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「武士道というは死ぬことと見つけたり」で有名ですが、三島由紀夫はこれを生きることへの方便であることを喝破しました。武士として、男としての判断基準を死としたのです。生きることに執着すると、見苦しい生き様になります。あれこれ苦悩し策を労するなら、死んで良しと割り切りそこからものを見よと言うのです。今私たちは死と言うものに無頓着になって来たようです。こんなに命が軽くなった時代ってあったのでしょうか。全ての判断基準が、最大の価値が命であった時代は何処に…。生きているのは当り前でしょうか。明日、今日と同じように目覚めると言うのは誰が決めたのでしょう。平均寿命とは必ず生きられる年齢ではありません。明日も生きていると云う保証は誰にもないのです。全て幻影であり、思い込みです。今しか無いのです。死をもっと重く自分に置き換えて生きたいものです。武術も修行はとても長いのですが、今の積み重ねです。今、生きていて出来ることをやる。もっと貪欲に見て感じ取っていきたいと思います。
Sep 29, 2006
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大股で闊歩する人、小さく歩く人、左右にぶれる人、上下にぶれる人。いろいろな方がいますが、多くはあまり考えずに歩いているのが実態でしょう。でも、その立ち方や歩き方で骨盤が外に開いたりして身体に悪影響を及ぼすこともあるようです。実は、今のような我々の歩き方は、明治維新の頃にフランス等の軍隊から取り入れたものです。行進に都合の良い歩き方なのです。それまでの日本には、今ようなの歩き方はありませんでした。日本人に行進を教えるのは一苦労だったそうです。今、若い人が浴衣や着物ですぐに着崩れを起こすのは、着慣れないせいもありますが、西洋の歩き方だからです。俗に言われるナンバ歩きとは違って、日本人はあまり腕を振って歩くと言うことはしなかったようです。膝行もさることながら、日本人は手の位置や所作を大事にします。能や日舞にも見られるように、動かない美しさやそこにあるべくしてあるような機能を大切にします。動き方や歩き方もその国の文化なのです。武術を始めて体験した時は、その動きに違和感があります。日常とは違った筋肉の痛み、違った疲れを感じますよね。それは日常の動作が、日本人にあった生活の動きではなく、西洋風の歩き方や椅子での生活などに馴染んでしまって、あたかもそれが人間としての動きであると思い込んでしまっているためではないでしょうか。武術を志す者としては、その日常の動きを否定することから始めねばならないのだと思います。もとより先人の動きは、西洋文化での動き以前の動きなのですから…。
Sep 27, 2006
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立ち技で基本技をやりますと、皆さん押し崩すのを引っ張るような妙な格好になる傾向があります。後の足を使えずに、腕を置き去りにして脚を踏み出し後の足を前に引っ張るようなしぐさです。これはいかんと同じ技を座り技にて行います。案の定動けません。かくして座り技はありがたいものです。みなさんやっと自分の身体の動きが違っているのを確認できるわけです。が、膝行でまた行き止まります。いつも稽古の前にやっている膝行はなんなのか…。良いのです。違っているのが分かれば。膝行は後の踵で前の足の踵を当てるように素早く引き付けます。そうすれば相手の下敷きになることは無いのです。じゃ無いと怪我をしますよ。そこはこうです。…嗚呼、足首の痛いのを忘れていました。今日は足がパンパンです。でも、なんとか良くなっている感じがしてきました。病院で自力で治しますと言った手前、リハビリ的な稽古スタイルをと思いながら、つい忘れていつものように余計に動いてしまいます。
Sep 25, 2006
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今朝、バスの運転手が二人と思ったら、見習い期間だったのでしょう。若い方と年配の方。若い運転手君ははっきりとした口調で「次は○○です」「発車します、お気を付け下さい」などとマイクで告げていました。新鮮で心地よい感じでした。どうしてそれが、慣れるにつれて何を云っているのか分からない(分からないように云うなら云わない方がまし)とか、やたら横柄な言動とかになって行くのでしょう。私達も長年同じ基本の動きに慣れきってしまうと、動きや技がなおざりになってしまいます。それを動きの質が高まっていると勝手に自分で解釈していると、修正できない深みにはまっていきます。自分に警鐘!です。
Sep 21, 2006
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PCに慣れれば慣れるほど漢字を忘れて行きますよね。脳年齢テストなんかやった日にはもう・・・。みんなバカになっているのです。(バカにさせられているのです)漢字が書けなくなる理由は簡単です。PCの普及によって文字を各作業が無くなったからです。…プラス老化(T_T)キーボードで文字を書いているつもりでも、作業は「書く」のではなく「打つ」なのです。日本の文字はなぞらないと書けないのです。本離れが起きています。それを知って本は読むから見るに転じています。お母さんの横で声を出して読む姿はもう無いでしょう。計算は電卓がやってくれます・・・。これでまで優秀とされていた日本人の頭脳は既に無く、かつてのイメージが日本人の中に宿っているだけなのです。いま尚、更に退化しているのです。問題は大人もさることながら子供たちです。インドの子供たちの九九は二桁×二桁だと言うのに、日本の子供たちの学力はガタ落ちで九九も出来ない子もいるとか。これはもう政治家・教育者が揃って、誰かの思惑をもって日本をダメにしているとしか思えません。日本の学業は古来より「読み書きそろばん」と言われてきました。良いことは捨ててはなりません。もう一度、日本の教育、体育、食育を見直さなければならない時期に来ていると思います。体育における、戦後のスポーツ一辺倒のあり方も含めて・・・。
Sep 19, 2006
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武術は盗むもの。見習の話は以前しましたが、師の一挙手一動作を見逃さないぞと見る目が必要です。師は教えます。教え方は違うでしょうが教えてくれます。但し、熱意の無い者、教えてくれるのが当り前と思っている者には教えないでしょう。自分で身体に染み込ませてなんぼの世界です。本人がしない限り親兄弟と言えどもその技を染み込ませることは出来ないのです。そして、示されても何のことかさっぱり理解できなくても耳をそばだてましょう。その時解らなくても良いのです。やがてそうだったのか、そう云う意味だったのかと自分で気が付く時が来ます。それが成長です。「赤ん坊にステーキはムリなのです」早く本当の美味しいステーキを味わいたいものですね。私は美味しさを味わう前に老人食になりそうです。そうならないよう先ずは「心構え」が大切ですね。
Sep 15, 2006
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34度とか!私達の道場は即屋根なので寒さ暑さにはとても敏感です。足の痛さは温かいほうが良いのですが、なんと昨日明け方痛さに飛び起きました。それも足首ではなく、ふくらはぎ一帯が痛み動けません。9時を待って病院へ行きましたが、肉離れは無いようなので塗り薬と痛み止めを貰いましたが、今日は全然治らないまま歩くのがやっとで稽古へ…。皆さんに悪いなと思いながら、息子に基本の動きをやってもらい、技の説明と稽古技を告げているうちに身体がむずむずし、そこはこうですと言っているうちに少しずつ動けるようになり、やって見せられるようになりました(不思議)。 他道場から来てくれた方にも何とか満足して戴けたようです。そして今は再び歩けないままくるぶしを冷やし、ふくらはぎを暖めるという不思議な格好でPCにイザリ寄って日記を書いています。
Sep 10, 2006
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やはり日本刀は良いですね。先日、気が向いたときふらっと訪れる刀剣店に寄りました。千速一樂さのブログでいつも出てくる日本刀。木刀の時にも出てきましたね。武術をやっている者にとって剣の話題は当然ですが、いつも手にすることは出来ません。いつもは国宝、重文などなのでただ見ているだけ、刀剣店では拵えがありませんので手にとっても波紋などを見るだけです。今回は、他所で展示即売会が合ったためあまり残っていませんでしたが、拵えの付いたものを手に取らせて貰いました。ううん、やはり良いです。思わず店内で正眼に構えてみました。二尺四寸、うんうん良いぞ。…振りたい!がまんがまんで帰ってきました。(笑)
Sep 9, 2006
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先日の出稽古で二段の方が熱心だったので、手を取らせていろいろやって見せていました。入り身の話題が出たので、側面入り身投げを柔かく使って見ましたら、畳に仰向けのまま「あれれ?何で自分は倒れているんですか?片手を取った時ただ真っ直ぐ歩いて来ただけですよね」と不思議そうな顔で言っていました。彼一流のヨイショなのか、ほんとに見えていないのか解りませんが、そんな大した事はやっていないのです。相手が崩れているところに真っ直ぐ入れればそれで良いのです。後は勝手に倒れていきます。おそらく自分がそんなに崩れていないと思ったのと、持った手で何かをされると予測していたのでしょう。自分の実力が伴っていないことを気に掛けている方でしたので、いろんな人と稽古をすることを薦めました。私も二段三段の頃はどうだったかなと思い出してみましたが、とにかく師に投げられていたような…。実力と言う意味では私もかたみの狭い思いをしています。(苦笑)
Sep 8, 2006
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早いもので、今日は師の49日でした。私は夏休みを1日取って仏壇で手を合わせてから、稽古好きだった師を偲び出稽古。暫く会っていなかった稽古仲間とも会えました。まだ正座と左足軸の回転に若干問題がありますが、今日は半身半立ちを2本やってみました。それから応用技や自由技。終了後、遊びから見える身体の使い方などを示しますと、2段3段の後輩の稽古仲間も積極的に食いついてきましたもので、終了後1時間の残業と相成りました。そこの支部長もニコニコ見ていました。今日は何だか師と一緒に稽古をしているようでした。口調も師に似ていたりして思わず自分で笑ってしまいました。変に思われる方もいらっしゃると思いますが、亡くなった翌日会社で知らせを受けたときは私の処に来ていたそうです。会社に見える人がいまして、教えてくれました。今日もキット…。(笑)
Sep 6, 2006
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