遠恋しながら読書の日々。

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May 12, 2004
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この中に収められているのは三島がお能の演目を踏まえたうえで、現代の物語にした作品集。
ちなみに私、この中の「卒塔婆小町」は蜷川氏が演出したのを見たことがあります。身の毛がよだつほどの老婆が一瞬にして絶世の美女に代わるあたりの演出が幻想的で、原作の雰囲気そのままによかったです。
お能とは、お面や厳しいほどの「静」の中にも、人間の激しい情念を叩きつけるように出してくるものだと思うんだけれど、そういうところに三島と通じるところがあったんだろうか。三島の近代能楽集も脈々と流れるのは人間の暗い情念、その追求の果ての一種の昇華(というよりは向こう側へ突き抜けた感じ)などなど。
あたしの好きなの3つあげてみました。

*  卒塔婆小町
カップルがそこかしこに座る夜の公園に夜な夜な現れる世にも醜い煙草拾いの老婆。 そこへ売れない若き詩人が通りかかる。
若き日の自分の美貌と栄光の日々を語る老婆。そのうちに夢か現か、詩人の目の前で一瞬にして老婆は絶世の美女へと変貌を遂げる。
「私を愛してるといってはいけません。あなたは死んでしまいますよ。」

*  綾の鼓
多くの男の賞賛を受ける楚々とした美女華子。彼女に思いを寄せ恋文を送りつづける、(華子の家の道を隔てた向かい側の法律事務所に勤める)老小間使い岩吉。
彼女を「桂の君」と呼び、理想化し、老執にも似た思いを寄せる岩吉に対し、華子を取り巻く男たちが仕掛けた残酷な悪戯は、思いもかけぬ結果を生む…。
「一度では足りないんだわ。あたくしたちの恋が成就するにも、あたくしたちの恋が滅びるにも」

*  班女
再会を約して班女の扇を残し立ち去った不実な男は戻って来なかった。狂った女は駅で恋人を毎日待つようになる。
その様子が新聞記事になったことから、そこに待ち続けた元恋人が現れる。
しかし、狂女はあんなに待ち焦がれた昔の恋人を違う人だと言い放ち、男を拒絶する。
狂った女性の情念は「待つ」という行為に結晶化され、彼女の幸福は待つという行為の中のみに可能なのであり、対象の男は現実的な存在としてはもはや必要がなくなったのだ。
三島はその狂女の世界を見事に作り出している。
「私は待つ。…こうして今日も日が暮れるのね。」



ミシマ文学の人気は根強い。
特に海外での知名度は、いまだにトップと言ってもよいだろう。(でも、WaterStoneが村上春樹フェアをやる時代になったのよね~。)

何でだろうと、考えるまもなく。やっぱり言い古されていることだが、その「近代性」にあるんだろうね。欧州には受け入れられやすいのかも。(Mishimaとかっていう映画があったね。F.コッポラ製作の。緒方拳が三島やってるヤツ。日本で公開禁止だったんだけど、イギリスでリバイバルやってるときに見ました。)
「現代」を生きる人物群の虚無感、アイデンティティをめぐる苦悩、孤独。
最も、大江健三郎によると、真の意味で日本の文学の将来につながるモダンさは、三島ではなく漱石にあるそうだが。

まあそれはともかく、三島は様々な顔を持つ早熟の天才である。

12や13の時から戯曲、詩、随筆書いていたのだからすごい。 10代に書いたという(16?)「花盛りの森」(?)だっけ? 読むとその完成度と洗練された文体は驚くほどだ。

でもあたし的にやっぱり最高傑作は「金閣寺」であると思うけど。
一方で禁色、仮面の告白、愛の渇きの三島がいて、
一方で豊穣の海、
または、鹿鳴館、夜の向日葵(←劇の中では一番すき)等戯作者の三島もいて
かと思えば、終わりの美学、レター入門に見られるような瀟洒とした、ウィットとユーモアに富んだ三島もいて。
(ちなみに三島歌舞伎の「鰯売恋曳網」見たときには、その話のおおらかさ、おかしみに驚いてまた新しい三島を発見した気持ちがしたものであるが)。

飽きさせない魅力の持ち主であると思う。

こうやってみると、本当に「モダン」で、「流行」の先端時代の寵児であった彼と、「伝統」や神話の中に「常に変わらないもの」を求めた彼と。ってことなのかな。
それともその二つは表裏一体、流行の中にも確固と存在する「変わらぬもの」(情念とか性とか)ってことなんだろうか。
とにかく、この二つが完全な形で融合し昇華を遂げたのが最後の4部作、「豊壌の海」だと思う。1作ごとの輪廻転生という体験を経て、いや、それを超えた所に魂の到達点(=永遠?)があるという形。









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Last updated  May 15, 2004 03:52:32 AM
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