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2019.07.29
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カテゴリ: 昭和~・評論家
『日本の同時代小説』斎藤美奈子(岩波新書)

 わたくし、本書を2週間くらい前に読み終えたのですが、その後今日に至るも、どーも、気になって仕方ないという本です。
 純文学小説の好きな私にとって、いやあぁぁぁな気持ちになって仕方がないという本です。
 仕方がないので、少し、報告します。

 本書の中盤あたりに、村上龍『希望の国のエクソダス』からこんな部分が引用されています。

​ 中流という階級が消滅しつつあった。経済格差に慣れていない大多数の日本人にとって、それは耐えがたいことだった。八割から九割の国民が没落感に囚われ、羨望と嫉妬が露わになった。人々は怒りに駆り立てられ、無力感に襲われた。当然のことのように新しいナショナリズが起こり、いくつかの新右翼の政党が生まれ、無力感に沈む人々は新興宗教に吸い込まれていった。​

 本書の筆者斎藤美奈子も、「二〇〇〇年代以降の日本を、この言葉はほぼ正確に予言しています。」と書いていますが、まさに感心するほどに見事に予言していますね。

 (閑話ですが、予言といえば私は、忌野清志郎が福島原発事故の20年以上も前に「ラブ・ミー・テンダー」の替え歌の中で「放射能はいらねぇ 牛乳が飲みてぇ」と歌い、まさに事故直後、原発周辺の牧場で、人の避難した後、乳牛が取り残されている場面をテレビで見て、鳥肌が立ったのを覚えています。とりあえず、閑話ですが。)

 『希望の国のエクソダス』は、私も読みましたが、ここは記憶に残っていません。
 そして2000年以降の現実は、加えてこの村上予言に入らなかった原発事故レベル7が起こり、没落感・無力感そして、国家や科学に対する不信感が、より強くなっているように思えます。

 本書のテーマである、純文学の、特に2000年以降の動向についてですが、それは、すでに想像がつくように、実に重苦しい泥沼に陥っているというところでしょうか。

 本書は時代を10年ごとに区切って、1960年代から順番に日本の同時代小説を解説する構成になっています。各年代にタイトルがついているのですが、例えば、2000年代と2010年代はこうなっています。

 「2000年代 戦争と格差社会」
  「2010年代 ディストピアを超えて」

 どうですか。このタイトルを見ただけで、いかにも暗ーーいという感じですね。筆者も、2010年代の章の最初の、その時代の概観を簡単に述べた文章の終わりを、このように結んでいます。

​ そんな時代状況のせいなのか、2010年代は「ディストピア小説の時代」でした。00年代から蓄積された不穏な空気が満タンになり、一気に爆発したようなものだった。「ディストピア」とは「ユートピア」の反対語。ジョージ・オーウェル『1984』が描くような、絶望に支配された世界です。では以下、覚悟してお読みください。​

 ……「覚悟して」って言われてもなぁ……、と思いながら私は、以下の、まぁ少し大げさに言えば悪夢のような文章を読みました。
 細かい説明はもちろんいろいろありますが、それらをぐぐっと端折って、そして、「純文学」が、この時代にいかに立ち向かえていないか、その原因を分析した個所を少しまとめてみます。

 筆者がまず指摘しているのは、明治以降に成立した近代文学というものが、「ヘタレな知識人」「ヤワなインテリ」から始まったもので、もともとが敗者、弱者の芸術で、呆然と立ち尽くすか、問題解決を先送りにしたがるものであったという指摘。

 二つ目は、純文学小説は、作品の結末において事件は解決せず、主人公は宙づりにされたままの方が「余韻」を含み文学らしさを醸成するという、そもそも安易に人を救わないものであるという指摘。

 筆者はこの後、こう続けます。

​ この特質ゆえに、純文学は一定の芸術性を確保し、自由な解釈を許し、人々を啓発し、ついでにいえば権威も保ってきました。しかしまた、そのスノッブでペシミスティックな姿ゆえ、徐々に読者は離れていった。(中略)読者の「劣化」を嘆くのは本末転倒でしょう。厳しい時代に、厳しい小説なんか誰も読みたくないからです。​

 ……うーん、……うーん、困った。
 今後の日本文学に、未来はあるのか。

 というわけで、私は本書を読んで、2週間近くも何だかそわそわと不安な毎日を送るという、考えれば、とんでもない本を読んでしまいました。難儀な読書体験です。

 でも、上記に、「2010年代 ディストピアを超えて」とあるように、本書の最後に「ディストピア」を超えるための方策が、少しだけ、書かれていないわけでもありません。(この曲がりくねった私の書き方にご注目ください。)

 それは2017年にヒットした『君たちはどう生きるか』に触れて書き出されています。
 そしてそれが、十分な解決策なのか否か、なかなか判断の難しい所でありますが、とにかく、とにかく、一つ、書かれています。

 でもそれについては、私はここでは書かないで終わりたいと思います。
 気になる方は、どうかご自分でじっくりお読みください。
 どうも、すみません。


 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 





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Last updated  2019.07.29 20:29:06
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