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2013.04.27
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カテゴリ: 読書案内
【山田太一/異人たちとの夏】
20130427

◆すでに鬼籍に入った両親が、孤独な息子を癒す物語

今では付き合いの途絶えてしまったMという友人が、不思議な話をしてくれたのを思い出す。当時Mは父親を亡くして間もなかった。心筋梗塞か何かで、とにかく急死だったようだ。
Mが盆休みに、日ごろの疲れが溜まっていたせいで、居間で大の字になって昼寝をしていた時のこと。エアコン嫌いなので、窓を全開にしてお腹を出してゴロンとしていたら、庭の砂利をゆっくり踏みしめる音が聞こえた。その歩き方が亡父そのもので、懐かしささえ感じた。その足音が徐々に自分の方に近付いて来て、ゆっくりと立ち止まると、「おい、風邪をひくから布団をかけて休んだらどうだ?」と言った。Mは、「はーい」と答えておいて、すぐに自分の発した声に驚いて目が覚めたと。それが夢だと分かった後も、なぜかMは涙が止まらなかったらしい。父親が死んでも尚、自分のことを心配してくれているのかと思うと、すまない気持ちで胸がいっぱいになってしまったのだろう。
それはMにとって、亡父の初盆の出来事だった。
私はその話を聞いた時、とても他人事とは思えず、何とも言えないしんみりとした気持ちに見舞われた。

前置きが長くなって恐縮だが、『異人たちとの夏』を読んだ時、真っ先に思い浮かべたのが、このMから聞いた不思議な話のことだった。
『異人たちとの夏』においても、幼いころ死別したはずの主人公の両親が、孤独な息子を案じて登場するのだが、何とも言えない熱い感情がこみ上げて来るのだ。それは決して不気味なものではなく、むしろ心安らぐ都会の一夏なのだ。

あらすじを紹介しよう。
47歳の原田は脚本家で、そこそこ売れているが、最近離婚して独身になった。自宅は妻子のために与えてしまったため、今は事務所として使っていたマンションの一室が居住空間となっている。
ある時、信頼のできる友人であり、局のプロデューサーでもある間宮が訪ねて来たので、仕事の話かと思うとそうではなく、原田の元妻と交際したいという申し出だった。

そんなやりきれない気持ちでいるその晩、10時過ぎにチャイムが鳴った。ドアを開けてみると、同じマンションに住む女だった。用件を聞くと、一緒に飲みたいと言う。7階建てのマンションには様々な会社のオフィスが入っているが、夜になると誰もいなくなり、寝泊りしているのは女と原田だけなのだと言う。あまりの寂しさゆえ、灯りの点いている原田を訪ねてしまったとのこと。だが、今夜の原田には寛容さなど微塵もなく、早く一人になりたかった。女を追い返してしまった後、多少の罪悪感を覚えながらも、うとうとと眠ってしまった。
その数日後、原田は誕生日だった。最悪の精神状態の中、浅草にやって来た。浅草は原田にとっての出生地だ。気がつくと浅草演芸ホールにいて、そこで亡くなった父親とそっくりの人物に出くわすのだった。

この作品を読んだ後は、とにかく今までにないような茫漠とした寂寥感に襲われた。
単なるホラー小説なら、これほどまではっきりとした喪失感など感じやしない。この世のものではない異人たちの愛によって、主人公が現実社会に帰って来るお話なのだが、私は泣いた。
この孤独は誰もが抱えていく生涯の荷物なのだろうか?
生きることに少々お疲れモードの方々におすすめしたい。名脚本家である山田太一が綴る、現代の怪談話だ。

『異人たちとの夏』山田太一・著 〔山本周五郎賞受賞作品〕

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.64)は松浦理英子の『ナチュラル・ウーマン』を予定しています。


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最終更新日  2013.04.27 06:31:16
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