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楽天も再開して数ヶ月になるけど、内容ってピーマンねっとの中身のコピーだし、とんさんもmixiに入ったことだし、PeamanSNS,mixi,ピーマンねっとで書いていこうと思います。PeamanSNS、mixiは依頼があればご招待致します。招待が要らないのはピーマンねっとだけ。またmixiは入っているひとがいれば「ばおばぶ」で探せば分かります。PS:あ、とんさん、たまにはSNSに来てね。
2006/03/23
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ちょっとヨハネ・パウロ二世とゴルバチョフの関係が気になってネットを散歩してみる。現在の欧米とイスラム世界との対立をどうにか和らげる策が見つかるかもと考えた。[img]http://www.e.okayama-u.ac.jp/~taguchi/wadai/pp05.jpg[/img]「ローマ教皇物語」http://www.nomusan.com/vatican_asaoka_papa.htmlしかしポーランドの「連帯」やベルリンの壁の崩壊はキリスト教文化圏で起こった物語だった。だからこそその時代の微妙なタイミングと登場人物が現れてうまく行ったのかもしれない。イスラム教徒はシーア派とスンニ派で対立して殺し合いをしている。イスラム教指導者の望むところではないのだろうが、イラクではテロという形で起こっている。スペインはちょうど西のイスラム教とキリスト教の接点であった。アルハンブラ宮殿はイスラム文化が作ったものだ。アラベスク、寄せ木細工、象眼等、素晴らしいものを残している。(うん、昔行ってよかったと思った。)「右手に剣、左手にコーラン」といいつつも、他の宗教に寛大であったイスラム教。しかし、コーランが利息に至るまで細かく書いているので、融通の利かないところもある。それが西欧文明には人権の侵害に写る。イスラム文化圏は余計な干渉に見える。そしてイスラムのそれぞれの宗派にも問題がありそうだ。歴史的な感情的対立になっている。誰かその辺の悲しみを抱えたよき仲介者はいないのかと考えた。冒頭のバチカンのヨハネ・パウロ二世のように...。政治には政治生命が掛かっているしそれがなくなったらただのひとだから、成果が確実に見えないと会いに行かない。(小泉さんは政治の例外だな)しかし、それを押して遠くで非難するのではなく、会いに行かねばものごとは解決しない。営業の基本のように思う。それを国家の威信とか言って対岸からわめいている。対岸からわめくたびに多くの人命が失われる。
2006/03/19
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実家に帰るといつも入り口付近をうろつく癖がある。なんだろう。自分にとって起点みたいなものなんだろう。夢などもこの当たりが起点になっている。数多くのトラウマの発祥の地。またいつものようにあちこち眺めていると、団地の道路、集会所の前近くで老人が倒れていた。10mくらい離れていて見てみるとぴくりとも動いていない。死んでんのかなぁ。ともかくひとりで近づくのはまずいので、小屋で仕事をしている親父殿を手招きしながら呼ぶ。そして一緒に近づいて、背中を触りながら呼びかける。背中は温かい。呼びかけると「うーん」と反応がある。でも意識がしっかりしてない感じ。しきりに「大丈夫です。」を連呼する。太った80才過ぎだろう男性。しかし、なんか朦朧とした感じ。しばらく話していたら少し意識がはっきりした感じ。どうやら脳梗塞とか脳内出血ではなさそうだ。息が酒臭い。袖にはツツジの青い葉がこすれた色が付いている。近所の方ですかというと「2号室です。」という。近くで団地の子供が遊んでいたので「知ってる?」と聞くと、「知らない」というのに「前からずっと倒れてた」と。またおばさん二人組が通ったのだが、「救急車を呼んであるんじゃないですか?」と。親父殿がいうには、今日隣保組の宴会があるので、隣保組長夫婦が通ったけど知らんぷりしていったのだと。結局老人が倒れていたのに、子供たちは親にそのことを告げに行ってないし、おばさん二人は勝手に救急車を呼んであると思いこんで知らんぷり。隣保組長夫婦は親父殿と知り合いであるのにもかかわらず素通り。この老人は太りすぎて重かった。はじめ立たせようとしたら全然足腰が立たない状態。親父殿と二人で持ち上げようとしても重たくて落としそう。あれこれしているうちにやっと僕らが補助しながら立つことができたので、両肩を二人で支えながら二号室に辿り着いた。倒れていたところから10mもない。団地の子供が知らないって言うのもおかしい。子供はいろんなものに関心を持つのだけどな。部屋にはいるときれいに整理されているし、一階の奥の方の窓の外にはきれいに洗濯物が干してある。ゴルフボールや奥さんらしい写真が飾ってある。そこのソファーに腰掛けさせて帰ってきた。洗濯物を見る限りでは誰かが朝やってきて洗濯をしている。お掃除もしている。また明日でも親父殿が見に行くだろう。彼にとって他人事は自分のこと。ときおりうざったいけどこういうときはいい価値観だ。いや、いつの間にこういう田舎になってしまったのか。通りすがりの登場人物は元々地元の人たちではない。だが、しかし。。。
2006/03/11
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こころにざらつきがあると何かしら落ち着かない。いま、そんなざらつきを感じているわけではないんだけど、おととい見たTVで老料理家の女性が、粉にしたいりこだしの件で質問した女性に対して、「何度も言っているのにまだ分からないの?ちがうひとにこの教室の参加を変わって上げてください。」といっていた。その後、この件に関するインタビューで、「いつもだしは作り置きしなさい、って言ってるんだけど、すぐ作るにはどうしたらいいか?って聞いてくる。あたしが死んだら思い出してくれるんでしょうけど、あたしが死んじゃったらそれ以上聞こうとしても聞けません。」とか「ひとのために一生懸命になることが自分の我を取ることです。」というような内容だった。たしかに!!近道はなくってひとに対する思いがある。そのなかで自分なりの生き方が見つかってくるのだろう。あと2,3週間前だったか?水俣病の認定が受けられない女性が、「医療の無料補助は要らない、認定して欲しい。」とコメントがNHKFMのニュースで出てきたが、聞いていて目が潤んでしまった。(他でニュースを探したが出てこなかった。)このごろざらつきが少なくなった。澄んでいるっているとなんか違うけど、自分に何ができるかって思い始めるときっかけが見つかるのかも知れない。何もしたくないって事もあるのだろうが、このこの憂き世、浮き世、浮かんでるだけじゃなく、平たく言えばなんかしなくちゃなんないんだから。ときおりひとの生きてる重さをずしりと感じるとき勇気づけられる。
2006/03/06
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引導を渡すというのだろうか、会社を辞めてくださいというのは二度目だった。一度は使用期間中の元教師のおじさんで、教師と結婚したかった奥さんと離婚したかったので離婚して数年失業中でやっと倉庫で採用したひと。あまりに思い過剰で意味が伝わらないので解雇。もうひとつあったが、これは主義に反するので、(個人的問題を会社に持ち込んでの依頼だったため)退社勧告をする役目を断った。今度は60才定年を二年延長していたひと。しかし12月に62才になっていたひと。営業っていうのは価格を安く売ることだと思っていたし、仕入先と人間関係を構築することがうまくなくて、苦し紛れに客がいう言葉もくみ取ることが苦手だった人。推論すれば嘘だと分かるのに、面と向かっていわれた言葉を信じ込む。気配や雰囲気の感じれないひと。営業はまず自分を売り込む仕事です。仕事で必要とされる人材になることです。彼が取締役になったときに教育係をしてくれといわれたのだが、1か月でやめちゃった。何か興味はありますか?自分に必要なことは身につける責任感ってのがなかった。何に対しても興味が湧かないってのはもうどうしようもない。社外のひとからは「なんで?」っていわれた人事だった。いろいろやり取りしていたから彼の限界に対するぼくの見解は十分承知していたものと思う。ぼくの生き残り策への依頼はすべて拒否してきたからなぁ。もうコンピュータシステムを扱えないひとは居れないのである。唯一あるとしたら顧客を握っているひと。今後の採用ではコンピュータシステムを扱えないひとは採用しない。いろんな最近の会社を取り巻く環境の説明をし、また4月から収益が圧迫されることとか、次世代へ向けての人材に育成と展開を説明したあと、3/31付けでやめて頂きたいと申し入れをしたのだった。彼ももうそろそろと思っていたらしい。はい、わかりましたと言ってくれた。ま、こういうのは自分も言われることがあるかも知れないし、自分から身を引くかもしれないし、どうなるかは分からないが、なんか人生に引導を渡す感じがするので複雑な思いである。まして30年あまり会社にいたひとには....。終身雇用といっても定年延長といっても終わる時期が来る。どんなひとでも美しい覚悟っていうものがあるのかもしれない。彼にそれを伝えたのは夕方だったが、午前10時ごろもうひとり5月頃62才を迎えるひととも話をしていた。彼に話があるといったのは、前述のひとをそろそろということで、自分も引かなくてはと考えるひとだったし、しかし、彼はまだ会社にとって重要な人物だったので、それを気に辞められては困るという気持ちからだった。前述の彼の話をすると、彼は3/31に辞めるつもりでいたらしい。まあ、いろんな必要性や責任を説いていて貰うことになったが...。この出来事は差別だし、区別だ。最終的にそういう時期も来るのだ。世代交代が言い訳といえば言い訳だ。しかし、次に営業をしたくて待っている人もいる。世代は更新していく。次世代のための自分である。踏み台にならなければならぬ。それが種の掟みたいなものなのだ。キング牧師の「私には夢がある」って演説がある。夢あるひとを大切にしていかなければならぬ。
2006/03/02
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大きく一歩踏み込むのをためらう自分がいつもいる。一歩踏み出すことはいままでの関係性を変えること。自分の意志はたいしたことがないと思うようにしている。意志を大切にすることで人間関係を壊してきたことが多かった。長い間しつこく同じ意志を持ち続ける性向がある。早く人間になりたいと願い続けてきたのであるのだけれど、なかなかひとの心は推し量れない。普通の人になろうと思わなかったのだからそうなるのは必然だったのだろう。「相当屈折している。」というのが、若いときのぼくに対する評だった。ひとのプライドって恐ろしいものがある。一部上場の大手などとお付き合いをすると、陰で熾烈な出世競争が繰り広げられている。ここかしこに落とし穴や誹謗中傷が渦巻く。普通に良好なコミュニケーションが取れる人柄は、いつのまにか傍系の子会社へ追いやられる。いつもアドバルーンを上げてファイティングポーズを取っていないと席がなくなる。大企業の合従連衡が繰り返されるなか派閥抗争も熾烈である。そういう空気を吸っている者たちはたいていそれが普通の社会だと思いこむ。みんな大学に行けば自分も行こうと思うように無批判にそういう意識構造を染み込ませる。いま自分はどこにいて自分の役割は何なのだろうと考えてみる。なにがよくなっていて、なにが悪くなっているのか?本来の会社のあるべきイメージは何なのだろう。何が今欠けていてそのあるべきイメージのために何をしなければいけないのだろう。ひと様々十人十色。できるひともいればできないひともいる。そういうなかで適材適所の配置ができなければ。縁あって同じ会社に居合わせたと思うこともあるし、この縁を不幸な縁と嘆くこともあるけれど、それはそれで受け入れていくしかない。排斥は殺人のようなもの。一見よくなるアイデアにほいほいと飛びついてはいけない。考えるだけ考えたならもうそれでいい♪この5年くらい通った会社と昨年作った100%自己資本の会社からお姉ちゃんが引くのだと。自分の状況だけでしか話さない管理職連中に嫌気が差したんだと。まあ、わからんでもない。(先週5人で報告会)彼女は遺伝子を残さないからなぁ。ぼくは会社に遺伝子を残しておこう♪
2006/03/01
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