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だいぶ秋も深まってきましたね。秋は日本にいたほうが楽しいなぁと毎年思います。とくに食べるものが。お料理番組はたくさんあるのですが、なんか季節感がないというか、一年中食べているものが変らない・・・。それは私のせい?さて、今回もコメントにお返事させていただきます。いつもコメントありがとうございます!下記のコメントです。長いので省略させて頂きました。<略>話が飛んでしまうのですが、最近私は自分のやりたい事が、本当に「仕事にしたい」のかわからなくなってしまっています。スキルをあげる為に専門に行っているのに、思ったほど意欲的になれていない気がするのです。どんどん、ぽんぽんやっている人を見ると引け目を感じてしまい「自分は中途半端な気持ちがして」劣等感を感じて落ち込みます。負けるもんかと熱意を燃やすことも、熱意が無いなら辞めようと割り切ることもできず、中途半端な自分が嫌いでたまりません。今学んでいることとは別に、ずっと好きで続けている習い事はありますが・・・プロになる素質はゼロに等しいこともわかっているし、仕事にしようと考えたこともほとんどありません。他にも、趣味で見ているとドキドキ・ワクワク・キラキラするものはありますが・・・仕事と考えると、今一歩実現には躊躇するものがあります。どうしたら進むべき道をハートが答えてくれるのか、わからなくて苦しいです。いろいろな意味で、多くの方が陥りやすい罠(?)だと思い、とりあげさせて頂きました。ですが、「やりたいことが見つかる」スピリチュアル・マップを読んでください!と一言で終わりにしたい気分もありますが。さて、この方と場合、ハートトークはちゃんと聞けています。「ずっと好きで続けている習い事」もあるし、「ドキドキ・ワクワク・キラキラするものはあります」ということですので。ですから、ハートはちゃんと教えてくれているのですが、エゴトークが「いやいや、才能はゼロだよ」とか「いやいや、仕事となるとちょっと・・・」とか、ハートトークをぴしゃぴしゃ押さえ込んでいるんですね。この方に限らず、ハートトークをぴしゃりと押し込めながら、ハートの答えを探すという、かなり不可能で難しい道を選んでいる方は、大変多いです。多くの人が、自分の夢がどう実現するのか見えない、または、自分の好きなことがどう仕事につながるのか見えない、または、実現するように思えない、仕事になるとは思えないと、行動する前に、これらの思いでハートトークを却下してしまいます。また、多くの方が、“一応ほんの少しぐらいは先が見えないと・・・"、“これをすれば、こうなるという道筋が見えないと・・・"、好きなことを始めないか、または目指すことをやめてしまいます。そして、「きっとハートがイエス!といって、仕事になる道筋もはっきり見える何かがあるに違いない。そして、それは私が才能があると感じられて、自分が自然に自信がもてるなにかに違いない。そういうものがどうしたら見つかるだろう?」と意識的ではないかもしれませんが、無意識に探したりしている方も山ほどいます。(イギリスにもとても多い)基本的にハートトークは、“楽しい”とか、“好き”、“面白い”、“ワクワク”、“ドキドキ”と単語(?)を発しているだけで、いわゆる「進むべき道」というものは、教えてくれないんです。"楽しい"、"好き"、"面白い"、"ワクワク"、"ドキドキ"といった感覚を大切にし、それをどう持っていくかは、自分次第です。ところが、先ほどあげた状態を無意識にイメージしていると、永遠にないものを探すことになります。ちなみに、才能や自信は、振り返ったときにいつの間にかついているものかと思います。ただ、このとき自分をポジティブに見ていれば(つまり、自己愛が高ければ)、先が見えない状態でも踏み出しやすいですし、自分を否定的に見ていると、反対にエゴトークがわんさか出てきて、とても難しいです。ちなみに、仕事にしなければならないということもないかと思います。さて、コメントの文章にまた少し戻らせてください。 “どんどん、ぽんぽんやっている人を見ると引け目を感じてしまい「自分は中途半端な気持ちがして」劣等感を感じて落ち込みます。” ということですが、これもほんとうに多くの人、というか私も含めてみんなやっていることだなぁと思います。周囲と自分を比べて、自分を批判する。人間は、他者と比較する動物であると断言したいぐらい、無意識に自動的にやっていますね。この根底には、「自分の価値」という大きなテーマ(スピリチュアル心理学でいうエゴ)が隠れているからでしょう。しかし、ここで一番大切なことは、「今やっていることを自分は楽しんでいるか?」だけです。それに関して、他の人は関係ありません。他の人と比較していると、自分を見失いますから、シンプルな問いに戻られると良いかなと思います。私たちが混乱したり、決断ができなかったりするとき、その理由は100%エゴトークです。ですから、まず自分の思いを観察し(ただ、あれこれ考えているのではなく)、その思いを書き出し、まずどんなエゴトークがあるのか、もしかしてこれは思い込み?などと見ていくと良いかもしれませんね。さて、この流れで来年の1月のワークショップですが、今回は人数に限りがあるため、ブログで発表することはしませんでした。おかげさまで東京ワークショップはすべて満員となりました。大阪ワークショップが若干まだ空きがありますので、ご興味がある方は、ぜひご連絡ください。 (大阪ワークショップも満員になりました。ありがとうございます!)今回のワークショップでは、エゴトークを書き出し、コア・ビリーフなどを見つけ、それをEFTとEFTから発展し、まだ日本には来ていないMatrix Reimprintingというテクニックを使い、解放するエクササイズを行います。今後、ワークショップに参加できない方々のために、こういったテクニックなどを紹介したDVDの制作の計画もあります。できましたら、ブログでも宣伝させていただきます。(来春以降)さて、どんな悩みも、また願望実現にしても、また、病気の回復にしても、自己愛というのは必ず出てくるテーマです。究極的には、みんな自分を好きになりたいから、自分はOKだと感じたいから、頑張っているともいえるかもしれません。ということで、今後も自己愛をテーマにセミナーやワークショップを展開していきたいと思います。毎年キャンセルが必ず出ますので、キャンセル待ち希望の方もお問い合わせください。mailto:Info_ayukahealingspace@yahoo.co.jpワークショップ詳細&申し込みフォームは、→こちら。
2009年10月28日
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ロンドンはすっかり秋も深まり、冬の気配となってきました。長くて灰色の空の季節の始まりです。でも、お芝居観たり、素敵な音楽聴いたり、くだらないジョークたくさん飛ばしたり、おいしいもの食べたり、楽しむんです。ふふ。さて、今回は「自分を見つめる」って具体的にどんな作業?というあたりを書いてみたいなと思いました。というのも、「自分を見つめる」というより、原因探しや「自己分析」をしている方がいらっしゃるかもと思ったからです。例えば、「私が周囲の目ばかり気にするようになったのは、幼い頃の~~の経験のせいで・・・」と今の自分がどうして出来上がったかをいくつも探るのは、私が言う「自分を見つめる」とは少し違います。これをしていると、恐らく過去の嫌な思い出ばかりがでてくるでしょう。しかも、当時の出来事を再体験してしまったりすれば、どっと感情がまた出てきて、それをどうやって解放したら良いか分からないという、かなり辛い作業になるかと思います。もちろん、原因や理由を探らなくて良いということでは決してなく、私のセッションでも必ず聞きだしますし、その利点は大きいです。ですが、自分を見つめることで真に探しているものは、原因ではなく、そのときに感じた感情、思いです。当時の自分がどう感じたか、なにを思ったかです。それは、ほぼ99.9%潜在意識のなかに抑圧されています。私たちが普段考えている考えや感覚、感情は、この抑圧された感情、思いから出てくるんですね。なんで私は気がつくとのけものになっているんだろう? なんで私は、~~するとき不安がこみ上げてくるんだろう? なんで私は、こうも人を批判的に見てしまうのだろう?などなどは、潜在意識のなかにある思いや感情がたいていそのベースになっています。前回の記事のコメントに気がつくと友達の輪の中に入っていない、という方のコメントをいくつか頂きました。これも、こういった潜在意識の中にある思いのせいで、無意識のうちにそうなる行動を取り、そういう結果を作っているんですね。(思い→行動→結果)ただ、私たちが意識のレベルで気がついているのは、「なんでみんなグループになれるの?」「私だけ一人なんて寂しい」「でも、寂しそうな自分に見られるのはいやだ」などなどといった思いです。で、その意識レベルの思いに基づいてまた行動を起こす。あるクライアントさんは、「私は嫌われ役だ」という思いが潜在意識のなかにありました。ですから、人とつきあうと無意識に自分が嫌われるように振る舞っていました。また、あるクライアントさんは、幼稚園のときに砂場で仲間はずれにされたことが、無意識のトラウマ(ショック)になっていて(一見よくあるささいな出来事がトラウマになることもあります。)、始めから仲間に入っていなければ、仲間はずれにされないと無意識に自分を防衛していました。で繰り返しますと、この場合、あぁ、幼稚園のときに仲間はずれにされたから、今グループに入っていけないんですね、と理解することが自分を見つめるということではなく、そのときに感じたショックは体のどこにあるか?そのとき思ったことは何か?を見つけ出すことです。(一つではなく、いくつかあることが多いです。)そして、その体のなかにある感情や思いを癒していく(=解放、シフトを起こす)と、始めて気持ちが楽になり、違う行動が取れるようになれるんですね。ちなみに、私はその方法として、フォーカシングやアファメーションを使っています。最近、そのための新しいテクニックを学びましたので、1月のワークショップにも採用していきたいと思っています。ちなみに、ちょっと、「私は無力だ」と思ってみてください。体の感覚によく注意して、しっかり思ってみてください。どんな感覚になりますか? 呼吸はどうでしょうか? では、次に「私は、うまくやっている。OKだ」と思ってみてください。これもしっかり思ってみてくださいね。今は、体の感覚はどうでしょう? 呼吸は?ネガティブな思いは、私たちの体を緊張させます。呼吸も浅くなり、エネルギーのフローが悪くなります。反対にポジティブな思いは、体を解放し、リラックスさせ、深い呼吸ができるようになります。ポジティブ思考などの本は、意識レベルの思いにだけ焦点が行っているものが多いですが、大切なのは潜在意識にある思いです。(潜在意識は、意識全体の96%を占めている)もし、潜在意識にたくさんのネガティブな思いがあれば、体が萎縮し、それだけでとくに何もしていなくてもストレスになります。はっきりした理由がないのに憂鬱、疲れやすい状態になります。また、浮かんでくる思いも不安な思いが多かったり、、周囲の出来事、他者の言葉などをネガティブに解釈してしまい、ものすごく生き辛くなりますね。さて、自分が気がついていない思い(=潜在意識)に自分で気がつくことは至難の業です。その方法を知るのに一番良いのは、ロンドンのコースに来ていただくことですが、都合がつかない方も多いと思いますので、次にワークショップかセミナーに来ていただくとコツがつかめてくるかなと思います。ですが、意識のレベルでも深呼吸をし、「やりたいこと」が見つかるスピリチュアル・マップの178ページのエクササイズ(「ポジティブな流れに変えるエクササイズ」)や、またはホ・オポノポノなどを毎日やるとかもとても効果があるかと思います。★お陰さまで、ワークショップ“体の声を聴こう!”と、“荷物を降ろそう ~エゴトークを降ろして、自分をもっと好きになる!”の東京ワークショップは締め切りさせて頂きました。(1月9日と1月16,17日にお申し込みの方、抽選を週明けに行います。お申し込みの皆さん全員に今週中にお返事させて頂きます。★大阪ワークショップはまだ空きがありますので、詳細希望の方は、:info_ayukahealingspsace@yahoo.co.jpまでお問い合わせください。(お名前を忘れずに!)
2009年10月22日
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ロンドンの今週は、インディアンサマーと天気予報で言っていたように、太陽と青空が仰げる爽やかな日が続いております。さて、今回も頂いたコメントにお返事させてください。多くの方がとても良いコメントを寄せてくださり、いつもながら感謝しております。では、下記のコメントです。コメントありがとうございます!実家でも人の集まりでも職場でも、人といることがとても苦しいです。何を話せばどう答えればどう振舞えばみんなとうまくやっていけるのか全くわかりません。ありのままの私は、無口で無表情で反応が悪くてぼーっとしています。でも人に受け入れられたいし、仲間に入りたいから、精一杯がんばっては浮きまくって孤立して、家に帰って落ち込んでいます。以前は孤立するのが辛くてずっと一人でいたのですが(専業主婦だったので可能)、それでも人付き合いからは逃げられないことを知って今再び人のいるところに行くようになって、もがき苦しんでいます。↑これは、程度の差はあれ、多くの人が陥りやすい状態かと思います。人に受け入れてもらいたい、どう振舞ったら良いのだろう?、気がついてみれば常にそればかり考えて頑張っているけど、どう振舞っても受け入れられている感じがまったくしない。この状態は窮屈で辛いですね。自分がどんどん小さくなっていくような感じもするかもしれません。さて、私自身も、何を話し、どう答えて、どう振舞えばみんなとうまくやっていけるのかは、全くわからないです。私たちが、こう考えているとき、自分がどうしたいかではなく、他者が何を望んでいるか、他者は何が好きか、他者は何にOKと思うか、を考えているものです。で、それは“その人”または、“その場所”、“そのとき”によって変ってしまうので分りません。つまり私たちは、絶対答えが出ない問いをあたかも答えがあるかのようにずっと探し続けているんです。ですから、混乱の迷路のなかに迷い込んでしまい、もがいても、もがいても出られなくなってしまいます。じゃぁ、どうしたら迷路から自分を救いだすことができるのか? それは、やはり自分を主体にすることなんです。つまり、「私は、ここでどうしたいのか?」、です。「私はここで会話を楽しみたいの?」「私は(周りは、ではなく)どんなことが話したいの?」「私は、静かに座っていたいの?」といった「自分はなにをしたいか?」という問いです。ただ、このコメントの方にとってこの問いかけが恐らく難しいだろうと思うことは、「ありのままの私は、無口で無表情で反応が悪くてぼーっとしています。」と思い込んでいらっしゃること(ご本人にすれば、それが真実である証拠がいくつもあるかと思いますが)です。そんな自分が自分の好きなように自由に話をしたり、行動したら、嫌われてしまう、受け入れてもらえないという不安(これもご本人にしてみれば、経験から基づく事実と感じているかと思います)がたぶんとても大きいことです。皮肉なことは、他人からどんなに愛をもらっていても、またはちゃんと受け入れてもらっていても、自分への愛が欠けていたり、自分が自分を受け入れていないと、それがまったく感じられなかったり、「ほんとうに愛されている?」「ほんとうに受け入れられている?」と常に不安がつきまとったりすることです。幼い頃、自分がありのままでいるときに突然誰か(親や近い人たち)に、“あなたは愛想がないわね”とか、“黙ってばかりいないで!”とか言われると、私たちの心に「ありのままでいてはいけない」という思いが出てきます。親(またはそのほかの人)に愛されるためには、自分のままじゃいけないんだ、どうしたら良いんだ?どう振舞えば、私は愛されるの?という思いが生まれ、周りの目をすごく気にし始めます。そして、自分は愛想がないと思い込み、そう思い込むので、そういう振る舞いになってしまい(←無意識)、またどこかで「愛想がない」とか「つまらなそうにしているね」とか、誰かに言われたりすると、確信が事実に自分の中で変っていきます。生まれたときに「私は無口で無表情で反応が悪くてぼーっとしている」と思っている赤ちゃんはいないでしょう。(魂の性質、過去生から持ち込んだ経験の影響はあるでしょうが、これほど具体的で明白な意識ではないと思います。)つまり、どこかでそう思わされてしまっているんですね。私たちの性格はいろいろですから、ぼんやりしている赤ちゃんや、ニコニコ笑いながらはしゃいでいる赤ちゃんやら、いろいろな子がいますね。それを大人は、自分の尺度(価値観、思い込み)で、~~ちゃんは愛想がない、~~ちゃんは活発でかわいい、などと気軽にレッテルを貼ります。(私たちも、年中人にそういった判断を下していると思います。)さて、コメントの方の思いは、刷り込みだと決め付けたように話を進めていますが、カウンセリングをさせて頂いたわけではないので、ぜんぜん間違っているかもしれません。とりあえず、多いパターンでお話をさせていただいています。さて、刷り込みをどう解放していくかということは、ブログではだいぶ難しいのでトライしませんが、一つやれるかもと思うことは、「ありのままの私は、無口で無表情で反応が悪くてぼーっとしている」というのは、思い込みなのだろうか?と疑問を持つことはできるかもしれません。そして、「もし、これが思いこみなら(刷り込みなら)、ありのままの私は、どんな私???」と問いかけても良いかもしれませんね。これで何かが劇的に変ることはありませんが、少し風穴が開くかと思います。自分の中の否定的な思いがなくなり、ありのままの自分を(“このままでいいんだ、私。ふふ”という気持ち)少しづつでも好きになっていけば、自己愛が少しづつ増え、そうすれば醸し出す雰囲気(オーラ)が変り、いつか「彼女は、口数が少なくて大人しいけど、一緒にいるとホッとする」と言われたりするようになるでしょう。 (自分を受け入れていないほど、私たちは他人に受け入れてもらう必要性が増える。)さて、ちょうど良いテーマですが、来年1月のワークショップは、“荷物を降ろそう!~エゴトークを降ろして、自分をもっと好きになる!~”です。自分を受け入れるコツや、思い込みを解放するワークなどがあります。自己愛は、人生を楽に楽しく自分らしく生きる一番大切なカギだと思っています。1回(土、日週末)25名のワークショップを3回(東京2回、大阪1回)行います。人数に限りがありますので、詳細は、火曜日以降にメールリストにある方を優先にお送りします。内容の詳細希望の方は、mailto:info_ayukahealingspace@yahoo.co.jp まで「詳細希望」とメールをお送りください。(お名前を忘れずに!)
2009年10月15日
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昨日関東方面は、巨大台風が訪れたそうですね。イギリスのニュースにもなっていました。ロンドン近辺もバケツをひっくり返したような雨が降っていました。でも、今日はお天気。すべての状態は、必ず変化しますね。さて、今回はコメントと私書箱に残していただいたメッセージにお返事したいと思います。といっても、前々回のコメントに多くの方が反応していらっしゃるので、きっと多くの方のテーマなのかなと思い、前回ではないですが、お返事させてください。下記のコメントです。コメントありがとうございます! だいぶ省略しました。妊娠中の友達が、胎児のエコー写真をブログにアップしていました。それを見てからずっとモヤモヤしています。表面的な理由は、美人で、タイプの男性から一目惚れされて結婚して、簡単に妊娠できた彼女に対する嫉妬なのですが(汗)、ワークをしていくと、あゆかさんのおっしゃっているように幼少期の母子関係に行き着き、そのレベルで止まってしまいます。<略> 彼女の結婚式に誘われたときも、「そういう場所が苦手なので、ごめんね」と断りました(本当の理由は、彼女の幸福を喜べなかったからだけど)。そのときは、自分に正直に行動できたことが少し嬉しかったけど(メールと対面で2回はっきり断りました)、その後、彼女から「それでも時間空いてたら来てほしい」としつこく誘われ、なんて自分勝手なんだろうと怒り心頭、以来、私のほうから距離を置いています。幸せそうにしている友人に嫉妬心が沸いてしまう。これはよくあることです。私もいろいろな場面で、そういった感情を抱いたことがあります。しかし、人それぞれ違う魂の計画があり、表面だけ見ても分からないと知ってから、だいぶ楽になりました。ただ、このコメントの方がおっしゃるように心の傷を刺激していると、頭で理解しても、あぁ、そうかとおなかにストンとなかなか落ちませんね。ですから、実は直面していること、自分を真に悩ましていることは、赤ちゃんのエコー写真でも、そのお友達でもなく、自分の中の癒されない心の傷です。お友達は、「ここにあなたが癒すと良いキズがありますよ。」というお知らせ係です。(だいぶしつこいお知らせ係?)社会には、たくさんの「べき」がありますし、これは礼儀が正しい、これは失礼といった「常識」もたくさんあります。また、もちろん一見人間関係の問題に見えますから「友達の気持ち」ということを考えたりもするでしょう。しかし、やはりここで一番大切なのは、「自分がどう感じ、どう思っているか」なんです。それ以外は二の次です。もちろん、社会常識や相手の感情はどうでも良いと言っているのではありません。物事には順番があり、酸素マスクをつけていないお母さんが子供に酸素マスクをつけてあげられないように、いっぺんにすべてを同時に押さえられないことが人生にはたくさんあります。今、自分が友達と会えないと思うなら、無理やり自分を苦しませず、逃げるが勝ちで距離を置いても良いでしょう。ただ、それでは逃げる人生になってしまうので、ここでしっかり自分と向き合い、自分の中の欠けていると思っているものをよ~く見つめてみます。私たちの中から沸いてくる嫉妬心は、潜在意識の中になんらかの思いが原因です。意識上では、“彼女は簡単に結婚して、簡単に妊娠したから”とか嫉妬の理由はいろいろあるでしょう。しかし、これはあくまでも意識上の思いで、嫉妬の原因となっている真の思いは、お母様との関係で幼い頃に作られた思いです。これは、恐らく当時でも無意識に感じ(思った)ことで、自分では自覚していない思いです。カウンセリングでは、その思いを見つけるために、問いかけをしていったり、またフォーカシングをやったりします。フォーカシングの良いところは、その思いが見つかると、なにもしなくてもすっと体から抜けていくことです。ちなみに、1月9、10日に東京でフォーカシング(& etc)のワークショップを行います。(来週あたり来年1月のワークショップ全体の詳細を発表しますが、人数に限りがあり、メールリストにある方を優先しますので、ご希望の方は、mailto:info_ayukahealingspace@yahoo.co.jp まで「ワークショップ案内希望」とメールをください。)話がそれました。で、幼いときに感じた思いというのは、体験から来ているのでもちろんとても現実味があります。しかし、同時にとても主観的な思いなんですね。つまり、必ずしも全体を把握してない(とくに子どもは)、偏った思いだったり、刷り込まれた思いだったりします。感じていたこと、思ったことが間違っているという意味ではなく、そこにはウソ(真実でないこと)が混じっているということです。ただ、私たちの多くは、その思いを深いところでしっかり持ったまま大人になり、その思いを刺激する場面があると、嫉妬心が沸いたり、無性に腹が立ったり、悲しくなったり、または人やものごとに不安をもったりします。幼いとき、お母様の関係で自分はいつもどう感じていたでしょう? 目をつぶって体に集中し、当時の自分はなにを考え、思っていたでしょう? 自分は愛されていないと感じていたとしたら、それは、なぜ愛されていないと自分では理由づけていたでしょう? 自分にはなにが欠けていると思っていたでしょう? こういった問いかけから、潜在意識の思いが見えてきます。幼い頃に戻らなくても、例えば、もし友人の赤ちゃんのエコー写真を見てもやもやしていたのなら、その「もやもや」は体のどこにあるでしょう? そこによ~く集中して、もやもやが口を持っていたらなんと言うでしょう? などと問いかけても(実際のセッションは、さらにもっと問いかけていきます)、行き着くところは同じかと思います。1年後には自分も素敵な人と結婚して、かわいい赤ちゃんがをもうけると分っていたら、たぶんその友人に嫉妬は、あまり沸かないかなと思います。ですから、嫉妬は「自分にはそれが手に入らないかもしれない」という大きな不安です。つまり、それが手に入らないということは、自分にとっては、それこそ生きる気力もなくなるような何か、または、それがないと、常に不安な状態でいなくてはいけないとか、ものすごく大きななにかが自分の人生にないことを意味しているんですね。だから、たかが嫉妬ですが、とても苦しいんです。自分には、何が手に入らないと思っているのか、深いレベルの思いを探ってみましょう。ただ、その大きな何かは、自分にないと思っている(育った環境のせいで)だけで、実はちゃんとあるんです。一度も自分からなくなったことはないんですね。それに真に気がついたとき、大きな癒しが訪れます。ブログでは、どうしても限界がありますので、耳たこですが、行き詰まったら、誰か(セラピストやカウンセラー)に手伝ってもらいましょう!
2009年10月08日
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コース開催中につき、更新が非常に遅れております。さて、もう10月になりました。今年もあと2ヶ月で、月日が経つのは早いものです。って、今アップしようとしたところ、コメント欄ががんと増えていることに気がつきました。で、もし、どなたかのコメントの内容(その人の言動)に批判の心や怒りの感情が出てきましたら、それは自分のなかに癒されていない思いがあるからで、相手が悪いのではないんですね。相手を責めたくなる気持ちは、とても分かりますが、そこでぐっとこらえて、なんで?なんで私はここで感情的に反応するのだろう?と振り返ると、とても貴重なものが見つかるでしょう。さて話を戻し、ロンドンのコースは、カウンセラーになるという以外に、楽になるツールを持って帰っていただくというのが、コースのもう一つの大きな目的です。フロイトは“セラピストの役割は、クライアントを深く苦しんでいる状態から普通に惨めな状態にもっていくこと”と言ったそうです。フロイトってけっこう皮肉屋さんなんだと聞いたときは、笑ってしまいました。普通に惨めな状態とは、すごく幸せな感じはないし、なんだかつまらないけど、日常生活はできるといった状態です。つまり、多くの人の状態かなと思います。さて、なんでこんなことを書いたかというと、癒し(楽になる、幸せになる)には段階があり、苦しい状態から一気に“とっても楽で幸せ!”という状態に短期間でなることは、あまりないということなんです。(例外は、もちろんいつもあります)こう書くとがっくりする方もいらっしゃるかもしれませんが、短期間で、またはちょっとしたアドバイスをもらえば、自分の悩みを解決できると思っている人がそれなりにいらっしゃって、“まだ良くならない”と悶々とする方がけっこういらっしゃいます。しかし、癒し(楽になる、幸せになる)の道は、ある意味失った自分を取り戻す道でもあります。以前にお薦めした本(The 12 Stages of Healing by Donald M. Epstein)には、そのへんがとても分かりやすく説明してありますが、翻訳が出ていないようなので、ここで一部をものすごく簡単にまとめますね。で、ものすごく苦しい状態、または私たちが絶望を感じているとき、私たちが深いところで感じているのは、“私はどうしたら良いかわからない。 なにも手段はない。”です。(第一段階)もし、自分にどうしたら良いか分かれば、または、誰かがどうにかしてくれるだろうと思っていれば、苦しいけど、真の絶望にはいたりません。その状態から、“誰かが助けてくれるかもしれない”(第二段階)という思いが出てきたとき、少し前向きな姿勢になります。助けを求め始めるのは、ですからとても良いサインなんですね。で、自己啓発の本をたくさん読んだり、セッションを受けてみたり、そこで少し楽になったりするかもしれません。この段階で、私たちが深いところで感じているのは、“私はには力がないけど、セラピスト(医者、先生、etc)には、私を良くする力があります”です。こう深いところで感じているので、あるところまで楽になった(良くなった)けど、それ以上楽にならない、またはまったく変化がないとなると、セラピスト(医者、先生、etc)が悪いと思うんですね。(実際、藪医者、藪セラピストもいますが)そこで、 “自分にあったセラピスト、方法さえ見つかれば、私は楽になる、幸せになる”と思い、いろいろなセッションを受けたり、様々なセミナーへ出かけたりします。これは、もちろん間違っているということではなく、単に癒しの段階を書いているだけですので、自分はそうだと思った方は、あぁ、私は今その段階にいるんだ、なるほどね、ふ~んと流してください。そして、いろいろな本を読んだり、セミナーなどへ出かけたり、またはセッションや治療を長く受けていくうちに、だんだん“私はいつもこういうパターンを繰り返している。ということは、私が変れば良いんじゃないか? 私の中に鍵があるんじゃないか”と感じ始めます。この段階で、私の本を読んでくださっている方が多いかなという気もします。つまり、自分を見つめてみようという思いが出てくる段階です。(第三段階)何も手はないと絶望していた段階から、誰かが助けてくれるかもという希望を持ち、そして実際にいろいろ試してみる、そして、次に“自分の中に鍵があるかもしれない”という思いに発展していきます。これは、だいぶ大きなステップです。ですが、次のステップが癒しにとって非常に大きなステップで、それは、“もう、こんな状態は嫌だ!私はどうにかするのだ!”という段階です。(第四段階)今の常態が嫌だと思いつつも、深いところではそこに留まっていたいという思いがあったりすることも非常に多いです。(とくに苦しみが慢性化しているケースなど。苦しい自分が自分のアイデンティティになっているので、そこから抜け出すことは、アイデンティティの喪失になり、不安が大きくなる。または、自立しなくていい、周囲が親切にしてくれるなどなどといった隠れたメリットがある場合など。)ですから、もうとことん嫌だ、こんな状態には徹底的に愛想がついた、とにかくどうにかしたい!と感じるのは、とても良いんですね。つまり、“私が”と自分がやるのだ(私には力がある)という意識が出てきたということで、こうなると、癒しのスピードはぐんとアップします。ここで、12段階すべてをまとめることはしませんが、第3とこの第4段階の差は非常に大きいです。また、第2段階でずっと止まっている人もけっこう多いです。何をやっても、誰にみてもらっても楽にならないと感じている方は、その可能性があるかもしれません。何度も言いますが、それが悪いということではありません。たんに今自分がどんな状態いるかということです。自分が今どの状態かを批判的な心なしに把握することは、きっと役に立つでしょう。もちろん、個人差がありますので、全員が第1段階から始まるわけではありません。人によっては、第2段階と第3段階が一緒に起きたり、いきなり第4段階から癒しの旅を始める人もいるでしょう。さて、なんだかとっても講義みたいになってしまいました。が、つまり、ものごとには段階がありますので、一気に楽になることを目指して(気持ちはよく分かりますが)、“まだ楽にならないのか”とため息をついて(これも気持ちはよく分かりますが)、第1段階に後戻りしない(どうせなにやっても無駄)でいらえるといいなと思います。私のブログを読んでくださっているということ自体が、旅を始めている証拠ですので、まだすごく楽になっていなくても、なにかは進んでいるはずですから(見えていなかったことが、今は見えているとか)、お茶でも飲んで、体と頭をリラックスしましょう!
2009年10月01日
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