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民主党が圧勝したようですね。BBCのサイトでトップニュースになっていました。今後、ほんとうに変革が行われていくのか見守っていきたいものです。イギリスも次選挙で、労働党が勝つ見込みはゼロかと思いますので、今の経済危機は、多くのチャネラーたちが言うように、変化が訪れる前の膿だしの期間なのかなと思います。Let’s wait and see !一方、個人レベルでできることは、やはり自分の中の膿だし(抑圧された思いや感情の解放)だと思います。2012年に向けて波動が変化し続けているということを信じれば(私は個人的には信じています。ちなみに、そんな話知らないという方、「2012 アセンション」とグーグルで検索してみてください。)、この時期に自分へワークをしていると、地球全体の浄化と変化の波動に沿って、その後生きやすさが倍増していくだろうと思ったりしています。さて、みなさんいつもコメントありがとうございます! インターネットは巨大なエネルギーの場ですから、皆さんが愛のエネルギーを私のブログに残していってくださることにとても感謝しています。ネットの世界でももっと愛が増えるといいですね。そして何人かの方が、悩みを書いいた方に思いに「ツッコミ」を入れるというアドバイスをしてくださっていて、それも大変嬉しく思います。バイロン・ケイティもガンガジも、そしていろいろなマスターたちが「私たちの悩みの原因は、unquestioned mind(吟味されない思考=突っ込みを入れていない思考)だ。」と言っていますが、ほんとその通りだと思います。ある悟りを開いたマスターのロンドンのセミナーへ出かけたときのことです。参加者の一人(女性)が、「今まで愛についていろいろ模索してきましたが、永遠に続く愛というものが私には難しく感じられ、日々のなかでときどき混乱と迷いに陥るのです」というような話をしていました。それに対してマスターが返事をし始めると、途中でその話を遮ぎり、「あの、はっきり言ってしまいます。」と急に声を強め、何を言うのかとみんなが身構えたところ、「私は、ソウルメイトと出会って、その人と結婚して、そしてその人の子どもを産んで、happily ever after(一生幸せ)に過ごしたいんです!!」といいました。なにを言うのかと思っていた周りの人は、安堵感とおかしさでクスクス笑っていましたが、マスターが「OK、たぶんそういう夢を持っているのは、ここで君一人じゃないよ。」と言ったとき、会場全体がどっと沸きました。私自身も含め私たちは、なんだかんだいって「欲しいものを手に入れて永遠に幸せに生きたい・・・・」と思っているよな~と思いました。永遠の幸せを望むことは、なにも悪いことではないのですが、「欲しいものを手に入れる」→「永遠の幸せが手に入る」という図式で考えていると、たぶん遠回りというか、幸せよりも、苦しみのほうへ辿り着いてしまう可能性が大ですね。そこでマスターの使っていた表現がとても気に入ったのですが、「あなたの頭のなかには、ユーチューブがあるんです。そのユーチューブの映像の中では、自分が赤ちゃんを抱いて幸せそうにしているんです。あなたはその映像に執着していて、つまりイメージを追っているだけなんです。」と言っていました。私も、ときどきそういったツッコミをクライアントさんやセミナーの参加者の方に入れさせてもらうことがあります。例えば「どうしても結婚したい」という方に「それはどうして?」と聞くと、「愛されている感覚になれるから」「安心できるから」などなどのお返事をもらいます。そう思っているとき、その人の頭のユーチューブのなかは、「彼が優しくまっすぐ自分を見て微笑んでいる」とかいった映像(イメージ)が流れているのかもしれません。「彼と激しく口論し、お互いがムスッとしている」というイメージが流れていることはあまりないでしょう。(←結婚に対して抵抗がある人、矛盾する思いがある人は、そんな映像が流れているかもしれませんが。いずれにしても、自分のイメージにしかすぎません。)つまり、私たちは欲しいものが手に入ったとき「自分はこうなる」という美しいイメージがあり、それが今時分の手元にないことに悲しみや苦しみを感じたりしますね。そのイメージ自体は、自分が100%でっちあげたものなのですが、ツッコミを誰もいれないので、自分の中では「完全にそうなる」と事実化してしまっています。そして、自分のなかにある喪失感や寂しさ、悲しみや不安は、「それがないからだ」と思ってしまいます。「それ」がものであることもあれば、人の愛、または、人が自分の思い通りに動いてくることなど、いろいろでしょう。ところがスピリチュアル心理学講座に参加してくださった方は、ご存知だと思いますが、これらの私たちの中にある欠けた感覚(不安、喪失感、心もとなさ、などなど)は、神(無条件の愛)とのつながりの欠如から生まれてきます。つまり、自分の中の愛の欠如がそういった感覚を生み出すんですね。ちなみに繰り返しますが、幸せな結婚や仕事の成功を望むこと自体は、まったく悪いことではないですよ。それが今のつまらない自分の人生を幸せで楽しい人生にしてくれるからと思い込んで望むのと、私はそういう経験をしたいのだ、なぜなら人生を楽しみたいからと望むのでは、まったく違います。(前者は不安ベースで、後者は愛ベースです。)さて、話を戻して、子どもがすごく欲しかったのにできない(または、できなかった)または、結婚相手がなかなか見つからない、といったご相談のセッションをしていると、やはりその人のなかのユーチューブの映像をすごく追い求めていると感じます。そして、それを得ようと四苦八苦し、へとへとぼろぼろになり、自己憐憫や自己嫌悪の渦に陥ってしまっている方もけっこういらっしゃいます。私はもちろん、その方の楽しい映像を壊そうとしているのではありません。ただ、自分がでっちあげたイメージを追い求めるよりも、現実をよく見つめ(結婚や子供がほんとうに自分の不安や空虚感などを解決してくれるのか?、どんな思い込み、コア・ビリーフが自分にそんな感情を起こさせるのか、私は自分をどう見ているだろうか? などなどと見つめる)、自己愛を増やしたほうがうんと確実で近道だと思います。ということで、お知らせです。私のホームページに次回のワークショップは11月ですと告知いたしましたが、来年の1月に今のところ予定しています。ワークショップのやり方を今までと抜本的に変えようと試行錯誤していたためと、プライベートの理由で時期を変更いたしました。案内希望のメールを下さった方には、追ってメールでもお知らせさせて頂きます。詳細は、出次第アップさせていただきますが、「自己愛を養う」がワークショップのテーマになる予定です。宜しければぜひご参加ください!
2009年08月30日
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イギリスのメディアは、毎日のように「もう不景気は底をついたか?」「もう不景気から抜け出したか?」という見出しが多く、早く元に戻りたい(あの、浮かれていたときに)という人間心理が見えなくもない気がします。が、あるアメリカ人の経済学者の講演に出かけたとき(この話、以前にも書きましたが)、「今晩、この講演のあと、僕がテムズ川のほとりを歩いて、美しい月光に照らされる水面を堪能して、そのままホテルに帰るのと、パブに車ででかけて、しこたま飲んで、その帰りに人を跳ねて、その人が亡くなってしまったとすると、後者のほうが経済にははるかに貢献しているんです。」といい、だから、経済成長率という数字だけを見ても意味がないというようなことをお話ししていました。経済成長率が高ければ、私たちの生活も良くなるような錯覚がありますが、成長率と人の心の満足度が比例するかどうかは、かなり疑問ですね。日本のバブルがはじけたときは、私の勤めていた会社もはじけたので、思いっきり失業しましたが、バブルのときのギラギラしたエネルギーがなくなったことにとても快適さを感じていました。で、今イギリスのバブルがはじけて、私は今の方がエネルギーが好きです。お金じゃなくて、シンプルな楽しさ(ただ公園を歩くとか)を取り戻しているというか。とはいえ、日本のバブル後、銀行の中小企業にたいする貸し渋りや理不尽な対応にお腹が煮えくり返るほど腹が立っていましたが、まったく同じことがイギリスで起きているので、やっぱり人間のすることってどこも同じなんだと思わざるを得ません。ただ、イギリスの銀行が抱えている不良債権のほうが当時の日本の銀行よりはるかに大きく、回復への道は遠そう。今回の経済危機で、失業した人もとても多いですが、それの受け止め方は、人それぞれだと思います。で、やはりどう受け止めるか、そして自分をどう見ているかがその後の状況を決めるでしょう。そこをきちんと意識せずに、不景気だから・・・・と思って動いていると、あまり自分が望んでいるものは得られないかもしれません。「不景気だから、ぜいたく言わずにある仕事はなんでも引き受ける」という言葉をイギリスでもよく耳にします。確かにある程度妥協しなくてはいけない時や状況はあるでしょう。私もイギリスの貧乏学生時代は、自分ではつまらないと思う仕事も引きうけていました。ただ私の焦点と意識は、100%本の出版と今の仕事にありました。それがぶれたことは一度もなく、たまに友人に「それだけはっきりしていたら、絶対本出版できるよ」などと言われていましたが、ほんとうにその通りになりました。ちなみに、私の大学時代の友人は、「私の家の資産は3億あるの。だから、私は資産3億以上の人としか結婚しないわ」とそれこそ躊躇も(こんなこと言って自慢しているって思われないかしらとか)、恥じらいも(お金目当てなんて恥ずかしいかも、とか)、自慢げもなく、普通の顔ではっきりといつも言っていました。そして、大学4年生のとき、家の資産が4億の男子学生と出会い、その後結婚。私もあの時、「この子、これだけはっきりしていたら、絶対そうなるだろうな」と思ったのを覚えています。(ただ、二人の結婚が幸せかどうかは、また別の話し。)なにを書きたいのか分からなくなってきましたが、思考のなかに矛盾やためらいなどがまったくないと、行動が一環してくるので、必ず実現するということですね。あ、思い出しました。つまり、現在世界的な不況ですが、不景気のときは反対にチャンスも多いといいます。様々な状態、状況の人が今いらっしゃると思いますが、今後自分の人生がどう展開していくかは、今自分がどんな心境でいるか、今自分が自分をどう見ているか、自分が求めているのものは、はっきりしているかが決め手となるでしょう。というか、有難いことに「今」というときは、私たちに常に与えられています。そして、何事にも遅すぎるということはありません。自分の中にポジティブな思いを増やし、自分をポジティブに見ることができれば、それで人生がまずくなることはまずありません。ただ、カウンセラーとして、それが多くの人にとってとても難しいこともよく承知しています。ポジティブな思いを増やすとは、必ずしも「私はやれる!」とか、そういった思いのことばかりではなく、美しい音楽を聴いて感動しているとき、木々を眺めて穏やかな気持ちになっているとき、誰かの話しに共感しているとき、好きなカップでお茶を飲んでいるとき、子どもの振る舞いに微笑んでいるとき、コメディを観て大笑いしているとき(笑う角には福来る。←真実)、お年寄りにそっと手を貸してあげているときなどなど、私たちのなかにポジティブ(愛)なエネルギーが渦巻いています。自分の中にあるそういった感覚にちゃんと注意を向けて、「こういう気持ちがある私は、OKだ!」ときちんと認識してあげるといいですね。多くの人が、自分にはこれがないから、または、これができないからダメだと自分を否定的に見てしまったりします。そのため、上に書いたような自分の中にあるポジティブなもの(感覚)をすっかり見過ごしてしまい、自分をポジティブに見ることができなくなっています。自分の中にポジティブな感覚が増えていけば、自分の望んでいることもはっきりしてくるでしょう。何度か書いていますが、ハートトークはとてもシンプルです。「欲しいか、欲しくないか」「やりたいか」「やりたくないか」、イエスかノーかだけです。そこにごちゃごちゃついてくる思いをぜんぶ取り除いて、ハートに尋ねてみるといいですね。ということで、話があちこち行きましたが、世の中が好景気であろうと不景気であろうと、私たち次第です。地に足をしっかりつけて(現実もきちんと見定めながら)、自分の中のポジティブ(愛)な感覚を養い、自分のハートに耳をしっかり傾けてみましょう。生まれ変わるとはいえ、今回の人生は一度きり、精一杯楽しみましょう!良かったら、これをまた読んでみてください。→もし、もう一度人生がやり直せたら
2009年08月24日
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今日もグリニッチオークションへ行ってきました! 毎週行っているので、オークショナーに顔を覚えられ、“ハロー、レイディ”とウインクされてしまった。へへ。さて、前回、自分を見つめたことで楽になったという方のコメントがいくつかあり、ものすごく嬉しかったです。ありがとうございます!!大変励まされました。なまけ心と年中戦っていますが、まだまだブログ続けよう!と思いました。そして、今回はまた、頂いたご質問にお返事したいと思います。コメントありがとうございます! けっこう同じ疑問を持っている方が多いかと思い、取り上げさせていただきました。が、その前に、もしかすると多くの方のなかにあるかもしれない、という思い込みを挙げさせていただきま~す。 • 相手がどんなに悪くても、自分を見つめるということは、相手に対して、何も言わない、しないということだ。• 相手がどんなに悪くても、自分を見つめるということは、結局悪いのは自分だ。または、自分のせいだ。• 自分の内面が変れば、嫌な人が心を改めて良い人になったり、または、自分の前から去っていくなど自分は何もしなくても、状況や相手が勝手に変わる。• 悪いことが起きたら、それは自分がネガティブなものを持っているからで、自分のせいだ。• 相手が自分にひどいことをしても怒らないというのは、無感情、機械的な人間みたいだ。• なにごとがあっても平常心でいることがスピリチュアルな人だ。そうなることが目的だ。• 内面が変れば、すべてのこと、あらゆることがまったく気にならなくなる。(例えば、以前言われて傷ついていたことが、気にならなくなるという意味で、殴られても痛くない、気にならないということではありません。)これらのことは、私が説明していることでは、ぜんぜんありませんので、これらの思いをはずして、今回の記事も読んでみてくださいね。で、上記に挙げたことへの質問などもあるかと思いますが、あればコメントにお書きください。さて、コメントに戻ります。お返事しやすいように三つに分けました。以前、あゆかさんのパートナーが夜中にシャワーをして目が覚めた時の事がテーマだった時、あゆかさんは約束を破られたことに反応し心乱れたため寝られなかったですが、音がするために寝られない人にとってはどうなんでしょうか?<省略>内面が変われば寝られるのでしょうか?↑この記事のときは、?マークの方がたくさにたようですね。いえ、眠れないと思いますよ。私が以前書いたのは、シャワーの音がすっかりなくなった後も怒りで朝まで眠れなかったということです。音がうるさかったら、私は「眠れないので、静かにしてください」とはっきり言います。痴漢行為で胸や尻を触られても平気になるということでしょうか?↑これも同じです。嫌だと感じると思います。だから「やめてください!」とはっきり強く言いましょうね。私の友人(日本人女性)は、自転車でやってきた若者(イギリス人)に胸を触られ、頭にきて追っかけ、自転車から若者を引きずり下ろし、大阪弁でののしりながら、蹴りを何発もいれたら若者が泣き出し、やりすぎたと思ってその場を去ったとのことです。また、別の友人は、東京の電車の中で隣りの女性が痴漢行為に遭って嫌がっているのを目撃し、その犯人の手をつかんで持ち上げ、「この人痴漢です」と大きな声で言い、次の駅でホームに引きずり出し、駅員さんに引き渡したそうです。一緒にいた彼女の妹さんは、「お姉ちゃん、恥ずかしいからやめて」としきりに言っていたそうですが、立派な行為だと思います。(ちなみに、私は痴漢行為は強く否定しますが、その人自身は否定しません。)ここまでやらないにしても、嫌だという意思ははっきり表示することが、自分への愛だと思いますよ。上司に呼び出され、飲みに付き合わなければ人事や査定で嫌がらせをされるから、酒は体質的に受け付けないから飲まないのに嫌々いかねばならず、また飲み会辞退して参加しなかったのに、参加しないのが悪いと割り勘代請求されました。手取り9万くらいなのに一回の飲代だけで8千円だったこともあります。今の時代、高卒の私が他に就職を試みましたが出来ませんでしたし、仕事はこの仕事したくて運良くかなりの難関をクリアして入って、嫌いではないので辞めるのも出来ず、困っています。<省略>これらも内面が変われば、解決するのでしょうか?↑解決するというか、内面が変れば、見える世界(怖いと思っていた人が、怖くなく見えてきたり)が変り、したがって同じように考えないし、同じような行動をもう取らないということです。恐らく、自分の内面が変った状態が、イメージしきれていないのかもしれませんね。ちなみに、もし私なら、上司に「私は、今の仕事が好きですし、なんならもっと会社のお役に立てることができると思っています。でも、お酒のアレルギーがあって、飲み会へは参加できませんし、参加しないので割り勘代を払いたくないのです。そのへんを考慮してくださるととても有難いのですが」と素直に真意をこめて伝えることでしょう。それでも、なにも変らないようでしたら、自分の好きな仕事でも、不景気でも「自分には、もっと合う会社がある」と強い確信を持ってやめます。で、絶対あります。(これが正しい対処法だと言っているのではありません。人によって対処法は違うでしょうが、ポイントは、自分の意思をはっきりさせ、それにしたがって行動するということです。)内面が変わるとは、具体的にどういうことでしょうか? 例えば、長年抱いてきた怒りがなくなれば、自分の感覚はどう変るでしょう? 長年の罪悪感から解放されたら? または、自分はダメだという思いから、私はけっこういけているという思いに変ったら、自分の目に周囲はどう変わって見えるでしょう? おそらく多くの方にとって、とても難しいのは、現在の内面のままで、変ったときに自分の目に世界がどう映るかを想像することかもしれません。内面が真に変れば、自然に顔の表情、雰囲気、振舞い、または、、考えること、感じること、言うこと、選択すること、決断すること、行動などぜんぶ変わっていきます。ですから、当然経験することも変ってきます。思考→行動→結果、ですね。また、内面が変るということは、心の傷が癒え、ネガティブな感情や思い(=不安)が減り、自分の中に愛(自信、強さ、明瞭さ、etc)が増えるということです。怒りは、必ずそこに不安や心の痛みがあります。以前腹が立っていたことが、今はもう腹が立たない、それはつまり、自分のなかに暖かさ、愛が増えたから。そこには我慢もまったくなく、また、無感情とか機械的とかとは、まさに正反対な状態です。恐らく、自分の中に不安がうんと減り、愛がうんと増えたら、最初にあげたような思い込みは、自然に消えていくでしょう。
2009年08月15日
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イギリスは夏らしくない夏ですが、日本から友達が来たり、いろいろフェスティバルがあったり、このところアップが遅れ気味です。思えば、三つ目の会社を辞めたとき、空がとても高く青く、私はしばらく空を見上げていなかったと気づきました。そして、そのときもう二度と組織のなかで働かないぞと決心し、今すべて自分でスケジュールをコントロールできる生活がとても嬉しいです。ただ、すべての責任と決断もついてきますが。最初の会社では、尊敬する上司一人ととんでもない上司が二人、二つ目の会社では、尊敬できる上司が一人と、とんでもない上司が二人に、とんでもない同僚が一人、それからしばらくアート界でフリーの仕事をし、家賃が払えなくなりそうになり、あわてて三つ目の会社に入社。そこで、同僚がまいた噂をみんなが信じ、一ヶ月誰も口をきいてくれないといういじめに遭う。結局、その同僚のウソはばれて、普通の状態に戻りましたが、私の中では、不信感がふくれあがりすぎ、低給料、激務もあり、退社。そして、もう一度アート界でフリーで食べて行きたいと、アートマネジメントの勉強のためイギリスへ。さて、「とんでもない」を連発しましたが、当時の私の目には、良い人と悪い人がいて、たまたま悪い上司に遭った私は、アンラッキーで、私の悩みの原因は上司(または同僚)だと真剣に信じていました。同僚が、へんな嫉妬でウソの噂を立てるから、上司が密かに私の売り上げを自分の成果にしていたから、経理の彼女は、なんだかお嬢様で、お茶も嫌がってつがなければ、使ったコップも洗わない(なんで私ばかりがやっているの!)・・・。当時は、難しい人、困った人のなかをかきわけて、やっと生きているような感覚でした。学生のときまで男女ほぼ平等だったのに、社会に入ったとたん、男女差別やら年齢差別やらがどんなに大きいか知らされ、なんだか私の手にはとてもかなわない壁のなかで、なんとか工夫して生きていかなければいけないと感じていました。ですから、多くの方のエゴトークもよ~く分かりますし、コメントにときどき残してくださっているような仕事場での怒りなどもとってもよく分かります。しかし、今振り返って、やっぱり苦しかった本当の原因は、自分が作っていた(だから自分が悪いということではありません。悪いもの探しをしているのではないですよ)んだなと今は、とてもよくそれが見えるのです。職場を変えたり、恋愛の相手を変えたりして、楽になることはもちろんありますし、それが自分にプラスに働くのであれば、大いに変えればよいと思います。引き寄せの法則などは、自分にとって望ましい状況を引き寄せる方法を教えてくれていますね。で、それらを利用して、自分が今いる状況を変えようとすることは、それなりに楽しいですし、これも大いにやればよいと思うのです。ただ、自分の内側の世界が変化していなければ、私たちはずっと同じようにものごとを見て、同じように対処し、同じように行動するでしょう。つまり、自分が望む世界のなかに、もし「嫌な人」が侵入してきたら、また同じように怒ったり、苦しむ可能性が高いです。そういう意味で、私が一番嬉しいのは、自分の内側の世界がものすごく変ったことなんです。会社時代の同僚や上司を思い出して、今また怒りが沸いてくるということは、まったくなく、私の目に映っている社会は、東京で仕事していたときとまったく違うものになっています。スピリチュアルな教え、そして心のしくみを知れば、知るほど、私たちは内面の世界を変えていくことができ、それが外の世界(他者、状況)をどう扱うか、どう捉えるかを変えていく。その結果、生きるのが楽になり、やりたいこともやりやすくなっていく。奇跡の学習コースでは、「外の世界は、自分の内面の世界の鏡」と言っています。例えば、彼が自分を愛してくれないから寂しいとき、たいてい私たちの内面の世界は、自分が自分を愛していなくて空虚感があるとか、または、誰かに対して怒りがとまならいとか、周囲に怖い人がたくさんいるとかといった場合、自分の中に抑圧した怒りがたくさんあったり、不安をものすごく抱えていたりなどなど、です。どなたか怒りについてコメントを残してくださっていましたが、もし、誰かの態度、または自分への対応、または、誰かの言ったことに対して、ものすごく腹が立ったら、そこには必ず、自分のなかに抑圧された怒り、悲しみ(=心の傷、ボタン)が必ずあります。相手の行動があきらかに間違っていると思えば思うほど、私たちは自分を振り返る必要性を感じなくなってしまうものですね。(だって、間違っているのは向こうだ!向こうが、自分を振り返って態度を変えるべきだ!)ただ、一番大切なのは、相手がどれだけ間違っているかではなく、自分の心がどれだけ苦しいかですね。例えば、そこに抑圧された怒り(ボタン)がなければ、カーッと怒っても、そのあとケロッとすることができ、辛くなったり、苦しくなることはありません。どんなに自分が正しくても怒りが苦しみになるなら、そこは見つめてみる価値ありです。そして、もし抑圧していた怒りや悲しみを解放すれば、そこで内面の世界がだいぶ変ります。外界(状況)が同じでも、内面の世界が変れば、それはまったく違う人生です。空が高くて青いと気がついた日から、十五年ほどの月日が経ち、ぜんぜん違う感覚のぜんぜん違う世界に生きている自分を感じ、思うのです。自分を見つめるってなんだか地味で時間がかかるし、楽しい作業ではないかもしれないけど、十年後にまったく同じ気持ち(または、さらに苦しくなっている)で生きているか、それとももっと楽に生きているか考えると、やりがいは絶対あるなと。具体的にどう怒りを見つめ、どう解放していくかは、ブログでもちょこちょこ書いて行きたい(過去のブログにも書いてあります)と思います。が、ブログの限界がありますので、セミナーやワークショップにも来て下さい! さて、とはいえ、すべては選択です。私は「自分を見つめるべきだ」と言っているわけではありませんので、みなさんがご自分でどうしたいか、私の言葉を信じるかどうか、選んでくださいね~。
2009年08月09日
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