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今回は、ハートトークとエゴトークの違いが難しいというお声をたくさん頂きましたので、それにお答えいたしま~す。皆さんのコメントは長くなりすぎないように少し省略させていただきました。では、こちらのコメントからです。ありがとうございます!!ひとつ、疑問が湧いたのですが、「~したくない」ってハートトークはあるんでしょうか?例えば、私は以前「今の仕事はもう続けたくない!休みも給料も少ないし~。辞めたらもっと自分らしい仕事に変われる。これはハートトークに違いない!」と思ってました。でも、よく気持ちを掘り下げてみると「私は仕事がちゃんと出来ていない」という思い込みがあったんです。そこで、思い込みをなくすべく仕事中に自分を褒めまくってあげたらすごく楽になって、「辞めたい」気持ちも消えてしまいました。素晴らしい!です。自分をよく掘り下げて、ハートトークの振りをしているエゴトーク(私は仕事がちゃんと出来ていない)を見つけて、自分を褒めてあげて楽になる。大変良いですね~。さて、「~~したくない」は、すべて言い換えて「~~たい」になりますね。例えば、「9時5時で働きたくない」は、「時間に縛られないで働きたい」など。同じことを言っていますが、後者のほうがエネルギーがポジティブです。もちろん、「~~たくない」と「~~たい」という思いはほぼ同時にいつもあるでしょう。たとえば、「こんな仕事やりたくない」と思ったとたん「私はもっと違う仕事がしたい」「状況を変えたい」といった気持ちも出てくるはずです。このときに自分の焦点が「~~したくない」に向いているのか、「~~したい」に向いているのか、ちょっと気をつけてみると良いかもしれません。では、お次のコメントです。ありがとうございます!!ハートトークか、エゴトークか。どちらなのか見極めるのは、とても難しい気がします。特に、私も含めて悩み多き独身のアラフォー女性にとっては。独身でいることについては、「自由に生きられる!好きなことができて嬉しい!」→女性が結婚により、ひたすら自己犠牲を強いられる時代・国に生まれなくてよかった、横暴な夫に人生を破壊されなくてよかった、加えて望まぬ相手に体を汚されなくてよかった(幼少時より、たびたび性暴力に遭遇してきたため)と、晴れ晴れ・せいせいした気持ちになります。その反面、「一度も女性としての幸福を味わうことなく、死ななくてはならないのだ」と思うと、静かで冷たい虚無感に襲われ、心が麻痺する感覚がします。そこで一所懸命自分を癒したり、頑張って婚活に励んだりしたのですが、一向にそのような相手に巡り合える気配はありません。なかなか自分が願う状況が実現しないのは、苦しいものですよね。自分を癒すことをしていらっしゃるので恐らくお気づきかと思いますが、苦しさのほんとうのもと、混乱の真の原因は、自己愛の欠如にあるんです。もちろん自己愛の欠如は私を含めて全員にあります。だから、私たちは悩み、混乱します。とくに過去に性暴力を受けた経験があると、意識上にはおそらくないですが、潜在意識の深いところで自分を強く責めている可能性が非常に高いです。関わった相手への怒りや自分が味わったショックや悲しみ、といったものの下にある自己嫌悪の感情を解放する、つまり自分を許したときにほんとうの癒しが訪れ、結婚に対するイメージも良くなり、前進できるかなと思います。さて、ここは多くの方が混乱している部分かと思いますが、思考から出てくる感情は、ハートトークではないですよ。ハートトークは「~~だから」という長い説明がありません。たとえば「横暴な夫に~~」は長い説明文です。ハートトークは、単純に「私は一人でいたい」「私は結婚したい」(または、私は誰かと愛情の交換をしたい)。ただそれだけです。理由は一切要りません。理由(思考)をつけると、その思考から沸いてくる感情で分からなくなります。またほとんどの思考は、真実を語っていません。例えば、「独身でいると女性としての幸福を味わうことなく死ぬ」(←同じ思いが前回の東京セミナーでも出てきましたね)といった考えも「女としての幸せ」という女性限定の幸せがほんとうにあるの? あったとして、それはすべての女性を自動的に幸せにしてくれるの? または、独身の女性はみんな惨めに死ぬの?とよくつきつけて見ていけば、そうではないケースがいくらでもあることが見えてくるでしょう。耳にたこができるほど書きますが、自分を深いレベルで愛しているとき、結婚していようが、独身でいようが人生はかなり楽しいです。状態はほんとうに関係ないです。この続きで下記も同じことですね。(コメントありがとうございます!!)私には子どもが1人いるのですが「2人目はいらない」と思ってます。が、周囲はやはり「一人っ子は可哀そう」という意見発表が多いわけです。(←はい、そうですね。意見発表です。真実ではないです)そして私自身「やっぱりもう一人作るべきかな」と思う時、それは義務的で暗いトーンです。だから、やはり私は「2人目は欲しくない、一人でいい」とハートが言ってると思ったんです。が、一人がいいという理由は「その方が経済的に安定する。二人目を作るとカツカツになって教育資金・住宅費・老後生活が圧迫されるかも。さらに私の趣味の時間も削られる」というのがメインなんです。こう考えると、ネガティブなイメージと共に「二人目は欲しくない」というエゴトークなのかな?とも思えます。理由ぬきに自分が「もう一人子どもが欲しいかどうか」だけハートに問いかけてみてくださいね。目をつぶって胸のあたりに意識をおきながら問いかけると良いでしょう。思考が邪魔してきたら、ぜんぶ横におき、とてもシンプルな「イエス」か「ノー」だけをキャッチしてください。そして、最後のコメントです。ありがとうございます!!こんにちは。あゆかさんの本を愛読しています。(←ありがとうございます!!)よろしければアドバイスをいただきたいのですが、私は「何をしたいか」より「何処に住みたいか」が強いです。(←同じことですよ)住みたい場所が海外なので、言葉や生活習慣のことを考えると躊躇して旅行どまりなのですが、ハートに素直になると、その場所で暮らしている自分を想像してワクワクします。行く度に体にエネルギーが沸いてくるので、私なりのパワースポットになっていることは間違いありません。こういう感覚は本当の自分の声なのですよね?その場所で暮らしている自分を想像してなにに一番ワクワクしますか? 風景?建物?文化?海外にいるんだという感覚?それとも? これをテーマにスピリチュアルマップを描いて見られたらいかがでしょう?(まだでしたら) その過程でよりハートトークがはっきりしてくるかもしれません。 さて、私たちは理由を考えて「だから~~しよう」という行動にあまりにもなれすぎていて、理由なく自分の真意を探るということに不慣れになっているようです。また、すごく感じるのは、もしハートトークじゃなくてエゴトークだったらどうしよう・・・という恐れです。私にもありますから、そう迷う気持ちはよ~く分かります。しかし、そういった恐れ(不安)がある限り、いつまでも迷いは消えないでしょう。ただ、恐れは将来後悔したらどうしよう(間違った決断をして)といった将来への不安です。私はそんなとき自分に「失敗しても良いよ」と言ってあげます。幸せは自己愛から生まれるものであって、状況からでないのなら、失敗という状況からでもいくらでも幸せになれるのだと思い出すのです。それでは、また大変長くなりました。お読みいただきありがとうございま~す!
2009年01月25日
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なんだか・・・・・ぜんぜんイギリス便りがなく、タイトルを変えたほうがよさそうな気もするのですが、とりあえず私がイギリスにいるのだけは事実なので、このままにしておきます。おっ!今月末にバイロン・ケイティのワークショップに本屋さんの手伝いで参加するので、それはご報告できると思います!また、「奇跡の学習コース」(←私が提唱しているスピリチュアル心理学のベースの一つ)関連で、素晴らしい本を見つけたので、ミクシィの「スピリチュアル心理学」に時間が空いたときに、訳したものを少しづつご紹介していきたいなと思っております。(現在3月締め切りの次の本の執筆中のため、どれぐらいできるかは不明ですが。)さて、ご質問いろいろありがとうございます! ブログは字数制限がありますので、全部取り上げられずごめんなさい。まず、下記のご質問からです。ありがとうございます!ところどころ省略させていただきました。私にとっての不安を考えていくと、考えがこんがらがってきて、うまくまとまらないまま書きこんでしまいますが、すみません。不安というのは自分の親が死んだらどうしよう!?という漠然とした不安です。私は結婚し二人の子供もおり、両親も同じ市内に住み、いたって健康です。病気などはないのに関わらず、いつか親は死んでしまうことをふと考えると、そのとき私は立ち直れるだろうか?と本気でそのときの自分が今から心配です。整理して考えると私にとって両親は、愛情深いことがまず一番に感じます。また、その一方で、母はかなり厳しい部分もあり、真面目で、私が愚痴や悪口を話しても、それに乗らず正しいこと正論しか言わないという面があり、それがつまらなく、学生の頃はかなり反抗心で対抗し、泣かせたことも多々あります。<中略>この不安は甘えたいのに甘えられなかった、反抗ばかりしていたことの罪悪感などからきているような気がしますが、そこから先、どう気持ちを持っていっていいのかわかりません。また、母は最初の子を産んですぐ亡くしています。<中略>その赤ちゃんや母が感じた別れの悲しみをなぜか目に見えない力で私が感じていることもあるんでしょうか?うまく伝えれずすみません!どうかアドバイスお願いします!↑いろいろな角度からご自分と向き合っていらっしゃるようで素晴らしいなと思います。親が死んだらどうしようという不安は、それなりに多くの方がもっているかと思います。ただもちろん、不安の真の理由は個人によって違うでしょう。このときの探り方の一つは、親が死んでしまうということが自分に何を意味しているかを探ることです。たとえば、こころの深いところでなにかあったときに最終的に頼れるのは親だけだと思っていたら、親が死んでしまうということは、サポートがなくなる、足元の土台がなくなるということですね。またもし、おっしゃるような罪悪感から来ているのであれば、親が死んでしまうということは、何を意味しているのでしょう? 過去の関係を修復するチャンスを永遠に失い、自分を責め続けなければいけないこと?「それは自分に何を意味しているのか?」という問いで、一歩深く進めることもとても多いです。例えば、「夫が不機嫌なのがイヤ」→(それは自分になにを意味するの?)→「父も不機嫌なことが多くとても嫌だった、自分は違う家庭を築くつもりだったのに、同じことを繰り返している気がする」→(それは自分になにを意味するの?)「なにも変っていない」→(それは自分になにを意味するの?→「私はうまくやっていない」→(それは自分になにを意味するの?→「私はダメ」→自己価値の崩壊。ほんとうにそれが怒り、悲しみ、不安または他者攻撃であれ、こうやって掘っていくと結局自己価値の崩壊に辿り着きます。面白いものです。話を戻して、カウンセリングをさせていただいていないので、適切なお返事かどうか分かりませんが、目的は「なにを一番恐れているか?」を見つけることです。一気に「私は自己価値の崩壊を恐れているのか」とジャンプせず、目をつぶって体に集中しながら一つ一つていねいに問いかけて行ってみてくださいね。また、赤ちゃんについてはちょっと考えにくい感じがします。自分で不安を見つめていくうちに自ずとはっきりしてくるでしょう。お次のご質問です。ありがとうございます!去年から旧友たちの結婚のピークを迎えていて、私も心からうれしいのですが、「今じゃないと、年齢的にあぶないよ。」とか「ライフスタイルがかわっていくからみんな離れていくかもよ。」とズバッとものをいう子もいます。あゆかさんのお話でいくと、心から心配してくれている場合であっても意見発表である。 (←その通り!です。By あゆか)ということを思い出し、結婚は考えていないことを伝えました。その話題の後、喧嘩別れになるようなこともなく家路につきましたが、帰ってから急に怖くなりました。「変化したくないというエゴに取りつかれているのかな?」という恐れです。結婚をすると不幸になってしまうという恐怖感がこみあげてしまうのです。ずばりこの「結婚したくない」という気持ちはエゴなんでしょうか?↑思いには、声のトーンや感覚がありますね。たとえば、「おいしいものを食べにいこう」と考えたとき、おそらく軽やかなトーンでしょう。食べにい・こ・う♪みたいな。ハートトークは、晴れやかで楽しいトーン、一方、エゴトークは、いつもどこか脅したり、責めたりするトーン、または緊張した声、切羽詰った声などトーンですね。例えば、「30代のうちに結婚したい」と考えたとき、それが楽しいトーン、またはニュートラルな感じ(ハートトーク)なのか、切羽詰ったり、脅している声 “さもないと子供が生めなくて、惨めな孤独老人になるよ~、うひゃぁひゃぁ(←悪魔の声のつもり)”なのかです。ので、「結婚したくない」と思ったときは、「あぁ、晴れ晴れする」といった楽しい声なのか、おっしゃっていますが「結婚すると不幸になるよ~」という脅しの声でしょうか? 後者であれば、エゴトークです。だとしたら、その後は、「なぜ不幸になると思っているのか?」という問いを投げかけることですね。脅しの声は怖いので、私たちけっこうその声(思い)にしたがってしまったり、振り回されてしまったりしますね。では、最後のご質問です。ありがとうございます!子宮筋腫が見つかり、体調もおもわしくなく、精神的にも落ち込み、ココロとカラダは連動していると実感しています。自分でケアする方法として手当てヒーリングを温かいエネルギーの光を想像して、患部にあてていますが、このような感じでいいのでしょうか。↑ばっちりです。もしお読みでなければ、本ブログのDecember 5, 2006セルフヒーリング の記事もご参考にしてくださいね。さて、ハートトークに従ったのに、なぜか負担だけがのこるというご質問をしてくださった方、お返事したかったのですが、具体的なことがまったく分からないためにできませんでした。他にもお返事できなかった皆さん、申し訳ございません。では、いくつか違うトピックが入り、長くなりましたので、今回はこの辺で~!
2009年01月19日
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今日のロンドンは久しぶりに太陽!が拝めました。すごく短かったけど。さて、下記のコメントを頂きました。ありがとうございます! 長かったので省略いたしました。私は夫と子どもに恵まれ、経済的にも普通レベルで安定しているので、非常に恵まれていると感謝しています。けれど、現在の不景気や日本の年金制度のことを考えると、漠然とした不安があり、当然ながら倹約してしっかり貯金しています。で、本当は理想の注文住宅を建てたいけど、妥協してもっと安く買える建売住宅の購入を考えてしまうのですが、それは「堅実な考え方」ではないかと思ってしまうのです。けれど、主人(あゆかさんのことは知りません)などは心の声に従う人のようで、「理想の家を建てたい。俺は最悪な状況を常に考えていて、そこから上がる一方にしている。やりたいことは明確だ。大丈夫だ」と言うのです。まさに、あゆかさんが書かれていたことでしょうか?つまり「私は堅実で常識的な金銭感覚で考えているだけじゃないか?でも、それは不安ベースのエゴトークなのだろうか?そりゃ私も本当は理想の家を建てたいけど、ハートに従ってキツいローンを組むのは、地に足がついてない行為ではないだろうか」というのが、疑問なのです。もしよければ、教えていただけると嬉しいです↑これは、多くの方がもつ疑問かなと思いましたので取り上げさせていただきました。常識、堅実?それともエゴトーク? 軽率?それともハートトーク? どっちだろう? まず、社会は基本的にエゴワールドです。生き残りの不安をベースに出来上がっています。ハートトークを基準に生きている人たちもいますが、だいぶ少数派でしょう。ですから、基本的に社会常識のほとんどがエゴトークです。生き残るために「堅実に」「常識的に」生きることが良しとされます。 「まずは思い込みを捨てましょう」にも書きましたが(詳しく書いてあるので、読んでいなかったら読んでくださいね~)、この社会的に「正しい」とされている考えのために、ハートトークを抑圧している(やりたいことをあきらめる)人もとても多いと思います。もちろん、常識的に生きることは、エゴトークにしたがって生きることで良くないと言っているのではありません。本人が、それで満足して人生を過ごしているのであれば、なにも問題がないわけです。問題は、ハートトーク(自分の真意)といわゆる社会常識がマッチしないとき、私たちは悩んだり、混乱したり、または苦しくなったりします。さて、「本当は理想の注文住宅を建てたいけど、妥協してもっと安く買える建売住宅の購入」ということですね。この文だけでも、本心(ハートトーク)VS不安(エゴトーク)の構造が見えるような・・・。妥協して、もっと安く変える建売住宅にしたいわけはなにかな?と自分に問うとどんな思いがでてくるでしょう? 「ローンが払えなくなって、家に住めなくなって・・・」という思いがあれば、立派なエゴトークですね。(と実際書いてくださっていますが)さて、じゃぁハートトークとは、非常識になって、先行き考えずに行動することかというと、もちろんそういうことではありません。さて、この方の場合、自分の真意が、理想の注文住宅を建てることであるならば、それがハートトークですね。(念のため、私は「注文住宅でいきべきか、建売にするべきか」という話をしているのではなく、考え方を書いていますので、ご自分できちんと決めてくださいね。)で、どっちか迷ったときに、ハートトークを基準に選択すれば、より私たちのハートが喜ぶ結果に辿り着きます。エゴトークを基準に選択すれば、多少は安全な気持ちになれる(実際ほんとうに安全かどうかは未知数)でしょうが、ハート(楽しさ、喜び)には、辿りつかないでしょう。エネルギーが正反対ですから。さて、じゃぁもしハートトークを基準に選択したとして、達成するまでの道のりは、注意深く、頭を使い、必要なステップを踏んだり、リサーチをしたりすることが地に足が着いていることだと私は思います。例えば、もうすでにそういうリサーチをなさったかもしれませんが、この場合、まず自分がどんな家に住みたいか「具体的」に描いてみます。で、ありありとイメージするだけでなく、例えば、家のコストにはどこにどんなふうにかかるかなどをリサーチしていけば、自分の予算以内で、なにが可能で、なにができないかなどが多少見えてくるでしょう。または、なにかコスト削減のコツはあるかどうか、予算以内で収まる業者さんはいるかどうか、または通勤圏内でもっと地価の安いところはあるかどうかなどなどをリサーチしてみるなど。建売のほうがいつも安いかどうかもよく調べてみたら、案外低コストでドリームハウスを建てている人たちもいるかもしれません。または建売住宅の中に条件にぴったりのものがあるかもしれませんね。ポイントは、不安という感情を基にものごとを決定している限り、一見堅実そうに見えても、感情的な判断だということです。本当の意味の堅実な思考の判断ではないです。真の堅実な思考をするためには、不安という曇りのない明晰な心が必要でしょう。そして、現在安定しているのにもかかわらず不安が漠然といつもあるのなら、この不安は一体どこから来るのか、見つめてみても良いかもしれません。不安はなんの役にも立ちません。ほんとに。ということで、一度不安な思いには脇に静かに座っててもらい(笑)、建売住宅にするか、ドリームホームにするか、それを決める過程も心と視野を広げて楽しんでください!くり返しになりますが、こんな経済状況だからこそ、不安をベースに生きるのではなく、愛(情熱、楽しさ、喜び、etc)ベースにして、しかし、足はしっかり地に着けて行きたいですね。では、同じような内容が続いた気がしますので、次回はちょっと違う話題でいきたいと思いま~す。(また、コメントのご質問も歓迎です)
2009年01月11日
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2009年が始まりましたね。イギリスにいるくせに(クリスマスのんびりしていたのに)、お正月も日本にいるかのようにのんびりしちゃいました。(つまり、更新が遅れました)へへ。ミクシィの「スピリチュアル心理学」に参加してくださったみなさん、ありがとうございます! 私がイギリスにいるため、参加者のみなさんによって日本での情報が集まり、私以外のセミナーなどにも皆さんがどんどん出かけて、どんどん楽になる人が広がれば良いなと思っています。さて、今回は二つのコメントにお返事いたしま~す。最初はこちらです。コメントありがとうございます!あゆかさん、とても整理できません。2009年に向けて所謂シッティングを受けてきました。私の守護霊さまによると、「あなたは今付き合っている男性と結婚しません。一生涯、独身です」と言われて相当落ち込みました。私はアラフォー世代ですし、あゆかさんの本を読み自分を見つめてより良い関係を恋人と築いていきたいし、潜在意識を活用して自分の目標、キャリア・結婚を前向きに考えているのに、運命が決まっているのならば、どんなに自分を見つめても、どんなにネガティブな感情を解放したりと努力をしたとしても全て無駄なことなのかと感じガックリです。以前、ブログの記事にガイド様のメッセージを聞いて不安になったり、恐ろしくなったらば忘れてよしとおっしゃってましたが、どう租借して自分の気持ちを落ち着けたらよいか教えてくださればうれしいです。↑切羽詰った感じの始まりがなんか好きです。(からかっているのではないですよ~) さて、基本的に将来どうなるかを断言する占い師、チャネラー等を私は信じません。私ならそれがほんとうに守護霊様からのメッセージかどうかも保留にしちゃいます。また、もしそれが守護霊様のメッセージであったとしても、大切なのは自分がどうしたいかだと思いますよ。なんとなく文面から(間違っているかもしれませんが)、運命のもとには私は力がない、なにやってもダメと思っていらっしゃるかもしれませんね。しかし、人生のクリエーターはあくまでも自分で、運命ではないでしょう。ただ、いわゆる運命自体、生まれてくる前に自分が立てた計画と考えれば、それもひっくるめて自分が創造している人生といえるかなと思います。だだ、たとえ生まれる前に自分が立てた計画があったとしても(それを私は信じていますが)、私たちには自由意志があります。例えば、あるキャリアの道が用意されていても、その人が不安と恐れで踏み出さなければ、それは当然実現しないでしょう。そして、その人が不安を選ぶか、愛(情熱や勇気)を選ぶかに、神(宇宙意志、ソースetc)は介入してくることはなく、私たちの自由意志にかかっているということです。また、自分を見つめたり、ネガティブな思いや感情を解放したりすることは、自分が求めているもの、または状態を手に入れる道具だけではありませんね。それは、究極の幸せ、つまり魂としての自分を感じ、宇宙の意識とつながる魂の成長の道具でもあります。ですから、なんだ結婚できないなら、自分を見つめても無駄だという思いを、もう少し広げてみると良いかもしれません。(偉そうに言っていますが、私もはじめは、スピリチュアルを自分が欲しいものを手に入れる手段としか考えていませんでした。)私たちが真に求めているものは、キャリアの成功や結婚することではなく、それらが自分にもたらしてくれる感覚ということは何度も書きました。一度望んでいるキャリア・結婚が手に入ったら、どんな状態になって、どんな感覚になれるのか? そこを見つめてみると良いかもしれません。不安はつきつめれば、「食べて行けない不安」と「自己価値がなくなる不安」だと何度も書いてきました。反対にいえば、私たちが求めていることは、それが何であれ、つきつめれば、「食べていけるという安心感」「自分が好き(=私は価値がある)と思える心地良さ」に辿り着くでしょう。成功している私が好き、結婚して幸せになっている私が好き(不幸な私は好きになれない)などなどです。(ただ、「自分が好きになれて、それでどんな感覚になれるの?」などとさらにつきつめれば、永遠の平和、つきない愛の感覚など宇宙との一体感に辿り着きますよ。)さて、問題は(これも何度も書いてきましたが)、自分を愛していなければ、キャリアの成功も優しいパートナーもなにも自分を幸せにしてくれないということです。キャリアの成功とか結婚は、たんなる経験で、私たちを自動的に幸せにしてくれるものではないです。反対に自分を愛していれば、どんな状態でもかなり満足感が高いでしょう。そしてその状態になったとき、仕事の成功や結婚は求めるもの、目指すものではなく、選択するものになります。私は、結婚という経験を選択する、私は、~~として仕事することを選択する。この状態になっとき、ものごとは必ず実現し、自分が望んだ経験をすることができるでしょう。(この境地に辿り着くのが大変ですが・・・)自分の中にあるネガティブな感情がなくなれば、結婚しているかどうかにかかわらず、幸せが手に入ります。欲しいものが幸せであるのなら、努力が無駄になると思わず、自分を見つめてみると良いかもしれませんね。さて、もう一つのコメントです。長いので省略しました。さて「最悪のシナリオ」。記憶があるかないかの3歳頃から常にやってきたことですが、あゆかさんのように、そこで「どんな自分だったら私は自分が好きだろう」というところまでは考えられずにいたため、ただ最悪のシナリオに飲み込まれてきたのかな~と思いました。幼い私は「手のかかる子だとお父さんお母さんは今すぐに私を捨てる、そうしたら飢えて死んでしまう」と日々本気で考え、3歳児のくせに「毎日なんてツラいんだろう」などと思っていました。あれから30年以上経った今も、そこから思考停止してしまって前に進めない自分がいます。ハートトークができないどころか、マインドトークさえ、がちがちの無意識の信念に組み込まれているのか、言葉になって出てこない始末で、ワークに取り掛かることすら困難です(泣)。表面的にはつつがない人生を送っているかのように完璧に(?)繕っていますが、心は声が涸れそうなほど悲鳴を上げています。こんな私でも自分の人生を取り戻すことができるのでしょうか・・・? ↑まず、よく頑張って今までやってきましたねと心から申し上げたいです。そして、もちろん人生を取り戻すことができますよ。カウンセリングさせていただいていないのに、あまり迂闊にアドバイスは差し上げられませんが、最悪のシナリオを描くことを常にやっていたとすれば、相当体に不安や緊張がたまっているかなと思います。(この方の場合、最悪のシナリオを常に描いていたというより、そういうコア・ビリーフを持ち続けていたということでしょう。)と、同時に表面的にはつつがなく見せるため、無意識に感情や思いを抑圧するくせがついている可能性もあります。そうなると、じゃぁ、自分の思っていること、感じていることを見ようかと思っても、無意識に抑圧してしまい、なかなかでてこないでしょう。プロの方にフォーカシングなど、からだの感覚を感じるワークをしてもらうのも良いかもしれません。また、瞑想やヨガなど体がリラックスするエクササイズも、体がリラックスしてくれば、思いや感情もでやすくなるのえ良いでしょう。日本で誰かやっていれば、ネットワーク・カイロプラクティック(本←誰か訳して)やブレス・ワークなどもお薦めです。(呼吸を使って、抑圧されている感情を解放する) 体の緊張がゆるみ、つつがなく人生を送っているかのようにみせなくても大丈夫なんだとか、体も思いも全体的にゆるんでくるともう少し楽になるかもしれません。くどいようですが、カウンセリングをさせて頂いていないので、あくまでも参考にしてくださいね。それでは、自己愛がやっぱり鍵ですね。どうやったら自分を好きになれるか、など今年もいろいろ書かせていただきますので、本年もよろしくお願い申し上げます。
2009年01月06日
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