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2014.06.14
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カテゴリ: 読書案内
【古井由吉/杳子】
20140614

◆精神を病む女性を好きになった男性の苦悩
ずいぶんと古い小説だが、この30数年の間に何度となく版を重ねられている。芥川賞受賞作品である。
つい先日、街の書店でこの小説を見つけたのだが、なんと、目立つ位置に5~6冊も積んであるではないか?!
リアルタイムの小説じゃないのに、一体なぜ? と不思議に思って調べてみると、何となくその理由が分かった。
お笑い芸人ピースの又吉が、この『杳子』を愛読書の一冊として取り上げているのだ。
“ピース又吉がむさぼり読む20冊”という中の一冊である。
ピース又吉が芸能界きっての読書家という話は、何かのトーク番組で知っていたが、それにしてもこの『杳子』をエントリーするなんて、にわかに信じられない。
と言うのも、この『杳子』は、ある特殊な恋愛小説だからだ。
もっとストレートに言ってしまえば、異様で病的な世界観をかもし出したもので、深淵で濃密だ。

著者は古井由吉で、東大文学部独文科卒のドイツ文学者である。

この小説を読んでつくづく感じたのは、恋愛というものは“魔物”であるということだ。
捉え方は様々で、私の『杳子』に対する感想が的を得たものであるかどうかは疑わしいけれど、精神を病む女性を好きになってしまった男性の苦悩とか違和感を表現する描写に、著者の作家たるテクニックを見たような気がした。

あらすじはこうだ。
山登りの途中でSは、精神を病む女子大生の杳子と出会う。
杳子が下山できずに立ち往生しているところを、Sが付き添って麓まで降りたのだ。
その後、Sは駅で杳子とばったり再会し、なんとなく付き合い始める。
ところが杳子は、自閉症みたいに同じ順序で同じ行為を同じ時間帯にやらなくては、みるみるうちに不安になり、不機嫌になっていった。
何を言われても同じ表情で同じ返答を、意固地に繰り返すのだ。
そして、そういう病的なものを杳子の実姉も持ち合わせていて、Sはいつも不安定なものを杳子から感じ取っていた。
二人は肉体関係も持ったが、いつも距離感があり、杳子の身体が遠く、つかみがたい存在に思えた。

主人公のSは、杳子という存在を愛おしむ一方で、もてあましてもいる。

それが男性としての抑えがたい情欲によるものなのか、それとも杳子に対する素直な恋愛感情からなのかは微妙である。
だが私が着目したのは、この杳子という精神の病気を内包した人物を、作者の巧みな筆致によって、一つの個性として浮かび上がらせている点である。
そのことにより、杳子の神経過敏より世間の鈍感さを憎むべき対象としてシフトさせているのだ。
さらには、主人公Sの口を借りて、次のような分別を述べている。

「癖ってのは誰にでもあるものだよ。それにそういう癖の反復は、生活のほんの一部じゃないか。どんなに反復の中に閉じ込められているように見えても、外の世界がたえず違ったやり方で交渉を求めてくるから、いずれ臨機応変に反復を破っているものさ。」


その特異性が、実は自分の中にも内在していることを認めざるを得ないであろう。
恋愛とは、きっとそういう矛盾した失調の上に成立しているに違いないのだから。

『杳子』古井由吉・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.130)は本谷有希子の「ぬるい毒」を予定しています。


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★吟遊映人『読書案内』 第2弾は コチラ から





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最終更新日  2014.06.14 05:55:45
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