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あの茶会から数日後の夜、柳原開発の若夫婦宅の食卓には、妻の沙織によっていくつかの品が並べられていた。「さ、あなたどうぞ、召し上がれ。」「へぇ、全部君が作ったの?美味しそうだな。」夫の草太は、妻を見上げると軽くニコッと笑って早速、揚げ出し豆腐の器を手にした。一口口に運んだが、「なんだこれ...。」思わず吐き出し、咳き込んだ。揚げ出し豆腐と思ったのは台所用スポンジに衣をつけて揚げたものだった。「あら、お口に合わなかったかしら。」沙織は相変わらず微笑んで返す。「じゃ、こちらはいかが?」差し出されたのはよく見るとゴマ豆腐に良く似た石鹸だった。見れば栗御飯の栗にみえたのは割られた黄色い消しゴムで、他の小鉢や汁椀にも怪しげなものが盛られている。「一体...。」信じられないという顔つきで沙織を見る草太を前に、ばあやのお喜久が進み出て、沙織に告げた。「若奥様、クリーニング屋が先日出したものを持ってまいりました。仕舞っておいてよろしゅうございますか。」和服の半襟と、その上に足袋を重ねたものが、二人の間に差し出された。足袋...!草太の目に足袋が飛び込んできた。「そうね、お願いするわ。」夫の様子を気にするでもなく、子どもの頃から慣れ親しんでいるばあやに、沙織は何事もないようにサラリと指示する。まさか、沙織...。呆然と立ちすくむ草太に、沙織の視線が無言のままじっとりと絡みつく。「沙織...、」ようやく咽の奥から声を振り絞るが、沙織は答えない。誤解だ、と言おうとしたが、何を見たのか、何を知ってるのか...。草太の頭の中を色々な思いと出来事が混乱して錯綜する。やましいことが全くないわけではなかった。この前の茶会の日、類子との間に何があったのか説明する方がよいのか否か、逡巡している間に沙織は料理を片付け始めた。結局、何も言えないまま、草太は料理のことを怒るのも忘れて、沙織の後姿に目をやることしか出来なかった。 柳原家で、そんなことがあった数日後、会社で仕事中の槐もとに、レイから電話が入った。「え、まだ幼稚園のお迎えに行ってない?類子はいつも通り出たんですか?」かなり前に出たはずの類子が、まだ着いてないと幼稚園から連絡があったとのことだった。「わかりました。とりあえず戻ります。」槐は後のことを指示すると、自宅マンションへ向かった。マンションへ着くと、すでに代わりの者を迎えに行かせて、百香が帰っていた。「パパ、ママどうしたの?」「槐、幼稚園の前にこれが落ちてたって...。」レイが槐に時計を差し出す。それはこの前の誕生日に槐が類子にプレゼントしたものだった。「何か事故にでも巻き込まれたんじゃないかしら...。」レイも心配そうに槐を見る。「警察に連絡した方がいいのでは...」、という話になったとき、突然、槐の携帯電話から、類子からのメールを告げる着信音が響いた。けれども、そこには槐には全く覚えのない住所が書かれていただけだった。折り返し、類子に電話をしてみるが、電源が切られていて繋がらない。「とにかく、行ってみます。」運転手に場所を告げると、槐はまるで指示されたかのようにその場に向かった。示された住所に着くとすでに夕闇が迫ろうとしていた。そこは、植栽は枯れ果て、看板も表示も取り外され、廃墟とはいわないまでも、すでに閉鎖されたホテルか何かのような建物だった。「社長、よかったらこれを...。」車を待たせて入っていこうとする槐に、運転手が懐中電灯を手渡した。エントランスは閉まっている。地下駐車場への入口だけが、まるで唯一の出入口であるかのように、青白い蛍光灯に照らされて口を開けている。槐は懐中電灯を点すと、注意深く入っていった。内部は当然薄暗く、槐の足音と杖の音だけが反響する。時折吹き込む風がペットボトルや紙くずなどを転がしてゆく。太いコンクリートの柱が連なる奥の一箇所に薄ぼんやりとオレンジ色の電燈が灯るのを認めると、とりあえずその場所をめざして足早に進んで行った。懐中電灯の光が床に転がる廃棄物やゴミなどを一つ一つ照らし出す。丁度柱の影で真っ暗になっていたところで、槐の懐中電灯の光がまだ新しい靴の片方を浮かび上がらせた。「類子?!」近くを照らすともう片方が転がっている。そして、ハンドバッグ。「類子?!類子いるのか?!」「槐...?槐なの...?」暗闇のなかで、類子の細く弱々しい、つぶやくような声がかろうじて槐の耳に届いた。思わず、声のする方に向けられた槐の懐中電灯が、類子の姿を捉えた。擦り切れたストッキング、汚れたスカート、ボタンをはずされ大きく無造作にはだけられた胸、乱れた髪...。「見ないで...。」「いや、私を、見ないで...!!」光から顔を背け、全身を硬くして拒否をする。後ろ手に縛られ、地面に横たえられた類子の姿は、その身に何が起こったかを推察させるには十分だった。槐は懐中電灯の光を類子から逸らして置くと、類子の手首の束縛を解き、周囲に散らばっていた類子のものを寄せ集めた。「類子、歩けるか?」後ろから自分の上着をかけて包み込むように類子を覆うと、そのままゆっくりと立ち上がらせた。抱きかかえるようにして外に向かって歩み始めたが、放心状態の類子を支えるのは、杖が必要な槐にとってはかなり難儀なことだった。入口の手前まで来ると、そこに類子を残し、槐だけが一人車に戻って行った。「運転手は帰した。」しばらくすると、槐自らが運転して、類子の居るところまで車を回してきた。前に回って肩を抱くようにしてそっと助手席に座らせる。上着の上からシートベルトを留めてやると、運転席の方に回り、自宅で待機しているレイに電話をかけた。「...、ええ、ちょっと気分が悪くなったみたいで。まだ辛そうなのでしばらく様子を見ます。今夜は帰れないかもしれませんが心配なさらないで...。百香のこと頼みます。」槐は自宅へは戻らず、類子を乗せて山荘へ向かった。 中編へ続く
Feb 25, 2007

「類子さん、お願いだ。会いたい―。」あの柳原開発のパーティーの後、類子の携帯に幾度となく草太からの電話がかかってきた。「柳原さん、もう電話はおよしになって。」最初はそう言って切っていた類子も、最近は草太の声を聞くことすらしない。草太の苦悩日曜だというのに邸内が慌しい。社員があたふたと出入りする。「槐、どうしたの...?」「どうやら取引先のまりも興産が週明け会社更生法の適用を申請するらしい。」「ええっ、あのまりも興産が...?それで、債権回収の目処は...。」「わからない、まだ調査中だ。」「そんな...、ここまで順調にきてたのに...。」「まりも興産の経営自体は健全な筈だ。ただ、その取引先が...。とにかく、今は明日の発表を待って...。取引銀行との協議もその後だ。」「ママ、どうしたの?」「大丈夫よ、百香、心配しないで。」自分にも言い聞かせるように告げると、類子は百香を連れて自室に戻った。会社の資金繰りをなんとかするため奔走していた槐だが、銀行から色よい返事を聞くこともなく一週間が過ぎた。「くそぅ!」受話器を置くと、苛立ちを隠せずデスクをたたく。「槐...。」「...ああ、類子、済まない。」部屋の入口で立ちすくむ類子に気が付くと槐は椅子に深く腰掛け、大きくため息をついた。「コーヒーはどう?」「ありがとう。」槐の焦燥感から事態の重大さが伝わってくる。コーヒーが口をつけられないまま冷えていく。「こんなときに...。」デスクに肘をついて額を手の平で覆う。「どうしたの?」「メインバンクの湖北銀行がMijuho銀行と経営統合することになった。Mijuho銀行から新たに出向してきた役員がこれまでより審査を厳しくする方針を打ち出したらしく、今までなら下りた融資も難しくなるかもしれない。」「そう...。」「けど、心配はいらない。なんとかする。」「...。」「ああそうだ、明日は柳原開発の奥様主催の茶会だったんじゃないのか?」「そうね、でもこんなときだから...。」「いや、行っておいで。ずっと前からのお誘いだったじゃないか。」急に欠席してあれこれ詮索されるのも気がかりで、類子は渋々茶会へ出席することにした。 翌日、後れ毛ひとつなくすっきりと髪を結い上げ、所々に刺繍の縫い取りのある綸子の訪問着を着た類子は、柳原夫人主催の茶会を訪れた。有名な旅館の庭園を貸し切っての野点の席で、沢木夫人として類子はにこやかに歓談し、役目を果たした。 一段落したころを見計らって、小春日和に誘われるように類子は一人席をはずした。招待客の談笑する声を後にして庭を散策する。秋とはいえ紅葉にはまだ早かったが、樹齢を重ねる松の大木や石灯籠、流れる小川や石橋は十分招待客の目を楽しませた。 漆喰塗りの塀に沿って大きな庭木の物陰にさしかかった時、ふいに類子の着物の袖を翻らせてさっと手首を掴み、建物の陰に引き込む者がいた。「草太!」が、声にはならなかった。抱きすくめられ、唇で唇を塞がれる。壁に身体を押し付けられ身動きできないでいる類子の裾を、草太の膝が割って入る。「...やめて!やめてって言ってるでしょ!」無理やり身体を突き放すと、肩で息をしながら類子は草太を睨んだ。「...ここに来れば会えると思った。」「何を言ってるの?!私はもう沢木の妻よ!」「...前は不破の妻だった。」「この間のパーティーであなたに会ってから、忘れられない。」「行くわ。」類子は踵を返すと元の方に歩き出した。「待ってくれ、類子さん!」一瞬の沈黙の後、「...、槐さん、今、困っているでしょ。」類子は歩みを止めた。「もし、あなたが離れの楓の間に来てくれたら、相談に乗らないでもないですよ。」呆然と立ちすくむ類子に草太は部屋の鍵を渡した。「来るのも来ないのも、あなたの自由だ―。」 庭の喧騒から離れて類子は離れの座敷にいた。「あなたが、きょう私の願いをきいてくれたなら、柳原開発が沢木コーポレーションの債務の連帯保証人になってもいい。あるいは、直接融資をしても...。」類子はぐっと唇を噛み締める。 「ご主人への操立てか、ご主人の会社の窮地を救うか―、女神の天秤にでもかけますか?」そう言うと草太は奥の間の襖を開けた。床が、皺一つなく延べられ、枕が二つ並べられている。類子は一瞬はっと目を見張って息をのんだが、顔を草太の方に向けると憎々し気に睨みつけた。が、暫くすると、決心したかのように無言で立ち上がり、「好きにするといい」とばかりに帯締めを解いた。帯揚げを落とすと緞子の帯がうねうねと類子の足元に広がる。伊達巻を、腰紐を解くと、着物を肩から落として、類子は奥の間の布団の上に仰臥した。襖を閉めて、草太は足元に立つと、長襦袢姿の類子を見下ろした。足先で、類子の裾をめくり、足を拡げる。「類子さん、全部脱いで。」怒りと恥ずかしさで類子はワナワナと身体を震わせ、思わず顔を背けた。が、やがて布団の上に起き上がると潔くすべてのものを脱ぎ捨て、草太に挑むように向き直った。草太は類子を押し倒し、深く激しく口づける。類子は黙って無表情のまま人形のように草太のされるがままになっていた。ふと、「...草太...。」類子が呟いた。「あの頃も...。」類子の頬を涙が伝う―。「...類子さん...。」類子の涙が草太の心を突いた。幸せだった、楽しかった年月が脳裏によみがえる―。草太は身体を離すと、ゆっくりと起き上がった。「ゴメン、類子さん。」そう言うと類子の身体に長襦袢をそっとかけた。 草太は襖を閉めて、次の間で類子を待った。庭の方も次第に落ち着きを取り戻し、陽が徐々に傾いていく。長襦袢姿で出てくると、類子は草太の背後で着物と帯を元通りに着付け、少し乱れた髪をなで付けた。「草太...。」草太は類子に背を向けたまま外を向いている。「安心して。きょうのことは誰にも言わない。」「...ごめんなさい。あなたの気持ちには...。」「融資と保証人の件、ご主人なら御自分でなんとかされるでしょう。それに、柳原開発の助けをかりたとなれば、傘下に下るも同じこと。あの人がそんなこと許す筈がない。」「それじゃあ...。」草太の背中にそう言いかけて、類子は自分の足を見て気が付いた。「ああ、足袋履くの忘れたわ。」「そそっかしいね、類子さんも。」軽く微笑むと、草太は奥の間から足袋を探してきて類子に手渡した。「ありがとう。」類子は受け取ると畳に膝をついたが―「先に着物を着るとね、足袋がはけない。」鼻先でくすっと自嘲した。「しようがないなぁ。」草太は類子を縁側の籐椅子に座らせると、差し出された類子の右足に足袋を履かせ、コハゼを留めた。同じように左足にも履かせ、コハゼを留めようとしたが―。「草太?」手を止めた草太に類子は声をかけた。類子の左足にポタリと草太の涙が落ちた。両方の手で抱えた左足に頬を寄せ、肩を震わす。「草太...。」上体を起こし、ぎゅっと類子を抱きしめると「愛してた。愛してたのに、どうして...。」「...どうして...。」類子の胸に崩れた。類子はじっと草太を抱きしめてやっていた。夕陽が茜色に二人を染め、座敷に長い影をつくる。「さようなら、類子さん。」「さよなら、草太。」類子が先に部屋を出た。見送る草太―。 終そんな二人を物陰から見つめる目があった―。
Feb 19, 2007

閑静な宿―川でずぶ濡れになった二人は、とりあえずそう遠くない旅館の世話になることにした。元は政治家か財界人の別荘か何かであったらしく、山を背に広大な庭のある凝った造りの建物で、廊下で他の客と往きあうこともない。有名人がお忍びで使うことも多いらしく、仲居の応対も心得たものだった。「不破の命日が夏でよかったわ。冬だったらあやうく凍えるところだった。」髪を無造作に束ね上げ、浴衣姿で類子が浴場から戻ると、先に部屋の風呂から上がって縁側の椅子にもたれ寛ぐ槐の姿があった。西の空が少しずつ染まりかけている。 「レイさんは元気?百香ちゃんは?」「レイさんは相変わらずさ。百香も幼稚園に行くようになってからすっかりオマセさんだ。」二人の様子を懐かしく思い浮かべると類子は微笑んだ。「そういえばこの前、澪さんが山荘に来たよ。」「澪さんが?」「ロスに行ったと思ったら向こうですぐ結婚したそうだ。」「可愛い赤ちゃんを連れて―」と言いかけて、槐は言葉をのんだ。「そう、澪さん結婚したのね。」 「冷たいものでも...」槐は立ち上がってミニバーの方に向かおうとしたが、テーブルに足を引っ掛け、倒れこんでしまった。「大丈夫!?」あわてて駆け寄り、抱き起こそうとする類子の目に、はだけられた槐の胸元から右脇腹の銃弾の傷跡が飛び込んできた。 ―二年前のあの山荘での出来事がフラッシュバックする。思わず、類子は身体をそむけ、両手で耳を塞いで肩を震わせた。「類子―」類子の様子に少なからず動揺した槐だったが、すぐにその訳を察すると、類子の前に回り、ゆっくりと向き直らせると、覆っていた両手を優しくはずした。そしてそっとかき抱くと、「類子、大丈夫だ、類子...。」耳元で囁きながら、類子の髪を、肩を、この上なくやさしく撫でさすった。包まれるように抱かれた類子の頬や胸に、合わせられた槐の胸のあたたかさと規則正しい鼓動が伝わってくる。しばらくして落ち着きを取り戻した類子は、槐の手を取ると自分の胸に押し当て、その瞳をじっと見上げてつぶやいた。「...あなたが、生きていてよかった...。」満々と湛えられていた涙が頬をつたってこぼれ落ちた。 夜―少し開け放たれた障子の間から月明かりが差し込むだけの部屋で、二人は寄り添うように身体を横たえていた。サラサラと風に揺れる木々の葉音だけが響く。うとうとと夢うつつのなかにいた槐は、類子が自分の肩にあずけていた頭を持ち上げる気配に気が付いた。「眠れないのか。」片肘をついて上体を起こすと類子を見上げた。「...ええ...。」類子は枕元の水差しに手を伸ばすとグラスに水を注いだ。「あなたも飲む?」「いや、いい。」風に乗って遠くにかすかに浪の音がきこえる。白く皓々と冴えわたった月の光が、起こした二人の上体を照らした。槐の着崩れた浴衣の襟元から、夜目にもはっきりと脇腹の傷跡が照らし出される。その傷跡に...類子は水を飲み干したばかりの湿った唇を近づけると、そっとやさしく口づけた。槐は思わず眉を寄せ、軽くまぶたを閉じると、一瞬かすかに低く呻いた。先刻とは違い、いとおしむように唇を寄せた類子は、更に指先でなぞり、掌で包みこむように優しく触れつづける。傷跡を離れた唇は、ゆっくりとすべるように槐の胸、首筋を経て、唇に到達し、そっと重なった。織物が擦れる音をさせて、類子は前で結ばれていた帯の結び目を解いた。槐が両腕を伸ばして、類子の肩から浴衣を滑り落とすと、類子の裸身が月明かりに晒された。腰の辺りに帯や浴衣を纏わり付かせたまま、上体を伸ばし、槐の頬を両側から包み込むようにはさむと、更に深く口づける。槐はそのままゆっくりと布団に身体を沈めた。しばらく類子に口づけされるがままになっていたが、やがて類子の手首を掴み、身体を反転させて組み敷くと、もどかしげに自分と類子の浴衣を剥ぎ取った。槐の唇が、髪をかきわけながら類子の首筋を辿ってゆく。類子の両腕もまた、その動きに応えるかのように槐の後頭部と背中に絡められた。やがて槐のきれいな長い指が巧みに類子の身体を開いてゆく。じっとりと類子の両足の内側が汗ばんでくる。徐々に槐の唇が類子の身体を下りてゆき、胸の辺りにさしかかったとき、槐の前髪がサラリと落ちて、類子の胸をかすめた。「...あっ...」そのかそけさに思わず身をのけぞらせ、類子は咽の奥から細く絞るような声を上げた。「類子...。」槐は上体を離すと、月明かりに照らされたすっかり上気した類子を眺め下ろした。類子の瞳は潤んで切なそうに槐を求めている。いとおしさがこみ上げて、思わず類子に口づけた。執拗に、その柔らかい感触を愉しむかのように、幾度となく吸い続けていたが、やがてそのまま自分が仰臥し、類子の上体を自分の上に引き上げ、片脚をかけさせた。槐の手は類子の腰にそっと添えられ、槐の求めを察した類子は導かれるまま槐の腰を跨いだ。射し込む月の研ぎ澄まされんばかりの青白い光が、反り返る類子の裸身を照らし出し、浮かび上がらせる。 朝―槐が目を覚ますと、すでに夏の陽は高く上がっていた。傍らに類子の姿はなかった。去ってしまったのではないかという不安にかられて跳ね起きると、類子の姿を求めた。壁をつたいながら、次の間を抜けて、縁側に出ると、浴室から湯を使う気配がするのに気がついた。勢いよく引き戸を開け放つと、立ち上る湯気の中に、檜の浴槽の低く幅広い縁に腰掛けて、足を伸ばしてくつろぐ類子の姿が認められた。窓の格子の間から差し込む光と、張られた湯にキラキラと反射する光を受けて輝く類子の眩しさに、槐は一瞬呆然と立ちすくんだ。「すまない。どこに行ったかと思って...。」それだけ言うのが精一杯だった。ふりかえって後ろ手に戸を閉めると、槐の脳裡に昨夜の情景がよみがえった。自分の腕の中で、白く透き通った肌を月光に晒して、息もきれぎれにあえぎ、身をよじらせ、崩れこむ類子の姿が―。暫くすると、浴衣をまとって類子が戻ってきた。座敷の鏡台の前に足を流して横座りすると、襟足を大きく広げた。昨夜の名残りの痕跡が映りこむ。隠しかねて困惑している様子の類子を、槐は後ろからそっと強く抱きしめると、自分がつけたその痕に唇を押し当てた。「...あ、」かすかに類子の身体が反応する。そのまま類子の存在を確かめるかのように左手を身八つ口から滑り込ませると、唇を首筋に沿って伝わせ、やがて類子の唇を捉えた。重ねられた唇から熱い吐息が洩らされ、浴衣の下では血潮が脈うつ。小鳥の囀る声だけが響く静寂のなか、まるでそこだけ時間が止まったかのように、二人は身じろぎもせず唇を合わせ続けた。「お客様、車が着きましてございます。」玄関前の玉砂利が敷きつめられた駐車場に、黒塗りのハイヤーが止まっていた。「今、御杖をお持ちいたします。「いいえ、いいのよ。」類子は仲居の気配りに感謝しながらも押しとどめた。類子は槐に肩を貸すと、幸せそうに槐の目をじっと見上げた。「一生、...あなたの杖になるわ。」一瞬、驚いたように槐の表情が崩れた。後部座席に二人を乗せると車は進んだ。二人は手を重ねたまま無言だった。槐は外の景色を見るかのように類子から顔をそむけた。そして涙をこらえた。 終
Feb 16, 2007

昨年の夏、いつものように新しい昼ドラが始まりました。-「美しい罠」「ダラダラと見続けるのは止そう。」いつもと同じような気持ちで見始めました。大富豪の財産を狙う男女-槐と類子-の物語。「また、突っ込みどころ満載の笑わせてくれそうなのが始まったわ。財産奪うなんて成功する筈ないじゃない。」とりあえず、第一回話を見て、その次休んで、また見だして...。クセにならないように適当にとばしながら視聴を続けておりました。ところが、今までのドロドロとは違い、サスペンス的な展開。繰り返される、切ない寸止め抱擁...。あ、これって結構、面白い?それでも録画しておくほどではなくて、後半は、すれ違う二人に見るのが辛くなることもしばしば。「お預けくらわすのもいい加減にして。」いよいよ、最終週。やっと二人の心と体もつながって、急にこちらの気持ちも最高潮に!ところが、大詰めで不幸が二人を襲い...。以下は公式HPへの書き込みです。「美罠」は二人の心がすれ違うだけでなく、心の奥がわかりかねるわ、罠が一杯ではらはらさせられるわでフラストレーションたまり放題!最終回に至ってまで、「まさか槐、死んじゃいないよね。」「まさか槐の赤ちゃんじゃないよね。」「まさかこのまますれ違いってことはないよね。」と息をつかせぬ展開でした。(しかも、槐の「愛してる」の後、類子、類子、返事は?と、食い入るように見入っていると、青い空とシャボン玉...。引っ張る、引っ張る!)お陰様で最後の最後に一気に感動を放出!でも川の中のシーンで欲求が満たされたのもつかの間...、次の瞬間、もう観られないという新たな欲求不満の深い淵に突き落とされてしまいました...!三ヶ月にわたる永い永い欲求不満がやっと解消されたかと思ったら、キスシーン一つでジ・エンド!最終回を見終えて、すっきりするどころか、感動の情熱を持て余す結果となってしまったのです。とりあえず、番組HPへの書き込みというものを初めて経験致しました。HPの内容も、遡って、余すところ無く、毎日読んで...。それだけでは飽き足らず、個人の方のサイトを探しては面影を追い続け...。DVD発売が決定するまでは、「もう、二度とみられないの...?」という気持ちもあり、貪る様に拝見させていただきました。皆様、凄いっ、凄いっ、と興奮させられっ放しで。(本当に、お世話になりました。)昼ドラHolicさまのところでは、公式HPのストーリーより、ずっと詳しいストーリーを(特に見逃した回を補充するのに助かりました。現在は別ブログで「槐目線で見る『美しい罠』」をご執筆中。Favorite Blog」からどうぞ)。仔うし。INNUENDO.0さまのところでは、大爆笑のコメとキャプを。「パロマ~!」ユエさまのところでは、独特の切り口による考察とキャプを。(しかも本編より槐が切なくイケて見えるというフィルターまで、頂戴してしまって)そして、覗き見るだけだった私が、初めて書き込ませていただいた、文学とお笑いと○○チシズムと槐に対する愛が、縦横無尽に交錯するとんとんさまの○○部!川の中でずぶ濡れになった二人にどうしても幸せになって欲しくて、とうとう自分でその続きを書いてしまい、とんとんさまのお部屋に投稿させていただきました。以来、3ヶ月...。偉大なとんとん部長の庇護の許、一部員として部室を荒らし放題にして楽しませていただいております(申し訳ございませんっ!色々な恩恵にも預からしていただいてるというのに...!)。部員の皆様の暖かいコメに支えられて、その後も拙いお恥ずかしい投稿作品を発表させていただきましたが、時間が経つにつれ、手直ししたいところが多々目立つようになり、ついでにデコレーションも、と思い立ち、新しくこのような部屋を作ってみた次第です。最初の一編は持て余した情熱を注ぎ込んで。後の二編は部活動のやりとりのなかで、ひょんなことから冗談で、作ったお話です。素人の書いた全くのお目汚しではございますが、よろしければ、「こんなのもあり?」と、ご覧下さい。...アップ、もう少し待って下さいね。
Feb 14, 2007
昨年の秋から、「バロッコな日々」というブログを書いてます。ドラマ「美しい罠」と「高杉瑞穂氏」に嵌り中です。表ブログと名前が少し違っているのは、単に「ココ」という名前だけでは、あまりにも沢山同じ名前の方がいらっしゃって、登録に苦労したというだけのことで…。こちらは、今まで作成したものを修正・装飾・保管するために作りました。他にも何か活用方法がないか考え中です。
Feb 1, 2007
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