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坂本野原かけがえのないものそれは妻と子と夢の中でも短歌うたを詠んでるハイヒール、パンプスそしてぼくの靴 夢の中でも並んでいたよ十五夜も過ぎてわびしき秋の夜は寒川猫持思い出しつつ一度だけコメントくれた猫持の兄さん深く冥福祈る
2023年09月30日
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与謝野晶子(よさの・あきこ)なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな第一歌集『みだれ髪』(明治34年・1901)何となくあなたが待っているような気がして上弦の月の夜の秋の花が咲き乱れる野辺に出てみたのよ。註花野:七草などの花が咲く秋の野辺の意味。こういうのは、伝統文化として問答無用で決まっている事柄であり、論理的に文句を言っても始まらない。夕月:上弦の月。早くも夕方には東の空に出る。
2023年09月30日
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坂本野原テレ朝が1位でフジが最下位でどうなってんだきょうの占いもし田原総一朗がなかりせばド~するド~なる言論空間左翼から出発したが田原氏に勲章ぐらいあげていいよね幼少期ヒーローだった富太郎 最終回は涙して見たらんまんをあんまりちゃんと見てなくて富太郎氏の御霊みたまに御免
2023年09月29日
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阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)天あまの原ふりさけ見れば 春日かすがなる三笠の山に出いでし月かも古今和歌集 406 / 小倉百人一首 7天穹を遥か仰ぎ見れば故郷の春日にある三笠の山に出ていた(のと同じ)月だなあ。註苗字の表記は「安倍」とも。遣唐使として唐に長らく滞在していた仲麻呂が、仲秋の名月を眺めながら望郷の念に堪えず詠んだ名歌。ふりさけ(振り放け)見る:はるかにふり仰ぎ見る。「振り」は「振り向く、振り返る」などのそれと同じ。「さく(放く・離く)」は「間を離す、遠くを見やる」などの意味の古語動詞。 月ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。
2023年09月29日
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大江千里(おおえのちさと)月見れば千々ちぢにものこそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど古今和歌集 193 / 小倉百人一首 23あの月を見ていると限りなくもの思いが溢れてきて切ないなあ。私ひとりのために来た秋ではないのだけれど。
2023年09月28日
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小林一茶(こばやし・いっさ)あの月を取つてくれろと泣く子かな『七番日記』(文化・文政時代、1810年代)
2023年09月27日
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坂本野原月がいて助かっている その理由:いっぱいあってよくわからない團十郎と名づけた猫を飼っている研ぎ師に鋏三丁託すMEGUMIほどの女そうそういるまいに降谷建志は最低な奴 月見ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。
2023年09月27日
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永井祐(ながい・ゆう)月を見つけて月いいよねと君が言う ぼくはこっちだからじゃあまたねパチンコ屋の上にある月 とおくとおく とおくとおくとおく海鳴り
2023年09月27日
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小泉今日子月ひとしずく奥田民生月ひとしずく
2023年09月27日
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水原紫苑(みずはら・しおん)まつぶさに眺めてかなし月こそは全またき裸身と思ひいたりぬ第一歌集『びあんか』(昭和64年・1989) 月 オルドリン宇宙飛行士 アポロ11号ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。
2023年09月26日
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長塚節(ながつか・たかし)馬追虫うまおひの髭ひげのそよろに来る秋は まなこを閉ぢて想ひ見るべし明治40年(1907)作『長塚節歌集』(昭和8年・1933)うまおいの長い髭が風にそよぐようにそよろそよろと来る秋はまぶたを閉じて想いめぐらすのがいい。註馬追虫うまおひ:直翅目(バッタの類)キリギリス科の昆虫。俗称スイッチョ。長い触角を持つ。
2023年09月26日
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オミナエシ山上憶良(やまのうえのおくら)秋の野に咲きたる花を 指および折りかき数ふれば七種ななくさの花萩の花尾花葛花くずはな撫子の花 女郎花をみなへしまた藤袴ふぢはかま朝顔の花万葉集 1537-1538註人口に膾炙した名歌であるとともに、派手な外来種が入って来る前の古代日本人の清楚な好みが分かる史料ともいえる。万葉集で、長歌と短歌(反歌)の組み合わせの連作形式は多いが、短歌と旋頭歌(せどうか)の連作はきわめて珍しい。というより、この一例のみか。一首目は5・7・5・7・7の短歌形式。二首目は5・7・7・5・7・7の旋頭歌の形式。尾花:薄・芒(すすき)の古語。詩的・雅語的表現としては現代でも用いられる(「枯れ尾花」など)。撫子:ナデシコ科の多年草。セキチク、カーネーションと近似種。女郎花をみなへし:オミナエシ科の多年草。秋に黄色い可憐な花を咲かせる。語源は「美人(をみな)・減(へ)し」であるとされる。美人も真っ青になるぐらい可愛いというわけか。朝顔:桔梗(ききょう)のこととされる。現在言うアサガオ(ヒルガオ科)は、まだ(中国から)伝来していなかった。伊勢神宮外宮での観月会に供えられた秋の七草ナデシコハギ オミナエシ 伊勢神宮(外宮) その他は筆者撮影。ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。
2023年09月26日
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坂本野原オリオンとアルデバランとすばる見え秋の夜ふけの空のさやけさたくさんの言葉しゃべりて大脳の辺縁系が疲弊しているリア充とオンラインとは反比例するのだろうな忙しすぎる大相撲秋場所さえも全くといっていいほど見られなかったジャニーズがつぎつぎと消えおもむろに俳優たちの復権の秋サロンパス二宮くんも消え去ってやむを得ざるもけっこうショック松潤が頑張ってるの分かるけどほかの人ならもっと良かった
2023年09月25日
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VangelisLove ThemefromBlade RunnerSaxophone:Dick MorriseyVangelisBlade RunnerOriginal Soundtrackwith index映画『ブレードランナー』愛のテーマ
2023年09月23日
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本多俊之 マルサの女オリジナル・サウンドトラック全曲 インデックス付き
2023年09月20日
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木下龍也 鈴木晴香歌集『荻窪メリーゴーランド』より 数首「いつか海辺に住みたい」に「ね」を添えてふたりの夢をひとつ増やしたぼくの肩を頭置き場にしてきみは斜めの夜をご覧ください参列者めいたぼくらが砂浜で見上げる月は喪主めいている脱がすときわずかに腰をベッドから浮かせてくれるやさしさが好き交わっているのにもっとほしくてポニーテールをしっかりつかむ本棚に村上がまた増えてゆく「コインロッカー・ベイビーズ」のほう映画のよう 最前列で観ることは初めてだから目は開けたまま* 本文の書体(ゴシック体と明朝体)は原文のまま。
2023年09月20日
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優里 ドライフラワー
2023年09月19日
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坂本野原だんだんと仕事がきつくなってきて若くないさと酢漬け烏賊噛む詩の敵は暑さなるらむまだ続くこの高熱の地球は病気あがいても人は神にはなりえないツァラトゥストラはかく語りけりVIVANTを見ていないから流行に疎いと思う かまわんかまわん「よりかは」は「よりは」だろうなシャボン玉生まれて飛んで壊れて消える流水麵チルドコーナーから消えて天下の秋のおとずれを知るおじさんはぜったい見ないタイトルの「ヲタクに恋は難しい」良きアフラックに入っているが未だ見ぬ黄色い手紙なんて来たかなポーカーに憧れてきた我なれどやるのはだいぶ面倒くさい大谷も星飛雄馬も故障した矢吹丈さえ灰になったし* この記事には「游ゴシック」というフォント(書体)を用いましたがご覧のパソコンにこのフォントがインストールされていない場合、正確に表示されません。ご了承ください。インストールの実行や確認は、左下のアイコンのスタート→設定→個人用設定→フォントで出来ます。
2023年09月18日
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中島みゆき 糸映画『糸』予告編菅田将暉 小松菜奈はいだしょうこ 糸言わずと知れた国宝級の名曲だが歌詞に一点だけ引っかかるところがあって、「縦の糸はあなた(男)、横の糸はわたし(女)」は逆じゃないかと思うのは私だけではないだろう。もっとも、「縦の糸はわたし、横の糸はあなた」では詩にならないので、これはやむを得ない判断だったか。・・・男の歌手が唄えば、意味的にはぴったり来るのだろうが。* この記事には「恋文ペン字」というフォント(書体)を用いましたがご覧のパソコンにこのフォントがインストールされていない場合、正確に表示されません。ご了承ください。インストールの実行や確認は、左下のアイコンのスタート→設定→個人用設定→フォントで出来ます。
2023年09月17日
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坂本野原空の木を名のる塔より見ゆるものちさきちいさき人間なりき議事堂の三角屋根がかろうじてビルの狭間に見えるのだった日の入りもビルの谷間と槇原がどんなときも。で歌っていたな都鳥、業平橋はゆりかもめ、スカイツリー前駅と化したりソラマチと名のりし街を歩く人 ぷんらぷんらとほがらかなりき田舎ではちょっと見かけぬ可愛い子ミニスカートで闊歩しており東京に猫も杓子も行くわけだ ああ木綿製ハンカチーフよ浅草はお祭りみたい。定番の感想である お上りさんの奉納者松下幸之助の名が雷門の裏にありたり笊蕎麦を並木藪にて食いたきも時間ないので端折りし無念銀座線日本で一番古いからトンネルなんか薄汚いね日本橋辺りに聳え立つビルよ 「タワー」は動詞「聳える」でもある皇室の出入り口だよ真ん中の扉指さす東京駅の東京で記念写真を撮るわれら 島倉千代子だねおっかさんこつこつと靴音響く石畳よりもおいらは緑の野原八重洲口丸の内口歩く人 死ぬ能わざる恐怖のデータ* 田村隆一『三つの声』
2023年09月16日
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柴咲コウただ泣きたくなるの
2023年09月16日
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坪野哲久(つぼの・てっきゅう)このくにのことばをにくみまたあいすおぼろめかしくこのしめれるを歌集『碧巌』(昭和46年・1971)この国の言葉を憎み、また愛している。曖昧で思わせぶりな、このじっとりと湿った言葉を。
2023年09月16日
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塚本邦雄(つかもと・くにお)歌はずば言葉ほろびむみじか夜の光に神の紺のおもかげ歌集『閑雅空間』(昭和62年・1977)歌わなければ、言葉は滅びるであろう。夏のあとさき、短い夜のほのめきにラピスラズリの神のおもかげ。
2023年09月15日
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永井祐(ながい・ゆう)パーマでもかけないとやってらんないよみたいなものもありますよ 1円第一歌集『日本の中で楽しく暮らす』(平成24年・2012)パーマでもかけてちったあシャレのめしてないとやってらんないっすよみたいな感じもありますよ。ポケットに1円。僕の価値も1円。註一読、これはたぶん石川啄木だなと睨んだ。しかもその代表作といえる二首「はたらけど/はたらけど猶なほわが生活くらし楽にならざり/ぢつと手を見る」や「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ/花を買ひ来て/妻としたしむ」(第一歌集『一握の砂』明治43年・1910)あたりである。作者がこれらの名歌の高度なパスティーシュを意図したのかどうかは、知らないしさほど問題ではない。短歌は、発表されると同時に作者の手を離れ一人立ちする。読者である私にとっては、この歌の紙背に啄木が透けて見えることがリアルにほかならないだけである。明治の啄木青年は、赤貧洗うがごとき境涯にあって、自己憐憫や自慰・自愛的な感情で「ぢつと手を見」たり「花を買ひ来て妻としたし」んだりしたのだろうが、裕福ではないにしろ赤貧は洗ってないであろう平成の祐青年は、自嘲・諧謔的な感情で上掲のごとく言ったりするわけだ。どちらも程度の差はあれ多少の芝居っ気が入っていると思われる。最近はカメラもデジタルになってしまって、写真フィルムも富士フイルムの社名に残るぐらいになってしまったが、まだなんとか通用するであろう割と適切と思われる比喩としていえば、この歌は啄木というネガティブ(陰画、否定的)に対するポジティブ(陽画、肯定的)である。あるいは、永井祐という高次関数(ファンクション)を通して変換(デコード)された啄木である、ともいえるだろうか。この変換方式が合わないと「文字化け」して見えることは、パソコンをいじっている者ならよく知っている現象である。作者をめぐる毀誉褒貶には、一部にこうしたいわば「文字化け」めいた現象が起こっているのではないかと憶測しているところである。日本映画史上の最高傑作の一つとして名高い黒澤明監督『七人の侍』で、侍のリーダー勘兵衛(志村喬)が諄々と名台詞を言う。橋本忍ほか脚本。うろ覚え「明日はいくさという夜にはな、城の中でもこういうことがたくさん起きる。人間、明日の命も知れんとなると、ちょっと浮ついたことでもせにゃ息苦しくてかなわんのだ。若い者の気持ちにもなってやれ。無理もないのだ。」も思い出した。
2023年09月14日
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永井祐(ながい・ゆう)ベートーベン後期弦楽四重奏 ぴちぴちのビニールに透けている第一歌集『日本の中で楽しく暮らす』(平成24年・2012)こう見えても僕が密かに愛してやまないベートーベンの渋い後期弦楽四重奏曲。ぴかぴかの新品CDジャケットがぴちぴちで剝がしづらいほどのビニールのラッピングに透けて見えるこのわくわくなときめき。
2023年09月13日
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坂本野原落ちているナシにたかっているアリよこれはダジャレでありやなしやとくさむらで虫に刺されて逃げてきてくさいキンカン塗る夏ゆきぬだめな人はだめなんだけど虫ぐらい恐れていては何もできないスズメバチだけはさすがに怖いけどほかは大したこともないよね秀吉のムロツヨシ氏の怪演技 誰も逆らえなかったわけだ運のない凡夫に人はついて来ず多少のことは大目に見たか意地悪く人を嵌めたり威張ったり性的加害犯したりして結局は天網恢恢、神ないしお天道様ちゃんと見ている泣き出したジュリー景子がかわいいと思わず思いてしまいたる俺加害者の叔父と共犯者の母と かわいそうだた惚れたってことチョコモナカジャンボCM関ジャニも降ろされるのかおいたわしいや紅白をどうするのかはNHK重大岐路の車線変更チェンジング・レーンジャニ担を直ちに廃止すべきとの報道局の力の凱歌来春の4月改編期の嵐 そっちじゃなくてこっちの嵐目前の改編期には間に合わず現状維持の表向きなり「芸能や芸術もっとほかにある」茂木健一郎氏の蛮勇
2023年09月11日
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■ ロシアは既に「敗北」、国力も「衰退の過程に」西側当局者 【米CNN - ヤフー 9日】私も素人なりに、かねてより同じことを考えていた。事実、この通りなのではないか。溺るる者は藁をも掴む。ロシアの、北朝鮮との関係改善の動きが伝えられているが、到底、大した援軍になるとも思えない。秋は来ぬおろしや国に明日はなし
2023年09月10日
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額田王(ぬかたのおおきみ)君待つと我あが恋ひをれば わが屋戸やどの簾すだれ動かし秋の風吹く万葉集 488あなたをお待ちしていますとわたくしがひとり恋しさをつのらせているとわが家の簾を動かして秋の風が吹いた。註君待つと:「あなたさまをお待ち申し上げております」と。「君待ちて」ではなく、「君待つと」という言い方になっているのが昔から疑問だったが、おそらくこういった直接話法的なニュアンスか(筆者解釈)。おそらく、「秋」と「飽き」を掛けている。侘しく寂しい和歌的修辞である。「君」は天智天皇。当時は妻問つまどい婚(通い婚)、招婿しょうせい婚で、自然消滅することも多く、夫婦・恋愛関係はゆるく不安定だった。この、長い民族的な感覚は、後世、花柳界・水商売の女性と男性客の関係性などにも影響を及ぼしたと思われる。貴人が乗って来る牛車ぎっしゃの牛をおびき寄せる「盛り塩」の風習などはよく知られており、現代にも及んでいる。屋戸やど:家。万葉集に頻出する。「宿」とは別語。 国宝 源氏物語絵巻 宿木 (歌と画像に直接の関係はありません)ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。
2023年09月08日
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坂本野原雨が地を冷やして夏を終わらせる茹でたうどんを冷やすみたいに遠雷のひっきりなしに音もなく空に閃ひらめき夏は過ぎゆくかき氷そうめんすいかさようなら冷し中華もまた逢う日までそうめんがどんどんまずくなってきて知らず知らずに秋を知る知る契約が終わるや否や若林ネタにしているニクイね三菱向いてない明るいキャラでつらかった「ニクイね三菱」テイク30腕力か知力で喧嘩強い順 男のヒエラルヒーは単純女子たちは曖昧模糊で不可解なキラキラしてる順番らしいダンス部が一番らしい。そういえば吉川くんもダンスしていた不世出の青春スターだったなとしみじみ思う森田健作デリケートゾーンの痛み悩みには男は触れるべからずであるPCでノマドをやっているやつを横目で見つつスタバに並ぶ
2023年09月06日
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はいだしょうこ風立ちぬ
2023年09月05日
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坂本野原松陰も翔平もまた少年の心のままに「僕」と言うなり男には第一人称代名詞いろいろあってⅠの迷走わたくしとわたしとあたしぐらいしか許されざりし女性の歴史うちの娘こは「うち」と言うなり関西の女かよとか咎めもせざり宇多田とか秋元の詞の女の子「ぼく」と言うけど定着しない吾輩はオレがデフォルト折にふれ僕になったり我になったりとんがった「な」の持ち物でへっこんだ「あ」の穴ふさげとねだりたまえり* 『古事記』、イザナギ・イザナミ神話。・・・どぶろっくの下ネタギャグではない(笑)味わうとアルカリ性のいやな味、逆流食道炎の薬は
2023年09月03日
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原田知世時をかける少女松任谷由実時をかける少女The Girl IsA Time Traveler
2023年09月02日
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窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔5〕丸の内死ねる子を箱にをさめて 親の名をねんごろに書きて路に棄ててあり* ねんごろ(懇)に:(死んだ子の霊に、またそれを見る人に対して)懇切丁寧に。死ねる子を親の棄てたりみ濠ほりばた柳青くしてすずしきところ* 残暑なお厳しい九月初め、途方に暮れた親の、少しでも美しく涼しいところにという、せめてもの親心だったのだろう。哀れなその子の亡骸(なきがら)は、皇居お濠端に青々と茂って垂れている柳並木の涼やかな木蔭に棄ててあった。時計台時計台残りて高し十二時まへ二分にてとまるその大き針* 銀座四丁目交差点、服部時計店(現・和光)時計台。関東大震災は大正12年(1932)9月1日午前11時58分発生。被服廠址ひふくしょうあとあたり東京に地平線を見ぬここにして思ひかけねば見つつ驚く* 墨田区横網にあった陸軍被服廠址(現・墨田区横網町公園)。「空のない東京に地平線を見てしまった。何ともここで、思いがけないことだったので、見て驚いた。」焼瓦やけがはらうち光りつつはるかなり列なす人の小ちさくもぞ見ゆる五重の塔焼原越しに立てる見つ何ぞやと我が怪しみしかな* 台東区・上野公園内、寛永寺の五重塔か。呆然自失の中で、焼け野原を見下ろして屹立するものを、一見してわけが分からず「あれはいったい何だろうと、私はいぶかしんだ。」鉄橋の焼けとろけたり水にうかぶ一人一人は嘆かずあらむ* 隅田川。「(もはや)嘆きもしないだろう。」川岸にただよひよれる死骸しかばねを手もてかき分け水を飲むひと了歌集『鏡葉』(大正15年・1926)
2023年09月01日
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窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔4〕水道橋ほとり深溝ふかみぞにおちいりて死ぬる小ちさき馬 たてがみ燃えし面つらを空に向けてお茶の水橋妻も子も死ねり死ねりとひとりごち火を吐く橋板踏みて男ゆく神田錦町あたり石造の氷室ひようしつくづれ溶けのこる氷ひかれり焼原の上に氷室にひろへる氷背おひては男うろつく雫垂らしつつ京橋あたり焼け残る洋館の前に犬あわて人来る毎ごとに顔あふぎまわる* 主(あるじ)を失った犬なのであろう。人が歩いて来るたびに、すわ、ご主人様かと慌てて顔を仰ぎまわっている。一石橋一石橋いちこくばし石ばしの上ゆ見おろせば照る日あかるく川に人くさるあふ向きて浮かぶは男うつ伏してしづむは女 小ちさきはその子か人の上とえやは思はむ親子三みたり 火に焼かれては川に身のくさる* 「人の上(に折り重なっている)と、よもや思えるだろうか」。歌集『鏡葉』(大正15年・1926)
2023年09月01日
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窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔3〕夜は月さやかにいとゞわびし電燈のつかざる店にはだか火の蝋燭ともり通りに月照る屋根がはら落ち残りては 軒先にかかれる見せて月さやかに照る大き荷を背負へる母の袖とらへもの食ひつつも童小走る遠望して大東京もゆるけむりの雲と凝こり 空にはびこりて三日みかをくずれず大東京もゆるけむりの日の三日を くづれずあれど鳴る鐘のなき神田区の家毎いへごとにゐる南京虫一つ残らじと笑ひてかなしきあやしくも凝りてかがやくましら雲木に蝉なけど人の音はなき震災のあとを見にと出づ人間のなるらむ相すがた眼にし見む悲しみ聞けど見ずはあり難き* 「人間の、こうなってしまうのだという真実の諸相をこの目で見に行こう。悲しみを聞いているのに、見ないでいることなどあり得ない。」歌集『鏡葉』(大正15年・1926)
2023年09月01日
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窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔2〕甥きたるこの家に落ちつきてゐれば わが家もある心地すと甥のつぶやく平気にも舞ふ蝶かなとさびしげに庭見る甥のつぶやきにけり十夜とよ十日考へてのみゐたる甥 ばらつく建てむといひ出せりけり* ばらつく:バラック。二日の夜蝋燭のをぐらきあかりとりかこみ ゐならべる子らものをしいはぬ* ものをしいはぬ:「し」は強調の助辞。恐怖におののいて「(ひと言も)ものを言わない」。地震来こばだきだしやらむ今は寝よと いへばうなづきわれ見る童* 「(もしまた)地震が来たら、抱いて連れ出してやろう、(だから安心して)今は寝なさいと」。/ 童:「わらべ」または「わらは(わらわ)」と読む。地震来こば路のべの戸板の上に寝たる子の 寝顔ほのじろし提灯の灯に家やの内のあかりは消せと鋭声とごゑして暗き門かどより人いましむるあかり消せる町は真暗なり鬨ときの声近く東の小路におこる夜警はじまる火あやふ夜も寝ぬるなと乱れ打つ拍子木の音そこにかしこに大雨にしとどに濡れて夜警よりわが子帰りぬしらしら明けを歌集『鏡葉』(大正15年・1926)
2023年09月01日
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窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔1〕大正十二年九月一日の大震災に、我が家は幸さいはひにも被害をまぬかれぬ。あやぶまるる人は数多あまたあれども訪おとなひぬべきよすがもなし。二日、震動のおとろへしをたのみて、先まず神田猿楽町なる甥の家あとを見んものとゆく。燃え残るほのほの原を行きもどり 見れども分かず甥が家やあたり地はすべて赤き熾火おきなり この下に甥のありとも我がいかにせむ帰路焼け残り赤き火燃ゆる神保町三崎町ゆけど人ひとり見ず焼け残るほのほのなかに路もとめ ゆきつつここをいずこと知らず飯田橋のあたりに接待の水あり、被害者むらがりて飲む水を見てよろめき寄れる老いし人 手のわななきて茶碗の持てぬ負へる子に水飲ませむとする女 手のわななくにみなこぼしたり火のなき方へと、人列なしてゆくとぼとぼとのろのろとふらふらと来る人ら ひとみ据わりてただにけはしき新聞紙腰にまとへるまはだかの女あゆめり眼に人を見ぬ* 放心状態の女の「眼は常人のものとは見えなかった」。 歌集『鏡葉』(大正15年・1926)* 今では難読と思われる字に適宜ルビ(振り仮名)を付けましたが、原文にはほとんどルビは振ってありません。また、〔1〕~〔5〕の段落分けも、私が便宜的に振り分けたもので、原文は一連の連作です。ご了承下さい。
2023年09月01日
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