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2013.11.09
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カテゴリ: 読書案内
【夏樹静子/蒸発】
20131109

◆時刻表を穴の開くほど凝視せよ!鉄道系サスペンスの先駆け

「“蒸発”って言葉はもう死語だよね?」という友人の意見を検証しようと、試しに高校生の息子に訊いてみた。
「蒸発って知ってる?」
「知ってるよ。水とかが気体になることじゃん」
「うん、そういう意味の他にもう一つあるんだけど」
「知らん」
そうなのだ。もう平成世代には“蒸発”が通じないのである。
人知れずこつ然と姿を消すことを“蒸発する”というのだと説明して、やっと納得してもらえる始末なのだ。
驚くほどのことではないかもしれないが、こうやって言葉はいにしえの(?)言語となっていくのかと痛感した。
そう言えば、職場で「○○さんまだシングルなんだって」という噂話になった時のこと。すかさず「独身貴族ですね」と話に加わったらゲラゲラ笑われてしまった。

“独身貴族”という言葉も、いまや死語である。
話が逸れてしまい、恐縮。

さて、夏樹静子の『蒸発』について。
この作品はかなり古い。40年ぐらい前に発表されたものだ。
今読むと、ある意味ノスタルジーで昭和を感じる。時代性は否めないが、その分、一人一人の熱っぽさ、つまり人間味をたっぷりと感じさせてくれる小説なのだ。
言うまでもなくミステリー小説だが、半分は不倫小説だ。単なる浮気などではなく、本気の不倫だから読者もついつい主人公に肩入れしたくなってしまう。
とはいえ、くどいようだが不倫は不倫だ。

話はこうだ。
ある日、札幌行きの飛行機で不思議なことが起こった。
東京を出発する時は間違いなく満席だったはずなのに、12-C席だけ乗客がいなくなっているのだ。
そこには確かに女性が乗っていた。

一方、ジャーナリストの冬木は、妻子のいる身でありながら朝岡美那子と不倫関係にあった。
美那子も、銀行に勤務する夫と6歳になる息子のいる立場だった。
ところが冬木は仕事でベトナムへ行くこととなり、前線での取材中、銃撃を受けて重傷を負った。
情報の錯綜する中、日本には冬木がほぼ絶望的なように報じられた。
その後、奇跡的に回復した冬木は野戦病院を退院し、自分の生還を伝える一報を東京へと打電した。

そこで自分の本当の気持ちに気付くと、どんなことがあっても美那子と一緒になりたいと思うのだった。
ところが美那子は、どこへ消えてしまったのか冬木の前から蒸発してしまった。
美那子の夫も息子の手を引きあちこち探し回るものの、何の手がかりもなく時だけが過ぎてゆく。
そして美那子の蒸発は、いよいよ事件へと発展していく。

ミステリー小説としてのおもしろさを味わえるのは、何と言っても列車のトリックであろう。
時刻表などを熟読する方々にはワクワクするようなアリバイ崩しの瞬間ではなかろうか?
現在では、鉄道系サスペンスを得意とする西村京太郎に持って行かれた感があるけれど、40年前は斬新なトリックだったのだ。
さらには、おいそれとハッピーエンドでは終わらないラストにも好感が持てる。
著者である夏樹静子が、当時の社会風潮としてのウーマンリブを皮肉った点も同感。
『「母性離脱」を叫んでいたシュプレヒコールが、なぜかもの悲しい響きを伴って、彼の耳底に蘇った』
という一文にグッと来た。
こういう推理小説を書ける人が、最近はあまりいないような気がするので、よけいに勧めたくなってしまう。
1970年代を知る風俗史的な役割も担っている、社会派推理小説である。

『蒸発』夏樹静子・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.99)は落合恵子の「母に歌う子守唄~わたしの介護日誌~」を予定しています。


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最終更新日  2013.11.09 05:36:22
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