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よくよく聞いていると、どうも少しうねりのあるデザインがお好みなようだ。そうか、本当にひねってあるのがいいのだな。と、いう事で半日もたった頃には私も血眼になって「ちょっとひねりのあるデザイン」を探していた。「おかあさん、あれ、チョットヒネッテあります」。入店、交渉、却下。「あ、おかあさん!あれ、チョットヒネッテありますよっ!」入店、交渉、却下。「あ~っおかあさんっ!あれ、チョットヒネリがありますっ!」入店、交渉、却下。「あ“~っ!おがあざんっ!あれ、チョットヒネッテありますってば~っ!!」入店、交渉・・・・・・却下。以下延々。ああ・・・、もうとっぷりと日も暮れた。二度と行くことのできない店もたんと増えた(恥ずかしくってな)。お義母さん、もう帰ろう・・・・。「イヤリング、買えていないのにねえ。明日も来ないとだめだわねえ。」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」降参。抵抗する気力も何も残っていない。精も根も尽き果てた。「へい、そういたしやしょう・・・」。こうして毎日のジュエリーショー行脚が始まった。合間にくそ忙しいスケジュールをこなしながらの苦行であった。しまいには私もヤケのヤンパチだ。ここまできて、おきに召すものを手に入れられないでなるものか・・・・。結局既製品ではだめだった。なので、ある店でルースストーンを買ってデザインしてもらうことにした。最初からそうすりゃよかったよ。ここでもデザインを決定するのに約2時間。101回目(くらいに思える)に描き上げてもらったデザインを手にとる義母。凍りついたように息をつめてその口元を見つめる一同総勢5名。「これでいいわ」みな一斉に息をする。「ふ~・・・」。が、もちろんそれで終わりじゃないんだな。数日後に帰国する前に仕上げなけりゃ「買わないわ」なので、その交渉に小半時。おっと、完成品になる前にデザイン・ア~ンド・サイズチェックが「絶対必要!」だったな。見る見る青ざめてく店員達と人相のすっかり変わっている私。モールドを無理やり翌日仕上げにしてもらう(だってもう夕方だし)交渉にまた小半時。やっと首尾整って、さあ帰ろう、と腰を上げる私の耳元に義母の顔が迫る。あ、そうそう、「値段交渉」があるのだったな。あはははは・・・・。私は間違いなく世界一良い嫁だ。 写真は本文とは関係ありません。レトロなインテリア茶箱。
2006.03.27
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前々回の茶話、「私には強烈な義母がいる」の続編。楽し嬉しの「お買い物」。これも徹底的なこだわり派の義母と一緒だと、手に汗握る一大エベントと化す。16年間の嫁ライフでよおく解ったのだが、我が義母の辞書に「簡単なお買い物」という文字は、無い。香港は世界各国からサプライヤー、バイヤーの集まる大ダイヤモンド流通国のひとつだ。年二回、3月と9月に行われる大宝飾卸市、「ジュエリーショー」がちょうど義母の訪問に重なった。本人、「ダイヤのイヤリングが欲しい」と言う。じゃあ、という事でこのジュエリーショーに行ってみることにした。石好きな私なので、ちょっとわくわく。こういったショーには普通一般客は入ることができないが、香港だけは業者でなくても「紹介者」がいれば通行証をもらえる。サプライヤーによっては「リテールはお断り」というところもあるが、大方の店は一般客にも売ってくれるので、宝石好きの人は各国から旅費をかけてもやってくる。それだけ価値のあるショーなのだ。私達は知り合いのジュエリーショップから紹介状をもらって通行証ゲット。イザ出陣。ワンチャイにあるコンベンションセンターが会場だ。世界各国から訪れるサプライヤーの2000以上ものブースがたっている。ファインジュエリー、ルース・ストーン各種、パール、時計・・・あらゆるものが気の遠くなるくらいに巨大な会場に溢れかえっている。圧巻はメレダイヤなどの小さな貴石類がざらざらざらーっとトレイや皿に盛られ、グレード、サイズなどに分けられて並んでいるところだ。ダイヤの計り売り。目がチカチカしてくる。「一回でいいからこれをザラザラ~っとすくって喰ってやりたい!」、と以前ダイヤ好きの友人が言っていた。すごい表現だな。会場全体がきらきらと輝かしい雰囲気をかもしている。ちょっと素敵だ。なんとなく高揚した気持ちで会場内への一歩を踏み出す。この時はまだ、これから4日間に渡ってここへ日参することになろうとは思ってもいなかった。さて。全フロアを見ていたらとても周りきれないので、「ファインジュエリー」セクションに絞って探索開始。といってもここだけでも数百のブースがある。とっとと行かないと拉致があかない。って言ってるのにさ~。見事な各駅停車。「あら~、ちょっとこれ見て見て!」(はいはい)「んまあ~、こりゃすごいわネエ!幾らかしら~。聞いてみて!」(到底われらにゃ買えないんだしっ)「このデザインはイタリアね~。一体何カラットあるんだかねえ~」(だからさ~、自分が買えそうなの見ようってばさ~)カメさんだってこれよりは早く歩くだろうって勢いで一向に進まん。しかもあっちこっちで引っかかる割には「じゃ、見せてもらいましょうか」と入ってみると、大きいだの小さいだの長いだの短いのだの。いつだって何かがお気に召さない。しかもあっさりと退場していけばよいのに、散々店員にアレコレ出させて、ちょいと気に入った風だと香港人も顔負けな値切り交渉を展開する。っていうか、私にさせる。私の耳にぼそぼそと「もう一声だめなのかねえ。」(八百屋じゃないって)「わたしゃ収入源のない年寄りなのよ」(いつからそんな殊勝な人に?)「あっちの店ではもっと安かったって言ってちょうだい」(どの店のことだよう)・・・・。英語なんだし、何で自分で言わないかな。「・・・と、申しております!」とアホの一つ覚えのように言い続ける私の身にもなっておくれよ。しかももともと大層な金額のものでもないわけで、値切る内容も情けない。基本的に業者相手の取引きをしに来ている店の人だっていい迷惑じゃないか。しかも。散々粘った挙句、必ず「やっぱりどうも普通な感じよねえ、これ。ちょっとひねりのある特別な感じじゃないとねえ…」と言って交渉打ち切りとなるのだ。なんなんだ、その「ちょっとひねりのある特別な感じ」ってのは。 写真は本文とは関係ありません。今日も香港は深い霧の中・・・。
2006.03.27
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スモッグがすごすぎる。ここのところの香港の空気は最悪だ。毎日のように新聞などでも取り沙汰されているが、この数日間は特にひどい。日中でも濃く霞がかかっている状態で、この空気を吸っているんだと思うと怖い。昨日の新聞のコラムにも、外に出ないくらいしか対策がない、と嘆きの一文が載っていた。香港マラソンでも、ひどいスモッグのせいで何人も倒れ、うち一人は亡くなってしまった。そういえば、私の子供の頃は日本でも水俣病やらイタイイタイ病、光化学スモッグなど、公害のニュースが一杯だったな。こんなに汚れた空気や水、もうきっと良くはならない、と当時は信じていた。しかし、人間も頑張っている。そして、なにより自然の回復力は偉大だった。少しづつ、良くなってきている。ここの公害がひどくなってきたのはここ数年のことだそうだ。15年前に来た時は「100万ドル(だっけ?)の夜景」にうっとりしたものだ。これから何年もかかるかもしれないが、なんとかあのクリスタルのように煌く夜景を取り戻せる日がくるといいな・・・。そんなことを思いながら、ネオンもぼんやり霞んだ夜の香港を眺めている。
2006.03.20
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私には強烈な義母がいる。いや、いい人なんだ。オーストラリア人らしいユーモアもあり、愛情深く、心底孫を大事に想い、嫁である私にも彼女なりに一生懸命気を使っているんだ。解っている。解っているんだけどさ~。そこそこ生きてきて色々な「完璧主義者」を見てきたが、その人達がすっかり色褪せて見えるほどの、ザ・完璧主義者な彼女。自慢は半世紀前に結婚祝いでもらった鍋セットが昨日買ったばかりかのようにピカピカであること。毎日使っているんだぞ。後は推して知るべし。怖いだろう?大層立派な人だ。それは間違いない。私の辞書の見開き一杯大見出しは「面倒なことはやめようぜ」。対して彼女のは「手間かけずして成るものは無し」。5人いる子供をほぼ一人で育て上げ、皆が文武両道(学問もスポーツもイケルってことだ)、楽器の腕も半端でない。孟母×5人分だ。家事の量も半端でなかろうに、学校にも深く関わり、5人の勉強を見、習い事の練習を見る。来る日も来る日も5人分の洗濯物を処理するだけでも気が狂いそうになるだろう。なのに、鍋はピカピカ。更には、5人の子供が小さかった頃に使っていたという専用のプラスチック製ハンガーというのがある。数十年の年月を経て、今それを私の子供達に使えという。ハンガーだよ。ハンガー。ピカピカなのは鍋だけではないのだ。ここまでくると怖いには怖いが、通り越していっそ尊敬する。私の手にかかると10年もつものも3日で壊れるから、使わずに茶箱の奥深くにしまっている。それもこれも「ルーティンを堅持する」からできることだ。継続は力なりの具現化だ。裏をかえすと、かな~り融通が利かない、と言える。相当年季の入った頑固者だ、とも言える。そういう風だから、そう簡単に「幸せな気持ち」になることはできない。この義母の義娘となって16年になるが、歳を重ねてちったあまあるくなるかと思いきや、どっこいますますグレードアップしている。先週、その義母を香港へ招いて一週間をともに過ごした。欧米の人というのはどうも長期休暇というと2,3週間は普通にとるようだ。定年後の「ちょっとした旅」ともなれば一ヶ月くらい平気の平左で「普通だ」と言い張る。日本にも何度か招いているが、いつも大抵は3~4週間だった。こちらからクリスマスにかけてオーストラリアへ行くときも、そのくらい。しかし私達、今夏に完全帰国を予定している為、この春は今のうちに香港へ来たいという人が目白押しでとても一組にそんなに長い期間は使えない。しかも昨12月にはオーストラリアで十分に会ったばかりだ。だから一週間。が、今回彼女が訪れるにあたって手配一切を引き受け、ビジネスクラスを進呈し、布団で寝られない彼女の為にベッドを購入して部屋を万全に整えたにも関わらず、空港でお迎えした際の第一声は「本当に短いわよねえ、一週間というのは」。でたっ。楽しい義母滞在記の始まりだ。写真は見事な白髪の義母と孫娘。スタンレーにて
2006.03.15
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先週の恐ろしい非日常世界が去り、ほっとしたところで景気づけにちょいと夜遊びに出た。ちょうど日本へ帰る人の送別会があって良い口実もある。(こうやってつい口実を探すところが可愛い。はずだ。)香港の夜はコンパクトに遊べてとっても按配がよい。小粋なランクアイフォンあたりと定番のワンチャイもタクシーでちょこっとの目と鼻の先。今回は夜11時過ぎのフライトでオーストラリアへ発つ義母を空港で見送り、その足で送別会2次会へジョインというコースだ。1次会はランクアイフォンの端っこにある評判のよいレストラン「M]。フリンジクラブというジャズやアート系の催し物をする建物の二階にある。以前にも行ったことがあるので、ま、いいか、という感じ。週末の夜は11時以降から出向くとちょうどいい感じに盛り上がっている。とりあえず一次会組と合流してランクアイフォンのINSOMNIAというクラブで駆けつけ一杯。メンツは「無敵の女(解るでしょ。年齢ってものをどこか超越しちゃった人々のことだよ)」4人組だ。ここはライブが入っていて良いのだが、どうも当たり外れがある。今回はちょっとハズレ気味。本当に一杯だけで外に出た。ここらあたりは以前の茶話(第155話、第160話)にも書いたが、六本木をちいちゃくちいちゃくまとめたような雰囲気だ。結構な坂道で、オープンカフェ風のバーが沢山並んでいる。週末ともなると、人々が道一杯に溢れてストリート全体がクラブのような雰囲気になる。別に交通規制があるわけでもないのだが、自然と車も敬遠してあまり通ってこない。ギャラリーをかき分けかき分け歩きながら次の手を考える。そうだそうだ。グランドハイヤットホテルに入っているクラブ「JJ’s」に行ってみたかったんだ。ちょっとアッパーな人々が集うジャズ、フュージョン系ライブの洒落こいた店だって話だ。早速タクシーを捕まえる。座ったとたん、他の3人が皆「トイレ行きたい」といい始めた。 んなこと言われてもな~。ドラエモンのポケット持ってるわけじゃなし・・・。みな本気に切羽詰っているらしくむずむずしている。着くと、一目散にホテルに飛び込んで行く。目指すはトイレ。どこだっていいんだトイレだトイレだ!しかし、香港の場合いろいろな事情(また別の機会に)があってホテルに限らずトイレの位置が非常にわかりにくくなっている。今や脂汗を滲ませてむにゅむにゅ地団太を踏んでいる三人の視線を背中にうけつつ、スタッフに「JJ‘sに行きたい」と叫ぶように聞く。別にトイレに行きたいわけじゃない私までつい地団太踏みそうな勢いになっている。すると、なんと入り口が別だという。無言のまま小走りにホテルを出る。あった。JJ’s。スタッフに迎えられて入り口階段を上がると、踊り場にエレベーターがある。結構人気のあるところなので、すでに沢山人が待っている。だめだ。これでは次に乗れない。決死の覚悟で裏階段を目指す。上へ上へ・・・。やっと店に辿り着くと、呆然と見送る係りの脇をすり抜け、三人はトイレに突進していった。残された私と係り。「・・・えーっと。4人です。えへへへへ・・・」。中は結構豪華。複雑なつくりになっている。店はメゾネット式で、裏階段から入ってくるところはその上の階部分になっていた。エレベーターは下の階に着く。下にはちょっとゴージャスなバースペース。2階はライブフロアだ。吹き抜けのスパイラル階段が両フロアをつないでいる。その階段ホールにも若干の席が用意されている。そこで3人を待つことにして、飲み物を注文。3人がやたらとすっきりした顔で戻ってくると、皆でライブフロアへ移動した。バンドがなかなか良い。しぶい黒人のサクソフォンのおじさん、やはり黒人のキーボードのおじさんが交互にボーカルをとる。ちょうど入っていった時には”No Woman No Cry”をやっていて、いきなりノッてしまった。バンドのレパートリーは幅広いようで、ジャズにとどまらず色々な音で楽しませてくれる。すっかり気分良くなってノリノリだ。ステージの正面にはVIP席のようなムードのソファー席が並んでいる。その周りを取り囲むようにカウンターがあり、一般ピープルはそこで飲んだり踊ったりしている。どこも一杯だ。ソファー席には色々と面白いグループがいてウオッチングするだけで十分楽しい。あるグループは、新聞雑誌でよく見かける大物実業家の張っている大きな席で、所謂「芸者をあげて遊んでいる」状態。芸者の替わりに明らかにそれとわかるコールガール達だ。皆かなり飲んでいるようでお乱れ。危ない雰囲気。となりには、ゲイのグループに少し女の子が混じっている席。楽しそうだが、ちょっと控えめな感じ。我々の立っているカウンターの目の前ではヨレヨレのおじさんとイケイケのネエちゃんがどうにもかみ合わないやり取りをしている。会話は全然聞こえないが、「ネエネエ、踊りましょうよう~」「いやいや、ワシはもう疲れちゃったよ。かんべんしておくんな。」「ええ~それじゃツマラナイわよう~。」「いやいや、もういかんいかん・・・」ってこんな感じ。もうひと組は強烈で、エルビス風の派手なスーツにレゲエのかつらかぶってるオジサン(メンバーの一人は「あれは地毛だ」と言い張っていた)と、アールデコ風の真っ赤なドレスに真っ赤な帽子をかぶっている女のカップルだ。このオジサンが狭いフロアを行ったり来たりしながら誰彼ともなく話しかけている。一回ばっちり目があって、「髪が素敵」ってジェスチャーしたら、両手広げて大喜びしていた。本当に変なやつだ。我々最強4人組は怖いものもなく、一般ピープル席で勝手にノッて勝手に騒いでいた。しばらくするとバンドが休憩に入ってしまったのでちょっとトーンダウンして再開を待つ。バンドが2クール演奏し終わると時刻は午前1時半。2度目の休憩に入る頃にはソファー席にも少し空席が出ていた。テンションが下がるどころかドンドン上がっていく私達に情けをかけてくれたと思われるスタッフが、我々をソファー席に呼んでくれた。やった。元気が一番だな。そこでもケラケラ騒いでいると、バンドのトランペッターのお兄さんが席にやってきた。ちょっとびっくり。年嵩のメンバーが多いバンドの中で、一人20代の若い彼だ。しかも結構なイケメン君~!じゅるじゅる~。話し方からするとイギリス人かな。多分これからまた来そうな客だから愛想のひとつも振り撒いてこいって店の人に言われてきたんだろうけれども、そういったことがぜんっぜん気にならない歳になっちゃってる私達だ。楽しいし!次のステージのために戻っていく彼を眺めながら「この年齢の特権だな」と妙に合点する。散々遊んで、皆もだいぶ出来上がってきたところでお開きにした。帰り際、階段エリアで突然一人が「あのトランペット吹きと写真を撮りたい!」とクダを巻き始めた。「ちょっと呼んできて!」と諦める様子もない。げっ。また私が行くのかよ。仕方ないのでステージへ戻ってみたが、すでに誰もいない。「いないから帰ろう」と言ってようやくみこしを上げかけたときに、当の本人がひょいと通りかかった。反射的に行く手をふさいで「ちょっとアナタっ!」。むんずと引き止めてしまう自分が怖い。「あんまりハンサムだから皆と写真撮らせてもらいたんだけど、いいかしらんらん?」。そんなこんなでとっても楽しい一晩だった。家に着いたのは午前3時半。その朝はメンバーの一人の子供達がピアノの発表会だという事で、午前9時にはまた全員集合だ。よっしゃ。いくぞ。
2006.03.13
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It never rains but pours.何か起こるときは立て続けに起こる。学校で必ず習う英語のフレーズだ。近頃「まったくだな」とうなずく事が多い。今週がまさにそういうときだ。日常を逸脱すること甚だしい。乱れは先週の金曜日、オーストラリアから義母が香港へやってきたことから始った。(この義母については色々と話しがあるのが、また別の機会に。)人が一人増えるとどうしても日常に変化が起こる。息子である主人は出張でいない(なんてやつだ!)。さらに、息子が初めて「入院」を経験する。急な高熱と意識混濁だった。すわ、鳥インフルかっ!!?とでも思ったのか、息子の状態を一目見た医者が「即入院」を宣告。結局、何かのバクテリア感染による高熱だったようだが、丸2日間病院ですごした。息子がこうなると付き添う私の先約は全てキャンセル、リスケとなる。娘の学校後の活動にも支障が出る。更に、わざわざオーストラリアからやってきた義母をほうっておくわけにもいかず、無理無理に動き回ることになる。そういった普段ありえない状況が混乱を呼ぶ。そしてとどめは今日の車事故だ。マンションの駐車場で、駐車する際に他の車にぶつけた。それもまたありえない状況だった。全5フロアある巨大駐車場の中で、ウチの契約する駐車スペースは2台分。柱の奥とちょっとはずれた手前という位置関係にある。普段はエレベーターに近い、奥のほうに停めている。しかし、手前に車が入っていると奥のスペースに車を入れるのは至難の業だ。ただ、ウチには車が一台しかなく、手前に車が入っているという状態はない。結果、普段駐車するときは、右側にある柱にぶつからないように注意をしてバックすればよく、左側のほうはまず見ない。が、お察しの通り、なぜか車が手前のスペースに入っていたのだ。病院で息子に付き添って徹夜したあと、娘の足の怪我のリハビリへ直行し、そのまま義母をもとより約束の場所へ連れて行く、という強行軍の後だった。朦朧と右側のミラーで柱だけに注意してバックをしていったら・・・・。ずずず~・・・。全然見えていなかった左側のスペースに停めてあった車。そいつの前バンパーの角をサイドで擦ってしまった。音がして始めてそこに車があることに気がついた。なんてことだ・・・。まったくもって異常だ。とりあえず笑うしかないので笑ったのだが、一緒にいた義母は青くなっていた。当然だな。結局、ウチのスペースに無断で停めていた車の落ち度も考慮され、お互い勝手に自分達のダメージを修理するということで、無罪放免になったのだが・・・・。くわばらくわばら。It never rains but pours.今日はもう寝よう・・・。[インテリア茶箱のページ]
2006.03.08
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またまた我が書道の先生の話になりますが、この先生の場合、何でも手作りです。「中国の画家・書家は大体貧乏だからね~。何でも手作り。」だそうです。カルトナージュで使うような、生地に紙で裏打ちしたシートも絵や書の表装で使うのですが、これも手作り!「ほ~っ!こんな風に作れちゃうんだ!」と、かなり感動です。中国では書道と絵画は気っても切り離せないセットとして一緒に習うそうです。結果、私たちも教えていただいています。先生の筆先を見ていると、魔法を見ているようです。スッと一本書く線で、竹、花、蝶・・・色んな物になってしまう。濃淡を使って、筆先の表情を使って・・・。自分達と同じ筆を使っているとは信じられない。絵の具は墨汁の他、普通の水彩。使う小道具はとってもクラシックな中国風で面白いです。パレットは使いませんで、基本的に陶器のお皿を使用します。水差しも可愛い陶器。筆洗い用の容器も陶器のボウル。絵筆としては白い毛でできている柔らかめの筆です。我々もへたっぴいながらナントか絵と書を完成。今度は、印鑑を押して、表装するのですが、これを自分たちで行います。まずは、先生、印鑑用の石をマーケットで300円くらいで購入。自ら私達の名前を彫ってくださいました。手作り印鑑。いたく感激。それから、とても日常的な材料、道具類を使って表装します。コーンスターチを使った糊や、絹生地、「ライス・ペーパー(習字や墨絵に使うような紙。生、半生、熟、という三種類ありまして、用途によって使い分けます)。」やら定規、ペンキ塗り用のブラシなどです。印鑑を始め、普段何気なくお店で買ったりオーダーしたりしているようなものを、「簡単だよ!」といいながら着々と作ってしまいます。確かに、難しくはない。でも、すごく手間暇かかります。カルトナージュで使うような生地に裏打ちしたシートも、綺麗にできるけれども時間がかかる。表装作業、2レッスンかけてまだ途中です。思いました。究極の「スローライフ」だなと。苦労して作るから大事にするし、材料や仕組みがわかるからありがたさも解る。何より、ゆっくり流れる時間に任せて物を作り出す、なんともいえない喜びがあります。素直に楽しい。香港に来てよかったなあ・・・・。
2006.03.02
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