ヤミ、闇、病み

「・・・」

レイジは息をひそめていた。

時刻はすでに午前２時を過ぎている。

まだ中学生であるレイジが出歩いているのが警察に見つかったらすぐに補導されてしまうだろう。

ならなぜレイジは外にいるのか。

なくしてしまったのだ、帰るべき家を。

異臭に気が付きレイジが目を覚ますとどこからか煙の臭いがした。

どこが燃えているかを確認する前にレイジはすでに逃げ出していた。

家族の安否など気にすることもなく出来る限り早く家を飛び出していた。

他の家族は逃げ遅れて焼け死んでしまったらしい。

らしい、というのはついさっきニュースを見て初めて知ったからだ。

そのニュースによると家は全焼。

一人も原形をとどめていなかった。

帰る場所もない。

頼れる人もいない。

「ははは・・・」

このまま街をふらつきまわり餓死するかもしれないな・・・。

そんなことを、レイジは思っていた。

そこまで"生"に未練があるわけではない、と。

つまらない日々。

変わらない日常。

そんな人生の終幕にはちょうどいいかもしれない。

生きる術も、生きる目的もないのだから。

コツ、コツ

「ん？」

少し距離はあるが、足音が聞こえてくる。

他に何も音がないせいで足音だけが異様に響き渡る。

コツ、コツ

足音が近づいてくる。

こっちに向かってきているのは確実だろう。

きっと僕を見てもそのまま通り過ぎるんだろうな・・・。

と、レイジは体育座りのままうつむいた。

自分のすぐ近くで足音がとまる。

そのまま通り過ぎてくれ・・・。

そうレイジは祈っていたが・・・。

「君、大丈夫か？」

声をかけられた。

その声に反応しレイジが顔を上げるとそこにいたのは若い警察官だった。

若さからして警察官になりたて、正義のために働くと本気で信じているのだろう。

そんな人間が、路上で一人うつむいている少年に声をかけないわけがなかった。

しかしレイジにはこの助けてくれるであろう存在を、この若い警察官をたまらない恐怖に感じていた。

「嫌だ・・・死にたくない!!」

言った瞬間に理解する。

自分は"生"に未練があった。

生きているのが当たり前だからこそ、そのありがたさに気が付いていなかった。

火事現場から逃げ出したのがその証拠だった。

恐怖から、無意識のうちに後ずさる。

「何を言っているんだ。さあ、はやくこっちに・・・」

若い警官がレイジに近づこうとしたとき、あたりを青白い光が包み込む。

その光が消えてそこに現われてたのは礼二の顔くらいの大きさの青い妖精だった。

それを見た瞬間にレイジは本能的にやるべきことを理解していた。

何をするでもなく、レイジは若い警官をただ睨む。

次の瞬間、レイジを助けようとしていた若い警官は動かなくなっていた。

そうっとレイジは若い警官触れてみる。

「!!」

しかし驚きですぐに手を引いた。

冷たいのだ。

それは生きているそれの体温ではなかった。

もう一度慎重に触れてみる。

今度は覚悟が出来ていたため驚いて手を引くことはなかった。

「凍ってる？」

それは明らかに凍っていた。

後ろを向くと青の妖精はただ微笑んでいる。

レイジはそれの右足を思いっきり蹴り飛ばす。

液体窒素で凍らされた薔薇は握りしめれば簡単に砕け散ってしまう・・・。

その右足は粉々に砕け散りバランスを崩したそれは地面にたたきつけられ跡形もなく飛び散った。

「あは、あはははは・・・。簡単だ。簡単じゃないか・・・。」

どういう理由でこういう風になったのか。

どうしてこうなったのかなどを理解する前に、レイジは人は簡単に死ぬということを理解した。

後に残ったのはレイジの乾いた笑いだけだった。