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2013.06.01
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カテゴリ: 読書案内
【藤原伊織/テロリストのパラソル】
20130601

◆しがない飲み屋のバーテンだが、東大中退のワケあり中年男

私がいつも利用している駐輪場でのこと。夕方4時ごろだったと思う。
私の自転車の右側にとめてあったスクーターや自転車が、ドミノ倒しになっていた。かろうじて私の自転車は倒れていなかったが、すぐ隣のスクーターが寄りかかっていて、出すに出せない。
困ったなぁと思いながら、ガタガタ引っ張ってみたり、スクーターを持ち上げようとしてみたところ、全く思うようにならない。
するとどこからともなく一人の男性が背後から近付いて来た。
「やりましょう」と一言。
その男性は年齢40代後半~50代前半。無精髭を生やした長身で、しかも細身。またたくまにドミノ倒しになっていた自転車を直してくれて、私の自転車に寄りかかっていたスクーターも立て直した。
「どうもありがとうございました」
私は深々と頭を下げたが、男性は無言のまま、くわえタバコで歩き去ってしまった。
その背中を見送りながら、私は思った。


そんな中、私は『テロリストのパラソル』を読了した。
この小説はかなりハードボイルドな作風だ。確かテレビドラマ化もされていて、ショーケンが主役で出演していた記憶があるが、定かではない。
でもドラマの方はあまり印象に残らなかったのは事実だ。これはやっぱり原作が良すぎる。
抑えぎみなトーンとか、場末の飲み屋のバーテンが、実は東大中退のワケあり中年男という設定がおもしろい。
とにかくドラマチックな展開に、時間の経つのも忘れて読み耽ってしまったのだから。

話の展開はこんな感じだ。
40代後半でアル中の菊池(またの名を島村)は、いつものようにウィスキーを持って公園に出かけた。
震える手でちびちび飲んでいると、幼い女の子からしゃべりかけられる。
話し相手になってると、そのうち女の子の父親が迎えに来る。
その後、今度は宗教の押し売りのような若い男から、「神様について話しましょう」と声をかけられる。
それを体良く追い払ってしばらくすると、いきなり爆音が響き渡る。何かが爆発した。


周囲には死者と、その破片が無造作に散らばっている。
血の臭いをかぎながら、菊池はつい今しがた会話を交わした女の子の安否を確かめに行く。
徐々にパトカーのサイレンがうるさくなるにしたがい、菊池はそこから逃れるように立ち去る。
この爆発騒ぎには何も関与していないのだが、20年前の東大全共闘運動の際、菊池は武闘派として名を連ねており、公安からマークされていたのだ。
菊池は、あちこち寄り道しながら時間を潰し、結局、夕方には自分の店に行き、営業を始めた。


だが東大を中退し、ボクシングに汗を流し、職を転々とした後、飲み屋のバーテンでホットドックだけをメニューに、店を営んでいるというこの風変わりな経歴は、それだけでドラマになる。
さらに、もう一人の人物、元警官のヤクザというのも味がある。
根っからのワルになりきれない、奇妙なヤクザだ。
ストーリーを引っ張って行くキャラクターが、どれもしっかりと味付けされていて、ぼんやりしていない。
豊かな想像力と、絶妙なセリフ回しは実にお見事。最後は少しだけ切なく、胸にぽっかりと穴の開いたような空虚感に襲われる。
きっとこういう作品こそが正統派のハードボイルドと呼ばれるべきものなのだろう。
著者の藤原伊織にはもっとこの手の無頼を描いて欲しかったが、惜しい哉、すでに亡くなられている。
だが作家には代表作が一つでもあれば、その名は永遠のものだ。
たとえば、『風と共に去りぬ』を一作だけ世に残して亡くなったマーガレット・ミッチェルのように。
藤原伊織にとっては、この『テロリストのパラソル』がそれに当たるだろう。

『テロリストのパラソル』藤原伊織・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.74)は志賀直哉の渾身の逸作『和解』を予定しています。


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最終更新日  2013.06.01 06:26:10
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