤ちゃんに恵まれなかった。「私からしてみると、200%羨ましい。頑張ればどんな困難も乗り越えられる。だから、私のためにも産んでほしい。」私はその一言で生む決心をした。夫は何も言わなかった。反対した母は、次女を産むまで上の子供の面倒をみてくれなかった。だから、夜勤の時は苦労した。でも、子供たちに「可愛い赤ちゃんがやってくるから、みんなで頑張ろうね。」と言って、我慢させた。子供たちはみんな赤ちゃんが生まれることを喜んでいたので、本当に我慢してくれたと思う。次女を出産した後、私は2000ml以上の出血をした。なかなか出血が止まらず、貧血の度合いを示すヘモグロビンの値が5.6g/dlまで下がった。(正常値は女性で12~15g/dl)これ以上値が下がるなら、子宮全摘も覚悟してくださいと言われた。私は夜中寝てなかったから眠いのかなあと眠りかけていた。すると、主治医から「寝ちゃあいけん。しっかりして!!」と起こされた。そうか、出血して今意識が遠のいているんだ。このまま眠ったら意識がなくなっちゃうんだ。もしかしたら死ぬ?困る!!家には3人の子供がいる。それに生まれたばかりの子はどうするの?!死ぬ場合じゃない!!それから治療のおかげで出血も止まり、2週間の入院で無事退院できた。まだ、貧血はかなりあった。でも、家族全員で暮らしたかったので退院させてもらった。家に帰ってみんなで赤ちゃんを囲んだ。上の子どもたちは可愛い妹が生まれて大喜びだった。夫もあれだけ反対したのにものすごく嬉しそうだった。名前もいち早く決めたもの。母もやはり可愛いのだろう、何かと世話をしてくれ、今はこの子がいるから自分も元気になれたと言っている。いろいろあったけど、生まれてきてくれて、みんな幸せになったよ。これからも、そのかわいらしい笑顔で周りを幸せにしてくれるといいな。そして、元気で毎日をすごして、いろんなことを学んで経験して、素敵な女性になって欲しいな。
2006.01.11
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明日は次女の4歳の誕生日です。でも、悲しいかな私は準夜勤務。そこで今日ケーキだけでお祝いしました。13日は長女の誕生日なので、お料理はそのとき一緒にしようと思ってます。本当はケーキも一緒にしたかったんですが、長女はチョコケーキ、次女はイチゴのケーキでもめて、ケーキだけは2つ日にちを変えて作ることにしたんです。「今回はお店で買おうよ」と提案したのですが、あえなく却下されました。家で作ったほうがいいんですって。今日は次女のケーキの日。次女は大喜び。ケーキの真ん中と上にいっぱいイチゴを使いました。甘酸っぱくておいしかったです。真ん中にイチゴをいっぱい入れたのでケーキが高くなって切る時大変でした。さて、今日の晩ごはん。 献立:キツネカレイの煮付け 豚汁 大根のきゅうりのポン酢和え 洋風だし巻き卵焼きキツネカレイが子がたくさん入っていておいしそうだったので煮付けにしました。新鮮だったから、おいしかったです。夫の希望で豚汁。中の具は、豚肉、里芋、ゴボウ、人参、たけのこ、しいたけ、白菜、ネギ、こんにゃく、インゲンです。熱々でおいしかったです。大根の新しいのが安く手に入ったので、やや太目の短冊切りにしてきゅうりと混ぜて、鰹節をのせポン酢で食べました。大根が新しいとこのシャキシャキ感がいいですね。それと洋風だし巻き玉子焼き。卵の中にシーチキンと白だしと刻みネギと水をほんの少し入れて玉子焼きにしました。ケチャップで食べたのですがあっという間になくなりました。今日は久々に面白いものを見つけました。受験する方は、体に気をつけて頑張ってもらいたいですね。みんな合格すればいいなあ。今日、無事に教育委員会のほうへコンクールの応募をしに行きました。無事受理されて一安心。「ぎりぎりですみません。」と言ったら、今日持ってきている人も何人かいるとか。少し安心しました。夕方職場の会議があったのですが、「今年の6月に結婚します。」と言う報告がありました。その子はとてもいい子で、とても嬉しい!!去年の秋も結婚した人がいて、この職場で7、8年ぶりだと大騒ぎしていたのですが、どうも結婚の波がきたようです。独身者はこの波にのろうと必死です(笑)。
2006.01.10
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昨日夫が帰ってくるなりそう言った。「仕事やめたい。」私は「ダメ!!」と言った。結婚して14年、何度仕事を変えただろう。気に入らないとやめる。それも些細なことで気に入らなくなる。それで独立してどうにか軌道にのってきたと思ったら、親会社が倒産したりして、多額の借金を背負うことになった。それでまた勤め始めたが、長続きしない。私が働いているからやっていけるのであって、夫みたいにころころ仕事を変えていたら、家族は路頭に迷うんだと言っても解らないみたい。前に夫の叔母が「姉が甘やかして育てたからこうなったんよ。我慢させずわがままをずっと聞いていたからね。いい年して、困ったもんだ。」と言っていたのを思い出した。姑も元気な頃、私が夫と喧嘩したと言ったら、「あなたが文句言うから喧嘩になるのよ。息子が言うとおり、はいはいと聞いておきなさい。」と言われたことがある。そうやって育てられたから、確かに変に素直で少年のようなところがある。でも、やっぱりワガママで我慢できない性分。私だって仕事をやめたいって何度思ったことか。仕事ができる人が昇進するんなら我慢できるけど、長期の研修に行った人や、上司にゴマをすっている人ばかりが昇進する。別に昇進したいとは思わない。自分の仕事をきちんとしたいと思う。でも、そういう人が上にいくと、仕事ができないから下っ端のものが困る。それで意見すると意地悪されることもある。スタッフや患者さんを管理すべき上司が、それもできず自分の都合のよいようにすること自体がおかしいよね。本当に辛い。でも、我慢している。やめないのは、いえ、やめれないのは一番には家計のため。夫のあんな働き振りでは不安だもの。それと、やはり仕事が好きだから。私を待ってくれている患者さんがいるから。一緒に頑張って働く仲間がいるから。こっちのほうの比重が大きいかな。「とにかく年とって子供を作ったんだから、次女が成人するまでは働いてよ。」と言った。それをそばで聞いていた長男が夫にこう言った。「お父さん、うちの家訓知っちょる? 働かざるもの食うべからずだよ。」
2006.01.10
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Birdさんのブログで肉豆腐があったので、食べたくなり今日作りました。熱々のものはおいしいですね。 献立:肉豆腐 イワシの梅肉入りフライ 刺し身 ほうれん草の胡麻和え 肉豆腐は、昨日の豚の角煮の残り汁があったので、それに豚肉、玉ねぎ、ネギ、豆腐、人参を入れて煮て、片栗粉でトロミをつけました。イワシの梅肉入りフライは、スーパーの魚屋さんに冷凍であったものを買っておいたのです。お店の人が「おいしいからだまされたと思って買ってごらん。」と言われたので買ったのですが、これが本当においしい。今度また見つけたら、買っておこうと思いました。だって、今はイワシも高級魚並に高いですもんね。後は刺し身と、ほうれん草の胡麻和え。ほうれん草は冷凍物ですが、おいしいです。私は葉物の解凍は、レンジで半分チンして、後は水でもどします。そのほうがおいしいような気がします。さて、今日は夕方になって上靴がきついと子供たちが言いだしました。あわてて、すぐに買いに行きました。小学生になると、毎学期ごと靴があわなくなるので大変です。それに雑巾を縫わないといけない。幼稚園のをあわせて計7枚。これもすっかり忘れていました。広報紙の市のコンクールの締め切りも、明日だったのを勘違いして13日と思っていました。急いで申し込み票にいろんなことを記載して、確認のため副部長にFAXして内容を推敲しました。明日提出しなければなりません。第一、今日駅伝大会で剣道教室から長女が出場するのをすっかり忘れていたんですもん。朝電話があって、大慌てで連れて行きました。本当に、今年になって忘れていることが多すぎ。カレンダーにも予定をちゃんと書いていなくて、急いで書きました。手帳も一応は買ったのですが、全然活用していません。反省と共にちゃんと書こうと思いました。まだ、10日もたってないのに、こんなに忘れることが多いなんて、やっぱりボケが始まったのだろうかと不安になってきました。でも、まだ自分がボケたのかなと思ううちはボケてないんです。ボケてないと言い出したら危ないんです。私もそのうち「私はボケてない。」って言いそう。さあ、ボケないように頭を使わなくっちゃ。
2006.01.09
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今日はハッピーマンディで、成人式。私の頃は15日だった。同級生でその日に生まれた男の子がいて、成人式に生まれたから成治と言うんだと、私たちに自慢していた。きっと祝日がこうなって、彼は今戸惑っているかもしれない(笑)。成人式の日、私は橙色の総絞りの着物を着た。母がその日のためにとコツコツ貯金をしてくれて買ったのだ。母は私が生まれたときすでに、成人式に着せる着物のことを考えていたらしい。どうしても絞りの着物を着せたかったんだそうだ。母の気持ちを知っていたので、ありがたく着物を着ることにした。母はとても喜んでいた。成人式の式典で、私は成人を代表して発表をした。これは事前に市内に住んでいる男女1人ずつに市の教育委員会から依頼がくるのだが、幸か不孝か女性の依頼は私の通っている看護学校にやってきた。市内に住民票がある10人くらいから誰か発表をしてくれないかと言われた。できれば、市内で生まれて成人した人がいいというので7人に絞られた。もちろんみんな嫌だと言ったが、教育委員会の方は大変困っておられた。私はそういうのがダメだ。困っている人を見ると、私が何とかしましょうと言ってしまうタイプ。そのときも「私でよければ・・・。」と思わず言ってしまった。友だちは立候補したと言うが、そうではない。みんな30分もだらだら言うばかりで代表が決まらず、教育委員会の人が困っているのが見てられなかったのだ。そういうことで5分間の発表をすることになった。教育委員会の方から、「成人してどんな夢を持っているかということを発表して欲しい。」と言われた。発表原稿は苦労した。母校へ行ってクラブの顧問が国語の先生だったので相談した。原稿を書いて教育委員会に持っていくが、「もっと、大げさに書いてよ。夢を大きく持ってよ。」と言われた。それを5、6回繰り返し、やっとOKを貰った。それから文の暗記と発表の練習。何度も引き受けたことを後悔した。でも、引き受けたからにはやらねばならない。成人式当日。朝から着付けに行った。初めて本格的なお化粧をしてもらい、なんだか恥ずかしかった。祖母が「孫にも衣装だね。」と言った。母は、終始ニコニコしていた。私はそれどころではなかった。発表のことで頭がいっぱい。朝食も一口程度で、昼食は喉をとおらなかった。そして、発表の時。手の平に「人」と言う字を3回書いて飲み込んだらあがらないと聞いたので、私は10回くらい飲み込んで壇上に上がった。「私が今日こうして成人式を迎えられたのは、両親はもちろん多くの人のおかげがあったからです。」確かこういう始まりだったと思う。看護の道にいったこと、多くの友だちを得たこと、自分を高めていきたいと思ったことも語ったと思う。そして、最後の言葉。これだけはよく覚えている。「21世紀は私たちの時代です。その頃は、重要な仕事を任せられ、日本をいかに良くするかが私たちの手にゆだねられていると思います。そのためには、これからも多くのことを学んでいき、自分に恥じない生き方をしたいと思います。」21世紀の現在。私はくたびれている。あの時高らかに発表したことは、・・・。原点に戻ろう。あの時夢見たことを忘れないでいよう。自分に恥じない生き方をしよう。朝起きて思わず心の中で思ったことである。
2006.01.09
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体調はよくなりました。少しだるいけど、明日は元気になれそう。休みなので掃除と洗濯を頑張らないと。それと、忘れていた広報のコンクールの申し込みも!!申込書に広報部のいろいろなことを記載しないといけないんです。目標とか、作る時の工夫、部会の開き方などいっぱい項目があるんです。それを明日書いて、10日が締め切りなので、副部長に頼んで教育委員会に持っていってもらうよう頼もうと思います。さて、今日の晩ごはん。まだ口の中が変で味がよく解らないのですが、まんまさんのブログで春雨サラダがのっていたので、急に食べたくなり作りました。 献立:豚の角煮 チキンヒーロー 春雨サラダ 鮭のカマの塩焼 豚の角煮は、大根とお正月用にと買っておいたうずらの卵を入れました。もちろん圧力鍋もどきを使用しました。今回は、豚を圧力鍋で最初に水に青ネギの青い部分を入れ、5分煮て5分おきました。そのあと味付けして大根とうずらの卵を入れて10分煮て10分置く。これだと、豚がやわらかいような気がします。もちろんおいしくてあっという間に無くなりました。チキンヒーローは味付けしてあるものを焼きました。スパイスものは、子どもたちが食べないのであまり使用しないんですが、時々お肉屋さんが作ってくれるのはあまり辛くないので食べてくれます。長男はこのくらいだと、軽く10本は食べます。それと、春雨サラダです。いろんな家庭の味付けがあると思いますが、我が家は和風的な味です。中に入れる野菜は、冷蔵庫にあるもの。今回はシーチキン、人参、玉ねぎ、白菜、きゅうりを入れました。野菜類はきゅうり以外チンします。きゅうりはもちろん塩もみをしておきます。味付けは、マヨネーズ、酢、塩、胡椒、砂糖で好みの味付けにして最後に胡麻を入れます。これがかなりいけます。昔は練り胡麻も入れていたんですが、ちょっとしつこい感じがするのでやめました。でも、入れてもおいしいです。隠し味として入れる砂糖が決め手ですね。それと、白菜。これもマヨネーズに合うんです。おいしいのでいっぱい作って食べました。今日は午前中に剣道の練習があったのですが、そのあと鏡開きがあってお餅を食べたみたいです。私も練習に行きたかったけど、やはり体調のことを考えてやめました。次男は7個もお餅を食べて、さすがにおなかにきたらしく夕食は少なめでした。実は昼から少しおなかが痛かったらしいんです。でも、私に怒られるかもしれないと思って我慢していたんだそうです。自分でも食べすぎをかなり後悔してました。校区ではどんど焼きもあったし、来週から学校です。もう、お正月気分はなくなりましたね。
2006.01.08
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昨日夫が仕事から帰ってくるなり、「市内から、年末ジャンボで3億が1本、1億が1本出たらしい。今回は買わんかったけど、買ったらあたちょったかもしれん。」と興奮して言った。その話を職場でしたら、3億円当たっても何を買っていいのかすぐには思いつかないと大笑いになった。今回職場の若い子8人が1人3,000円分の宝くじを購入した。合計24,000円。そのうち300円が8枚と3,000円が1枚当たっていたらしい。「億万長者の夢がなくなった。」と言っていたが、宝くじを買って、当たるかどうかドキドキワクワクするのが楽しかったらしい。誰かが3億円の家を建てればいいと言ったが、その家の維持費を考えたら買えないと笑ったこともある。そういう話を聞くと、私を含めてみんな庶民だなあと思う。3億円なんて想像もつかないお金だもの。以前内科にいたとき、お金持ちの患者さんから自分の悪い肝臓と私の肝臓を変えて欲しい。そしたら億単位の金をあげると、言われたことがある。半分冗談で半分本気とも言われた。「いくらお金があっても、幸せとは言えない。健康な体があって、おいしいものが飲めて食べられて、家族や友人がいて、初めて幸せと言えるんじゃあないかとこの年で思ったよ。」とも言われていた。人それぞれ幸せの価値観が違うだろう。でも、文句を言いながらも、喧嘩をしながらも、家族がいて、毎日元気に過ごせ、笑って、おいしい物を飲んで食べて、私にとってはこれが幸せなんだと思う。私なんてちょっとしたことで、すぐ幸せな気分になってしまう。たとえば、曇りの日なのに洗濯物が全部乾いたとか、朝のコーヒーが今日はうまく入ったとか、ご飯を作って「お母さんの料理は世界一だね。」と言われるだけで幸せだもの。こんなささやかな幸せを毎日貰って、私は世界で一番の幸せ者だと思う。
2006.01.08
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今日は七草粥の日ですね。本当は朝食べるらしいのですが、深夜だったので晩ごはんにしました。風邪のほうは抗生剤が効いて、熱も下がりました。午後から久しぶりに3時間くらい眠ったかなあ。気配を感じて目を覚ましたんですが、次女が心配そうに覗き込んでいました。「もう大丈夫よ。」と言うと「よかった。」と安心したようです。やはり、母はいつも元気でないといけないみたいです。ただ、声変わりをしましたが(笑)。前日に七草粥セットを買っていたのでこれを使いました。 便利です。そして、買い物へは行かずに冷蔵庫の中のもので晩ごはん。 献立:七草粥 白菜と肉団子の煮物 豚のしょうが焼き我が家の七草粥には鶏のもも肉を入れます。だしも出るし、ボリュームもあって子どもたちは喜んで食べます。夫は邪道だと言いますが・・・。一度、鶏ガラスープでおかゆを作ったことがあるんですが、これは今ひとつでした。食欲の回復した長男は、お茶碗に5杯くらい食べていました(笑)。これで、今年1年みんな大きな病気もせず、元気に過ごせたらいいです。その前に自分の風邪を治さないとね。でも、昨日より楽になったので、今日の深夜勤務頑張れそうです。もちろんNICU勤務なので、赤ちゃんに風邪がうつらないように私は完全防備です。
2006.01.07
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仕事中、寒気はココアを飲んで頑張った。でも、朝方から喉の痛みとともに耳も痛くなった。もうこれは、私のいつもの風邪の症状だ。明日あさってと病院が休みだから、我が家のホームドクター的存在の耳鼻科へ、仕事の帰りに行った。”休み”の看板が貼ってある。ガーン。どうしよう。困った。仕方がないので最近できた近くの耳鼻科に行った。評判はいいし、最先端の治療をするらしい。初めていく病院はドキドキするのだが、体調が悪かったのでそんなことも忘れていた。「昨日から喉が痛いです。関節が痛いし、寒気もします。今朝からは耳も痛くなりました。」と先生に言った。病院を受診する時、絶対自分が看護師と言わないし、ばれないようにする。だって、お互いやりにくいから。先生は耳、鼻、喉を診て、「慢性鼻炎だね。乾燥によってかなり炎症がある。」と言われた。「鼻が詰まったり、息がしにくかったりするでしょう?」でも、そんな症状は全然ない。私は思わず「えっ、風邪ではないんですか。喉も痛いのですが、寒気もするんですが。」と聞いてみた。すると、「乾燥からくる喉の痛みでしょう。」そして、「まあ、とりあえず抗炎症剤と痛み止め、点鼻薬、それと用心のため抗生剤でもだしておきましょうかね。5日後に来て下さい。」と言われた。私は思わず不信感を抱いてしまった。そして心の中で「ヤブ!!」と叫んでしまった。私のホームドクターだったら、「こりゃあ風邪だね。いつもの薬を出してあげるから、これで症状が治まったらもう来なくていいよ。2日してもよくならなかったら、すぐおいで。」といって下さるだろう。大体それでよくなる。30歳を過ぎてから、疲れがたまったり、風邪をひくとすぐに喉に症状が出る。先生もそのことをよくご存知で、早めに来たらこういう薬、ひどい時はこういう薬を処方するということをお互い知っているし、どのくらいで効果があるかよく解っている。効きが悪ければ違う検査をしてくれ、原因を探してくれる。質問にもちゃんと答えてくれる。(もちろん、私のこと看護師とは知らない。)だから、いつも信頼している。今回はもうこの病院には2度と来ないと思った。幸い吸入をしてもらえただけでも助かった。家に帰って、熱を測ったら37、8℃。「慢性鼻炎で熱が出る?」と独り言を言って、すぐに抗生剤、抗炎症剤、解熱剤を飲んで少し楽になった。抗生剤に関してはちょっと効き目があるかどうかというところだが、まあ飲んでみようっと。いつも思うけど、医者の当たりやはずれは、あると思う。そういう場合、我慢することはない。信頼できる医者を探すべきだ。そして、そういう医者をホームドクターとしておけば安心である。長男の方は、小児用の栄養剤と薬と睡眠が効いて、仕事から帰ったら元気になっていた。ちょっと安心した。
2006.01.07
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やはり、私は完全に初期の風邪症状をおこしています。咽頭痛、頭痛、関節痛、倦怠感。このままにしておくと、熱が出るのは間違いありません。今日から2深夜勤務なので、午後からは横になっていました。それでも、体はだるい一方です。頭痛も薬を飲んでもなかなか治まらず、冷えピタをおでこに張っていました。子どもたちには受けていたようですが、私にはそれに答える元気もない。Sちゃんも今日来る予定でしたが、Sちゃんのお母さんも調子悪くて遊びに来るのが延期となりました。そんな中、長男も風邪でダウン。いつも人の2倍以上は食べる長男が「食欲ない。」と言うのです。これはもう異常事態です。夫は早めに帰ってきてくれたけど、「今夜はちゃんぽんでいいよ。」と言います。ええっ、私が作るの?!と思いながら、仕方なく重い腰を上げて買い物に行きました。でも、今日は寒かったせいか麺類が全然ない。ちゃんぽん麺は0個。うどんも冷凍のが少しあるだけ。ふと見ると、冷凍カレーうどんが半額でいっぱい残っている。よし、これだということで、こんばんは手抜き冷凍カレーうどんです。 鶏肉だけは入っていたので、家にある野菜を追加しました。白菜、人参、玉ねぎ、シメジ、ネギです。熱々で、辛いので体が温まりました。長男もどうにか食べることができました。寒い時のカレーうどんはいいですね。今度は自分で作ってみようと思いました。少々体がきつくても料理を作るのは苦ではないんですが、今日はやっぱり辛かった。最近はちょっとだらけ気味だったからかなあ。反省です。ちょっと高めの栄養剤も買ってきたので、これで早く風邪を治します。子どもの栄養剤も買ってきたので長男にも飲ませました。これ結構効くんですよ。私は家で誰か1人でも風邪を引くと、次女以外には飲ませてます。そうすると風邪がうつらないし、うつってもひどくならない。子どもの栄養剤は5歳からしか飲めないので、次女はまだダメなんです。だから、すぐ風邪を貰っちゃう。仕方ないですけどね。
2006.01.06
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長女、小学校6年生。お風呂に入ると1時間近く入っている。何をしているかわからないけど、湯船につかってのんびり~~としている。「何でそんなに長く入っているの?」と聞くけど「別に。」と答える。確かに私は子供の頃、いろいろと空想するのが好きだった。いろんな物語を考えたり、映画や本の主人公になったときのことを考えたりしてボーっとしていた気がする。娘も風呂の中でそういうこと考えてるのかなあ。そして、朝起きない。起こしても4人のうちで一番最後に起きてくる。起こさなければ12時まで眠っている。夜、そんなに遅くまで起きているわけでもない。1日のうち半日以上眠っていることになる。私は信じられない。私は子供の頃からあまり睡眠時間は長くなかったような気がする。親戚のマッキーは、20代の今でも20時間くらい眠れると言う。その間のトイレはどうするんだろう。私はものすごく寝ても10時間が最高だ。必ず目が覚める。今の私の睡眠時間は5~6時間。夜勤の時は2~4時間なんてざら。多分それで体が持てているので、私にとっては十分な睡眠時間なのだろうと思う。人間それぞれ睡眠のパターンが違うから何とも言えないが、半日睡眠はちょっと長すぎのような気がする。幼児ではないんだからと思う。もうすぐ12歳。思春期突入の時期。いくらでも眠れる、いろんなことを考えるって、そういう時期になったのかなあ。
2006.01.06
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今日は寒かったですね。日勤から帰って、喉の痛みと頭痛がどうにも我慢ならない。食事を作る気分にもなれなくて、頭痛薬を飲んで1時間近く横になりました。そして、復活。少し遅くなったので、急いで晩ごはんです。 献立:肉団子ロール白菜 海老のチリソース カブの煮物 サーモンのイタリアンサラダ平田ちゃんから白菜を貰いました。家で採れたもの。よく貰います。採れたてで新鮮でおいしいんです。これをチンして、買っておいた鶏肉だんごを白菜で包み、かんぴょうでくくって和風に味付けしてみました。簡単でおいしかったです。海老が微妙に余っていたので、長ネギをたっぷり入れてチリソースを作りました。豆板醤を入れたので少し砂糖を入れてます。カブの煮物にはもう定番のあんかけです。サーモンがあったので、キャベツとミニトマトと人参であえて、イタリアンドレッシングをかけました。さっと作ったにもかかわらずおいしくできておなかいっぱい。料理をしていると頭痛も無くなり、気分もよくなりました。だから、私もいっぱい食べました(笑)。今日は久々にときめきました。昨日生まれた赤ちゃんのお父さん、私の好みなのです。背は低いけど、顔が大好きなカンドンウォンに少し似てるかな。すると、S先生が「僕だって韓国系の顔をしているからかっこいいでしょう。」と言うんです。「どう見たっておじさんにしか見えないよ。」と言うと私の見る目がないというんです。「ゴリエさんもいい年してときめくなんて、こっちが恥ずかしいな。」私は「女はいつまでもときめいていものなのよ。」と言ったら、S先生は大笑いでした。私はいつでもときめいています。かっこいい男の人は大好きです。その話をすると子どもたちは「お母さんはお父さんに、ときめいちょるじゃろ?」と言いました。「もちろん。」と言うと子どもたちは「ラブラブじゃね。」と大喜びでした。言った私のほうがとても照れてしまいました。今日は夫の帰りが遅くてよかった。(^_^;)
2006.01.05
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今日は午後からハリーポッターの映画を見に行ったのですが、人が多くて30分前にも関わらず、満席でダメでした。もうお正月も過ぎているのにね。びっくりしました。仕方がないので、18時の分を予約して、それまで本屋で時間つぶしをしました。2時間も持つかなと思ったけど、いろんな本を手にとることができいい時間つぶしが出来ました。そのあと軽く食べて映画鑑賞です。うん、面白かった。迫力満点。「怖い。」と時々目をつぶりながらも、次女は最後まで見ました。もう次が見たいって言う感想です。おなか空かせて家に帰ったらもう21時。遅いけど、急いで晩ごはん。年末に半額で買った冷凍していた牛肉で焼肉丼です。お皿にごはんを盛り、千切りキャベツをのせ、その上に牛肉、人参、ピーマン、玉ねぎを炒め、焼肉のたれと醤油で味付けし、片栗粉でとろみをつけてのせます。最後にパラパラと胡麻をふりかけて出来上がり。おなかが空いていたからあっという間になくなりました。立ち読みのとき、ブログ関連の本が多数あるのに驚きました。こうしたらアクセス数がアップするとか、読んでもらえるためにはどのように書いたらいいのかとかありました。一番面白かったのは、ブログを初めて人生が変わったっていう人の紹介。確かに少し解る気がします。私も人生が少し変わった。多くの人と出会うことができた。いろんなことを冷静に考えられるようになった。そして、ブログマダムになった。そう、まだまだ、このマダムという言葉に酔いしれている私です。(笑)
2006.01.04
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朝、以前のブログにも書いたSちゃんとお母さんから電話がかかってきた。30週で生まれ3ヶ月の入院で何の問題もなく無事退院したのだけど、2歳過ぎても立てないという子だ。去年、障害者手帳のことを相談されていたのだけど、私は交付してもらったほうがいいと言った。リハビリや装具を作るにも何かとお金の免除が効くからだ。それから、いろいろ考えて交付してもらうことにしたと言っていた。今日は、それを交付してもらうのに病名が書いてあったが、これはどういう意味なのかという質問の電話だった。そして、「必ず歩けるようになるよね。」と。私は言葉に詰まった。なんて答えていいのかわからなかった。病名のことは先生によく聞くようにと言った。しかし、「聞いてもよく解らない。」と言う。どうしても先生の話を受け入れられないようだ。そんな感じがした。Sちゃんのお母さんは自分が早産したことを、今でもすごく自分のせいだと悔いている。Sちゃんがそうなったのは自分のせい。歩けないのも自分のせい。だから、話し出すといつも最後は涙になってしまう。私はいつも聞き役。そして、私はお母さんにSちゃん本人を見つめていこうと言う。Sちゃんのためにできることを考えていこうとも。こういう相談を聞くたびに、NICU看護の難しさを思う。やはり、赤ちゃんの看護だけではなく、未熟児を産んだお母さんのフォローも大切だ。もし、Sちゃんのお母さんともっと早期から気持ちを聞いてあげていればこんなに思わないですんだのではないかという後悔もある。今は早産したお母さんに対しては「ご苦労様。頑張りましたね。これからはお母さんの頑張りを受け継いで、赤ちゃんが頑張ってくれますよ。」ということにしている。だって、早産したくて早産する人なんていないもの。早産したくないからつらい治療にも耐えてるんだもの。頑張ってもダメで早産してしまう。このときの悲しみは私も経験したけど、本当につらく悲しい。この気持ちを少しでも理解することがお母さんの気持ちを理解する第一歩だと思っている。Sちゃんのお母さんと話をしていて、今度の金曜日に我が家に遊びに来ることになった。その日は看護師としてではなく、未熟児を産んだ先輩としてお母さんの話をいっぱい聞くつもり。Sちゃんと遊ぶことを我が家の子どもたちも楽しみにしている。
2006.01.04
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今日は昼過ぎまで箱根駅伝に夢中でした。もう、感動しまくりで涙なしには見られませんでした。その感動も覚めやらない中、長男、次男の希望で車で1時間のところの湖にワカサギ釣りに行きました。寒い中、息子たちは一生懸命釣っています。でも、全然ヒットする感じもなく結局5匹しか釣れませんでした。でも、楽しかったからいいかということで帰ろうとした時悲劇は起こりました。次女をトイレに連れて行き、用を済ませ水を流してズボンをはかせているとき、弾みでポケットに入れていた携帯電話をトイレに落としたんです。すぐ拾って拭いたんですが、電機が消えたりついたりしてとうとう消えてしまいました。ガーン、3ヶ月前も携帯電話を洗濯してダメにしたばかり。どうしようと私は半泣き状態。夫にそのことを言うと、とにかく乾かそうと車のヒーターの上に携帯をかざしました。乾かして充電したら復活するかもしれないと。私は完全にあきらめ状態でした。またお金がかかると、頭の中でお金の算段をしていました。30分乾かして車の中で携帯の充電器に装着してみると、やっぱりつかない。バッテリーを確認するためさわっていたら、いきなり「ピッ。」と音がして電源が入りました。まさかの復活です。とりあえず充電し終えて、電話帳等確認したのですが消えてない。今までのデータもそのままでした。もちろん電話もかけられるし、本当に復活をはたしたんです。もう、びっくり。ちょっと、夫を見直しました。「じゃあ、修理代ちょうだい。」と夫が言うので「愛情を目いっぱいあげる。」と言ったら、「いつもたくさん貰ってあふれちょるから、もう入らん。お金のほうがいい。」と言うんです。大爆笑でした。でも、直って本当によかった。帰りは子供たちの希望で回転寿司に行きました。私は回転寿司に行っても、おなかいっぱい食べたことがないんです。それは子どもたちがいっぱい食べるから、いくらかかるのだろうと思うと食欲が失せるのです。今回も小4の長男は18皿食べました。私はほとんど食べてません。でも、こんなにお皿がいっぱいになりました。↓ やはり、まわりよりもダントツ多い。あはは、これから大きくなったら、いったい何皿食べるのかしら。そういえば子どもができてから、普通のお寿司屋さんに行ったことがありません。怖くて行けないです。(^_^;)
2006.01.03
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