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躯、骸、むくろ、ってイメージしてみる。本来、頭に対する胴体とかあるいは幹とかいう意味らしい。NHKスペシャル「荒川静香・金メダルの道」で、このトリノオリンピックまでの荒川静香の半年を追っていた。また過去の栄光の映像も出てきた。ここ数年の荒川静香の顔は高慢な顔をしていた。きっといままであまり美しいと感じたことがなかったと思う。フィギュア女子のいろんな選手の顔を見てみた。内面を見透かすようにTVで見ようとしてみた。そのなかでフリースタイルのときの荒川静香は一番美しいと感じた。体の重心から指先に至るまで全身に意識が行き渡っていて、スケートで中国拳法の舞を見ているようだった。意識は確実に運動の方向とそのポジションに至るまでのイメージが明確だった。そして自分の表現に対する喜びのようなものが感じ取れた。それは幾多の困難をくぐってきたものにしか味わえない表情だった。ぼくは金をやるなら彼女だなって思った。好きな歌手に平原綾香がいるが、彼女を見ているといいイメージを自分の中に入れようって思いをよく感じる。気取りのようにも見えるが、確実に選択して取り込もうとしている。なかなかできることではないのだが、善し悪しの判断をちゃんとできている。ぼくなどはいちいち入れてそれから悪いものは押し出している。蛇足だが、キリスト教って一度は興味を持ってみる。高校の頃、武者小路実篤あたりから少し興味を持った。旧約聖書、タルムード....。ゲーテの「ファウスト」。そして苦しみを増やす宗教のように思えた。自由さがない。同時に禅宗とかも興味があったのだが、かたっくるしいものであった。そういう流れで居心地のいいインドへ目は向いたのだった。
2006/02/26
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(^_^;)\(・_・) オイオイ自分のオリジナルドメイン取ってるとこも忘れたってか。大丈夫かなぁ。きっとPeamanSNSの招待状も気づいてないんだろうなぁ。2noi宛に送ったんだけどね。コメントが書けないのでこっちから送ります。こんなとこMac不便なんだよねぇ。
2006/02/19
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26才の店の娘とネットのことを話していて、もうそろそろ二次会もお開きになろうとしているとフルネームでぼくの名前をひときわ高く呼ぶ声がする。(ぼくの名をフルネームで呼ぶひとは少ない。)あ、淳子ちゃんだ。化粧が厚くてわかりゃん(>_
2006/02/19
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ジャン=リュック・ゴダール Jean-Luc Godard の映画は、http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=395彼の名前はとても有名だったが、まだ一度も見たことはなかった。“ヌーヴェル・ヴァーグ”の代表で「勝手にしやがれ」はよく名前を耳にした映画だ。今回見た映画は「ゴダールの決別」。風景はリアリティがあり、ひとが登場するとまるでポール・デルボーの絵のように、不思議な間隔で存在し、意味不明な言葉を口走っている。あるいは佇んでいる。緩やかな動きの中でもっと緩やかに時間は進んでいるようだ。子供の笑い声や大人たちの怒声や喧噪....。列車が駅を通過していく映像...。ときに日陰の暗いところから急に海辺の映像。光と闇が交互に訪れてくる。ひとのこころとはそういうものだ。予定で塗りつぶされて果敢に遂行している日常には、闇が入り込む隙間はない。ストーリーはよく分からない。映画の解説を読んでくれ。「他者は自分の中にある。」だっけ。形から入っていけば普通はそうだな。「お帰りなさいませ、ご主人様」とメードカフェのおネェちゃんは言う。マクドナルドの接待マニュアルをデフォルメすればそうなる。期待通りの心地よい響きかぁ。ってことは生のひとの感情や育ちの入った言葉が不快だというのか。遊郭の「ありんす」言葉に通じるものがある。それが日本的な様式美の世界か??むぅ、居心地のよいものを求めているのだなぁ。それでよかったっけ?時間は様々な問題を生じさせる。「生まれ落ちて死に向かって落下している」と表現したものもいた。ときおり垣間見る隙間は入ってはならぬ禁断の隙間。目を凝らした瞬間にとてつもない時間の重みが待っている。そこは歪んでしまった空間なのだ。
2006/02/05
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