inti-solのブログ

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2014.04.21
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テーマ: ニュース(95880)
カテゴリ: 対中・対韓関係
中国 商船三井の船差し押さえ 戦後補償訴訟初の強制執行
中国上海市当局は20日、商船三井が所有する貨物船1隻を差し押さえたと発表した。日中戦争が始まる前年の1936年に日本の海運会社に船舶を貸し出した中国企業の経営者の親族が、当時未払いだった賃貸料などの支払いを同海運会社の流れをくむ商船三井に求めていた。中国の裁判所では親族側の勝訴が確定していたが、商船三井が賠償に応じないとして、上海海事法院が19日に浙江省の港で差し押さえた。
戦後補償をめぐる裁判で、日本企業の資産が中国側に差し押さえられたのは初めてとみられる。戦時中に日本に強制連行されたと主張する中国人元労働者らの訴えも相次いでおり、被告となった日本企業を揺さぶる狙いがありそうだ。
海事法院に差し押さえられた商船三井の船舶は、中国向けに鉱石を輸送する大型ばら積み船「バオスティール・エモーション」。
中国側によると、当時の船舶会社「中威輪船公司」が日本の「大同海運」に船舶2隻を貸し出したが、大同側は用船料を支払わず、船舶はその後、旧日本海軍が使用し、沈没したという。
88年に「中威」の創業者親族が20億元の損害賠償を求めて提訴。大同の流れをくむ商船三井側は、「船舶は旧日本軍に徴用されており、賠償責任はない」と主張したが、海事法院は大同が船舶を不法占有したと認定、2007年に約29億2千万円の賠償を商船三井に対して命じ、判決は10年に確定した。

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タイトルと記事に「戦後補償訴訟」という言葉が踊っていますが、これは戦後補償とは関係ありません。戦後補償とは、戦争行為によって損害を与えた人々に対して行われる補償のことですが、引用記事をよく読んでください。

日中戦争が始まる前年の1936年に~当時の船舶会社「中威輪船公司」が日本の「大同海運」に船舶2隻を貸し出したが、大同側は用船料を支払わず、船舶はその後、旧日本海軍が使用し、沈没

つまり、戦争以前に生じていた紛争なのです。日本側で、菅官房長官が記者会見で「極めて遺憾だ。1972年の日中共同声明に示された国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」とコメントしたと 報じられています が、的外れな主張と言うしかありません。

日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明
五 中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

中国「政府」は、「日本国」に対して「戦争賠償」の請求を放棄、なのです。この事件の原告は「中威輪船公司」創業者遺族という個人であって、中国政府ではない。被告も商船三井という民間企業であって、日本国ではない。損害賠償の内容は戦争被害ではなく、戦争以前に「借り逃げ」した船です。つまり、日中共同宣言で放棄した戦争賠償の請求権とは無関係なのです。
では、時効はどうなっているのか。

当事者である商船三井のホームページに、そのあたりの経緯が載っています。

中国当局による当社船差し押さえの件
1 商船三井の前身の一社である大同海運は、1936年6月及び10月に中威輪船公司から順豊号及び新太平号を定期傭船する契約を締結したが、傭船期間未了のまま日本政府が徴用。両船とも徴用中に沈没或いは消息不明になった。
2 1964年、中威輪船公司代表者の相続人が日本政府を相手として東京簡易裁判所に調停を申し立てたが、1967年不調に終わった。1970年には原告は東京地方裁判所に損害賠償請求を提訴したが、東京地裁は1974年に消滅時効の成立を理由として棄却した。その後、原告は東京高等裁判所に控訴したが、1976年に取り下げ、東京地裁の判決が確定した。
3 1987年初に中国の民法における時効制度が通知され、1988年末が損害賠償の提訴の期限となったため、中威輪船公司代表者の相続人が、1988年末に大同海運の後継会社であるナビックスライン(株)(現在の商船三井)を被告として、上海海事法院に定期傭船契約上の債務不履行等による損害賠償請求を提起した。
4 2007年12月7日上海海事法院にて、原告中威輪船公司に対して約29.2億円の損害賠償を当社に命ずる一審判決が出された。当社は、同判決を不服として上海市高級人民法院(第二審)に控訴した。
5 2010年8月6日、上海市高級人民法院より第一審判決を支持する第二審判決が出された。当社は、最高人民法院に本件の再審申立てを行ったが、2011年1月17日に、同申立てを却下する旨の決定を受けた。
6 これを受け、当社は上海海事法院と連絡を取りつつ、和解解決を実現すべく原告側に示談交渉を働きかけていたが、今般、突然差し押さえの執行を受けた。


日本の民法では、時効ということで敗訴したようですが、中国の民法では、時効成立前に提訴しているわけです。

ただし、これに関しては、別の視点で、詳しいツィートを行っている方がいます。

ktgohan@骨折中 ‏@ktgohan
商船三井の貨物船差し押さえ事件:「時効じゃないの?」 該船は拿捕され速攻で海軍徴用船になってしまったので、船の事実上の所有者は日本海軍として見られてもおかしくない状態でした。これは法的には「他主占有」という状態であり、これでは取得時効が完成しないのです。

ktgohan@骨折中 ‏@ktgohan
商船三井の貨物船差し押さえ事件:「でもさすがに取得時効完成してね?」ここが大変にややこしいところなのですが、たとえば日本法で取得時効が完成するためにはこれが「自主占有」である必要があります。自分のものにするために占有した、という意味です。で、実情をみるとここ超つらい。


確かに、大同海運は中国の船主から船を借りた、自ら占有する意思があったのではなく、そのまま海軍に徴用された、ということは、まさしく他主占有に当たるでしょう。そのような場合には、そもそも時効がないわけです。ただし、これは日本の民法での規定なので、中国ではどうなっているのか分かりませんけど。

で、同じような事例は、他にも山ほどあると思われます。
そもそも、戦時中の商船徴用に関しては、他でもない日本の商船会社自身も、軍に徴用された商船を軒並み撃沈された上、事実上その補償を踏み倒されているのです。日本政府は、徴用船舶の喪失に対する補償金を、形の上では払ったものの、実際には、補償金に税率100%で課税して、全額を回収してしまっているので、まったく払わなかったのと同じなのです。
太平洋戦争中の商船乗組員の死亡率は、陸海軍軍人の死亡率の2倍にも達しています。にもかかわらず、軍人ではない商船員には軍人恩給もない。その上、補償金を事実上踏み倒す仕打ちを行ったことから、各船会社の潜在的な旧軍、日本政府に対する不信は現在に至るまできわめて強いものがあると言われます。
商船三井だって、ホンネでは「我々こそ日本政府を訴えたい」と思っているかもしれません。

以下追記

この騒動の最初からの経緯をまとめた報道があります。

中国側が報じた2隻の船の歴史 (要約)
1936年6月と10月に、大同海運は「中国の初代船王」陳順通氏が設立した中威輪船公司から「順豊」と「新太平」を1年の期間で定期傭船。中威側は船に保険をかけていた。しかし、傭船期間満了後、2隻の行方を中威側は把握できず。1939年、大同側は2隻が日本政府により戦時徴用されたと連絡。翌年、陳氏は訪日し大同側に説明を求めると、同社は「1938年8月22日に日本政府により2隻の船は戦時徴用された」と正式に通告。
2隻の所有権は逓信省に移った。逓信省は大同海運に2隻を借し出す形にして、大同側が引き続き運用。大同側は日本政府に傭船料を支払っていた。
1938年12月21日、「新太平」が北海道沖で座礁し沈没。中威側がかけていた船体保険の保険料は大同側が受け取った。「順豊」も1944年12月25日、西南太平洋沖で連合国側に雷撃され沈没。
1947年、陳氏は2隻とも沈没していたことを知る。2年後、陳氏は上海市内で逝去。遺言で「引き続き日本に損害賠償を求めるよう」息子の陳洽群氏に託す。
1960~70年代にかけ、香港に移民した陳洽群氏は日本政府に調停を申し立てたり、損害賠償請求を起こしたが棄却。
中国で1987年に民法の時効がはじめて設定され、この一件も1988年末に時効になることから、陳洽群氏は上海海事法院に債務不履行等による損害賠償請求を提起。
1992年、陳洽群氏が逝去。長男・陳震氏、次女・陳春秉氏が父と祖父の遺志を継ぎ、訴訟を引き継ぐ。

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徴用というのは、軍や政府が船を強制的に借り上げることだから、傭船料は当然に軍が船主に払うものです。ところが、この例は何故か大同海運が日本政府(逓信省)に傭船料を払うという不思議な現象が起きている。
名目上「戦時徴用された」と称して所有権を逓信省に移して、実際は大同海運の運送事業に使っていたのでしょう。大同海運と逓信省がグルになって船を詐取した、としか言いようがない。

なお、1隻は太平洋戦争中に撃沈されていますが、もう1隻は船舶保険が支払われていることからも分かるように、戦争とはまったく無関係の事故で沈んでいます。

それにもかかわらず、例によって例の新聞が、こんなことを書いています。以下はコメント欄に書いた内容の再掲になりますが

【主張】 日本船差し押さえ 戦後補償は決着している
菅義偉官房長官は会見で「日中共同声明に示された日中国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」と遺憾の意を示した。当然である。
サンフランシスコ平和条約は個人の請求権を含めて放棄することを定めており、日中共同声明もその枠組みに沿ったものだという判断を、最高裁は平成19年に明示している。

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サンフランシスコ条約には、以下の条文があります。

日本国との平和条約(昭和27年条約第5号)
第五章 請求権及び財産
第十八条(a) 戦争状態の介在は、戦争状態の存在前に存在した債務及び契約(債券に関するものを含む。)並びに戦争状態の存在前に取得された権利から生ずる金銭債務で、日本国の政府若しくは国民が連合国の一国の政府若しくは国民に対して、又は連合国の一国の政府若しくは国民が日本国の政府若しくは国民に対して負つているものを支払う義務に影響を及ぼさなかつたものと認める。戦争状態の介在は、また、戦争状態の存在前に財産の滅失若しくは損害又は身体傷害若しくは死亡に関して生じた請求権で、連合国の一国の政府が日本国の政府に対して、又は日本国政府が連合国政府のいずれかに対して提起し又は再提起するものの当否を審議する義務に影響を及ぼすものとみなしてはならない。この項の規定は、第十四条によつて与えられる権利を害するものではない。


請求権の放棄に関して、わざわざ条文を設けて「戦前から存在した債権や損害賠償請求は戦争賠償とは別」としているのだから、産経新聞の言い分はまったく的外れです。





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最終更新日  2014.04.22 22:58:44
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