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日本の義務教育の夏休みは本日が最終日ということで、この8月31日は某大竹あほ院長患者氏の誕生日であり、明日はウチの父の誕生日ということで、某大竹あほ院長の誕生日はどうしても忘れたくとも忘れられないのであった。アメリカの大学の夏休みというのは、私が行ったコロンビア大学ともういくつかの大学では、大体同じく、5月途中から9月途中までという、約4ヶ月くらいが夏休みになる。夏休みと行っても、「サマーセッション」といって「夏学期」を受講して単位をとることもできるのだけど、それでも少なくとも2ヶ月くらいは休みになる。今では注射器の使用が厳しいのでやってるのかどうか知らないけれども、小学生の頃の夏休みの宿題で一番嫌だったのが「昆虫採集」だった。その割に、小学低学年の頃は、捕まえたカエルを洗濯機に入れて目を回させたりしていた。子供って・・・案外、残酷なもんですよ。昨夜はテレビで初めて日本語吹き替えの「インデペンデンス・デー」を見た。この映画も、別に特に好きという訳ではないけれども、多分、12回くらい見てる。見る度に、いろいろと気づくところがある。あの映画はアメリカ受けする典型的な映画で、特に、宇宙船に向かって最終的に攻撃に向かう時に、飛行機の上で演説する大統領の台詞は、いかにも「アメリカ的ノリ」で、果たして、例えばオバマ氏が大統領になって、宇宙人が攻めて来た時、あのような演説ができるかどうか・・・怪しい。何となく、民主党優勢的な状況のように伝えられているけれども、共和党は若い女性知事を副大統領に指名したことで、どっちがなっても、「黒人初大統領」であり、「女性初副大統領」になる。なんとなく、私の感じでは、ふたを開けてみると、結局共和党が勝つような気がする。オバマ氏はヒラリークリンントンとの協調性をなんとか強調することで、民主党内の内紛をひた隠しにしているのが、もうモレてきているし、なににせよ、黒人初大統領誕生かと言われているわりいは、オバマ氏の黒人からの指示はそれほど大きくないという痛い立場がある。それは、黒人空見ると、オバマ氏はすでに「自分を白人と思っている」などという、反発があるからで、果たしてどうなることやら。ああ、なんだかつまんない日記になってしまいましたが、やはり、健康じゃないと余り元気ないですね。
August 31, 2008
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今から45年前。1963年8月28日に、マーティン・ルーサー・キングJr.は、ワシントンD.C.で、「I have a dream」という、後世語り継がれる演説をした。その演説で特徴的なのは、その言葉が、まるで音楽のように、マイナーな、つまり、長調ではなく「単調」のメロディーラインにのって、そして、いつくかのフレーズを繰り返すことで、人々の心をとらえた。彼は1968年4月4日に暗殺され、その時の様子をくまなく写真に納めたフォトジャーナリストが、のちに、私の大学の部学長で、私の瞬間と場面を切り取る「見る目」を認めてくれて、本当なら2つ目の大学に進むほどアタマに余裕がないというか、もう勉強したくないですって状態だったのを、学部に入学することをすすめ、結局、私はそうして、フォトジャーナリズムの勉強までしてしまった。ある日、大学から生徒2名がヨーロッパに行くことになり、その一人が私だった。行き先はドイツだったけれども、途中でパリに寄り、パリで他の教授達と食事を許された私たち生徒は遅れて来たその学部長の言葉に、同じ反応をした。それは、「いや~~ロベルト・ドワヌーと会ってたら遅くなってしまったよ」ロベルト・ドワヌーという写真家は、パリのカフェの前でキスを交わす写真で一躍有名になったフランス人の写真家で、私もその写真は良く知っていたけれども、余りにも古い写真だったから、『ええええ!まだ生きてるんですか!?』という驚きだった。そういうと、部学長はニヤリと笑い、『わたしも時々、もう死んでいるかと思われているけどね』それくらい、歴史に関わってきた人だった。だった・・・って、まだ健在だけど。あなたには、夢はありますか?そして、私は今でも放送上は「フォトジャーナリスト」として紹介されることがあるけれども、本当は、2001年9.11の連続テロ以降、フォトジャーナリストであることをやめた。なぜなら、私はその時に、プロとして「フォトジャーナリスト」に徹することができなかったから。私は何度も言うように、「プロ」というのは、アマチュアとは確実に一線を画した本当の「プロフェッショナル」でなければならない、という信念があって、私はあの日、まだ崩壊したばかりのツインタワーの煙が立ち上がるニューヨークから最初に日本に向かって「生」の放送をしたジャーナリストとして、それがために、私の特番がニュースのコーナーに出来たりしたけれども、本当は、私にとって、あの9.11のテロは、私が「フォトジャーナリスト」をやめる決心をさせた出来事でもあった。なぜなら、私は、他の、ピューリッツアー賞でも狙いたいようなフォトジャーナリストのように、逃げ惑う人達や、身内の安否を気遣う人達や、大切な人を失って泣き続ける人たちに向かってレンズを向ける気になれなかった。私は、シャッターを押すことすらできなかった。私には、その人達の「想い」のほうが伝わってきて、単に「仕事だから」という理由で、心の中に土足で入るようなことができなかった。どうしても、できなかった。失格だと思った。飛行機が墜落事故など起こした時もそうだった。私は空港に駆けつける遺族に向かって『今、どういうお気持ちですか?』などという、馬鹿げた質問をするようなまねはできなかった。大切な人を亡くして、そして、『今、どんなコトバをかけて差し上げたいですか?』なんて、とんでもなく馬鹿げた質問で、無礼だと私は思う。学生だった頃、マグナムに憧れて(マグナムはパリを本拠地としたフォトジャーナリスト集団である)インターンで行こうかと思ったこともあった。私が敬愛する、アンリ・カルティエ-ブレッソンもマグナムのメンバーだった。8月22日はその、ブレッソンの生誕100年だった。
August 29, 2008
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♪ひとりに~ひとつ~大事な~命~(某コマーシャルソング)♪と歌いながら、風呂場で入り込んできた蚊のような虫を片っ端から退治するのであった。そう歌いながら、ふと、「一人二人」と数える対象を殺したら犯罪だけど、一匹二匹‥‥と数えるような他の数え方をするものを殺しても、犯罪にならないことがほとんどだな・・・と思った。そうでなかったら、私たちは皆、菜食主義者にならねばならない。今日、ふとしたことで、このブログのタイトルの変更をした。まあ、気づいていらっしゃった方はほとんどいないと思うけれども、このブログは過去に、すでに、3~4回くらいタイトルが変わっているのだった。管理人の気まぐれというかなんというか、今日はBIHADAの「バラの香り」の風呂に入っていて、「そうだ。楽天のブログの名前を変えよう」と思いついたのだった。楽天のタイトルはコロコロと良く変わるけれども、本丸は2000年3月からずっと、変わらずにそのままある。あそこは、別の世界だから。別の人がやってるし。って、私だけど。私は昔から「タイトル」や「あだな」をつけるのを得意としていて、本当の名前は覚えられなくても、あだ名は結構古いものまで覚えたりする。以前、楽天にお店があって、突然追放された、ジュエリーキホウの店長は、私の中ではすでに「おっちゃん」と定着していて、たま~~~~~に、用があって電話する時、「はて、おっちゃんは名前、なんだったっけ?」と古いメールをひもといて、名前を確認して呼び出してもらっていたりする。何故だかわからないけど、よほどインパクトがある名前じゃないと、覚えられないのだ。今まで「ムシャラフ大統領」だったのが、大統領を辞任したので、今では『ムシャラフのおっさん』になってしまっている。ああ、今日は何か書きたいことがあったのだけど・・・忘れてしまっている。思い出したら、また書くことにしよう。そうしよう。
August 29, 2008
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このところ、なんだか調子が悪く、何故かというと、ここによく登場する「元アホカレ」が夢に出て来て、一番嫌だった頃の感じを再現するのですよ。といっても、見ているのは「私」なんですけどね・・・・。この間、「霊能バアさん」に、この夢の話をしたときも、別に私がどーのこーのというより、『あっちが見ているのを、感度が鋭いあなたがキャッチしてしまってるんでしょうね・・・どっちにしろ、タチの悪い人だわ。ほんと、一緒にならなくてよかったわね・・・』と言われたのだった。お盆も過ぎると、一旦、なんとなく涼しくなって、今更、おどろおどろしいことは必要ないくらい涼しく感じる夜なのに・・・。今朝は、かなり長時間、半覚醒状態で夢を見ていて、すごくつらかったわ。それで、この世に戻ろう・・・と思って友達に電話して、夢の話をしたら、事情を知っている友達なので、「ほんと、しつこいというか、きっと、今、幸せじゃないんだろうね・・・例え仕事なんかではうまくいっても、家庭的には幸せになれるようなこと、してないしね・・・・。」と言う。私は『とにかくさ、私、あの人とは一生会いたいとも思わないし、接点もいらないし、かかわり合いになりたくないし、風の噂も聞きたくないし、もう、本当に、忘れているのに、思い出させるように夢に出て来て気分を害させるって、ひどいよ』と怒る。傷ついたのは私一人じゃない。他にも、何の罪もない女性を傷つけて、自分の利益をあげた人だ。バンパイアじゃないから、十字架もニンニクも効果なさそうだしねえ。どっちかというと、ニンニク味が好きな人だったしなあ。それにしても、ムシャラフを辞任に追い込んだパキスタンの連立政権は、ムシャラフ大統領辞任後、わずか2週間で崩壊してしまった。そういう国なのよ・・・。パキスタンは、今一度、世界地図を広げて、自国のロケーションと、現実の立場を理解したほうがいい。悪化するアフガニスタンに到達するには、パキスタンの陸と空域を通らねばならいということ。宗教が絡んで人が命を落とす度に、宗教って、残酷だと思う。所詮、人間が作った集団に過ぎないのに、聖書だって、人が書いた書物なのに、どこか見えなくなってしまっている。「♪Imagine there's no religion (宗教なんてないと想像してごらん)♪」ジョンレノンは歌った。しかし、吉田茂前首相は、「死んだら、カトリックになって、天国泥棒をしてやろう」といきまいて亡くなり、お亡くなりになったらすぐに、神父様が洗礼を授け、ヨーゼフ・トーマス・モアとして天国に行かれたそうな。なんだか、あの世のほうが、楽しいそうな感じがしてしまうのは困ったものだ。
August 27, 2008
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早いもので、注文した翌日にはとどきました。意外性のある色づかいに惹かれて買いました。今日は余り元気がないので、おもしろいことは書けそうにないです。子供の頃は、とにかくイギリスに住みたくて、中学の頃にはすでに高校以降はイギリスの学校に進むつもりでいたのだけど、途中で、F1のカメラマンになりたくなって、スイスの学校に行こうと行き先が変わったのです。何故、F1はスイスかというと、当時はヨーロッパが中心で行われていたレースだったので、スイスが位置的に丁度良かったのです。今は、イギリスに住みたいか?と言うと、あんなに天気の悪い所には住みたくないなあ...と思っていて、私にはやっぱりニューヨークだと思う。あとは、パリ。番組でイントロ早押しクイズなどあると、邦楽のものはほとんどわからないです。子供の頃からブリティッショロックで育って、日本の音楽やアイドルには全く興味がなく、ひたすら、思いは西へと向かっていた。今思えば、幸せな時期だったと思う。ビートルスの音楽を耳にする度に、あれから40年過ぎても尚、色褪せない音楽はやっぱりベートベンクラスの優れた音楽だと思う。全く、古さを感じさせない。そして、何度も言うように、ビートルズの最高のことは、再結成を絶対にしなかったことにあると思う。子供の頃、ロンドンで、シャールックホームズがかぶっていたような帽子をかぶっていたことがある。まだまだ、子供だったから、それが楽しかった。コペンハーゲンに行った時、その帽子をかぶって、人魚姫の前で写真に写っているのが残っている。コペンハーゲンという国はコペンハーゲン語(?)なのかさっぱりわかなかったけれども、英語が話せると、大体、どこの国でも一応、無理なく行ける。丁度、移動遊園地のようなものがあったので、そこで友達と一緒に色々な乗り物に乗って遊んだ思い出がある。それ以来、デンマークには用がないので、ずっと行っていない。ただ、町全体がまるで絵本のように可愛くて奇麗だったのがとても印象的だった。まだ、再手術の日程が決まらず、ちょっと落ち着かない。来年までは、休養するしかないと、諦めているけど。
August 26, 2008
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北京オリンピックはなんとなく無事に終わりました。閉会式は開会式より短いのでライブで(といっても数秒、遅らせているとか・・・)見ました。あの国って、中国曲技団があるからか、ああいうアクロバット的なことには長けてますね。色使いなどは、思ったよりは奇麗だと思いましたが、あれもCGなのかなあ。ものすごく、色んなことを隠して、いいとこだけを世界に紹介しようとしている感じがとても良く伝わったオリンピックでした。閉会式の時、次回開催国のイギリスのロンドン市長が出て来て旗を受け取り、イギリス名物の真っ赤な二階建てバスが登場して・・・なんと、開いた2階部分から、あらまあ、ジミー・ペイジがレスポールもって出て来たではないですか!(ご存知ない方へ:ジミー・ペイジとはブリティッシュロックのレッドツェッペリンのリードギタリストで、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックと並んで「三大ギタリスト」の一人であって、まだ子供だった頃、クラプトンがジミー・ペイジの家に遊びに行ったら、お母さんがとってもおいしいパイを焼いてくれたのが凄くおいしくて、羨ましかったと言っていた。クラプトンは祖父母に育てられて、お母さんもお父さんもいなかった。)しかし・・・元気だなあ・・・。クラプトンより1才年上の64才。あの人は、ステージでレスポールを下のほうに下げて、ふ~~~らふらしながらギターを弾くのが彼独特のスタイルで、見ていると「お~~~っとっとっと。」という感じで見ていたものです。しかし、閉会式では二階建てバスの狭いスペースだったので「フ~~ラフラ」すると落っこちてしまうので、周りにロープが張ってあったのがおもしろかった。あんなにじっとしたまま演奏しているジミー・ペイジを見たのは初めてかもしれない。そして、丸坊主のベッカムが登場!サッカーボールを二階建てバスから蹴ったけど、さすがにすごく飛びました。なんか、4年後のロンドンオリンピックが楽しみに思える演出だった。だって、イギリスはビートルズの国であるし、ローリングストーンズもいるし、サー・ポール・マッカートニーも、サー・エルトン・ジョンもいるし、ベッカムもいるし、なんとなく、楽しみ。中国5000年(未だに何故急に4000年から5000年になったのか不明)の歴史を振り返る開会式より、英国の歴史のほうが「高校まで」自分をイギリス人と思い込んでいた私には、楽しい。ただ・・・私がイギリス好きであるのに、ニューヨークの大学に進んだのは、子供の頃からイギリスに行っていて、紅茶とマフィン以外、おいしい物が余りなくて、イギリスというと「食事がまずい」という印象が強くて、長く住む気にならなかった。英語と米語は割と違います。そして、米語の中でも、東海岸のアイビーリーグと言われる大学で使われる英語は、丁度、イギリスのケンブリッジ大学とオックスフォード大学のように、ちょっとアイビーリーク的な発音をする。私はそのアイビーリーグだったので、西海岸の人達の英語と若干、英語が違う。イギリスかあ・・・・。
August 25, 2008
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これまた、昨日の日記を今日書いてます。と言いますのも、昨夜、ちょっとうたた寝してたら、夜中に目が覚めるまで寝てしまっていて、メールチェックなどやってて、「さて、日記を書こう!」と思ったら、週末の定期メンテナンスの時間に入ってしまって、書けなくなってしまったのです。何故、うたた寝をしてしまったかと言うと、どうやら、前に書いた「リクエスト無視の美容院」でやってくれる、トリートメントについているヘッドマッサージが、いつもやってくれていた、やたらと素朴な笑顔の青年が扁桃腺を腫らしてお休みということで、笑顔が可愛い女性が代わりにやってくれたんですね。その人もかなり指の力が強くて、その時は本当に気持ち良かったのだけど、昨日から「揉み返し」というのか、頭が痛い...。マッサージしてもらったところ全体が痛い...。それで、久しぶりに鎮痛剤を飲んだら眠くなって眠ってしまっていたらしい。ああ、なんだかなあ・・・他にまた、もっといい美容院、ないかなあ・・・と思うようになっているのが正直なところなんだけど、3ヶ月前に矯正ストレートをかけた時、その髪が痛まない丁寧なやり方で、本当にさらさらになって、矯正ストレートは、そこが一番だな・・・と思っているから、まあ、どっちにせよ、3~5ヶ月に1回しか行かないから、ま、いいか、と思ったり。しかーし。どうしても、この毛先だけ少し「クルッ」とするだけで¥10,000円も払わねば鳴らなかったことが、腹立たしいのです!それも、事前にいくらかかるかも言ってくれずに・・・・聞かなかった私が悪いのか?だって、前回は¥3,000円だったし・・・そう思ってしまうのは仕方がない。もしかして、それで頭が痛いのか?フトコロ事情が痛いのか? 多分、両方。金曜は午前中から美容院にいて、途中で友達が星野ジャパンの野球の報告をメールで知らせてくれたので、笑顔が可愛い美容師さんに「今、2対0で勝ってるらしいですよ_と言うと、『うわ~~~。そのまま勝って欲しいですよね~~~!』と盛り上がったけれども、その後、その友達は外出して中継のメールも途絶えてしまい、わからなくなっていたところ、食事をしていたら、横のほうの5名様団体の方から、「星野ジャパン、負けたんだよ」←おっさん『ええ~~、残念~~』←OLっぽい女性達という会話が耳に入ってきて、おもむろに、横に居た友達に小声で、「星野ジャパン、負けたんだって」と報告すると、「あ~~~あ~~。残念。韓国に負けるなんて(差別じゃないです、あくまでも)嫌だね」という話をしていたのです。それから、友達が、私がネットで見たユナイテッドアローズの『猿』のストラップ(のようなもの)をオークションで1600円前後で沢山出している人がいて、猿が可愛かったので、一瞬、買おうかな・・・と思ったけど、実際はいくらするんだろう?と思って、アローズに電話したら、なんと、¥650円から高いのでも¥860円くらいです、ということだった。それも完売という訳ではなく、「沢山入荷してますから、ぜひ、ご来店ください!」と言われたまま、猿のためにでかけるのが億劫で、その友達が買い物のついでに買ってくるよ、自分も欲しいし、ということで、金曜に2種類の「猿」からどちらかを選ぶことになった。私のその友人は、昔から、私となにかを分ける時、かならず、『好きな方を先に選んでいいよ』と言ってくれるのだった。すると、非常に嬉しい反面、迷いも大きくなり、心の中で「彼女はどっちが本当は欲しいのかな・・・」などと思いつつ、「どっちがいいいの?」と聞くけど、やっぱり『私はどっちも好きだから、どっち選んでもいいのよ♪』と笑っている。たがが、猿なのに、かなり迷った。そして、夜遅くなったので、私はそこからタクシーで帰ることにした。『星野ジャパン、負けたそうですね』と話を向けると、俄然、運転手さんがノッてきて、「そうなんですよー!日本は最初の2点だけ。6対2で負けましたよ。イースン…(なんだか忘れたが日頃巨人軍にいる韓国人選手)が逆転ホームランですよー。」それから、いかに、韓国の選手が「兵役免除」などという馬の鼻先に人参ぶら下げられたような感じで試合しているか、その根性の入り具合が違う‥‥‥などと野球談義になったのです。日本くらいらしいですね。オリンピックで活躍しても、それほどご褒美がないのは。それで、ロサンゼルスオリンピックの頃だったか、金メダルだと¥300万、銀だと¥200万とかいう「ご褒美」が出ることになったらしいけど、当時、体操選手だった、今はタレント見たいな人(すんません・・・また、名前が出てこない)が、金、銀、銅、と3個のメダルをとったので、本人の頭の中では¥300万+¥200万+・・・と計算していたらしいけど、実際貰う時になったら、「上限の金メダル分だけです」言うことで、何個とっても、結局金メダル分の¥300万しかもらえなくてがっかりしましたよ~、というのをテレビ番組で笑って話していたのを覚えてます。他の国など、金メダルなどとろうものなら、一生楽して暮らせるくらいのご褒美があるらしいですね。しかし。POS. オリンピック後症候群というのがあって、次のオリンピックに照準を合わせている選手は別として、このオリンピックにかけてきた選手は、たいてい、オリンピックが終わるとそれまでの反動で、ふぬけ状態になるらしいけど、見ている私たちも、どっちかということ、それにちょっとだけ近い感じになりますね。まあ、数日ですけど。では、また次の日記でお会いしましょう。
August 23, 2008
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スンマセン。午前中からでかけて、夜中に帰ってきました。遅うなりました。この写真は、あるビルの中にある、大変モダーンなトイレの、ウォシュレットの操作ボタンなのですが、私がこのビルのトイレに入る度に「なんだろう?」と思うのが、ズラリと並んだ操作ボタンの中の(写真では見づらいかもしれませんが)『マッサージ』というボタンなのです。他のボタンは一応全て理解できるのですが、この「マッサージ」っていったいなに?怖くて押したことないです。今度、押してみようかとは思いつつ、今日に至っております。さて、今日は3ヶ月ぶりに美容院に行ったのです。前回、矯正ストレートをかけて、毛先だけちょっとクルリンとなるようにデジタルパーマをかけたのですが、今日は「5ヶ月分カットしてください」と頼んだので、前回かけたデジタルパーマの「クルリン」がカットされてしまうので、では、毛先だけまた、デジタルパーマをかけた方がいいでしょうねえ・・・と言って、シャンプーに行ったのです。するとですね、この美容院、私をどこかの大富豪(とまでは言わんが)なにか、非常にハイソな家のアホ娘とでも思っているのか、つい3ヶ月前に矯正ストレートをかけたばかりで、ほとんど癖は出てない状態なのに、また、矯正ストレートをかけようとしていることに、ふと、気づいたのです。「あの・・・それってストレートですか?」という問いに担当の責任者がびっくりしたように『はい。』というので、「矯正ストレートは私は年に一回、夏前にかけるだけなので、かけないんです!」と言うと、慌てて、付けていた矯正ストレートの薬液を流しにシャンプー台へ・・・。シャンプー担当の女性が親切に「髪が痛まないように、しっかりトリートメントしておきますね!」と非常に感じが良かった。笑顔も可愛かったし。なんか訳わからないけど、なんでか、その美容院、値段の相談もいくらかかるかも私には言ってくれないんです。よほど優雅な生活をしているような第一印象があったのか、はたまた話題が普通と違うので、普通じゃないと思われてしまっているのか、やたらと勝手にあれやこれやとやって、お会計‥‥‥となって、びっくりするんですよ。今日も、デジタルパーマは部分パーマだから前回ストレートにプラスということだったからなのか、¥3000円だったのにに今回はフル料金で¥10,000円もしたではないですか!....知っていたら、かけなかったのに....。かけなくったって、別にどーってことなかったのに・・・¥3000円なら・・・と思ったばっかりに・・・後悔先に立たず。おまけにトリートメントまで・・・。おまけに、カード支払いの時、普通、どこでも「回数は1回でよろしいですか?」って聞かれるので、予算より遥かに高くなったので、2回払いにしようと思っていたのに、何の質問もなく、1回払いで切られてしまった・・・。私は去年から、手術などあって、休養中でまともに仕事ができない状態が続いているから、かなりフトコロが厳しいのです。なのに・・・なのに・・・ああ。今度から、何がいくらか確認して、これとこれをしてください!と言うことに決めた。そうしないと、どうやら、勘違いされているみたいだから、このままだと困る。そんな優雅な美容院の後、なんだか「ああ・・・・」と肩を落としながら、友達との待ち合わせ場所へと向かい、2ヶ月ぶりの再会をして、ランチに直行。そして、優雅な・・・というより、贅沢な美容院とは打って変わって、100均へ。私が買いたかったのはハンガー。私はクリーニングで使われている針金のハンガーを使うのが嫌いで、ハンガーは場所を取らない薄型で、頭の部分が回転するのが好きで、それを9本買った。300円。そして、ちょっとウィンドーショッピング。私は無類の靴キチで、そろそろあちこちでブーツが並んでいる。実は、グレーのブーツを買おうと思っていて、夕食を取る予定のビルの中にとてもいい靴屋があって、そこに一目見て、「これはいいブーツだ」と思い、ひっくり返して値段を見たら、¥143,000円+消費税だった。ああいう、いい靴屋というのは、どんな格好をしていても、履いている靴と時計を見るんですね。いい靴を履いていて、いい時計をしていると「買うかもしれない」と思わせることができます。もちろん、出で立ちというか、雰囲気でもわかるらしいです。そして、とても接客が丁寧になります。今日私が履いていたのはイタリア製の非常には着心地のよいミュールで、これはかなり高かったけれどもとにかくどこも痛くない、ヒールが高くてもそれほど疲れないという優れももので、私がその店で目をつけたブーツは「クロエ」のもので、一応履いてみました。もちろん『今日は買いませんけど、履くだけ履いてみます』と言って。履き心地は非常に良かったです。ローヒールで、革が非常によく、色が特に良かった。しかし、そのブーツに14万3000円+消費税をだしてまで買いたいとは思わなかったし、そもそも、買えない。しかし、私の靴好きのせいで、またもや店員さんと靴の話が盛り上がって、「なんか、一緒にお茶したいくらいです。靴の話だけでも2時間くらいは話せそう」と言われた。私が今、買おうとしているブーツはそのクロエの14万3000円から10万円を引いた値段です。それでも、決して安い買い物ではない。今の私には。姉妹のように長年仲良くしている友達と食事しながら本当に楽しかった。見栄を張る必要もなく、良い時も悪い時も知ってて、いつも、無償で助けてくれる。いつか恩返しができたらいいなと思う。
August 22, 2008
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今、中国に行ったら、お土産屋にバッタモンの「金メダル」が売っているような気がする。多分、売ってるでしょう。だって、ハリウッドでもオスカーのバッタモンが売られているし。でも、オスカーは「お土産」という感じで違和感がないのに、何故か中国でメダルが売られていたら、なんとなく「バッタモン」的な感じかしてしまうのは、さて、なぜでしょう。私はここでも何度も書いていますが、はっきり言うと「Made in China」が嫌いです。差別というような意味合いで嫌っている訳ではなく、とにかく、できるだけ避けたいと思って、何か買う時には、よほど、きちんと監督されて提携されて作られているもの以外は、買うのを避けています。でも、現実的には、中国製なしでは無理、というのもありまして、「まあ、仕方がない」と諦めて買ったりもしていますが。さて、今日はシンクロナイズド・スイミングのディエットの決勝があって、日本が銅メダルをとりましたね。私は泳げないので、競泳や、飛び込みや、このシンクロを見るのは割と好きです。シンクロは見てて奇麗だし、足もつかないような深いプールの中で、どうやってあんなことができるのか、私には羨望の的です。でも、シンクロだけでなく、こういう国際試合、特に「オリンピック」という4年に一度の大きな国対国の試合になると、ある疑問が起こるのです。つまり、本当に「国対抗」試合にするのなら、着ているものから、コーチも自前でそろえてこそ、国際試合なんじゃないかなあ・・・・と。シンクロのメダル獲得のチームのコーチには日本人がついている。だから、日本的な良さが伝達されて、それで高得点が相手側の国につく。これって、見ていてなんとなくなあ・・・と感じる。でも、そうすると、ある国とある国だけがダントツでメダルを取ることになるんから、やっぱり、外人のコーチなどをつけて腕前をあげるないとだめだし、水泳だって、スピード社製のものを着ていなかったら、多分、勝てなかったと思う。あ、もちろん『泳いだのはアナタです』が。なんかね・・・最近のオリンピック選手につけるコマーシャル契約金の破格さなどを見ていると、中国のナントカさん(すいません。本当に名前を覚えるのが苦手で)がアキレス腱の古傷が痛んで棄権したことで、中国ではめちゃくちゃ批判されていると知って、中国の急激な現代化に伴う、貧富の差から、中国では、もう、想像を絶するような収入をスポンサーなどと結んで、有名になった選手に攻撃の矛先が向くのも、別の観点から考えると、わからないでもない。もちろん、選手の故障は、いつ、どこで起こっても当たり前のことだし、誰にでも起こりえることだし、それについては本人が一番残念だとは思う。それはいいとして、卓球の福原愛選手。可愛い。なんか、ついこの間まで幼稚園児で、負けると泣いていたような気がするのだけど、もう、立派なお嬢さんで・・・などと書くと本当に時間の流れを感じてしまうのだけど、あれほど子供の頃と顔が同じってのも凄いなあ・・・「で、もう19才か・・・」と思いつつ見ていたのでした。どうしても想像できないもの。卓球をしているシャラポワだったりする。
August 20, 2008
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スンマセン・・・また、昨日の日記を今日書いてます。まるで、いささか先生のように、原稿の締め切りに追われるように。『ムシャラフ前大統領亡命「申請あれば検討」…米国務省副報道官』ええ。一応、本人が考える前に、米国務省が考える前に、わたくし、考えておりましたので、あとは本人の意思次第ということです。ムシャラフさんは大統領の座降りて、弾劾を避けたのは懸命だと思う。何故なら、訳が分かっている人達に裁かれるのであれば、それ相当のことをして、それ相当の罰を受けるのは当然だけれども、あれだけの仕事をして、あれだけの「最低限の平和を維持」することに死力を尽くして、あれだけ馬鹿にされて、あれだけのことをやっていながら、本人が自ら定めていた「引退」の時には勝手に「いや、給料一人分で良ければ、大統領と軍の総長を兼任して続投してください」と、やめようとしていたところをひっぱられて留まった、つまり、その時点では誰もムシャラフ氏のような働きが出来る人物がいなかったというのがありありで、それで続投したら、今度は弾劾だという。ああ、おっさん、そんな国、さっさと置いて、アメリカに亡命したほうがええって。アメリカのお笑い番組「コメディセントラル」に出演した時、かなりウケてたし、あれでムシャラフ氏のイメージが変わったってコメントがものすごく多かったし、少なくとも、同じ橋でアルカーイダに狙われることはないと思うよ。まあ...どこにいても狙われるだろうけど。ペルベス・ムシャラフ氏というのは、兄弟のうちで一番できがわるかったので軍隊に入れられたらしいけど、それが、学校で3番という成績が「できが悪い」ということだというのでびっくりしたものだった。ちなみに、お兄さんは一番で、医者をしているけれども、大統領になった時ムシャラフ氏のお母さんが『あらまあ~。一番できが悪い息子が大統領になるなんてねえ』とびっくりしたらしい。だけど、子供の頃から友達が遊びにくると、ムシャラフ氏が家から出てくるまで、友達の団体は何をしていいのかがわからず、バラバラなのに、彼が一旦仲間に入ると、遊び一つとってもリーダーシップを発揮していたという。しかしなあ・・・軍服に戻ったムシャラフを見ていると、ああ、やっぱりこの人は「ジェネラル」でいるのが似合っているなあ・・・と思う反面、この先のパキスタンを思うと、簡単に言えば、『危ない』状況に陥るのは必至で、ムシャラフ大統領を「大統領」から引きずり下ろして喜んで「これで平和な民主国家が保てる」なんて寝ぼけたことを言っている市民達がびっくりするような事態になることは外から見ていれば簡単に想像できるけれども、それがわからないというか、自分たちの国の位置とか、置かれている立場など、また、対アメリカ、対インドに対して、非常に微妙ないいバランスを保てるよういなっていたのも、単にムシャラフ前大統領の手腕によるものだとわかってない、多分、空爆されるようになるまでわからないだろうけど、お気の毒に・・・と言うしかない。アメリカはムシャラフ政権が崩壊したら、態度を変えると前々からはっきりと言っていた。そうして、今、その時が来て、反ムシャラフ大統領派がこれから立ち向かわねばならないものは、「ああ、これでやっと平和な民主国家が戻って来た」などとのんきなことを言っている場合ではないことを知ることになるでありましょう。面白くない話題ですんません。
August 19, 2008
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北京オリンピックの開会式に出席しようとしていた矢先に止められた時点で、こりゃ、あかんな、とは思っていたけれども、今日の夕方、パキスタンのムシャラフ大統領が辞任した。弾劾を避けて、国内の混乱を避けるためにと、いろいろと言うことはあるだろうけれども、パキスタンは、「核をアメリカに向けて発射しよう!」と言うような人達の手に渡ることになる。9年間の「独裁」と表現されているけれども、ムシャラフ大統領が1999年の無血クーデターで、残りの燃料7分間という飛行機を無事着陸させるだけの指導力を持って、生き残って、それから2001年のアメリカの連続多発テロの時のパウエルからの『どっちにつくか決めたまえ。アメリカ側に協力しなかったら、パキスタンを空爆して石器時代に戻すぞ』と言われる中、賢い選択をしたのも、多発テロ勃発直後に直ちに「核ミサイル」の場所を移動させたのも、全部、ムシャラフ大統領の判断なくてはできなかったことで、きっと、パキスタンはムシャラフ大統領が居なくなって初めて、「失って初めてわかる大事さ」を知ることに・・・知るかなあ・・・視野、めっちゃ狭いしなあ.....。まず、わからんだろうなあ・・・わかった頃には石器時代になってたりしてねえ・・・。私個人としては、医者のお兄さん一家が住むアメリカに、とっとと、家族皆で亡命すればいいと思う。ムシャラフ君。(ああ・・・もう大統領じゃないんだ・・・)ま、パキスタンは自分たちでその道を選んだんだ。後は野となれ山となれ。あ。すでにあの国のほとんどは「野」であり「山」であった。さて、ここ数日、2種類のバッグに惹かれて、どっちにするか迷っていたら、今度はブーツに気持ちが移動して、それが3パターンの色があって、どれにするかで迷っている。8月も下旬にさしかかると、ぐっと秋っぽいものに気持ちが行くのです。それに、私は無類の「靴好き」であるから、いい靴(ブーツ)などを見ると、値段を無視して欲しくなってどうしようもなくなる。どーしよーかなーーー。ショップに電話したら、「カード支払いでしたら、3足一応買ってお部屋で履いてみて、気に入ったものをお買いになってはどうですか?」と提案された。確かに。返品代はかかるけど、そうするのが一番安全かな。仕事をバリバリしていた頃だったら、それほど気に入ったら3色そろえてお買い上げ~~~だけど、今は再手術を待つ身・・・1足買うのも「なんとか」という感じ。さて、どうなることやら。私のブーツと今後のパキスタン。あ、一緒にしてスマン。それにしても、自国の選手団に向かって『せいぜい頑張って』などと言うような首相がいる日本という国はどうなるんだろう。石原都知事じゃなくても、「せいぜいってどういうことだよ。せいぜいって。せいぜいってさ、なんなのさ」と言いたくなる。言われた通り「せいぜい」がんばって、柔道はどんどん負けたじゃないか。せいぜいがんばれ・・・だってさ。日本語、学べって。首相なら。「福田首相、せいぜい首相やっててください」って。
August 18, 2008
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今、後ろのテレビでは陸上の放送が流れています。室伏選手のグルグルポ~ンという・・・ハンマー投げと女子のハードルが同時進行しているようです。私が運動会が好きだったのは、幼稚園までで、その頃の写真を見ると、結構楽しそうに走っていたりする。しかし、それ以降、私はそもそも「運動」と「団体行動」が嫌いになり、運動会が苦痛になっていったので、自分がやるのはどれも「結構です。」という気分ですが、やっている人達を見ると、素直に『凄いなあ~!』と感心します。水泳は水着問題。柔道は「JUDO化」問題。その中で、「走る」「投げる」「跳ぶ」というのは、非常に原始的な競技で、そもそも余りテクノロジーで記録がどうこうなることが少ない種目だと思う。もちろん、走る人達は『靴』に進化が多少あるだろうし、その走る姿・・・女子マラソンなど見てますと、昔は考えられない格好じゃないですか。あれって、ほぼ、下着姿ですよ! まあ、「水着姿」とも言えるけど。朝の女子マラソンのゴール前の2位争いは凄かったですね。一度中国に抜かれたケニアの選手が抜き返して、グ~~~ンと引き離してゴールする、あの、最後の加速には、シビレました。実況アナウンサーが『エンジンが違います!』と絶叫していたけど・・・エンジン?42キロ以上走ってきて尚、あの加速っていうのは、やっぱり凄い。男子100m短距離走のジャマイカのボルトも凄い。スタートは7番目だったらしいけど中盤で伸びて、「後半は流してゴール!」・・・おいおい。後半も懸命に走ったら世界新記録はもっと凄い数字になったんじゃないの?と思っていたら、本人曰く、『世界新記録なんてどうでもいい。勝てればいい』だそうで、なるほど...本当に人って、それぞれ価値観が違うのねって思ったものだった。私はジャマイカに行った時、華やかな観光客がいるところも、現地の人達が生活している地域も両方見て来たけれども、そりゃあもう、『貧困』なんて言葉じゃ表現できないくらいの生活を送っている人達の多いこと・・・。ボルトも「貧乏で靴が買えなかったから、裸足で坂道を走り回っていた」そうで、私にはその光景が簡単に想像できるのだった。何しろ、私が行った時、絵はがきを出そうと思って、ジャマイカの郵便局に自分で行ったですよ。一応、言語は英語ですから通じますし。郵便局の窓口で「エアーメールでいくらですか?」と尋ねたら、ジャマイカドルで値段を教えてくれた。即座にいくらくらいか換算したら、なんと、ジャマイカからアメリカへも日本へも、たった『5円』ではないですか!そこで、改めて、「航空便ですよね?船便じゃないですよね?届きますよね?」と、聞いたら、あら、失礼なってな顔で、『もちろん。エアメール。届く』と言われた。5円でエアメールが出せる・・・それくらい物価が違うのです。当時のレートで、米ドル$1ドル=ジャマイカドル$21ドルでした。さて。室伏選手はメダルならず。残念ですが、本人が一番残念でしょう。
August 17, 2008
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昨日の日記を今日書いています。昨夜は、途中までオリンピックの韓国戦を見ていたけれども、同点になった時点で、『ああ...負けるな・・・』と余計な予感がして、おまけに微熱が出て咳止めを飲んでさっさと寝てしまいました。やっぱり夏風邪らしく、明け方には38.5℃くらいの熱になって、水分補給しながら、寝てました。すると、朝っぱらから女子マラソンがあってました。途中から見たんだけど、日本選手は残念でしたね。でも、途中で足が痛くなるのはどうしようもないし、初めてのオリンピックの22歳の人は(すいません・・・名前、忘れました)、ロンドンまでに頑張って練習するって言ってたので、期待しましょう。それから、私がゲリラの襲来にあってトイレに閉じこもっている間に最後の競泳の中継が始まって、『ヤバイ!早く出なければ!』と焦りましたが、間に合いました。女子は決勝に残れただけでも大健闘でした。そして、最後の自由形の選手(名前忘れた)は、スッピンでも化粧したみたいに奇麗な肌をしていて、派手な顔立ちのせいか、化粧してるみたいにテレビ映りが良いと思った。それにしても・・・このオリンピックを見ていて、民放は松岡修造の熱さに笑ってしまうけれども、NHKの男性アナウンサーが解説者と会話する時、解説者の答えにうつ相づちの『ええ』というのが、どうしても耳についてしかたがない。この人の「え」の発音は、日本語の「え」というより、ブラジル系ポルトガル語の「e(エ”)」に近いように聞こえる。皆さんも、ちょっと気をつけて聞いてみてみると、お分かりになるかと思いますが、私自身が発声の研修を受けたことがあるから気づいてしまっているだけなのかもしれないけど。このアナウンサー。ポルトガル語練習すると、凄く発音がうまくなりそうだなあ・・・などと余計なことを考えてしまうような「ええ~」なのであった。ええ。
August 16, 2008
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昨夜というか、本日未明というか、オリンピックの野球の試合を見ていて、寝るのが遅くなってしまったので、今日は早めに書いてしまおう。今日は63回目の終戦記念日で、毎年、靖国参拝には賛否両論の論議が行われる。私個人としては、日本だけでなく、どの戦争でもどの国でも、勝っても負けても戦争で命を落とした人達は沢山いて、日本も、『お国のため』という大義名分でがために、本当は行きたくなくても、戦地に行き、本当は乗りたくなくても、特攻隊として、帰りの燃料のない飛行機に乗って、日本を飛び立った人達を終戦記念日に参拝することに何の問題があるのだろうと思う。もちろん、靖国神社には『戦犯』と位置づけられて処刑された人達の墓もあるから、その点でひっかかりが出て来るというのもわかる。私が一番情けない‥‥‥と感じるのは、もう、あれから60年以上の時間が過ぎ、世界地図ですら、もう国の名前が変わっていたり、あったはずの大国「ソビエト連邦」が消えていたり、色々と変わっているのに、日本は、60年以上経った今でも、何かあると、“敗戦の切り札”を中国や韓国から出されて、やたらと「謝れ」「謝れ」と言われ、実際、謝罪してきている。『日本は戦争には負けたが、奴隷になったわけではない』白洲次郎が言ったものだった。サンフランシスコ講和会議で、当時の吉田茂首相が英文で演説する原稿を見て激怒し、すべて日本語に直させ、巻物状になった演説文は後に「吉田茂のトイレットペーパー」と言われるほどの厚みがあった。(未だ保存されている)他の国からどーのこーの言われて、あたふたするのは、もういい加減卒業してはどうかと思う。自国のことなのだ。つまり、我が家のことに、他人にもうとやかく言われ続けるのにウンザリしてきてもいいのではないか。私が吉田茂のユーモアの一つで特に好きなのが、敗戦後、早く自権を取り戻したかった吉田が、当時駐在していたアメリカの「GHQ」(General Headquarters(総司令部、総本部))を、『Go Home Quickly (早く家へ帰れ)』である。オリンピックの柔道を見ていても、すでに、もう、日本のお国芸としての美点はなくなりつつあり、「ジャケット・レスリング」と欧米で呼ばれているように、本来の武道としての柔道のスタイルが崩壊しつつあるのが非常に情けない。そして、勝つために、その、欧米化したヨコ文字の「JUDO」に発祥の国である日本が合わせなければならないというのも、物悲しさを感じる。北島が現役を引退するというニュースが朝から飛び込んで来た。北京ではほとんど話題になっていないらしいけれども、「ロンドンは無理」と本人も以前から言っていたように、引き際としては見事だと思う。もしかしたら、100mに勝った時、泣いた涙には、その思いもあったのかもしれないと、つい、憶測してしまうけれども、本当に立派だと思う。エリック・クラプトンが1997年だったか、日本公演の際、「これが最後の日本公演」と言ったせいで、ものすごいチケット争奪戦になって、私の友達もニューヨークに電話してきて、「もう最後だって言ってる~~どうしよう・・・チケット手に入らないよ~~」と悲鳴をあげていたので、『大丈夫。クラプトンがやめるわけないじゃない。また、来るから安心していいよ』と説得したものだった。案の定、その後も、コンスタントに日本公演を続けて知るエリック・クラプトンであった。そのことを本人は『最後って言うと、お客が沢山入るかなと思って』などと、とぼけたことを言っていたが、言わなくったって十分お客は入るって。今夜の水泳男子リレーの視聴率は、そういう効果で、多分視聴率はいいだろう。
August 15, 2008
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ああ、今まで、オリンピックの野球を見ていて、日記を書くのが遅くなってしまいました。しかしながら、他の種目は『オリンピック』という感じで見るのに、何故か、野球は見ていると、オリンピックの試合だと忘れて見ている気分になっていたわ。今日は台湾相手に勝ちましたが、昨日のキューバ戦の時、マウンドの上で日本チームが話し合いをしている時、ミットで口元を隠して話し合っているのが妙におかしかった。だって、普通の日本での試合だと、何を言っているか口の動きでわかったりするから隠すのだろうけど、相手、キューバよ。日本語、わからんのじゃないの?口元隠さなくても、どっちにしろ、何言ってるかわからないと思うのだけど、やっぱり習慣なのかなあ。ああ、すっかりオリンピックって忘れて見入ってしまっていたわ。今日は北島選手の200m決勝が11時からあったので、見てました。世界新記録は出なかったけど、余裕で勝てて良かったですね。インタビューも立派でした。最近の人達は学校で君が代を教わらないので、歌えない人達が多いと友達が言っていたけど、ちゃんと歌ってましたね。しかし・・・今、深夜の12時半近いんだけど、中国との時差って、確か1時間だったような気が・・・ってことは、夜中の11時過ぎまで試合してたってわけ?凄い。日本だと、終電に間に合わないなんてことで絶対にあり得ないなあ。そういえば、アメリカ大リーグは引き分けがなくて、勝敗がつくまでやることが多いから、夜中までやるのは珍しくない。それに、始まる時間も日本より遅いし。このオリンピックというのは、開催中は余り感じないんだけど、終わってしまうと、出場もしていないのに、ポスト・オリンピック・シンドロームに陥るんですね。毎回。フェンシングの銀メダルの人は、就職活動をインタビュー中にやってましたが、あのキャラクターだったら、きっと、突然、あちこちからお誘いがあるんじゃないかなあ。「次のオリンピックでは団体もあるでしょうから」って言ってたけど・・・果たして、『団体』になるだけフェンシングをやる人達、それもオリンピックレベルの人達が4年で集まるのかどうか・・・疑問ですが。フェンシングって、日頃、思いもしないことだけど、西洋の映画ではよく出て来ますね。考えてみれば。騎士道か・・・。
August 14, 2008
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主にNHKのオリンピックの放送を見ているんだけど、今日は日テレをみていたら、さんまがゲストで出ていて、やたら面白かった。やっぱりさんまはスポーツマンだからか、どの種目のコメントもなんか笑えるところがある。丁度男子柔道の「まぐろ一本!」の選手が出ていて、金メダル確実と前評判だったのに、負けてしまって、敗者復活戦にもでられず、メダルがとれなかった。それで、さんまが、「金目指している人にとっては、金以外はメダルのうちに入ってないんちゃうんかなあ。例え銅メダル取れても、金が目標で頑張っていた人には嬉しくないのかもしれませんねえ。そういえば、サッカーで、ブラジルが負けて3位になった時、表彰式に出ない!ってダダこねてたくらいですからね。やっぱり、金を目指している人には「金」しかないんでしょうねえ。」というコメントは、確かに言えてると思った。男子バタフライで、銅メダルが取れて凄く喜ぶ人もいれば、金じゃないと意味がないと言う人もいて、それぞれ、種目によって、ちがうんですね。しかし、男子バタフライの実況で、ゴール前のアナウンサーと解説者の興奮は凄くて、それに反して、世界新を出したフィリップスが、ひょうひょうとして、電光掲示板を見て、「あ、世界新か」ってくらい、どーってことないという落ち着いた様子に、興奮しすぎたアナウンサーが「フィリップスは落ち着いてますねえ・・・」と言っていたのがおもしろかった。それにしても、フェンシングはノーマークだったなあ・・・・。きっと、前世は英国に騎士だったのかもしれない。そして、金メダルを日本がとって、表彰式で、君が代が流れる度に、『なんか、変・・・』と思うのは、君が代の途中で、中国のドラが鳴ることなのだ。君が代に「ドラ」はいらない。ある種の、嫌がらせ? 反抗心? なんだかわからないけど、ちょっとねえ。
August 13, 2008
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千葉にいる友達と久しぶりに長電話をしていたら、夜になっていた。その友達は、ニューヨークの学校で一緒だったことがあるけれども、彼女は5年で帰国したのだった。久しぶりに声色を使ってかけたというのに、一発で私とわかってしまって、ちょっとがっかりした。何故だか知らないけれども、私はどんなに声を変えてもバレてしまう。私は友達には恵まれていると思う。数は多くはないけれども、本気で友達になると、しばらく会わなくても、しばらく話さなくても、まるで昨日会ったように会話が弾んで、楽しい。「まだ、結婚の気持ち、なくなったわけじゃないんでしょ?」と聞かれて、『まあねえ~~。でも、、20代の若者でもないし、胃も切ってるし、こうなると子供も産めるかどうか、わからないじゃない。だからさ、子供は何人欲しいとか、子供の教育方針の食い違いとか、そういう一般に言われる適齢期にする結婚と違って、どっちかっていうと・・・茶飲み結婚かなあ』と言ったら、大笑いしていた。そう。私は茶飲み結婚でいいのだ。友達、特に、幼なじみとニューヨークで知り合った友達とは長いこと友達で、飾ることも、見栄を張る必要もないしすごく話しやすいし楽しいけど、前も書いたように、同じ町に誰もいない・・・というのが本当に寂しい。ニューヨークだったら、夜中の3時頃まで話し込んで帰ってこれるくらいの距離に何人も友達がいいて、いい時も悪い時も、いろいろな話ができる。それはいいとして、昨日の北島選手の100m平泳ぎの実況は素晴らしかったけれども、それを見ている現地リポーター役の松岡修造の表情を捉えた画像は、まるで、故赤塚不二夫のマンガのように、もう、実写ではなく、アニメにみえるくらい凄くて、笑ってしまった。あの人は、本当に、本気で、いつも一生懸命で、ある意味、凄いなあ・・・・と思う。天然という点では長嶋一茂もそれ風なところがあるけれども、松岡修造ほどはじけることはまずないし、やはり長島家の長男だけあって、何かあると、きちんと冷静に対応する余裕を感じる。しかし・・・松岡修造・・・どこまで走り続けるのだろう。オリンピック。まだあと11日。この暑苦しい夏に、もっと熱い松岡修造であった。そして、今日の女子柔道の一本勝ちは素晴らしかった。最近の柔道は『欧米化』しているのか、日本古来の柔道の「美学」というのがないような感じがつよくなっていくばかりのように見える。技より、揺さぶって、相手の反則で勝ち進むような感じの勝ち方をする外国の選手が多い。その中で、今日の女子63キロ級の谷本選手の『一本勝ち』にこだわる勝ち方は、見ていて、晴れ晴れしかった。最近の柔道は、衣装を換えたらレスリングか?と思うことが多い中での一本勝ちはスカッとする。私は前世が全部男で、おまけにやたらと正義感の強い武将ばかりだったらしいから、そう思うのかもしれないけど。私ももし、柔道をしていたら、一本勝ちしたいし、テニスだったらスマッシュで決めたいし、ゴルフだったらワンオンがいいし、野球だったらホームランがいい。できないけど。
August 12, 2008
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今朝、余りに早く・・・というより、まだ夜が明ける前に目が覚めてしまって、睡眠不足のまま、ちょっとだけパソコンで用事を片付けて、「あ、そうだ。今日は午前中に平泳ぎの決勝がある。」と思いつつも、かなり眠くなってきて、放送予定時間に目覚ましを設定して、1時間弱ほど仮眠を取っていたのです。すると、インディージョーンズのテーマが高々と鳴り響き、目が覚めました。テレビをつけるとまだ、前のレースをやっていて、無事、北島選手が出るレースを生で見ることができた訳です。普通、午後にあるはずの水泳が今回、午前中になった訳というのが、これまた、『この国って、どこまで自己中心なわけ?』って思うような理由・・・・。つまり、アメリカ代表のハンセン達が出る試合を生でアメリカで放送するために、時差を計算して、アメリカの「ゴールデンンタイム」に合わせて放送できるように、午前中の試合になったと知って、唖然と言うより、呆れた。今まで、そういうことしたかなあ?アメリカ。相手が「中国」だからそういう言い合わせができたんじゃないかと、勘ぐってしまってもしかたがない。しかしながら、北島。凄く良かったです。折り返し後、テレビに向かってアホみたいに、『がんばれ~!』と思わず言ったのは久しぶりだった。それにしても、レーザーレーサーを着ていない銀色のノルウェーのオーエンは劇的に早いペースでの泳ぎで、一気に、北島のライバルがハンセンから、銀色のオーエンになったのだった。この人がもし、レーザーレーサーを着ていたら・・・・ま、いいとして。アメリカは早くからレーザーレーサーの着用を決めていたので、アメリカの国旗デザインにアレンジされていたけど、ほとんど他の国は、買った時の状態だった。よほど締め付けが凄いようで、オーバーオール型を着た男子選手の多くは、泳ぎ終わった後、すぐに上半身を脱いでいましたが、あれって、着るのに3人掛かりで3時間かかるって言うわりには、脱ぐのは簡単に脱げるわけね・・・・と思って見ていた。そして、北島の表彰式が始まる時、タイミング良く、『ピンポ~~ン♪』なに。これから表彰式で日の丸があがるっていうのに・・・。他に誰もいないし・・・。仕方なく、インターホーンに出ると、「お世話になっております、ダスキンでございます~~♪」そこで、私は、『あ、すいません!今、ちょっと手が離せなくて(本当は目が離せない)後で!後でお願いします!』と言ってテレビに戻った。ああ‥‥‥なんというタイミング。日本の国旗の真ん中の赤い丸は、東京オリンピックまではもっと小さかったらしい。オリンピック開催ということになって、赤い丸が小さくて貧弱に見えるという理由から、丸が大きくされたというのを何かの番組で言っていた。北島選手が、会場アナウンスで紹介された時、着ていたユニフォームの日の丸を左手でしっかり握っていたのが印象的だった。まだ、25才だとういうのに。トシは関係ないか。どんなに凄いプレッシャーだっただろうと、泳げもしない私には想像もつかないけれども、負けず嫌いの性格っていうのは、ああいう風に、ライバルがいると、俄然、生き生きするものだなあと、つくづく思った。まだ200mがあるから、また、頑張って欲しいと、純粋に、思う。
August 11, 2008
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昨日、ある掲示板に谷亮子選手について、かなり盛り上がった様子だったので、日頃、掲示板の類いはほとんど見ないのだけど、ちょいと読んでみてびっくりした。人って、匿名になると、とことん、根性悪くなれるんだなあ・・・って。もちろん、それに対して反論したり、怒ったりしている人達も沢山いたけど、なんか、美輪さんがよく番組でおっしゃっているように、今の日本って、何かいちゃもんつけたり、妬んだり、嫉んだり、悪口言ったり、悪いところばっかりさがして攻撃することばっかり考えてるって、本当にそうかもしれない・・・と思って、余りいい気分じゃなかった。私個人としては、谷亮子選手は本当によくやったと思う。金メダルをとれなかったのはきっと、日本国民以上に本人が一番残念だっただろうし、顔つきがいつもと違うな・・・と思っていたら、大事な息子さんが病気で入院しりというバックグラウンドもあったせいかもしれないし、冷静に考えても、あれだけ勝ち続けることは、並大抵のことじゃないし、それなのに、いつも笑顔で、すごくボジティブで、本当にお疲れさまでした、という感じがした。最後の銅メダル決定戦でのIPPONはいつものようにすばらしくかっこよかった。しかし・・・48キロ級の柔道って、猫の喧嘩みたいな感じに見えてしまうのも正直な話で、体重が重くなるほど迫力があって、やっぱり日本のお国芸なんだなあ...と思ったのだった。ま、それはそれとして、水泳!私は泳げないので、泳げるだけで単純に『凄い!』って思う。それにしても、民放では平気でスピード社製の水着について触れているのに、さすがに、商品名を出せないNHKの放送では、水着の違いについて語る時のぎこちなさが、なんか、妙におかしかった。表彰の真ん中に日の丸があがり、君が代が流れる時、君が代や国旗に反対する人達はやはり、嫌な気分なのだろうか。私は海外に長く居たから、日本のいいところも、悪い所も、遠くからずっと眺めてきたから、ずっと日本に居る人達とは違った見方をしてしまうのは当然なのかもしれないけれども、国を出た時、『私は日本人です』って、胸を張って言えるくらい、自国を好きでいたいし、印象を悪くするようなことはしたくないと思う。ゴールデンウィークで今、出国ラッシュらしい。何万人という人達が日本を出て、あちこちの国へ行く。オリンピックの選手と同じように、胸に、日の丸がついているってくらいの感じで、日本代表レベルで歩き回って欲しいと、海外組は思うのだった。
August 10, 2008
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なんとうか、トシを取るにつれて時間が過ぎるのが早くなるもので、って、年寄り臭い話ではありますが、それとは関係なく、なんとかオリンピックも無事に始まったようですね。ようですね・・・というのも、実は、昨日、ものすごく疲れていて(多分、皇太子の夢で睡眠不足だったからか?)夕飯食べたら、さっさと寝てしまったのです。余りにも長時間寝すぎて、目が覚める時、自分が誰だかわからない・・・という、一瞬、記憶喪失状態になったくらいで。オリンピックの開会式というのは結構退屈なもので、どうせハイライトで再放送するだろうから、それ見たほうが手っ取り早いと思って寝たんです。開会式で唯一、退屈じゃなかったのは、1984年のロサンゼルスオリンピックでした。私の場合。私がオリンピックを日本で見た最後は、確か、1984年のロサンゼルス・オリンピックで、前回の・・・前回って、どこだったっけ?あ、シドニーだったっけ?から(違ったっけ?)、日本で見てますが、その間、ずっと海外で見てました。アメリカで見てますと、当然ですけど、アメリカの選手中心に放送されるので、日本人選手がどうなっているのか、さっぱりわからないという、イライラ感に包まれての放送観戦な訳です。メダルを取らない限り、日本人選手がどうなっているのか、まったくわからないというのは、日本の放送に慣れている方には理解しがたい状況でして、確かに、ああいう国際試合というのは、自国の選手をメインに放送するのは当然で、日本に居ない限り、日本人選手の様子など見たくても見れないんです。今日は柔道を見ました。谷亮子選手、なんとなくいつもの気迫がみられないなあ...と思っていたら、負けてしまった。残念!やっぱり、なんか、この大会、表情がいつもと違うなあ・・・と思って見ていたけど、非常に残念です。応援していただけに。さて、先日買ったクローカの福袋ですが、届きました。『福袋』ですが、ダンボールの『箱』で届き、ちょっとウケましたが。『福箱』です。中身は...と言いますと、かなり満足です。と言うのも、どっちにせよ買おうと思っていた服が1つ入っていたことと、好きなメーカーのものが1つきちんと入っていたことで、かなり満足しました。その2つだけでモトは取った感じ。それから、自ら間抜けな話としては、ワンピが1つ入っていたんだけど、着ていた部屋着を脱いで、着てみたら「なんか変だなあ・・・」と思って、ふと見ると、タグが前に...「あ、前後ろ、逆に着てるんだ!」と気づく。そして、「これって・・・これだけで着るのかなあ...かなり可愛いけど、今風にレギンスとか着るのかなあ・・・?」と思ってショップに電話しました。ええ、いつも通り。するとやっぱりそれは「『キレイメ』に着ていただけるようになっています」、とのことで、膝ちょっと上のワンピだけど、それ1枚で着たほうがスッキリしていていい感じだと自分でも思っていたので、納得。最近は前後ろどっちでも着れるようになっているのが多いもんだから、時々混乱しますね。
August 9, 2008
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ああ、今日は土曜かと思っていたら、金曜だった。これはあくまでも、今朝、わたくしが、一方的に見た『夢』の話であります。夢の中で、何故か私は皇太子様のおつきの役で、古い、皇室関係の建物が含まれた、水害被災地後らしき所を観察に行くということになっていて、ご一緒でした。そして、ものすごく、疲れて目が覚めたのでした。というのも、何を言うにも、日頃から自分で言っている『最近の日本人は「敬語、丁寧語、尊敬語、謙譲語」などの使い方がめちゃくちゃだ!』と嘆いているにも関わらず、いざ、皇太子のお供としていろいろお話をしながら、被災地めぐりをしていますと、なかなかそれが難しゅうございまして、もう、言葉はほぼ、ちびまるこの「ヒデジイ」と同じ感じになっていて、それで、ヘトヘトに疲れてしまったという訳です。おまけに、夢の中でもこの性格は相変わらずで、何かと「丁寧に」聞いてしまう、いや、お尋ねしてしまう・・・・というのは変わらず、夢の中の皇太子を笑わせていた。皇太子様と夢でお会いするのは初めてではなく、実は、まだ、ご結婚される前、私がニューヨークに居る頃から、なにかと出ていらっしゃって、私と世間話をして、悩み相談を受けたりしていたのでした。それが、不思議な夢で、夢の中で完璧に『夢』だということを二人とも認識していて、ある日は、公園のベンチで腰掛けて話をしながら、「今は夢の中ですから、こうしていつも気軽にお会いして、お話できますけど、一旦、夢から覚めてしまえば、あなたは皇太子という立場に戻られ、私は一般市民のひとりに過ぎず、きっと、町でお見かけしても、私が『私』だと、気づいてはくださらないのでしょうね」ということをお話しますと、皇太子様は、『そうですね。夢の中ですから、こうして会える。会って、話ができる・・・でも、きっと、わかりますよ』と優しそうに笑顔でおっしゃってくださり、そうして、お妃がなかなか決まらないという悩み相談をず~~~っと、雅子様がプロポーズをオーケーなさるまで、ずっと受けていたのです。そして、内定したとたんに、皇太子様は私の夢には出てこられなくなったのでした。ですから、夢の中では初対面ではなかったので、割と気軽な感じでお供していたのですけど、何しろ、日本語が難しい。宮内庁が見ているし・・・。以前の夢の時は、親しい友人的立場で話をしていたし、お互いそれは『夢の中』のできごとであることを認識していての会話だったので、それほど気を使うことはなかったけれども、今回はもう立派に妻子ある皇太子様になられているので、昔のようにラフにしていてはいけない・・・宮内庁も一緒だし・・・と、やたらと会話に気を使って、夢でど疲れてしまった訳です。一番おかしかったのは、一緒に、あ、ご一緒に、カフェテリア風な場所で食事をする時、私は自分の分をお盆に乗せて(琴欧洲の影響でヨーグルトを選んでいた)レジのところへ進んだのだけど、支払いをしようとしたら、「支払いはボクが(何故か夢の中の皇太子はご自分を「わたくし」ではなく「ボク」とおっしゃるのです、いつも)します。一円も、あなたには、使わせません」とやはり、お優しそうな笑顔でおっしゃるのです。しかし、私はその前にすでにサラダのようなものを買っていて、「なんだ、そうか。じゃあ、コレも一緒に払ってもらえば良かった。どうせ自分が払った税金がまわっているだけなんだから」などと、ちゃっかり思っていたりするのだった。私は被災地らしき場所をお供しながら、半分案内していて、皇太子様は積極的にいろいろな場所を見て回られ、主に、質問は私がしているという妙な感じで、それも、「殿下は、皇太子というお立場で生きて行かれる毎日をどのように、本当はお感じなのですか?」などと質問しては、『あなたは、どうしてそうもイタイ質問ばかりするのかな?」と、やっぱり笑ってお答えになるのでした。そうして、廃墟のような建物に登られ、そこから誇りにまみれた豪華なノートのようなものが出て来て、それを見て殿下はひとこと、『ああ、これは「なるちゃん憲法」だ』とおっしゃる。私は、ああ、あの美智子妃殿下が公務でお留守をされる時に書かれたという、育児書がこれかあ・・・と思って、まじまじと見ていた。なんか、こう書きながら(今は実は朝である、さっき起きたばかりで忘れないうちにと思って書いている)もう、夢の内容はどんどんと消えつつあって、だんたんと、朧になっていくのでした。ニューヨークでは私は「手紙の書き方」という本を持っていて、使う機会がかなりあった。特に小和田さん(雅子様のお母様)にお手紙を書く機会があったので・・・っといっても、その頃はそれほど遠いところにお住まいではなく、私が94丁目であちらは確か、パークアベニューの67丁目あたりだったと思う。まあ、歩いて行けない距離ではない。だけど、いつも、必ず、直筆で丁寧なお返事を頂くので、何か失礼があってはいかん、と思い、手紙を差し上げる際は、頭から「何て書こう?」と始めはかなり考え込んだものだった。そして、目が覚めて、母に『あ~~疲れたあ~~。皇太子が夢に出て来て、宮内庁がいるもんだから、言葉遣いに気を使いすぎて、疲れて目が覚めたよ~~~』という娘に、一言、「あら、お元気にしてらした?」ええ。とっても。
August 8, 2008
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まあ、いろいろなことがありまして、さっき、さんまを食べたところです。あ、夕飯です。私が余りに、さんま、さんまと言うからか、さんまが食卓にまで登場です。さて、私は本当に買い物をする時などは一人で行くことが多いです。何故かというと、友達に気を使う・・・というのもあるけれども、それよりもっと、友達が「売り上手」だったりして、ホイホイのせられて買ってしまって後で落ち着いてみると、後悔することがよくあるからです。そういうことって、ありません?友達から「あ、それ、すっごく似合ってるよ!買い!絶対カイよ!」なんて言われて、『えっ。そ、そうかなあ・・・じゃあ。』って支払いをしている、なんてこと。私にはいるんですよ、この手の販売員以上に上手に勧める友達が数人・・・。ま、それはいいとして、昨日、やっと修理に出していたカルティエを受け取りに行きました。別にそのために行ったわけではないけれども、ついでにってことで。今回は「コンプリート(完全に)」の修理の中でも中の部品をごっそり新しくしてしまうという修理だったので、修理だけで、国産のちょっといい時計が買えそうなくらい修理費がかかりましたが、このカルティエはかなり昔にカルティエ本店で買って、気にっていたけれども、仕事では使えない(秒針がないから)ので、ほとんど保存状態だったわけです。電池だけまめに換えて。某デパートのビルの1階に店を構えるカルティエは、やはりカルティエらしい雰囲気なのですが、つい、店員さんと長話しになってしまい、かなり楽しかったです。それで、帰る時に『また、ぜひ、お遊びにいらしてください~~♪』と言われた。どうやら、そうとう楽しかったらしい。なんとなく・・・私もさんまも、似たようなもんかもしれないと思った瞬間だった。そして、ちょっと眼鏡を買いたくて、眼鏡屋にフラ~~っと入ったら、非常に愛想の良い丸顔の男性が接客をしていて、私があれこれ試しにかけているのをじ~~~っと見ていたらしく、「お客様はめがねがお似合いですよね~~」と言われたので、『はあ。ありがとうございます。母からも「あなた、眼鏡してるとアタマがよさソウに見えるから眼鏡かけてなさいよ」って言われましたし。』と返した。すると、「眼鏡が似合われる方だと、これがお似合いになるんですよね~~」と出されたのが、なんと、ジョンレノンの眼鏡の復刻版で、残念なことに、メタルでなく、ロイド眼鏡みたいな感じの飴色をしている丸い眼鏡なのだ。『あ、私、ジョンレノン、大好きですよ!』と応じると、「もう、だいたい、ジョンレノンお好きな方は買っていらっしゃいますよ~~」と本当かどうかちょいと怪しいコメントだった。そこで一応かけて、鏡の前に行ってみた。うーん・・・別に似合わない、とは思わないけれども.......『いかがです?いいでしょう? あ、やっぱりお似合いだあ!それって、眼鏡が似合う方にしか似合わない眼鏡なんですよ』と説明を聞きつつ、鏡の中の自分の顔を見ていると、ジョンレノンの雰囲気というよりも・・・違う。そこで、「これって、ジョンレノンっていうより、はっきり言って、漫談ですよね」それはおかしかったらしくて、本当はそう思っていたのかもしれないけれども、『いや、お客様。“ジョンレノン”と思ってご覧にならないと、漫才になってしまうんですよ。アハハハハ』とやっぱり笑っている。「うーん・・・漫才か、ジョンレノンかって思ってみると、やっぱり絶対、漫才ですよね・・・素敵な眼鏡なのに・・・」そこで、非常時用の眼鏡を買うことにして、度数を測ってもらった。すると、私はものすごく複雑な目の使い方をしているらしく、近くは左目で、遠くは右目で見ていて、右にだけ乱視があるらしい。つまり、某大学教授が私の目は右利きだと言うのに対して、実際は、必ず左目でファインダーを覗いて写真を撮っている現実と食い違う、という論議をしていたことがあって、つまりは、ファインダーを覗く事自体が私にとっては「近くを見る」感覚なので、自然と左目で覗くほうが塩梅がいいということだというのが判明した。ジョンレノンの復刻版のフレームにはちょっと惹かれたけど・・・長方形の眼鏡をかけていた時は「アタマが良さソーに見えるわよ」が、今度は「おもしろソーに見えるわよ」になるんだろうなあ・・・と思いつつ、店を後にしたのでした。そして、歩いていると、靴好きの私の目に、あるオープントゥの靴が!ヤバイ!.....しかし足は自然と店の中へ・・・。若いおねーちゃんが接客係で、「こちら、素敵でしょう?」と言うので、『こちらのも、ニューアライバルですか?』と聞いたら、「は?」と首を傾げるので、『あ、いや、ここに、“New Arrival"って書いてあるので』。と言うと慌てて「あ、はい、はいそうです!ニューライバルです!」(おい。それじゃあ、新しいライバルってことじゃないか。とおもいつつ)『これ、ヒール何センチくらいありますかね?』と聞きながら見る。どうも少なくとも8.5センチはありそうな感じがする。「そうですねえ・・・前もちょっと厚みがありますから、それほど高い感じはしないとは思うんですけど~~~」『いや、前に10センチヒールってのを履いて介護が必要なくらい本当に歩けない状態になったことがあったもんで』と言うと、ゲラゲラ笑って、「そりゃあ、無茶ですよ~~。」それから、試し履きをしたけれども、私が指定した色のサイズがラッキーなことに完売でなく、「あら、残念・・・サイズがなければどうしようもないですね。」などといいつつ、話をしていたら、もう、店員さん、大笑いで、「マジ。お客さん、最高ですよ。もう、おもしろい!明るいし!最高!」やっぱり、あのジョンレノン復刻版を買うべきだったのかもしれないと思った瞬間だった。何故だかしらないけれども、私は人が笑顔になるのを見るのが好きだし、笑わせるのが凄く好きだったりする。自分は泣くことのほうが多いのに。
August 7, 2008
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夢はよく見るけれども、時々、夢の中で写真を撮っていることがある。そのどれもが、幸せで、でも、ちょっとせつないような夢である。今朝も、私は夢の中でライカを手にニューヨークの23丁目の「フラットアイロン」の近くのビルの中で写真を撮っていた。そこはビルの中なのに雨が降っていて、他のフォトグラファーも写真を撮っていて、その中に年配の男性と少し若い男性のコンビが、大きなリフレクターの傘を開いて、ライトを付けて、その下で談笑していた。私はその光と影と雨のコントラストを納めようと古いレインジファインダーのライカを構えた。夢の中のファインダーの世界は、いつも完璧で、夢の中だから、そうなのかもしれないけれども、あんな世界をファインダーから覗くことは、現実ではそうそうあるものではなかったりする。私が写真を撮っていることに気づいた男性二人が話しかけて来て、写真が撮れず、「今、撮ろうとしていたのに、また、同じようにリフレクターを開いてくれませんか?」と言うと、もうレフ(リフレクター)はしまってしまったよ、と言うので、「あの光と影が大事だったのに・・・」と、夢の中で残念がって、ふと見ると、モノクロのフラットアイロンのビルの先端が見えた。そして、心の中で「パリもいいかも知れない。パリに行こう。そうだ、パリに行こう」と思っていて、目が覚めた。今朝の夢は不思議と、全てがモノクロだった。まるで写真の世界のように。手巻きのライカの、フィルムを巻く感触が懐かしかった。何でもデジタル化された今になってしまうと。写真を撮るという夢がどうのこうのと、出回っている夢判断では言われたりするけれども、そもそもフロイトの夢判断からして信憑性がないことが明らかになっている今、そういうキーワードは、個人の生い立ちやバックグラウンドから考えないと出ない答えだと思う。写真を撮ることは、私の仕事の一つだから、他の人達が撮ることと、違った意味があるように思う。そして、いつも、夢の中の構図は完璧で、そしていつも、ファインダーの中はモノクロ。フランスのパリ郊外に、画家モネが睡蓮の絵を描いた有名な庭がある。そこに行くと、私など、単純に「なんだ、これをこのまま描けば、モネの睡蓮になるじゃない」などと言ったものだった。私は元々絵描きになろうとしていて、油彩をやっていたから、私にはそう写ったけれども、モネのあの睡蓮の一連の作品の群れは、とうてい、誰にも真似できない、特異な、そして、美しい世界であることには間違いない。パリはセーヌ川沿いにある、オランジェリー美術館に行くと、巨大なモネの睡蓮の作品に囲まれるような感じで見ることができる。なぜ、囲まれるような感じでかというと、作品自体大きすぎて、全体を見るには湾曲させて展示するしかなかったのだろう。あの空間には、どれだけ長くいても、決して飽きることがない。一筆一筆は、単なる、絵の具の固まりなのに、それが重なり、離れてみると、見事なモネの睡蓮になる。まるで、魔法のように。一輪のバラを描くとしよう。多分、同じバラなのに、モネはモネらしく、ドガはドガらしく、シャガールはシャガールらしく描くだろう。それと同じように、私は写真撮るとき、私は私の写真を撮ろうとする。自然に。花は時々撮るけれども、アマチュアが撮る写真で私が一番嫌いなのが二つあって、一つが何かといえば花のクローズアップの写真であり(それも正面からの)もうひとつが、祭りの時の子供の写真。この二つは見ると感性が悪くなりそうな気がして、見る気がしない。そうして、不思議なことに、日本というところは、この手のフォトコンテストが多い。私が日本のフォトコンテストに全く興味がないのは、ジャッジする人達の感性に合うような写真は撮りたくない、と、ただそれだけかもしれない。あなた達が好むような作品を、私は撮りたくない。と。
August 6, 2008
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ああ、暑い一日だった。最近は早朝から蝉っぽい鳴き声が凄くて目が覚めてしまう。ああ、夏だ・・・。どーりで暑い訳だ。今月、美容院にカットに行こうと思っていたのだけど、こう暑いとただそのためだけに出かける気になれなくて、お盆休み過ぎに遠方より幼なじみの友達が遊びに来るので、その日にターゲットを合わせて、美容院が午前11オープンとのことなので、その時間に予約を入れたのでした。ちょいと気が早いけど。前も書いたけど、美容院に行ってブローしてもらうと、やっぱり自分じゃできない感じに仕上がるでしょ。そのままただ家に帰るのももったいないので、誰か特別な人に会うようなイベントごとがあるときに照準を合わせるのです。お盆が過ぎれば、再手術の日程も決まるだろうから、しばらく、また、まったりと、静養の日々を送らねばならないので、その友達と会うのがお盆過ぎで良かったです。前回は毛先だけにデジタルパーマでちょっとだけクルッとなるようにしてもらって、前髪を真っすぐボブ風に下ろした感じにしてもらったら、割と友達ウケが良かったけど、カットしたらその毛先のカールもカットされるから、また、毛先だけデジパ~マをかけたほうがいいらしいけど、どうせ、再手術でしばらくは出歩くこともないと思うと、手術後、落ち着いてからでいいか、と思ったり。昨夜は買い物しました。といっても、ネットショップです。よく買っているクローカというセレクトショップで、時々やっている(多分夏と冬かな?)福袋なんだけど、今回は¥30,000円と¥50,000円の『福袋』で、毎回、気にはなっていたけれども、福袋としては毎回ちょっとお高いので、なかなか決心がつかないまま完売になってしまっていたので、今回はお安いほうの¥30,000円のをチョイス。だって・・・¥50,000円のほうは靴のサイズがなかったしぃ...(お金もそんなに出せなかったしぃ...)ここの福袋は、それまで購入した履歴を参考にしながら、重ならないように、今まで買ったものから大体の好みなどを考えて、一人一人違うオーダーマイド風の「福袋」というところが、通常の「福袋」と違うところです。が、まだ受け取っていないので、どうだかわかりません。もしかしたら、凄く嬉しいかもしれないし、もしかしたら、ものすごくヘコむかもしれない。それにしても、夜の8時からの販売だったのだけど、¥50,000円の福袋のほうは、あっという間に完売してました。あそこで扱っている商品が最低¥150,000円以上入っていると言うことなので、ちょっと惹かれましたが、私には欲しいショートブーツ(もう気分は秋)とエナメルのパンプスがあったので、パスして、¥30,000円のほうにしたんです。どんなのが届くやら。正月でもないのに、福袋にちょっと期待・・・。さて、先日、放送局に電話して秘書嬢が出て「またかけ直します」と伝言したまま、「きっと出世してお忙しいのだろうなあ....」と遠慮したまま、つい、忘れていた某放送局の元ディレクターから、逆に電話がかかってきて、「いえ、ちょっとした、大したことない質問だったもので・・・」と話していたら、『出てこいよ~。コーヒーくらい飲もう。』 と言われ、「はあ。わたくし、山本モナではございませんので、コーヒーだけってことでヒトツ・・・」と言ったら、大笑いしていた。『オレも二岡にはなりたくねえよ』ってことで。コーヒーだけに、ブラックですいません・・・。昔上司、今はお偉いさん。でも、年月経つとなんとなく「友達」みたいになっているのが面白かった。
August 5, 2008
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もう、胃を切ってから、割と年数が過ぎていて、今では自分の胃袋が4分の1しかないってことを忘れている時がほとんどで、でも、体調というか気分というか、それによっては、具合が悪くなることがあって、その時の『具合の悪さ』とうのは独特のもので、医学用語では『ダンピング症候群』と言われるのだけど、それが、早く治まる人と長く続く人がいて、その違いは、やはり、精神的な面からだと言われている。(それ以前は、胃がなくなった肉体的な原因と考えられていた)。私は普通の食べ物なら、余り好き嫌いなく食べるほうだけど、よく考えてみると、どうも「皮類」が苦手だと思う。例えば、魚の皮も食べる時は剥いで食べるし、フライドチキンも、ハーレムの125丁目のKFCの以外はちょっと食べれない。ウナギも、ウナギ自体それほど好みではなく、食べる機会があれば食べるけれども、皮だけはどうしても食べれない。タコ焼きのタコを食べれないのも、入っているタコの部位がたいてい、吸盤か皮だから、たこ焼きのタコは出してしまう。最近、桃が買ってあることがあって、夜中にこっそり一人で食べているのだけど、私の食べ方は、ナイフ一本で奇麗に皮を剥いで、丸かじり。そこでふと気づいたのは、日本の果物には、皮離れの良いものが多いということ。アメリカの「ピーチ(桃)」などは皮を剥ぐというより、リンゴみたいにムクという感じで、そもそも、皮ごと食べてしまう人のほうが多い。リンゴもピーチも。さすがにオレンジは剥いて食べているけど。ぶどうも同じで、日本のぶどうは皮が厚くてとてもたべられないけれども、西洋ぶどうは皮が薄くて、皮が剥がれにくいので、そのまま食べるのが普通とされている。私は『巨峰』が好きで、ニューヨークの日系マーケットで売っていると、すぐ買って食べて、その皮離れの良さに「ああ、やっぱり日本のぶどうだあ~~~」と嬉しくなったものだった。そういえば、今日発売の米国誌のPEOPLE MAGAZINEにアンジョリーナ・ジョリーが出産した双子の赤ちゃんの写真が掲載されていて、見たけど、可愛かった~~~。アンジョリーナ・ジョリーも凄く優しそうな笑顔で相変わらず奇麗だった。ブラッド・ピットって、一時期は凄いハンサム系で一世を風靡していたのに、今ではなんとなくアンジョリーナ・ジョリーのほうが目立っているような感じがするけど、それでも、このふたりは、なんとなくハッピーな雰囲気が漂っていて、見ているだけでいい感じ。写真の掲載にはアメリカが14億円、英国が11億くらい出しての著作権売却だったらしいけど、それを全額、二つの慈善機関に寄付、というのは前回出産の時の写真の扱いの時と同じだけど、双子なので、代金も約2倍。でも、そうやって、自分たちが有名で、それでお金が入るチャンスがあって、それを利用して、チャリティーに寄付するというのは凄いなって思う。凄くいいって。ところで、もうすぐ始まる北京オリンピックだけど、なにやら、遠泳のイギリスの選手は魚が怖いらしく、『彼らは人間じゃない。歩き回らないし、普通じゃない』と言って、もし魚を見たら、途中棄権すると言っているらしい。確かに、魚は人間じゃない。歩き回らない。歩き回ったら、私だってすごく怖いと思う。普通じゃない?...まあ、魚が普通じゃないのか、その魚を異常に怖がる選手が普通じゃないのか、迷うところですけど、誰にだって苦手なものってあるもんですなあ。この選手、食べる魚も嫌なのかなあ。さんまも怖いか?。今日はこれまで。
August 4, 2008
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日本の夏は、まぶしいと言うより、どちらかというと「蒸し暑い」ほうが不快感がつのります。前にも書きました通り、ニューヨークの真夏の日差しの強さは、日本の夏の日差しの比ではなく、東洋人の私の焦げ茶の瞳ですら、耐えられないくらいまぶしいのだから、多分、青やら緑やら紫やらグレーなど、いろいろな明るい瞳をした白人の人達には、それはそれは堪え難いほどまぶしいことだろうなあ・・・と思うのです。瞳はダークなほうが日差しの明るさを受けにくいらしく、明るい目のほうがまぶしさを強烈に感じると眼科医が言ってました。それで、夏になるとふと、サングラスをかってしまっていて、きづいたら、このような状態で・・・。それも、これは全部ではなく、スペインで1つなくしてしまったり、ニューヨークの公園で散歩中に転んで割ってしまったりしたものもあるし、年代物はどこか箱の中にあると思います。サングラスも流行というものがあるようで、最近は、母が使っていたような大きな(私から見ると)変な70年代風のものがサングラスというより『カチューシャ』としてはやっているようですね。これは、左上から、DKNY、カルバン・クライン、カルター&クロス・オブ・ロンドン、イタリアのどこか製(使いすぎてロゴが消えている)、シャネル、レイバン。右上から、ラルフ・ローレン(ミラー)、ラルフローレン(ブラウン)、レイバン、シャネル、しらないイタリア製らしきもの・・・というようになっています。この中で一番つかったのは、ロゴが消えているイタリア製のサングラスと、カルバン・クラインのだと思う。カルバン・クラインのはレンズがニコン製だったので、安心してというか、カメラを扱うせいもあって、馴染みがあって、使いやすいです。私は顔の印象は日本人なのだけど、頭蓋骨の形がどっちかというと西洋っぽく、幅が狭くて、奥がある(つまり絶壁頭ではない)らしく、そのくせ、東洋人独特に頬骨が高いので海外でサングラスを買うときは顔に合わないものが多いです。というのも、西洋人は頬骨が低くて鼻が高いのですんなりかけてられるデザインのものを私がかけると、モロ、頬骨にあたってかけられないということが何度もありました。そういうのを私は『ジェームズ・ボンド用』と名付けています。シャネルは右下2番目のが一番好きで、これはレンズの周りを囲むようなフレームになっているので、紫外線が隙間から入ってこないという点で気に入っています。左一番上のラルフ・ローレンはミラーグラスになっていて、割と気に入って使っていたのでレンズにかなり小さな傷がついてしまっているのが残念。左上から3番目のレイバンはかなり古いもので、似合わないので、主にディノ(犬)にかけさせて写真を撮ったりして遊んでしました。なぜ似合わないかというと、つまり、笑うと頬骨にフレームが当たるのです。このレイバンは「鼻が高くて頬骨の低い人向き」つまり、『ジェームズ・ボンド用』です。贈り物で頂いたので持っていますが。それにくらべて、左一番したのレイバンはかなりレンズから頬まで隙間があるので使って楽ですが、ちょっと重いです。これをかけると、ちょっとだけマトリックスっぽくなります。ということで。
August 3, 2008
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この部屋は、通常、温度は28℃に設定してあって、他の人から言われると、割と高めだという。でも湿度さえ低ければ、私はあまり暑いとは感じない・・・というより、寒くなったりする。それは、もしかしたら、体脂肪が余りないから、やたらと寒く感じるのかもしれないけれども、アメリカ人の暑がりは「はた迷惑」なことが多く、まあ、それだけ体脂肪率の高い人が多いからカモしれないけど、今回、省エネ(クールビズ)で、国連の設定温度をあげたことがニュースになっていて、それが、なんと、国連の事務局棟が22.2℃から25℃に引き上げ、会議棟などは21.1℃から23℃に引き上げる、偉いだろう!ということになっている。・・・あたしゃ、それじゃあ寒くて風邪引くわ。どうりで、あの猛暑の夏。ニューヨーク市長が懸命にテレビで『暑いのはわかります。しかし、消費電力がもたなくなりますから、どうか、暑いでしょうが、冷房の設定をなんとか24℃まで上げてください!』と言っていた訳だ。まあ、会議中は人が沢山集まるから、部屋の温度も上昇するだろうけれど、それにしても、設定が23℃とはね・・・。風邪ひきそ。今までで一番「暑い(熱い?)」と感じたのは真冬のジャマイカだったことは、先の日記にも書きましたけど、他に暑くて印象に残っている国としては夏のイタリアと、スペイン。パリ(フランス)は夏でも冷房がない部屋もあるくらいで、それほど蒸し暑くもなく、寝苦しいということもなかった。パリで大学に通っていた頃はアメリカ人のすっごく可愛い金髪の19歳の女の子がルームメイトで1学期間ホテル住まいをしていて、そこには、冷房はついてなかったけど、まったく不便は感じなかった。そのルームメイトの女の子はボーイッシュなショートヘアーで美人で、気だてがいいというのか、カラッとしていて、あれだけ長い間一緒に一つの部屋を使っていたのに、もめたことも、喧嘩になったこともなく、仲良く笑っていたものだった。まあ、二人とも「大雑把」という共通点があったので、余り気にならなかったのかもしれないけど。スペインの夏は非常に乾燥しているので、私の好みです。例えば、スニーカー(布製)を夜洗ってホテルのベランダで乾かしていれば、翌朝にはカラッカラに乾いていて、夏の学生旅行の時には凄く便利だった。真夏のイタリアは、何しろ最初に行ったのが子供の頃だったので、もう、暑いもなにも覚えてない、というのが正直な所で、強烈に最初に覚えているのは「イタリアでは蛇口から出る水は絶対に飲んではなりません。お水は買って飲みましょう」ということで、今でこそ、水を買って飲むのは当たり前になっている日本だけど、私が子供の頃の当時はまだそこまでなくて、「ええ?水って飲めないの?」と思い、大きなボトルの水を抱えて買って来たのはいいけれども、何しろこちらが英語を話しても相手はイタリア語なので、炭酸入りかなしかって質問が理解できなくて、炭酸水を買って来てしまい、それで歯を磨いたら、口の中が泡だらけになって大変なことになったのは、非常によく覚えています。(私個人としては、炭酸水なら、St. Pellegrino(サンペレグリーノ)が好きです。)2回目以降はさすがに覚えていて、それ以来、夏のイタリアはできるだけ避けるようにしてるのだけれども行かねばならない時もあって、ローマの暑かったことと行ったら....私がサングラスをして、鼻の所に折ったハンカチを挟んで鼻の周辺の日焼け防止をしている姿が滑稽だったので、写真に沢山撮ってくれてます。毎日、違う柄のハンカチをサングラスに挟んで歩いていて、行き交う人が一瞬、ギョっとしているのはわかったけれども、何しろどうしようもなく暑く、鼻から汗が出て来るのでそうするしかなかった・・・。ただ、さすがにKENZOの華やかなハンカチを挟んで歩いた時には、すれ違う人から「オー、カラフル~~!」と、言われた。確かにKENZOさんの世界はカラフルです。多分、来月あたりは某大学病院での再手術でちょっとだけ(1~2日かな?)日記はお休みしなければならないと思いますがまだ教授から日程が知らされていないので、何日頃になるかはわかりません。その後は静養しつつ、続けなければならない・・・という、ある事情があります。前回の手術では十分ではなかった分、また、再手術で健康になれるわけですので、案じることはないです。本当に暑い日が続きそうなので、皆様も、どうぞ、夏風邪、夏バテ、クーラー病などにはくれぐれもお気をつけ下さい。ほなまた。
August 2, 2008
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一昨日の日記に書いた、今は亡き、私のモロ、好みを結集したような男性のJ.F.ケネディージュニアの結婚式の写真がこれです。凄く素敵でしょう?...カメラアングルは最低だけど・・・(斜めに撮るな!シロートか!・・・多分、シロートでしょう。)この写真は、皇族制度のないアメリカにとって「プリンス」的存在のジュニアが(英語ではジョン・ジョンというニックネームで呼ばれていた)本当なら盛大にやるくらいのお家なのに、質素なこういう結婚式をあげたことが非常にロマンチックで、この写真1枚見てもどんなにハッピーな結婚式だったことがわかって、この写真はあちこちで取り上げられていたものでした。(実は報道陣シャットアウトだったので、出回った式の時の写真がコレだけだった・・・という説もある。)まさかこの数年後に二人一緒に亡くなるとは(実際には彼女のお姉さんも一緒だったけど)思いもしない幸せな写真です。私は以前NYのハロウィーンで、冗談で金髪のヅラをかぶってみたのですが、本当はそれでボケかますつもりだったのに、やたらと似合ってしまって、ボケというより、皆から『バービー人形みたい』と反感半分褒め半分だったので、金髪は割とイケるかもしれないし、このドレスもまあ、なんとか着こなす自信もあるし、手に持っているブーケも、まあ、なんとかその辺の草花を集めて手に持つこともできるけれども・・・横に立ってああいう甘いキスを手の甲にしてくれる、ダークブラウンのカーリーな頭のカッコイイ男性がいない、という1点だけが欠如している訳です。まあ・・・もっと欠如していることは多いにありますが。『キミならできる!』はあ、ジョージ・ルーカスさんもそうおっしゃってます。最近ヴァラエティー番組で(主にさんまの番組だけですが)目にすることが多いDAIGOのことを割と好きだと書いたら、『意外です』と言われましたが、実は、本当に気に入っています。理由を大きく言えば、1.躾がよくされて育ってそうだ2.番組中で食べ物を食べる時に、ちゃんと指ぬき手袋をはずす3.お母様の名前が「まる子」4.割と頭がいい5.笑うとロックから遠くなるなど。「躾(しつけ)」というのは、犬も人間も大事なもんだと、なかなか言うことをきかないウチの犬を見ていて思うのだった。そして、町を歩くと、ウチの犬と同じくらい「躾」がなされてないまま、町を歩いている人を目にすることが、私が渡米する前にくらべると多くなったような気がする。何もやたら若い人達のことだけでなく、いい年齢になった人達までがそうなもんだから、なんとなくドヨ~~~ンとなってしまうことが多い。ので、できるだけ町中に行くのを避けていたりする。私自身、完璧に「躾」されているかどうか?というと、はなはだ疑問ではありますが、一応、それなりに、その場によって、振る舞う、と、いう、こと、は、して、お、ります。私の友人で、やはり同じくアメリカの大学に進んだのがいまして、授業を選ぶ時、「アメリカは歴史が浅いからきっと簡単だろう」という浅はかな考えでアメリカ史のクラスを取ったら、なんと、逆に、歴史が短いがために、詳細に渡って授業が行われ、それはそれは覚えるのが大変だったと、後になって嘆いていたけれども時既に遅し。私はなぜか高校の時の世界史が苦手で点数が悪く、何故だろう?と思ったら、そのクラスのM先生が非常におもしろくて、授業内容よりも、その先生の一挙一動からしておもしろくて、クラスをすっかりエンジョイしてしまっていて、歴史の内容はほとんど頭に入ってない・・・という状態だったのだとわかった。おじょーサマ学校で有名な母校ですが、その世界史の授業で、先生がドアからおいでになると、起立して礼をする代わりに、『よっ!待ってました!M先生!』とかけ声をかけていたのは、私だけだったが。今でも、あのM先生の余計な話だけはしっかり覚えている。それで、私は試験の時、答えの登場人物の名前がわからない時は、均一に日本史の場合は「森進一」、世界史の場合は「ロッド・スチュワート」と書いていたのだけれども、一度だけ、何かの間違えで、ロッド・スチュワートで○がついていたことがあった。あれはなんだったのだろう・・・?
August 1, 2008
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