星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2022.04.25
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テーマ: 読書(10175)
 先月の日記に一度だけ立ち寄ったことがある北鎌倉の「東慶寺(縁切寺)」について書きました。その時検索して東慶寺は鎌倉幕府8代執権の「北条時宗」の妻だった「覚山志道尼」が1285年に開山したことを知りました。

 北条時宗と言えば鎌倉幕府の全盛期で2度のモンゴル襲来(元寇)を打ち破っています。「元寇」とか「神風」という言葉はしっかり記憶にあっても、それが執権北条時宗の名前とは私には繋がっていませんでした。

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 「万願寺所蔵」(北条完宗像説が有力)

 先週友人から「この本読む?」と渡されたのが塩野七生著「男の肖像」で5番目に登場したのが「北条時宗」でした。カバーの裏には「人間の顔は、時代を象徴する。幸運と器量に恵まれて、世界を揺るがせた歴史上の大人物たち・・」とあり、アレクサンダー大王、ジュリアス・シーザー・織田信長、ナポレオン等14人の中の1人として時宗が取り上げられていて、まず驚きました。

 鎌倉時代の17代続いた執権職の8代目で1268年に17歳で執権になった年に「蒙古」から使者が来ています。そして33歳という若さで病死するまでの16年間のうちに2度の蒙古襲来を受け、それを「天運」のような神風のお陰もあり撃退しています。塩野氏の言葉通り「モンゴル一色に彩られた生涯」です。そして世界の中でもモンゴルに攻められて撃退した民族は日本人だけ、モンゴル軍の残酷さは筆舌に尽くしがたいものがあるようです。

 時宗は1284年に亡くなる2年前北鎌倉に「円覚寺」を建て、元寇の戦死者を供養しています。そして亡くなった翌年に妻の​
覚山志道尼 が同じ北鎌倉に「東慶寺」を建てています。命がけで国を守った夫への弔いの気持ちと思えば納得がいきます。そしてこのお寺が後に「駆け込み寺」として女性たちを救うお寺になるというのも何か面白い縁かなと思います。

 因みに「北条時宗」は2001年の「大河」でした。残念ながら私は見ていないのですが、平均視聴率は18.5%で歴代大河の中で42位です。世界征服を目指すモンゴル帝国の日本襲来をCGを駆使して迫力あるシーンが描かれているようです。機会があれば是非見てみたいものです。
















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最終更新日  2026.08.28 10:34:39
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