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2014.06.07
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カテゴリ: 読書案内
【田中慎弥/切れた鎖】
20140607

◆究極の孤独の中に見出される独創性
芥川賞受賞会見でのあの不敵な態度には、マスコミも一瞬ざわついた。
だが次の瞬間には「おもしろいヤツが出て来たぞ」的な好奇心に変わっていた。
2012年に『共喰い』で芥川賞を受賞した田中慎弥は、私より一つ年下で今年42歳。山口県出身の高卒。(工業高校卒)
作品の傾向としては、自己を破壊的に表現する技法を採用しているような気がする。(あくまでも私個人の感想だが。)
その点、解説に書かれていた田中慎弥についての分析が的確だと思うので、ここに引用しておく。

「通常であれば、誰もが目を背けてしまうであろう自己の奥底に秘められた“おそましきもの”に田中は向き合」っていると。

実力作家のことだけはあり、これまでの受賞歴は華々しい。
新潮新人賞を皮切りに、川端康成賞、さらには三島由紀夫賞も受賞している。すごい。
とはいえ、純文学としてはなかなか購買部数が伸び悩むのも否めない。


『切れた鎖』は、表題作の他に「不意の償い」「蛹」がおさめられた短編集である。
私が一番好きなのは「蛹」で、この作品には同世代として迷わず共感できる。
私たちバブル世代がその末期に味わった閉塞した環境や、漠然とした不安がそこかしこから漂っている。

「蛹」のあらすじはこうだ。
一匹のカブトムシの雄が、やっと出会った雌と交尾に成功し、やがて死んでゆく。
雌が死の直前に産み落とした卵からは、幼虫が生まれる。
だがその幼虫がたまたま見たものは、自分を産んでくれた母親の残骸だった。
幼虫はひたすら食べ、理由のわからない肥大に初めて体の重さを感じ、惨めに思った。
ところがそのうち、食べる量が減り、やがて空腹も覚えなくなった。
それから幼虫は、自分に力を与えられたような気がして、上を見てみると角が輝いていた。
そうして初めて、幼虫はちょっと前まで自分が幼虫と呼ばれる状態であることを知った。


究極の孤独の中に見出される独創性を、この短いカブトムシの一生に投影させているのだ。
父の不在、母の死、子の自立、現実を超えたカブトムシの社会に、本能的で生臭く、醜い交尾の後、人知れず訪れる静かな死。
この物語に冷酷な表現者の視線を感じる。
田中慎弥は、これからも“売れる小説”を書いてはならない。
誰にも理解されることのない自己満足と孤独の中に、真のオリジナリティーを追求せよ!


『切れた鎖』田中慎弥・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.129)は古井由吉の「杳子」を予定しています。


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★吟遊映人『読書案内』 第2弾は コチラ から





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最終更新日  2014.06.07 06:04:23
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