inti-solのブログ

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2011.08.28
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カテゴリ: 環境問題
前回から続き

一方、低線量被曝の健康被害には「閾値(これ以下なら健康被害は生じない)」がある、という主張の論拠は、大きく分けて2つあるようです。

一つは、チェルノブイリ原発事故の追跡調査では低線量の被曝で明確な健康被害は生じていない、とされていることです。

しかし、旧ソ連地域において行われた被爆者の追跡調査は、広島やドイツで行われたそれよりも、かなり杜撰なものだったのではないかとの疑いを禁じ得ません。
以前にも紹介しましたが、京都大学原子力研究所の今中哲二氏によると、公式には「甲状腺癌による死者がいない」ことになっているウクライナでは、実際には約400人の甲状腺患者が生じ、そのうち15人が亡くなっている、事故の処理に動員された建設作業員の多くが早死にしたと遺族は訴えているが、彼等も公式には被曝による死者とは認められていない、とのことです。( こちらのサイト より)

閾値あり説のもう一つの根拠は、自然放射線の量は地域によって大きな違いがあるにもかかわらず、癌の発生率には大きな違いがないとされていることです。
日本では、自然放射線は年間1.5ミリシーベルト前後ですが、世界平均では年間2.4ミリシーベルト、中には年間10ミリシーベルトにも達する地域もあるそうです。しかし、年間1ミリシーベルトの地域も10ミリシーベルトの地域も、癌の発生率に有意の差がないとされているので、低線量の放射線には健康被害はない、というわけです。

しかし、実際には癌の発生率に差がないのではなく、差が分からないだけであることは前回の記事のとおりです。

自然放射線の内訳(世界平均の2.4ミリシーベルトを分母として)は、外部被曝が約0.9ミリシーベルト(宇宙放射線が約0.4ミリシーベルト、地表から約0.5ミリシーベルト)、内部被曝が約1.5ミリシーベルト(食物から約0.3ミリシーベルト、呼吸により約1.2ミリシーベルト)です。
自然放射線量の地域差は、地表に存在する放射性物質の量が地域によって大きく違うことから生じます。天然の放射性物質にはいろいろありますが、ラジウムとラドンが大部分を占めるようです。いずれも地球が誕生したときから存在する放射性物質です(ウランもそう)。そのため、生物の体はこれらの放射性物質を異物として認識できるのです。ラドンが体内に取り込まれても、そのほとんどは数十分から数時間程度で尿と共に体外に排出されます。つまり、内部被曝の時間もその程度ということです。

一方、自然界には存在しないヨウ素131やセシウム134/137、ストロンチウム90などの放射性物質を、生物の体は異物として区別することが出来ません。ヨウ素131は、非放射性のヨウ素と区別できないし、セシウムはカリウムと、ストロンチウムはカルシウムと区別が付きません。だから、人体はヨウ素131を甲状腺に、セシウム134/137を筋肉や肝臓・腎臓に、ストロンチウム90を骨に溜め込んでしまうのです。
ヨウ素の半減期は8日ですから、取り込んだ量が10分の1に減るには1ヶ月くらいかかります。セシウム134の半減期は2年、137は30年ですが、それより早く新陳代謝により体外に排出されるので、人体にとっての実質的な半減期は110日程度とされます。それにしても取り込んだ量が10分の1になるには1年くらいかかる。同じ内部被曝でも、期間が自然放射能よりずっと長いことが分かります。
自然放射線でも、人体が異物として区別できないものもありますが(たとえば炭素14)、その割合はごくわずかです。

だから、自然放射線の多寡で発ガン率に差がない(実際には、差がないのではなく分からないだけですが)としても、だから人為的な放射能で発ガン率に差が生じないとは断定できないわけです。

付言すると、被曝による健康被害は癌と白血病がすべてではありません。状況証拠的に見て、心臓疾患、白内障、倦怠感、脱毛など、様々な健康被害が被曝によって生じています。もっとも、これらの疾患も被曝量との関連を証明することに大きな困難がともなうのはがんと同じです。特に倦怠感なんてものは、定量的な統計など不可能に近いでしょう。

繰り返しますが、「分からない」限りは「リスクがある(だろう)」という前提に立つのが安全という考え方の基本です。それにも関わらず、「閾値あり」という仮説を聞いた途端に、低線量の放射線は安全だ、原発事故の健康被害なんて気にする必要はない、と言い出すような輩もいます。たとえば池田信夫は、「慢性被曝の上限は100ミリシーベルト/月、生涯の障害線量の上限としては5000ミリシーベルト」などという 提言を真に受けてしまっています 。正気の沙汰とは思えません。ええ、どうぞご自身はそれを是非実践なさって、福島第一原発の3キロ以内にでも移住してください。しかし、他者にそんなトンデモ基準を勧めるのは、移住して10年経っても健康状態に問題がないことを確認してからにしてください。ただし、現在50代後半の池田は放射能の健康リスクが大幅に低下しているはずなので、彼が健康だからと言うだけでは40代以下の人間にとって安心材料にはなりませんけれど。

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ところで、今回の原発事故について、当ブログで何回か、広島原爆換算で何個分の放射能が放出されたかの推計を行ったことがあります。おそらく数十個分と推計していたのですが、このほど原子力危険ほったらかし院もとい安全保安院より、以下のような推計が発表されたそうです。

原発事故の放出セシウム、原爆の168倍 保安院公表

資料は、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員会の求めに応じ作成。今年6月に保安院が公表した福島第一原発事故の炉心解析による試算値と、2000年に国連科学委員会がまとめた広島原爆の試算値を放射性物質ごとに一覧にした。半減期が約30年と長いセシウム137で比べると、原発事故が1万5千テラベクレル(テラは1兆)、原爆が89テラベクレル。放射能汚染がそれだけ長期化する可能性を示している。
保安院は「原爆は熱線、爆風、中性子線による影響があり、原発事故とは性質が大きく違う。影響を放出量で単純に比較するのは合理的でない」としている。



やはり、広島原爆より遙かに大量の放射能が放出したという見立ては間違いなかったようです。それにしても168倍か、数十倍という予測は甘すぎたくらいですね。(セシウムとヨウ素の合計で考えれば妥当な線ですが、私はセシウム換算で数十倍かなと思っていましたので)

それにしても、危険ほったらかし院によると「原爆は熱線、爆風、中性子線による影響があり、原発事故とは性質が大きく違う。影響を放出量で単純に比較するのは合理的でない」だそうですが、そんなことは言うまでもなく明らかなことです。しかし、熱線と中性子線は爆発の一瞬のことであり、爆風もせいぜい数十分間の出来事です。しかし、爆発の直接的影響を受けなかった郊外でも、例の黒い雨を浴びて被曝した人も大勢います。救援のため市外から駆けつけて被曝した人も大勢います。その中から原爆症で命を落とした人も大勢います。彼等はいずれも、熱線も中性子線も爆風も関係なく、放射性降下物の影響のみで健康被害を生じたのです。

今回の原発事故では、とにもかくにも爆発以前に20キロ圏内の住民の大部分が避難していたから、人的な被害は最小限に抑えられました。不幸中の幸いです。住民の避難を決断しないままズルズルと爆発に至っていたとしたら、と想像すると、空恐ろしいものがあります。





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最終更新日  2011.09.15 06:47:22
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