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『健やかなる時も…云々』と昨日書いたら、食あたりになって今朝からトイレの往復(すんまっしぇーん、このネタ多くて)と、どうやら、ちびしろさんの言うところの『霊体験』のようなことが起こってダブルで眠れず、ヘロヘロの管理人でございます。ことの始まりは、夜眠れず、なんとなくお腹が空いたけれども、食事をするほどではない。だけど何か食べたい。そう思うと、ますます食べたくなって、夜中にゴソゴソと冷蔵庫の中を物色するが、何しろ、冷蔵庫番の母が入院中だったので冷蔵庫の中は閑散としたものだった。ふと見ると、なんだかかなり昔から目にしているフルーツゼリーが目にとまった。私はそれを持って部屋に戻り、なんかちょっと変だな、と思いつつも食べてしまったのだった。(それしか、食あたりの原因が思い付かない)で、話は変わるけれども、今朝、やっとどうにか眠ったかな?と思った頃、部屋の中でまるで積み上げた靴箱が崩れ落ちるような音がして、はっと目を覚ました。私は恐いとは感じなかったので(私の持つ「気(霊気)」はマスター級以上だと有名な霊気マスターに言われたのでこれは間違いない)何か倒れたのかな?と起き上がって電気を付けて部屋を見渡すけれども何も変わったことはない。そしてふと、そう言えば、4時前に眠れた時は、必ずと言っていいほど4時半頃に一度目がめていたなぁ…というのと一緒に、掲示板でちびしろさんが書いていたことを思い出したのだった。しかし、嫌な感じや恐いといった感じも全くなくて、ただ、一体あれはなんだったんだろう?と不思議でしょうがないのだった。
January 31, 2004
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私はこの年になるまで…と言っても年はヒ・ミ・ツ~♪なのでわからないことになっているけれども、とにかく、この年まで結婚も妊娠も離婚も夫婦喧嘩もしたことがない。まあ、単なる「独身」なので当然と言えば当然のことなのだ。日本を離れて竜宮城のような海外生活を送っている間に、時間は進んでいて、気が付いたら回りはほとんど主婦になり母になり、私とは違う世界に住んでいるようなことを言う。正直な気持ちを言えば、結婚を諦めているわけではない。何しろ結婚する時は、イタリアのセントヴァレンチノ教会で、二人きりで(神父と二人きりというのではもちろんない。相手と神父なので正確には三人になる)手には淡いピンクとオレンジの薔薇の小さなブーケを持ち、白い、ストンとしたラインのシンプルなロングドレスを着るのだ!と息巻いていたりするけれども、本当はそんなことはどうでもよいくらい、私は結婚という儀式に憧れは持っていない。結婚したくないわけではないけれども、ただ、今までそういう巡り合わせがなかっただけなのだと思う。仲のいい両親を持ち、去年の父が心臓の手術をした時の母や、今回のように逆に母が病気になって入院している間の父の献身的な行動を見ていると、人生のパートナーを持つことは決して悪いことじゃないなと思うし、本丸にも書いたけれども、健やかなる時よりも、病める時にどういう関係になるか、それが愛情の基本なのじゃないかと、まだ一度も嫁いだことのない私は思うのだった。で、本日、母が無事退院いたしました。
January 30, 2004
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よく日本では、『夜、爪を切ってはいけません』『家の中で靴をはいてはいけません』『物を箸移ししてはいけません』『3月3日過ぎてもおひな様を片付けないと嫁にいけない』などなど、迷信のような縁起を担いだ言葉が沢山ある。では、アメリカではどうかというと、これがやっぱりあるのだった。一番身近なことで「なるほど…」と思ったのは、『部屋の中で(あるいは家の中で)決して傘を広げてはいけない』ということだった。雨が降ると傘を使う。すると、皆、その傘を部屋の中ではなく、アパート(日本で言うところのマンションですな)の廊下に広げて干しているのだ。私はパリで手作りの傘を買うのを趣味にしていたので、ちょっとした傘コレクションを持っている。ある日、アメリカ人の友人に見事な柄を見せようと広げようとしたら悲鳴をあげられたので、これは間違いない。それから、くしゃみをすると必ずと言って良いほど、見知らぬ物同士であろうと 『(God) Bless you!』と言い、言われた方は『Thank you.』と返す。これはマンガ、ちびまるこの中の花輪君も知っていた。西洋ではくしゃみは悪魔がいたずらをしていると思われていれ、それで「神のご加護を(God Bless You)」と言うのだ。私はくしゃみをしていないけれども、今、どんな神様でもいいから、加護が欲しい。そんな気分。
January 29, 2004
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私はよく、歯医者の次に美容院に行くのが嫌だと言う。とにかく肉体的にも精神的にも凄く疲れる。歯医者と美容院の違いは、痛いか痛くないかだけのように感じるくらい苦手としている。そして私はそこがNYであれ日本であれ、美容院で雑誌を読むことはほとんどない。実は今日、重い腰を上げて美容院に行った。腰が重いのは、前から何度か話題にしている「1500円カット」でどえりゃあスタイルに(友達は「いつもと変わんないじゃん、と言うが…)」なって以来、ちょっと恐怖症になっているからだった。でも、今日はカットではなく(カットしたくても、これ以上カットするのはスタイル的に無理なのだ…ああ、早く伸びて、ちゃんといつものところでカットしたい…)ヘアーカラーのためだった。待ち時間の間、ふと、目の前にある週刊誌を手に取った。私にとっては画期的なことで、普段、週刊誌も見なければ、テレビのワイドショーも見ないので、ことこまかに、誰がどーして、誰とどーなったと書いてあったり、料理のページがあるかと思えば、メロドラマ風マンガがあったりと、1冊目を通しただけで、ぐったりしてしまった。やっぱり私には、芸能人が何を着ていようと、誰と不倫しようと婚約しようと全く関係ないのだった。ただ一つだけ、竹内まりやさんの記事だけは読んでいてなんとなく得した気分になった。竹内まりやさんは、私が聴く数少ない邦楽のうちの一人で、かなり昔、NYで一度だけお会いしたことがある。この3月で49歳になられるとのだけど、彼女を見ているとなぜか「よーし、まだまだ、まだまだ」と元気づけられる気分になるのだった。主婦であること、母であること、それにライフワークと呼べるものを持っていることは素晴らしい。主婦になることも、母になることも普通(例外もあるが…私のように)誰にでも起こりえることだけど、音楽であれなんであれ、打ち込んで作り上げるものを持つことはとても難しいことなのじゃないかって思う。若い時は若さで切り抜けられることが多い。だけど、年を重ねて行くと、自分自身の持つ「世界」でしか勝負できなくなる。日本の町を歩いていると、どうしようもない気分になるのは、そういうものがなかなか持てない文化や、環境や、また、個人の価値観の違いのせいかもしれないと思うのだった。
January 27, 2004
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ちょっと横に…と思ってベッドに入ったら、2時間以上眠って、ちょっと、あーた、今、深夜12時半じゃないの!うーん...眠れない時は眠れず、中途半端な時間にこれまた中途半端な睡眠時間。トホホ...。昨日(もう昨日の話になってしまった)母を見舞ったら、かなり元気になっている様子で、『早く家に帰りたい』とほざくまで回復していた。私はそこに去年の夏、1か月半もいたんだじぇ、ベイベー。しかし、親が弱ったり、あれ?ボケてきたかな?と疑うような時は本当に参ったな…と思う。さーて、本題の「期間限定」の期間のお話し。このサイトは「期間限定」である。その「期間」は実は、私の個人的な「期間」で、その期限が来たら、このサイトとはさようなら~になる。だけど、そう簡単にそのタイムリミットは来そうにない。(ニューヨークに帰るとか、嫁に行くとか、そういうことではありません。ニューヨークに帰っても、ネットというのは継続できるのでそれは全く問題ないです)なので、皆さん、しばらくはご安心を。そして、私はちょっとブルーに。
January 26, 2004
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昨日、沢山書いたので、 今日はお休みします。 すんまっしぇん。寒いだけでおもろいことなんもない。 あ、オレンジ珊瑚の薔薇ピアスにポチしました。
January 25, 2004
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掲示板でひょんなことから、まゆみゆまさんが「いつ交通事故にあうかわからないから、下着はきちんとしたものを」というようなことを子供の頃によく言われていた…というほのぼのとした書き込みをいただいた。今思うと、なぜ、そのような内容が出て来たのかさえ、管理人であるわたくし、思い出せません。大変申し訳ないことです。しかし、交通事故でなくても、いつ何時パンツを披露しなければならなくなるかわからないのが人生。実は、去年の冬父が倒れ、入院してしまったので、私は遠路はるばるニューヨークから見舞いに…いや、その時はすでに家におったのでタクシーで病院まで見舞いに行こうとしていたらもの凄く胃が痛くなった。それも電話でタクシーを頼んだ頃に痛みが激しくなり、一瞬、今日のお見舞いは無理かな…と思ったものの、まあ、行き先が病院だから行けば医者がいるから薬くらいくれるだろう…と思ってタクシーで病院に見舞いに行った。私の胃の痛みはタクシーの中でも徐々に凄さを増し、ヘロヘロの状態で車を降り、運良くエレベーターの前で両親と遭遇し、最初の言葉がお見舞いの言葉ではなく『胃、胃が、胃が痛い…』それから、私は父の病室のある階の談話室のソファーに横になって身動きができなくなってしまった。病人である父が急いで車いすを持って来てくれたので、それに乗ってER、つまり救急につれて行かれたらしいのだけれども、その道中のことが記憶にないくらい苦しかったのだった。救急のベッドで点滴を受け、採血や検尿の結果、急性膵炎と診断された。私ははっとした。『膵臓』…私は日頃、胃腸や頭のことは気にかけて来たけれども、自分に「膵臓」というものがあるとは今日の今日まで考えたことがなかった…と。急性膵炎では動脈採血が必要で、動脈というのは普段簡単に青筋のように現れてくれる静脈と違って、奥の方で脈をうっているのが“動脈”であり、腕からなかなか採血ができない。できないことをやろうとすると、痛い。一番簡単に採血できるのが、足の付け根の内側。よく言うところの“ビキニライン”の際どいところなのだ。そこから採血するには、パンツ丸見え状態にならねばならないのです。で、その日に限って....私はパンツのラインが出ないようにと、ボーイズタイプで色気がなくて、おまけにラクダ色のおヘソまである、言わばオバサンバンツを履いていたのだった。そのうえ、冬だったのでビキニラインのお手入れをさぼっていて、カレシもいないので他人に見せるチャンスもないからまあええかと、そういう状態なのだった。そんなの、見せられますかってんだ。その頃には点滴が効いて痛みがひいていたので、いっそそのまま帰宅しようとしたら『今動いたら危ないんです! 急性膵炎は30%の死亡率で、死ぬことだってあるんです!』と言われたけれども、私はこのパンツを披露するくらいなら…と真剣に思った。熊のような看護士が足の付け根から採血させて欲しいというので、私は頑に断った。それで、難しいとされる腕からの動脈採血にレッツチャレンジ~♪ということになった。が、何度その熊看護士がやっても痛いばかりで、なかなか針が動脈に出くわさずその痛さたるや...。熊看護士は『足の付け根からだったらすぐ採血できるんだけどなあ』とぼそぼそ繰り返し、「いや、絶対ダメです。今日はダメです」と拒み続けていたけれども、やっぱりどうしても腕からの採血が無理ということで、採血名人と呼ばれる看護婦さんが登場したので、まあ、同じ女性ならいいか、もう二度と会うこともないだろうし…と、泣く泣く承諾したのだった。もちろん、採血はあっという間に終わり、痛みも少なく、こんなことなら最初からここから採ってもらえば良かった…と思い、自分が履いていたパンツを後悔したものだった。そして、私はそれから絶食絶飲で1週間の「ベッド上安静」状態での入院とあいなった。(そして、死亡率が高いにもかかわらず、メールチェックをしに、こっそり病室を抜け出したりした)だから、いつ何時、急性膵炎になることも考慮して、下着とビキニラインのお手入れはキチンとしましょう、という教訓になる話題で今日は終わりとしましょう。
January 23, 2004
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私には珍しく(いや、珍しくないかも)むっとすることがあった。ある人の連絡先がわからず、知人のお母さんが知っているということだったので、久しぶりに電話をかけた。久しぶり…というのは、元々、そのお母さんという人が私はどうも好きになれず、余程のことがない限り、連絡することがないのだった。昨日、その「余程のこと」があったので、久しぶりに電話で話し、両親の近況を聞かれたので、正直に母が今入院中であるというようなことを説明したら、一瞬だけ心配そうな声を出したかと思ったら、『まあ、お母さまはお育ちがよろしいから、ひ弱なのよ。私みたいに苦労した人間はそんなことないけど…云々』と、信じられないような言葉が次々と聞こえて来た。その人は母と同年代の人。決してホームレスでもなければ、生活に困っているわけでもない。私の母だって、いろいろな苦労を重ねて今日に至っている。特に、私のように海外に逃げ出してなかなか帰ってこないは嫁には行かないわってな親不孝な娘を持つと他の人にない苦労も背負うことになる。人の苦労は人の数だけあると思う。それを計りにかけて、どっちがどうだなんてことは意味がない。人それぞれが、それぞれの悩みがあったり苦しみがあったりして、それはその人にとっての悩みや苦しみであって、他人のものと比較してバカにするようなものではない。誰の苦労が誰の苦労より大きいとか、私のほうが苦労しているから偉いのよっていうような言い方は、失礼を通り越していて呆れてしまった。苦労をした経験があるのなら、また、病気をしたことがあるのなら、他人の痛みもわかるようになるのが普通なのじゃないだろうか。高齢になれば環境がどうあれ、健康でいられる人もいれば病気になってしまうことだって極当たり前のことなのに「ひ弱でいらっしゃるから‥」とは。母のことは何も知らないのに。最近の若者は…と最近書いたけれども、戦争体験者の年齢の人にもそういう非常識というか、思いやりのないというか、自分だけが世界で一番苦労しているような錯覚に陥って他人を見下すような、そんな人がいるんだと知って、愕然としながら、単純に頭に来た。
January 22, 2004
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ニューヨークの地下鉄も近年、ピカピカのものがほとんどになって、昔のような落書きのされた車両は交通博物館にでも行かなければ見れなくなっている。そんなニューヨークの地下鉄も、朝夕は通勤ラッシュで車両は満員、押し合いへし合いになるのだけど、マナーは日本よりずっといいと感じる。久しぶりに帰国して、電車のアナウンスに「えっ?」っと言うより…「ギョッ」っとした。『車内での携帯は他のお客さまのご迷惑になりますのでご遠慮ください』これはわかる。それでも平気で使ってるヤツラがいる。けしからん。その後のアナウンスにびっくりした。『え~、出入り口や通路に座ったりされませんように...云々』えっ。日本人はいつから電車の通路に座るようになったのだ?私が祖国を離れている間に、日本人は異様な変化を遂げている。まず、黒髪が主流だったのが「茶パツ」が多くなり、後ろから見ると外国人が増えたような有り様になり、日本語のイントネーションが変になり、たったワンセンテンスすら正しい日本語で表現して発話できない若者が急増している。礼儀正しく、義理人情を重んじ、親切で愛嬌のいい日本人、というイメージは、少しずつ変化して、一体この先どうなっていくのだろう。ちなみに、ホームレスがゴロゴロしているニューヨークの町であっても、地下鉄の通路に座り込む人も、居眠りしている人もいない。もちろん、夜な夜な、仕事帰りに酒を飲んで千鳥足で歩いているサラリーマンもニューヨークにはいない。たまにいるなと思ったら、大抵、赴任早々の日本人サラリーマンだったりして、道行く人達が嫌そうな表情でその光景を見ていることがある。ちなみに、ニューヨークでは公衆の場でのアルコールの飲用は禁止されているので、アル中のホームレスでさえ、茶袋にこっそりお酒の瓶を入れて隠して飲んでいる(が、千鳥足ではないし、外人なので顔が赤くならないので酔っているかどうかわからないのであった)
January 20, 2004
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あの日、つい、魔が差して、1500円という破格の値段にほだされて、髪をカットして以来、私は自分の頭が気に食わない。一度は「自分で蒔いた種は自分でなんとかしよう…」とハサミを持ち出して手直しカットをやってみた。その時は一件落着のような気がしたのだが、シャンプーしたらもっと変になってしまっていることにきがついた。こうなれば…行き着くとこまで行き着いてやれ…と、一瞬、恐ろしい魔が差しそうになって再びハサミを手にしたけれど、そこはぐっとこらえて、心を鎮めた。私の頭が、ちびまるこのお母さんのようなクルクルパーマ頭だったら誤魔化しがきくのだろうけれども、私の髪の毛は若干の癖毛を矯正パーマでストレートにしているものだから、カットの善し悪しがモロ、大モロで出てしまうのだ~ッ!っと叫んでも仕方がない。しばらく、もう少し伸びるのを我慢して待って、今度はいつもの店に行くことにしよう。今は亡き祖母がよく言っていたものだった。『女は髪形』はい。ほんまにそうでございます。
January 19, 2004
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母が突然、入院することになって、母の愛犬、ではなく、母の夫である私の父は不安で、自分が何をしているのかわからない…という状態であったけれども、母の容態は心配ないとわかって、俄然主婦ならぬ「主夫」化して大忙しの友蔵であった。(友蔵とは本名ではなく、父のあだ名である。頭の輪郭があの漫画のじいさんにそっくりなもので…)母が入院して以来、目が覚めて居間に行くと....整理整頓。台所に行くと、ステンレスの流しまでピカピカ。洗濯物はすでに干されていて、風邪に揺れている...。友蔵にできないことは、料理だけのようであった。毎日、ご飯だけどはコンビニで済ませている。私は作らない。なぜなら、昔、母が一泊旅行をした時、夕飯にミニウィンナーのオムレツを作ったら「虫が誕生しているみたいだ」と言って気味悪がって食べなかったので、それ以来、父の食事を担当するのはやめにした。父は、私が目覚めた時には既に母の元へ行っていて、お昼頃になると、一度帰宅して私をコンビニにつれて行ってお昼ごはんを与え、それから洗濯物の乾き具合をチェックして、そしてまた夕方まで母のところに行くのであった。チュウケン友蔵である。
January 18, 2004
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掲示板に、いつもロムしてくださってるりなさんから、最近の日本人の若い子達もヤバめだけれども、アメリカのテレビドラマ「SEX AND THE CITY」に出てくる十代の女の子もケバくてヤバそうなんだけど、今ではアメリカでもそういうもんでしょうか?という、大変に日記にネタに都合のよい…いや、大変意義あるご質問を頂きましたのでこちらのコーナーでお答えしたいと思います。実は…その「SEX AND THE CITY」というドラマ、見てなかったので…(チャンチャン←ボケのオチの音)チラッと見たことはあるんですが、私はNYでほとんどニュースと映画専門だったもので、連続トレンディ風ドラマは余り見たことがないので詳しいことは分かりませんが、確かにヤバそうな女の子はニューヨークにもいないわけではありません。ただ、現実では、日本のように十代でブランド品を持ったり身に付けたりしている若い子はほとんど見かけることがありません。価値観の違いもあると思いますし、ブランド品というのはそれなりにトシを重ねて「似合う」年齢や人格ができてから手にするもの…という考えがそこはかとなーく流れているようなんです。ハッキリ言ってしまうと、「ブランド品?そんなのに高いお金出してアホみたい」という気持ちが若者にはあるようです。お化粧にしても、高校生頃が一番ケバいのがアメリカです。若いほどあれこれケバい格好をして楽しんで、大学生になる頃には、かなり落ち着いてきていて、それに勉強が大変なので化粧どころの騒ぎではない…というのが現実です。それから、これは偏見というわけではないのですが、映画「ワーキングウーマン」の主人公の変身ぶりにも現れているように、教養(学歴、職業、地位)などでもかなり違いがわかるようです。良い学校、つまり、それだけ難しい学校に通っている若い子達はやっぱりそれなりにきちんとした格好をして、きちんとしたマナーを身に付けているようです。その辺りは、貧富の差が歴然としているニューヨークなどは手に取るように違いがわかります。大学に通っていて、バッチリ化粧をして授業を受けている女生徒は皆無と言って良いです(コロンビア大学の場合ですが)身なりも、もちろん高いブランドの服など着てる人はいません。だから、言葉は悪いけど(確かに悪いが)パープリン(これは死語?)な女性像を描くには手っ取り早く、若いのにプランドもので身を包み、アタマアホそう…という演出をするのかもしれません。実際、マンハッタンの町を歩いていて、ヴィトンやエルメスやコーチ(コーチはアメリカではブランドというよりもっとカジュアルな感じですが)を持って歩いている若い子達はほとんど日本人を含む東洋人観光客です。ある程度の年齢に達して、そのブランドに負けない自分を築いた頃になってる人とそれなりの資産家の夫を持つ人などがブランドに身を包んで町をさっそうと歩いています。もちろん、モデルさんやそういう業界の人達はまた別の話になりますが。少しは参考になったかしら....。
January 15, 2004
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わしゃあ、マッキントッシュ派じゃが、ビル・ゲイツになったら、あーんなものも、こーんなものも買えるんだわ!って、単純に金持ちになりたい…でいいのだけど、まあとにかく、年明け早々、煩悩丸出し状態なのであった。それにしてもビル・ゲイツ。少しくれないかなあ。欲しいものが沢山あるんだけど。先日、私の「ハリウッドデビュー」の話を書いたら、どの映画ですか?と、思った通りの質問が掲示板に来た。それを言っちゃあおしまいよ。何しろトシがバレる。ハタチそこそこならバレてもええが、もうバレてはマズイ領域に入ってしまっているのが悲しい…。おまけに松田聖子さんより写っている秒数は長いが、台詞がない。先日、友人と某本屋をうろうろしていたら、クローズアップの顔写真が表紙になったベッカム選手の本が並んでいた。私が突然無口になって見入っていたので友人が『どうです? この人。タイプです?』と問うので言った。「このピアス、凄く欲しい。ルシーダみたいだ。ベンカムは返品していいけど、このピアスだけ置いて行って欲しい」今日も本当につまらん話ですんません。何しろ、ネタになるような出来事がないもんで。たとえば、地球が滅亡するくらいデカい隕石が本当は地球に接近していて、あと14日で衝突してしまうということをアメリカは隠している…というようなネタが。
January 13, 2004
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掲示板でるりんこさんが、子供の頃に聞いていた曲がすでにナツメロに扱われている…云々、ということを書いてらした。そう言えば、どこかの掲示板で「安室奈美恵か…懐かしいなあ」と20代の人が書いているのを読んでちょっと複雑な気分に陥った。なぜなら、私は日本にいた時間がめちゃくちゃ短い。何しろ「おにゃんこなんとか」という団体が有名になった頃にはすでに日本にいなかった。それに、例え日本にいたとしても、私は子供の頃から洋楽を聞いて育っていたので、日本のポップや歌謡曲にはほとんど興味がなかった。それで、懐かしのメロディはほとんど、懐かしくないのであった。それとは話はちゃうけど、昨夜、どうにも寝付けず、例の1500円でカットしたヘアースタイルがどうにもこうにもしっくりせず(何度も書いたけど)思い立ったように、以前、犬・ディノの毛をカットしていたカットはさみを出してきて、適当にカットしたら、1500円よりは何となく自分を取り戻したような気分になった。そして、衝動ポチして買ったイオンクルクルドライヤーを使ってみたら、これ、めちゃええで~!お勧め。てことで、今日もしょーもない話ですんません。
January 11, 2004
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昨夜は、生まれて初めて(当たり前だが)映画「アルマゲドン」を日本語で見ていたら、いつのまにか翌日になっていた。もちろん、あの映画が上映された時、私は隕石が降り注ぐニューヨークはマンハッタンにいた。そして、その映画が撮影されている間、日本から「松田聖子がアルマゲドンに出演する!」と大騒ぎしているらしきことがちらほら伝わってきていた。実は、前にも書いたかもしれないけれど、私は松田聖子さんよりもずっと前にハリウッドデビューをしている。時は...まあ、詳細は避けるとして、私が西海岸Los Angelesの近くにある州立大学に1学期だけ授業を受けていた時のことであった。場所柄、ハリウッドも近い。そこで、広大なキャンパスと建物の一部をロケに使うことになったらしく、ある日、ロケ隊がスゲー数のトレーラーを連ならせて、スターも一緒につれてやってきた。私は授業をサボって見学していたら、監督じきじきにスカウトされてエキストラ出演となったのであった。と、そんなことを思い出しながら見ていると、松田聖子扮する日本人観光客の女性のアフレコの声がとんでもない声でびっくりしてしまった。あれはきっと、本人もびっくりに違いない。あんな声なら私が自分で言うわ!と、私なら言うが。たとえ、台詞が一言しかなくても....。今夜はもう一つ秘話があるのだった。実は、さっき楽天のメルマガを見ていたら、去年の夏頃、爆発的に注目を浴びた例のシリコンブラの大安売りが共同購入で行われていたので、つい、ポチッと買ってしまった。といいますのも、今年の福袋の一つに、ベアバック、つまり背中丸出しのタンクトップがなーんと3枚も入ってきたではないか!それを全部おじゃんにしてしまうのももったいない。上からうす手のものや、レースのカーディガンを羽織ればなんとか着れそうな気がしていた。だけど、ブラが問題になった。何しろベアバック。微妙なところでストラップレスブラでもブラの後ろが見えてしまう。と、そいういうわけで、私はまんまと夏は汗で蒸れてあせもができそうだと分かっていながら、シリコンブラを買ったのだった。しょーもない話ですまん。
January 10, 2004
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テレビをボ~っと見ていたら、♪飲んでシミ治そう~ハイチ○ールC♪というコマーシャルが頭について離れなくなって、昨日、出かけたついでに薬局で買ってきた。実は、私はしわはまだないが、小豆くらいの大きさのシミが右目の下の方にあって、それがすごく気になっている。『しみ、そばかす』その箱にはそう書かれていて、私は唸った。そして、箱をくるっと回すと、今度は裏側に『全身倦怠 二日酔い』と書いてあった。シミと全身倦怠、両方の共通点は何なのかはわからないけど、良さそう...と催眠術にかかったように180錠の箱を持ってレジへ行った。昨日から飲んでいるけれども、まだ変化はない。飲むコラーゲンを飲み、L-システインを飲み、ビタミンC、E,Bコンプレックスを飲み、ミスユニバースでも目指そうとでもいうのか、わしは。とうに年齢制限は軽くオーバーしとるわい。それより...まあ、ここまでにしておこう。だれだって、少しでも奇麗でいたいものなのさ。見せる相手がいないくてもねっ。(クソー)
January 8, 2004
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携帯にカメラがついていない。この間、ニュースで携帯電話のリサイクルの話題が画面に出ていて、無造作に大きなバケツに投げ込まれた使い古しの携帯の中に、なんと、私と同じ型の携帯が...いっぱい...。うーん、買った時も確かに1タイプ古かったので、やたらと安かったので買ったのだった。買った時から時代に乗り遅れた携帯を未だに大事に使っているのだ。この間、友達にあってその携帯を見せたら、『アハハハ。今じゃ、カメラの付いてない携帯見つける方が無理ですよ』と、散々笑われた。おまけに、私はかなり前から、押せば写るカンタンカメラが苦手で、ニューヨークに観光に来た友達から手渡される度に、まるで生まれて初めてカメラを手にしたような気分に陥って、同時に不安になる。ちゃんと写るのだろうか…と。思えば、私は作品を撮る時も仕事で退屈な被写体を撮る時も、ほとんどのことを自分でセッティングして操作してシャッターを切っている。それをカメラが勝手にやってしまうとなると、すごく不安になってしまう。クリスマスイブの時、きらきらと輝く観覧車を見上げながら、その時に使い慣れたマニュアルのニコンを持っていたら…と何度も思った。ポケットに入ったデジカメは遊びで楽しむには便利だけど、本当に何かをとらえたいと感じた瞬間には、時間と光は自分の手の中で転がすように操作してこそだと思っている。あ、そうだ。今日、お正月の夜中に衝動的に注文した、マイナスイオン・クルクルドライヤーが届いた。こういうものはできるだけ単純で勝手にいいヘアースタイルにしてくれるようなものが理想的ですな。
January 7, 2004
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新年から楽天のメルマガのタイトルを一通り、目を通していると、『おめでとうございます!』という文字にふと目がとまってしまう。(それは相手の思うツボ…?)私は最近、久しぶりに懸賞に当選して。その時も『おめでとうございます!』という見出しでお知らせメールが来てびっくりしたところなので、やたらと「おめでとうございます!」に敏感になっているのだ。しかし、そのほとんどは『(新年あけまして)おめでとうございます!』の意味であって、決して『(あなたに5万円が当選しました)おめでとうございます!』ではないのであった...。いと、さみし。それとは、まったく関係ない話なんだけど、今日、午後から用があって出かけて、とある車両で移動していたら(電車である)かなり込み合った車両の中から、おばさん(すまんが、姿は見えなかったけれども、その声と口調から“おばさん”としか想像できなかった)が、若者(どうやら男らしい)に向かって大声で説教を始めたではないか!車両が込み合っていたので、その場面は目撃できなかったけれども、どうやらオバサンの怒りは、その若者が電車の中で食べたものを床にポイッとすてて平然としていたことに始まったらしい。おばさんは夕刊であった。いや、ちゃう、勇敢であった。車両に轟かんばかりの大声で『アンタね、もうここの電車にのるな!そんなマナーが悪くて平気で、何が音楽やってますってーのよっ。もう乗らんでよろし。』説教の全文は覚えていないけれども、先日、私が帰国間もない頃、携帯で平気で話をしている人に注意した(私は穏やかに注意したが…)のは今の時代では「命がけの注意」なのね…ってなことを書いたばかりで、私の数段上を行くおばさん登場であった。父は、昔は自分の子供であろうと、よその子供であろうと、大人がきちんと叱って当たり前だった。今の親は自分の子供すら、叱ることをしない。だから、日本はこんなになってしまったのだ、とことあるごとに嘆いている。思えば、大都会で人のことなど関係ないと肩肘はって生きているようなニューヨークのほうがもっと、その、父の言うような「他人に対する注意」は平気で行われている。私がニューヨークに人情を感じるのは、そんな暮らしてわかる小さなことの積み重ねからだと思う。
January 6, 2004
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これを書いている今は、本当はもう5日になっていて、夜中の3時を回っている。2時間半ほど前に寝たのに、同じ夢ばかりオムニバス映画のように、繰り返し、繰り返し見るものだから、とうとう、目を覚ましてしまった。夢は、この部屋がニューヨークの部屋になっていて、同じようにベッドに寝ているのだ。そして、同じように夜中で、だから、それが夢なのだか、現実なのだかわからなくて、何度も目が覚めながら、本当に覚めているのかもわからなくなってきていた。夢にはディノがいた。暗がりに、ディノがいて、私は、『なんだ。やっぱり生きているじゃないの』と、部屋の明かりをつけようと、テーブルのデスクライトやフロアーライトをつけようとするのだけど、どうしてもスイッチが入らない。部屋は暗いまま。窓の外には、真夜中のニューヨークがあった。床を見ると、ディノがいつものように、伏せて、私を見上げていた。私は愛おしくて、愛おしくて、『やっぱり生きていたんだよね』と言っては、頭をなでたり、体をなでたりしていた。何度もそこで目が覚めて、また眠りに戻ると、また同じ場面にもどった。部屋の明かりはいっこうにつかず、真夜中のニューヨークは次第に夜明けに向かっていた。青い、ニューヨークの夜明けが摩天楼のシルエットを浮かび上がらせはじめていた。私は、その景色を写真に納めようと、自然にカメラの準備をした。たった一つだけ。つきそうなライトがあった。それは、英語で言うHOT LIGHT で、ちょうど、家庭の電球のワット数の大きなものに似ていて、それに反射用の傘がついている。青く、少しずつ姿を見せるマンハッタンのシルエットが美しかった。そこで、目が覚めたのに、まだ、部屋の中にはディノがいた。私は枕元に置いているカップの水を少し飲むと、小さな声でディノに語った。『私は忘れたりしないから、だから、 ディノはもう天国へいっていいんだよ。 私は絶対に忘れたりしないから、 安心して、天国へいって、そこで私を見ててくれていいんだよ。 私たちは沢山、一緒に過ごしたね。 いつも、一緒だったね。 春のセントラルパークは夢のようにきれいだったね。 沢山、沢山、セントラルパークを散歩したね。 あれは、私たちにとって「夢のような時間」だったね。 だけど、もう、あの時間に戻れないんだよ。 私も、ディノも、もう、 あの同じ「あの時間」にはどうしても戻れないんだよ。 ディノ。夢で会えて嬉しい。 だけど、もう、天国にいっていいよ。』涙が左の目から右の目につたって、合流した。だって、今にも窓際に登って外の景色を眺めているディノが、音を立てて、降りてきそうな、そんな夜中だったから。犬。だけど、私にはニューヨークで唯一の家族だった。
January 4, 2004
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と言うわけで、わたくしの初夢は頭痛に邪魔されはしたが、モンテカルロであった。で、今朝の夢は、オノ・ヨーコさんと外国人の動物学者とアマゾンの森林奥地で野宿している夢だった。目が覚めると、私にピタ~っと寄り添って巨大なトカゲが眠っていた。ギョッとして辺りを見ると、なんと、私はトカゲやらヘビやら、は虫類というは虫類の母の如く、囲まれているのであった。それとは全然関係ないけど、どーも、1500円でカットしたヘアースタイルが気になり(しつこいが気になるものはしょうがない)クルクルドライヤーを衝動注文して、今夜はやっとお風呂に入って髪を洗ったら、ますます気になり、なんか、イライラしながら、古畑任三郎を見た。そうだ。話は前後するけど、昨日のデパート初売り福袋が今朝届いた。早い。10000円の福袋には、ニューヨークの冬にピッタリなダウンのロングコート(マシンガンを構えると似合う)、カシミアのツインニット(タートルのノースリーブとカーディガン)、アンゴラのトップ、色は地味だがデザインは斬新なニット、それから、どこにも持っていけないようなパーティバッグが入っていた。ああ、もう、この髪ったら!って、今年は本当に正月の雰囲気が漂っていない実家である。なじぇ?
January 3, 2004
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年の暮れから、私は風邪をひいていて、昨夜はモナコの初夢を見ながら、頭がガンガンして、初夢の途中退場で、お薬を飲んだ。実は・・・そういうわけで、年末から『お風呂はダメよ!』と、スキあらば風呂に入って髪を洗いたがっている私に両親が監視の目を光らせていてる。体は蒸しタオルで拭いたりしてさっぱりするからいいけど、頭が~~~~ああ~~~頭を洗いたい~~~という思いがどうやら、思わぬ方向に向いてしまった。明け方、お薬を飲みに起きた時に、お薬を飲んでしばらく起きていて、ふと、クルクルドライヤーが欲しくなった。元はと言えば、先月、1500円のカットに“チャレンジ”(ちびしろさん弁)したら、何となく、いや、別に1500円だからって訳じゃないんだろうけど、何となく、私らしくないような気がして仕方ない。それはきっと風邪で毎日髪を洗えないからなんだろう…。今使っているのは、マイナスイオンの普通の形のドライヤー。まだ真夜中と言うのに、急に欲しくなったら、もうどうにも欲しくて止まらない。(この性格で何度失敗したことか…)それで、楽天で検索して、マイナスイオンのクルクルドライヤーを見つけて注文した。でも、お店は今お正月休み...しまった....。届くのはまだ先だ。それまでにはお風呂に入れるようになっていたい。そうだ。福袋が箱に入って元日に届きましたよ!10000円のだったんだけど、割とつかえるのがあって満足です。今日は朝っぱらから友人が、がんばって私の分の福袋をデパートで買ってくれたそうです。さて、どんなものが入っていることやら、楽しみ♪その前に、風邪、なんとかせにゃ。
January 2, 2004
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皆さん、明けましておめでとうございます。,,,,っても、今頃、みかんでも食べながら、テレビで隠し芸でも見てて、ネットどころじゃないか・・・今年も婚期が(ガ~ン…なんや。この変換‥)今年も根気が続くまで、やっておりますので、お暇な時にはどうぞ、覗いてください。今年はですね(といっても風邪引いて鼻がヒリヒリ状態では説得力がないが)もう少し自分の殻を破りたいと思っております。はい。え? それ以上破れてどないすんのかって?皆さんも新年を迎えて、気持ちも新たに、今年はこんな年にするぞ~!って人に言わなくても自分の中で思ってること、ありませんか?今年もどうぞよろしく!
January 1, 2004
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