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高見山近辺3泊4日強化合宿と称して、高見山に向かったのは、20年前の春であった。私を副隊長とする総勢5名の大所帯であった。どこからバスに乗ったか、今日まで覚えてなかったが、ネット検索したら、近鉄榛原駅からバスが出ていることが判明、おそらく、20年前も、そこからバスで終点まで乗ったのであろう。バスに乗ると、それは、地元の方々ばかりであり、終点に近くになるにつれて、乗客はどんどん減り、我々以外に、じいさんが一人となった。じいさんの名前は森田さんという。バスの運転手は、バス停ではなく、じいさんの家の前に停まった。しかし、森田爺さんはお金を持ってなかったので、運転手さんが、「森田のじいさんよ、財布忘れた?じゃあ、次回、一緒に払ってくれるか」と言いほのぼのぶりを発揮したのであった。森田爺さんがヨボヨボとバスを降りると、放し飼いにされている犬がしっぽを振って駆け寄ってきたのであった。 遂に我々だけとなると、塾帰りかどうなのか知らないが、子供2人が乗ってきた。子供はびびり「今日、むっちゃ人多いやン!」と叫んだ。ムッチャや、俺らしかおらんねんけど。 バスを降りて、登るまでの間に、多少、村をブラブラしたのだが、ある玄関にお札が貼っていたその文言にはびびりまくった。穢多非人入るべからず。 その後、遂に、入山。まずは、高見山山頂で、テントを張ることになっていたのだが、出発は遅く、夕暮れ時になった。薄暗い中、ペースを上げて、進む。先頭に後輩をいかせ、私は一番後ろ、その前に、新入生が歩いていたのだが、彼の息が随分激しくなり始めて、やばい状態になってきた。そして、遂に、彼は、スッテンコロリンと、倒れたのである。倒れたと共に、私は、「何やっとんじゃい!」と尻を蹴り上げたのであるが、蹴り上げた瞬間に先頭を歩く後輩が、「頂上に着きました!」と叫んだ。あと10メートル程度頑張ればよかったのに、未だに、酒を飲みに行くと、時々、馬鹿にされるビール会社勤務の後輩であった。まあ、そういう甘酸っぱい思い出はあとにして、急いで、室生寺に向かうが、終わりであった。室生犀星とは関係ねえ。ふるさとは、とおきにありて思ふもの・・・ちなみに、ヘタレ後輩は、去年、再度、高見山単独登頂に反省弔い登山したとの報告を受けている。ウム!室生寺はこちら奈良近隣旅行 霊山寺1 霊山寺2 私の仕事館(閉館)1 私の仕事館(閉館)2 私の仕事館(閉館)3 奈良なら館(閉館) 高見山・室生寺 東洋民族博物館
2009.06.30
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ルーブルの続きです。ルーブルといわずとも、大英博物館もエルミタージュも、植民地からわっせわっせと略奪を続け、盗んできたものを、ドヤっと展示している。(字数が1万字を越えたので、この辺りをぶっちぎったので、以下話がつながりません、ご了承を)ここで、日本の凋落に、ニホンガンバレと、オイラは、中道左派どころか、お国を応援したくなるんどえある、ハルジ氏のように、ニホン、もうドーデもいいじゃんという意見にも賛同するしかないと思いながらも、チョトダケ憂国の士なのである。ニホンの技術ももうだめになってきているとはいいながら、テレビや携帯電話はけっこうスゴイんだけど、実は凄すぎて、つまり高すぎて、世界水準にはならねーんだよ。世界は、ヤッスイヤッスイノキアがいいし、30万も50万もするテレビなんて世界中で購入できる層はしれてるんだなあ。亜米利加なんか貧富の差が激しいからよ、ニホンじゃあ中古みたいな、なんだかわけの分からない安い機能のテレビやビデオ(DVD)とかが主流だよ、でも、ちょい前までは、日本は、けっこう平準化中流意識だったからよ、ボーナスで、けっこう購買力あったわけよ、2,30万円ぐらいなら、ホイノホイと買ってたわけじゃねえか?格差が大きくなると、悲しいかな、安物しか売れなくなる、そしたらよ、競争力なくなるじゃん、もっと安く作れる労働力の安い国なんていっぱいあるわけだから。あの売国奴小泉ヘイゾウラインめ!と思いたくなるわな。人件費の高騰が国際競争力を低下させるというのは、えー、金持ちのまやかしだな。大衆にも金が必要なんだよ、バロー、新製品でても、値段下がるまで待ったり、中古買おうとするじゃねーかよ、おれみたいに!(だって、おれ、興味ないから)ほら、インドの多々財閥(インドの2大財閥はタタとビルラ、拝火教)であるが、なんか30万ぐらいの車出したじゃん、ナノっていうやつ。あんなマネしないでくれよ、頼むぞ。フィアットもフォルクスもまあまあ堅調だろ、ヨーロッパ人は失業保険や生活保護が充実してるからだよ。ほら、日本人は失業たとえしてなくても、将来不安があるから買わないじゃん。ニホンの中小企業のほとんどは同族会社でサントリーみたいな大手も同族会社で、株主ばかりに目がいかなくて済むわけだ。景気が悪くなってガイコクジンに投資を頼ると、そら食い散らされるだけだぜ。だって、ニホンだって海外投資するときには、儲かるかどうかしかみてないじゃん、その企業の労働者のこと別に考えてないよ。企業は、よ、存続に意味があり、雇用の安定に意味があるわけで、はっきりいって、法人税高くてもいいんよ、マイナスにならんかったら。わしの会社でも、法人税は利益の半分以上もってかれるけど、それはよ、人件費引いたあとやからね。でも、ガイコクジン投資家投資機関からみたら、それはあかんのよ、税金で取られたら、自分らに跳ね返る利益が減り、自国に持って帰る金が減るんよ。だから法人税も下げて、経費はあまり認めないように要求せなあかんのよ。株持ってたらそう要求するわな。そこで、脅しにかかるのが、格付けじゃん、あんなの、勝手にガイコクジンがというか、アメリカが意向に沿って勝手に決めてるわけよ。日本企業が、わいの会社は、もう首切りせんわ!と叫ぶと、格付け下がるよ。株価下がるよ。でもそこで耐えて欲しいわ。格付け信用するなイデオロギーを共有すればよ、従業員は安心して働けるからよ、モノ買うわけよ。もとより、いつからよ、一般人が、というか、新聞トップに株価とか載るようになったの。規制緩和の外資って何やねん、ニホンで商売しよう、でなく、ニホンで利益あげよう、じゃん。雇用もどうでもいいし、都合悪くなれば逃げるが得策よ。長いタームでの経済成長や経済の強さと関係ねーよ、アイスランドみてみい。アノ国は、せっかく、地熱という優秀な資源に恵まれていたというのに・・・。随分、博物館とうか、植民地時代からいろいろパクってきたのを展示している、という趣旨からはみ出てきたような気がするので、ここで、ちょいともとに戻して、鼻の穴が大きくなっているのも元に戻すか。最近、ギリシアがパルチノン神殿美術館の新館を作るに当たって、イギリスに、わいらのパルチノンの財産返せやと騒いでいる。まあ、アメリカも、ローマ美術品もイタリアにちょとづつ返しているらしいな。どうやらぱくった年代によるらしいけど。200年もたてば時効ってことか。 外国の企業がよ、どっしりと、その国に根を下ろすのはよ、当たり前の話だけどよ、税金が安いという儲けだけならそうかもしれないけどよ、その国のファンダメンタルな部分、つまり、教育水準の高さと治安の良さじゃねーの?犯罪の多くは香港じゃなく、貧困から引き起こされるよな。失業とか誘拐とか。オリが初めて海外に行ったのは、フィリピンだけどよ、一番驚いたのが、着いた当日、平日の昼間なのによ、街の中心で、ブラブラ暇そうにしている成人男性が多かったことなんだな。危ないなと直感的に思ったよ。そのときは18歳だったから、何でオメーラ働いてねーんだよ、と思ったけど。はっきりいって、北欧は小さな事例だが、H&Mとかノキアとかレゴとかイケアとかボルボとか、商品レベルは、はっきりいって、ショーモナイんだ。怒られるか。でも、イメッジがとてもいいんだ。豊かそうに見える国々から来たものだから貧乏イメッジがないんだよ。これはけっこうツオイ。何を隠そう10年ほど前、初めて携帯電話を持ったのはノキアだった。今でも思うけど、デザインで決めたんだ。デザイン良かったわ。ツーカーか何かだったと思うけど、電話しか出来ないシンプルなものだったけど、格好良かったよ。今年も、H&Mオランダでダウンジャケット買ったけど、そら安いし安っぽいけど、気分は、H&Mだぜって感じは何となくあったよる。イケアにいたっては、どこがいいの?って感じじゃないベリーさん。もうイメッジしかないような。イメッジだけは、スコブルいい。ボルボにいたっては、これまたイメッジだけよ。乗っている人は知り合いに何人かいるが、こんなのトラックですよ、と卑下しながら、気に入っているんだ。それに、3角法シートベルトを特許取らずに、オープンソースにしたおかげで、車のシートベルト方法は世界標準になり、ボルボは安全よ、というイメージ戦略に勝利したしなー。税金高いけど、教育、医療、福祉ただでせ、政治家の透明度高いでっせ、これが強みなんだな。ほら、考えれば、オイラも税金払いたくねえと思うのは、何に使われているか、意味あることに使われているか、取られているだけという意識があるからじゃね?俺なんか、独身だからよ、明確に使われているなら、別に2倍になってもいいと思うぐらいだ。でも現行のままならできるだけ払いたくないと思っているわけよ。オリは、無駄な道路や公益法人天下りの給与に払いたくないんよ、1円も。でも高速道路無料、教育費無料、セイフティネット拡充するなら増税してもらっていいよ。手形ですか。一握りの天才がニホンを支えてくれるのだ幻想はやめておくれよ。足し算しかできないアメリカのレジみたいなことにならんといてくれよ。道路や交通の問題ではないじゃん、黒川温泉も不便だしよ。筑波もエクスプレスができて、便利になったというより、東京に行きやすくなって、頭脳流出じゃないの?知らんけど。交通で思い出したけどよ、第2第3の大阪名古屋って新幹線で1時間でけっこう近いんよね。ハシモト大阪知事が第2名神凍結で怒ってたけど、東京にとって、大阪名古屋が組まれるのは嫌なんだよな、きっと。直線たった140キロだぜ。なんか、合併の売繰り返しで、メガバンクも大手商社も全部東京にいってないか?地震でどうなるか分からんし。もう知らないよ。疲れてきた。がんばれ地方都市、がんばれ三重、っていうことで。足の皮をむきつつ、これで、ルーブル美術館の説明を終了致します。三重近隣旅行 観音ワンダーランド1・津市 観音ワンダーランド2・津市 ルーブル美術館1・津市 ルーブル美術館2・津市 コケコッコー共和国(閉館) 飯高洞窟美術館(閉館)松坂市 虹の泉1松坂市飯高町 虹の泉2松坂市飯高町
2009.06.29
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マイクルについては、実在の人物は何人知っていることか。中には、顔も知らずに名前だけ知っている人までいる。(青田さんや放浪さんがファンでもある。)そのほか、フィリピンのマニラには、当時18歳の私には、マイクルという名の、4歳のはなたれ子分がいたのであった。そいつもいまや20代のはずだが、セブ島に住んでいるのだろう。私が泊めて貰わせて頂いていたおばさんの息子だ。いろいろ小遣いやてって使いに出すのだが、使いも出していないのに、ハロハロ(甘いフィリピンの飲み物)とか、ペラペラ(金金)と寝ているのに耳元で囁く、ちょっと小ざかしくも、憎めない奴だった。マイクルジャクソンの全盛ブレイク記といえば、スリラーの1980年代だ、その頃、生まれた人たちは今20代だ。80年代はこんなことが流行ったんだよな。それからこんなのとか。1980年代のバンコク。1980年代のいじめとセイキョウイク。ここにも書いてあるのだが、私は、1980年代、限りなく、1960年代に若者時代を過ごせたらよかったのになあ、と思っていたのだが、2000年代の若者は、1980年代をどう思うのだろう。まあ、就職はよかっただろうけど。今、働き始めなければならないとすれば、俺は、下手すればニートになっていたかもしれない、というか、ニートには金が無いのでなれないので、派遣になっていただろう。こんな時代だったから。こんな時代だったから先生も暴力教師満載だったわ。1980年代の主食もこんなのだたな。1982年、スリラーは1億枚以上売ったわけだよね。私も誰かにカセットテープ持ってたよ、勉強しながらよく聞いていたよ、意味なくシャーペンを受験回しし、フォーと叫んでいたよ。MTVが土曜だったかの夜中に3時間番組で毎週やってたじゃない?そのうち、ビデオバンドと呼ばれるような、ドュランドゥランとかスパンダンバレエとか出てきたりしたけど、あのころの先駆けのマイクルジャクソンとかマドンナとかカッチイイかったねえ。1980年代後半は、大学生だったんだよ、フォー。1980年代に飲んだ酒量、フォー。1980年代にキムチも一般化したんじゃない、日本で?フォー。1980年代は、バンコクのナサというディスコでおどりまくってたんだぜ、フォー。1982。1982年スリラーの発売された年、私の誕生日に、ニュージャパン火災になりました。追憶の1985.1983年10月にスリラーを借りたようでした。これで、マイクルジャクソンの思い出の話を終わります。
2009.06.28
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三重県は飯高町の中心道路国道166号線を注意深く走っていると、波瀬というところで、ドドーンと大陶芸空間が出現するのである。小さな小屋から、陶芸家東さんの奥さんが出てきて、「作り始めて30年になります、ゆっくり見ていってくださいね」と優しいねぎらいの言葉を頂く。小雨が降ってくると、傘を持ってきてくれる優しさであった。「どこから来られたのですか、通りがかりですか、ご存知だったんですか」と労われる。すべて、陶器で焼きながら、嵌め込んでいっているのだろうか、ガウディのような気もするし、郵便局員シュバルの理想郷のような気もするし、イタリアの洞窟芸術のような気もするし、ムーミンのニョロニョロのような気もするし、珊瑚礁のような気もするし、小腸の絨毛よろしくネバネバ曲線、直線をを拒否しているのであった。(影響は特に受けては居ないそうだ)世の中には、一人の人間がこつこつと何年も作り続け、驚くべき傑作大群を作っていく姿には、人間の凄さを感じずにはおれないのである。福島県工芸村とか、関が原ウォーランドとか、宮崎高鍋大師とか。ドドーンと5800平方メートルである。その気になれば、どこからでも入れるが、良い子なので、カンパ入場料500円は払う。何せ、建設募金である。作者は1962年24歳の時のスリランカ旅行シギーリヤで、急遽、この構想を思いついたそうである。天啓であろうか。ところで、全然関係ないが、今週、急に、マイクルジャクソンが亡くなったが、その陰で、ファラフォーセットも亡くなったのであった。チャリーズエンジェルのスゴイ髪型と口の人。中学生の頃は、シェリルラッドと共にファンでした。これが完成するのは、いつか知らないのであるが、仕事が出来なくなったら完成という噂もある。小さな小屋には、奥さんと小学校の子供2人とが、楽しく篭っていた。本人は、焼きにいっているのだろうか。生活費と作品建設費は、この入場料500円と、パネル4000円(を払うと、壁に貼ってくれる)で捻出しているという。いったいどういう生活をしているのだろうか、なんだか、幸せそうに見えた。本人は好きなことしていいのだが、家族の理解というか、覚悟も並々のものではないぞ、という感じがして、こそっと、傘を返しにいくときに、小屋のそばで聞き耳を立てた。見学者は私だけだったので、すぐに気がつかれ、「一番高いところからも見てもらえましたか」とニコニコ話された。はめこんで、はめこんで作る、スゲエといいつつ、去っていくのであった。三重近隣旅行 観音ワンダーランド1・津市 観音ワンダーランド2・津市 ルーブル美術館1・津市 ルーブル美術館2・津市 コケコッコー共和国(閉館) 飯高洞窟美術館(閉館)松坂市 虹の泉1松坂市飯高町 虹の泉2松坂市飯高町
2009.06.27
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今日は久しぶりに子供たちに偉人伝をお伝えしたいと思います。エジソンやアインシュタインの偉人伝はお伝えしたのを覚えているかな。エジソンは、学校の勉強が簡単すぎて馬鹿馬鹿しかったとか、アインシュタインは成績優秀すぎて飛び級で大学を受けたとか大学で研究しなかったのは、大学の勉学以外のことに巻き込まれるのが嫌だったからとか。 今日は、野口英世のお話をするよ。ほら、1000円の人だから、みんな好きだろう?え、福沢諭吉のほうがすきだって?ナマいってんじゃねーよ。 美談は、貧乏出身で、手にハンディキャップもありながら、低学歴なのに、頑張ってアメリカで一旗挙げて、ワクチン作って人々を救って、アフリカで研究対象の病原菌で客死した、なんかってことなんだよね。スゲーヨ。 でも、英世は、数学が出来なかったっというか、計算ができなかったんだよ、でも当時は、ギリギリ数学が医者になるための必須科目じゃない時代だから助かったんだよ、もし、数年後れていたら、医者になれてなかった確率が高いんだよ。 田舎から英世は当時の校長先生の月給が10円、用務員の月給が1円という時代に40円も故郷から借りて、医者になりたい一心で上京したんだよ。どうだろう、今なら、4,500万円ってところかな。なにせ、英世は口八丁手八丁の達人だたんだよ。たかりの達人だったんだよ。この貴重な40円は、上京後、1,2か月で使い果たしちゃうんだよ、勿論、ノムウツカウ、だよ、勉強じゃないよ。この辺り、石川啄木とそっくりだね、じつと手を見る、我が生活じぇんじぇん楽にならないってさ、いい歌残したね。前にも書いたように、貧乏なのに、芸者あげていれば、楽にならないと思うんだよね。詩が急に色褪せるのが、詩の矜持だね。 英世に戻すと、遊びすぎて、学校はもとより、生活も困窮するんだね、放蕩したので。でもそのたびに、金を無心してもらったり借りたりして、無事卒業したんだよ、カード社会じゃなくてまだよかったんだよ。 職を得てから、上海に派遣されて、支度金100円近くもらえたんだよ、でも、出発前に使い果たしたんだよ。だから寒い冬に出発したのに、夏服で参加したんだよ。上海では高給取りで、全部放蕩して、その間に、義和団の乱が起って、帰国させられたんだよ。清で会ったアメリカ人の下にいきたくなって、金の無心に走ったんだよ。資産家の娘と婚約して300円をせしめたんだけど、ついつい出発前に、芸者遊びしまくって、また渡航できなくなったんだよ、結局婚約だけして、金を工面してアメリカに行ったまま帰ってこず、音沙汰ナシで、一向に結婚しなかったから、現代風にいうと結婚詐欺したんだよ。 でも、そのようなマイナスの面もあったけど、単純作業の実験をほとんど寝ずに繰り返すことができるという性格とうか資質が幸いして、まあ、特定のところだけに莫大な集中力を発揮できるって感じで、現在は否定されいる業績のほうが多いにしても、立派な業績をあげたんだよ。その実験日もバカにならないぐらい莫大だったんだけど、そこは、おおいに、大学事務方と衝突していたんだけど、さすがロックフェラー財団、湯水のごとく、研究費を使うのは大目に見られていたってことなんだよね。彼は、研究=スペキュレーションと思ってたんだよ、そうだね、日本語にすると、賭けというかバクチというものだねえ。ほんと、アノ時代は医師不足だったから、試験に通れば医者だったんだよ。数学は、九九ができればよかった特異な時代だったんだよ。それに、感染症の研究には、数学的能力が必要なかったのも幸いだったんだよ。先程も話したけど、10年遅れれば、制度も変わり、医者になれていない可能性も高かったんだよ。 そんな訳で、みんな、時代が違うから、野口英世みたいにはなれないだよ。ところで、英世は、本名は、清作なんだけど、大人になってから、坪内逍遥の『当世書生気質』という本を知りました。「野々口精作」という田舎出の医学生が遊里遊びに堕落するというストーリです。野口清作にとっては、まるで自分をモデルにしたような内容に驚き、自分のことと勘違いして、「英世」に改名しましたんだよ。「あれは、おれのことか」と逍遥に手紙まで出しているんだよ。その作品がでたときは、英世がまだ10歳だったんだよ。一時凱旋帰国もしたよね、金がなかったから、また星新一の父の星製薬の社長に金無心してもらったんだよ。帰っても、けっこう、無視されたんだよ。金、返してないから。星新一、呼んだことあるかい?それでも、山を買ったり、株券持ってたりしたので、死んだ時には、遺産を残したんだよ。多分、アメリカ人の奥さんがしっかりしていたんだろうなーと思うんだよ。40歳ぐらいから、お金たまりだしたみたいだから。みんな、分かったかい?英雄伝説の教訓は、「野口に金を貸すな」ですよ。あ、違う、「野口を貸すな、いわんや福沢」ですよ。それより、将来有望なチンスポハンター候補になりましょう。 そんな訳で、あたいの仕事館では、コンピューターに2,30の質問に答えると、将来に似合う職業が出るんだよ、でも、登山家は職業じゃないんだよ、その職業は、植村直巳とか三浦雄一郎とか、道楽者とか利子生活者というんだよ。
2009.06.26
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総工費581億円を掛けて堂々、2003年に堂々のオープン、わずか5年で民間に委託(その委託先も正体不明コングレという秘密主義会社)、さらに存続の是非を問われる、大規模物件、わいのしごとかん、辺鄙な奈良京都の学研都市に、奈良で仕事終わりついで帰りに、ブイブイ飛ばして見学に行ってきた。年間維持費21億円、年間収入1億円、差額20億円を税金というか、正確には雇用保険をバンバン使いながら、職員平均給与915万円で、けっこう、ヒマプーにしている人々を見ながら、こいつはスゴイ、子供に夢を与える、採算度外視の、明るい未来の子供たちに、将来の仕事を見極めるに素晴らしい施設である。テレビスタジオ製作費及び宇宙開発制作費がそれぞれ2億8000万円、消防施設制作費2億9000万円、旅行代理店制作費9000万円、ベリーナイスで、バンバン、バスで、ガキどもがやってくる場所。ます添えも渡辺ミッチーJrも橋下も、コンナ採算とれんのなんとかせとか、潰せとか、ヤメトケとか、非難轟々である。とかいって、けっこう楽しんでいるんじゃねえか?しかし、この筑波を見て、西にも、そういうのつくろうや世の中バブルでっせ、のバブル時代に山林地帯一体を買いきって、お寒いハコモノ人工都市。最初は住金やバイエル薬品やキャノンも来てくれたんだけどよ、あれよあれよの撤退さ。ちなみに、ワイのしごと館の横には、国会図書館西日本支部があるよ、500億円ぐらいっかかったよ。とにかく、学研都市はまた後日批判するとして、ここである。まるで、空港である。多分、平日にバスで学校からバンバンくるのだろう、休日は、職員の方が、もしかして、多いかなと勘違いするほどである。しかし、581億円は大問題だ。引率の人は、子供たちにこう説明して欲しいものだ。先生 「これが税金の無駄っていうものなんだよ」生徒 「へえー。こんなむだなしごとはしちゃいけないんだね、ボク勉強になったよ、ボク、役人になるよ」先生 「この施設を作った人たちは、いっぱいお金をもらって、もういないし、天下りの人たちは、もうお金いっぱいもらって、次のところに行ったんだよ。」生徒 「へえー、ボク勉強になったよ、ボク、役人になるよ」先生 「でもこの施設では、役人の紹介はしていないんだよ。特に、上級公務員の仕事ぶりはおいしいから紹介しないんだよ。」生徒 「へえー、ボク勉強して、ボク、お金いっぱいもらえる役人になるよ」しかし、それにしても、待望の人形であるが、この安っぽいプラスチック、1体平均356万円、どう考えても10分の1どころか、30分の1あればできるな、と、それに質が大変悪い!と人形専門家の放浪達人さんの意見そのままである。私も頼まれたら、1体10万円で作って大もうけのワッハハーのウッシシーである。 といいいつつ、ここで、私が、テレビの大合唱のように、無駄無駄の廃止廃止を叫ぶと思えば、大間違いなのである。確かに、581億円は大間違いであり、私財没収の上、死刑であるが、趣旨趣向は面白いのであり、そこそこの入場者数を確保しているのである。そいつらを死刑にしたあとは、毎年の赤字垂れ流しである。前述の通り、20億円である。どうよ、国家的に見て。どうみても、政治家のパフォーマンスに見えないか?テレビを利用した悪意だ。巨大建築物、一般人の目に触れてしまう・・・ここが苦しいところである。それでも、たかが20億円の赤字で、子供たちの夢を奪うのか・・・確かに、いきなり同じ趣向のキッザニアとは違うが、所詮、役人のやること、でも、たかが20億円だぜ、巨大けんちくを批判するだけのテレビと政治の票取りではなく、東京にある、ひっそりした、天下り事務所を数箇所閉鎖するだけで、20億円程度なら回収できるのだぜ。しかし、職員もろくにいない、天下りだけの事務所をテレビで写したところで、インパクトがないではないか。本当に他にすることは、できることは、いっぱいあり、それをなくすだけでいいのだ。世の中の美術館博物館がどれだけ赤字になっているのだ?多分、ほとんど赤字だろう。まあ、けっこうサイケデリックなところなんだぜ。つまりオリがいいたいことは、作ってしまったものを数年で廃止はねーだろ、子供に夢を与えるんだぜ、作った奴らを処分か死刑にして、何の役にも立たない独立行政法人だか、公益法人だか、悪弊にしかならない夢も希望もないところをまず、廃止せいってことだ!でも、人形高すぎるわな。ほんま、短時間のテレビはマルかバツの2分割で決めようとするから気をつけないとな。政治家の人気商売にも騙されないようにしないとな、でも人形高すぎるわな。奈良近隣旅行 霊山寺1 霊山寺2 私の仕事館(閉館)1 私の仕事館(閉館)2 私の仕事館(閉館)3 奈良なら館(閉館) 高見山・室生寺 東洋民族博物館
2009.06.25
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サモトラキのニケ像やミロのビーナス本物を世界唯一かたどったという美術館に行って来た、というか、大観音の隣にあるんであったというか、手前にあった。何故、こんな田舎に世界唯一の、と思われるかもしれないが、私もそう思った次第である。それに、津市の観光ホームページからは紹介を無視されているのも、変だと思うのであった。ツタンカーメンのマスク、ロゼッタストーン、アッシリア王、ハムラビ法典の碑、千手観音、ギリシャ彫刻、キリストの受難像、ロダン、ミケランジェロ等つまり、ルーブルだけでなく、大英博物館から故宮博物館まで、イミテーションのオンパレード、プリン・ア・ラ・モードなのであった。どえらい作品集である。ドドーンと1300点。建物も、ルーブル美術館のマネしたガラス張りのピラミッド状の建物。実際のルーブル美術館には、正面の入り口にズワーっと人が並んでいたので、このガラスピラミッドの下が、逆ピラミッドになっていて、その付近からも入ることが出来、そちらはけっこう、空いていてすんなり入ることができたというパリの甘い思い出がある程度だが、俺は、またパリに行きたいのだ。行きたい美術館などがいっぱいあるのだ。でも、簡単に行けるから、ついつい行ってないのだ、どうしたらいいんだ、俺には時間がない。でかいビーナスを見せられたから、かたどった実物大のビーナスがしょぼく見えました。でかいミケを見せられたから、かたどった実物大のミケがしょぼく見えました。私の場合、肉体美系男は好きでない。かわつむりオールスターたちよ。ナポレオンのデスマスクって・・・アンバリッドにあるのは、ニセモノ疑惑あるし・・・。やっと女性か?壊れたか?1000手あるんか?数えるわよ!三重近隣旅行 観音ワンダーランド1・津市 観音ワンダーランド2・津市 ルーブル美術館1・津市 ルーブル美術館2・津市 コケコッコー共和国(閉館) 飯高洞窟美術館(閉館)松坂市 虹の泉1松坂市飯高町 虹の泉2松坂市飯高町
2009.06.24
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先日、鼠先輩が芸能界を引退した。引退会見では、「芸能界では思ったほど儲かりませんでした」とコメントしており、ちょっとファンになった。ポポポポポポッポポポー。で、ツツツッツツツツ津~である。パート1の続きである。津市といっても、白山町、大合併で、この前、津市に吸収合併であり、近鉄榊原温泉口駅前からすぐのところにあり、駅前大珍スポットなのである。なので、車がなくても、行けるのである。どうだ!近くでは、お金を掛けて、電注突き出し広告や、無駄に空き地(駅前ですけど)に、巨大看板を掲げて町を挙げて、宣伝しまくっているのであった。勿論、津市のHPを見ると、1行だけ、紹介されていたのであった。ここも、四国霊場3分で回れる合理的システム。お、ここにも河童おい、何、お金食ってけつかんどんねん!お、ここにも天狗金が禿げてきたわ。さて、修行の身の私も着替えるか。なんで、こんなに太ってしまったんだ、狛犬。ちょっと写真には写りきれてないけど、糸もあります。これで、頭張り倒してもらえませんか。あまりありがたいと思わないのは、信仰心が足りないからでしょうか。純金こんなところ、置いていていいのですか。金、っていうか、どこかの国のお金なんですけど。金魂巻というベストセラーありましたね、非常に鋭い洞察でしたわ。やる気なくなって脱力したのは、私に信仰心がまだ足りないからです。にっこりされてもな、割と、雨で垂れてます。お花はキレイだな~、って思っていると、あ、あのハルジ落書きの不気味な姿が・・・お、実は、観音にメンチきってたんか~。9つの目でメンチ切られたらタジタジやで。壁に不気味な顔が、続きます。ああ・・・子沢山の人って大変だなー。でかいお手手に乗って、世界の果てまでいっちゃうの~。こんな気色悪い蛙に、賽銭が必要なんですか。でも、俺、本当は、カラオケ好きじゃないんだよ。さて、2時間に及ぶ見学会はここで終了、場所を移動だ。続きは毎日待て!三重近隣旅行 観音ワンダーランド1・津市 観音ワンダーランド2・津市 ルーブル美術館1・津市 ルーブル美術館2・津市 コケコッコー共和国(閉館) 飯高洞窟美術館(閉館)松坂市 虹の泉1松坂市飯高町 虹の泉2松坂市飯高町
2009.06.23
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まずは、蛙交響曲楽団に迎えられ、こける。「津」は、何を隠そう、日本で一番短い都市名どころか、唯一の一文字市町村である。そのくせ、私が思うに、「つぅ」と地元民も発音しているような気がするのだ。その辺りを確かめに、津に行ったといえば、全くの嘘だが、朝寝坊して、福岡に行く予定を急遽変更し、三重県に向かったのである。三重県なら、何を隠そう、超高級車でガソリンを撒き散らしながら、エコロジックに120キロの安定スピードで、無料の名阪道路をカットばすのであった。勿論、朝食は、車内の予定が、そんな余裕もなく、昨晩冷蔵庫で冷やしたカチコチに凍ったペットボトルの水を携えてである。ペットボトルの中の水は、何を隠そう水道水である。 それにしても、不覚にも、三重県の県庁所在地は、四日市と思っていたのである。産業の四日市、政治の津であり、ハイカラに言えば、ワシントンDCとニューヨークの関係のようなものである。そうでもないか。 まあ、そういう特殊相対性事情もあって、ようやく、目的の大観音、駐車場無料に辿りつくや、早速チャレンジコースである。その前に、まずは、すべての煩悩をここで、落としてから入ろう。そして、入り口へとズンズンと進みながら、山伏にメンチを切るりながら、対峙し、反目するのである。しかし、カラオケ地蔵をみたとき、この寺院、パチモノちゃうかという、悪い予感がしたが、既に、実は、蛙のときに、そう思っていたのである。入場すると、まずは、金塊を見せられた。なぞってくださいと書いていたので、一部切り取ってポケットに入れたのであった。先程は、蛙かと思いきや、今度は猫ですか。下駄はなんという意味でしょうか。謎は深まるばかりである。さて、まずは、四国88箇所行脚を一発でやってしまおうという趣向である。階段を登ると、メインの観音様がニョキと見えた。噂によると、33メートルてな感じである。反対側は、次回以降を待て!の博物館も見えるのであった。蟹歩きして、足に合わせて登山です。さて、足裏ツボマッサージに挑戦だ!世界一でかい数珠もありましたが、目の前で、係りのおばちゃんが見張っていたというか、説明に熱弁を揮ってくれたので写真の写真である。カメ、いきり立つ。何か、カラフルなものな毛のない蹴鞠を持ちながら、鬱陶しい邪鬼を踏み潰す。参道を歩いて先を急ぐが、私をおちょくるものが、ちょこちょこある。まるで香港の寺のようである。あまり、誰も、触れた気配がないのは、不思議です。やっとでたか、てな感じ。しかし、観音さんは、最近よくみてるから、ありがたみも減ってきている自分に気がついた。これは、水子供養らしいのですが、こんなに、沢山の着飾った子供たちに囲まれていては、一時の快楽のためだけに不幸を作ってはいけないと、自分を戒めるのであった。何の釜なのだか、分かりません。囲いするほど、大切な石に見えないのは、まだまだ私の信仰心が足りないということ。ほんまものの水晶なら、こんなでかいものでも、盗まれないように囲いは必要だと思います。盗まれると疑うなんて、まだまだ信仰心が足りません。さて、階段を上がります。さて、階段を下ります、あ、降りてはダメ?なんだ、あの気色悪いの?ハルジ氏が好きそうだ。なんじゃこりゃ~。9の目を持つという縁起の良い妖怪、白澤・・・ どうなってしまうんだ、俺、次回を待て!三重近隣旅行 観音ワンダーランド1・津市 観音ワンダーランド2・津市 ルーブル美術館1・津市 ルーブル美術館2・津市 コケコッコー共和国(閉館) 飯高洞窟美術館(閉館)松坂市 虹の泉1松坂市飯高町 虹の泉2松坂市飯高町
2009.06.22
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末は博士か大臣か。私はごく常識普通人だったので(今もそうなので)、そういうことは一度も言われたことは無いが、末は大富豪か、ということわざは、幸いにしてなかった。なかった幸福な無名時代であった。いったいノーベル賞を取る人材を生み出すシステムがどこに必要か。一億総中流、それが、底力であり、国の経済力、購買力、教育力である。一昔、やたら学歴不要とか、今でも、マスコミはそんなこといっているが、それじゃあ、階級社会や世襲社会とかのほうがいいのか、受験の無いように問題はあるにしても、どうやって頑張った人や、努力はどうなるのだろうか。今は、進学率も上がったので、学士様なんて言葉はないが、やはり国力や、犯罪を考えると、学力の低下は問題であり、国としては、ま、しゃあないな、落ちぶれた国としてほそぼそやってくか、とでも覚悟するつもりなんだろうかね。 しかし、ご存知の通り金融とか大企業のえらいさんは、大抵、高学歴である。なんだか、マスコミは故意に隠しているような感じさえする。今は、そんな理由もあるのか、成績の良い奴は、手に職のつく医学部を目指すようである。金持ちの親がいたら、高学歴になりやすいというのはあるが、それでも、東大でも親の年収が低いところでも、少し割合がアップしているそうだ。奨学金を充実させているらしいので。親が高学歴だと、やはり、才能だけではなく、勉強のやり方を知っていて教えてあげられるといこともあるのではないかと、最近思った。知り合いが、遊び的で語学学校に行っているのだが、大変真面目に、授業を受けるのだが、先生のいうことをすべて書き写そうかと思い、付いていけなかったり、ポイントを抑えたり、重要な部分を見つける能力というか、勉強方法を知らないがために、大変、効率が悪いというようなことを言っていた。頭が悪いのではなく、きっと、勉強方法を知らないのだろうなあ。テレビって、我々の親の世代は、ラジオや新聞からテレビに移行して行った時期であり、私自身も、白黒テレビをおぼろげに覚えている最後の世代かもしれないが、そういうこともあって、新聞社にもラジオ局にも入れない奴ガテレビ局に就職するというのが、昔のスタイルだったからかもしれないが、どこか、テレビを信用していない、時間が無いので、何でも二者択一で論じ、例えば食品偽造でも役人批判でも、仕方ないこと、制度的なこと、ほんまに悪いこと、個人的に問題があること、どうでもいいこと、などをいっしょくたにして○×をつけている。 それと、最近、チョイむかつくのは、おばかブームである。危険だ、勉強や運動できなくても、タレントできますよ、そんなのでクイズ番組でてどうするんですか。バラエティ番組は、フィンランドのように、なくてもいいよ。フィンランドでは、私も行った時にテレビ見たが、映画とか以外には、討論番組とかドキュメンタリーやニュースがメインで、教育力を挙げて、国力を挙げているのであろう。この国は、昔、ロシアやスエーデンに徹底的に苛められた歴史がる。小泉竹中売国奴ラインは、アメリカ型企業にしないと、外資を入れないと、貧富の差をつけないと頑張らない、日本的経営ではだめだ、とかいっていたが、今後も、日本がどうなっていくか、アメリカ大使館の要望書を読めばある程度方向性が分かる。まあ、それは、おいといて、差がついていると、頑張るのか、という小さな点をみてみたいのだが、収入が経営者と労働者の間に100倍とかの差があったら、普通どう思うのだろうか。よし、目指して頑張るぞ、という勉強家策略家世渡り上手人がどれだけいるのか、たいてい、やる気なくすのでは。勉強ももうしても仕方ないやろ、と子供は思うのではないか。少なくとも、俺の会社にバリバリの営業マンがきて、私の10倍の利益をあげて、収入が10倍なら、私はやる気なくす。(実際は、職種柄、2倍の利益を上げることも不可能ではあるが)少しの差が、インセンティブになるのだ。利益を1パーセント上げたら給与を1万円上げるというほうが、利益を10倍にあげたら1000万円やる、というより頑張るのが普通じゃねえか。イチローと同じだけヒット打てば100億円やるといわれても、やりもしないのである。そんなのができるのは、一部の金融だけである。それも、けっこう際どいことして。そういえば、笑っちゃったよね、欧州フィアットがデクノボーGMを救済した時、GMの社長のほうが、収入が格段に高かったので、フィアット社長困っちゃったって。欧米でそんな差があるのは、アメリカだけである。そういえば、インタビューでフィンランドのノキアの社長も、ああ、ボク社長になってなかったら、学校の先生になってたよ、って言ってたなあ。つまり、つまりになっていないが、一人のノーベル賞なんかださんでも、平均的に、高い教育、GDPがあげられていえばいいではないか。識字率が低ければ、ヤバイよ、ヤベエ。国民がある程度豊かで、購買力がそこそこないとヤベエヤベエ。技術力がないと安売りばかりではヤベエヨ。価格競争では、他国に負けるのである。その国の人がきて、日本、けっこう、ビンボーやなと思われると、ヤベエヤベエ。不況で、給与さげたら、更に購買力がなくなる。給料が、企業存続のどのくらいの割合なのか、簡単にいうと、トヨタもソニーもメーカーなら1割程度である。そこをいじってどうするの。企業の成長は、消費者が必要だ。て、か、もう、落ちぶれていく道を選んだのか、ニッポン。そういえば、失業率高くても、ヨーロッパはまだ豊かだなあ。福祉や失業手当が充実しているからだ。アメリカや日本では、クビになれば、そく生活危機である。将来不安である。福祉や労働者の厚遇なんて、何にもならない、と国や経営者は思っているが、経済を支えるんだよなあ。
2009.06.21
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今日は、三重県の一部にある、かの共和国との親善のために、というか、卵賭け食べに行ったといえば、愛嬌良すぎるか。最近、生卵において、ご飯を食べることが滅法減って、ほぼ20年ぐらい、生卵ご飯を常食していなかったように思う。玉子がまずくなったからか、危なくなったからか、生ものがだめになったのか。勿論、アジアや中国は、生卵、まず食べないね、危ないからなんだろうか。アメリカもあまり食べないのっじゃないか、ロッキー以外。そんな感じで、玉子おわわりし放題のたまごかけ食べて終わり。若い金髪のカップルや熟年夫婦も家族連れに含まれて食べてました。しかし、ここの共和国は、高速道路沿いでうるさいからなのか、大音量で、ムチャクチャ音痴な小学生の女の子が歌を叫んでいて、失笑します。ニワトリの大統領にハニカミ玉子をプレゼントされ、その地をあとにした。三重近隣旅行 観音ワンダーランド1・津市 観音ワンダーランド2・津市 ルーブル美術館1・津市 ルーブル美術館2・津市 コケコッコー共和国(閉館) 飯高洞窟美術館(閉館)松坂市 虹の泉1松坂市飯高町 虹の泉2松坂市飯高町
2009.06.20
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今日は、結構、歩きすぎて、しに書けなので、そろそろこの辺りで、ダウンとさせていただきます。
2009.06.19
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皆さん、定額給付金はきましたか。わざわざ振り込んだで、と案内まで来たよ。立派な景気対策だ。これで、景気は0.00000000000001パーセントぐらいアップするぐらいの誤差の範囲程度である。将来の俺の金である。振込みなので、ススーと確認もしないまま、どこかに、順調に利子チームに仲間入りだ。金利は、知らないが0.01パーセントあるとすれば、なんと、来年は12円もたまるぜ。還元の仕組みの分からないエコポイント使いましたか?家電と自動車業界がチョトだけ潤ったかなー。1000円のETC使いましたか?私の超高級車にはまだついてませんので、はやく高速道路ただにしてくださいな。休日の1000円よりも平日の業務用業者をただにするほうが先だっつううの。マッチポンプやで。 まあ、ここは、そういう国家謀略でもないのであるが、幼稚園の時は、「あやめぐみ」であった。決して極道の組ではない。そういうのもあって、チューリップよりもヒヤシンスよりも朝顔よりも、人生上、一番早く覚えた花の名前が、あやめ、である。 隠者の告白をしてしまうと、そのときの幼稚園の先生も、先生なりたて1年目で大変印象的な学級であり、感傷的な私であったようだ。私のことを豆博士と呼んでいたぐらいだから、若干5歳の私を博士と間違えていた節もあうくらいである。 幼稚園のときに、人をバッグで叩いたら先生に怒られた。先にあいつが叩いてきたからだ、というと、先生は、彼を叱っていた。 小学校1年のときに、人をバッグで叩いたら先生に怒られた。先にあいつが叩いてきたからだ、というと、先生は、我々2人を叱っていた。これが、大人になっていく一歩なのかと思った。あれから30年以上たつが、まだ、年賀状のやりとりはしている。コメントを毎年書くのだが、先生は、血に縛られたリーマンである私のことを、完全自由人と間違えているようである。
2009.06.18
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何を隠そう、何度か、書いたこともあるのだが、八王子には、仕事の都合上1年間ホテル住まいしたことがある。とはいいつつ、八王子は、何を隠そう10年ぶりぐらいなので、大変、懐かしい。と思いきや、まあ、八王子駅前も、陸橋とかができて、変わりましたわね。JR八王子駅から京王線八王子駅が、関西と同様、JRに媚びていなくて、JRの中に乗り入れることなく、少し離れているのであった。そして、北野街道の少し上にまでやってきた寺で気がついた。ここ、いっつも車で通ってたやんけ!この寺知ってるぞ。そういえば、薄い記憶を辿っていくと、そういえば、変な像がいくつかあったような気がしてきた。 しかも、何とも建替え中で、どうしたらいいんだ、あまり見ることができねえぜの雲龍寺。さすがに1年いて、結構、車でぐるぐる回ったので、結構、詳しいんだぜ。でも、ちょっと、なんだかな、の人生八王子だったんだぜ。ちなみに、おれは王子だぜ。
2009.06.17
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今、世界の情勢を揺さぶりかねないイランの大統領選挙があり、そうして、若者に人気のムサビはどうやら落選したようだ。 ホメイニの後を継いだ最高指導者ハメネイがイランのトップにあるが、結構、日和見である。おまけに、ホメニイに可愛がられていたムサビとは仲が悪かった。そういうのも、20年前の話である。私の行った頃であった。当時はイランイラク戦争中であったが、日本とイランの関係は、かなり特殊であったことは、当時、欧米諸国がイランに入国することはできずビザが下りなかったというのに、日本人だけが、相互ビザ免除協定で入ることができたのだ。そのせいで、数年後、ノービザで来れる日本に、イラン人が商売で大挙して「やってきたことは記憶に新しい。アメリカにもソ連にもイスラエルにも敵意ムキだしの当時のイランは、今もなのだが、西洋文化を徹底排除しようと、しており、入国の際には、徹底した荷物検査があり、西洋的なものは出国まで封印されるということを聞いていたが、その日、パキスタンから入ったら、何故だか荷物を開けられることがなかった。審査官の入国ノートを見ると、昨日、入国したガイコクジンは一人、今日は、私が始めてであった。そして、パキスタンとは全然違う、素晴らしい舗装の道をグイグイ進み、えらく豊かな国だという印象を受けて、それでも、やはり、町中には兵士と、そして負傷兵、乞食が多かった。乞食という言い方は良くないかもしれない、負傷して仕事がなくなったのかも知れない。人々は、コマメに町中の人々が彼らにお布施を与える姿を何度も何度も見た。知り合うのは、やはり、若者が多く、彼らは、口々に、アメリカの悪口をいいながらも、ジーンズに憧れ、コカコーラを飲みたがり、マロボーロを吸いたがった。私がノースリーブを着ていると、それは秘密警察に捕まって鞭打ちになるかもしれないから気をつけろ、とにこやかにいいながら、ホメイニを公然と批判しながら、パーレビの頃は良かったなんて言っていた。報道や雑誌を読むと、今のイランの若者も同じようなことを言っているようであり、30代以下が4分の3を占めることを考えれば、選挙でもしかすると、現政権批判開放路線の新大統領が生まれるのかと思ったが、そうはならなかった。しかし、投票率80パーセント以上で、倍の差をつけられたのは、確かにおかしい。当時、政権批判していた若者たちも、もう4,50代である。名前は、アリ君やモスタファ君ばかりであったなあ。イランの都市部では、女性も精一杯のお洒落で、黒いチャドルの足元はハイヒールだったり、ヘジャブ(スカーフ)を半分垂らしたり、カラフルだったり、とにかく、イラン人女性は、西方コーカソイドで西洋人と同じで、プラス東洋ぽくて、美人が多い。というか、顔立ちがはっきりしている。イランでは、イスラムの国では若い女性と話すのは不可能だ、という印象はあるかもしれないが、インドより簡単である。向こうのほうもガイコクジンが珍しくて、好奇心には勝てないようなのである。イランは、イスラムでも、少数派(といっても2大派のひとつである)スンニー派が多数を占める特殊な国だが、同時に、アラビア語ではなく、公用語はペルシア語である。まず最初に、知り合って挨拶して、聞かれることは、ペルシャ語は話せるかい?であった。ペルシアって言葉、我々にはノスタルジーがあるかというか、アケメネス朝やササン朝ペルシャというか、やっぱり戻るは高校の歴史の授業とクラッシク音楽のペルシア市場にて、か。文字はアラビア語と同じで右から左に書かれていくやつね。オレンジ、レモン、パジャマなどが、古くはペルシャ語語源である。考えれば、私が行ってから、2,3年後、貧乏旅行者でイランブームが起ったようだ。皆、イランの元ヒルトンや宮殿ホテルに泊まりたいということもあったのだ。二重経済ゆえ、闇両替と銀行公式レートの差が10倍あったのだ。そんな訳で、バスで12時間走って1ドル、ヒルトン(革命で接収されたのでヒルトンではないのだが、街の荷とはヒルトンといっていた)の宿泊料が5ドルであった。不思議なのは、メシを喰っうと、何故か3ドルとか5ドルぐらいかかるのであった。確かに、古都イスファーンで宮殿ホテルを5ドルで泊まったが、生まれて初めてルームサービスを頼んだ21歳の夏であった。バスタブも2ヶ月ぶりの風呂(シャワーはしてるからね)で真っ黒にした実績もある。イランからトルコへの国境の村で、ゆっくり茶を飲む(紅茶に、隣に出された角砂糖を齧りながら飲む)爺さんたちの隣に座り、何か、話している間に、記念にとシルバーの指輪を貰った。貰ったが無くした、ごめんね、爺。
2009.06.16
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知っているかい、インフルエンザで観光客激減の神戸で、各施設がただとか半額になっているということを。こりゃ、チャーンスとばかりに、仕事も遊びもそこそこに出かけるのが、私の極意である。 独白すると、自宅にビデオが入ってきたのは高校生になってからであり、中学まではもっぱら映画といえばテレビか見に行くしか手段がなかったのであった。年ばれるか、まあ、ばれてもええけどな。 そんな訳で、中学校時の映画通(どんなけ本数みているか)ってのは、どんなけ早く映画に目覚めたかと、どんなけ金持ってて映画館に行ったかである。勿論、当時は名作2本立て3本立てなんかをまだ映画館でやっていた時代である。チューボーの私にとって、街に繰り出すというのは、ジャージ関連のスポーツ用品を買いにいくか、医者に行くか、映画を見に行くかしかなかったのである。そんなある日の一こまで見に行ったのが、エーデルワイス、あれれ、なんだっけ、ああ、サウンドオブミュージックと、スティングの2本立てであった。Doe, a deer, a female deerRay, a drop of golden sunMe, a name I call myselFar, a long, long way to runSew, a needle pulling threadLa, a note to follow sewTea, I drink with jam and breadThat will bring us back to Do ・ ・中学校の私は、ドレミファソラチ~のチー?に驚愕したものであった。シじゃなく、チーって言っているぜ、本場では、と。そして、高校生という大人になり、チーではなくティーだったということを知って再度驚愕したどころか、なんだよラ!ソの次かよ! 時代背景も、ストーリーも知らず、へえ、ミュージカルって結構おもろいねんな、と気がついたチュウボーであり、そのあと、ウエストサイドストーリーを見て、内容なんてなくともミュージカルおもろいな、と確信犯になっていくのであった。 そして、ついでに言うと、というか、どちらかというと、ポールニューマンとロバートレッドフォードのほうが、中学生にとって、ジュリーアンドリュースより興味があったので(ホモではないけど)、スティングが私の中でのメインであった。帰って、いきなり冒頭のシーンのように、洗面台に氷を敷き詰め顔を洗ったぐらいである。まあ、そんな話は、どうでもいいとして、再度繰り返していうが、ご存知の通り、神戸市の水族館や博物館が、インフルエンザのおかげで、来場者激減、地震に続いて、頑張ろうぜ神戸、とにかくただとか、半額キャンペーンしているので、急いで、自分の庭に、仕事帰り早々に切り上げて、30分だけ寄って来たのである。寄ったはいいが、すべての施設が無料ではなかったのに気がついたのは、金を払うときになってからである。なっ、ナッチ。とにかく、俺の青いケシはどうなっておるのか、紺桔梗さん!とにかく、鬱陶しい奴らに復讐せねばならぬ俺が大切に育てているもの!まあ、そんな訳で、エーデルワイスよ。尼崎に生まれて神戸で育ったケーキ屋ちゃうで!つまり、カックンである。可憐に生きていこうや。
2009.06.15
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何だか、外国行ったら、母語なんだけど、「彼はきれいなフランス語話します」とか「彼女はきれいな英語を話します」と聞いたことは何度かあるけど、日本語を母語とする日本人で、「キレイな日本語話すよ、あいつは」っていうフレーズを聞いたことはないし、あいつきれいな日本語話す奴だなあ、ということを感じることもない。欧米が他民族が集まる国だから階級社会だからか、日本語が流動的すぎるのか、ムチャクチャなのか、そのあたりは分からないが、こだわるという意味も、やばいという意味も、意味が変わりつつある。もう、日本人でも宇宙人みたいなものなんだものなあ。日本語に関する本は、妹が日本語を勉強するなんてまた嘘八百ポンチ言ってたので、20冊ぐらい無料進呈したまま、ちっとも、読んだ気配もなさそうである。ってなことを今思い出した。私は、別に、特別に疲れているってわけではないとは思いながらも、5日連続電気つけっぱなしで寝てて朝方に気がついたということは、ちょい疲れているのか、と関係ないことを思いながら、そういえば、稲妻は、「いなづま」と書き、地面は「じめん」なのか、小学生の頃から不思議に思っていたが、ちょい調べてみると、指導要綱で、単体では意味を成さないもの、稲と妻、地と面だけではなんのことか分からない場合は、そうするという歯切れの悪いことを書かれていた。そうしても、例外が多すぎるような気もするし、意味をなすかなさないかは、よく分からないのである。小学生の頃といえば、4年の頃に習った、ローマ字、あれは今もあるんだろうなあ。何故、ああいうのがあるのか、よく分からないのだが、前島密とか、新井白石とか福沢諭吉とかが、日本語の書き文字をローマ字にせいや、せめて漢字制限せいや、と知識人がこぞって提唱してきた名残なんだろうか。このローマ字、考えれば、なかなか実用性のない、というか、後の英語教育には弊害になっちまうような感じになるというか、まあ、それはどうでもいいんだけど、まあ、ローマ字入力には役立っているけど。BOMBAY CAMBODIA PHNOMPENH NIPPOMBASHI・・・BやPの前の{ん}はMである。Hは、黙字。小学校4年2組では、私は、クラスで一番モテる女の子の隣に座っていた。ローマ字で三宮駅までの駅を書きなさいといわれ、彼女は、駅の順番を私に聞き、黒板に書くと、生徒たちが、駅の順番ちゃうやんけ、といった。彼女はムキになって、うるさい!といったものの、後から私に怒ることもなく、モジモジしていただけであった。もしかして、俺に気があるんではないかと思った次第であった。あ、この頃から妄想系か?そういえば、富国強兵の名残よろしく、未だに、国語だものなあ。授業は、日本語、じゃねえか?
2009.06.14
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不思議なことに、高校生の頃は、下宿して東京の大学に行こうということは、一度も思わなかった。大学に入ってから、東京(の)大学に行けばよかったなあ、と思うようになった。高校のときは、知らないところに行くのが嫌で、海外なんてまっぴらだぜ、と思うと同時に、親に迷惑かけてはいけないと思い、下宿なんて滅相も無いと思っていた、思っていたが、大学には順調に落第した。 考えてみれば、関西においてさえ、大学名は知っていても、大学がどこにあるのか、全然知らなかった、というか、東京なら山手線内側に大学が全部あるものだと思っていたのであった。学生時代に東京の大学に行ったのは、早稲田大学と東京大学だけだ。昨晩、家でボヤボヤしていると、隣の駅で飲んでまんねん、という大学の先輩たちの誘いがあり、ブラブラ顔を出してみることにした。4つ上の先輩Aは、キャセイパシフィック航空の親会社に勤めるのだが、いつの間にか、部門が買収統合なにやらを繰り返し、親会社がデンマークの企業になったらしい。船会社なのだが、ソマリアの海賊の件、特別に、巡洋艦が付いたといっていたが、実は、アメリカ軍の物資を運んでいたからだ、と国家機密的なことを聞いた。60歳近い大先輩は、統廃合を繰り返した、某ラテン語で共鳴するという意味の銀行から、2,3年前出向して社長しているが、うまく、時代に乗れたのかも知れないと自分でもしみじみおっしゃってた。55歳近い中先輩は、某関西私鉄の駅の中のキオスクを展開していたが、10数年前から、コンビニの進出により、総入れ替えされ、今は、唯一残った自社ビルの管理人をやっている。何も言わないが、どんなけ売り上げ減ったんかの。そういえば、知り合いに、親が残してくれた無借金のビルの管理人をしているという、名目で、毎日朝から晩までスポーツジムに行っている人がいる。年収は600万なので、贅沢しなければ、十分に生きていけるが、ムーン・・・の世界である。そうやって、働いてでも、ずっと同じところにいるというわけではないですよ、という話である、あれ、そんな話か?唯一、入ってから変わらん奴ガ後輩に一人来ていたのだが、某スーパードライを指揮したとされる社長の話は、社内ではタブーだそうである。単に、アルツハイマーになっちゃったという話なのにである。秘密だが、社内では、某住友銀行から出向して社長になったら、いきなりスーパードライが売れて、有名社長になってしまった棚から牡丹餅という評価もあるようである。
2009.06.13
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中央線国分駅に降り立った私は、すかさず、西武国分線に乗り換え、たった2駅である。駅を降り立ち、左に曲がると、電信柱に突き出し広告が出ている程メジャーというか、小平市挙げて気合と予算をぶち込んでいるフレアイなのであった。歩き続けること、10分弱。大賑わいというか、またここでも、大人が、ガキを連れてやってきているのである。ガイコクジンも来ているというのは、嘘である。通りがかりの西洋人であり、おそらく、その向こうの緑の森に行くのであろう。緑の森は、何を隠そう津田塾大学である。いくらタダだからと言って、いくら自分が行きたいからと言ってガキを出汁にして、見学に来るとは姑息な奴らよ。俺みたいに、素直な俺を出して、一人堂々孤高の人になってみなよ。まずは、たっぷり、江戸と下水についての歴史的勉強をさせられるのである。ペラペラな人よ。川柳までやらされるぐらいなのである。そういやよ、きみつくるひと、ぼくたべるひと、ていうコマーシャルが、女性団体から猛烈抗議を受け、放映中止になりましたな。絵に描いた人間に、ツルハシ掛けているだけじゃね?蟻地獄にはまって行くような人間模様に驚愕しました。さりげなく、こだいら、さりげなく急所見えない仕組みになってます。それにしても、「ふれあい」+「役所」=うんさんくさい。ですね。熱心に勉強するのは、私ぐらいで、子供もさすがに、あまり興味がないというか、最初だけ、わあといって、5秒で去っていくのココロであった。閉めても閉めても止まらない。どうせなら、入ってくる人にかけて欲しいものだ。ところで、受付嬢が一人だけおり、密かに来場者数を数えているようで、カチャっとボタンを押して数えた形跡を残した20代前半の育ちのよさそうな女性だったが、なんとなく、つまらなそうだった。つまらないというより、多分、暇なんだろう。さて遂に地下4階ぐらい最下階に辿り着いてしまったのである。防臭扉?・・・順調に悪い予感がする。うぐっ、と思ったが、まだ夏じゃない、きっと夏じゃない・・・うぐっ、と思ったが、まだ夏じゃない、きっと夏じゃないから臭くない・・・ようこそじゃねーよ・・・ゲー、グエー、と死にかけの蛙が鳴くような家族愛たっぷりの家族が嗚咽していたのは、体験コーナーの奥であった。オエー、クサー、しんだ!臭さが見えているというか、悪いガスが出ているんじゃねえか~、グボッ、死んだ。
2009.06.12
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年齢層は、結構ばらばらではあるが、さすがに2時間20分、若い女性は時計見るのソワソワ系になった。直視しているのは、私ぐらいであったが、監督が、黒澤監督の隠し砦なんかのカメラマンなので、結構、意味無く、素人的ナルシステックなところは気になったが、原作新田次郎先生がゆえ、小説を基本、読まない私も、新田次郎山岳小説は散々読んだことは、まあ秘密だ、とうか、のちに、藤原正彦が、サラリーマン時代の新田次郎(勿論、本名は藤原)が家に帰ってきて、「勝負だ勝負だ」と目を鬼にして、自分の部屋に篭り小説を書いていたということを言っていたことを思い出したのであった。というっか、主語と述語があってないんですけど・・・。 剣の雪渓を懐かしく思い出したのだが、剣については、おかんに先を越されており、というか、日本のすべての山はおかんに先を越されていると思うのだが、というか、普段山登り、もうできない危ない体になっているのだが、大学のとき、剣に行こうとしたら、おかんに、剣なら須磨の○○という喫茶店に行きなさい、マスターに話を聞きにいきなさいといわれて、何となく行ったのだが、山親父の話は、全く覚えていないのが現状だ。でも、映画見てたら、何となく、また登りたくなってきた・・・日帰りでどこか登れるかな・・・。 テレビは半分壊れているので大きな声ではいえないのだが、細マッチョゴリマッチョのコマーシャルがやたら気になる。もうやってないのか。踊ってしまうのだ。スマン。スマンといえば、いわなくてもだが、昔、昆虫採集セットで注射器を青、赤の液体を蝉や蝶に打って喜んでいたのだが、今はもう無いらしいね。注射器。注射器とか、液体注射する必要なんかなかったらしいね。商売上手な大人がいたものだ。競って、注射打ちたくて、昆虫、血眼になって探してたものなあ。 まあ、それは、いいとして、試写会の後、野菜食べ放題1000円程度のシャブシャブの店に行った。肉は、6枚ぐらいだが、俺は肉には興味はあまりないので、野菜を注力して食べたのだが、いかん、2日前もインド料理食べ放題で、食べ過ぎて、吐きそうになったのだ。栄養第一主義といえば聞こえがいいが、こういうときに、元を取ろうとする根性が腐っているというか、飲み放題でしか、元は取れないシステムになっているのであった、私の胃袋は。但し、バイキングや寿司食べ放題で元をとる方法は知っている。一番高いものだけを何度も食べるのだ。ローストビーフとかトロとかだ。回転寿司が郊外にある大きな理由はそれだ。ガキというかファミリーを狙っているのだ、ビジネス街にあれば、リーマンが皆、トロばかり食うじゃねーかーよー。勿論、いろいろ食べられて満足ということではなく、厳密に原価としての問題であるが。だから、バイキングで元を取るのは、楽しいものではないということを中年になって発見したというか、理屈では幼年の頃からわかってたんだけど。いや、幼年にそんなもの食べたことないわ。キッズプラザ大阪は俺の中の認定珍スポットなのだが、まだ、子供ができないので、一人で行けない状態である。子供を出汁にかも不ラージして行きたい所が沢山あるのだが、そこは大人の矜持というか。結構、がんばって行っているけどよ。残念、行こうと思ってたのに。試写会は、初めて行ったが、なんでもありーな・・こけたわ・・・そのセンス、死んだ。
2009.06.11
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私の私施設の薬用植物園の一角に、監視カメラ有刺鉄線付2重柵のコーナーが異彩を放っている。誰かに、盗まれると困るからだ。それに、私は関西に普段は住居を構えており、関東の小平市には、そんなに易々と行く訳にはいかないのである。あれは、なんだ、なんだ、なんだ~あれは、ハカマオニゲシ、または、イラニアンポピー~。ちなみに先程、鉄柵に黄○をしたが、人物にも○をしていたと思うのだが、この老人夫婦と若者カップルが、やたら、ケシケシケシ、これもポピー、あれもポピーと五月蝿いのだ。まるで知ったかブリであった、が、まさかのやったかぶり、中毒者ぶりというそぶりは見せなかった。私も詳しいことは知らないけど、このポピーを切り取ると、ドローっとした液体がでてきて、まあ、それは、生アヘンであり、もるひね抽出してそれを化合したらよ、アヘンというか日本語でいえばオピウムになり、まあそれを精製したらヘロインになって、まあ、なんていうの、ナンバー4といって4回ぐらい精製して、真っ白になった奴ガ、こりゃイマワノキヨシローの、キモチイーみたいになるらしいよ。イ、イ、イ、キモチイー、オンアトネテイルヤツヨリ、ションベンシテイルヤツヨリ~って歌あんじゃん。よく知らないよ。まあ、オーガズムを体全体がセイキじょうたいになって、細胞単位でイッチマッテルって感じらしいよ。まあだから、セクスを初め、何もやる必要がないってことなんだねえ・・・。って聞いたけど。但し、快楽の先取りだからね、後でシラネーヨ、でもそれは、死ぬまでやってたらいいんだろうけど、ってことだよね。あ、禁断症状は、サブイボの嵐になるから、コールドターキーっていうよね、あ、ジョンレノンの曲にある?あ、あれあれ。ちなみに、精製不十分なのが、ブラウンシュガーね、あ、ストーンズの曲にある?あ、あれあれ。あ、よくしらねーよ。これは、なんだ、なんだ、なんだ~これは、あ、あ、あ、「あ」、なんだ~ああ、これも、私、知らないものだった~。でも成分がいまいちで、放浪さんには何の興味もないものです。放浪さんは、こっちの私の倉庫には興味があるようです。
2009.06.10
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あまり大きな声では言えませんが、西武東大和駅前に私の植物園があります。死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死んじまえ黄色いブタめをやっつけろ金で心を汚してしまえ死ねアー 死ねウー 死ね死ね日本人は邪魔っけだ黄色い日本ぶっつぶせ死ね死ね死ね 死ね死ね死ね世界の地図から消しちまえ 死ね死ね死ね死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね 死ね死ね死ね広大な薬用植物園の敷地内で、このコーナーにのみ、うろうろ熱心に研究を重ねるのは、植物好きおばあちゃんおじちゃん、カメラおっさんとは一線を画し、異彩を放つ、若い一人組の男が2人であった。一人は、何を隠そう私であるが、もう一人も、赤いTシャツを着た、どうみても、薬物好き好き系の風貌を見せた奴で、何だか、熱心に、説明を読んでいるが、私は熱心に写真にも収めているのである。彼も、誰かを殺したいという気はなさそうな優しそうな奴、ではあるが、何故か、チラチラと私を意識している模様なのである。おい、同士じゃないからな。そう思いながら、ダラダラ熱心系の私であった。そこにおばちゃん3人組がやってきたが、キャア、これで旦那殺そうかしら、晩御飯に混ぜようかしら、なんて笑いながら観察していたのだが、その中の一人は、思いつめるように食い入るように見ていたのであった。こういう人が怖いんだよ!世の中の旦那さん!子供の頃、山によく入って、ウルシに負けて、肌がブツブツ、カイカイになって腫れた。それでも顔や手足がブツブツで真っ赤に腫れたまま学校に行ったら、ご学友を恐怖のどん底に落とし入れたものであった。俺は、肌が弱いんだ!こういうのが、一番怖かったりしてよ。
2009.06.09
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6感あるか。どうなんだ、宮城県北部は、大崎市にやってきた。多分、現在社会において、感覚を養う修練の場所かと思われる。まずは、風の声を聞けって感じからスタートだ。耳を当てろというのに、口を当てて、大声で叫んでいるガキもたまにはいる。まずは、トイレで緊張をほぐしてからのスタートだ。無理だった一人で乗るのは。音楽は、まあ、知らない子とセッションはできた。セッションしなくても、まあ、一人でも音は鳴らせるか。まずは、真っ暗な部屋を壁伝いに歩けってさ。いろんなものに触るからってさ。真っ暗な部屋で、出口は分かったよ。次の部屋も暗いが、モノに触ると、その力によって、光るというシステムだ。或いは、その力によって、光の色が変わるというシステムだ。次の部屋は、係員の方が見張っているので、何だかやりにくい部屋である。柱の穴に顔を突っ込んでいろいろにおいを嗅いでみようという趣向である。宇宙船のような部屋に入ると、色が変わったり、足踏みすると響いたりする部屋であり、ケミカル系である。いずれにせよ、子供が来るとなんとなくやりにくいのである。光の影が流れる部屋でぼーっとしていなさいといわれるのである。飛び道具なしでだよ。プールに注がれる光の反射を楽しめ!って趣向である。天井も見とけや。まあそんな感じで、終わり。とおもいきや、最後に鏡の国のアリス部屋。(僕の彼女ではありません。顔が半分見えてる男性の彼女です)ああ、感覚が研ぎ澄まされるぅフラフラしてたら2時間もつミュージアムだね
2009.06.08
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私は、大観光地聖地である永平寺、ではなく中尊寺は、時間の関係上、割愛し、ここは、平泉の文化を紹介したいと思ふ。何せ、建物自体が、昔の役所なのか、大変、古く、建物が死に掛け。大食堂まで併設されており、春の遠足冠垢で来ている高校生ご一行がメシを食っていたが、こんなぼろっちいところで喰うのかよー、他にも新しいところきれいなところいっぱいあるじゃねーかよー、でも安いんだよきっと、などという叫び声が聞こえてくる。微笑ましい光景である。食事中、外で立たされているような放浪さんのような子はいなかった。 昭和43年に出来、そのまま、配置もなにも換えていないという由緒ある、一度行ったら、100年後もう一度きても、前にも見たよ~って感じの一回限りポンチを狙った博物館なのかも知れない。広大な展示室1階2階には、そのため大変大賑わいで、私以外は、何度数えても0人であった。静寂である。道路を挟めば、観光客でごった返しているというのに、この静寂さは、さすがである。何せ、看板には、日本一の学術観光である。目指せ日本の観光地を自称している私も、「学術観光」という言葉は初耳なのである。大変勉強になったというか、今後、私のココロの中に新しいジャンルのものが入れられる予感が、まあ、しないのであった。義経や弁慶のありがたい言葉もあるのである。入場料は、310円で、受付の方もおしとやかである。そんな訳で、義経が歩いた国の石を集めたそうです。うーん。いいねえ。館内はレトロな感じで少し嬉しくなってくるのである。思わず、学術と観光を兼ねている気分になってきたほどだ。新渡戸先生を見習う気持ちになりながら、会館を辞する。それにしても、俺のオカンも石、集めとるんよ。石に「1992.6.9 立山」とか書いておるんよ。きっと、石というもの、鉱物でもない限り、その人にしか役に立たないものなのだろう。あと、おかんに貰って、何故か残っているものといえば、今は懐かしいテレホンカードである。「富士山に登ったことを証明します。○年○月○日」と印刷されており、測候所と火口が映し出されている。イタルノナカも笑ってしまうだろう。
2009.06.07
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よくよく考えたらというより、考える前に、大学まで、数学や英語や社会を勉強してきたが、宗教的なものは、大学でキリスト教はあったとしても、論理的でない、目に見えないもの呪い術的なもの精神的なものについては、疑似科学的なものに対する、勉強までとはいかなくても、啓蒙や警告ってものもなかったではないか。そんな訳で、低俗テレビの情報の垂れ流しである。テレビ局は恥ずかしくないのだろうかねえ。私の場合は、献金するお金もなかったし、非常に興味を持ちつつも、もっぱら書物とかでしか吸収せず、まあ、せいぜい、インドやチベットに行ってみて感じることぐらいであった。お金を払うぐらいなら、願い敵わなくてもいいよ、という感じだったので、基本、今でも、元気に権威ある神社や寺に行くが、賽銭は入れないのである。生きるのが面倒な割には、面倒な過程や、面倒な教えを無視して、手っ取り早く癒されたいとか楽になりたいというのは、あまり思わないのである。多分、手っ取り早いものは、手っ取り早くまたしんどくなるからである、麻薬はやってないけど、同じようなものだ。耐性がついてくるし。 そういえば、マックスウエバーがプロテスタントと資本主義のことを短い本に、そうかなあ、ほんまかいな、とは思いつつ、プロテスタントとそれまでのカトリックとの経済的なところでの違いは、まあ、カトリックは、昔の江戸っ子のように、今日稼いだ金は今日使っちまう、というキップの良さというか、金を貯めるのは悪徳とうか醜いというか、金持ちは豪勢にえらそぶって当たり前というか、ケチは恥というか、宗教施設に金を注げや、って感じだったが、プロテスタントは職業に励んで禁欲的に生活して、資本を蓄積せいや、労働意欲を持てや、っていうようなことを推し勧めたので、その意欲や蓄積で経済的に成功していくのも、宗教的には善だよ、っていう倫理になってったという訳である。宗教的な救済が富とは別のところにある仏教とか何かは確かに経済との親和性は薄いのだろう。なんていうか、そういう意味では、シク教徒とかジャイナ教とか儒教華僑とか近江商人とか似ているのか・・・。関係ないけど、近江商人って、現存するものに三越大丸高島屋とか丸紅伊藤忠とかあるけど、滋賀に生産本拠地を持っているのは東レぐらいなのか。おお、癒しの話だったわ。癒しは、いったいどこで求めたらいいのですか。法律的には、推進も規制もないし。まあ、ええわ。
2009.06.06
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花木さんが永平寺を中尊寺と間違えて岩手県に行くという噂を聞いたので、ここで、このページを借りて、密かに、名所景勝を紹介しておくのであります。いてーよ!
2009.06.05
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何を隠そう、高校生のときは陸上部だったので、それなりの予選落ちの記憶がある。800メートル2分5秒。1500メートル4分19秒。5000メートル16分10秒。息を止めるのが3分30秒。潜水50メートル。一番高い朝食2500円。不眠48時間。アテネ朝→夕方飛行機→パキスタンカラチ12時間ストップオーバー観光→バンコク夜中着朝まで泥棒が居て空港で徹夜。昼間大使館2つ回り、夕方気を失うが、すぐ夜行列車。ビンタン島→船2泊→スマトラ島ペカンバル→夜行バス→パダン→夜行バス2泊→ジャワ島ジャカルタ→夜行バス→スマラン→夜行バス→ウノソボ。宿泊なしの連続移動6泊7日。テスト100点。43点。90点以上しか高校定期テストの数学で取ったことが無いのに、1度だけ何故だか43点。17匹。1日に捕った亀の数。5リットル。一晩で飲んだワイン。123キロ。ママチャリで1日漕ぎ続けて進んだ距離。913点。心斎橋ワタルの兄が共通一次大学受験で取った点数。65時間。列車に乗り続けた時間。オール3。小学校3年生の時の成績。16時間。健康な時の連続睡眠。35。ボーイスカウトに所属していたときの団。
2009.06.04
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何を隠そう、地図勝手に検定80点を自負するトイモイ研修生なのであるが、岩手県平泉町にあるのが、中尊寺なのだ。何を隠そう、ゆめやかた、奥州藤原歴史物語館に行こうとしたら、隣が、中尊寺だったのだ。実は、その前にも付箋があったのだ。高速道路に、中尊寺と案内があったのだが、それでも、なお、本場中尊寺は、日光にあると思っていたし、中禅寺湖は2004年に行っているのであった。まったくの、同じ名前の寺もあるのだなあ、と思っていただけだったのであった。何を隠そう、そこに中尊寺はあり、来て、見て、初めてカエサル調に理解したのであった。ボロ負けだけど。何を隠そう、中尊寺といえば、バブル時代の漫画家、故ゆつこさんである。勿論、ここ中尊寺から名前を取っているのである。何を隠そう、前日、大学のご学友及び大学の大先輩及び大学の奴隷一味と集合して、しこたま飲んだのであるが、集合7時というのに、皆さん、私以外は、順調に遅れず集合するどころか、暇なので数人は6時から飲んでいたぐらいであるから、仕事yとっぽどないの不況を思い起こさせる微笑ましい金曜日の平日の、の夜であった。あったと、いうか、その中での話題の一環として、「もう蝋人形は勘弁してくれ」という重要な意見を聞きつつ確かに承りました!といいつつも、翌日、既に、歴史を学ぶために蝋人形館に入っていってしまっていることは、彼らには秘密である。それに、その恰好のエキセントリックな、奥州藤原歴史物語館、どんどん、人が入っていくのである。それも、おばちゃんやおじちゃんが中心である。遂に、もしかして、蝋人形大ブレイク、なのか?と思ったら、そこは団体旅行向けレストランを兼ねており、団体客がドンドン入っていくのである。しかし、食堂に入らず、右に入っていくのは、何を隠そう、私だけなのである。入場料を遠慮なく払うのも、結構、私だけなのである。そして、入場中、大人気すぎて、他人というか人形は100体以上見たが、生身の人間は1人しか見なかったのである。それも、若い女性一人である。何を隠そう、私は、その女性をものともせず、順調に説明文を読みながら、写真を激写していくのであったが、その速度は滅法速く、写真は200分の1秒ぐらいで撮り、説明文は速読斜め読みで10数秒でかっとばしていくので、その女性を抜かしていったのだが、抜かした瞬間から後ろについてくるのである。私は、その女性が話したがっているのを背後で感じながら、一応、恥じらいを持ちながらも無視していたのであるが、もしかすると、大人気知的行き方ブログ、トイモエ日記の読者ではないかと考えるのであった。何を隠そう、日本にも1億3000万人弱の人口を有しており、今後、順調に人口減していくとしても、何か変なところに行って見たい、探してみたい、見てみたいという誠実で探究心旺盛な青年少女中年老人壮年オランダ人などは、少なく見積もっても1300人はいるのである。ましてや、グーグルで珍スポとだけ検索しても出てこないが、県名やエリアを入れると、トイモエ青春日記が1ページ目に表示されてしまうこともあるのである。何を隠そう、そんな中で、彼女が、私の日記を参照し、人知れず、恋焦がれ始めているのでは・・・と思うと、もう彼女はいなかった。しかし、なかなか、リアルなのも、是読んで、ウムとうなづく私であった。(閉店)
2009.06.03
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ハルジ氏の指摘どおり、船の漕ぎ方を題材にしたかったが、日中、会社で懸命に船を漕いでいて、その間意識不明状態なので、書けないのであった。日蓮宗の過激派に共感した生涯独身道程の男、宮沢賢治については、作品は、子供の頃に何冊か読んだだけで、実は、詳しくは知らない。それに、クラムボンとか、注文の多い料理店とかぐらいしか、内容は覚えていないという事実もある。それでも、絶大な人気を誇る童話作家の真髄を知るために、わざわざ、彼の亡くなった年齢とさほど変わらぬ私が探索するのであった。 日本では、ほとほと、中年男性が一人で、ブラブラ出かけるところが、年寄り臭いところ以外はないのである。面白おかしい滑稽なところは、変にガキに媚びて、子連れか、ちょっと幼い系のカップルしかいないのである。しかし、他人の目が厳しいといって、あくなき挑戦を中断させる訳にはいかないのである。何のために?世の小遣いも少ない子育て大変なトウサンや、嫁に苛められて小遣い少ない大変な旦那や、収入が少なくて小遣いがさらさらない若者や、旅行なんかに興味が無い大勢の男性諸君のためにである、という大義名分を背負ってなければならないとは、涙チョチョギレル物語である。本来は、遠野の物語、柳田國男コースだったのだが、どう考えても、遠野は遠く、ここは、いっちょ、急遽断念して、花巻の宮沢賢治コースでどうだ!ってところだ。近くには新渡戸稲造5000円様記念館もあるのだが、私の心は、まだ武士道に達していないので、これは、まだ行く時期ではないとヒシヒシと感じるのであった。このブシドーの内容が、海外で多く読まれ、(というか、英文でもともと書かれたので、)日本のブシドーちゅうのが、こういうものだと、ガイコクジンが間違えるようになったのである。いや、当時は間違えていなかったのかも知れないが、未だに、ブシドーを日本人の心にあると勘違いしているガイコクジンの方々も多いのではないかと危惧するのであった。 それにしても、頑張れ、中年ノマド!なのである。仕方ないので、童話の森、宮沢の世界に入っていくのであった、しか入場料払って、である。銀河の部屋に入ると、これが、宮沢の銀河感なのか?飛んでるのか?というスコブル真面目な印象。次は何の部屋か、よく分からなかった。そして、クッション原色昆虫の部屋。これが、宮沢のブヨブヨ感なのか?ここと似ている感じもするわ。次は何の部屋か、やはりよく分からなかった。味わって読むべきか、すっとばすか、写真撮るだけにしとくべきか。次は何の部屋か、やはりやはりよく分からなかった。次は何の部屋か、やはりやはりやはりよく分からなかった。味わって読むべきか、すっとばすか、写真撮るだけにしとくべきか。実践すべきか。さて、食べられに行くか。
2009.06.02
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訳あって、地方空港にも何かと行く私なのであるが、ガランとしていることも多い。乗客の多くは年配の団体旅行のような方々で、中年で人生半分終わっているような私でも、飛行機の中では若造である。若い子がいるのは、沖縄便か新千歳便、そして、ビジネスパーソンと若者がいるのは、東京大阪便ぐらいだ。あと、3番目に輸送が多い福岡便か。日本は無策、我が県(村)にも空港をって感じで、100キロ離れていないのに空港作っては、赤字垂れ流しにしている。都道府県の倍以上の100近くも無意味空港があるのであり、国は、個別の空港の赤字黒字を隠している。空港会社などの調査によると、黒字の可能性が高いのは東京大阪札幌ぐらいだという。福岡もスゴイ発着数ではあるが、何せ、米軍払い下げの空港、昔の地権者が多く、その借地料の支払いがバカにならないほど多いのだという。 それよか、韓国インチョン、世界最大の空港を2年前に造ったタイのスワナントカ空港、そして、シンガポールのチャンギに香港、上海、と数多くのハブ空港ができて、いったい全体、取り残されようとしている日本。羽田空港の滑走路延長による再国際空港化が急務で、利用者も空港会社も外国もそう思っているのに、役人と一部政治家のみが、成田が国際、羽田が国内を、何を根拠になのか、権限を守るためなのか(何の権限?)分からないが、これにこだわっている。海外にとっても、JALANAにとっても、魅力があるのは、はっきりいって、東京だけなのだ。成田への乗り入れは、今の倍の空港会社が順番待ちをしているぐらいである。羽田も、チャーター便と称した定期便が、近隣アジアを飛んでいる。わけの分からない規制、つまり、羽田から一番遠い石垣島の範囲内なら海外も飛んでいいよ、ということで、上海や香港韓国台北などに、羽田から行け、これが非常に便利なのである。成田は貨物専用、羽田は国内国際線にすれば、すごい便利になり、世界に対抗できるのに、である。それが無理なら、成田と横田基地の交換をして欲しいものだ。或いは、成田、実は、ヒースローロンドン国際空港と規模は変わらないのに、発着は半分なのだ。効率をよくすれば(小さい飛行機は成田に2本ある短い滑走路に、ということさえ、行われていないのだ。)かなり飛ばせるのだ。逸れも無理というのなら、成田羽田の間にこそ、リニアモーターカーをとおせ、って感じである。15分でいけるぞ。(前に上海の新空港に行ったけど、空港から市内まで35キロだったかな、離れているのに、リニアモーターカーで7分である。) さて、そういって、文句はつきないのであるが、何といっても、地元の沈み行く空港、関空と伊丹、神戸空港の話をしようではないか、ってもう何回もしとるっていうねん。何セ、土建関係で生まれた関空、その建築費のために、世界一発着料金が高い。2年前に、2つ目の滑走路ができて、さああてこれからだぜ、ブイブイいわすぜ、なんていって息巻いたが、何セ、関西経済地盤沈下で、本社はどんどん東京に行き、国際便を利用して仕事をするようなビジネスマンがいなくなっちまったよお、って感じの関西である。といっても関西圏の経済圏は、世界の小国以上の経済力というのである。2本目の滑走路ができて、これからはハブ空港を目指すといっていたのに、いつの間にか、貨物便のハブ空港を目指す!に変わってしまったが、先程の話に戻すと、空港会社というのは、実は、ファーストとビジネスの客が埋まればエコノミーに乗客が0人でも採算が取れるぐらいなのである。逆にファーストビジネスからがらでエコノミーが満席でも、航空会社にはあまりメリットがないどころか、下手したら満席赤字である。LLCのように、メシ有料、サービス一切なしにするかである。とはいっても、関空も何とかピアノ設計の空港は、ハブ空港らしい、ワンルーフの素晴らしい空港になっているのである。タイの空港と同じだよ。サワなんとか空港初めて行ったとき、関空にちょっと似てるなと思ったぐらいである。そもそも、伊丹から関空に移転する必要はなかったし、伊丹が反対していたのは、はっきりいってコンコルドである。なんだかんだいって、2年ほど前から、ジャンボまで伊丹に発着できなくなってしまったが、何故なのか不明である。ところで、ルクセンブルクというベネルクス3国の山の中である小国でありながら金融都市国家である国があるが、ここの貨物の取り扱いが、国をあげてのやり方で、世界4位である(私もまだ行ったことはないが、虎視眈々と3時間ぐらいは、滞在したいと狙っている国である)。関空はこの国との就航を逃した。開港当時は、ありとあらゆる空港会社がやってきて、こんな小国、といって蹴ったのである、蹴ってしかたなく、福井の小松空港に貨物便を受け入れたのであるが、今や、日本一の棚から牡丹餅空港が小松空港である。ヨーロッパからの荷物は小松にやってくるのである。思い出せば、開港の頃、ヨーロッパ便やアメリカ便、関空からどんなけでとったか。今はもうヨーロッパでは、パリ、ヘルシンキ、アムス、フランク、ときどきローマぐらいだ・・・アメリカもハワイと、ロスサンフランの西海岸のみ・・・。関空からロンドンやニューヨークに直行で行ったんだけどなあ・・・とにかく、ガンは国交省だ。あかん、神戸の文句もいいたいのであるが、もう紙面の都合上終わりである、それでは、みなさん、さよならさよならサヨナラ、キーン!
2009.06.01
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