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こどもの頃から活字中毒者。幼稚園に通っていた頃、毎年冬になると決まって足の指がシモヤケ、痛くて歩けず、ずっと横になって寝ていた。その頃から絵本や漫画を読むようになった。人と話をしているよりひとりで本を読んでいる方が楽しい、ちょっと変わったこどもだった。 今でも基本は変わらずだ。どこにいてもどこへ行くにも本を手放すことはない。バッグや車のボードにしっかりしまい込んでいる。うっかり本を持ち忘れると絶対に本(決まってパソコン情報誌)を買う。本がないと、なぜか不安になってそわそわ落ち着かないのだ。 最近はとにかく時間不足で週刊誌や月刊誌のたぐいが読めなくなったせいもあるが、その分だけ新聞をよく読むようになった。 朝、まずはポストの朝刊を取り出し、寝床で腹這いになって一枚一枚広げ、舌なめずりするような動きで記事を俯瞰、探索する。まずは経済記事を精読、続いて国際政治記事、最後に選挙記事と流れていく。さらに場所を食卓テーブルに移し、社会情報や文化記事、最後が三面記事で締めくくる。 時間にして30分あまりの読書時間だが、ここで得た知識や情報は業務上で役立つことが多い。正しい知識の蓄積は信頼を築く大きな財産だといえば少し大げさかもしれないが、知りません、わかりません、では無愛想というか、話をしていて楽しくない。
2005年08月31日
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2ヶ月ぶりにあった人から、「痩せました?」 と尋ねられたから、「ええ、春あたりに比べると6キロほど痩せました」 と答えると、 同席していたカミさん、「えっ? 6キロも痩せた?」 と茫然自失、あとは目の奥には嫉妬の炎が燃え上がったが、すぐには認めようとせず、「そうかな? おかしいわ」「でも、頬のあたりから全体にかけてかなりほっそり・・・」 と、この人は私が喜ぶことを素直に言ってくれる、美人だし、実に素直でいい人である。「実は腰の周りも3センチ痩せまして、ベルトを短く切ったし、ズボンもまるで合わなくなったんですわ」 私も思わず頬が緩む。こうした会話は声が裏返るように弾んで楽しい。「おかしいわ。あんたが痩せるやなんて!」 とまたカミさんが口を挟む。 黙れ! 不摂生!「何でおかしいんや。これもひとえにオレひとりの努力の結果やないか」「へん、食事制限もしてないのに、そんなに痩せるやなんて、絶対におかしいわ!」 と今にも掴みかからんばかりの言いよう。 おとなしく聞いていれば、まるでこちらがインチキしているみたいな物言いではないか。許せん! なにも食事制限だけがダイエットではあるまい。「ということは、うちのご飯には「ふくらし粉」でも混入してあるんか?」 文句あるんやったら痩せてみい!「どっか身体の具合悪いんとちがう? 絶対そうやわ。そうやないと、そんなに痩せられるはずないもん!」 ユングを持ち出すまでもなく、自分の殻に閉じこもり、ひたすら自説訴えるこの手の輩と話をしているだけでも精神衛生上よくない。だいいち時間の無駄と言うものである。 更新時が迫っている新規の業者さんの5年分の決算変更届を書いている。本来なら毎年提出することになっている。やっと資料の整理が終わり、今日できあがる予定だったが、急ぎの案件が入ってきたので遅れそうだ。 来年度から会社法が変わる。先行のLLPもそうだが、誰でも気安く会社を設立できる、面白い時代になってきています。 友人知人と共同で副業を始めたいとお考えの方はぜひ一度新会社法をご検討ください。なお当事務所はメール相談ならこちらが言い出さない限りは何度でも無料です。
2005年08月30日
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今週もバタバタ。一気に片づけ、来週は晴耕雨読といきたい。 ついては釣り竿を引っ張り出して点検、手入れをした。川でハスでも釣るつもり。瀬に流すとハス独特のピクピクという当たりが竿先から指先に伝わってくる。昔はモロコなども一緒に連れたりしたが最近はとんと見なくなった。 そういえばニイニイ蝉の姿も見かけなくなった。泣き叫んでいるのはクマゼミばかりでアブラゼミもわずか。大が闊歩し、小が生き残れなくなっているのはなにも政治や経済の世界だけではなくないということか。 子どもたちの間では昆虫類が人気だという。アニメの影響もあるとかコメントされていた。外来種が大量に輸入され、在来種の純潔保存が危ぶまれている。こんなところにも国際化の波が押し寄せて来ている。朱に交われば赤くなる。メンデルの法則を持ち出すまでもなく、優性遺伝は確実に劣性遺伝を凌駕、征服していく。 人も同じ。国際交流は今後加速度的に活発化するだろうから、日本人もさらに多国籍化が浸透してくることだろう。本当の意味で「地球はひとつ」の時代がやってくるのはそう遠い未来のことではないのかもしれない。
2005年08月29日
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複雑な物事を単純に見せかけ、独特の語りで民衆を操ったのがヒットラー。議会制民主主義による反対派を抵抗派という言葉にすり替え、刺客を送りつける某国の総理もやることがどうにも荒っぽい。 大事な法案を放り出して解散し、選挙で過半数が取れなければやめると駄々をこねる、他の法案はどうなる? 「まさに殿ご乱心を!」であるが、茶坊主はたくさんいるが、たしなめる側近がいないのが国民にとっては一番不幸なことである。 昨日は研修会で講師を務めました。2時間休憩なしの爆走、さぞかしうんざりされた方も多かっただろうと想像しております。会の後の飲み会はさすがに二日連続だったせいか、ピッチがあがらず、それでもしっかり酔いだけは確保、帰路間違いなく最寄り駅で下車、徒歩13分の道程、気分良く夜霧よ今夜もありがとうを謳いながらブラブラヨロヨロ歩いていると、カミさんからメール。「今どこやのん!(ほんまにもう毎晩毎晩・・・)」「歩いてる」「(アホかお前は)どこ歩いてるのん?(と聞いてるんや)」「もうすぐ着く」「はあん? もうすぐ(あんたのもうすぐは1時間やろが!)」「せやからどこやのん」「わからん」「車で迎えに行こか?(大した稼ぎもないのにタクシー乗ったらもったいないやろ!)」「いらん。歩いて帰る」 帰宅すると目尻だけでなく、眉間にまでシワを寄せたカミさんが大仏のような格好で座っていた。
2005年08月28日
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Y先生と一件目の居酒屋で飲み始めたのが午後5時過ぎ、途中から八尾のM先生が加わった。 とにかく飲んで食って、近鉄八尾駅前の飲み屋を出たのが夜の11時、すでにバスはない。冷やで飲んだ日本酒がかなり効いている。ボディブローを何度も浴びたあとのような感覚。幸い足はまだ止まっていない。タクシーの運転手の視線の中に誘惑めいた光を感じながら、日ごろの健脚自慢がむくむく頭をもたげてきた。 そう暑くはない。風もわずかだが流れている。酔っていることを除くと条件としてはそう悪くはない。フォロー、ゴー。ざっと自宅までの時間を計算する。1時間か。よし、歩こう。そう決心して歩き出した。 夜風に火照った頬にあたって流れる汗も心地よい。そうだ、風と言えば、名曲「風に吹かれて」を謳ったジョーン・バエズ。軽快さがなにより心地よいイイ歌だった。「HOW MANY YEARS・・・・」 歩いていたのは通称青山通り。東西に延びる新しい通りで、通りの中ほどには税務署があり、その前後左右には外食店舗が軒を並べている。もっと早い時間ならかなりの活況だが、11時ともなるとほんとに閑散。 キツネやタヌキに遭遇しないかと気をもんでいたが、どうにかJRの線路を越えた。次の角を右に曲がりすぐの角を左に曲がるとあとは一直線。 セブンイレブンを右手に見えだしたあたりから事務所の大看板が目に入ってきた。やれやれ、ここまで来たらもう大丈夫。そう思ったら急に酔いが回ってきた。バスのベンチに腰をかけ、酒臭い吐息をひとつついた途端に睡魔が襲ってきた。 気がついたら家の中にいた。腕時計の針は1時を指していた。どこをどう歩いたのか、まるで覚えていないが、歩いたのはまちがいない。 そして朝、醒めた頭で考えた。船に乗った記憶もあるし、サッカーをしていた記憶もあって、記憶が曖昧になっている。そういえば猫じゃらしに先導されて歩いていたような気もする。いずれにしろY先生と比べたら横綱と序二段ぐらいの差がある。せめて小結ぐらいでないとサシでは飲めない。そんなこを感じながら、朝の食卓に腰を掛け、亀のように頸を引っ込め、猫のボスをあやしながら、カミさんの小言を神妙に聞いていた。 ところで今日は研修会の講師を務めることになっている。持ち時間は2時間、レジュメの確認と資料をカバンに詰め込んだ。研修会の後は飲み会。また遅く遅くなりそうだ。電車なのでくれぐれも乗り過ごしに注意が必要。奈良まで行ったら・・・戻れない?
2005年08月27日
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夜更かしは身体に毒、だと思うのでいくら仕事が忙しくても11時までと決めている。一杯引っかけて寝床にもぐりこみ、朝4時起床を頭にたたき込み、ひたすら眠りに就く。 昨夜もこんな感じだった。目が覚めたのは3時すぎ、早いような気もしたが、起きて残った仕事をこなした。 許認可申請もマニュアル通りにはいかないことが多い。人的、建物構造的、周囲の環境や施設等に距離的基準などなど、特殊事情があったりするからだ。問題解決を図らなければ受理すらしてもらえないので、あれこれ腐心することになる。 具体的には誓約書や理由書に嘆願書、さらには近未来的な計画書などを書く場合もあるし、首を縦に振ってもらうために他の監督行政官庁に新たな指示や指導を求めたりする場合だってある。 中には記録等が残されていない場合、そうした不明な不確実な事実を真の事実として証明しなければいけないことになる。形式審査ではなく実質審査の場合、あとから、あれは記憶違いだった、では許されない場合だってある。こうなれば始末書ものだ。だから依頼者の虚偽などにも注意が必要になってくる。 日の出と共に台風一過の青空が広がっている。夏休み最後の週末、潮騒の音が懐かしみながら宿題の山に悪戦苦闘をしていたころが懐かしい。 きょうも谷町(大阪府庁)通い。産廃で許可証の受理、宅建で申請だ。夕刻には八尾に戻り、高知から来られているY先生と杯を酌み交わすことになっている。帰宅は・・・遅くなるだろう、としか答えられない。
2005年08月26日
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昨夜の仕事ができあがっていないので、早朝から机の前で仕事をしている。チェックリストの作成が2件重なってその調べと確認で手間取っているのだ。 急を要する添削案件があったが、昨夜寝床で推敲した下書きを打ち込んで先ほど添付ファイルで依頼者さんに送り返した。 メールで事務所の写真を送って下さる手はずになっていた新規申請の依頼者さんから、「メール送れません?」 と悲鳴にも似たエスケープ電話がかかってきた。何度か試行錯誤を繰り返して互いに送信をやり取りしたが、いずれも未達の通知。 申請を明日に控え、こうなったら午後から依頼者さんの事務所に出向かないといけないだろう、と考えている。
2005年08月25日
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雷の被害が各地で起こっている。雷と言えば日本映画に「遠雷」という名作がある。 トマト栽培に明け暮れる近郊農家の若者を中心に大人たちの猥雑な日常を描いた作品で永島敏行と石田えりが共演していた。 ところで雷という字は田の上に雨と書く。 雷は稲光、稲作文化の人々は稲光とは天と地とが結合した印だと考えた。ついては新たな生命を約束する、つまりは五穀豊穣を約束するものとして崇めてきた。こうした考え方の上にさらに稲霊を司る天皇の神事とを重ね合わせ、より約束事を確かなものになると人々は信じたのである。 今ならHPと電子メールが雷の役目を果たしているといえるかもしれない。 パソコンに送られてきた業務相談メールは携帯に転送するように設定している。こうしておけば時間のロスなくメールを確認することが出来、回答もその分早くできるようになる。着信を知らせるバイブ音は稲光そのものである。 メール以外に、HPを見た、と言って事務所に電話をかけてくださる人も結構多い。これも稲光の瞬間だといえなくもない。昔の稲光との違いがあるとすれば現代の稲光は二十四時間、時間や場所を問わず発生することだろう。 今日もこれからお役所回り。申請が一件と申請前の事前確認が一件、あとは申請資料集めと現場測定がそれぞれ一件。帰宅は夜になるだろうが、その間何度か稲光に遭遇するはずだ。
2005年08月24日
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今、天皇陛下が来阪されている。 昨日わが八尾市に来られた。事前に情報はあった。地元では2週間ほど前に八尾南の会社を視察するとの回覧が回っていたのだ。てっきりミキハウスだと思っていたら違った。なんと、わが事務所の西側、まだまだ河内の田園風景が色濃く残る木ノ本地区に来られたのだった。うっそ! まさに青天の霹靂ものである。 訪問先は小さな町工場、金型(抜き打ち)工作所で特許を取った機械を約一時間もかけて視察されたとのこと。今朝の地方版に写真入りで掲載されていた。地元では少しも話題にならない会社だが、発明品はそれはもう超元気印だとか。わけを聞いて、なるほど、と納得した。 地元八尾警察も思わぬ来市、パトカーが四方八方を巡回するなど警備のほうも超ピリピリ。地元では数日前から住民が交代で道を掃き清めていたらしい。まずは、お疲れさん、と労をねぎらいたい。 さて、今日の予定は堺の仁徳天皇陵参拝だとか。曇天雨模様の空、仁徳の森はさぞかし騒がしいことであろう。
2005年08月23日
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夏が崩れてきた。海では波が高くなってきたし、野山にも秋の果実が色づきはじめた。 学校に通っていた頃、毎年この時期になると憂鬱になったものだ。小さいころは宿題であったし、大きくなってからは長い休みですっかり弛緩しきった学習意欲の低下を憂いでのものだった。 トワエモアの「誰もいない海」という歌がある。この時期ラジオなどでたまにかかったていたりする、私の好きな歌のひとつである。 今週もバタバタが続く。書類の作成にはさまざまな資料や数字が必要になってくる。そのたびに依頼者に連絡を取って確認していただくことになるが、これがなかなかスムーズにいかないことが多い。なぜかというとそもそも依頼人が知らないか、デタラメか、忙しすぎてなかなか実行してくれないか、のいずれかで、結局は訪問するなりして自分で資料や数字を探さないといけないことになる。 先週は出先でカミナリ混じりの夕立に出くわした。おかげで土日はツバを飲み込むたびに扁桃腺に軽い痛みを感じた。今週も不安定な天候が続くそうだ。いくら晴天であっても空は気まぐれ、出かける際は傘を忘れずにしたいものである。
2005年08月22日
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義理や人情などくそくらえ、だと小泉さんは宣い、反対派を公認せず、有力な?刺客を充てているが、いかがなものだろうか? 古今東西、義理や人情を欠いた政治家はどんな非情なことをしでかしたか、皆さんご存じだろうか? 弘法大師や行基がいまなお民衆の信仰を集めている根底にはかぎりない慈愛の心があったがためである。 政治と宗教とは違う。とおっしゃる方がいるだろう。確かにそうだ。否定はしない。しかし人の心を酌まない政治家がはたして人の集まりである社会を篤く運営できるのだろうか? 義理人情が通用しない社会をコンクリートジャングルと称する評論家がいた。人の不幸や災難をのぞき見趣味で眺め、同情するそぶりを見せながら一方ではそっと胸をなでおろす、こうした性根の悪い人間は決まって義理人情を踏みつけている。 反対派の政治家が立派な人物だとはいわないが、爆撃機で各地に投下された刺客、土地との繋がりもなく、ただただ人気と知名度と学歴だけの刺客、もしこうしたインスタント刺客がひとつでも議席を獲得するようなことにでもなったら、もう日本はお終いだと思っている。 政党優遇の選挙、義理人情や人物よりも政党、政党よりもマニフェストと、こうした変化が時代の流れだとするならば、もはや小選挙区などいらない。比例選挙だけのほうが透明感があってわかりやすくていいのではないか? 禊ぎを終えて再出馬する政治家を上位に持ってくる政党はとうぜんそれなりに得票数で糾弾されるはずだ。 政党の得票数だけ議員を割り当てればそれで済む話。全国各地で大勢の人間が選挙に関わり、大金を使い、ああだこうだと支離滅裂な政策をぶちまける必要もない。 東大出のアメリカ在住のドクターが新潟選挙区に出馬するらしい。もしこの人が田中真紀子を破って当選するようなことにでもなったら、本当の意味で小選挙区制は不要だと思う。
2005年08月21日
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昨日は炎天下の中、合計一時間ばかり、てくてく歩いたので正直疲れた。おまけにカミナリ混じりの夕立にまで遭遇し、全身びっしょりとなった。愛用するherzのショルダーカバンも水浸しだ。乾いたらミンクオイルでメンテナンスしてやらないといけない。 帰宅後すぐに風呂に飛び込み、火照った身体にビールを流し込んだ。いつもより酔いのまわるのが早い。野球を観ていたが、なんと虎がツバメにボロ負け。大阪桐蔭も負け、スポーツニュースも観たくない。ついては少し強ばった両足をさすりながら午後10時には床に就いた。 バスや地下鉄があるのになんでそんなにまでして歩くのん? と家族が怪訝そうに尋ねるが、日頃から歩いていないと、趣味のハイキングができないではないか。判っているくせに言うからイヤになる。 誰が何と言おうがとにかく歩けるあいだは私は歩くことにしている。不思議なことに歩くといろんなアイデアが浮かんだりするのだ。業務のこともそうだが、HPや小説のネタ作りに役立つアイデアが突如飛来するのだ。書き留めないとすぐに忘れてしまうようなミクロなものがほとんどで、だからそのたびに立ち止まってメモることになる。 あと一ヶ月もすればハイキングの季節、今年は竹之内街道あたりから歩いてみたい。この街道は司馬遼太郎氏が「日本のシルクロード」と名づけたほど古い歴史がある。特に街道沿いの大阪府太子町山田周辺は今も古い町並みがそのまま残されている。 今の時期はぶどうの収穫をほぼ終えたあたりで次なる収穫モノ、なだらかな斜面に降り注ぐ陽光を浴びて茂る樹木に結実した、運動会の、あの舌にほどよい酸味が残る、野球ボールほどの青い蜜柑がたわわに実っている頃だ。 閑静な森に囲まれた峠を超えれば葛城市當麻町、當麻寺に三重塔の双塔が左手に見えてくる。ゆっくり歩いても数時間のハイキング、普段から足腰を鍛えていないとこれすら叶わない、そんな年齢に私もなってきているのだ。
2005年08月20日
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盆明けで堰を切ったように依頼が舞い込み、バタバタしている。 まるで導火線に火がついたみたいな感じでじっとしてはいられない。こうなってくると、ところてんを押し出す機械のように黙々と目の前の仕事をこなす以外に道はなくなる。 花鳥風月を楽しみ、山紫水明を愛し、深く山や海に入ったあとの余暇に仕事をする、なんとも理想的なスタイルだが、それで生活ができればなお理想だが、そうは問屋が卸さない。 今日は朝から谷町(大阪府庁)、午後からは大正駅近くの現場と関係官公署を徘徊することになります。日射しがキツいので歩きは辛い。かといって車で行くと仕事がら不法駐車などもできないし、駐車場を探す時間やらが惜しいし、あっても満車が多いので時間を食ってしまう。
2005年08月19日
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仏壇にはお盆に親戚縁者から供えてくださった果物などが並び、周囲に甘い匂いを放っている。まず目を付けたのが猫のボス、素知らぬ顔で近づき、前足でぶどうの一粒をトントンと横殴りする。横殴りしたぐらいで落ちるほどの粒じゃない。 こらっ! 叱ろうと思ったが、次の瞬間、さて、ボスはどうするんだろうかと思ったので静観することにした。ボスは前足で粒を包み込むようにして抱きかかえると、グイッと手元に引き寄せた。なんと粒はボスの前足の中に落ちた。 供え物を狙っているのはボスばかりではない。カミさんも負けず劣らずである。三度の食事も好きだが果物にも目がない大食い、ウワバミ人間。メロンやピオーネなどが日ごと減少してゆくからすざまじい。 食べたいなら食べたらいいと思う。食べるなとは言わない。しかし食べるなら痩せる!などという宣言はするな、と言いたい。好きなだけ食べて痩せられるなら誰も苦労などしないし、痩身サロンはあがったりだ。 月末に書士会有志による研修会があって、そこで講師を務めることになっているが、昨夜札幌の行政書士さんから、「ぜひ出席しますのでよろしく!」との直メールをいただいた。 えっ、小職ごときの講義にわざわざ北海道から来ていただけるなんて!? まさに恐縮の極みである。持ち時間は2時間半、途中休憩をはさんで適当にアドリブまじえて話せばいいかな、と軽く考えていたが、様子が違ってきた。今日からふんどしを締め直し、本格的にレジュメ作りから再考することにします。
2005年08月18日
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久しぶりに朝陽がさし込んでいる。昨日までと違って事務所前を走る車もいくぶん増えている。盆休みが明け、また普段の喧噪な生活が戻ってきた。 今年は墓参りをしただけでどこにも行かなかった。計画では家族みんなで伊勢方面に行く予定だったが、仕事の都合(受理日が続いたため)でおじゃんになった。 よく通うDIYの並びにラーメンチェーンの「来来亭」が開店した。盆に立ち寄ったがすごい人でかなり待たされた。同じ京都の「横綱」同様、細麺で濃厚な味だった。ときどき食べたくなる味だと思った。 ところが昨日、来来亭から近鉄八尾に向かって伸びるロードサイドにまた新しいラーメン店ができるらしく、周辺道路脇に看板が林立していた。元祖スタミナラーメン「まだん?」とか書いてあったような気がする。 この店の並びに激安を謳う大型店の食堂があった。開店当初物珍しさもあって暖簾を潜ったが、天ぷらの油がしつこいので辟易した。 この店、二年ほどで閉店、同じ資本系列の「カッ○厨房」に模様替えをしたが、これもまた6ヶ月ほどでダメ。もう一度元の店に戻ったが、今度は3ヶ月で閉店。しばらく空き店舗だったが、今年の春に「かっ○回転寿司」となった。お盆前の夕方、家族で食べに行ったが、学生アルバイトの接客態度も悪いし、この手の業界では超有名な店の割には入りは良くないような気がした。 この不況下であっても旨いラーメン店は繁盛しているようである。しかもこの業種は価格破壊をしない。どんなに安くても最低550円~である。そういえば美味しいとされるたこ焼き屋やお好み焼き屋も価格破壊はしないで、きっちりちゃっかり適正価格?を守っている。利益には加速度の原理が適用される。分子部分が大きければ大きいほど加速度部分も当然大きい。 商売は商いであるが、飽きないともいう。飽きないためには、汗を流し、身を粉にして一生懸命働いた分に見合うだけの儲けが確保されていることが肝要。激安価格の薄利多売で、いくら忙しく繁盛していても、それに見合う儲けがなければ売る方もいつしかくたびれてくるし、馬鹿さ加減がわかってくるから、しまいには飽きてしまう。 飽きないで商いを継続するためにはそれなりの楽しみが必要。趣味で商売をする人は別だが、商売にとって楽しみとはモノを売ることではなく、売ったあとの儲けがいくらあったか、というこである。 死海に漁師がいないのと同様、実りの約束されない田畑や果樹園を耕す農民がいないのはいつの世も同様である。 いくら儲かるからとはいえ、近隣の店がラーメン屋やたこ焼き屋やお好み焼き屋だらけとなっては困りものだが、なんと地下鉄長吉長原駅の東側はすでにこの有様を呈しはじめている。利に賢(さとし)ということなのだろう。
2005年08月17日
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お盆の墓参りは意外な人との出会いがあったりする。 わが石井家の墓地では某官庁の方と出くわしたし、カミさんの母方の墓地では30年近く前の先輩と出くわした。人はいろんな人の関わりの中で生きていることを改めて認識した。 それにしても今年の夏は不安定である。曇天続きのお盆などあまり経験したことがない。海や山に行かれた方はさぞかしがっかりのことだろう。 ペット法務に詳しい京都のI行政書士さんと東京のI行政書士さんが共著で「ペット業開業・営業ガイド」(角川書店)を出版されることになった。 お二人は私もメンバーとして末席に名を連ねている全国動物法務協議会の重鎮、さぞかし内容の濃い、充実したものに違いないと今から楽しみにしている。なお出版は9月とのこと。詳しくは角川書店のHPをご覧下さい。
2005年08月16日
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私は文章を書くのが仕事だと自認している。だからテーマをいただき、書いて下さいと言われればいくらでも書ける自信はあるし、しゃべる話題も持ち合わせている。このあたりは落語家の即興芸とよく似ている。 しかし時には書けなくて困るときもある。こうした状況は周期的に襲ってくるわけではないが、私の場合はある日突然そうなってしまう。変に身構えてしまって、迂闊に言葉が出てこなくなるような、そんな感じになってしまうのだ。 こうした状況はわずか数時間で解消することもあるし、重傷の場合は数日続くこともある。 ものを書く上で大事なことは書こうとする貪欲な意識が大事だ。スラスラ書ける時だけ書いていてはうまくもなれないし、産みの苦しみもわからない。書けない時にこそもの書きの真価が問われるのだ。 小説を書く場合、手垢の付いた安直な表現は筆を鈍らせる。新鮮な表現、斬新な視点こそが生命である。あまり懲りすぎて饒舌になり、標的が霧散してしまうのも困りものだ。このあたりのメリハリが大事だ。 話はガラリと変わる。事務所のパソコンを物色している。持ち運ぶわけも、省スペースを気にするわけでもないから航空母艦のようなタワー型がいい。なぜならメンテが容易いし、コードレスによる拡張性に優れているからだ。
2005年08月15日
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今日は一日中雨らしい。先ほどからポツポツと路面が雨滴で黒くなってきた。 晴れていたら大和川でじゃこ釣りでもするつもりでいたが、重苦しいまでの曇天、することがなく朝から机に向かっている。 事務所のTVは選挙一色だ。今回はいろんな意味で話題性のある選挙となりそうだが、話題性がある分、それがそのまま投票率に反映するとは思えない。 小泉さんをはじめ、政治家をみていてなぜか虚しい気がするのはなぜだろうか? おそらくそれは国民が参政できうるような、理解ができうるような言葉で、ちゃんと説明がなされていないからだと思う。どこかが、何かが、変なのだ。だからこそ投票率が右肩下がりで低くなっているのだ。 主権は国民にありと言いながら、実際は主権は政党にありだ。地元選出の一代議士の意見などは政党の名の下に抹殺され、今回のように叛旗を揚げれば公認をはずされたり、刺客を放たれたりする。○○先生は公認が外れました。つきましては次はこの人です。と言われ、はいそうですか、じゃあ、今後は○○先生は応援しません。などと素直に従う地元選挙民は果たしてどのくらいいるのだろうか? 著名で美人の有名人が、前任者よりも立派で賢明な政治家だとは誰が言いきれるのか。 選挙民を愚弄しているとしか言いようがない神戸から東京への鞍替え。地元への利益誘導還元型の政治家もどうかと思うが、少なくとも地元地域と密着している分、軌道を逸しないので選挙民からすればある意味安心かもしれない。 それにしても刺客という言葉を聞くたびに不快感を覚える。投票するのは選挙民、われわれは政治家がどういう考えを持ち、どういう行動するのか、それを聞きたいのである。ノーはわれわれが判断するのであって刺客ではない。 選挙を怨念やお仕置きの道具に使うな、と言いたい。ましてや美人投票でも人気投票でもないはずだ。政治不信はこんなところからはじまるのだ。選挙民を馬鹿にするな! と言いたい。 比例代表制導入などでより政党政治化が進んでいるようだが、人生色々、政党も色々、派閥も色々、意見も色々、時にはこうした政党代議士が党派を離れたところで自由に意見をぶつけ合い、ぶつかり合えば国民はもつと政治に興味関心を持つのではと考えるのだが、如何なものか。党利党略ではなく、選んだ政治家個人の本音を一番聞きたい。 陪審員制度もそれはそれで結構だが、国会にも無作為で選ばれた一般国民が列席し、重要案件があるごとにボタン操作(○△×)で支持を問う、○が多ければ良し、×が多ければできない、なんだかそんな制度があっても良いように思えてきた。なせなら政治家がやっていることは所詮その程度のレベルでしかないからだ。
2005年08月14日
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今日と明日は貧乏事務所もお盆休み。貧乏神のボンビーも愛想を尽かして里帰りだ。 朝から甲子園へと出陣する。お目当ては第3試合の京都外大と第4試合の大阪代表だが、おそらくは暑さと売店で買い求めたビールの酔いによる眠気に負けて早々の退散となるはずだ。 お酒は毎日欠かさず飲むが、そう強くない。ビールなら大瓶一本を飲むのがやっと。ただし人と酌み交わしながらの飲酒なら2、3本まで飲めたりする。 こどもの頃から胃腸が弱かったので冷たい飲み物は強くない。だから冷やして飲むビールやチューハイなどを飲み過ぎると決まって後でおなかに来る。 だから熱燗が一番だが、こちらはアルコール度数がキツいので二合がやっと。真っ赤な顔になってふうふう肩で息をつくことになる。木枯らし吹きさらしの屋台で舌が焼けるほどの熱燗をチビチビやりながら、頬張るおでんは最高に旨い。 いくら飲んでも我を忘れるようなことはない。飲酒をしたらガラリと性格や態度が変わる人を時々見かけるが、ああいうことには絶対にならない。酒飲んで管を巻くことは意識的にしない。管を巻くなら、しらふの時にすべきだと心得る。 自宅でゆっくりすればいいのに、と娘が言うが、自宅にいると、途中で放り出した仕事や、休み明けに到来する申請書類のチェックなどがどうにも気になって、腰が落ち着かないのである。だから外に出て行くのである。それでも手ぶらというわけにはいかず、時間があればと、資料や書類を鞄に詰め込んでしまう。いっそ休みなどないほうが精神衛生上はよいかもしれない。 ところできょうは東北から近畿に至る広い範囲で雷雨や夕立があるとのこと。みなさんも出かける際は折りたたみ傘の用意を忘れないように。
2005年08月13日
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わが家にボス(猫)がやって来てから、以前にも増して新聞チラシが気になるようになった。お目当てはペット用品。「なになに? 「オシッコのあとに香る砂5L」が480円か。マルハの「純缶ミニ4缶」が198円で・・・」 上記は近所のDIYのチラシ。他にもドンキホーテやジャパンなどのチラシが入るので比較検討しながら購入することになる。 贅沢なボスはドライフードを食べない。開封した「フリスキードライ」がなかなか減らないのでほとほと困っている。そこで先週はコーナンのチラシを見て「わがまま猫」を買った。今週はナル(黒柴)のビタワン8kg(シニア用)が1080円ということで1袋ゲット。あと「ゴン太のささみジャッキー75枚」が898円なのでこれもゲットするつもりだ。 7月の初め頃だったか、テレビのCMでワンちゃんが「ひんやりシート」の上で快適そうに寝そべっていた。「なるほどな。ああいう便利なグッズがあるんや」 テレビを見た次の日、老犬ナルにも暑い夏を少しでも楽に過ごせるようにと、このシートを3900円で買ってやった。 シートといっても特に仕掛けは見あたらない。座布団程度の、ただの金属平板で少し落胆したが、まあいい。ナルさえ喜べはいいのだから、と納得して買ったのだが、結果は全然。いつもこのシートを避けるかのようにコンクリートの上に寝そべっている。すっかり一から騙されたような、大損したような気分。 それにしても今週は売り出しが多い。「おなかにやさしいワンワンビスケット1kg」が478円、最近下痢気味のナルには格好の商品ということでゲット。ついでに小職も夏バテ気味、薬局で人間用のビオフェルミンを買うとしよう。 盆のせいもあってか、昨日訪れた八尾市役所はガラガラだった。 今日は朝から大阪ドームが間近にみえる大正区で申請地の周辺調査、午後からは大阪府庁で産廃の申請と宅建の受理。帰りは大阪法務局で「登記されていないことの証明書」の申請受理。 帰路は日本橋に立ち寄って中古パソコンを物色する予定。
2005年08月12日
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きのうは朝から仕事で奈良県は大和高田市へ。 事故のせいで西名阪が混んでいるとの情報を事前に得、大阪教育大脇の国道から奈良入りした。峠を越えたところで高田方面のバイパスに入るが、当麻寺の五重塔を右にしたあたりから渋滞に巻き込まれた。 夏の朝日を一杯浴び、二上山の山裾に隠れでもするかのようにたたずむ集落の、黒灰色の屋根瓦の群れから頭二つ分ほど飛び抜け、屹立とそびえ立つ当麻寺の五重塔の気高い様に大変感動をした。ついては携帯で撮ろうと何度か試みたが、そのたびにクラクションを鳴らされ、じりじり移動を強要されたので、どうにもうまく撮れなかった。まことに残念無念である。 当麻寺といえば相撲発祥の地として有名である。境内や参道で売られている中将?餅はカミさんの好物だ。 帰路再度撮影に挑戦と思ったが、慣れない町のこと、途中で道に迷い、思わぬ時間を浪費するという誤算があって、さらには午後からは地元の八尾警察さんとのアポがあったため、帰路は勝手知ったる近道を走らざるをえず、撮る機会すら逸してしまった。次回は本格的に参拝し、自慢のデジタルカメラでじっくり撮るつもりでいる。 五重塔の代わりに大阪の通天閣と空中で泳ぐ「づぼやらのふぐ」を掲載します。こちらもなかなか大阪らしい風景です。ちなみにカニや竜やエビに、くいだおれ人形など、動く看板等があるのはミナミの道頓堀で、こちらのふぐは天然物? ゆらりゆらりと、動きまで風任せというのんびりさはまさに風雅でさえあります。 人間もせめて心持ちだけは、このふぐのように、のんびりとしていたいものですね。
2005年08月11日
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盆休み前に駆け込みで変更届の依頼が来た。今回は申請許可者の住所が変更となったもの。書類そのものは簡単だが、提出先窓口の数と書面の枚数が結構ある。升目を埋めるだけの作業なのが救いと言えば救いだが・・・。 夏休みだが、町内に住む子どもたちの姿をあまり見かけない。外で遊ぶと汗が出てしかも暑い。当たり前の話だが、ではどこにいるのかと言えば市の図書館である。 昼食時間を除くと結構どころか、かなりいたりする。冷房があって冷たい水が飲めて書庫の本や漫画にビデオ鑑賞ができる、まさに真夏のパラダイスのようなところなのかもしれない。 昔は神社の森で昆虫採集をし、小川で小魚を捕ったり、水遊びをし、お金がある時は市営プールに飛び込んだものである。 公園があってもボール遊びが禁止されている。いっそボール遊びしかできない公園をこしらえたらどうだろうか? ひとりでボール投げやシュート練習ができる背高いブロック塀を一面こしらえてやれないものだろうか? 公園の定義を問いたい。
2005年08月10日
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末娘が夏合宿に行ったために、わが家はことのほか静かである。 暴れるわけではない。わめくわけではない。しかしながらしゃべり好きなのである。学校であったことを時系列に逐次報告する、報告癖がある子どもなのである。 合宿先は兵庫県の神鍋高原、電車だと八鹿駅、そこから車で山に入ることになるとか。夜は寒くて長袖を着ないと風邪をひいてしまうという高原。肉食中心の食事で、ニキビが気になる娘にとっては辛い? ラグビーの合宿メッカといえば長野の菅平高原が著名だ。夏まで合同チームを組んでいた学校は菅平だとか。親しくなった他校のマネージャーに菅平特製のTシャツを頼んでいるとのこと。 反抗期も経験せずに高校生になった。とにかく物わかりの良い子で、説教なども途中まで話せば先を理解できる子で、手がかからない。手がかからない分、本人は忸怩たるモノがあるに違いないと推測する。私自身がそうだったらそのあたりのことがよくわかるのだ。 もともと理系(特に数学)が好きであったが、なぜか文系を選んだ。高校二年になって生来の目標が定まったせいか、よく勉強するようになった。法学部を目指しているらしいが、絵が上手なので、先のことはわからない。 生まれた時は脆弱で一度死にかけたこともある。今はすっかり日焼けし、紅一点のマネージャーとしてまずは下級生をあごで使い、さらにはだらけたプレーをする男子部員に渇を入れ、のびた部員の頭から冷や水をかけまくっているとのことである。 進学校ということで夜の自由時間はみんなで学習時間に充てられている。ぶつくさ、ぼやきながらも各教科の参考書をカバンに押し込んでいた。 合宿から帰ってくるのは12日、さぞかしさらに日焼けし、たくましくなっていることだろう。再会が楽しみである。
2005年08月08日
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それにしても月曜日はなぜか物憂い。一週間の始まりだから気合いを込めないといけないのに物憂いのは何故か。私の場合のそれは、きっと市井の生活喧噪のせいだと思う。 週末は人の存在を忘れるぐらい、静寂さがのっぺりと漂う町が、月曜日になると途端に人や車の往来でザワザワ、イライラ、落ち着かない町に変貌してしまう。 静寂は時間を止める、と言った文学者がいたが、あれはそうじゃなくて、静寂は時間を忘れさせる、というのは本当だと思う。時間を忘れるぐらいに仕事に没頭していればちょっとぐらいの喧噪や騒音など気にもならないし、聞こえもしないもの。 ということで、スッキリ青空気分になって、時間を忘れるくらい仕事に没頭することを願い、今週も頑張ることとしよう。
2005年08月08日
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朝から陽射しがキツい。夏の高校野球も始まっていよいよ夏の盛りとなってきた。水中メガネ越しに覗いた磯の海藻やプールサイドのざわめきがなぜか懐かしい。 先日海沿いの町に行ったら嬉しいことにわずかだが潮の香りがした。数年前までドブの匂いこそすれ、潮の匂いも香りも海であることすらも感じられなかった町だったのだ。 自然の治癒力は即効性こそないが、牛歩のごとく確実に改善を目指して押し進んでいる。さらに人間の手助けを得れば速度が速まるはず。一缶、一瓶、ひとくず、拾うことから自然はより治癒されていく。 今日も貧乏事務所は仕事だ。暑がりのカミさんがいないので、経費節約のためと健康のためもあって冷房は入れず、窓やとびらを全開、首振り扇風機の風を頼りに仕事をしている。日曜日で車の往来は極端に少ない。備え付けのTVでは政治家が集って郵政民営化問題を話し合っている。おそらくは解散だろう。それより景気回復のきざしが本格的になってきたとの報道のほうが嬉しい。景気さえ良くなれば昨今問題となっている多くの課題が解決するはずだ。 早いところではすでに盆休みとなっているらしい。今週は申請と受理とが重なっている。週末には短いながらも盆休みといきたいものである。
2005年08月07日
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夏休みだというのに末娘の学校では講習という名の普段と変わらぬ時間割の授業がある。甘やかして育てた末娘のこと、さぞかしアゴを突き出し、イヤイヤながらの受講態度と思われる。 昨日の夜のこと、末娘が、「「あうん」ってどんな意味か知ってるか?」 と試してきたので、「始めと終わりの意味やろ」 と返答、「へえ、何で知ってるのん?」 とくるから、「そんなん知ってて当たり前やろ」 と返してやった。 なんでも、古典の時間にベテランの先生が教えてくれたのだという。「問題はそれだけか?」「うん。他にあるん?」 と首を傾げるので、「本当の問題はここからやで」 と答え、「どんなにお金持ちで偉い人でも、いかに権力を持った人でも、「あうん」、つまりは始めと終わり(生まれてくる時と死ぬ時)は思うようにはならない。まずこのことを頭にしっかり詰め込んでおいて、さらに次の問題と行こか」「えっ、次の問題て、まだ先があるん?」「歴史系というよりは、文学系哲学系にはまだ先があるんや」「ふーーーん???」「寺院の仁王門には「あうん」像が両側に立っているのが常やが、参拝者は両者の間を通って境内に入ることになるやろ」「・・・うん・・・」「まだわからんか?」「わからん」「よう考えてみい」「考えてもわからん」「素直に考えたらええねん。「あうん」はどうにもできないけど、その間は自分の力でどうにでもできる空間、つまりやな、生きている空間を意味してるんや」「あっ! そうか」「生きる凡夫は「あ」の到来を願い、「うん」の到来を先送りするために祈る。日常の猥雑な営みから逃避し、おのが身や心の修養のために寺院詣りをする、その途中に位置し、傲慢で自己本位に陥った凡夫の悪事を戒め、さらにぐっと睨みつけているのが仁王像というわけや」 写真は7月の長谷寺の山門を参道から撮ったもの。京都宇治の三室戸寺と同様、花の寺として年中参拝者の目を細めさせてくれる寺としても有名です。 ちなみに長谷寺の四季を御紹介しますと、春はサクラに牡丹、夏はアジサイ、秋は紅葉、冬は寒牡丹となります。 訪問した日は朝から良い天気で、登り楼の両側を流れるせせらぎでは沢ガニがいて、そのむこうには「のうぜんかずら」や百日紅に夾竹桃の群生していました。 暑い夏日はシーズンオフなのか、人影もまばらで、日頃は都会の雑踏にいる人間にとってこの上もない休日となりました。みなさんもどうぞ。 おみやげですが、参道の奈良漬けが特に美味です。
2005年08月06日
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朝から奈良県香芝市までひとっ走り。 香芝警察をいくら探してもない? それもそのはず、今だ隣接の大和高田警察の管轄になっているのだった。 香芝市といえば交通の至便と未開発の農地がたくさん残されていたこともあって、ここ20年ばかりの間に大阪のベットタウンとして急速に人口を飲み込んで膨れあがった町である。市に昇格してからもすでに数年は経っているから香芝警察があると思いこむのも自然というもの。ネットで調べてみると、新設の要望が出されていることがわかった。近々できることだろう。 午後には事務所へ帰還、先日急遽変更となった産廃施設を作図する予定。ドラフターを操る時間が楽しかったりするので好きな作業ではある。それでも当初は訂正するつもりでいたが、色んな箇所が変わってきたのでケアミスをなくすため、一から書くことにしたのだ。あとで補正を連発するぐらいなら、急がば回れ、である。 昨夜は自宅と隣接する陸上自衛隊八尾駐屯地で盆踊り大会があった。余興として花火大会もあったりするので四方から大勢の踊り子やギャラリーがやってくる。小職もカミさん同伴で会場となっている飛行場の滑走路で花火を見あげ、河内音頭に手拍子をしていた。 なぜか花火というのは夏が似合う。日中の熱気がまだ冷めやらぬ夜空に開花する極彩色の花びらには可憐さとはかなさとが入り交じっていて魅せられるものがある。夏宴の主役はなんといっても花火である。
2005年08月05日
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長いパソコンライフのせいで、メガネが合わなくなってきた。ついては新調することにして、昼すぎからスーパーの一階に入店している愛眼に出かけた。 いろんな検査をし、遠近両用に適した、目に優しいメガネを作ることになった。 いろんなオプションや形状記憶のフレームなどを付加したので総額で80000円ほどになったが、そこから各種のキャンペーン割引き(合計5000円)というのがあって75000円、さらには株主優待券を使用(事前にヤフオクで愛眼の株主優待券(1840円)をゲットしていた)したのでなんと半額、最終的には37500円で購入することができた。 なんといってもレンズが高い。金大中は韓国の元大統領だが、こちらは近中遠に乱が入っている。もっとも乱は緩いということと、入れると目に緊張感が走り、キツく感じ、どうにも疲れるような気がするので、はずすことにした。多少にじむが、その分だけ目には優しい。 目は口ほどにモノを言う、というが、手元の文字が見えにくくなったらほんとうに勝手が悪い。近視などよりはるかに不便である。老眼の悩みは根深い。 出来上がりは8月12日、視界爽快で気分爽快、元気爽快、ついでに仕事のほうまで業務走快といきたいものである。
2005年08月03日
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大阪は真夏日の好天が続いている。週末にお情け程度の雨が降ったきりで雨が降らない。 車で移動中、カーラジオから、イルカの「雨の物語」が流れてきた。イルカといえば「なごり雪」とくるが、実はこの「雨の物語」もなかなかの名曲だと思う。雪のほうのリクエストが多いせいか、あまり歌われることはないが、歌詞といい、リズムといい、なぜか優しく癒やされる曲である。 今年も高野山では万灯会が8月13日に催される。長姉の薦め(命令?)で、カミさんがバスツアーを申し込んだ。午後ナンバ出発、早めの夕食をとり、おびただしい蝋燭の光が醸し出す幽玄な世界に浸る、とのふれこみではあるが、風雅を解せぬ、生来がさつな連中に果たして理解できるのであろうか?「どないやった?」 と感想を聞けば、「めちゃくちゃ、きれいやったわ」 で終わりそうで気配が濃厚である。ギャラリーとしては、気の利いたコメントを期待しているだけに不満が残る、である。 春先に独自ドメイン「141office.com」を取った。ついては従来からのHPの移設を行うことになるが、これまでのアクセス数などを考えたりすると、いろんな面で不安になってなかなか実行できないでいる。 みなさん、いいアイデア、不安を解消する手だて等がありましたら是非ご教示下さい。
2005年08月03日
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大阪の秋葉原日本橋で見つけた激安寿司店の看板。 この店は日本橋四丁目交差点西、五階百貨店入り口の道路に面する、昔からある老舗の寿司屋さんだった。 これも時代というのか、気高くとまっていたのでは客が寄り付かないのか、そう思ったのか、激安店になっていた。もちろん回転寿司ではなく、職人さんが一品一品握ってくれる店である。 確かに安くすれば客は喜ぶ。噂が噂を呼び店は活況し、見た目は繁盛するだろう。しかし所詮は薄利多売、いくら忙しくても店の儲けはそうそう増えない。マクドナルドや吉野家は激安路線で躓いた。元々画一的な商品をコストダウンさせ、大量に販売する安さから入ったユニクロは多様化を求める客のニーズに応じて不良在庫を増やし、それらを投げ売りし、さらには商品自体の値上げが客の支持を得られず、結果としてもがいている。あの安売り元祖ダイエーなどは収益率の悪化でまさに死に体だ。
2005年08月02日
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8月1日は大阪府富田林市にあるPL教団の花火大会。衆目は夜空を照らす極彩色の花火に移りがちだが、実はこの日は八尾市の高安山山麓に位置する恩智地区では河内平野の夏祭りのトリを飾る恩智祭が行われる日でもある。 ふとん太鼓と神輿による壮大な祭はなんと白鳳時代から続くという、日本でも最古級の祭なのである。 村の中心に位置する分詞の広場で繰り広げられる担ぎによる太鼓と神輿の練り回しも相当に見事だが、祭のクライマックスはなんといっても山の中腹に位置する恩智神社への宮入だろう。急坂で狭隘な参道を大勢の男衆が担いであがるのだ。舵取りをまちがえば参道脇の溝に落ちて大惨事となる。華やかな祭気分に浮かれて担ぐなどはとんでもないことで、きわめて慎重さが要求される神事である。
2005年08月01日
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