おかしな寄り道

おかしな寄り道

August 4, 2020
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カテゴリ: 和菓子

1689 )元禄2、江戸の菓子屋は 49 軒あったという?

生類憐み令を出した五代将軍綱吉の時代。それから 100 年後の天明7( 1787 )には218軒?

菓子屋の規模はわからないが、多くは江戸城の東側、日本橋を中心にした繁華街?

1717年 山本新六が向島長明寺前で桜餅を販売(諸説あり!)

1772年 江戸で大福餅販売。当時は腹持ちがいいので腹太餅、大腹餅と呼ばれ、後に縁起のいい大福餅に・・?

1807年 寒天を使う羊羹完成?

菓子の値段は、長明寺の桜餅が4文。団子も4文( 1 文が 30 50 円?)

4 文で思い出したことが~串だんごは何個刺しか?

実は、東京は四つ刺し、関西では五つ刺しが多いといわれます。そもそも江戸時代には江戸も上方も団子は五つ刺しで、一刺五文が相場でした。明和五年( 1768 )に発行された四文銭が江戸を中心に広まると、現在の百円ショップに相当する四文屋(四文均一で総菜などを売る屋台店)が登場し、団子も一串四文、数も四個になったといわれています。ちなみに「甲子夜話」 1821 1841 には四文銭を使った詐欺が横行しため、四個で四文にするようになったという説も・・

(五文を支払う際、四文銭の下に小さな一文銭を重ねているように見せかけ、実際は四文銭だけを渡すといった手口かと・・)

上が 4 文銭、中・下 1 文銭→

(引用・塩野米松氏より)

あんこ(餡)は和菓子の基礎で、その店の味を決める重要なファクターだ。各店に、引き継がれた餡があり、素材選びや工程、やり方にはそれぞれ理由がある。餡づくりの工程は、小豆を洗って、ゆでこぼし、渋を抜く。そのご・・・

店によってやり方はさまざま。工程が単純なだけに人の手や思い、手間、気配りが味に出る。

餡、怖い世界だとつくづくそう思う?(製餡機を使っている店もあるのだが~)

`m sorry ​​​​・ Please forgive me ​​ I love you  ​​ Thsnk you

今日も一日 ・・・ (*´□ *) ありがとう !!






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最終更新日  August 4, 2020 05:38:22 AM
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