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2013.03.16
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カテゴリ: 読書案内
【城山三郎/男子の本懐】
20130316

◆軍縮と金解禁に命を賭す男たちのドラマ

一般的に政治や経済を扱った小説というのは、堅苦しくて読みづらいものだ。
松本清張の描く政治家の派閥抗争の確執とか、永田町の保守政界のからくりだとか、代議士の陰に暗躍する不気味な存在など、それはそれで興味深いものだが、読了するのにかなりの労力を強いられる。
その点、城山三郎の小説というのは、社会派と謳われた松本清張とは異なり、政治家の汚職や不正を糾弾する目的はなく、むしろ人物伝に近く、明快だ。
『男子の本懐』は、第一次世界大戦後の非常事態下で、慢性的な通貨不安に陥っていた状況を克服するため、金解禁を遂行した浜口雄幸と井上準之助の政策について書かれている。
この二人のゴールデン・コンビネーションが命を懸けて実現した金本位制復帰までのプロセスを、緊迫感のうちに伝えている。いやそれがもう潔くてカッコイイ。

簡単なあらすじを言ってしまうと、こうだ。
保守派の政友会内閣が総辞職し、野党第一党の民政党総裁である浜口が総理となり、その内閣が発足。
浜口内閣の最大の課題は金解禁と、そして軍縮にあった。
組閣の焦点は蔵相の人選にあるのだが、浜口にはすでに意中の人がいた。とにかく日本銀行出身の井上でなければこの政策を成し遂げることなど出来ない。井上の他にはいない、という不動の信念に基づき、三顧の礼を尽くす。

井上は金解禁の実現に向け、徹底的に軍事費の削減に取り組む。この緊張財政は、軍部から激しく抵抗を受けることになるのだが、怯まない。
なぜなら浜口の全面的な信頼を持って、共に果敢に立ち向かうからだ。

私はもともと、ロンドン仕込みのスタイリッシュでクールな井上準之助が大好きだった。

仕事に対する美学とでも言うのか、着るものは常に清潔を心がけ、髪には絶えず櫛を入れるという気の使い方に惚れ惚れしてしまうのだ。
西欧的合理主義の実践も徹底したもので、当時、仕事さえちゃんとこなせば三時に帰って良いと言って憚らなかった。
いやむしろ早く帰るのを勧めたぐらいだ。井上の前任というのが、朝は重役出勤、夕方は八時過ぎまで居残るという典型的な日本のサラリーマンだった。これに対し井上は、早朝出勤し、テキパキと仕事をこなすと三時過ぎまでだらだら職場に居残ることはなかった。
部下たちには早く帰って「大いに勉強せよ」という立場を貫いたわけだ。

そんな井上の天才的手腕を誰よりも買っていた浜口というのも凄い。
最近の私は、無口でほとんど交友関係がなく、おもしろみに欠ける浜口の方が好きになりつつある。
浜口は近代化が進む中、ずいぶんと遅くまで人力車を利用していた。愛用の稲毛屋の人力車に乗ってどこにでも出かけたのだ。
この稲毛屋は十年もの長い間、大柄な浜口を乗せ続けた。そして浜口がいよいよ公人となり、公用車の使用が義務付けられた時、あらためて稲毛屋をねぎらい、別れを惜しんだ。

浜口雄幸という人物は、一見、とっつきにくい寡黙な政治家には違いないが、人情に篤く義理堅い性質だ。
混迷する現代日本において、浜口のような私利私欲のない潔癖な政治を推進する政治家が、果たして一人でもいるのだろうか?
願わくば、政治家という肩書きを持つ諸先生方には、ぜひともこの『男子の本懐』をお読みいただきたい。
浜口と、その盟友井上が凶弾に撃たれたことで、それまでの軍縮政策が翻り、軍部の台頭、抜き差しならない圧力によって暗黒時代が始まる。
そして第二次世界大戦へ突入したことを考えれば、いかに右傾化が危険なものであるか、自ずと分かるからだ。


『男子の本懐』城山三郎・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.52)は遠藤周作の『深い河』を予定しています。


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最終更新日  2013.03.16 06:24:25
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