
仁徳天皇によって創建され、平安時代弘法大師空海が、淳和天皇の勅命で当社に参り、疫難退散の祈祷を修して功なり、疫病を治癒する寺という意味の「痾免寺(あめんでら)」(通阿倍(つうあべ))の勅額を朝廷より賜ったとされています。
阿倍野は古代の豪族「安倍氏」の居住した土地で、奈良時代には安倍氏の氏寺として阿部寺が存在しました。
この寺は口碑に「阿部寺千軒坊(あべでらせんけんぼう)」と残される程の大寺であったと伝えられています。
ところが平安時代になると、安倍氏が朝廷での勢力を失い、氏寺も四天王寺に併合される事になりました。
残された安倍氏の氏神社でしたが、当時熊野信仰が興り、途中の街道に熊野九十九王子と呼ばれた沢山の王子社が出来ると、当社の所在地が四天王寺と住吉大社との丁度中間に存在し、王子社の立地に相応しいお宮でしたので、西門筋に熊野街道が整備され、熊野王子社の一つとなりました。
そこで当社は阿倍野に鎮座しますので、阿倍野王子と呼ばれたのだそうです。
実は私はこの日、先輩とここで古事記のお勉強をしたのでした。
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