近代日本文学史メジャーのマイナー
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
『愛する人達』川端康成(新潮文庫) えー、すでに何度か触れましたが、わたくし読書会というものに参加しています。 何だか噂によると、読書会というかつて私が勝手に「オワコン」(終わっているコンテンツ)だと思っていた集合体は、最近また息を吹き返していると聞いて、いわれれば、なるほどそれっぽいものが……と、思ったのでしたが、それはそうとして、読書会に推薦図書をする当番が何回かごとに回ってきます。 かつては何も考えず適当に選んでいたのですが、もっと会員のことを考えてしっかり選ぶべきだというお言葉(お叱り!)をいただき、さあ、そこからがけっこう悩みの種であります。 で、最終的には今回の報告図書に至るわけですが、わたくし、多分大学時代に初めて本書を読んで、もちろん細かな部分の記憶は何一つ残っていませんが、何か悪くない短編集だったという印象だけがあるんですね。 しかしそんなあやふやな印象だけで推薦図書にしていいのだろうかという思いもあり、ちょっと悩んでいたわけであります。 ところが先日ある文芸評論家の本を読んでいたら、『愛する人達』は川端作品の中でも出色のできであるといった文章があって、あ、これなら大丈夫だ、と、晴れてこの度半世紀ぶりになんなんとした再読となったわけであります。 ざっくり、とっても良かったです。 川端康成賞という賞がありますが、優れた短編小説に与えられるという、まさにその名を冠するにふさわしい短編小説集であります。 読み終えて、掲載されている九つの短編小説を、我がバイアスの赴くままできがいいと思う順に並べてみました。不等号記号と等号記号で繋いでみました。 母の初恋=夫唱婦和>夜のさいころ>年の暮> 女の夢=ほくろの手紙>子供一人>燕の童女=ゆくひと こんな感じでいかがでしょう。 ちょっとだけ補足しますと「=」でつながっているペアは、どこか似通っています。例えば「女の夢=ほくろの手紙」は、女性の言動に秘められた暗部といった感じのテーマが共にあると思います。それが読んでいて少し暗く、私は明るい目のテーマである「年の暮」をその上にしました。 同じように言えば「夜のさいころ」は主人公の「みち子」の純朴、一心さがとても魅力的に描かれており、私はさらに上にしました。 下のほうをちょっと見ますと、「子供一人」は川端作品にしては、とても理の勝った作品で、わたし的にはちょっと違うかなと思いました。 一番下に選んだ二作品は、『掌の小説』にも見られる、あまりにナイーブ過ぎる感覚・素材・描写に終始していて、ちょっと茫洋とし過ぎてわからなかった感じでした。 というわけで、一等賞(同点首位)の二作品が残りましたが、この二作品は読み終えて、思わず小さくうなってしまったほど、よくできた短編小説だなと思いました。(またこの二作品も、とてもよく似た話であります。) この二作、まず物語性が素晴らしい。川端小説は物語性に優れたものが多いというタイプではないと思うのですが、この二作は「どんでん返し」と言ってもいいような最終部が予定されています。 また、「母の初恋」の最後の雪子のセリフとか、「夫唱婦和」のラストシーンの延子の心理描写とか、私は読んでいて、伏線の効果というのはまさにこういうものを言うのだろうなあと感心しました。 その次には、どこがいいのか。 わたくしこの二作を読み終えて、ちょっと時間をとって考えてみたんですね。すると浮かんできたのが、エロティシズムと通底したある種グロテスクな人間関係の設定がなされている(それが日常生活の中に見事に書き込まれている)ということでした。 実はこれはひょっとしたら全川端作品のテーマ(私は全川端作品は読んでいませんが)ではないかと思うものですが、日本的と言えば日本的な(時代的な要素ももちろんあるでしょうが)、はっきり言えば、どこか薄暗い女性観ではないか、ということであります。 これはどう考えたらいいのでしょうか。 例えば、本短編小説の時代背景は、これらの小説が「婦人公論」に連載されていた昭和12年から13年あたりそのままとみて、多分間違っていないと思います。 つまり、現代とは、女性観だけでなく、社会・世界が全く別物と言ってもいいほど異なっている時代に生きる男女を描いた話であります。 ざっくり表面的にだけ言っても、登場人物の感情や人物像は、今の読者(特に青年層読者)に共感してもらえるのでしょうか。 という心配(?)の一方で私は、しかし私たちは『源氏物語』を(原文ではないとしても)読むではないか、と思いついたりして、更に悩みます。 ……うーん。 確か川端康成は、ノーベル賞を受賞した時(その時のスピーチだったかそうではなかったかはわかりませんが)、自分は今後も失われていく古い日本の美しさを描こうと思う、という主旨のことを言っては(書いては)いなかったでしょうか。 それは「失われていく古い日本に美しさ」と共に、我が作品も失われていくだろうという意味だったのでしょうか。それとも、それを描く我が作品は失われはしないだろう、というニュアンスのものだったのでしょうか。 少なくとも、21世紀初頭の現代においては、それはまだまだ失われてはいないことを、この度私は強く感じたのではありますが……。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2026.09.05
コメント(0)