1689
)元禄2、江戸の菓子屋は 49
軒あったという?
生類憐み令を出した五代将軍綱吉の時代。それから 100 年後の天明7( 1787 )には218軒?
菓子屋の規模はわからないが、多くは江戸城の東側、日本橋を中心にした繁華街?
1717年 山本新六が向島長明寺前で桜餅を販売(諸説あり!)
1772年 江戸で大福餅販売。当時は腹持ちがいいので腹太餅、大腹餅と呼ばれ、後に縁起のいい大福餅に・・?
1807年 寒天を使う羊羹完成?
菓子の値段は、長明寺の桜餅が4文。団子も4文( 1 文が 30 ~ 50 円?)
4 文で思い出したことが~串だんごは何個刺しか?
実は、東京は四つ刺し、関西では五つ刺しが多いといわれます。そもそも江戸時代には江戸も上方も団子は五つ刺しで、一刺五文が相場でした。明和五年( 1768 )に発行された四文銭が江戸を中心に広まると、現在の百円ショップに相当する四文屋(四文均一で総菜などを売る屋台店)が登場し、団子も一串四文、数も四個になったといわれています。ちなみに「甲子夜話」 1821 ~ 1841 には四文銭を使った詐欺が横行しため、四個で四文にするようになったという説も・・
(五文を支払う際、四文銭の下に小さな一文銭を重ねているように見せかけ、実際は四文銭だけを渡すといった手口かと・・)
上が 4
文銭、中・下 1
文銭→
(引用・塩野米松氏より)
あんこ(餡)は和菓子の基礎で、その店の味を決める重要なファクターだ。各店に、引き継がれた餡があり、素材選びや工程、やり方にはそれぞれ理由がある。餡づくりの工程は、小豆を洗って、ゆでこぼし、渋を抜く。そのご・・・
店によってやり方はさまざま。工程が単純なだけに人の手や思い、手間、気配りが味に出る。
餡、怖い世界だとつくづくそう思う?(製餡機を使っている店もあるのだが~)
I `m sorry ・ Please forgive me ・ I love you ・ Thsnk you
今日も一日 ・・・ ヽ (*´□ ` *) ッ ありがとう !!
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