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ついに2009年の大晦日。こちらで何度年越しをしたことだろう。でも、今回が上海での最後の年越しになるだろう。きっと。自分にとっての2009年を一言で表すと【変】だろうか。仕事→大学 へと大きく環境を変えた年という意味で。実家のトラブル、仲良かった同僚(外地人)の相次ぐ退職とショックなことが多かった年明け。でも、上海モーターショーに行ったり、念願だった上海ヒルズ(101階建ての通称「栓抜きビル」)に登ったり、春節には短かい期間ながら台湾へ、そしてこの年末には香港へと今まで全くできなかった旅行ができた年でもあった。(う~~ん、中国大陸内部への旅行はかなうのか?)また、悩んで悩んで色んな人に相談して決めたF大学。家から遠いのは仕方ないものの、よい先生方&クラスメートに恵まれ、思いがけず楽しいものとなった。大学内のキャンパスは本当に広々として美しく、緑に溢れていて皆様マナーもよく、大学に行くだけで癒されるものがあった。まさにキャンパス内は別世界。大学に行く事によって、さらに「試験慣れ」し、数々の大学の試験をはじめとして、HSKもいつもの年より多く受験した年だった。そして、長年テニスを教えてくれたKコーチの帰国、大学同窓生だったL氏(中国人)の逝去と悲しい別れも多かった。最後の最後になって、テニス中に足が肉離れを起こし、12月は歩行困難でかなり厳しい生活だったけど、1か月が経って、なんとかほぼ完治。来年は、さらに大きく環境が変わる【大変化】の年にならざるを得ないでしょう。自分の意思とは無関係に環境が大きく変わってしまうのはかなり不安だ。不安は不安だけど環境が変わることによって思わぬ発見や出会い、開ける道もある。上海に来てからの自分がまさにそうだったように。今日1日も最後のラストスパートというか、雑用がいっぱい。なんとかがんばります。皆様もよいお年をお迎えください。
2009年12月31日
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上海に来て、すでに5年半以上。香港へは日本から行くよりも上海から行く方が近い。当たり前だけど。でも、上海から香港に行くのは私にとってこれが始めて。日本に比べて圧倒的に祝日も有休も少ないのがこちらの会社。こちらで仕事をしていると近場の旅行でさえなかなかままならなかったのだ。今回、念願かなって久々の香港。日本に居る時に来て以来だから、もしかして、、、8年ぶりくらいでは?(@@)そして、久々の香港は文明的だった。人ごみの中で人にぶつかったら、「Excuse me!」と言ってくれる(大陸ではまずあり得ない、自分の不注意であちらからぶつかってきても舌打ちされるのがいつものこと)。エスカレータに乗るときも、右側立つ人、左側歩く人がごく自然に行われている。お店の行列に割り込む人や隙あらば割り込んでやろうと虎視眈々と狙ってウロウロする人もいない。道路の真ん中で怒鳴りあいや殴り合いのケンカをする人など皆無。お店やホテルの従業員の人たちもごく自然に笑顔で挨拶してくれる。素晴らしい(これも大陸ではほとんどあり得ない。時には早く帰ってくれとばかりに邪険にされること多し)。偽札をつかまされることをいちいち疑ってかかる必要もない。こういう毎日ならば、日々の生活から感じるストレスも随分と少ないだろう。うらやましい。街を歩いていているとChanelやVittonの前で大勢の人が店の外に行列を作り、入場制限が行われていた。後でわかったことだけど、この時期、大陸から金持ちが大挙して香港に押しかけ、ブランド店でものすごい「大人買い」をするらしい。大陸の金持ちが香港経済の発展に多いに貢献しているということ。そういえば、空港の待合で、大量のブランド品を抱えた大陸の人たちを大勢みかけた。一昔前は、日本人がやっていたことを今は大陸の人たちがやっている。この影響か、香港の街中では随分と普通語が通じる。英語より普通語の方が楽にしゃべれそうな人もいた。香港が中国に返還されて既に12年。確実に中国化が進みつつある一方で、上海よりさらに国際色豊かな人々が集まり、マナーも洗練されていて、独自のスタイルというか文化を持っている街という印象。それにしても、、、香港の空港(ものすごく広くて綺麗)から市内へのアクセスのよさには感動。空港から電車への乗り換えもちょっと歩くだけで簡単にたどり着ける上に、九龍駅(これまたものすごく綺麗)まで行けば、頻繁に出ている快適な無料シャトルバスでもって主だったホテルまで乗客を送り届けてくれるのだから本当に楽です。このアクセスの良さは成田や関空よりもずっと上だと思う。経済面では大陸に押され気味だけど、でもやっぱりすごいぞ香港。
2009年12月30日
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私が足をケガしたことによって延期というか延び延びになっていた女子ナベ忘年会をやっと実施できた。年代的にはかなり隔たりある女子達だったけど話ははずみ続けて、ノンストップ状態。一番印象的だったのは、一番年下のKちゃん。まだ現役の女子大生という若さでありながらもその若さに決して甘えることなく、人付き合いの筋をキチンと通そうとする姿勢には頭がさがります。中国国内を列車で一人旅できるだけの度胸も驚きです。何年いても私には無理です、この国の一人旅なんて、絶対に無理。。。また、物の考え方というか見方も大人で本当に驚きました。恐るべき女子大生です。帰国したら地獄の就職活動が待っている、、、とのことだったけどあなたならきっと大丈夫。
2009年12月26日
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え~~、日本と異なり、年末年始休暇なるものがまったくないこの国。(春節休暇は1週間ありますが。)おそらく、こちらで仕事されている大多数の方々が12月31日まで仕事かと思います。そんな中大変申し訳ないのですが、今日で仕事納めでした(苦笑)。これってまさに日本並み。思い返せば、上海に住み始めてからここの年末年始休暇がないのが毎年の大きな不満だった。仕方ないことはわかっちゃいるけど長年身についた習慣はそうそう簡単には消えてくれない。12月後半になると1年分の疲労がピークに達するような気がする。でも、今年はめずらしく、というか、恐らく最初で最後だろう。この時期、こんなに休めるのは。考えてみれば、今年も正直疲れた。特に、年の後半に向かって、感染症やら肉離れやら体の故障が相次ぎ、にっくきピーリングとやらのおかげで、唯一の自慢だった美肌もボロボロにされ(なんとか時間かけて復活しましたが二度とやらない!!)ヨロヨロの後半だった。この故障が勉強に及ぼした悪影響は計り知れない。来年はさらに選択と集中を意識してきっちりやらねば本当に体がもたないだろう。
2009年12月23日
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パソコンはなんとか復活。修理してくださったのは、ずっと以前にある会社で仕事をしていた時の取引先であったH氏。なんと、5年ぶりの再開だった。当時の会社の同僚の多くがH氏とは共通の知り合いになるため、懐かしい昔話に花が咲いた。種々の事情で、あの会社にいた人たちは、今は皆別々の道を歩んでいるけど、皆さん、中国ビジネスの達人ともいえる人たちばかりだったため、それぞれの道で順調に仕事をされている。考えてみれば、上海に来てすぐ、まさに1週間後くらいにいきなりきまった仕事。しかも、今までにまったく経験のない分野。何がなんだかさっぱりわからないままのスタートでしかも、連日に及ぶ深夜残業(日付けをまたぐことなんてザラ)休日出勤の連続でついに、体も精神も悲鳴をあげてしまったのだけど、今考えてみると、あれほど中国ビジネスの達人と言える人たちが集まっている会社もそうはないだろう。というか唯一の会社だったといっても言い過ぎではないだろう。職業柄、いろんな会社の日本人とかかわりがあるH氏もその点は完全同意だった。あの会社で、フラフラ、意識朦朧の中で、彼らから学んで体で覚えた中国ビジネスの基本のやり方を知ったことは本当に大きかった。その後の転職で、運良くなんとか本来の希望分野の仕事ができる会社に入り、あれだけの仕事ができたのも、やはり彼らから学んだ中国ビジネスの基礎ともいうべきものが自分の中にあったからだと思う。あれは、本当に天から与えられた必然の出会い、経験だったのだといまさらながら思う。(会社辞めた当初はとてもそんな気持ちにはなれませんでしたが)そして、相変わらず、足の治り具合は今ひとつ。少しずつよくはなっているけど、歩き方もとても変だし、走ることはいまだにできない。でも、びっこ引きながら、授業に出ている私に同じクラスの皆様(特に日本人の皆様)はとても優しい。頼んでもいないのに、私が休んでいた間のノートをわざわざコピーして渡してくれたI氏。顔をあわせるたびに、「足、本当に大丈夫ですか?」と聞いてくれる若きWちゃんやYさん。そして、何度もメールをくれた校友のM君(中国人)。足ケガしてると、遠くまで通学するのは結構こたえるのだけどそれでもやはり、遠くてもこの大学を選んで本当によかったと心から思う。
2009年12月12日
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