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ピアフを好きになった数年後、“バルバラ”を知った。 ここから、さらに数年後“マリア・カラス”に出会うのだ。それは後々書きましょう。 好きなアーティストの名は、記すだけで嬉しい。
2007年11月30日

某テレビ番組のオープニング、エンディングに流れる曲が“ケイト・ブッシュ”のものだ。彼女は摩訶不思議な人。18歳の頃によく聴いていた。美貌でありながら変わった変装のジャケット写真が多く、少々薄気味悪かった。しかし現在も使用されるように、洗練された曲調と別世界に誘うような声は特徴的だった。(ちなみに、自室で聴くというより、当時働いていた店舗でかけるとカッコイイものだったのだ。画像は・・・きっとヒキます。綺麗なのに変な顔をするのですねぇ。笑)テレビから流れるケイト・ブッシュの声を隣室から聴きつつ、思い出していた。その当時、かなりハマっていたのは“ビリー・ホリデー”だった。ジャズがカッコイイと思ったのがきっかけだったけれど、彼女は特別になった。よく聴いたなぁ。 忘れられない夢がある。夢の中で“ラバ~カム バック トウ~ミ~♪ ・・・”と歌声が聴こえていたのだが、それは少年の声だった。あれ?男の子が歌っている・・・上手いなぁ、切ないなぁと、夢の中の私は聴いていた。そう思いながらぼんやりと目覚めると、ステレオからはビリー・ホリデーの声が。そう、私は彼女の声を少年の声だと思っていたのだ。わかっているはずなのに、夢の中では少年の声だと信じて疑わなかった。それをどう説明すれば良いのかわからないが、彼女の声は独特なのだ。ビリー・ホリデーとともに好きだったのは“エディット・ピアフ”。ケイト・ブッシュから、いろんなことを思い巡らした。誰も信じなかった時期。誰ひとり信用出来る人なんているものかと、頑なに思っていた。それは20年近く変わらなかった。
2007年11月30日

パートナーが私に“プレゼント”があると言う。車を少し走らせると・・・なんと!!! ビルの谷間に、信じられない空間が・・・。そこには秋桜が一面に広がっていた。私は“秋桜”が大好きだ。この時期に見れるなんて・・・。 曇り空だったけれど、揺れる秋桜は可憐で美しかった。 「お好きなだけ、どうぞ」と堪能時間をもらい、満喫したのです。好きな構図を探して撮るのは楽しい。日々、日常いろんなことがあるけれど、冬の秋桜をバックに撮ってもらった私の顔は笑っている。満面の笑顔で写る私がいる。こんな表情を過去見たことは無いのだ。
2007年11月29日

先日の巡拝の途中、清水寺を詣出た後に立ち寄った素敵な甘味処で・・・。和三盆でプレートに清水寺、鞍馬、貴船の風景が描かれているのです。描かれた和三盆の絵の上を白玉ころころ・・・。または、わらび餅につけて戴くという、粋で楽しい時間を提供してくださったお店でありました。 清水焼の玉が付いていて、ビーズはスワロフスキーを使っているのかな?大変美しい輝きを持っています。“ぽっくり”です。こちらの女将さんは、言葉をはじめ接客から立ち居振る舞いで、芸者さんだったのだなと思われる方でした。置かれている調度品(三味線のさりげない置かれ方)のセンスも良くって、目に入る箇所箇所が素敵なのでした。みやげ物として置かれていた小物も、思わず手にとりたくなるような品々でした。どこに付けようか迷いましたが、毎日持ち歩くデジカメに。デジカメは宝物ですから、ビーズのストラップを付けても大丈夫だな・・と。 私は“わらび餅”を。『鞍馬、貴船』が和三盆で描かれています。黒蜜は甘味をおさえた素晴らしく上品な味。夏に鞍馬山を歩き、貴船まで下りて“川床料理”を堪能したばかりでしたから、思いいれもあって、感激のわらび餅でありました。デジカメに付けた“ストラップ”がテーマでしたが、書きそびれていたこともこの際に♪ ・・・私は、パートナーとめぐり会う前まで、『恋人』という関係の幸せや、楽しさを全く知らずにきた。大好きになった人との時間を、今の年齢になって初体験しているのだ。デートも、旅行も、恋人と行ける幸せを初めて知った。幸せを知ると、人が繰り返す“恋愛”は要らないと思う。いい加減な付き合いの繰り返しの中で“感動”は無かった。感謝も無かった。
2007年11月29日

筋向かいのお宅に咲く"さざんか"を、毎日見ている。 幼い時から身内のように我が家に出入りしていたおばちゃんが昨年亡くなった。昔は近所の方がお裾分けを持ち、「居るかねぇ」と当たり前のように玄関から上がってきたものだ。「おじゃまします」なんて挨拶よりも、用件を話しながらもう部屋にあがっているのだ。(笑) そんな光景はいつの間にか消えてしまったが、筋向かいのおばちゃんは変わらずひょっこりやって来ていた。あだ名は「天使ちゃん」だった。小さくて、いつもにこやかで、可愛らしかった。いつも花々の手入れをしていて、「おばちゃん!」とこちらから手招きすると、にこにこして道を渡って来る。夏場は日陰に椅子を出して一緒に涼んだりした。 ・・・この日、さざんかが朝日に照らされ一段と輝いていた。八重にひらいた花びらは白く透き通るように美しい。 娘さんは仕事からの帰宅が深夜なのに、おばちゃんが亡くなってから毎朝早くから花々の手入れを怠らない。おばちゃんが亡くなった日、「お互い同じ独り者だから、これからもよろしく頼むよ」と彼女に言われた。それから時々、見かけると挨拶だけではなく立ち話などするようになった。 「見事ですねぇ」 「でしょう!素晴らしいでしょ!」 と話した。こんなに見事に咲いて、おばちゃん喜んで見てるだろうなぁと言うと私の周辺の宙をくるくると指差し、「この辺にいるよ、きっと」 と彼女は笑った。 写真を撮らせてもらいお礼を言うと、「こちらこそありがとう!」と満面笑顔で涙ぐんでいた。「母さんが喜んでる。」って。 毎朝毎朝、花の手入れをしているとおばちゃんを感じるのだそうだ。なんか母さんに触れてるみたいでねぇと、いつか話していた。 おばちゃんの声や、笑った顔が浮かんで、・・・懐かしい時代、喉かな時間、祖母の顔も浮かび、温かいのにせつなくて涙がにじんだ。グっとこらえてバス停に向かった。
2007年11月26日

昨日、“はてな?”画像をアップしました。気になって仕方ないので書店で調べました。ただいまネットでも検索してみましたが、なかなかソノモノ自体の画像と名は出てきません。書店でもやっと見つけたんです。間違っていたらごめんなさい。 まずは赤い可愛らしい花。これは『アブチロン科の中のレッド・アシュフォード』だと思われます。確定できる画像はなかったのですが・・・。 そして~、不思議なふわふわ玉ちゃん。これに関しては書店の図鑑の一冊に、正確に説明があり、画像も一致したので確かだ!と喜んでいましたが・・・ 書店の図鑑では『コキア』という名だとわかったのです。それがネットで検索すると、コキアにも多種類あり、書物とは異なる画像が並んでいて迷ってしまい・・・またまた“はてな?”です。ネットではマイレアナ・セデイフォリアMaireana sedifoliaになるようですが、書物の画像と説明は、私が見たふわふわ玉ちゃんにぴったりでした。多年草であり、夏場は美しい緑色。その夏から秋にかけて、丸く丸くなっていくのですって。今のこの季節に向かって鮮やかに赤に染まっていくと書かれていました。鉢植えになっている画像もあり、ぽっこりして可愛かったです♪この玉ちゃん、60cmはあるんです。コキアでいいと思うんだけど・・・。はてな~?本日も美しいものを撮影しましたが、もう寝ます。(po-)
2007年11月25日

家に出入する身内から母までが風邪っぴき。母は汗を出すため冬眠のクマに化している。本日は主婦です。といっても夕飯を作るだけですが。最近むしょうに温かいものが食べたくなる。寒さを問わず、作りたてとか、湯気たちのぼる料理がいいのだ。今夜の月は美しく冷たい。明日の満月にそなえて、もう十分まんまるです。明日といっても小望月の今夜もフルムーンか・・・。雲があったらいいのになぁと思いながら見ていました。雲がないと淋しそうだ。そんな気分と風邪と、即出来る夕飯は・・・と考えて “湯豆腐”にしました。なぁんてそんなに考えてもいないのだ。手っ取り早いので早々に決めていた。 ぐつぐつ沸かした湯にたっぷりの日本酒を入れ、煮きりした後に昆布ダシとかつおだし。目一杯の白菜とたっぷり太ネギを入れ、それだけでいいんだけど、シメジとエノキダケもおまけに入れた。土鍋を探していると「割れちゃった」と母。残念、土鍋にクツクツ画像があったかいのに(画像の問題でもなく・(笑))。まぁいっかと、柚子こしょうをのせポン酢で。この柚子こしょうは冷凍庫の中に入っているんだけど、美味なのだ。だし汁から美味しいと口にしてもらえれば嬉しい。溢れんばかりだった鍋の中はイイ頃合いとなり、明朝の味噌汁の具にちょうど良い。美味しい味噌汁になるなぁ~♪今から楽しみなのだ。 時間は遡り~、隣のおじちゃんは花を育てることが上手な人で、自然薯まで作ってる!出かける時にふと見ると、ちらちらと可愛い赤色が見えた。側まで行くとおじちゃんがいた。屈んだりして覗き込む私に「どうしたの?」とおじちゃん。 「おじちゃん、この花は何て名前?」「このまえ新聞に出てたけど、忘れちゃったよ~」ガク・・・。「写真撮らせて!」「はいよ~」 撮影する私に「○○ちゃんは写真家になったんだねぇ」っておじちゃん。ウケるよ・・・おじちゃん。風が強く、揺れる赤色に悪戦していると、突如画面の花がピタリと止まった。おじちゃんが指で茎を固定していた・・・。自然の動きが撮れないよ!「おじちゃん、ありがとう♪」とお礼を言い、一応撮った。時間がないのにおじちゃんが見たがるので、画面を見せると大喜びしていた。いつも挨拶程度のおじちゃんと、面白い時間が持てた慌しい朝のひと時となった。 昨日、空ばかり見てたわけではないのです。こんな不思議な植物も撮影していたのでした。砂利のような地面にポコ!ポコ!とふたつ。大きさで言えばエクササイズ用の大きめタイプのボールみたい。もっと大きいかな!? 余所様の敷地内にあるのですが、柵に乗り出して撮らせていただきました。お家の方が出てきたら、「芸術的ですね!」と言うつもりでした・・・。本日の赤い花は時折見かけるけれど、この巨大なふわふわボールは何て植物なんだろう???
2007年11月24日

以前、動物占いが流行ったような・・・。確かその時も“チータ”だったと思うんだけど、やっぱり今回もチータだぁ!しかもコレ、動物占い進化(深化)版だって。「ぷぷぷ」と笑ってしまうほどあなどれなかった。面白い・・・。 ↓ココから~♪ 「動物占い」をさらに詳しく!!! 「動物占い」の発案者が贈る・・・ 今までにない診断系コンテンツ「マジカルインデクス」 太陽グループ そよそよ組のチータ あなたのマジカルパターン 『定めた目標にパワフルに前進する人』 基本性格気が短く、理想としているものがあれば脇目もふらずに前進していく情熱家。自分の気持ちはストレートに出し、相手に息をつくヒマを与えないほどの即断即決主義者。頭の回転が早く、様々な分野の才能を兼ね備える。◆男性の傾向男性は、先見の明があり、会社勤めより自由業・自営業・コンサルタントに向く。◆女性の傾向女性は、家庭に入ると口やかましく夫をリードしてゆく、世話女房型になる。行動パターン 【太陽グループ】スゴイ人と言われたい・世間から評価される人になりたいと考え、いつも元気で輝いています。・目指すは成功者で、常にある「不安」が原動力で動きます。感覚パターン 【そよそよ組】自然でいうと「黄緑の草花」!フレンドリーなハートを持つ人です。・人当たりは良いが、芯が強い外柔内剛型。・外見は、気さくでとっつきやすくても、自分の考えや価値観を簡単には変えない忍耐力を持っています。・仲間やグループと一緒にいると力を発揮します。性格パターン 【チータ】走りながら考える!「世界的」という言葉を使うし、海外が大好き・「諦めの早いチャレンジャー」・「挑戦」と「模索」が一生のテーマ・失敗という概念がない 思わず納得~大きく頷いちゃった箇所をピックアップ・・・スゴイ人と言われたい →これピッタリ!言われたいもん走りながら考える! →走ったままか、止まったまま・・・確かに。「諦めの早いチャレンジャー」 →腹立つほどにピンポ~ン・・・失敗という概念がない →言えてる・・・いい意味でも悪い意味でも・・・と、遊んでいればこんな時間だ!ひゃ~お風呂お風呂~~~♪
2007年11月23日

今夜の月(十三夜)と、雲は際立って美しい。まばゆい月光と、照らされる雲の色合いとの相性が良いのか、互いに魅せ合っているようで・・・ 素敵な夜空なのだ。日中も夕方も空ばかり見ていた日だったなぁ。 西の山から照らされる空の色と電信柱を見てしまったら、もう空ばっかり見てしまって何度も自転車をとめてしまうのだ。「私は主婦にはなれないわぁ・・・」と思った。夕飯の買い物を母に頼まれたんだけれど、まったく別の方向に行きたくて行きたくてどれほど我慢したか!ここであっちに走っていけば帰りは真っ暗だなぁ~、夕飯の時間は大幅に遅れるなぁ~、とあれこれ思いめぐらしつつ、スーパーまでの間に何度も撮影~。見える山の方まで行っちゃわなかったからエラカッタ。 雲の多い今日のような空が好きだ。暖かい1日だった。お昼過ぎた頃にアンジュと公園まで散歩した。木洩れ日、影が美しかった。同じ枯葉でも、やはり“桜”の葉は独特の美しさを持っている。左の画像に、道にアーチを作っている木は桜だ。雨が降った後には、地面に美しい地図が出来るのもこの辺り。仲良く散歩していたけれど、心無い人が捨てた食べ物を見つけてアンジュは食べてしまった。説教を20秒ほどして、叱られて耳が水平になったアンジュと帰宅したのであった。
2007年11月23日

ブログを誰が見ている、友人が見ている・・・そういうことを考えず、せっかくの空間に観じるままに書きたいものです。この“観じる”って言葉、いつも“感じる”と使ってるけど、本日は漱石に影響大なので使ってみたかったのだ。またこれがピタリと当て嵌まる漢字なのだ。ああ!そうなんだ、この漢字が合う時は多いと思った。“想った” “思った” これも使い分けている。漢字に詳しいわけではないけれど、文字(言葉)を並べる時はそれなりに考える。自己満足の世界なのかもしれないと思いつつ、その辺の細かなニュアンスを汲みとらなかったり、簡単に見落とす人は苦手というか嫌いだ。・・・だから友人は少ない。 と、言いながら尽く見落とすどころか、一切文字など無関心としながら体当たりしてきちゃう人は憎めない。案外好きだったりする。言葉に棘さえなければいい。私は不調になると皮肉を言う癖に、他者の皮肉に食って掛かる。小さな棘を見つける。たとえ小さくても、棘は人を封じ込めてしまう。私は傷つくことを極端に恐れている。恐れているから人とつきあわなくなっていった。他者を傷つけることが怖いからと思っていたけれど、そうじゃないと近年知った。私が傷つきたくなかっただけだ。皮肉屋だけど、人に棘は向けたくない。皮肉もやめたい。こんなことを書きたいわけではないんだけど、こうしてタイプしてるからには根にあるんだと思う。ヤな奴~と思いつつ、私は私自身を嫌いになりたくない。だからこうして吐き出しているのだ。ぶちまけたいことがいっぱいあっても、こうして書いていることはその内の何分のいくつだろう?独りノートに書き散らしていた頃を思うと、今はネットというこのようなモノがあるって、驚異(脅威)・・・これが全ての人にとって救いとなれば良いのにと思う。私には救いだった。目の前の世界が大きく変わった。セクシャリティの問題が(今は問題と思っていない)あったから、尚更のことだった。タイトルを徒然散文にして良かった。収拾がつかないわ・・・。 今日は一日中図書館だった。書店に行こうとも思ったり、散歩に・・と思いつつも、日当たりの良い窓辺の席を陣取ったからか、本日のテーマ作品は一気に進んだ。動けなくなった。・・・しかし、お腹は鳴るのでお昼にはしっかり食事に出た。漱石の『こゝろ』を読み返した。何十年ぶりかに。今の私を確認したかったのだ。以前は“先生”“K”“わたし”それぞれにあてはまる箇所を自身に照らした。今の私は違っていた。まだまだ弱いけれど、たとえ重なっても、「私は違う!」と反骨精神のようなものが芽生えていた。作品と自身のことについては詳しく書きたくない。私が納得出来たからそれでヨシとしたい。それに加えて大好きな作品なのだ。大切なのだ。読み終えて少し安心した。私は大丈夫だ、まだまだ大丈夫だ、やれるぞ!格好ばかりじゃないんだぞ!私は成長しようとバタバタしているんだ・・・と、そう感じることを知りたかったのだ。確かめたかったのだ。身体で感じられなければ実感出来ない。心無い言葉は通り抜けていく。心を鎖す。温度ある言葉は、数少なくても短くても響き、痛いほどに身体に沁みる。・・・図書館を出て、コロナビールを飲みました。アテは・・・“オリーブ”にした。美味しそうなものがなかった。食べちゃった後で撮影したんだけど、このブルーハワイみたいな色の中にクラッシュアイスとともにオリーブが・・・。合わない色だった。コロナビールの瓶と、ブルーハワイ色にオリーブって気持ち悪い。長編一冊読みきったあと、これはつらかった・・・。いらないよ!ブルーハワイ。クラッシュアイスもいらないよ!シンプルな器だけでいいんだよ・・。そういう気が利いた店に行ける私になればいいだけなんですよね・・・。ひとりで店に入るとこういうことばっかりだわ・・・。 そんなわけで、気をとりなおして昨夜のワンカップから昇格の地酒を買って帰りました。ど~ん!由比の正雪です。あっさりですが、ピリっと辛口。絵は“広重”描いた富士。これでホっと満足している今であります。いいですねぇ、酒って。 ついでに帰宅早々、私のベットに飛び乗りお腹を出してるアンジュちゃん。お腹をさすっているところを撮影。恍惚の表情でいます。毎日毎日帰宅すると何十年も会っていなかったように泣く。耐えられないほど顔を舐められる。私の天使ちゃんNO2。 ・・NO1がいるのだ。不思議なものでアンジュに似ている。
2007年11月22日

こんな冷たい夜はやっぱり日本酒。赤ワイン飲みたいけどなぁ~、現在のわたくしにはワンカップが合ってるのだ。ほんとはお酒も飲んでちゃいけないのかもね・・・。「うるさいわ!ほっとけ」 ・・・と、まだ酔ってもいないのに酔っ払いのような戯言を書いている。ヤな性格。嫌いだわ。私はアンジュが大好きだ。自分の命を分けたいほどに好きなのだ。コヤツの顔を見ていると癒される。見るたびに泣けてくる年齢なのがキツイところ・・・。 アンジュは“ネコ犬”で、仕草などネコみたい。最近は寝てばかりだし、時折昼夜逆転してオシッコに行きたがる。このソファーにはひとりではあがれなくなった。「あげて」という顔をして、両手をかけてこちらを向いて待っている。お尻をひょいと抱いてあげるのだ。いつも剥げてしまったパグのぬいぐるみを枕にしていて、これだけは噛んで遊ばず大事にしているらしい。寝ているのに、冷蔵庫に行くと、耳を立てて無理矢理に目を開けて私を見る。しかし顔は枕に置いたままだ。食いしん坊なのだ。ビーグルが入っているからなぁ。「何もないよ」と、グラスとかお酒だけ見せると、「な~んだ」とまた寝る。 こんな風に、寝ててもしっかり目を開けている時もあるのだ。過保護なので毛布かけは必須。枕も!深夜、ソファーからおりて部屋にやってくる。私の顔を片手か両手でノックする。どんなに眠くても私はアンジュの言いなりとなる。布団の中に入れてあげるのだ。眠るまえに私の顔をぺろりと舐める。 ・・・寿命があるんだよなぁ。
2007年11月21日

デジカメって凄い。携帯だったら真っ黒になる画像が、こんなに明るく見えるんだもん。吹きさらしの暗くなった土手の上で、「すっごいなぁ~」と画面見ながら撮っていた。いろいろ撮って結局2枚。もっと早い時刻だったら美しい夕焼けが見れたのに・・・。 風呂敷などなど、染物の美しいグラデーションは自然の色からだと、このような空を見るたびに思うのです。西の空には可愛らしく優しい雲がふたつ。山の上には星が瞬いていた。この瞬間だけの色とかたち。寒くたって・・・平気。 真直ぐ真直ぐ行けば、海がひろがっている。バイクだったら絶対行っていた。車だったら確実・・・。免許持ってないんだも~ん。・・と、こんなことしてる間に冷えて頭がガンガンしてきた。あぶないダッシュ!と帰ったのであった。発泡酒はやめてワンカップ飲もう~
2007年11月21日

【屋久島 縄文杉】 何をしていても、ふいに祖母の優しい声が聞こえる。厳しくて、家族にも敬語を使い、祖母の部屋であった仏間には、幼い頃は無闇に立ち入ると叱られた。叱る言葉は容赦なく、ピシリと突き放された感覚を覚えたものだ。縁側で日向ぼっこする、いつもニコニコした優しいおばあちゃんの印象は無かった。・・・それなのに、亡くなった瞬間から、その厳しさひとつひとつが優しさの印象と変わった。何度も衝突し、反抗していたけれど、厳しさを保ち続けていた祖母が、今愛しくてたまらない。祖母の遺影を見ることに後ろめたさを感じ、仏間に入らないことがある。しかし、遺影を見なくても祖母の声が聞こえてくる。その声は優しいが、私を見つめる目が厳しい。祖母に似ていると周囲からも言われ、生前の祖母からも幼い時から最後の最後まで言われた。私自身もそう自覚している。似ているのに、祖母の生きた過程、人生は苛酷だった。私は甘く、楽観的で、一獲千金を願い、苦労していない。忍耐がない。辛抱がない。我慢出来ない。踏ん張れない。揺らぐ。生活のうえで(それは仕事だろう)乗り越えた充実感を知らない。きっと出来るであろうことをしない私がいる。 今私を見つめる祖母の目は厳しい。「ごめんなさい」は届かない。「助けて」 ・・・その私の声に応えてくれたのはわかっている。差しのべてくれた手を振り払わないように、与えてくれた新しい環境の中で前進する私で在らなければ、いつまでも抜け出せない。いつまでもいつまでも抜け出せない。きちんとした社会に生きなくてもいいでしょう!?そんな世捨て人のような気持ちが、どこかに残っているからだ。 ふうてんの寅次郎が憧れだったのだ。真剣に・・・。今は希望を与えてもらい、夢をもらった。そんな夢を描き目指せるようになったのだ。何してんだろう私。こんなこと考える余裕もないほど働けばいいんだ。働けばいいのだ。何かひとつでも変えてみよう。やってみよう。ただでさえマイナスからのスタートなのに、考え方までマイナスになりたくないわ!ちくしょう! ・・・失礼。本当は海に叫びたい。
2007年11月20日

枯葉が舞い上がる道を歩いていればこの鮮やかな色が・・・凛と存在していました。美しい。 ここで、枯葉に見る温度、この寒椿に見る温度を考えてみる。今、この画面の前でひとり納得・・・。納得。
2007年11月20日

枝にびっしりしがみついて渋くて渋くて凄い味なんだろうなぁ美味しい柿を烏はえらぶものねぇ 鳥は知っている 近くに売れ行き絶好調の柿木があった
2007年11月20日

道路の両端って魅力的・・・ 枯葉は温かいゴミが散らばっているのは冷たいなにもないアスファルトは寂しい枯葉がいいんだよね
2007年11月20日

影は美しいこれは可愛いハートだ・・・
2007年11月20日

からから と大きな音をたててくるくる回転して すぅっと滑ってく ・・・カエルになって追っかけたこの場所から移動させたかったけどこの手で動かしたら自然の美しさが消えてしまう
2007年11月20日

紅葉に 美しくてため息がでるしかし この裸になった木々にもため息がでるのだ美しい枝の動き紅葉以上に生命を感じてならない
2007年11月20日

清水寺までは、ほぼすべて歩いたに等しい。しかし最終の寺院までは手前までバスを利用した。小雨も時折ぱらつき、かなり冷えていた。正解!この寺院の敷地の広いこと・・・。歩いていたら、時間がなくなってしまった。まだ始まったばかりであって、この先残っている寺院が在る場所は、険しいところも多いようだ。それが楽しみなんだよなぁ。 『西国第十五番』新那智山 今熊野観音寺ここまでの長い坂も参道となっており、ここからも長い道となる。気持ちよい道だった。生茂る木々は深くなり、そこに折り重なる紅葉が美しい寺院だった。なによりも静かなのだ。この静けさが、整備される以前の山道を想像させてくれるのだ。思い描く時をくれる場所が好きだ。そして、このような場所を度々訪れることが出来ることを幸せに思っている。 ・・・戴くたびに、胸がいっぱいになる。三十三のうちの七つ。
2007年11月19日

食べてばかりではないのだ。途中途中の寄り道を楽しみつつ、参拝してきた。襲名披露を前に、もうすぐ行われる“まねきあげ”ある南座を前に右へ・・朝の鴨川べりをテクテク歩く。まずは『西国第十七番』六波羅蜜寺へ。 ここまでの道のりは味わいある通りだった。御茶屋さんが立ち並ぶ有名な通り。そこから折れて、ほんの少し坂道を登っていくと閑静な民家の中に見つけた。 バスを利用するのも楽しい。歩くことがベースで滅多に使わないけどこの日はもう帰らなければならない。時間短縮のために利用した。 清水寺は修学旅行と、別の用で3度目だったけれど、記憶が曖昧であることに驚いた。こんなに素晴らしいところだったの!?世界遺産なのだ・・・。以前見た時の私と、今とでは違うのだから、視界に入るものを受けとる感覚は新鮮そのもの。感嘆するばかりだった。 左は“茶碗坂”。こちらから登って行った。この坂をあがり始める前に、オープンテラスがあって、そこでエスプレッソ・・・相方はカプチーノ。ここからしばらく煙草吸えないんだも~ん。(笑)飲むわ、食べるわ、吸うわ・・・こんな巡拝者でも赦してください。 『西国第十六番』音羽山 清水寺 清水寺の中は、修学旅行の際に走りすぎるように終わった記憶がある。縁結びのお守りと、学業のお守りを購入した。勉強大嫌いだったくせして!縁結びは真剣だった記憶が・・・。此処と、出雲で2度お願いしたのだが、かれこれ20年以上経って!やっと人生のパートナーと巡り会えた。つづく
2007年11月19日

六角堂に向かうには、此処を通らねばならなかったのだ。なぁんて言いつつ、遠回りであっても必ず寄るに決まっていたけれど。こちらにある魚屋さんの焼物が美味しいのだ・・・。前回はまってしまい、今回の京都も絶対行きたい!と楽しみにしていたのだ。 カウンターがあり、魚介の焼物から刺身と楽しめる。生ビールはもちろん、グラスワインもいただけるので最高・・・。初日は一杯だけにして寺院へと向かったけれど・・・最終日の翌日は、寺院巡りを終えた後にまた出没~。この時は小雨もちらちら寒かったので熱燗で!ふたりで4合ほどいただき、市場の波の中へ・・。 カテゴリーが『美味しいこと』なので、ここでは最終日のお土産を。食いしん坊の私に、パートナーがせっせと選んでくれたのであった。「グジ」大好物の「九条ネギ」、「万願寺トウガラシ」・・・ドでかいなめこ~。すぐき、千枚漬け、シバ漬け各種。帰宅後に直ぐに焼いたのは言うまでも無い。さんざん食べてきておきながら、作っちゃいました!新鮮が一番、絶品。 トウガラシに少々油を塗り・・・焼いて焼いて~♪鰹節とお醤油で美味~~~!これはヤミツキになる最高の肴である。そして~九条ネギのネギ焼き!これが食べたかったのだ・・・。普通のネギじゃダメなのだ。この九条ネギを贅沢にシンプルに焼いちゃうのが美味しいのである。食べてばっかりの巡拝なんて・・・!?そうです、たしかに食べて飲んでばかりで大喜びしている私達。しかし、やることはやってまいりました。何もかもを楽しむ。ささやかなことから最大の満喫感を得る。・・・連日ネギ焼き、今夜も食べちゃったネギ焼き♪残りは味噌汁の具だなぁ。
2007年11月18日

暖かい日でした。翌日は全国的に寒気の影響で、グっと冷え込みました。食べ歩きの珍道中ではあるけれど、様々な思いを持って巡拝は続いているのであった。 西国第十八番 『六角堂頂法寺』 西国第十九番 『革堂行願寺』 こちらの革堂行願寺は、滑り込みセーフで御朱印をいただくことが出来た。その理由は後々書きますが・・・。こちらにいらした御婆ちゃんとの会話が楽しかった。はんなりゆったり京言葉で私達に質問される内容は、はっきりされている。なかなか厳しそうな御婆ちゃんだけれど、あったか~い空気で包まれた。その日最後の参拝者となり、御婆ちゃん達に手をふって後にした。この御婆ちゃん、後で名物御婆ちゃんだったと、その後訪れた寺院で知ることになるのだった。(笑)
2007年11月18日

今年は屋久島にも行き、世界遺産を目の当たりにした。今回は、連日にわたってまたも、ふたつの世界遺産を目にとどめることができた。素晴らしい体験を、大切なパートナーと共にできることの幸せを実感している。日常には様々なことがある。ささやかなことも幸せである。しかし、人の温もりから伝わる幸せをしらずに体感せずにいたら、ささやかな幸せを素直に受け止めることが出来ない。初めて知る温もりある幸せの中で、空の青さに幸せと思う。雲の流れを眺めれることが幸せと思う。花の美しさに感動できることが幸せと思う。生きていることに感謝する。生んでくれた両親を想う。毎日が上手くいかなくても、生きる活力さえあればどうにかなるさ。幸せを噛みしめれるようになったのだ。一番必要だったことは、愛を知ることだった。 パートナーと一緒にあらたに始める。歳月をかけてゆっくり巡拝するのだ。 西日に揺れる木洩れ日と、黄金に輝く葉葉、織り重なる彩は見事なものだった。 この翌日には姫路に向かい、武蔵坊弁慶で有名な寺院を参拝。三十三ヶ所の二十七番となる。ゆっくりアップしていこう・・・。二つ目の世界遺産とは“姫路城”
2007年11月13日

高野山に行くことが出来た。素晴らしい体験だったから、ゆっくり書こうと思う。
2007年11月10日

またもやサボろうといたしました。こんな時間になっちゃいました。迷犬アンジュと眠りまする...zzzZZ
2007年11月01日
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