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めったに見ることの出来ないスイス映画。手作り感のあふれる作品。リアルな人物設定、美しい風景など魅力にあふれている。80歳になった女性マルタが長年の夢であったランジェリーショップを開く物語。これは一人の女性が夢を実現する物語というだけではなく、その彼女の友人たちとの連帯の物語でもある。小さな意志がやがては革命につながるという読み方も可能である。彼女らに対して反感を持ったり、いやがらせをする人々の設定も非常にリアルであり、これはスイスの小さな村のファンタジーではなく日本でも起こりうる物語だと思わせる。
2009年01月31日
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海上警備行動でソマリア沖に出て行く海上自衛隊の大きな課題としてソマリア沖を通過する日本の豪華客船の護衛があるという。危険なソマリア沖にどうして豪華客船が出ていくのか?それがクルーズのスケジュールなら、それに乗船するのは自己責任ではなかったのか?2004年にイラクで誘拐・人質となった日本人に対して「自己責任だ」「救出の飛行機代を出せ」と言い放ったり、バッシングを浴びせた人々は、今回の派遣に対して何というのだろうか?それにしても被害者が「反政府的」という理由で、「自己責任だ」などという世論作りや被害者へのバッシングがいかに卑劣であることかを改めて感じる。ソマリア沖への自衛隊派遣が、日本にとって危険な行為であることは明らかである。
2009年01月30日
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朝青龍のガッツポーズが横綱審議委員会で問題になったということである。場所前はどう見ても惨敗、引退の気配が濃かったのであるが、それが見事に優勝。朝青龍をなんとか引退に追い込みたかった人々にとっては見事にあてがはずれた結果で、おそらく非常に不愉快であったろう。そこで攻撃のポイントとしてあげたのが、このガッツポーズではなかったのか。どうしても朝青龍を追放したい人々にとっては彼が何をやっても、抽象的な「品格問題」で攻撃するのではなかろうか?それにしても横綱審議委員会で品格に問題ない人が一体どれだけいるのか?
2009年01月29日
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「善き人のためのソナタ」に主演したウルリッヒ・ミューエの遺作である。第2次大戦末期、もはや敗戦の色濃くなって鬱状態になったヒトラーを再生させる任務を命じられたユダヤ人教授の物語。この設定だけでも異色なのであるが、これを全編にわたってブラックユーモア調で演出している。ゲッペルスなどナチの幹部たちやナチ組織の官僚性を戯画的に皮肉たっぷりに描いてる。ヒトラーとナチへの憎悪に満ちたストレート批判ではなく、それらを笑い飛ばしたという点がこの作品の特長ではないかと思う。その意味ではメル・ブルックス、ウディ・アレンとつながってくるのではないかとも思った。但し、この「わが教え子、ヒトラー」は最初の設定から物語は、どんどん拡大していき、破綻寸前である。ブラック・ユーモア演出が成功しているかどうか疑問である。監督はユダヤ人というが、この作品のユダヤ人の間での評価はどうなのだろうか?
2009年01月28日
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「エデンの東」がリメークされるという。オリジナルは、ジョン・スタインベッグの原作をエリア・カザンが映画化し、主演のジェームズ・ディーンの魅力によって映画史に残る名作と評されている。当然、ディーンの役を誰が演じるのかが注目の的であろうが、この「エデンの東」の原作は2つの家族の年代記で、映画の主人公であるキャルの登場は原作では後半部。そこで今回はあえてキャルの登場しない部分を中心に映画化する方法もあると思う。さて、どうなるのか?
2009年01月27日
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この中で彼らが「ともだち」に対して闘いを挑むときのスローガンは「このマークを俺たちのもとに取り戻そう!」である。あの目玉と指先を合わせたあのマークは彼らの為のものであり、仲間としての団結のマークであった。しかし、それが今や彼らを窮地に落とし込もうとしている。この図式は、まるで「現代日本の民主主義」ではなかろうか。本来は、独裁的な社会体制から解放し、輝かしい未来を作るはずであったものが、今では「数さえ揃えば、民主的という名のもとに何でも出来る」という状況。「民主主義を俺たちのもとに取り戻そう」というスローガンが現実の社会で必要なのではなかろうか?もちろんそれは「民主主義」ではなく、その他の名称であってもいいのだが。
2009年01月26日
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昨年見逃した「20世紀少年・第1章」であったが、今回、「第2章」公開に先立って復習上映があり、それで見に行った。原作はいつか読みたいと思いながらも、未だに読んでいないのであるが、数多い登場人物とエピソードがあるのだろう。映画はそれをかなり要領よくまとめていると思う。しかし、その要領の良さが物語の持っているスケールやコクのようなものを消してしまい、小粒なものになってしまったのは否めない。それに「本格科学冒険映画」の「科学」のティストは消えている。主人公ケンヂがこだわるロック魂についてももっと色濃く出して欲しかったし、それぞれのキャラクターも鮮明ではない。と、まあ、文句を言いつつも、「第2章」も見てみよう。
2009年01月25日
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「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞の候補作品となった。非常におめでたいことである。「たそがれ清兵衛」以来のこと。そういえば、この「たそがれ清兵衛」が公開された頃、滝田監督は「壬生義士伝」が公開され、この作品は山田作品の陰に隠れてしまった感じで、今回のアカデミー賞へのノミネートはそうした因縁でも面白い。それにしてもこの「おくりびと」はそんなに傑作か?入場料を払って惜しくはないという作品であることは認めるが、これは単に欠点がないというだけのことであって、「キネマ旬報」のベストワンになったり、アカデミー賞のノミネート作品になったりというのはやや過剰評価ではないかと思う次第。「キネマ旬報」のベストワンやアカデミー賞というものはそういうものだと言われれば、仕方がないが・・・。私としては「おくりびと」をワーストワンに選んだ「映画芸術」の選出者たちのコメントを読むのを楽しみにしておきたい。
2009年01月24日
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映画「チェ 28歳の革命」には大いに満足して次の「チェ 39歳別れの手紙」を楽しみにしているのであるが、最近の「チェ・ゲバラブーム」には非常に違和感を持つ。「革命のカリスマ」とか「ゲバラを知ることであなた自身の内部で革命を」などという言われ方や煽られ方は、ちょっと違うのではないかと思うのである。シネコンでの宣伝映像では配給会社の宣伝マンがゲバラの格好をして登場して「これを見た人の心の中に革命が起きる」などということを軽薄な口調で喋り出したときには思わずずっこけ、半ば怒りがこみ上げてきた。映画「チェ」を盛り上げるためのこれらのことはゲバラから何かを学ぼうというのではなくゲバラを消費しているに過ぎないのではないか。その結果、この映画の価値を貶めているのではないかと思う。
2009年01月23日
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雇用問題、貧困問題への取り組みは全く意欲のないわが国の政府であるが、こういうことには実に素早いアクションである。既成事実の積み重ねを許してはいけない!以下、案内です。ソマリア沖海賊対策への自衛艦派遣を考える学習会のご案内------------------------------------------------------- 政府・与党は海賊対策を名目に海上自衛隊の護衛艦をソマリア沖へ派遣しようとしています。まずは「当面の応急措置」として自衛隊法第82条の海上警備行動にもとづいて派遣し、並行して3月上旬をめどに海賊対策の新法を今国会に提出する模様です。早ければ今週中にも麻生首相が防衛大臣に派遣準備指令を出すと報じられています。海賊取り締まりは本来、海上保安庁の任務であり自衛隊に司法警察権はありません。武器使用基準を防衛省に丸投げするなど政府・与党の議論も拙速であり、「自衛隊派兵」ありきの見切り発車ともいえます。米国の強い要請を受けてアフガニスタンやイラクに続く米国追随の自衛隊の海外派兵であり、憲法の空洞化を狙った海外派兵の既成事実の積み重ねは許されません。被爆地長崎の市民有志は昨日、添付の要請書を政府および与野党に送付しました。また、自衛艦派遣の問題点を明らかにするため、下記の通り緊急学習会を開くことにしました。つきましては、緊急ですがご案内しますので積極的な参加をお願い致します。日 時 1月23日(金)19:00~場 所 長崎県教育文化会館4F「401号室」講 師 今川正美氏(自治研センター事務局長、元衆議院議員)主 催 被爆地長崎の市民有志 問合せ先 長崎県平和運動センター 長崎市桜町9-6 長崎地区労会館内 E-mail:ngs-heiwa@vesta.ocn.ne.jp
2009年01月22日
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ギボンの「ローマ帝国衰亡史」をヒントにした未来宇宙を舞台にした銀河帝国の崩壊と再生を描いたアイザック・アシモフの代表作というよりSFの代名詞的作品「ファウンデーション」3部作が映画化されるというニュースを知った。監督はなんと、ローランド・エメリッヒだと!こけおどし演出だけが取り柄のこの監督にはたして、この作品を演出する力量があるのか非常に心配というか、降板していただきたいところである。この作品はテオ・アンゲロプロスくらいの力量とセンスがないと無理だと思う。カナダの映画サイトTwitchはこのニュースを、「ああ、アイザック、あなたが亡くなっていて、この映画を見ないで済むことがせめてもの救いです」というタイトルを付け、大きな落胆をもって報じているが、全く同感!
2009年01月22日
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「脚本を作り時に、素材からどれだけのものを削り取るかが大事」という脚本家の言葉があった。「映画作りには引き算も大事なのです」とは緒方明監督の言葉。どちらも同じことを言っているのではないかと思う。一番大事なことを描かない、あるいは語らないことが、実は最も強く語ることになるのかも知れない。昨日、紹介した「中華学校の子どもたち」は、その引き算が成功した事例ではなかろうか。あの中で取り上げられた「学校事件」や華僑への迫害や差別について描こうと思えば、もっと見せ場は出来たと思うが、あえてそれを行なってない。しかし、そのことによって映画「中華学校の子どもたち」は端正で説得力のある作品になったのではなかろうか。そして、「チェ28歳の革命」もまた引き算により作られた作品だと感じた。
2009年01月21日
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視点が非常にユニークである。在日華僑の生活と歴史を中華学校という視点からとらえている。その学校というのは、単に子どもたちが勉強する場というだけではなく、それが世代をつなぎ、華僑の人々のコミュニティの場となっていることだ。学校での子どもたちの生き生きとした様子を捉えた場面は「トリュフォーの思春期」を思い出させる。そんな場面を描きながら、やがて華僑と学校の歴史の中の事件が描かれる。国民党政府系と共産党系との対立である。しかし、映画はそれらのことを深くは追求しない。日本における華僑への迫害や差別の歴史もあったはずであるが、それらも大人たちの会話の中からほのめかされる程度である。「二つの中国の対立」や「日中の歴史」などより、実はもっと大切なものがあるということを考えさせる。それは、ここに描かれる在日華僑の人々だけの問題ではなく、すべての人にかかわることではなかろうか。大変に端正でチャーミングなドキュメンタリー映画である。
2009年01月20日
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ほとんど話題にもなっていないこの映画、ポスターをよく見ると監督はなんと金子修介ではないか。原作は一条ゆかり。金子監督はこういう作品の場合は隠れた傑作になる可能性も高いので、私としては鑑賞優先度をトップにして日曜日の初回に。観客は5名程度。私が入場したときはみな男性観客。徹底したディフォルメされ誇張された演出にこそ面白さがあると割り切って見るべき映画。それは当りで、そこそこ面白い。上流のお嬢様育ちで気位の高い女性と、貧しい育ちであるが、上昇志向の強い女性との対決。しかもこの二人、一緒にいて火花を散らすことでより自分を高め合うことが出来る。その設定の面白さ。プライドとは維持するのも、捨てるのも非常に難しいということを改めて教えてくれる。二人ともオペラ歌手志望であるにもかかわらず、オペラに関係したシーンが少ないのは非常に残念。二人がウィーン、ミラノに留学に行くシーンで終了するが、是非、続編も!
2009年01月19日
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映画「蟹工船」は長崎市では自主上映で公開された。私も見に行って作品レビューは昨日書いた通り。さて、この上映会で作品の上映に先立ち、実行委員長からの挨拶があった。その内容は「みなさんに、この映画を見て怒ってもらいたい。この映画で描かれていることを。そして、現在行なわれている派遣切りを怒ってもらいたい」という趣旨のものであった。これは非常に違和感を感じる。そもそも現在の派遣切りに対して怒っていない人はいないのではないか。この映画を見て怒りをかきたてるまでもないのではないか。この実行委員長の挨拶のKYぶりは、ハローワークにやってきた若者に対して「まず自分がやりたいことを決めないと就職は難しい」とお説教をたれた麻生総理と変わらないレベルだと思う。このような場に集まった人へは怒りから更に一歩進んだ取り組みを提示するべきではないか。長崎県には議員が条例を変えるだけでも自由に活用できる基金が368億円ある。こんなことを言うべきではないか。話は「蟹工船」から離れるが、今後は道州制に移行しようとして、「県」という機能がなくなろうとしている時期に長崎県は県庁舎の移転・新築に368億円を投じようとしているのである。(実際は1000億レベルのものになりそうだ)
2009年01月18日
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見た直後のレビューである。重々しいモノクロの画面に伊福部昭の音楽がかぶさって始まる。「ゴジラ」を連想させる重く、そして異国を感じさせるメロディーである。非日常のエキゾティズムを感じさせるが、この映画もまた、蟹工船という日常から隔離された世界の物語で、しかも重みを感じさせるシリアスさがあるが、この伊福部音楽はぴったりである。クレジットを見ると「撮影監督・宮島義勇」「撮影・仲沢半次郎」といく組み合わせであった。「赤穂城断絶」と逆の組み合わせである。さて、内容であるが、当然のごとく群像劇であるが、登場人物の一人一人のエピソードが、ぶつ切り状態のままで、作品の中で効果的につながっていない。そんなわけでラストも、衝撃が不足である。闘いは次につながるという暗示が欲しかったが、この映画が作られた53年にはまだレッドパージの影響下にあったのだろうか?キャラクターも際立った人物がいないのも不満。山村聰も森雅之も中途半端な出演。淺川ももっと憎憎しさが欲しかった。演じた平田未喜三はどういう俳優なのだろうか?さて、松田龍平主演の「蟹工船」はどうなる?
2009年01月17日
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明日(17日)は長崎市で映画「蟹工船」が上映されます。1953年の作品。監督は俳優でもあり、この作品に主演している山村聰、音楽は「ゴジラ」などの伊福部昭。撮影は宮島義勇と当時のトップクラスが結集している。撮影監督の宮島義勇とは「来なかったのは軍艦だけ」と言われた東宝争議の指導者の一人であり、後に「怒りをうたえ」や国労の戦いをドキュメントした「俺たちは鉄路に生きる」を製作された方で、撮影監督としても思想家としてもトップクラスであると思う。「蟹工船」は宮島義勇の作品であるという点だけでも見る価値はあるのではなかろうか。■上映日時:2009年1月17日■場所 : 長崎市桜町 県勤労福祉会館講堂 ■上映時刻:・11時~ ・14時~ ・18時30分~ ■前売りチケット 1000円。当日1200円。 高校生以下は当日券のみで800円。 *プレイガイドやローソンチケットでも取り扱います。 ■主催 映画「蟹工船」を観る会
2009年01月16日
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大阪万博のポスターを描いたグラフィックデザイナーの福田繁雄さんが亡くなられた。数年前にわが町へもおいでになり、そのときの講演を聴いたことがある。世界をエネルギッシュに飛び回っておられるという感じで常に第一線で活躍されているご様子であったのに・・・・。その講演の中で作品を紹介されていたが、まさに視覚の魔術師でエッシャーを思わせるものがあった。ユーモアを感じさせ、ご自身もそのような人柄のようであった。また風刺も感じさせ、作品が言葉や国境を越えていくことを感じさせた。このような方こそ、今の世界にとって大事な方であると思ったのに、そんな残念な思いである。ご冥福をお祈り致します。
2009年01月16日
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岡まさはる記念長崎平和資料館では、2006年より、いわゆる「良心的兵役拒否」の権利に基づき、兵役を拒否し、当資料館での代替役務を希望するドイツの青年を受け入れています。ゲオルグ・フライゼさん(20歳)は、当資料館で3人目の良心的兵役拒否者として、2008年9月14日から当資料館で勤務しています。長崎での勤務は11ヶ月間ですが、4ヶ月を経て市民の皆さんと交流の機会をもつことにしました。彼がどうして兵役を拒否して長崎で代替役務に就くことにしたのか、ドイツの兵役はどうなっているのか、そして今ドイツでは・・・・。現在のドイツ事情や文化についても知ることができると思います。多くの市民の皆さんの参加を楽しみにしています。日時:2009年1月17日(土)午後2時~午後4時場所:岡まさはる記念長崎平和資料館 3階会議室※参加無料です。ただし資料館を見学される場合は入館料をお願いします。主催:特定非営利活動法人 岡まさはる記念長崎平和資料館 e-mail /tomoneko@land.linkclub.or.jp
2009年01月15日
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「青い鳥」の中に出てくる反省文のエピソードは、この国における反省のあり方を見事に言い当てている。反省文というものは、その真に反省すべき人の為ではなく、「このように反省しています」というポーズを示す為のものであるということだ。つまり、それは反省したということにする為のセレモニーのようなものだ。「もうこの件は忘れて、これまで通りつきあってくれよ」という意図なのである。真の「反省」とは無縁なものである。これは、この映画「青い鳥」のことだけではなく、企業など諸団体の不祥事、事故、そしてあの戦争についてもすべて言えることではなかろうか?あの戦争について「一体、いつまで謝罪すればいいのだ」という声があがるが、現状の政治を見れば「反省していない」のは明らかで、「反省したことにした」態度が見透かされているのであるから、いつまでも謝罪を求められるのは当然であろう。この「青い鳥」は学校のいじめ問題を扱いながらも、実は大変に辛らつな政治批判映画になっていると思う。
2009年01月14日
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「モーターサイクル・ダイアリーズ」が話題になり、「チェ」が2部作で登場し、昨年のカンヌ映画祭でチェ・ゲバラを演じたベニチオ・デル・トロは主演男優賞を獲得した。ここまで来ると、オマー・シャリフがゲバラを、ジャック・パランスがカストロをそれぞれ演じた「ゲバラ!」という珍品はもうすっかり忘れられるだろう。「チェ 28歳の革命」は極めて硬質な乾いたタッチの作品である。それだけに革命のイデオロギーやゲバラの偶像化につながる作品とはなっていない。従って、この映画には革命のロマンなどという要素は全くない。空爆や列車転覆など所謂スペクタクルシーンにおいても時として脱力するような、スローなタッチであるが、逆にそれが迫力を感じさせるものになっている。私は途中から「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と比較しながら見ていた。連合赤軍が何故、失敗し、カストロとゲバラが率いるゲリラが何故、キューバ革命を成し遂げたかというその比較が実によく判るのである。ゲバラという人物を描いたということは、まさにその点なのである。革命はイデオロギーや軍事力だけでは出来ないのだということがよく判る。今回はキューバ革命が達成された時点で唐突な終わり方であるが、「39歳別れの手紙」はどのように展開されるのだろうか?
2009年01月13日
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阿部寛が演じる教師は、どこに住み、これまでどのような生き方をしてきたのか全く描かれていない。そこで思い出したのが森田芳光監督の「家族ゲーム」で松田優作が演じた家庭教師。あの作品でも松田優作の独特のエイリアン的雰囲気が光っていた。松田優作にしろ、今回の阿部寛にしろ共通しているのは一種独特のホラー的雰囲気だ。もし、「青い鳥」を黒沢清が監督したならば、それはそれで社会派傑作ホラーになったのではなかろうか?「CURE」や「叫」のタッチの作品になれば、かなりの傑作になったと思う。冒頭の主人公がバスに乗っているシーンから観客はおそらくひきつけられるのではなかろうか。考えてみれば、「家族ゲーム」も「テオレマ」であった。
2009年01月12日
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生徒のいじめ自殺未遂事件で世間を賑わした中学校。心労で休職した担任の代理で赴任した臨時教師村内を阿部寛が演じる。彼の持つ独特の雰囲気が一種、不気味なものを感じさせる。この映画は、まさにパゾリーニの「テオレマ」と同じである。彼という訪問者がなんとか事件を忘れよう、穏便に済ませようとする中学校に波紋を巻き起こす。「テオレマ」のような破壊的な結末ではないが、人間が加害意識を持つことの難しさと、反省という行為がともそれば、自分の為ではなく世間に向けた姿勢を示すことに陥りがちであることをリアルに描いた点、これは必見の作品だと思う。
2009年01月11日
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「キネマ旬報」の2008年の日本映画ベストワンが「おくりびと」と知って当然とは思いながらも、この程度でベストワンでいいのかと思ったしまった。これは「おくりびと」が出来の悪い・つまらない映画と言っているのではない。この映画は私も見て確かにいい映画かも知れないが、そつなくまとめすぎているのが欠点なのである。誰にでも推薦できる無難な作品で、それ以上のものではない。無難な作品がベストテンに選ばれたということで、実に「キネマ旬報」らしいと感心してしまったのであるが、「キネマ旬報」にはこの程度でおさまって欲しくない。最大公約数的選出とはこういうものかも知れないが・・・。欠点はあっても次の世代の映画をひっぱるようなそんな作品や製作の志を感じさせるものがベストワンにあって欲しい。その意味では私のベストワンは「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」、あるいは「闇の子供たち」である。さて、「映画芸術」のベストワンは?
2009年01月10日
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「キネマ旬報」の2008年のベスト・テンが発表された。(*)印は現時点で長崎市未公開の作品。例年より未公開作品が多い。外国映画の場合は半分が未公開という状態。私は、外国映画第3位の「ダークナイト」を見逃しており、これは非常に残念。私のベストテンでは、日本映画の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と「闇の子供たち」が圧倒的で他はかすんでいる。【日本映画ベスト・テン】(1)「おくりびと」(2)「ぐるりのこと。」(3)「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(4)「トウキョウソナタ」(5)「歩いても 歩いても」(6)「闇の子供たち」(7)「母べえ」(8)「クライマーズ・ハイ」(9)「接吻」(*)(10)「アフタースクール」【外国映画ベスト・テン】(1)「ノーカントリー」(*)(2)「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(*)(3)「ダークナイト」(4)「イントゥ・ザ・ワイルド」(4)「ラスト、コーション」(6)「イースタン・プロミス」(7)「その土曜日、7時58分」(*)(8)「エグザイル/絆」(*)(9)「つぐない」(10)「チェチェンへ アレクサンドラの旅」(*)
2009年01月09日
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この映画では怪人二十面相の正体は意外な人物である。しかし、それほど意外ではない。未見の方の楽しみの為にこれ以上は書かないでおくが、考えてみれば、そういうこともありうる。しかも、この映画の舞台設定は身分社会であり格差社会である。その正体となった人物は当然、上流社会に属しているが、本来は下層階級。その階層を抜け出して上流に入り込むためにも、そのような売名行為、偽装行為が必要であったということだ。本来の己の実体を隠す為に敵をでっち上げて世間の話題を集めるという手法。実際は大変なタカ派であり、ファシストでありながらそれを隠す為に既存の権威を攻撃し、国民に我々の味方だと安心させているのが小泉純一郎であり、橋下徹である。映画「K-20」は、こうした社会批判に絞っても面白く痛烈な作品になったのではなかろうか。
2009年01月08日
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昨年は19年ぶりに「4」が登場した「インディ・ジョーンズ」であるが、「5」が企画初期段階であるという。このニュースを読んで、思わず「うーむ!?」。実は「4」ではハリソン・フォードの老け方と見せ場のアクション・シーンがミスマッチ。しかもジュニア役の俳優も魅力を感じないので、バトンタッチも期待できない。このシリーズは次第に魅力が乏しくなっていくのではないか。主演スターを変えながら成功させてきた「007シリーズ」を見習った方がいいのでは・・・。昨年の「間違いだらけの映画ナンバーワン」に選ばれた「クリスタル・スカルの王国」であるが、このままではハリソン・フォードの起用が最大のミスになってしまうのでは?
2009年01月07日
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現在の派遣及び非正規雇用切りの横行を支えているものは「自己責任論」という風潮である。この雇用の問題だけではなく国民一人一人に起きたことはすべて自己責任という風潮があることは確かである。しかし、この風潮が蔓延したら政府などは不要で無政府状態、無法地帯になるのである。「それは自己責任だ」と言った途端に政治家は自らの責任を放棄するのであろう。その顕著な例が小泉であり、今回の派遣村への坂本発言はその延長にあるものであろう。派遣村が出来ているということ自体が、これは派遣制度が施行されたときに、そのセーフティーネットとしての打ち手を作ってこなかった政治の怠慢そのものである。派遣切りは派遣のみではなくこのまま放置すれば、次は正社員に移るであろう。これはまさに人災、政治災害ではないか。
2009年01月06日
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シドニー・ルメット監督の名作「12人の怒れる男」をストーリーをそのままにして現代ロシアに移し変えた作品である。オリジナル版が、有罪とされた理由をひとつひとつ論理的にひっくり返していく本格的ミステリーが持っている論理展開の面白さが作品の魅力であったのに対して、今回のリメーク版は陪審員の一人一人のそれまでの生き方や出来事を告白させながら、そこに現代ロシアが抱える問題点をあぶりだしていくという仕掛けである。注目すべきは、その問題点である。それはロシアだけのものではなく、日本の現在にも当てはまるものである。おそらく冷戦の終結からソ連邦の崩壊、その後の世界は同じような問題と矛盾に苦悩していることが判る。オリジナル版が「自由な議論が問題を解決する」という民主主義と議論への楽天的信頼感に満ちていたのに反して、今回は非常に複雑である。自由な議論で結論を得ても、まだ問題は解決しないで、絶望すら感じる。それは我々の新たな課題を認識させることにつながる。だからこそ、この作品がリメークされた意義があるのであろう。
2009年01月05日
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「怪人二十面相」というタイトルに「K-20」が付いていることで、江戸川乱歩の名作を現代の若者にもマッチするようにわざわざ英語表記をしたのか、なんと嘆かわしいと思ったところ、実は全く違った。「K-20」の表記はあって正しいのだ。冒頭、「真珠湾攻撃の臨時ニュース」かと思わせて、実は和平条約で戦争回避のニュース。太平洋戦争がないもうひとつの世界を声と映像で示す見事な導入部。もうひとつの世界の「怪人二十面相」と「明智小五郎」の闘いの物語をハリウッド映画の映画術の影響を受けながらの展開。過去の様々な映画をうまく取り入れており、「Vフォー・ヴェンデッタ」、「バットマン」の影響は模倣に終わるのではなく、作品の世界を描くのに見事に成功している。極端な格差社会の日本という設定の中で「怪人二十面相」を単なる悪党、義賊ではなく革命の起爆分子として位置づけている点が面白い。ヒロインは明らかに「カリオストロの城」のクラリスである。「レッドクリフ」に続いて金城武の登場であるが、この2作品は「鳩つながり」であることに思わず笑ってしまった。
2009年01月04日
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映画「宮廷画家ゴヤは見た」においてイネス、ロレンソ、そしてゴヤという人物はそれぞれ何を表現しているのであろうか?イネスは翻弄されながらしかし、己の想いを変えることなく生きていく人物。ロレンソは変わり身の早さを身上として常にある種の権力の座にいる人物。イネスにとってロレンソは権力を持っており、自分を助けてくれるかも知れない、いや必ず助けてくれる存在であると信じきっていたのではなかろうか。その結果は、この映画の結末の通りである。もともとロレンソにはイネスを助けるつもりなどなかったのである。この関係は、国民と政府の関係に相当するのではないか。ゴヤは宮廷画家でありながら、同時に巧みに過激に作品の上で権力批判や時代批判を行なうことの出来る存在であった。芸術家としての特権である。しかし、その芸術はイネスを救うことも、ロレンソやその背景にある権力を諌めることも、止めることも出来なかった。これは芸術の無力を告白したものか、それもとミロシュ・フォアマン監督のの過酷な人生からの芸術批判なのか?
2009年01月03日
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長崎でも映画「蟹工船」が上映される。映画館での興行ではなく、いわゆる自主上映。その会場では「労働問題 なんでも相談会」が同時に開催される。このような形でこの映画が上映されることにはなんとなく違和感を感じる。誤解をしないでいただきたいのは、「蟹工船」の上映と「労働問題 なんでも相談会」開催が意味がないと言っているのではない。この組み合わせは、ほとんど悪い冗談としかいいようがない。このようなイベントが開催されること自体が、この時代がいかに悪い時代であるかということの証明でもある。それは「英雄を必要とする時代は不幸である」ということと通じるのかも知れない。現実の矛盾や問題は明白であるのに、その現実を批判・告発するのに「蟹工船」を借りなくてはならない時代というのは何と不幸な時代であることか!**********************映画「蟹工船」■上映日時:2009年1月17日■場所 : 長崎市桜町 県勤労福祉会館講堂 ■上映時刻:11時~ 14時~ 18時30分~ ■前売りチケット 1000円。当日1200円。 高校生以下は当日券のみで800円。 *プレイガイドやローソンチケットでも取り扱います。 ■主催 映画「蟹工船」を観る会
2009年01月02日
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あけましておめでとうございます!1日に見た。つまり2009年最初に見た映画は「宮廷画家ゴヤは見た」。異端審問のスペイン、フランス革命に続くナポレオンの台頭によりスペイン自体も大きく激動の時代に入っていく。そのような時代を描くことは映画作家としては実にやりがいのあることであろう。フォアマンはこの映画を現代にも通じるものとして作り上げている。この物語の中で大きな要素となる「異端審問」は、あの時代のスペインの出来事ではなく、その後も「共産主義」、「ナチスの時代」、「反共の赤狩り時代」、そして現代の管理社会の中にも生きている。ロレンソのような人物は、いつの時代にも存在する。現在の日本の不幸はロレンソのような人物ばかりが指導者層にいること、そしてそのことを批判する勢力が不在であることではなかろうか。元旦に見るにしては、決して楽しい映画ではないが、今、どのような時代に生きているかをきちんと認識する上では、まさに一年の最初に見るに相応しい映画である。
2009年01月01日
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