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EF65-73〜76は、3次車で吹田に新製配置。誘導員手摺が上部に延長、運転席側のスカートに足掛け用の切り欠きがつけられました。また標識灯の形状が内ハメ式に変更になりました。77〜84は稲沢へ配置されましたが、500番代P型へ改造(535〜542)されました。73〜1966年8月30日新製(東芝)岡山転属〜1991(平成3)年3月16日更新〜1990年9月10日2004年3月30日廃車74〜1966年9月7日新製(東芝)岡山転属〜1991年3月16日更新〜1990年8月21日2005年3月8日廃車75〜1966年8月12日新製(日車 富士)岡山転属〜1989年3月11日更新〜1990年6月27日2003年12月14日廃車76〜1966年9月1日新製(日車 富士)岡山転属〜1992年3月10日更新〜1990年7月17日2005年3月8日廃車EF65-85〜104は、4次車は運転席側のスカートに足掛け用の切り欠きがつけられました。岡山へ新製配置され、85〜91は転属しましたが再度岡山へ戻っています。103と104は新製配置は稲沢でしたが岡山へ転入しています。晩年86が高崎へ転属し高崎最後の一般色として人気になりました。101のみ更新工事を受けましたが、その他は一般色のまま最期を迎えました。85〜1969年5月20日新製(汽車 東洋)岡山転属全検〜1991年10月2005年3月8日廃車86〜1969年6月4日新製(汽車 東洋)稲沢→岡山転属〜1996(平成8)年3月16日高崎転属〜1997年3月21日全検〜1998(平成10)年7月2005年3月30日廃車87〜1969年6月7日新製(汽車 東洋)稲沢→岡山転属〜1994年12月3日2010年3月31日廃車88〜1969年6月17日新製(汽車 東洋)2005年3月8日廃車89〜1969年6月24日新製(汽車 東洋)1998年11月27日廃車90〜1969年7月1日新製(汽車 東洋)1998年11月27日廃車91〜1969年7月9日新製(汽車 東洋)2002年2月14日廃車岡山配置車92〜1969年7月16日新製(汽車 東洋)2001年2月9日廃車93〜1969年7月24日新製(汽車 東洋)2002年2月14日廃車94〜1969年7月31日新製(汽車 東洋)1998年11月27日廃車95〜1969年4月15日新製(川崎 富士)2005年3月8日廃車96〜1969年4月18日新製(川崎 富士)全検〜1990年11月16日1998年10月19日廃車97〜1969年5月21日新製(川崎 富士)全検〜1990年12月5日1998年11月19日廃車98〜1969年5月28日新製(川崎 富士)2005年3月30日廃車99〜1969年6月6日新製(川崎 富士)1999年10月21日廃車100〜1969年6月18日新製(川崎 富士)2011年度月日廃車PS22101〜1969年6月26日新製(川崎 富士)更新〜1993年2月17日2005年3月8日廃車102〜1969年7月3日新製(川崎 富士)1999年10月21日廃車103〜1969年7月26日新製(川崎 富士)稲沢→岡山転属〜1996(平成8)年3月16日2010年3月31日廃車104〜1969年8月6日新製(川崎 富士)稲沢→岡山転属〜1996(平成8)年3月16日更新〜1998年2月24日 2010年3月31日廃車
2024.11.29
EF65 105〜120は5次車で、4次車からの大きな変更はありません。新製配置は稲沢に配置されました。107〜1969年8月30日新製(汽車 東洋)岡山転属〜1996年3月16日2008年12月25日廃車原色、黒H、モニター青108〜1969年9月11日新製(汽車 東洋)岡山転属〜1996年3月16日更新〜1997年12月12日高崎転属〜2003(平成15)年12月5日全検(大宮)〜2003年12月岡山転属2010年3月31日廃車二色更新109〜1969年9月19日新製(汽車 東洋)1986年2月7日廃車(横浜羽沢事故)113〜1969年10月24日新製(日車 富士)高崎転属〜1996(平成8)年3月17日更新〜1993年9月25日GPS2007年3月30日廃車114〜1969年8月13日新製(川崎 富士)岡山転属〜1994年12月3日更新〜1998年4月20日全検〜2004年5月2011年度廃車三色更新(モニター青)115〜1969年8月21日新製(川崎 富士)更新〜1993年2月3日高崎転属〜1996(平成8)年3月17日全検〜2005年3月岡山転属〜2007年6月23日2011年度廃車116〜1969年8月27日新製(川崎 富士)試験塗装岡山転属〜1994年12月3日2011年度廃車原色、黒H、PS22117〜1969年8月30日新製(川崎 富士)高崎転属〜1996(平成8)年3月18日2004年3月30日廃車原色118〜1969年9月3日新製(川崎 富士)更新〜1992年11月7日高崎転属〜1996(平成8)3月19日全検〜2005年4月岡山転属〜2008年3月31日2011年度廃車119〜1969年9月13日新製(川崎 富士)高崎転属〜1996(平成8)年3月20日更新〜1997年8月25日全検〜2002年7月岡山転属〜2007(平成19)年6月16日2010年3月16日廃車120〜1969年9月24日新製(川崎 富士)更新〜1993年3月19日岡山転属〜1996年3月16日2007年3月30日廃車三色更新、PS22
2024.11.28
92944のEF65 535と539を整備しました。今回541を整備しなかったのは、実車の541は、乗務員扉が下部開閉機能のついたものに変更された名残があり、帯もかけています。他にも502*.505.508.511*.527.528.530.531.540にもみられます。*は運転士側のみ。基本的に色差しとパーツの取付だけです。信号炎管の高さが製品通りだと低い気がしますが、こちらの方が好みなのでそのままにしています。連結器はちょっと加工をしており、既製のTNのカプラー部分を抜き取り、0391のTNカプラーを少し加工し組み込んでいます。連結器自体が小さくなるのもよいですが、連結間も変わるのが魅力的。連結は少々難しくはなりますが。見栄え重視で。535のステップに白線入れてませんね。直さねば。屋根は悩みましたが、ランボードを黒に塗装しました。わざわざ最後の全検で塗ってないような気もしますが、前例にならって。もはや好みですね。
2024.11.28
トミックスでは、EF65の茶色では、2代目56(98977)と3代目57(92964)が発売されています。見た目上ではJRマークの有無とHゴムの色の差程度しか違いがみうけられません。まずは実車のことから、EF65-56〜1965(昭和40)年6月28日新製(東洋 汽車)1990(平成2)3月7日〜吹田→高崎転入1995(平成7)年〜ぶどう色2号へ塗装変更(先代9号機ぶどう色2号は1989年〜1994年廃車)2001(平成13)年11月運用離脱→2003(平成15)年3月31日廃車EF65-57〜1965(昭和40)年7月5日新製(東洋 汽車)1989(平成1)年3月11日〜吹田→広島転属1991(平成3)年3月16日〜岡山転属1991(平成3)年7月16日広島更新1998(平成10)年10月4日〜高崎転属(3色更新色)2004(平成16)年12月22日〜ぶどう色2号へ塗装変更→2008(平成20)年4月21日岡山転属(2008年3月末までに、首都圏にてATS-PFとデジタル無線使用開始に向けて運用離脱、翌2009年3月改正で高崎のEF65全廃)→2012年2月廃車57号機はパン下も黒のようだったのでGM10 黒色で塗装。57号機のみGPSを取付。その他はパーツの取付と色差しで完了です。パンタの碍子は、56は白、57は出場直後は塩害対策のグリスを塗っていたようなので、タミヤのTS102コバルトグリーンで塗って差をつけています。1番違いの兄弟機もちょっとした違いを出すことができました。実車の写真をみると、ランボードも黒のようなので塗装しました。
2024.11.28
EF65 121〜130は、EF65一般型の最終増備車です。新製時から晩年まで、ほとんどが岡山で活躍しました。製造が開始されていたPF型の影響を受け、運転台前面ガラスは熱線入りガラスを採用、ワイパーはWP50へ変更、前面スカートの形状が直線的なPFのようなものに変更されました。足掛け用の切り欠きが機関助士側にも設けられ両側設置となりました。またEB装置・TE装置を搭載されています。121〜1970年6月10日新製(東洋 汽車)広島更新〜1993年7月16日最終全検〜2000年4月20日(モニター灰色)2007年3月30日廃車三色更新122〜1970年6月17日新製(東洋 汽車)広島更新〜1993年12月6日2004年2月27日廃車三色更新124〜1970年7月2日新製(東洋 汽車)広島更新〜1995年9月30日高崎転属〜2001年月日最終全検大宮〜2002年1月7日岡山転属〜2006年9月27日2008年3月17日廃車125〜1970年7月8日新製(東洋 汽車)広島更新〜1994年11月129日高崎転属〜2001年月日最終全検大宮〜2001年11月6日2007年9月1日廃車126〜1970年7月13日新製(東洋 汽車)全検〜1993年4月17日2002年2月14日廃車原色127〜1970年7月21日新製(東洋 汽車)広島更新〜1995年3月8日高崎転属〜2001年3月5日最終全検大宮〜2001年7月12日岡山転属〜2006年9月28日2008年3月17日廃車民営化時は稲沢に配置、1986年に岡山転属。128〜1970年7月29日新製(日車 富士)広島更新〜1994年6月1日最終全検大宮〜2000年10月17日(モニター灰色)2007年3月30日廃車三色更新129〜1970年8月20日新製(日車 富士)広島更新〜1994年8月2日最終全検大宮〜2000(平成12)年12月14日高崎転属〜2002年2007年3月30日廃車130〜1970年7月11日新製(川崎 富士)広島更新〜1994年10月7日2007年3月30日廃車三色更新(モニター灰色)131〜135は、1990年1991年にEF67-100へ改造されました。
2024.11.27
1968年に寝台特急増発に伴う車両不足を補うため、同時期に新製された0番台3次車の77〜84号機が500番代P型に改造され、535〜542号機となりました。全車浜松工場で改造され、新製配置先の稲沢第二機関区から東京機関区へ転属しました。535(77)〜1967年3月28日新製(東芝)→1968年7月6日改造全検〜1992年1月GPS最終全検〜2004年4月12日2013年3月31日廃車536(78)〜1967年3月24日新製(汽車 東洋)→1968年7月18日改造全検〜1985年12月13日1998年12月2日廃車537(79)〜1967年4月7日新製(汽車 東洋)→1968年9月5日改造2002年3月15日廃車538(80)〜1967年6月15日新製(汽車 東洋)→1968年8月9日改造1994年6月27日廃車539(81)〜1967年3月7日新製(川車 川電)→1968年7月29日改造GPS〜2001年7月17日全検〜1998(平成10)年6月2005年3月30日廃車540(82)〜1967年3月10日新製(川車 川電) →1968年6月27日改造乗務員扉変更1998年12月2日廃車541(83)〜1967年3月29日新製(川車 川電)→1968年8月20日改造乗務員扉変更GPS全検〜1998(平成10)年9月2005年5月29日〜中央検修センター2009年3月19日廃車(検修車EF65-1001と交換)542(84)〜1967年5月27日新製(川車 川電)→1968年9月19日改造1998年12月2日廃車
2024.11.27
EF65P型の後期車となる527〜531は、一般型の三次車と同様手摺の長さの延長と、標識灯が内ハメ式に変更されています。運転席側に誘導員の足掛けが設けられました。527〜1966年2月4日新製(芝浦)乗務員扉変更1993年6月15日廃車528〜1966年2月28日新製(東洋 汽車)乗務員扉変更2エンドスカート切りかきなし更新〜1992年3月17日PF台車(1019は1998年廃車)GPS全検〜2004(平成16)年7月2008年3月31日廃車529〜1966年3月24日新製(日車 富士)1993年6月15日廃車530〜1966年1月27日新製(川車 川電)乗務員扉変更更新〜1992年1月24日GPS最終全検〜2004年2月18日2008年3月31日廃車531〜1966年2月5日新製(川車 川電)乗務員扉変更1998年12月2日廃車529は、日本車輌製にみられる特徴があり、屋根採光窓1エンド側が2枚しかない点や、前面ステップ標識灯掛け省略されています。他の日本車輌製516.517.523号機にも同様の特徴がみられます。
2024.11.25
1965(昭和40)年東海道筋の20系寝台特急の最高速度110km/hへ引き上げのため、EF60-500置き換え用に投入されました。1968(昭和43)年10月1日改正で、高速化が行われました。基本的には一般型の二次車に準じた仕様になっていますぎ、速度検知式電磁ブレーキ指令回路(AREB)が装備(KE72)されたほか、編成増圧ブレーキ装置や空気バネによるBP管の減少対策に元空気溜(MR)管コックも装備されています。502〜1965年6月30日新製(川車 川電)モニター窓サッシ、運転士側乗務員扉変更*更新〜1990(平成2)年3月27日(モニター窓鉄板埋)三色全検〜1996(平成8)年7月2日(モニター窓完全埋.平常ロゴ)三色GPS〜2001(平成13)年11月24日全検〜2002(平成14)年7月ニ色〜2008年3月31日廃車窓間黒503〜1965年7月15日新製(川車 川電)1998年12月2日廃車504〜1965年7月19日新製(川車 川電)更新〜1991年3月25日*GPS〜2001年6月14日2002年11月1日保留車2005年3月30日廃車窓間黒505〜1965年8月12日新製(川車 川電)乗務員扉変更更新〜1991年10月8日全検〜1998(平成10)年2月GPS〜2001年12月12日2004年4月2日保留車〜2005年3月30日廃車506〜1965年9月16日新製(川車 川電)更新〜1989年11月6日GPS全検〜2002(平成14)年5月〜2008年3月31日廃車窓間黒507〜1965年9月27日新製(川車 川電)モニター窓サッシ〜1984年10月17日更新〜1990年11月27日*GPS〜2001年7月11日2002年1月根岸事故〜運用離脱2003年3月31日廃車508〜1965年6月30日新製(川車 川電)乗務員扉変更更新〜1991年7月*GPS2005年3月30日廃車509〜1965年8月7日新製(汽車 東洋)モニター窓サッシ〜1984年8月22日更新〜1990年9月19日*GPS〜2001年7月6日2005年3月30日廃車510〜1965年8月13日新製(汽車 東洋)1998年12月2日廃車511〜1965年8月28日新製(汽車 東洋)モニター窓サッシ、運転士側乗務員扉変更*〜1984年10月27日更新〜1990年1月19日1998年10月19日廃車512〜1965年9月14日新製(汽車 東洋)モニター窓サッシ更新〜1991年1月28日*GPS〜2001年6月20日〜2005年3月30日廃車
2024.11.24
EF65のF型は、コキ10000形牽引定数1000tの貨物列車を100km/hで牽引するために、P形を基本にし、重連総括制御・空気管付き密着自動連結器・連結器の自動復心装置・編成増圧装置・電磁自動空気ブレーキへの指令等の機能が追加されたタイプです。F型の前期車(513〜517)は試作を兼ねたため全メーカーに発注されました。基本的には一般型の二次車に準じた仕様になっています。1965年10月1日改正では、P型とともに東京機関区に配置され、527〜531が配置されるまで共通運用されました。その後吹田へ転属しています。1968年には、EF66登場によりEF65F型の重連運転が解消され、その後は新鶴見→広島→吹田→沼津と渡り歩き、1986年に高崎に転入しています。513〜1965年10月9日新製(川車 川電)2000年3月10日廃車514〜1965年10月7日新製(芝浦)更新〜1991年6月*密連用MR管コック撤去二色更新GPS2005年3月30日廃車515〜1965年9月18日新製(東洋 汽車)更新〜1991年9月*密連用MR管コック、密連用BPコック撤去二色更新GPS全検〜2004(平成16)年1月2008年3月31日廃車516〜1965年9月15日新製(日車 富士)1998年12月2日廃車517〜1965年9月28日新製(日車 富士)標識灯やや上1998年12月2日廃車*JR貨物ロゴまわり
2024.11.24
EF65のF型の後期仕様で、一般形三次車同様、手摺が延長。標識灯が内填め式に変更。運転席側に誘導員の足掛けが設けられました。1976年復心装置使用停止、ホース撤去。1986年にはF型は高崎機関区に集結しました。523〜1966年3月18日新製(日車 富士)復心装置カバー〜広島2002年3月15日廃車524〜1966年2月9日新製(川車 川電)復心装置カバー〜広島2002年3月15日廃車525〜1966年2月19日新製(川車 川電)復心装置カバー〜広島スノープロウ1993年6月15日廃車532〜1966年8月10日新製(東芝)復心装置カバー〜下関スノープロウ2000年10月26日廃車533〜1966年8月18日新製(東芝)復心装置カバー〜下関スノープロウ1996年1月18日廃車534〜1966年8月26日新製(東芝)復心装置カバー〜下関スノープロウ1996年1月18日廃車
2024.11.23
EF65のF型の後期仕様で、一般形三次車同様、手摺が延長。標識灯が内ハメ式に変更。運転席側に誘導員の足掛けが設けられました。1968(昭和43)年秋に上越線運転用にツララ切り、汽笛カバー取付が行われました。1976年復心装置使用停止、ホース撤去。1986(昭和61)年10〜11月に高崎に転入しました。518〜1966年2月15日新製(東芝)復心装置カバー〜広島1985年ツララ切り撤去1996年スノープロウ取付2000年3月10日廃車519〜1966年2月23日新製(東芝)復心装置カバー〜広島2000年12月6日廃車520〜1966年3月3日新製(東芝)復心装置カバー〜広島2002年3月15日廃車521〜1966年2月25日新製(汽車 東洋)復心装置カバー〜広島1994年6月27日廃車522〜1966年3月9日新製(汽車 東洋)復心装置カバー〜広島1976年10月事故、復旧時復心装置撤去2次側吊り合い管等も撤去1986年10月スノープロウ取付1986年高崎転属1994年6月27日廃車526〜1966年2月24日新製(川車 川電)復心装置カバー〜下関2002年3月15日廃車
2024.11.23
新京成の京成への合併まで、あと4ヶ月。ピンクになった新京成も。8808は、第二弾。直通色。第三弾はオリジナル色。N831の1本後でしたが、一気に影が。またリベンジですね。パンの位置が難しいです。リバイバル第一弾。N831。京成が新京成合併の利点で、保有車両の削減とうたってたので調べてみました。仮に新京成の列車をすべて、千葉線乗り入れにした場合26運用+新京成限定2運用程度で、いけそうでした。所要編成からすると2編成程度不足で済みそうですね。さて、どうなることやら。
2024.11.19
D〜1132〜TS06〜1200〜EH500-329011〜1206〜EF64-1032今日はカシオペア甲州運転のため、行ってきました。前回のPPよりは少ないかと期待しましたが、そんなことはありませんでしたね。きびしぃー
2024.11.16
今日は、雨上がりにC1を。最近よく運用されますね。いままで温存されてきたのでしょうか。練習電には、湘南を。
2024.11.15
マイクロのA1691/1692 14系800番代 浪漫を整備しました。車端部のTN化には、JC6382を使用してみました。こんな構造なんですね。ついにここまできましたか。実車は早速取り付けMR管は、801は左側のホースを根元を残して切除しました。802は両側ホースが残っています。BP管は付けてみましたが取付方を考えないとレールについてしまいますね・・・。ホースがスカートに当たってしまうので、斜め前に少し曲げています。連結器が少し出てますが、許容範囲としましょう。あとはわかりにくいですが、方向幕、裏から白で塗装してますが落とし「団体」幕に変えています。上が幕を裏貼りしたもので、下が製品のままです。地味に変わりますね。中間部はトイレのあるところはBM式のTNに交換、その他もTNカプラーに交換しています。トイレタンクは他形式のものから、流用しています。編成は信越本線長野駅基準で、下り直江津方の1号車から、スロフ14-801+オロ14-801+オロ14-802+オロ14-803+オロ14-804+スロフ14-802です。6号車上野方になります。実車は、1995年11月に登場、2000年のリニューアル工事で塗装変更されています。2007年2月に引退しました。
2024.11.08
今回はslopemodelさんの24系夢空間 車端パーツを使用して車端機器を取り付けてみました。BM式のTNカプラー対応のTNタイプもありますが、あえてノーマルなカプラー対応のTタイプを使用してみました。全てBM式のTNカプラーでは、費用がかかり過ぎるのでケチりました。早速切り出して、ミッチャクロンを吹いて、つや消しブラックを吹いたら、ポン付けできました。素材が黒なのでそのままでもいけそうでしたが。一部加工していますので、下記の写真は製品のままではありません。あとは最後部をなんとかしないと。展望部の下には、KATOのEF64-1000からカプラーを、カヤはダミーカプラーを活用し、JC6382を使用しTN化しました。尾久には501(2048)が配置されていました。札幌には502(2070)が配置、2両のみ存在しました。501は2006年、502は2010年廃車になっています。
2024.11.08
最近の天気予報はよく当たりますね。晴れのまま来るかと思いましたが、見事に曇りました。お見事。72〜EF66-12457M〜K19011〜EF81-80+E26+EF81-819013〜EF81-81+E26+EF81-80柏のカーブはすごい人だったので、撮ったことない、だいぶ前の方で。架線など少々うるさいですが、なんとか。
2024.11.01
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