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今、なんかの拍子で、1時間半かけて書いていたレポートが飛んでしまいました。くそう。腹が立つので一言だけでもアップしておこう。ありがとう。最高でした。いつか、書き直したいなあ…
2008年01月25日
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いやあ、転がり落ちる石のように止まりませんな、株価。株の世界にまで寒気団来なくてもいいのにさ。一昨年くらいから、お金って面白いなあと思うようになり、投資信託の積み立てを始めた。…銀行で。バカ。手数料の高さに耐えかねて、去年末で積み立てはストップした。よりによってそれが日本株のみに投資するアクティブファンド。そのとき既に含み損を抱えていたので、手放すのは思いとどまった。そしたら何、この年明けの大暴落は。トータルリターンはマイナス20%くらいと思う。金額にして○万円か~。あれ?でも○万円くらいなら、パチンコ屋に一日いたらこれくらい負けこむこともあるわな。なんだ、今まで1日かかって失くしてたお金が、1年になっただけじゃん。と、このように下がる局面でも撤退せずにいられるのは、パチンカーだったおかげである。人生に無駄な経験などひとつもないって本当ね。さて、どこまでいくのかな。そろそろ小当たりくらいはきてほしいところなんだが。
2008年01月21日
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今を去ること15年以上前のこと、中野駅前の古いパチンコ屋にて当時出たばかりの「ブラボーキングダム」が3連チャン、これがその後10年以上続く私のパチンコ没頭期の始まりだった。パチプロに憧れ、攻略雑誌を買いあさった。私の場合、稼ぎより、マニア的な興味がより強いファンであったと思う。雑誌で見た新台を探して電車に乗って遠征したり、旅先ではその地のパチ屋の雰囲気を味わうための時間が必ず取ってあった。惚れ込んだ台は中古で買った。今でも倉庫に3~4台はある。機種のBGMのCDも集めたし、ハードもないのにパチンコのゲームソフトだけ買ったりもした。遊戯代とコレクションを合わせると、何百万も使っている。そりゃ貯金少ないはずだ。こうやって客観的に並べたててみるとアホまるだしですなあ。我ながら。そんな私も、4年前の妊娠を機にぴったりやめた。やめた当初は禁断症状が現れてきつかったが、なんとか乗り切った。今は「どっちのオムツが安いだろう」と一枚あたりの単価をとっさに計算してしまう、2人の子のおっかさんだからな。種銭にする前に、子供の絵本代にするよ。この冬ガンガン流れている「あなたと合体したい」っつうコマーシャルも「そんなに私と合体したけりゃ、家まで来やがれ」と右から左に受け流すことができる。でも、あの時代を後悔したりはしていない。そりゃ、あのお金で資格とったり、車買ったりしてたほうが良かったんじゃ…という考え方もあろう。だけど、人生においてなにひとつ役に立たない時期というのも、お金では買えないものだ。ずっと優等生だった自分の人生の中で、パチンコ没頭期は燦然と輝くバカ丸出し期なのだ。バカやってよかった、とすら思う。家庭作ったら、配偶者やら子供が許してくれないからな、バカやるにも。
2008年01月20日
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はい、もう大寒だってのに今頃振り返ってる人がここにいますよーたまには書いとかないとね、自分が阪神ファンだって忘れそうだから。一言で言うと、私にとっては大変良い年でした。というのは、ここ数年の内では「アイヤ!」が多く聞けたからです。アイヤが一番好きなんだもん。だから矢野は私の中では評価を落とした人なのだ。別に新しくしなくてもよかったのにさ~~アイヤがよく聞けるということは、すなわち若手がどんどん使われているということなので、真面目に見ても良いことなんである。そうだ、個別のヒッティングマーチはスタメン定着して1年後、とかルール作ったらどうですかね。モチベーション上がると思うんだけど。というわけで、応援団の皆さんも早々に固定のヒッティングマーチを作らないでいてほしいと切に思うしだいであります。
2008年01月19日
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最近見たテレビについて感想を言うコーナー。「ガリレオ」いまさらガリレオってのも何なんだが、どうしても一言言っておきたいので。福山も柴崎香も好きじゃなかったが、最終話のコントのような…いやコントそのものの話を見て、考えが変わりました。あのセットでよく普通に演技できるなあと。いやたいしたもんです。自分でも誉めてるんだかけなしてるんだかよくわかりません。福山のカッコつけが鼻についた回も多かったのですが、あれがすべて最終話のための前振りだったのかと思うと、何だか福山が哀れです。「ヤッターマン」あれエンディングだったんですか?コナンの新しいオープニングかと思いました。とりあえずエンディングイラネ。「タイトル忘れたがイカ天の復活番組」年末年始の番組の中で唯一楽しみにしていた番組。放送当時、私は大学生で、偶然一回目の「出演者がパンツ脱いじゃった事件」を目にしてから、番組のもつわけのわからないパワーに吸い寄せられて、毎週楽しみに見るようになった。で、20年経ち、改めて見てみたが、あの意味不明パワーはやっぱり時代を経てもあるもんだね。ジッタリンジンはなぜ無いことにされているのか気になる点はあるが、理屈抜きに楽しかった番組。考えてみれば、この後にきたbing系とコムロファミリーのおかげで、私は音楽に興味が無くなってしまったんだなー。ほんっとに上っ面だけの歌詞に思えてならなかった。この二つの罪は重いぜ。「たかじんのそこまでいって委員会」ここ1年くらいでやたら大阪製作の番組を見る機会が増えた。日テレはその傾向が顕著で、うちの県では朝も昼もワイドショーはメイドイン大阪、そして日曜のこの番組も大阪だ。昔から不思議だったのが、大阪製作の番組はどうしてチャンネルを変えた途端に「あ、これ大阪だ」と判るのか、ということ。たとえセットがしょぼくなくても、出演者が全国区ばかりでも、かもし出す雰囲気は東京のものと違う。最近「たかじん…」を見ていてぼんやりと思ったのだが、たぶんその違いは、空気によるんだろう。周りの空気。コメントの本質は同じでも、周りがどう扱うかが東京と大阪では違う。大阪の場合、どんなちゃらいコメントでも笑いに変えてやろうと周りが目をらんらんと光らせて待っている、つまりその空気がブラウン管を通して茶の間に伝わるんだと思う。どうでもいいがブラウン管という表現はいつまで使えるのだろうか。いやそんなことは本当にどうでもいい。バレーに例えれば、うまいアタックを打たせるために、打ちやすいトスを上げる、これは東京も大阪も同じ。違うのは、大阪の場合、周りがアホの坂田踊りをしながらトスをするということだ。って本当か?大阪の人に怒られはしないか?で、例の橋下弁護士の扱い、東京の「行列のできる法律相談所」と大阪「たかじん…」を見比べてみたが、処理はほとんど一緒だった。選挙の前では地域性も何もないのか。がっかり。
2008年01月19日
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「二番目が生まれたら、下の子より上の子に手をかけましょう」と、よく言われる。弟あるいは妹が生まれるという出来事は、上の子にとって天地がひっくり返るような出来事で、急すぎる環境の変化についていけないから、というのがその説明である。また、それと同じくらい「下が生まれたら、上の子がかわいいと思えなくなった」とも言われる。しかし、私は愚かにも「うちには関係ないわ」という気分でいた。前者については、「うちの長女はそんなキャラじゃないから」という理由による。長女とよこは、聞き分けのいいほうで~そりゃもちろんダダこねたりかんしゃくをおこしたりすることもあるけど~何となく赤ちゃん返りといった行動を起こすタイプには見えなかったから。後者については、私は娘のことを大好きだから。これについては地動説が天動説になろうとも、ひっくり返ることがあるはずないと、断固たる自信を持っていた。しかし。これがそうは行かなかった。とよこは前から夜もオムツをはずしていて、ほとんどおねしょすることはなかった。出産後、途端に失敗するようになった。夜どころか、昼も失敗することが多くなった。甘えることも多くなった。授乳中、無理やりに片方のひざに乗ろうとするので、「痛い!」とかんしゃくを起こしたことも数知れない。それから始終、自分を見ていろと強要する。面倒なので、ついつい「はいはい」と生返事をしてしまう。とよこは「ちゃんとみてくれてない」とカンで分かるから、さらに見ていてと強要する。それがまたうっとうしくなる。見事な悪循環の完成である。母としては、出産後の疲れた体で、赤子以外に豹変した長女まで面倒見なくてはいけないのがきつかった。夜中の瀕回授乳で眠れない状態なのに、おかまいなしに長女は「だーいすき」とべったりまとわりついてくる。産前の私からしたら驚くべきことだが、それだけで腹が立った。極めつけは授乳中に乳房を触ろうとしてきた時だ。あのときは、反射的に腹が立って、怒鳴りつけた。いや、腹が立ったというよりは、敵意を表したというほうが近いな。とっさに、理性も何もふっとんで「やめなさい!!」と怒鳴っていた。さぞ悲しかっただろうと思う。しかし、自己弁護するわけではないが、出産後の母親が赤子により愛情をかけるのは本能なんだと思う。仕方がないと思う。より愛情をかけるという言い方は語弊があるな。赤子を守らなくては、という念が何より先にくるから、危害を加えそうなものは排除するべし、との感が強くなるのだ。「上の子をよりかわいがりましょう」と理性では十分理解している。それでも抑えきれずに怒りがむくむくとわき上がってくるのは、本能だからとしか言いようがない気がする。それでは上の子のキモチはどうするか、という問題だが、これはどうすりゃいいのか、まだ分からん。とにかく今いえるのは、完璧に「上の子をよりかわいがる」なんて無理!っちゅうことだ。
2008年01月19日
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うちの新入り、稲造も三か月、早いもんです。もっか頭皮も顔面もかっさかさ。手袋しててもちょっとの合間に、ひっかき傷を作ってしまう、自傷行為上等!な年頃です。上の子の時は、初めてということもあって保健センターや育児サークル行って、手遊び歌や遊び方を習ったものでした。が、4年もすると何もかもコロッと忘れており、ろくに遊んでやっていません。仕方なく、足首を「そんなの関係ねぇ!」と動かしてたら初めて声をあげて笑いました。嬉しかった~。ありがとう、小島よしお。
2008年01月18日
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「人間オギャアと生まれ落ちた時から、余生は始まっている」とはみうらじゅんの言葉。あー、まったくその通り。「子どもに手が掛かって自分の時間がない」だの「産後体が一気に老けた」だのぶつくさ言うのはおかどちがい。この瞬間生きていられるだけでもうけもんなんだから、と心の中で反芻したら、すうっとした。
2008年01月12日
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