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もう一つのニュースは、国連の不正疑惑。これはこっちの国営放送のニュース番組でやってた。なんでも、フセインがいた頃のイラクでは、既に経済制裁をされてたので、石油があっても売るとこがない。それで国連がそれを買う仲買をして、その金で食料と医薬品を買ってイラクにあげましょう、という交換プログラムをしていたんだそうだ。それは6兆円にも上るものだったとか。イラクの6割の人は、そのプログラムに頼ってたと言う。が、その食料とかの認可をとるとかで入っていたスイスの会社に、国連のアナン事務総長の長男が顧問として名を連ねていて、5000万近くの顧問料をもらっていたそうで。この長男がアレンジして、このスイスの会社が国連に選ばれる前にアナン総長と2回も会わせてるそうな。それで、アナン総長の側近は、疑惑が浮上してすぐに、この契約にまつわる文書を“誤って”シュレッダーにかけていたとか。ま、ここまで来ると、アナン総長も金をもらってか、息子にまわしてねってことでこの会社が選ばれるように便宜を図ったと疑惑はわくよね。この会社の売り上げは1年で1千万ドルもあったそうだし。昨日、結局アナン総長の疑惑の証拠は見つからなかったって内部調査機関の結論が出たそうんだけど。あくまで証拠が見つからなかっただけですからね。この、国連というのも、幻想じゃないかと。なんか、あると思うのよね。何でも“国連”って付くと間違ってない!正しいことしてるに決まってる!みたいな。イラク戦争も、アメリカが勝手にやり出した、国連は止めたのに、、って構図をつくって、アメリカへの非難を強めてた気がするし。民主党なんか、自衛隊の海外派兵ではなく、国連を主体にした国連軍への参加をすすめたい、って言ってるそうだけど。よけい危ないって。金と権力が集まるとこには、やっぱり腐敗もあるわけで。そこで踏みとどまるのは、何だろう??こうなると、嫌われ者のブッシュの方が実直で、主張をもった人物に見えてくるから不思議だ。
2005.03.31
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二つのニュースを知った。どちらも、以前なら信じられない、幻想が壊れると思ったであろうこと。一つ目は、朝日新聞社が武富士から5000万円も金をもらっていながら“不手際”で済ませようとしているというニュース。週刊朝日の編集協力費、としてもらいながら、その記事には武富士の名前も何も出てなかったが、朝日側は「後で写真展をやるつもりで、そのときに武富士の名前を出そうと思ってた」とか言い訳しているらしい。じゃあ、政治家が裏金もらって「後で政治資金として届けようと思ってた」って言っても通るのか?しかも武富士はこの後に自分のことを悪く書くジャーナリストの盗聴を会長指導でするような事件を起こしてる。昔はお姉ちゃんがレオタードで踊るコマーシャルを深夜にバンバンやってましたね、武富士。アレはCM枠で早い時間はいくら金を払ってもサラ金のCMは流せなかったのと、深夜枠は安いからなんだけど。新聞も、ああいうサラ金の広告は大新聞は載せないっていう方針があったんだけど、今は違うんだろうか?このお金は武富士から直接朝日新聞に行ったのかな?代理店は入ってなかったのかな?昔、大手代理店の人に直接聞いたけど、ああいう会社は、記事で自分の会社に不利なことが書かれるって知ると、代理店を通して「今後広告を出さない」って脅して記事を潰すんだよね。。。朝日新聞って、昔は入試に出る新聞としてすすめられたし、一人暮らしのとき、景品がいいときは勧誘されてとったこともある。どっちのときもちっとも面白くなかった。妙な権威とか“クォリティペーパー”という自称や、30なるかならずで社員の年収が一千万になるという払いっぷりと、人が代理店と知るや威丈高になる態度は、不思議だったが。
2005.03.31
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堀江って嫌い。昔の、堀江が買う前のライブドアとは、仕事してました。バブルっぽかったし、無料メールがウリだったけど、いい人たちでした。その当時もらったライブドアのロゴ入りのTシャツは、今もダンナが着てるけど、もしかしたらネットで高く売れるかな?堀江社長がライブドアを買ったときに、仲の良かった社員の人は根こそぎやめましたねえ。当時から、彼はあくまでもうけの一つとしてネットビジネスに乗り出しただけで、なんというか仕事に対しての情熱とかネットの可能性に酔ってるみたいなのはない、とは言われてましたが。やっぱりアホですね。こんな記事がありました。*****現代自動車は西武球団買収を…堀江社長、韓国紙会見で 【ソウル=浅野好春】ニッポン放送株の議決権総数の過半数を取得したライブドアの堀江貴文社長は、30日付の韓国紙「中央日報」の会見記事の中で、「韓国企業が日本市場で最も不利な点はブランド。例えばプロ野球の西武球団のようなものを(韓国の)現代自動車が買えばいい」と述べ、韓国企業に対し積極的に日本企業の買収に乗り出すよう“助言”した。 会見は28日に都内のライブドア本社で行われた。 同紙によると、堀江社長は「日本のメジャーブランドのうち、経営不振に陥った企業をどんどん買収すればいい」とした上で、韓国企業が「日本に100%(出資の)子会社を作れば買える。(韓国企業の)認知度が100%上がる」などと説明。****こいつは何がしたいんでしょうか?やっぱり日本をつぶしたいんでしょうか?韓国資本なら、日本にはロッテ球団がありますが、既に。。。会社を買ってもブランドは付いて来ません。“西武”がブランドで、それが“現代”になって、どこにブランドがあるのか、と。韓国企業が一番日本で弱いのはブランドがないからではありません。強いて言うなら“韓国”というブランドの悪いイメージです。ブランド理論はマーケティングの基本です。あほ。
2005.03.30
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家の話し合いも、ほぼまとまった。まずは隣の土地を売ろう、と。そのためには区役所に申請して、浄化層をつけ直さなければならないので、まとまったお金がかかるけど、今予想されてる値段で売れれば、それなりに戻りもあるし、ローンも払い終えることができる。ま、そうしたらそれからここに住み続けるか、また考えればいいや、と。運転もほぼできるようになったし。姑の家にも行けるだろうし。で、もう少しこの住んでる家を快適にしましょう、気分のよいものにしましょうと、今日は朝からペンキ塗りにいそしんだ。何しろ古い家で、この室内のペンキは、私たちが移住して来る直前に、せめて見た目がいいようにと、ペンキ職人の舅が余ってたペンキでざーっと塗ってくれたものだった。ダンナが時間のあるときに塗り直してたけど、大事な居間と廊下の壁は塗れてなくて、見る時間が長いのでいやだったのだ。来月には、この楽天で知り合った、私が男だったら口説いてましたね女性ナンバーワンの、カンナちゃんがゴールデンウィークを利用して遊びに来てくれることになったし。少しでも綺麗にしたい。うちら夫婦はどうも見栄っ張りで、人が来る前にいつも急いで綺麗にしようとするんだけども。とにかく、初めて壁にペンキをローラーとブラシで塗り塗り。。なかなか面白いかも。居間はけっこう楽勝でできた。ついつい天井までペンキがついたり、髪の毛に付いたりもしたが。廊下は木の壁なので、なかなか塗りにくかったし、さすがに疲れて、もうどこが塗り残しなんだかわからなくなって済ましてしまったので、今見たらもう少し修正が必要だが。なんだ、やればできるじゃん、って感じ。しかしダンナは、「これで俺がやるのがいかに大変で時間がかかるかわかったろ?」と言いやがる。それが目的かい?この間の芝刈りといい。。。いや、確かにいつまでたっても終わらないのに文句はよく言ったけどさ。なので、「いやあ、けっこう簡単じゃん」と言ってやりました。ホントは腰と腕と目が痛いんだが。。。
2005.03.30
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ネットのニュースで見たんだけど[Shall we dance?]のハリウッド・リメイク版のプロモーションで日本に来ていた主演のリチャード・ギアが、映画の記者会見の後で写真撮影に応じていた際、急にマイクを取って「映画には関係ないけど」と前置きした上、「中国の反国家分裂法は台湾の独立を武力で封じようとするもので反対だ」「フランスが対中国への武器輸出制限を緩和しようとしているのに反対だ。シラク大統領に反対意見を出した小泉首相に賛成する」と、意見を述べたんだそうです。よくぞ言った、って感じです。カッコいい。だって、中国人って世界中に散らばってるし、アメリカにはきっと日系人より中国系の人の方が多いだろうし、普通なら敵に回したくないんだと思うんですね。人気商売なわけだし。圧力かけられるだろうし。だいたい彼は以前にアカデミー賞でチベットの弾圧に関して意見を述べて、以来アカデミー賞には立ち入り禁止になってるらしいし。彼はチベット仏教の熱心な信徒で、ダライ・ラマの支援活動もしているので、中国に対する反発が強いんだろうと思う。私もダライ・ラマの自伝を読んで、ダライ・ラマの追い込まれた状況と、置かれてる立場を知って、また天安門事件を見て、改めて中国ってひどい国だと思いましたね。俳優が政治的発言をするのはどうか、という意見もあるとは思いますが、こういう確固とした信念があって、そのために自分の名声や発言の機会がもてるなら利用してもいいかと思いますま、ヨン様も「独島(竹島)は韓国の領土です」って言ったらしいですが。。。例えば日本の芸能人とかで、ボランティアとかチャリティコンサートとかやってる人は何人かいると思うけど、北朝鮮の拉致被害者を救いたいと何か発言される人っていないんじゃないかな?きっと朝鮮総連とか芸能界の在日の圧力が怖いんでしょうね。。。話戻ってリチャード・ギアのこと、昔から好きでした。ブラッド・ピットより前ね。『アメリカン・ジゴロ』はビデオも持ってました。クローゼットにかけられた沢山のアルマーニのスーツから選ぶところがカッコよかった。うちのダンナも密かに憧れたらしい。『愛と青春の旅立ち』も大好きだった。あの映画では男性と女性で泣くとこが違うそうで。男性は、海軍士官学校を卒業するリチャード・ギアが鬼軍曹に「世話になりました」と言うと、鬼軍曹が「私は下司官です」と言う場面か、皆で帽子を空に投げて、「鬼軍曹に勝ったぞ!」と叫ぶところで泣くと。女性はもちろん!最後に工場で働いているヒロインを迎えに来たリチャード・ギアが彼女を後ろから抱き上げるところで泣くそうで。。ま、私もそうだけど(照れ)こういう感じでやっぱりリチャード・ギアが迎えに来て終わる『プリティ・ウーマン』も女性のカタルシスを満足させるのかもしれないね。そういえば『北京のふたり』という、リチャード・ギアが中国で無実の罪を着せられる役もやってましたね。彼は、年ととってまた違う感じで格好良くなった役者さんだと思う。でも、ネットのニュースで知ったんだけど、何でもチリの女性レポーターが言い出したそうで、小泉首相とリチャード・ギアが似てる説があるとか。。。似てないと思うけど。『Shall we dance?』のリメイク版は観てないんだけど、どうもオリジナルより、夫婦の絆を再認識させるものに仕上がってるそうで。そりゃあ、奥さん役がスーザン・サランドンだし。。。面白そう。関係ないけど、オリジナルの日本版の監督の周防正行さんと、CMの撮影で会ったことがある。なんというか、地味なおじさんだった。奥様の草刈民代さんと同じヘアメイクの人がひっついて、少し動いては乱れる薄い髪を直してもらってた。彼の略歴を載せようとして、映画監督デビュー作が『変態家族、兄貴の嫁さん』だとあり。。。。いや、低予算のポルノ映画で鍛えられると素晴らしい経験になるっていうし、誇らしいことだと思うけど、残念ながらそのデビュー作の名前は載せずにおいた思い出があるなあ。。。。
2005.03.29
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私の姑夫婦、ダンナの両親は、うちから200mほど離れたところに住んでいる。もともと11年前に、彼らがこの村に家を建てた。ダンナは当時から独立していたのだが、日本に来ることになったので荷物やら当時飼っていた“ネコ”という名の黒猫を両親に預けて日本に来ていた。それから日本で私と会って、結婚してから初めての渡豪のとき、私は初めてこの姑夫婦の家に来た。夜の星が口が開いてしまうほど綺麗で、海がびっくりするくらい綺麗で、姑の家のすぐそばの川を散歩して、近くでカンガルーを見て、ものすごく気に入ってしまった。まだ日本に住んでいるときは、年に一度、姑の家に来ると「帰って来たあ」という気がして、そこからまた日本に帰るときにはいつも車の中で泣いていた。だから、そろそろオーストラリアに移住しようと思ったときも、まずは姑夫婦の家の近くに住みたかった。と、そんな姑夫婦の家の近くに念願かなって住むようになって2年半。いろんなことがあったのだが。このたび、姑夫婦は家を売ることを決めた。理由は、そろそろ二人とも60歳になるし、ゆっくりのんびり、オーストラリアのいろんなところに旅行がしたい。しかし家を建てるときに借りたローンがあり、舅の仕事がなかなかやめられない。また、旅行するには、キャラバンカーという、簡易ベッドと簡易キッチンのついたような車が欲しいのだが(広い土地なので持ってる人は多い)、それを買うお金はない。今の家は、二人で暮らすには広過ぎる。(3ベッドルーム、バスルーム3つ、広いリビングとダイニング)などなど。。。それで、売ったお金でもっと小さくて安い家を買って、キャラバンカーを買って、残りは老後の生活費に充てたいとの考え。舅も完全にリタイアするわけではないけど、もうすこしのんびりしたいと言う。すごく理解できるし、きっと一番いいことだと思う。越すと行っても、「孫たち(うちの子たち)と離れたくないから、隣町よ。あなたももう車運転できるようになるし、毎日来れるわよ~」と言ってくれるし。。しかし、つらい。こうなると、ここに住む意味が半分以下になる気分になり、家が古くてあちこち次々に修理が必要だとか、近所の人はお年寄りばかりで、私の友達はもちろん子供の友達もいない、、、と、嫌なところばかり考えてしまう。ダンナは心配していて、悪いと思うんだが。せめて使ってない土地を半分売って、今払っている改築の為に借りたローンを減らし、将来はうちを高く売って(土地がすぐに売れなくても隣の土地が切り離せる方が高く売れるので)、私たちもどこかに越したい、、といった話し合いをした。ダンナは「日本に帰りたいんだろ?」とも聞く。そりゃあそうできたら一番だけど。そんな簡単にもいかないよなあ。。。
2005.03.28
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今日はイースター当日。朝にチョコの卵を部屋に隠すというよりばらまいて、子供たちに拾わせた。普通はもっとちゃんと隠して見つけさせるエッグハントをするんだけど、子供がまだ小さいのでバレバレに置いてみただけ。それでも喜んで集めて食べまくっていた。上の写真は。姑夫婦の為にダンナが作ったプレゼント。ケーキは職場で焼いて来た小麦粉無しのおいしいチョコケーキ。ホントはもっと凝りたかったらしいけど、風邪がまだひどくてふらついていたのでこれが精一杯だったそうで、これは実力ではない、載せるな!と言われたのだが。ま、こんなこともしましたよ、ってことで。それと、今日からデイライトセイビングタイム、サマータイムが終わり、通常通り、日本と一時間の時差になった。まだ身体は慣れないけど。なんだかうちの下水の調子が悪い。休みの日に、しかもダンナが調子が悪いときに困るね~、ま、とにかくまた一つのイベントが終わりました。明日まで祝日だけど。
2005.03.27
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昨日から雷雨が続いているのと、子供達もまだ風邪気味。ホントは今日は隣町でスコットランドのお祭りのパレードがあるということで、姑夫婦と行く予定だったけど、姑も風邪気味なので行かないことにした。家にこもっていると、さすがに大好きなしまじろうやポピーやアンパンマンのビデオも飽き飽き。。プレイドー(粘土)とか電車で遊んでたけど。で、絵本を読もうと息子が言う。私は英語のは読まないと言ってあるので、日本語のを探して取り出す息子。大好きな「ぶたたぬききつねねこ」を見つけて取り出した。読もうとすると、私より先に読む!ええっ。読めるの?どうも何度も読んでるので覚えているのと、ひらがな50音をほとんど覚えたので、それをつなげて言えば言葉になるひらがなの絵本は、自分で読めると言う自尊心も手伝ってお気に入りらしい。いちいち私が大げさに褒めるし。英語の単語は、アルファベットつなげるだけじゃ読めないもんね。わかるよ、母は君のその気持ち!それにこの本は、言葉はしりとりでつながっているので、次の文字が浮かびやすく、息子の自尊心をくすぐるのに持ってこいらしい。いや、もう4歳なので普通はきっとこんなに驚くことじゃないんだろうけど。「おひあま(おひさま)」「まど」「どあ」「あほうどり」。。といきなりやられた私は大驚き。しかし「ぱいなっぷる」「るびー」「びーだま」。。とカタカナ語もしっかり読んでますが。英語に影響しないかしら。ま、いいか。一日に何度も、私に読んでやるといって私を横に座らせ、私が逃げると妹に無理矢理読んでやっている息子。がんばってくれたまえ。
2005.03.26
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今日からイースターのお休み。月曜日までお休み。このイースターというもの、私は全くわかってません。ダンナに聞くと、春になって繁殖や繁栄を祝う日で、子沢山のウサギが繁殖の象徴である卵を運んでくるという話がはじまったんだと教えてくれたんだけど、じゃあ、なんでキリストが復活するとか復活祭って言うのかって聞くと、キリスト教ができてから一緒にされたんだらしい。クリスマスも、キリストとサンタクロースが全く関係ないのに一緒にされたように、昔からの神様とかの話とキリストが出て来てからの話が混ざっているらしい。私には余計に訳が分からなくなります。でもま、うちのダンナの宗教は一応イギリス正教会なんだけど、一度も家族で教会なんぞ行ったこともないし、どうもジーザズを信じている風もない。怒ったときには「くそっ!」位の意味で「ジーザス!」は出るが。。。それよりもっと汚いSh××や、Fu××の方が出るけど。ただ、クリスマスとかこのイースターとかの伝統的な行事は大事にしたいらしく、イースターエッグという、チョコにくるまれた卵形のお菓子を、昔からやっているお店でダンナは買って来た。日曜日の朝には、エッグハントという、卵を隠しておいて子供に探させるというのをする予定。で、イースターと言えばこっちの人にはクリスマスのようなもので、ゆっくり家族が集まり過ごす休日。なので正月前に大掃除する日本人と同じで、イースター前にはあちこちで皆が大掃除したり芝刈りをしていた。うちもする予定だったのだが、ちょうど先週末に、うちの芝刈りが壊れた。。広さだけはある庭(半エーカー)なので、ゴルフのカートみたいな乗って刈れるタイプの芝刈り機でないとつらいところがある。これは舅が古いのをくれて、一緒に使ってたのだが、次々といろんな箇所が壊れ、その度に直して来たものの、ついにもうどうしていいかわからないくらいになってしまった。。。新しいのは20万円くらいするっていうし。。。また新しいローンを増やす踏ん切りがつかない。といっても芝というか雑草はどんどん伸びるので、今日は祝日なのに、ダンナと芝刈り。押し車のようなタイプの芝刈り機で。舅のを一台借りて、姑に子供を見てもらいながらダンナと二人で押して芝刈りした。き、きつい。これは力いるよ。いい運動にはなったけど。。。だって、半エーカーっていったらサッカー場半分よ!それ全部力込めて押して、ただただまっすぐに進んでいくなんて、運動部の1年生の気分だった。とにかく、人がいるのか?と思えるほど静かな近所からは変な目で見られながら、なんとか終わりました。すっきり。さ、イースターを迎えましょう。チョコを食べましょう。
2005.03.25
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日本の自衛隊は、イラクのサマワで支援活動をしています。それは大変サマワの人に感謝されていて、尊敬をうけているそうです。何でも自衛隊の幹部の人が最初にサマワに来て、地元の人に活動を説明する際に、「あなた方は、優れた文明を作り出した素晴らしい民族の子孫です。けれど不幸なことに今は支援が必要な状態にあります。私たち日本人も、祖先が作った素晴らしい文明を、第二次世界大戦で跡形もなくなくしたことがありました。けれど私たちの祖父母や父母の世代の人たちの頑張りで、廃墟から世界第二位の経済力を持つ国になれました。あなた達ができないはずがない。その為に手を貸したいのです」というような演説し、多大な信頼を受けたとか。格好良いですよね。その支援活動には、給水や医療設備の設置、学校の建設などだそうですが、やはり危険もあるので民間の団体ではなく自衛隊にやってもらってるわけです。でも日本には憲法9条があって、しかも海外派兵なので、自分たち軍隊の安全を自分たちで守ることができないというおかしな状態です。本当は自衛隊の人たちは自分たち自身を守ることくらいできると思うのですが、憲法で不可能なわけです。で、3月まではオランダ軍がそのサマワの治安維持、自衛隊の防御という役をしてくれていたわけですが、オランダ軍が撤退したのでその役はイギリスとオーストラリア軍に任されたました。オーストラリア軍は、増兵になったので、当然というか国内で「?」という声もあったのですが「日本には攻撃されないと防御もできない憲法があるので」と説明されていました。先日、オーストラリアの外相が、来日して記者会見をしたそうで。記者から、「もしもサマワで自衛隊を守る為に豪軍が死傷したら?」と質問され、「何が起こったとしても、イラクに派兵したのはオーストラリアの国としての判断だ。日本に責任を問うようなことは決してない」「イラクをテロリストの手に渡すわけにはいかない」と宣言し、「日本の国連常任理事国入りを支持する」と言ったんだそうです。潔いですよね。私はオーストラリアに住んでるので、ありがたいし嬉しい気持ちと、日本人としてなんだか恥ずかしいような気がしました。あと、この質問した記者は、もっと他の答え(守れない自衛隊が悪い、とか?)が出て来るのを期待してたんじゃないか?とも勘ぐりました。西尾幹二さんのサイトで、やはりイラクに行っていた自衛隊の大佐の対談を読んで思ったんですが、どうも日本人というのは、なんでイラクなんかに、アメリカの後始末のために行かなきゃいけないの?関係ないのに。という意識があるんだと思うんですね。自国内と周りだけよければいいという。イラク派兵の意味というのは、日本という国が他国のために何ができるか、という存在意義を示す機会で、またそこに支援が必要でしかも危険をともなう任務であり、日本に必要な石油の安定確保の為に中東の安定を守るだめであり。。と多くの意味があったのに。と、いうようなことを理解しました。以前、在日フランス人のポール・ボネさんの「不思議な国ニッポン」が好きでよく読んでいました。彼が、「なぜ日本人は外国に行って、自国のことを悪くいうのか?」というようなことが書いてて、そうはなりたくなかったんですが。日本が国連常任理事国になれるのなら、いいことだと思うけど、何かその前にいろいろと変革しなければならないことがあるような気がします。
2005.03.24
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最近朝晩はめっきり涼しくなった私の住むあたり。朝と昼の気温が10度以上違う。誰がもらってきたのかわからないが、まずは息子が鼻水たらたらになった。次の日は娘がくしゃみと鼻水。そしてその次の日はダンナが寒気がして頭痛がすると言い。。。。。今日はプリスクールの日で、ダンナは子供の人数分のカップケーキを作って前日が誕生日だった息子を無理矢理皆にケーキで釣って祝わせようと予定したのだが、息子はまだのども痛そうなので、休ませることにした。娘はくしゃみをするたびに鼻水で口まで濡れるほど。それでも二人は熱は出てないようで、きゃあきゃあと騒いで遊びまくっていたが。子供用の風邪薬バニラ味を買って来たのだが、息子は苦い顔して飲むけど、娘は絶対飲まない。飲んでもゲーッと吐く。ひといちばい食意地が張ってるはずなのに。。。毒入り団子を食べない象のようだ。ダンナは夜にソファでうたた寝する癖があり、私がその癖が嫌いなのだが、これがダンナの風邪を悪化させていること間違いなしと踏んでいる。私に移ると全部自分で家の中のことと子供の世話をしなければならないことに恐れをなしたダンナは、ちょっと関節が痛くて寒気がすると言った私にも、自分の為に買って来た薬を飲ませてくれた。ちぇっ。風邪で熱出して寝てたかったのに。だけど誕生日の残りのチョコレートケーキを見てもあんまり食欲がわかないから、やっぱり私も風邪ひきかけらしい。頭がだるい。ま、誰もそんなひどくなってないとこ見ると、そうひどい風邪でもないみたいだし、すぐ治るでしょう。うちの子は、健康に恵まれてて、めったに熱も出さないので,たまの風邪一つでも慌てるんだけども。
2005.03.23
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さっき大雨が降って、止みかけのときにあんまり虹が綺麗だったので撮りました。シンプソンズとか、うちの子供の描く絵の虹みたいで、絵本のように乗って歩いたらどこかに行けそうな感じでした。あんまり画像ではわからないと思うけど。
2005.03.22
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今日,3月22日は、うちの息子の誕生日。4歳になった。いつものように、ダンナが作ったケーキでお祝いした。今回のケーキは、小麦粉の入っている普通のケーキ。でもおいしかったけど。こっちの子は、普通は4歳にもなれば、家に親しい子供を呼んでけっこう盛大に遊んだり食べたりのパーティを開くのだが、残念ながらうちの息子は近所に友達もいないので、家族のみでお祝い。来年はそういうのができるかなあ?息子がもらったプレゼントは、曾祖父母からはパジャマにもなるスエットの上下、日本の祖父母からはGAP(こっちになくて私らが好きだから指定した)のトレーナーとパンツ、こっちの祖父母からはパジャマとサンダーバードのプリントのTシャツ、そして私たち両親からはサンダーバードでレディ・ペネロペが乗っていたピンクロールスロイスのミニカー(ダンナがebayでゲット!)、サンダーバードの新しいDVDというものでした。サンダーバードだらけ。。。ま、今一番好きだからねえ。やっぱり4歳にもなればわかるのか、全てのプレゼントを開けては、いちいちきちんと喜んでいた。思えば4年前、3日前に破水したものの有効な陣痛が起こらず、ただただ痛みに耐え、この日の朝から陣痛促進剤をうってやっとお産になったのだった。もともと大きい子で、赤ん坊の頭が産道を通らないから予定日過ぎても全く産まれそうにないと、帝王切開の予定だったのが破水になったので普通のお産になった。産婦人科の人たちからは、「こんなに大きい子にした、太ったお母さんの責任よ!」と散々叱られた。3日間陣痛と闘った時には、こんな苦しい体験が乗り越えられたらきっと私も少しは成長するだろう、などと考えていた。ただ不思議ともう嫌だーとは思わなかったんだが。。産まれた日は、ちょうど東京で桜が咲いた日だった。息子を一目見て、私から出た言葉は、「ああ、ホントに生まれた!嬉しい!」だった。ダンナがすぐに写真を撮ろうと言い、まだ寝たままの私のところに連れて来られた息子が、顔を私の頬にすりつけて来るようにして微笑んだように見えたのが忘れられない。今日、息子には、「お誕生日おめでとう。ありがとうね、生まれて来てくれて。私たちの息子になってくれて」と言って抱きしめた。
2005.03.22
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好きなテレビ番組のひとつ[Queer eys for the Straight guy]を観た。http://www.bravotv.com/Queer_Eye_for_the_Straight_Guy/ゲイの男達が普通の(ストレートの)男を変身させる番組。アメリカ製で、いいテレビ番組に与えられるエミー賞もとってるとか。上の写真のような、いい男、でもゲイ、の5人のエキスパートが出てくる。それぞれ左から、シェフ(食)、インテリア、ファッション、カルチャー、グルーミング(頭髪、肌)のエキスパートたち。毎週、冴えない感じの、それでも彼女に告白したいとか、仕事で成功したいとかいろいろな希望で彼らの助けを希望するストレートの男を見事に見た目を変身させるばかりか、インテリアを整えたり、食事を作らせたり、話し方を教えたりもする。今回観てたので、私は不覚にも泣きそうなほど感動した。今回のストレート男は、かわいい顔とシャイな表情ながら、仕事上は成功してて、大きな家も建てていて、妻と3人の子供のいる30代前半のリチャード。その日は夜に仕事の仲間、家族とホームパーティを開く予定という。リチャードの何が問題なのか?新しい家は大きくて立派なんだけど、確かにこれといった家具がなく、子供の電車のレールがダイニングルームに置かれているし、何となく殺風景。インテリアをどうしていいかわからないのだと言う。服もダサイ。これらの服は、早速ゲイ達から捨てられていた。リチャードの妻は、「とにかくリチャードにはもっと自分に自信を持ってもらいたいの。素晴らしいひとなんだから。。。」と言っていたが。。リチャードの一番大きな問題は、なんと、ヅラ、頭がほとんどカツラだったんですねえ。彼のお母さんは、その方が若く見えるからいいんだと言ってたが。グルーミングのエキスパートに連れられて美容院に行った彼は、見た目も気の毒なくらい緊張していた。エキスパートは、「僕はここにいるよ。どこにもいかないよ。安心して」と言って、彼の肩に手を置き、後ろに控えていた。美容師の手でいよいよカツラがとり外されると。。。サザエさんの波平父さんくらいしか自分の髪はなくて、あとはつるつる。エキスパートは、リチャードと鏡の中で話しながら、「これが本当の今の君だよ。さあ、どうしたい?これからもカツラをつけたい?それとも。。」と聞くと、リチャードはきっぱりと、「カツラはもういらない。ない方が、隠すことがなくてスッキリする。気づかれるんじゃないか、とか、もしかしてとれるんじゃないか、と心配しなくていいから。もっと年をとったら、ここ(耳の周りと後ろ)だけ髪を残してもいいと思うけど、僕はまだ若いし、全部そった方がいいと思う」と言った。エキスパートはリチャードを抱きしめて、「その方がいいよ。いいかい?君は子供達に『僕は君が君のままで、そのままの君を愛してる』と自信を持って言えるんだからね」と言い、全部頭を剃り上げさせた。なんとなく、テニスのアガシのようになったリチャード。エキスパートは「すごくいいよ。この方がずっといい。大好きだよ、この頭!」とまた抱きしめて、頭をなでていた。その後も他の4人のエキスパートは会うだびに同じように褒め、頭をなでていた。実際、リチャードの表情が明らかに明るく変わり、変身を楽しみ始めていた。家もすっかりセンスの良い家になり、ファッションも仕事着と遊び着を選んでもらい、様変わりしたリチャード。パーティの前にその場から出て行くエキスパート達に、心を込めた礼を言っていた。やって来た妻は大喜び。子供達は初めは不思議そうだったけど、すぐに喜んでいた。妻は「あなたの気分がいいのが一番なのよ。もう何も心配しなくていいんだもの。すごく素敵よ」と言ってキスしていた。パーティの仲間も、驚きながらも大歓迎していた。その様子をホテルルームでシャンパン片手にテレビカメラで見ながら、きゃあきゃあ騒いでいるゲイのエキスパートたち。これ見て、男の人も、こんなに自分の見た目で悩むんだなあ、と。そしてくじけそうなとき「そばにいるよ、大丈夫だよ」って言ってあげるような温かい手が必要なときもあるんだなあ、と思いました。そして『あるがまま』で受け入れられる,と知ることが、人にこれほど自信を与えるのかと、感動したわけです。ゲイたちに、すっかりやられました。
2005.03.21
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今日は(ってオーストラリアはもう日付が変わったけど)、地下鉄サリン事件から10年だそうですね。この年、1995年は、1月に阪神淡路大震災が起こり、3月に地下鉄サリン事件が起こり、本当に何かがおかしいんじゃないかと思った年でした。当時私は何をしていたか?新卒で入った会社でもう5年目だった。私は小田急線から都営新宿線で市ヶ谷まで通っていた。だらしないもんで、いつも遅刻ぎりぎりで駆け込んでタイムカードを押していた。この日もいつものように、9時の始業に間に合う電車に乗っていると、車内アナウンスが、何かの事故で、反対車線が止まっていると言っていた。別によくあることだと気にも止めずに会社に行くと、社員が極端に少ない。遅れてばらばらに来る社員から、何かすごいことが起こっていたと聞いた。一人の人など、日比谷線の六本木駅から乗って来ていた人で、その人の乗ろうとした1本前の電車がサリンの撒かれた電車であった。電車が止まっていて,倒れている人がそこら中にいたと言う。担架が間に合わない状態だったらしい。その人は、意識をなくして倒れている人に声をかけていたそうで、その様子がその日から何度かニュースに出ていた。でもとにかく何が何だかわからなかったし、仕事は待ってもらえなかったので、普通に仕事をしていた。私は当時、ある外食チェーンのテーブルに敷くマットの印刷やチラシの印刷などを担当していて、とーっても厳しい得意先だったし、納期がせまっていたので休むなんて考えられなかった。それで普通に地下鉄に乗って得意先まで打ち合わせに行ったのだが、普段はすぐに男のくせにヒステリー的に怒る鬼のような担当者から「え?地下鉄で来たの?大丈夫だった??帰りはタクシーで帰りなさい。会社には私から言ってあげるから」と言われ、何だかすごいことがあってるらしい、と初めて自覚した。言われるままにタクシーで帰ると、会社ではそろそろ情報に速い広告制作の仲間たちが、「なんかさあ、あれ、オームが、松本サリンでやったのと同じのを使ったらしいよ」と話始めていた。その半年後くらいに、私はその外食チェーンの担当からドイツ関連の仕事に担当が移ったのだが、そこのボスのドイツ人が、「本国ドイツは頑固だよ。前のサリン事件のとき、僕は局員(5人)を、安全の為にその日はタクシーで家まで帰したんだ。そしたら本国はその料金の請求は認めないって言う。僕は『大事な局員の命に関わることだったんだ!』って怒ったんだけど、本国は『理解はする。だが認められない』の一点張りでねえ。そのときの新聞記事とかファックスしたりして何度もやりあっちゃったよ」と話していた。ああ。私なんか上司から止められもせず、時間に遅れないように早く行けと言われて地下鉄で得意先まで平気で行ってたのに。。。この事件のこと、いろんな雑誌や新聞で読んだけど、一番わかりやすかったのは、村上春樹の『アンダーグラウンド』だった。これは彼の多分唯一のインタビュー集で、地下鉄サリン事件に巻き込まれた人やとの家族の証言が載っていた。読んでわかったのは、皆、とても真面目な会社員で、この日は連休の中日で、有休で休む人も多かったのにそんなことはせずに、始業より30分は前に会社に着いて仕事を始める為に早くに起きて早くに出勤するひとたちだった。亡くなった人、もう電車に乗ることが出来ない人もいるし、意識の戻らない人もいる。そして、初期対応というか、救急車の行く病院に受け持ちがあったり、肝心の救急病院等が、何が起こったのかの把握が遅れ、目が痛いならと眼科の医師を待ってたりしたため、取り返しのつかない後遺症が残ったりした人もいる,とあった。何かの歯車が少しずれていたら、私も巻き込まれていたかもしれない。命に軽重はないとはいうけど、こういう真面目に、日々の生活を生きている人が気違いの妄言に巻き込まれるという事件は、やりきれない思いがある。早く麻原は死刑になって欲しいと思う。
2005.03.20
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残念ながら、窓から見えたのではなく、姑の家で撮影しました。ちょうど寝てたのが起きた(娘が騒いで起こした)ので、姑がパンをあげました。もぐもぐ食べてて、写真を撮られるのも構わないというか、怖いんだろうに食い意地の方が勝ってる風だったので、撮りました。アメリカ南部にいるというポッサムもこんなのかしら?いぶらちゃん、見たら教えてね。これはブッシュテイルポッサムという、しっぽがふさふさ(写真では前に回ってる黒い部分)のポッサムです。
2005.03.19
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だから時事ネタはやめなさいって言うのにやっぱり書いちゃう私。今日の正午から、またも人権擁護法案の審議が、自民党の法務部会ってとこであるそうです。今回、提案者の古賀誠は、前回懸案になっていた人権擁護委員を日本人に限るにしてもいいか、と言ってるとかで、なんとかとりあえず国会に通そうとしてるらしいです。そして、派閥をつかって、かなりの反対派を切り崩しているとか。。ここへ来て、拉致家族を救う会も拉致議連も反対を表明しているそうですが、間に合うんでしょうか?ものすごく心配です。こういうとき頼りになる2ちゃんねる。見に行ってみたら頑張っています。皆、抗議メールを送ったり、反対派議員には応援メールを送ったり、法務省に電話をしたり、次の選挙では古賀、そしてその手下(野田聖子もそうだとか)を当選させないこと、選挙にいくことはもちろん、当選させた議員がしっかりと仕事をしているか監視しようと声を掛け合っています。なんというか、ネットの悪の巣窟といわれてる2ちゃんねるですけど、よっぽど民主主義の大切さを本気で考え、やれることをやろうとしてますよね。私も地元の議員と名前を知ってる議員と自民党に送りましたが。。。2ちゃんねるの書き込みでちょっと感動したのが、「もうこんな国いやだあ。捨てたいよお」と泣き言を言う人に、「誰も捨てられないぞ。いやなら戦うしかないんだ」と言う人がいたり、「何度でも出してくる。もうダメだよ」とか「日本人ってすぐ飽きるからねえ」と煽る人に、「出されるたびに反対してやる」とか「俺は唯一の取り柄の粘着質な性格を生かしてあきらめんぞ」と言う人もいた。なんかカッコいいよ。私の若いときとかは、なんとなく一生懸命物事考えたりやったりするのがカッコワルい、みたいな感覚があったと思う。実はちゃんとやることやってた人たちはいたのに、バカな私は表面的なとこしか見なかったし楽な方に流れて行った。でもさ、少なくともこの書き込みをしてる人たちは、自分たちとその子供のために、真剣に国を守ろうとしてると思う。ホントかどうか知らないけど、書き込みによると、寒国では、掲示板に書き込みするのに国民番号を入れないと書き込めないとか。。。この間も、日本の寒国併合は歓迎すべきことって論文を書いた寒国の教授が、辞職に追い込まれたらしいですし、どうもお隣は既に言論自由とは言えないみたいですね。。。とにかく、こんな自由な言論を妨げるような法律、廃案決定ですね。って大丈夫かしら。。。論議の行方が気になります。。。
2005.03.18
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今日はセント・パトリック・ディです。アイルランドの祝日ですね。イギリス系移民の多いオーストラリアでは、アイリッシュ系の人が多く、先週末には各地でパレードもあったみたいです。うちのダンナの母親側はアイリッシュ系。おじいちゃんのお父さん、ダンナのひいじいちゃんはアイルランドからその昔オーストラリアに渡ってきたわけで。そのひいじいちゃんが、海を渡るときに洋服や大事なものを入れるのに使ったという木の箱は、今、我が家のコーヒーテーブルになっています。実はダンナは父親側もアイリッシュ、自分の先祖は完璧にアイリッシュの方がよかったらしく、一度マーケットで、『あなたの先祖を知りましょう』ってな看板を出してて、PCで名字からイギリスでもアイルランド系かイングランド系かスコットランド系かとかがわかるというデータベースで店を開いてる女性に、名字を言ってみてもらったことがあるんだが、「スコットランドね」とあっさり言われ、ちょっとショックを受けていた。確かに、イメージ的には、アイルランドの方が強くて明るくて良さそうかもしれない。IRAとかもあるけども。。。『ブレイブ・ハート』の中でもアイルランドの人は明るくていい役回りだったような。とにかく、この日は、アイルランドの国花であるクローバーから緑のものを身につけたり、朝からアイリッシュパブで飲む人たちで一杯になる日です。ダンナが勤めてる店は、アイリッシュパブ/レストランなので、この日は朝から大忙しらしく、ダンナも6時に家を出て行った。きっと去年と同じ、クローバーのシールタトゥーとか、プラスチックの緑の帽子をお土産に持って帰ってくるだろう。日本人もけっこう今は世界中に移民がいるんだろうし、チェリーブラッサムディ、でも出来て、ピンクのものを身につける日でも出来ればいいのにね、と思いました。でも、日本人ってすぐ同化しちゃうし、外国の文化の方が好きだからなあ。。無理かしら。
2005.03.17
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私のことじゃないです。うちのダンナのコレステロールが高いんだそうです。。先週健康診断に行って、医者から「身体もしまってるし、健康そのものに見えるよ。特に心配ないと思うけど、念のため血液検査しとこうか。来週には結果が出るから電話して」と言われていたダンナ。身体がしまってると言われたことに喜んでいて、なんの心配もしてなかった。ちなみにこの医者は私に、「あなたはいい腕してるねえ。サーフィンでもやってるの?」と言ったひとです。いえ、骨太のガッチリ体型なんです。。。もともと。。今日、電話してみたら、看護婦さんから「あなたの血液検査の記録が、2002年の10月のがあって、比べてみたら、コレステロールがかなり上がってるのよ」と言われ、かなりショックを受けていた。2002年の10月に血液検査なんて受けたっけ?と話してて思い出した。このとき、娘の妊娠7ヶ月で移住して来た私たちは、産婦人科医に行き、糖尿病とかの検査で血液検査をする私を見て、「俺も血液型知りたいからやりたい」と言ってやってもらったんだった。A型とわかったんだけど、そのときの記録が血液センターに残っていたらしい。すごいな。前のときは産婦人科医だから、医者は当然違うのに。で、渡豪してきたばかりだったので、ダンナはまだまだ日本食の力が残ってて、コレステロールが低かったのだろう。私は、ビールのせいじゃないの?と聞いたけど、ビールなら日本にいるときの方が飲んでたし、年もとってきたのに魚中心→肉中心、脂肪分過多、の食生活にやられたようだ。去年の9月の終わりから一緒にダイエットをしていたのだけど、最近お互いさぼり気味だったし、、、体重は落ちてあんまり増えてないから安心してたけど、脂肪は残ってた、あるいは筋肉が落ちて脂肪がついたってことですかね。ただ、コレステロールってわかんないものですね。友達のダンナさんは誰が見ても痩せ型だけど、コレステロールが高く内蔵脂肪が多いと言われて、ビールを焼酎に変えたと言ってたし。。。私は今回血液検査しなかったんだけど、大丈夫なのかしら??年とともに新陳代謝も落ちるし。これはやっぱり『あるある』で言ってたというαーリポ酸、を手に入れるべきだろうか。まずは健康的な低脂肪のダイエットに戻らねば。ショックで疑心暗鬼になったダンナは、「そういえばお前が作るミルクシェーキに、生卵が入ってることがある。卵は週に2個でいいらしいのに。お前、俺を成人病にしようと。。。」などと疑っている。あんたが『メンズヘルス』で見て、毎朝卵をとるのがタンパク質補給にいいって始めたんじゃないかー。。。。責任のなすり付け合いです。
2005.03.16
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あんまり知識もおっつかないのに時事ネタを書くのはやめとこうと思ってたんですが。。これは驚いて書きたくなりました。韓国の竹島問題で日本に抗議運動してたグループが、また日の丸焼いたりした上に、男女二人が自分の指を切って「日本の首相に送る」って言ってやったんだそうですね。痛過ぎ。これも朝鮮民族だけに発生するという火病でしょうか?私の中のビビリのおばはん精神は「怖いわ~。そんなん。そんなに必要な島なの~。もうやめて~」と叫んで、布団かぶって寝てたくなるんですが。もうひとつの正しいことを通したいと願う保守と愛国心にあふれた憧れのヒーロー像が「あほかー。悪質な脅しじゃあ。それがどんな結果生むんじゃあ!」と叫びたくなり、他のブログにもあった『県が日を制定したくらいでこれなら、国が日を制定したときには片腕でも切るのかよ?』とかの言葉に頷きたくもなる。外務省とかもHPでしっかり「竹島は日本の領土です」ってうたってて、そういう姿勢でいるんだから、なぜそれを通さないんでしょうか?竹島の日を制定した島根県に嫌がらせのファックス送ったり、止めようとしたり、一貫してませんね。国際裁判所に出ましょう、ってだけ言えばいいことだし。首相も「双方が冷静に」と言ったらしいですが、少なくとも日本側は島根県ももちろん、冷静でない行動なんてしてませんよね。今年は日韓友好年だということ気を使われてるらしいですが、なんか小学校で、「はい、もう喧嘩はやめね。お友達ね!」と先生に言われて無理矢理握手させられる子供達みたいですね。そんなので友達になった例は知りません。ここまで嫌われてるのに、友好も何もないもんだと思いますが。「つくる会」の新しい教科書も、検定前だっていうのに韓国に見本を見せてご注進に及んだ日本人がいるらしく、既に韓国は政府を上げて対決姿勢だとか。。。もー。あなたの国の教科書では何を教えてるのよお。それについてこっちもいろいろ言ってもいいわけ?最近、sibuさんに教えていただいた、秦郁彦という歴史家で大学教授の本を一冊読んだんですね。この人は、南京虐殺の犠牲者数は30万人までは絶対に行かないが、何万人か(4万人くらい)はあった。従軍慰安婦の存在は認めるが、日本人慰安婦もいたし、慰安婦の給料は当時の軍人の数十倍にもなっていたし、それを軍隊が強制的に連行したという証拠もない。っていう主張のひとなんですね。歴史家として、双方の主張を聞いて、その主張の根拠となってるものを検証して、証拠のないものは認めない、という論理的な主張だと思いました。その秦教授は、前に32年もかけての裁判になった「家永教科書裁判」のときに文部省側の証人になったこともあるそうで、その様子や、秦教授の教科書への思いが伝わるんですが。それには、左にも右にも寄らない、中道の、事実を伝える歴史教科書というのができないのだろうか、と嘆きがらも、「左右に偏向せず、かといって無味乾燥にもならぬ歴史教科書を書くのは可能だ、と私は信じている」とあります。「つくる会」の教科書は、内容がよくても、受験に適さないからという理由もあり、採用されない学校も多いらしいですが、残念ですね。私も自虐史観にどっぷりとつけられ、日本って悪いことしたんだー、という考えに凝り固まってて抜け出すのに相当かかりました。この自虐史観は外国人と接するのに全くいいことはありません。自国の歴史を自信をもって語れないと、自分自身にも自信が持てず、馬鹿にされるだけだし、日の丸や君が代を大事にすることを学んでないと、他国人が国旗や国歌を尊ぶ気持ちがわからないからです。これから教科書で学ぶ子供達にはそんな思いはして欲しくないですね。
2005.03.15
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今朝、洗濯物干しに行こうとしたら、クッカバラという鳥が止まっていた。これもすごく人気のある、肉食の鳥です。 日本名は、ワライカワセミ、ですね。鳴き声が、ホントに笑ってるように、「カカカカッカカー」と聞こえる。頭が大きくて、見た目もかわいい。たまにマギーと、食べ物を争っていることもある。これも、安全だと判断したら、人の手からも餌を食べる。関係ないけど、この洗濯物干し、オーストラリア人の発明だそうで。傘の骨を開いた形のもので、風にくるくると周り、すっきり乾く。オーストラリアで好きなものの一つです。
2005.03.14
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子供がいる方はわかってくれると思うけど、子供の爪はすぐ伸びるし耳もすぐに垢がつまる。ように感じる。子供の成長が全てにおいて速いからか、やってやらなきゃいけないからなのかはわからないが。。。たぶんそのどっちもだろう。爪切りは、息子がまだ寝返りもできない赤ん坊の頃、初めての育児で病院で習った育児指導とか育児書などに凝り固まり、とにかく3日に一度くらい爪を切らなければ!顔を引っ掻いてしまう!と必死だった私は、ある日昼寝に落ちたのをチャンスと切り始めて。。やべっ!親指の皮を切っちまった!息子はギャーッと一声泣いたものの、また寝入ったので、とりあえず獣の親のように血が出た指先を血が止まるまで舐めて、皮膚用のクリームを塗っておいた。ダンナに打ち明けて、それからしばらくは爪切りをダンナに任せていた。怖かったからし、ダンナもやらせなかったし。今は娘も2歳になり、「爪きれいにしようねえ」と言いながら手を持つと、寝るのを待たなくても二人ともおとなしくやらせてくれるようになったので、私がやってるが。耳そうじの方は、私は耳かきでやるのが好きで、息子は赤ちゃんの頃は好きだったのだが、2歳過ぎることから嫌がるようになった。動いて危ないので、あんまり息子にはやらなくなった。風呂上がりに綿棒で拭うくらい。娘は未だに耳そうじが好きで、私が耳かきで自分のをやっていると、自分もといって膝に寝転んでくる。耳垢の質というのは遺伝するそうで、私のと、息子と娘のは乾いている。ダンナのは湿っている。耳かきでよくとれるのは乾いてるほうで、ダンナのはやっても、いまいち、とれた!という達成感がない。のでやってやらなくなり、ダンナは自分で綿棒で風呂上がりにそうじをしてるようだ。時代劇などで、妻の膝で耳掃除をしてもらう侍などを見て、憧れがあったらしいのだが。。思い出すのは、私も小さい頃、父にやってもらっていた。母は怖がってできないといって、いつも父に頼んでいたようだ。うちの両親はどちらも昭和一桁生まれで、スキンシップなんてなんのこと?という家族だったけど、これだけは、あぐらをかいた父の膝に頭を預けてやってもらい、すっときれいになったときの爽快感が好きだった。二人の兄達はいつの間にか自分でやるようになっていったようだが、私はかなり大きくなっても父に頼んでいた。なんか自分でとれないものまでとれる気がして。大学に入って実家を出てから、久しぶりに里帰りした際に、やってくれといったときには、さすがにちょっと驚いていた父だったが、それでもやっぱりやってくれて、気持ちよかったなあ。男の子と女の子では、うちの子を見ててもそうだけど、女の子の方が抱っこされたがるし、スキンシップを求めるようだ。兄が二人いて、随分男らしく育ったような私だけど、どこかでそういうスキンシップを求めていたのかもなあ。などと、娘の耳をそうじしながら思った。でかいのがとれると、私も嬉しい。
2005.03.13
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今日は、うちのダンナの祖母の83歳の誕生日。ちょうど土曜日、前日の金曜日には彼女の夫である祖父の軍隊時代の同窓会もあるし、、ってことで、半ば強制的に、娘である姑の家でパーティが行われることとなった。この祖父母は、結婚して62年、4人の子供と12人の孫、10人のひ孫がいる。ちょっとなかなか珍しいかもしれない。今日のパーティでは、そのうち3人の子供(含む姑)と一人の子供の連れ合い(舅)、一人の孫の連れ合い(私)と、ひ孫二人(うちの子)というメンバーが集まった。来るはずだったおじさん二人の奥さんは、自分のお母さんが病気なひとがひとり、大きな犬を連れて来れないなら行かないといった奥さんがひとりで、欠席。うちのダンナは仕事で欠席。皆年齢と身体を気にするようになって、ライトビールになっていたが、皆でビールを飲み、楽しく会談。誕生日で主役のおばあちゃんも、珍しくビールを飲んでいた。若い頃は、酒も煙草もいける口だったそうだが、さすがに最近はどちらもやめていたから。子供達も、なかなかおとなしく食べていたけど、さすがに飽きて来たので、姑の家の中で遊んだりして紛らわせてた。おばあちゃんの息子の一人(おじさん)が、以前に漁業組合に勤めていたので、新鮮な生ガキとエビをたーんと持って来てくれていた。美味しくいただきました。エビなんて私、でかいの20匹くらい食べた気がする!今日のケーキは、ダンナが仕事場で作って来たもの。最近、家族の誕生日にはダンナが作るのが習わしになって来た。マッドケーキ。チョコレートケーキで、小麦粉を使わない、超リッチなもの。もう一口食べて、チョコを愛する姑は、「ノオーッ。美味し過ぎるう」と泣きそうな顔をして叫び、おじさんも「ジーザス!あいつ(ダンナのことですね)、こんなの作れるのかよ」と目を丸くしていました。私は一応おばあちゃんのためにマフラーを編んであげました。しかし、これができたのが今朝の2時。。。昔からケツに火がつかないと何もできないタチで、いかんいかんと思っていたのに、またこんなことやっちまいましたよ。。先月からやってたのに、半分以上昨日の晩編んだ。わかってることは早めにやりなさーい、とよく母に叱られたもんです。ああ、眠い。。。。 このおばあちゃん、優しくて面白くて、大好きなので、どうか長生きして欲しいものです。こういう年になると、誕生日って本当にありがたいものですね。
2005.03.12
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姑夫婦の親友とも呼べる男性が、昨日亡くなったと聞いた。このドニーという人は、大工というか建築家で、自分で設計して家を建てる仕事をしていた。まだ56歳。舅とはタスマニアで学校に行っていたの頃からの友人で、ほぼ同時期にゴールドコーストに出て来た。実は姑とも先に知り合ってご飯を食べに行ったりしていたのもドニーだったそうで、ある日、ドニーと姑が飲みに行った場所に舅がいて、姑を見初めた舅が、ドニーに彼女を紹介して欲しいと頼んで、真面目に付き合い始め、結局二人は結婚した。だから結びの神というか仲人にもあたるひとだった。ドニーは、建築家としていい腕もしていて信用もあり、いつもお金を稼いでいた。そしてそのお金を、毎日浴びるほど飲むビールと、旅行に遣っていた。結婚しない主義だったらしく、いつも彼女はいても結婚に至ったことはなく、昔の彼女で、ドニーのひとり息子の母親となった女性とその彼女の新しい彼氏と3人で遊びに出かけきたときに会ったこともある。旅行も、ハッキリ言って、女性を買いにいっていたらしい。彼は、「アジアの建築に興味がある」とジョークまじりに吹いていたらしいが、タイやベトナム、フィリピンで女性と遊んだ話をおもしろおかしく話してもいた。今回、彼はコレステロールのせいで血栓がみつかり、心臓手術をしていた。が、それが成功し、つい先週医者に行き、「これならあと20年はいけるよ」と太鼓判を押され、それを喜んで舅に知らせて来たと言う。ドニーは、もともと投資の意味もあって、いくつかの土地を買い、いい家を建てて売るということをしていたのだが、そのうちの一つに、年老いた母親を呼び寄せて住もうと、準備をしていたという。その矢先、先週末になんと交通事故に遭い、脳死状態になり、昨日、生命維持装置のスイッチが切られたのだそうだ。。。ひとの人生とはわからないものです。それでも彼は、確かにこのひとという相手とは巡り会えず、結婚しなかったけれど、好きなことをして、皆に好かれ、いい人生だったのかなあ、とも思います。
2005.03.11
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プリスクールに息子の見送りに行ったときに、プレイグループで去年からの知り合いで、何かと話しかけてくれるグランマ(おばあちゃん)に会った。彼女の孫のジョーダンも、今年からプリスクールに通い始め、毎回泣いていたらしいが、やっと慣れて来たとのこと。失礼だと思って私から詳しく聞いたことはないんだけど、グランマが時折話す話によると、ジョーダンには母親がおらず、グランマの息子であるジョーダンの父親と、グランパ(じいちゃん)と4人で住んでいるそうだ。ジョーダンの父親は漁師で、何日も帰らないことも多い為、いきおい、ジョーダンの世話はグランマに任される。近所に友達もいなくて引っ込み思案で、グランマのお友達の年老いた女性としか接する機会のないジョーダンを心配して、プレイグループとかプリスクールに熱心に連れて来ているのだった。何かと私のことも気にかけてくれるグランマは、私の運転練習はどうか、とか、プレイグループにも復活するかとか聞いてくれてた。で、うちの息子はどこの小学校に行くのかと聞くので、まだ決めてないと言うと、グランマは「ジョーダンは多分、この近くのに行くわね。ま、ジョーダンの父親が新しい彼女と引っ越していったりでもしたらわからないけど。。」と、冗談のように言うので、私も、「そしたらグランマはジョーダンが心配でしょうがなくなるんじゃない?」と言うと、「そうねえ。毎日様子見に行くかもしれない。。。でもねえ。。私の末の息子が21歳になって(欧米では21で成人)、やっと子育てが終わったと思ったとこに、ジョーダンがやって来て、またおむつを外すとかやってるとねえ。。。クリスマスの前に、ジョーダンの父親にもいい彼女がいてね、そのときには『ああ、上手くいきますように。それでジョーダン連れて出て行って。私の人生を返して』って祈ってたのよ。残念ながら別れちゃったんだけどねえ」と言っていた。確かになあ。子育てって、もちろんいいことも楽しいこともたくさんあるけど、日常はつまらない、イライラすること、行動が制約されることの繰り返し。普通なら祖父母の立場は、一度そういうのが終わってるからこそ、孫になったらただ可愛がって、いいトコどりだけしたいだろうに、彼女の場合は思いっきり子育てとかしつけとかの負担がかかってるもんね。でもジョーダンは見ててもグランマが大好きみたいなんだよね。新しいママができて、それがホントにいい人なら皆にとって何よりだけどね。。。人生いろいろだなあ、と思いましたねえ。
2005.03.10
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日記らしい日記です。今日は息子のプリスクールの日だったので、娘一人だけなら扱いやすいということで、息子が行ってる間にダンナと健康診断を受けに行くことにしていた。最近、姑夫婦の親友3人、舅の娘さんの夫にあたる人,近所の人、などで、ガンになったという人が多くいた。皆、特に関連事項があるわけではない。一人は確かに毎日浴びるようにビールを飲んでいる男性だけど、一人は女性で、しかも毎日のようにジムに行き、年よりも10歳は若く見えるひと。さすがに怖くなった姑夫婦は、最近健康に気をつけた食生活を心がけるようになっていて、健康診断にも既に行って来ていた。それに、ちょっと前にみた、オーストラリア版60ミニッツ(ドキュメンタリー番組ですね)で、日焼け止めを塗るのを怠って日に当たっていたばっかりに皮膚がんになった20代の人3人が出ていたのを見た。一人は3歳の娘がいる24歳の主婦。膝の裏側にできた皮膚がんを取り除く手術の様子も出ていた。また、もう一人は、28歳の男性で息子はまだ8ヶ月。彼の皮膚がんはかなり進行していて、助かるか死ぬかが半々だという。彼は息子の為に息子が大きくなってもビデオで語りかけるダイアリーを作っているそうで、インタビューアーに、息子さんに何ていってあげたいのかと聞かれて、「一緒にいてやれなくてすまない。と。。。」と言ったまま泣いて言葉が継げなかった。そんなこんなで、健康診断、含む皮膚診断を受けること決めたわけだ。こっちは、眼科と歯科以外の病気は、GPと呼ばれる、一般開業医のかかりつけの医者に診てもらう。そのGPが手に負えないようだと、専門医を紹介してくれるシステムになっている。だから、今日もGPの元へ行って来た。私ももういい年なので、子宮がん検診と乳がん検診もしてもらった。皮膚がんは、身体のなかで、不審なほくろはないか眼でチェックしてもらい、もしもあったらそれが広がったりしてないかどうか経過をチェックする。とりあえず、二人とも心配はなさそうだった。血液検査等の詳しい検査はまた後日だけど。それからそのGPの近所のスーパーに買い物に行って、そこから家まで私が運転させてもらった!30kmくらいの距離。高速道路、初めて出ました~。嬉しい~。できた~。といっても、私のスピードリミットは時速80km。ホントは付けなくてもいいんだけど、Lマークというまだ練習者だから時速80kmまでしか出せません、というマークを付けているので。。。走ってみると、道は広いし、分離線がはっきりしてるし、かえって高速のほうが走りやすいのね。ああ、嬉しい。これからずんずん行けるかしら。帰って来たらもう1時過ぎ。プリスクールのお昼寝タイムの前に行かないと、また息子が泣くかもしれないので、寝てしまった娘と私を残して、ダンナが迎えに行った。後で聞くと、ちょうどお昼寝タイムになったときだったそうで、泣きそうなところだったらしい。しょうがないからダンナが息子の寝場所の上で本を読んでやったり、その後もプリスクールが終わる3時まで居残って遊んだりしてやったそうだ。しかし、息子の寝場所の上には、既に女の子が二人も一緒に座っていたそうで、その3人の為にダンナは何冊か本を読んでやったらしい。やるもんです、我が息子。
2005.03.09
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今朝は、マグパイプという鳥が、うちの前庭のデッキの柱にとまっていました。この鳥のいるとこのすぐ下には、柴犬が3匹寝てました。マグパイプは肉食なので、どうも犬の餌を狙っていたものでしょう。犬達もなめられたもんです。でも肉食だけあって、くちばしが鋭いし、飛ばれたらかなわないですからねえ。オレオレオレオレ~ところころ回る声で鳴いてました。これはまだ毛がふぞろいなので、若いマギー(マグパイプのあだ名)。大人はもう少し黒白がはっきりしてます。愛嬌がある鳴き方と、人慣れしやすくて、人の手からも肉を食べるので、マギーはけっこう人気があります。光るものが好きで、アルミホイルのゴミとかは巣にもって帰るらしいです。もう少し子供の鳥は、母鳥らしいのと一緒に飛んで来て、母鳥が餌を咀嚼してるあいだも、待ちきれず、ピーピーとうるさく鳴いて食べ物を求めます。こちらもそろそろ秋。でも昼間は30度。世話もしないのに、鳥の向こうのフェンスにはキレーに花が咲いています。
2005.03.08
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さすがにこの日記を毎日読んでくださる方の中には、もう飽きた、と言われるかもしれないですが。今朝もいましたカンガルー。うちの家の窓から見える、通りの向こうの空き地に。今朝は6匹は来てて、そのうちの小さめの2匹(多分兄弟)はじゃれ合ってる感じなんだけどボクシングのような真似をしてて、大きめの一匹(多分親?)から割って入られてたしなめられておりました。気づいたのが7時30分くらいで、それから9時くらいまで熱心に草を食んでました。暑くなって来たのか、いつの間にか国立公園のブッシュの中に帰って行きました。また来てね~。
2005.03.07
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無事、水道修理完了!よかった、配管工の世話にならずに済んで。。機嫌良く子供と遊んでたら、息子が壁に貼ってあるアンパンマンのあいうえお表を全部ひとりで読んだ!すごいじゃーん。まだ「い」が「ひ」に聞こえたりはするけど。。。その後,本を読んでいたら、ひらがなの載ってる本の文字を、なぞって書こうとしてるので、一緒に手を持って書いてみた。「い」とか「し」とか「く」みたいな簡単な文字は、一人で書く。ま、そう思って見ないととてもその文字を書いたようには見えないが。。。ああ、嬉しいわ。ダンナが英語担当なので、どうも私は対抗意識もあり、日本語を念をいれて教えてるし、こう覚えがいいと大変嬉しい。だけど喋るのは娘の方なんだよね。「だめよー」とか「こわれちゃった」とか「おいでー」とか「ごはんだよー」とか。明らかに私を真似た言葉をペラペラしゃべる。多分息子は、記号とかと同じ感覚で、覚えるのが楽しいんだろうなあ、会話を楽しむよりも。この間、浩宮さまが、お誕生日の会見で素敵な詩を読まれたそうで。私はネットのニュースで見たんですが、テレビで聞いてみたかったな。浩宮さま、大変失礼ながら昔はあまり気にもとめない、というか「気持ち悪いかも」とさえ思っていたタイプだったのだけど、雅子さまと結婚してから、私の中で俄然いい男度アップしましたね。不謹慎ですが。周囲の反対も、彼女の不安も押し切って、必ず自分が守ると約束して結婚して、今も周囲を敵に回しても彼女を守る姿勢を崩さない。女性の立場なら、こんな幸せなことはないと思う。雅子さまも、当初よりももっと浩宮さまとの仲が良さそうですよね。で、この浩宮様の読んだ詩が載った本の『子供の育つ魔法の言葉』が、とっても売れてて、品切れ状態だそうだ。スェーデンの教科書にも載ってるそうで。「褒めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ。愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ。認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる」いいですよね。子育てのために、覚えておきたい言葉なので、是非私もこの本を購入したいと思います。
2005.03.06
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困った。うちのキッチンの水道の蛇口が壊れたらしい。この蛇口は、あの、よくデパートとかのトイレにあるような、っつてもわかりづらいけど。レバーを左に回すとお湯、右は水、レバーを上げると開栓で水が出で、レバーを下げると水が閉まる仕組み。で、このレバーの辺りがダメになったらしく、押し下げても回してもどうしても水が出続ける。2日前からおかしいかなあ、と思ってたけど、ついにダメになったらしい。舅に頼んでみてもらったけど直りそうにない。仕方がないので、外の、うちの全部の水道の栓を閉めた。しょうがないから、子供のためにバスタブに湯を貯める間、外の栓を開けて、同時にキッチンから流れる水をバケツやら鍋に貯め、急をしのいだ。仕事から帰ってきたダンナは、一刻でも早くシャワーを浴びたいほうなので、その間も外の栓を開けに行ってまた閉めて。。。今は、朝一でダンナがホームセンターに行った。タップごと交換するらしい。もしなかったり、それでも直らないと、プラマーという配管工に頼まなければならず、これが眼のたま飛び出るほど高いらしい。ああ、買って来たので直ればいいなあ。前に、田舎暮らしを愉む、という本で、田舎で家を持つ場合中古にするか新築にするかという項目で、中古の、前dash村に出てたような古ーい家は、却って修理に金がかかるので新築をお薦めするというのを読んだことがある。確かにこの家、住んでるとしょうがないとこもあるけど、いろいろボロがでてくる。前に越して来たばかりのとき、娘を妊娠中だったのだが、家の下水管が壊れてしまい、修理の間トイレ使用禁止になったときは、マジで泣いたし。。最近、ダンナが私がいつも使えるように車を買おうか、それも新車で、というので、「中古でいいよ。もったいない」と言ったら、ダンナが「でもな、中古だと、あれやこれや悪くなったときに、結局はもっと金もかかることになるぞ。この家見ててもわかるだろ」というのを、ふ~ん、と聞いてたのだが、そんなものかもしれない。。。ああ、金が。。。
2005.03.06
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今日はダンナがレストランの朝食を作るシフトだということで朝5時前に家を出て行った。だから5時半からの日本のニュースも見れた。雪ですか?東京は。泣く子も黙るメディア王ルパード・マードックはオージー。スカパーとか、foxチャンネルを牛耳る、メディアグループのオ-ナーですね。この人を題材にした実話的小説を読んだことがあるが、彼はものすごく強引な方法で、オーストラリアはもちろん、イギリス、アメリカのメディアを買収していったようだ。今の堀江社長なんて比べ物にならないくらい。うちもケーブルテレビに入ってるんだけど、そのAUSTARという会社も当然というか、マードックのグループのもの。前は映画専門チャンネルも観れるようにしてたけど、とても時間がないので、今はベーシックチャンネルのみ。それでも15チャンネル観れるからいいかと。その中で、コメディチャンネルというほとんどの番組が15歳以下にはおすすめできないというチャンネルがある。サタデーナイトライブとか、ネイキッドニュースというお姉ちゃんがストリップしながらニュースを読んで最後にはスッポンポンになるニュースとか、マンショウという、男のための番組でお姉ちゃんがやたらとミニスカートでトランポリンを跳ねてるような番組もある。ほとんどアメリカかカナダ製。うちのダンナの一番好きなチャンネル!子供が自由に観れないようにする、ペアレンツブロックシステムというのがあるので、もうすぐつけないといけなくなるかもしれん。コメディチャンネルの番組で、私も一緒に楽しんでみるのは、これもアメリカのだけど『Tonight show with Jay Leno』と『Late show with Conan O'brien』。毎日ニューヨークでやってるトークショウ。ジェイ・レノは、あごの長い、白髪のおじさんで、アメリカでも最もギャラの高い司会者らしい。コナンはジェイより少し若く、サタデーナイトライブ出身だけあって、ノリも軽い。コナンのショウで一番笑ったのは、有名人の顔写真で口だけ物まねで動くテレビ画面とコナンが話すネタで、ブッシュ大統領とインタビューをし、コナン「大統領、今、アフリカ訪問中ですね。どうですか?」大統領「いやあ、コナン、びっくりしたよ。アフリカには、アフリカンアメリカンがいっぱいいるんだな」コナン「。。。サー、サー、失礼ですが。。彼らはアフリカンです」大統領「何だって?アフリカンって呼んでもいいのか?」ってやつでした。。。。。先日のジェイ・レノのショウのゲストがエルトン・ジョンだった。エルトン・ジョン、私は結構好き。声がいいし。日本で、2度、コンサートにいったことがある。1度はビリー・ジョエルとの二人のピアノマンのジョイントコンサートだった。日本公演の初日に行けたのだが、エルトンは出てくるたびに変なカツラをかぶって現れ,最後にはゴジラのマスクをかぶって現れ、ビリー・ジョエルから「そんなのどこで買ったんだよお」と大笑いされていた。でももちろん自分の歌とピアノはバッチリ。ビリー・ジョエルは偏屈なとこがあって,大ヒットして人気も高い『素顔のままで』は歌わないのだけど、エルトンはしっかり『僕の歌は君の歌』も歌ってくれる。2度目に行ったのはエルトンのソロ。しかもエルトン以外のメンバーはレイ・クーパーという、その世界では有名なパーカッションの名手のはげのおじさん。このクーパーおじさんが、パーカション、ドラム、シンバルと打楽器全てを一人で受け持ち縦横無尽に奇々怪々に走り回る。エルトンはピアノと歌でそれに応える。時にはピアノに背中を向けて弾いてみたり、ピアノの下に潜って弾いてみたりと、曲芸まがいのことまでして楽しませてくれた。ジェイ・レノのショウのゲストだったエルトンは、1日に一千万も使うことがあると言う買い物癖は相変わらずのようだったし、車好きで100台以上の車を持っているジェイに、「僕はこの世で一番セクシーな車は消防車だと思ってる。今度プレゼントするよ」とか言っていた。彼は今12年にもわたってつきあっているゲイのカナダ人の恋人を本当に愛しているので、結婚かなにかを考えているらしい。ゲイのカップルで一方が死んでしまうと、死んだパートナーの家族がやって来て全て持ち去ってしまい、残されたパートナーは何残してもらえない、という状況を少なからず見て来たので、今の自分のパートナーを守りたいのだ、と。エルトンがこのパートナーのことを話すのを、前に雑誌で読んだことがあるけど、そのときもエルトンは、この映画プロデューサーの恋人のことを話して、「僕と彼は、昔から繋がっていたんだと思うよ」と言い、サーの称号ももらったエルトンにこれから欲しいものは?と聞かれて、「彼(恋人)に、アカデミー賞を取って欲しい」と言っていた。しょっちゅう自宅でも大勢を呼んでパーティを開くというエルトン。美しい歌はかけるし、ダイアナ妃とも仲がよかったそうで、買い物やブランド品が大好き。脳が寂しがりやのかわいい女性なんでしょうね。。。
2005.03.04
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今朝、いつものように、私の好きな尊敬するブロッガーの一人『殿下様沸騰の日々』 http://www2.diary.ne.jp/user/154269/を読みましたところ。以下、コピペです。***渡辺淳一がとんでもないキチガイジジイであることは確かだ。『あとの祭り』という連載コラム。『医者と軍隊』と題して、医者と同様に軍隊にも経験が必要だと述べた後で、こんな暴言を吐いている。少し長いが引用する。『おそらく世界の軍隊の中で、アメリカ軍ほど、激しく頻回に戦争を体験している軍隊はないだろう。これ以外ではイスラエル軍か、せいぜいイギリス軍くらいで、他の諸国の軍隊か格段に体験が少なく、それだけ弱そうである。とくに日本の自衛隊なぞ、もともとは正規の軍隊でないと言っているほどだから、規模も兵力も少ないうえに、戦闘能力も士気もいちじるしく劣っているに違いない』。ここまで読んだだけでも、まともな読者なら、渡辺の稚拙な知識に基づく論理展開に頭に血が上るのを抑えられないに違いない。しかし、よろしいか。自衛隊に対する許しがたい暴言は、次の下りで頂点に達する。『だからいけない、などというつもりはないが、いざ実戦となったら、たちまち負けて逃げ出す。軍隊の強さは、やはり軍備と、そしてなによりも大切なのは、士気と戦争体験である。その点では、不幸なことだが、旧日本軍は強かった』。****これに応えて、この殿下の盟友のけんたさん http://www.tarochan.net/ も以下のような文章を。****演習でどれだけ良い成績をあげようと、実戦に勝る訓練はない。それから考えれば、自衛隊の強さは未知数だと思う。でも、『いざ実戦となったら、たちまち負けて逃げ出す。』本当にこのジジィはこう言ったのか?言ったとすれば、なにを根拠にそう言うのか。実戦経験がないから、怖くなって逃げ出すとでも言うのか?それは、いざ有事の際には、真っ先に自分が逃げるつもりだから、「自分が逃げるから自衛隊も逃げるはずだ。」そう考えているからじゃないのか?****やっぱり渡辺淳一は馬鹿ですね。というか、この年代、戦争に行った世代ではないけど疎開をしたり食べるものとかの苦労はしてて、いきなり戦後教育を受けた世代のひとというのは、それが染み付いてしまってるんでしょうか?戦争体験が、必要だとでも言いたいのか?自衛隊の方を直接知ってる訳ではないんですが、確か規模や兵力では決して他国にひけをとってないはず。ましてや戦闘能力や士気なんて、疑う根拠があるんでしょうかね?私の父はもう少しで徴兵された世代で、当時日本だったソウルで生まれ、戦後引き揚げた人で、今でも日韓友好協会とか同窓会とかやってますが、それでも「俺は軍隊はあっていいと思う。もちろん志願者だけどな」と言ってます。私も全く同意見で、なぜそんなに自衛隊を軍隊にしてはいけないのかがわかりません。気の毒ですよね。命をかけて国を、国民を守ろうとしてくれる人たちの地位を上げてあげられないのは。侍の信条として「士は己を高く評価してくれる者の為に死ぬ」とか言うのがあった気がします。渡辺淳一みたいのばっかじゃゃあ、自衛隊も守りがいがないって。。。
2005.03.04
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昨日、やっと出して飾った。これは私が小さいときに買ってもらったひな人形。こっちに来る直前、実家に一ヶ月滞在してて、産まれてくる第二子が女の子だとわかっていたので、実家の物置から引きずり出して梱包してオーストラリアに送った。5人囃子の髪の毛が抜けてたり、持ち物でないものがあったり、ぜったいに牛車もあったはずなのになかったりするけど、とりあえずまだまだちゃんとしてると思う。7段飾りで、階段状の飾り棚もあったんだけど、母が知人にあげてしまったので、こっちで木工細工の得意な舅(うちの食事テーブルも舅の手作り)に頼んで、作ってもらった。でも昨日ダンナが物置の棚をチェックしたところ、どうも虫がついてたらしいので、コーヒーテーブルにしている箱と本などを重ねて、急場作りの飾り棚にした。だから4段しかないし、最下段は床だし、右大臣左大臣と随人が同じ段にいたりする。ちょっと嫌。。。小さいときは母と一緒に出していた。私が触ると人形を壊すからとあまり触らせてもらえなかった記憶が。。。人形の中に入っていたしおりを読むと、昔はお嫁入り道具だったとか。だから、娘のいない家では、お母さんのために飾っているらしい。今も、娘のためとはいえ、私の楽しみだしな。こういうことしてると、男と女、両方の性の子供に恵まれた幸せを思う。こんなふうに、日本の文化も大事にする子供に育って欲しい。しかし、早くしまわないとお嫁入りが遅くなるとか、まだ言われるんでしょうか?私は3日が過ぎたらすぐに閉まってたはずだが、結婚したの30でしたからね。決して早くないよな。
2005.03.03
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息子のプリスクールの日だった。先週随分泣いたらしいから、心配してたけど、意外と元気に出かけて行ったんだけど。。。ダンナが姑と長電話をしてて(近くなんだから行って話せばいいのに、と思うけど)2時30分になり、3時のお迎えの時間になるのでそろそろ行こうかと用意していると、プリスクールから電話。「何か息子に問題が?」と聞くと、「ええ。先週と同じ。ずっとさっきから泣いてるの。理由はわからないんだけど、来てもらった方がいいと思うわ」と言う。ひえーっ。ホントは私が練習かねて運転するつもりだったけど、少しでも早く着いた方がいいのでダンナが運転。2時45分にはプリスクールに着いた。眠くなる娘を邪魔して起こしておき、娘を抱いて飛び込んだところ。息子は、先生に本を読んでもらっているところで『Quiet time(静かな時間)』ってことで、何人かの子供は気持ち良さそうにお昼寝中。私たちの姿を認めると、うれしそうに駆け寄って来て、しっかりとダンナと私の手を握りしめる。先生に聞くと、このクワイエットタイムにしようとした途端、嫌だと泣き出して、先生の膝から離れなかったのだそうだ。何かあるのだろうが、言葉が遅くてまだ何か言えない。仕方がないから、先生が「マミーとダディに電話しようか?」と言うと大きく頷いたのだそうだ。息子はもともと昼寝が苦手というか、ベットに一緒に添い寝をしても興奮して寝付かれないほうで、振動に弱いのでダンナがドライブに連れて行くか、私が随分大きくなってからもベビーカーに載せてがんがんに歩き回ったり、ブンブン揺らしたりして寝せていた。最近は、もう寝なきゃ寝なくていいや、と、早めに夕食を入浴を済ませて、早めに就寝、としていたのだが。先生の話では、子供の中でもすっと寝てしまう子と、寝たがらない子がいるという。疲れてて、眠りが必要な子もいるし、寝てしまうのが怖いかのように、意地でも眠らない、うちの息子のような子もいるらしい。おそらく、寝てしまって、誰も迎えに来てもらえないような、一人で置いて行かれるような恐怖を感じてしまうのかもしれない。だが、そういう感情があったとしてもそれを上手く言えないから、とにかく寝るのは嫌だ、と、泣き出したらしい息子。かわいそうだ。。。ま、今後はこのクワイエットタイムの頃、早めに迎えにくるか、早く来てとどまって一緒に遊ぶようにしてみるしかないな。。しかし、先日知った、息子のことが好きな女の子は、またしても心配してたらしい。何でも、「アイ ラブ ユ~」と言って触って来たり、キスして来たりしているらしい。ま、強くたくましくなって欲しいものです。
2005.03.02
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昔から、アカデミー賞の授賞式見るのが結構好き。今でもそうだけど、ハリウッドスターが、いかにもスターっていう格好して、でも映画の中でない素顔を見せるのって少ないと思う。いや、オーストラリアに越して来てから、ジェイ・レノのショーが毎日見れるので、意外とそういうトークショーにハリウッドスターが出て『徹子の部屋』なみに話をするのを見るのには慣れてきたけど。アカデミー賞の授賞式は、昔はWOWWOWで見てた。ケビン・コスナーが格好良かった頃、メモを片手に感謝したい人の名前を読み上げ、妻に感謝の言葉を言うのを羨ましく見ていた。だって、気分良さそうじゃない?あんな壇上で、「君のおかげだよ。愛してるよ」とか言われたらさあ!そんなケビン・コスナーも、今はその妻と離婚して最近若いモデルと再婚したそうだが。。。今年はオーストラリアの地上波で見てた。主演女優賞をとった『ミリオンダラーベイビー』のヒラリー・スワンクが、ダンナのチャド・ロウ(ロブ・ロウの弟)に向かって、「チャド、ありがとう。あなたは私の全てよ」みたいなことを言ってて、チャドの方も涙ぐんでて、感動的でした。雑誌で読んだのだけど、この映画は、トレーラーハウスで育ったヒロインが、貧困から抜け出す為にプロボクサーを目指す映画だそうで、ヒラリーは身体作りに一日7時間、一週間に6日、3ヶ月かけたんだとか。その過酷なトレーニングを、チャドはずっと支えたんだそうだ。ヒラリーは男に扮する女の役だった『ボーイズ・ドント・クライ』以来二度目の受賞で、こういうちょっと変わった男女のような役しかできないだろうなあ、癖のある顔だし、、、という気もするが、逆に言うとキレーキレーな女優はハリウッドに吐いて捨てるほどいるんだろうし、二回もオスカーとるってすごいよね。個性派になるんだろう。同じ映画で監督賞をとったクリント・イーストウッドも、老けたけど、やっぱり才能のある監督だったのね。壇上で、会場にも来てた自分の94歳になるお母さんに「いい遺伝子をありがとう!」って言ってたのと、壇上に上がる前に妻にキスされて口紅がついてたらしく、プレゼンテーターのジュリア・ロバーツ(産後すぐとは思えない美しさだった!)に拭いてもらってたのには微笑みました。さ、来週の女性誌をまた買って、ファッションとか裏話をまた楽しもう。助演女優賞をとったケイト・ブランシェット(エリザベスで有名ですね)はオージーなので、彼女の話題が中心になるだろうけど。*****ところで、今日、無事、デジカメを受け取った私。掃除機かけてたときに来た宅配のにーちゃんは、「掃除してたのお?」とか馴れ馴れしく聞くようなモロオージーだったけど、日本の会社(富士フィルム)は、デジカメを完璧に直してくれてて、日本の会社(フジカメラ)の優秀さにまた感動しました。いや、液晶板の色が悪いのが、無償修理の対象だったものだけど、それに送ろうと思ってたら、ちょうど他も壊れてしまい、どうしようかと相談したら、全部無償で(もちろん送料も)直してくれたんだよね。これだよ(涙)。カスタマーサービスってのは。。。
2005.03.01
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