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【 お気に入り ご登録に感謝 】ブログランキング仲間一覧。お気に入り登録ブログ一覧。お気に入り登録下さったお客様のブログ一覧 【 本 文 】 「酵素とは?」 酵素とは、なんでしょうか?簡単に説明しますと、生命のある物質、人間はもとより、動植物、バクテリアにいたるまで、細胞の中で造り出される媒体作用のある高分子物質で、タンパク質からできています。 酵素の媒体としての働きを酵素作用といい、酵素によって媒体(促進)される化学変化を酵素反応と言います。皆さんが一番よくご存知の酵素に消化酵素と言う酵素がありますね。ご存知のようにご飯を食べますと唾液中のアミラーゼとよばれる酵素によって澱粉が麦芽糖になります。簡単に酵素について述べましたが結論から言いますと、酵素とは生命の担い手とも言えるでしょう。「生命の無い所に酵素なく、酵素の無い所に生命なし」と断言出来るほど生命・健康と関わりの深いものです。酵素が私達の生命活動にとって、いかに重要な存在であるかと言う事を、おわかりになっていただけることでしょう。 トップへ じいじの、ホームページです。人生の幸福、成就について書いています 宇宙の愛に学ぶ「こころと心の行い」
2008.07.31
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【 お気に入り ご登録に感謝 】ブログランキング仲間一覧。お気に入り登録ブログ一覧。お気に入り登録下さったお客様のブログ一覧 【 本 文 】 「まさか今時梅が手に入ると思っていなかった」 「もう今年は無理だろう」と思っていたジュース用の青梅(熟して黄色い)が中川村のたじまファームで手に入りました。昨日と同様に、午後は「手作り酵素」を作るために、連日忙しいじいじです。 昨日は叔父の庭のプルーンを収穫して来て「プルーン酵素」を仕込みました。実は2週間前に叔父が届けてくれたプルーンでできあがった「プルーン酵素」を届けて叔父夫妻に味わってもらったのですがとても好評で「まだあるから、とって行けよ」「待ってました」と言うわけで3人で大量に収穫して、もらって帰ったのです。 「手作り酵素作り」は秋から本格的に取り組みますが今は、準備体験中です。今のところ、「赤しそ」「プルーン」とおいしい酵素が順調に育っています。 じいじが待ち遠しいのは春の「野草酵素」です。来年はしっかり仕込みをしようと張り切っています。 今は、我が家の庭の雑草や「フーデニング」の野菜の中から「薬効があって、ジュース向き」のものを選んでしぼり出来立ての「手作り酵素」に割って楽しんでいます。例えば、ドクダミ、ゲンノショウコ、つゆくさ、はこべひるがお、明日葉、よもぎ、桑の葉、柿の葉行者ニンニク、ニラ、セロリ、ピーマンキューリ、青じそ、小松菜など家の周りを一回りして来ますとビク一杯になります。。これを「圧搾ジューサー」でしぼります。低速でねじってしぼるので、野菜の酵素やビタミンを破壊することなく飲むことが出来ます。とても、苦くておいしいジュースです。(良薬は口に苦し)ところが、酵素は微生物の作った「最高級の蜜」ですから割って飲むと美味しいし、スコブルいいのです。飲んだとたんに、お腹が「ふわぁ~」ととても暖かくなります。だから、健康に、とてもよいそうです。ベストセラーの「病気にならない生き方」の中にもエンザイム(酵素)生活を勧められておられますがじいじも、胃と胆嚢のない身体で健康の予感を感じ始めています。 「手作り酵素はなぜいいのかなぜ、手作りなのか」奥の深い話は、またこの次に、いたしましょう。 トップへ じいじの、ホームページです。人生の幸福、成就について書いています 宇宙の愛に学ぶ「こころと心の行い」
2008.07.30
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【 お気に入り ご登録に感謝 】ブログランキング仲間一覧。お気に入り登録ブログ一覧。お気に入り登録下さったお客様のブログ一覧 【 本 文 】 「もしも困難に出会ったら」 もしも困難に出会ったら「ありがとう」を唱えなさい 「ありがとう」について広辞苑を見てみると。「ありがとうございます」は「有り難くございます」である。「ありがたい」とは「有り難い」であり一、存在が稀である。なかなかありそうもない。珍しい。二、生存しにくい。生きがたい。三、(世にも珍しいほど)優れている。立派である。四、またとなく尊い。もったいない。恐れ多い。五、(人の親切や好意などに対し)感謝したい気持ちである。身にしみてうれしい。六、本当に恵まれていてうれしい。などの、感謝の挨拶であると紹介されている。。ところで、感謝とは「感謝報恩」「感恩報謝」を略した言葉である。「感恩報謝」とは、自分の受けた恩を感じて報いて生きるということである。安岡正篤先生が「いろいろなお陰で自分というものができていることがわかる。そこで、いろいろなお陰でできた自分だからいろいろ報いなければならない。これを、感恩報謝といいます」と、大変解かりやすくおっしゃっている。。「ありがとう」はこの深い「感恩報謝」の気持ちを一言で表現できる素晴らしい言葉なのだ。「ありがとう」は挨拶であるとともに不思議な力があると私は信じています。こんな話を聞いたことがあります。 ある、田舎の町に、病気に苦しむY子さんという女性がいた。ガンの末期症状が出て、絶望して過ごしていたという。六十歳になるY子さんには、嫁いだ娘さんが一人あった。娘さんは、何とかお母さんを助けたいと考えた。そんなある日偶然行った講演会で、不思議な話を聞いた。「ありがとう」を言い続けたら奇跡が起きたと言う、信じられないような話だった「信じられないけど、やってみない、お母さん」「心から思わなくてもいいんですって、ただ唱えるだけ」「二万五千回『ありがとう』を言うとね心の底から感謝の気持ちが湧いてくるんですってよ」「その気持ちで、もう二万五千回『ありがとう』を言い続けるんですって」「合計、五万回に達成すると、凄い奇跡がおきるんですって」「お母さんやってみようよ」と熱心にすすめたのだった。「『ありがとう』を言うだけなら、お金も掛からないし思わなくても「唱えるだけでよいならなら、できるかもしれない。心から感謝をせよと言われても、とてもできない身の上なのだが・・・・・」Y子さんは、藁にもすがる思いで、始めたそうだ。「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」朝早くから晩まで、床の中で、Y子さんは言い続けた。一日千回言えば十日で一万回になる、それを目標にした。三十日(三万回)ほどの時間が過ぎて行った。それまでは、立ち上がるのに机を歩くのは壁を伝わっていたのだが壁や机に頼らず立ち上がれるようになり少しばかりは、歩けるようにさえなって来た。そして、二ヵ月後(六万回「ありがと」を言った)頃に近所の人たちが「最近、おげんきそうですね」「顔色がよくなりましたね」と言うようになった。末期癌とは、知らせてない人たちなので、外見から感じたのであろう。三ヶ月(9万回)頃から体重が増え、顔がふっくらとしてきた。「これはおかしい、身体が変調をきたした」と心配になってきた。その十日後(十万回突破)思い切って、検査のために病院を訪れた。やがて、検査の結果が知らされた。「癌細胞が全身から、全て残らず消えている」と言うものだった。私の直接体験も数多くあるが、そのなかで、こんなこともあった。数年前、会員さんのお嬢さんからファックスで相談が来た。「中学校の入学試験が近づいているので頑張らなくてはいけないと思ってはいるのですが、なぜかどうしても集中できなくて困っています」という、相談が綴られていた。私はファックスで次のように返信を送っておいた。「頑張るのはやめようよ、自分を信じて張り切ろうって、鏡の自分に言ってごらん『張り切るからね、ありがとう』って毎日十回くりかえそうあとは、自分の好きな教科だけを選んで、楽しく勉強しなさいね。頑張らなくて、張り切ってやろうよ」と。しばらくして、その子から、便りが届いた。「自分より成績のよい人たちが失敗したのに私の第一志望のその中学に合格しました。今、学校で意地悪されている(嫉妬で)けれど私は『張り切るからね、ありがとう』を言うので平気です。あと少しで、新しい中学に行き新しい友達ができるので、とっても楽しみです。先生、ほんとうに、ありがとうございました。」とあった。 手術後二日目、一般病棟に私は移された。寝たきり生活なので、どこまで昼で、いつから夜なのか分からないから夜中に目を覚ましてもすることがない。眠られないときもある。「眠れなければ、眠らなければよい」と考えた。「ありがとう」を実践するチャンスを頂いたと思えばいいのだ。まず、俳句調で行こう。「ありがとう、ありがたきかな、ありがとう」次は、短歌調だ。「ありがとう、ありがたきかな、ありがとうありがたきかな、ありがたきかな」「桃太郎」の歌なら、借曲できそうだ。「ありがとさん、ありがとさんありがと。ありがと、ありがとうありがとありがと、ありがとう」次は、永六輔さん中村八大さんコンビが製作した「幼なじみ」はどうだろう。「ありがと、ありがと、ありがとうありがと、ありがと、ありがとうありがと、ありがと、ありがとうありがと、ありがと、ありがとう」こんな具合にやっているうちに、いつしか、夢の世界に誘って下さる。「宇宙さん、本当に、ありがとう、おやすみなさい、ありがとう・・・・・」 トップへ じいじの、ホームページです。人生の幸福、成就について書いています 宇宙の愛に学ぶ「こころと心の行い」
2008.07.28
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【 お気に入り ご登録に感謝 】ブログランキング仲間一覧。お気に入り登録ブログ一覧。お気に入り登録下さったお客様のブログ一覧 【 本 文 】 「たまにはラジオもいいもんだ」 我が家のリホームとやらでテレビ断ちを余儀なくされました。仕方なく久々のラジオを聴いていましたが思わぬ収穫がありました。 浜松医科大学の高田名誉教授のお話を夜中、偶然に、聞くことが出来ました。次のようなお話でした。 [悩みを手放す方法]「心を正しく調え、無駄なことに頭を使わず、今与えられた仕事に全力を集中し、心を乱さない訓練こそ、本当に脳細胞を増やす訓練」体を動かせば努力しなくても自然に悩みが解消 掃除など、体を動かすことだけに集中することによって自動的に感情が抑制される じっとしているから悩む 仏教などの修行では、どうしたら悩みが消えるかが課題で、修行の道は四念処、つまり、体、感覚、心、宇宙の法則という、四つの気づきの実践だと言われる 悩みを少なくするには体と心に意識をむける たとえば、歩く脚の動きに意識を向けて、右足が上がった、左足が上がった、と自分に報告する その報告をすると、悩む時に活動する脳の部分の活動が抑制される 憎しみを持っている場合でも、自分の心の動きを客観的に観察し、今、自分は憎しみを持っていると自分に報告すると、悩みが少なくなる 座禅では、呼吸をゆっくりしていれば心が休まる ゆっくりな呼吸で脳内のセロトニンが増えることが科学的にわかっている 釈迦の時代から言われているように、呼吸の数を数えて呼吸に意識を向ける、心を集中すること 体に心を向けることで精神が安定し、習慣病を防ぐのに役立つ 息をするだけでなく呼吸を数える(自己報告) 瞑想している人の脳の中をMRIで見ると、アルファー波、ガンマー波が出ていて、それは愛が深まったときの脳の状態 うつ病というのは自分や人を愛せない状態 瞑想時は脳の喜びを感ずる場所が活動していることが分かった それは母親が子供をかわいがる時に活動する脳の働きと同じ 呼吸を数えて意識を向けると自然に瞑想状態になって愛が深まる その脳の状態は、人間が持っている一番自然な、根源的なもの 余計な感情を持たず、自然な状態なら、そういう素晴らしい脳の状態であるはず 言葉による癒しがあることが脳の科学で分かってきた たとえば「念ずれば夢が叶う」というような「いい言葉」が、脳のミラー細胞を刺激する ミラー細胞とは、人間の脳内にある、他人の行動を見て共感できるようになるための神経細胞 いい言葉を読んだり聴いたりして、自分に言い聞かせると不思議と気分がよくなる 呪文を唱えればすべての苦を除く、というのが般若心経の最後の部分…「ぎゃあていぎゃあていはらそうぎゃあてい」 読経(観音経・般若心経)で息を吐きつくし、声を出すことに集中するのは、瞑想の原点に合致 カラオケ、合唱なども同じ ご詠歌・声明なども、ゆっくり長く息を出し、それに集中する 「いいことを思えばいいことが来る」は最大の手法で、それは釈迦が言ったことの原点 トップへ じいじの、ホームページです。人生の幸福、成就について書いています 宇宙の愛に学ぶ「こころと心の行い」
2008.07.26
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【 お気に入り ご登録に感謝 】ブログランキング仲間一覧。お気に入り登録ブログ一覧。お気に入り登録下さったお客様のブログ一覧 【 本 文 】 「ありがとうございます」が飛び交う病室 手術後、ICUに移された私は妙なことに気がついた。看護師のお嬢さんたち(多少、過去の方も含めて)が立ち去るとき、必ず「ありがとうございます」と言う挨拶を残して行くのだ。それも近頃、コンビニエンスストアーやファミリーレストランで耳にするマニュアル化したスタイルの「ありがとう・・・ご・ざいま~す」などと言うあの独特な癖のあるイントネーションの「ありがとうございます」ではない。ごく普通の、とても明るくさわやかな「ありがとうございます」と言う気持ちのよい挨拶である。こんな具合だ。「ご自分の名前を言ってください」「けがさわつよしです」「けがさわさん、血圧を測らせていただいてよろしいですか?」「はい、お願いします」「上が160、下が90です。ありがとうございました」「けがさわつよしさん、点滴を交換させていただきます」フルネームで名前を呼ばれるのは久しぶりで、新鮮な感じがして嬉しいものだ。「はい、お願いします」車輪付きの金属スタンドに、ビニール袋がいくつもぶら下がっている。その一つが空になったのだ。てきぱきと取り替えると「ありがとうございました」と去っていく。「けがさわさん、血糖値をはからせていただきます」「はい」「ちょっと、チクンといたいですが、よろしいですか?」「はい、おなかの傷の重さに比べたら、この痛さは気持ちがいいくらいです」「まあ、その前向きさは、すばらしい」私は、自分の置かれている状況、立場も忘れて、思わずうれしくなってしまった。「はい、終わりました、ありがとうございました」「けがさわさん、血糖値が200以上ですのでお注射させていただいてよろしいですか?」「お願いします」「ちょっとチクッとしますよ」「はい」「ありがとうございました」それで思わず、次の血糖値測定の時「血糖値を測らせていただいてよろしいですか」と言われたら「喜んでっ」って言って見ようかなと思った。埼玉の居酒屋チェーンで注文する度にとても元気よく「喜んでっ」と答えていた楽しい店員のおばちゃんに出会い可笑しくって楽しくって笑い転げたことを思い出した。これは、ひょっとして受けるかもしれないと思ったら、一人で吹き出してしまった。もろに、傷に響いて、思わず「うっ」と唸った。だから、これを言うのをあきらめたのは勿論だが今にして思えば、ナースの反応も見たかったなと、少しは悔いている。そんな風景は一般病室にうつされてからも同様で4人部屋なので、担当の看護師さんはそれぞれ違うから朝夕は「ありがとうございました」のラッシュになる。「この病院は素晴らしい」と私は、思わず感動を抑えられなくて涙した。。この「ありがとうございました」の挨拶に最初のうちこそ何となく違和感を感じていた。「おれは、薬を買っている、客になったわけか」と、少々いぶかんだ。しかし、その「ありがとうございます」の明るい元気な響きはまるで「天使のうたごえ」のように、爽やかで、清らかであった。私は、すぐに慣らされた。事実、胃と胆嚢を切除され、麻酔から覚めたばかりの私は未だ、まな板の上の鯉状態がつづいているのである。今の私にとって、看護師さんは「地獄に天使」である。次から次へと、交代して現れるのだが、天使たちは大変な美人揃いだと思った。・・・このときは(後にはそれなりの・・・・いえいえ・・・)。ともあれ「ありがとう」と言う日本語は何と、素晴らしい言葉だろう。それにしても、看護師さんたち全員が「ありがとうございます」という挨拶を、これほどまでに自然且つ徹底して実践できている集団が日本に存在すること自体が、大変な驚きだった。数年前、私は著書の中でこんなことを書いたのを思い出した。《 幸せを呼ぶ 三つの言葉 》 人生で幸せを呼ぶ三つの言葉は「はい」「ありがとう」「ごめんなさい」この三つの言葉が使えさえすれば、相当に幸せになれると言われている。しかしながら、他のおしゃべりはペラペラと、大得意なのにもかかわらずこの三つの言葉だけが言えない人を私も知っている。話しかけても「はい」の代わりに反論が帰ってくる。「そんなこと言ったって」さらに悪いのは「・・・・・・・」完全無視。「そんな人は損な人」なのだが本人は気付かないのか傲慢なのか。誠に気の毒な人である。一方「はい」を明るくはじけるように返すことが出来る人は、誰からも好印象を得る。とても得をしている人だと思う。「ありがとう」と言う感謝の言葉も人間関係において欠かすことのできない、最高の言葉である。人からの頂き物が非常に多い人は「もらい上手」とも言われる。そんな人は「ありがとう」の言い方がひときわ素晴らしいのだ。「うれしいっ。ありがとう」と喜びと感謝がほとばしっている。。更に、何か、あげたくなるように相手を気持ちよくさせてしまうのである。「ごめんなさい」も重要な言葉である。「ごめんなさい」謙虚さと素直さがにじみ出て責める気も萎えて許してしまう。「はい」「ありがとう」「ごめんなさい」を照れずに、さらりと言えたら、素晴らしいことだ。この病院に入院できたことは大変な幸運だった。「宇宙さん、ありがとう」と思わず心の中でさけんだ。このあたりで人生が終わりになるかもしれないが「感謝する心が足りなかったから、仕上げのつもりで実践してごらん」と宇宙さんの計らいかも知れない。「看護師さん達に負けないように『ありがとう』を実践してみるね宇宙さん」 トップへ じいじの、ホームページです。人生の幸福、成就について書いています 宇宙の愛に学ぶ「こころと心の行い」
2008.07.15
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ご無沙汰しています。 2回の入院で、視力がなくなり休んでしまいました。 かすかにですが、視力が回復傾向にあります。 無理しない程度に、登場しますので 相変わりませず、よろしくお願い致します。 幸い、抗癌剤服用をやめたら 大分元気も回復中です。 ポールウォーキングで一日に4千歩位は平気になりました。 フーデニング(野菜のガーデニング)を楽しみながら 「野菜と、野草の青汁」や「手作り酵素」を作って 楽しく生きております。 他事ながら、ご安心ください。 いつも、ありがとうございます。 まりあのじいじ。
2008.07.12
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