2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全23件 (23件中 1-23件目)
1
中学、高校の思い出は、その都度書こうと思います。さて、今日はどうして私が応援団に入る事になったのか、話します。実は私が応援団に入ったのは、大学に合格する前、なんと入試の時でした。当時入試の時、各教室に試験の監督の補助に応援団員が駆り出され、目を光らせていました。 後で知ったのですが、試験の監視もそうですが、めぼしい新入団員を物色するのも大事な役割だったようです。 私も知り合いから、「農大に行ったら入っちゃいけないクラブが2つある。それは応援団と相撲部だ。」と聞かされていたので、できるだけ目を合わさない様にしていました。.......ところが、世の中思う様には行かないもので、試験が終わるやいなや、「オイオイ」と声をかけられてしまいました。 たしかに、高校時代、柔道部の主将をやっていたので、身体は大きかったのですが、何で私だけ声をかけられるのかなと不思議に思い、ふと、応援団員の顔を見ると、なんと高校の一級上の先輩でした。 「先輩なら見逃してくれればいいのに。」と心で思ったのですが、万事休す。あれよあれよで、試験結果も出ていないのに入団が決まりました。 おかげさまで無事合格し、あこがれの大学生活のスタートです。
January 31, 2006
小学校4~5年の時でしょうか、少々マセていたのかもしれませんが、映画を見に行くのが好きでした。「ゴジラ、大魔人等々」。しかし、この頃映画は、親同伴でなければ、見に行ってはいけなかったのです。 そんな中、クラスの仲間達だけで映画に行きたいと言う事になり、一騒動持ち上がりました。男子5人位でしたか、職員室に押しかけ、クラス担任や学年主任の先生相手に色々交渉したのを覚えています。(初めての団体交渉です。) 結局私達は無事映画を見ることが出来たのですが、どうやら友人の父親が仲に入ってくれたようです。 実は、この時私達が見た映画こそ、加山雄三主演の「学園の若大将」だったのです。若大将シリーズはたくさんありましたがが、その中でも名作と思っています。小学生の自分達が、その年で、大学生活の楽しさをスクリーンから吸収したのですから、これも潜在意識にガッチリ組込まれたのはまちがいないでしょう。 夢にまで見た大学生活、あこがれのキャンパス、星ゆり子の様な女子大生、期待は膨らむばかりです。.......その頃の私には、魔の大学4年間が待っていようとは想像もつかない事でした。
January 30, 2006
小学校で給食が始まったばかりの頃、給食の時間を利用して、校内放送でクラスの代表者が作文を読むのが我小学校の習慣でした。 私も先生に呼ばれ、ついに作文を読む事となりました。その時の題は「大きくなったら。」...実はこの時の作文の発表が、今の自分を決めたのかもしれません。「大きくなったら、お米をいっぱい作って農協へもっていって、いっぱいお金をかせぎます。.......」で始まる作文は、私にとって初めて人前で自分の考えを公表したもので、呪縛ではないけれども、公約として、私の生き方の指針となったのかもしれません。 この作文の事を思い出したのは、大学4年、卒業が近づいた頃、当時大学応援団の団長をやっていたので、時流にも乗り、一流会社の下くらいからは、大学教授を通じて何件か推薦を頂いたのですが、あの時、なぜか「私は、農家の長男だから、田舎に帰って、百姓やります。」と口から出たのも、もしかしたら潜在意識の中の作文のせいかも知れません
January 29, 2006
小学校3年が、私にとってのターニングポイントだったかもしれません。この年学校にプールができて、どうにか泳げるようになりました。私自身は少々反抗期だったらしく、親はしょっちゅう学校に呼び出され、とうとう怒った親から家を追い出されるはめになりました。 と言っても、母屋やら10m位離れた石倉で寝起きすることになったのですが。実はこの石倉には祖父が住んでいました。要は、祖父が私を引き取る事になったのです。 祖父は当時としたらモダンな人物で、お百姓さんの割にはテニスが趣味だったり、村会議員の経験があったり、静岡大学農学部の前身の様な学校を出たと聞いています。ただし、農作業はあまり好きでは無かった様です。 石倉の一階は米の貯蔵庫でしたが、二階は座敷になっていました。冬の寒さは格別で、窓にはガッチリとした鉄格子がはまっていました。まさかその時は、それから九年間もそこで祖父と暮らす事になるとは思いませんでした。
January 28, 2006
幼稚園は9月入園です。普通は4月入園ですが、その頃は行っても行かなくても良かった様で、親も気にしていませんでした。 当時近所に同い年の女の子がいて、毎日その子と遊ぶのが日課でした。でも他の同級生が幼稚園に通うのを見て、「ぼくたちも幼稚園に行きたいよう。」と親に言うと「ああ忘れてた」の一言。 そんな訳で9月入園です。わたしの家から幼稚園まで歩いて1分、小学校まで3分、中学まで5分と結構いい場所にあります。入園の初日、子供なりに結構緊張していました。すると父親が、「いいか、雨が降ってきたら家に入るんだぞ!。」と声をかけます。昔は多少の雨ぐらいでは外で遊んでいました。 ところが幼稚園で遊んでいると、雨が降ってきました。私は父親の云い付け通り一目散に家に飛んで帰りました。しばらくして、幼稚園の先生を先頭に同級生全員が、我が家の玄関まで迎えに来てくれ、大きな声で名前を呼びます。はずかしさのあまり、父親の又の下から顔を出し迎えたのを、いまだに覚えています。......もしかしたらトラウマかも。それから何年か、内気な子供で過ごしました。
January 27, 2006
今日からちょっと気分を変えて、思い出日記を書きます。50才になり、このままボ~としていて認知症にならない為に、昔の事を思い出しながらズルズル書くつもりです。 さて、やはり思い出の中心になるのは学生時代ですが、今日はそれに至る道から書き始めます。 私が生まれたのは昭和31年1月15日。私のおばさんが、町の公民館で成人式の代表挨拶を終わって帰った時ちょうど生まれたと言われています。ですから今でもおばさんとは20才違いです。 その頃我が家は13人家族。めしの時間は大変で、家の中の板の間に、それぞれのお膳を出し、正座し必死に食べたのを覚えています。家族が多いのでのろのろしてると、喰っぱぐれる事もありました。......どうやら早飯ぐせはこの頃が原因かも?。 今は亡き父親が、私が生まれた時、最初に言った言葉は「よし、この子に耕運機を買ってやるべー」だったそうです。小柄でとても温厚な父親でしたが、たまに怒るととっても怖く最後まで頭が上がりませんでした。 小学校の低学年の時、自宅の石倉の探検をしていると、古い日本刀を見つけました。ワクワクドキドキで、隠密剣士ばりに、裏の竹やぶで振り回しているのを父に見つかり、ゲンコツを何発かもらい倉に一晩中閉じ込められたのを思い出します。
January 26, 2006
昨日は風邪でダウンでした。午前中近くの会社のバラの剪定を頼まれ、半日寒風吹きすさぶ中で頑張りましたが、午後になり発熱、そのままダウンでした。 久々に良く寝ました。やはり風邪には休息が一番のようです。今日は、昨日のことが嘘の様に元気になりました。 朝一で役場で会議がありました。「花とみどりの町づくり委員会」春のみどりまつり実施についての会議です。 かれこれ10年になるこの祭りですが、第1回目は予算ゼロから始めた本当に手作りの祭りでした。祭りに参加した人たちが、米を出したり物を出したり労働力を提供したり。.......もちろん祭りは大成功。何より嬉しかったのは反省会の会場が人で一杯になった事で、参加者それぞれが、自分の「ちから」で成功したとの意識があり充実感であふれていました。 あれから10年、いつのまにか、まつりは役場が中心となり運営されるようになりました。時の流れでしょうか、町から予算を頂く様になり、リッチになると、なぜか、予算の取り合いになります。自分達でやっていた事も、業者にまかせるようになり、自分達で工夫したり、アイデアを出したりする事も少なくなります。 「奪い合えば足れず、分け合えば余る」.....ふしぎなものです。
January 24, 2006
今日は反省会ばやり。午前中から区の体育行事の新春グランドゴルフ大会が開催され、大賑わいです。本当は大会終了後は区の公民館で反省会をするのですが、今年はその役がバラ園にまわってきました。 私も数年前まで、体育の役員だったのですが、色々行なわれる競技の企画運営は当然ですが、それより大変なのは終わった後の反省会です。料理の世話から酒の心配まで、予算と相談しながら出席者に満足してもらうのが一仕事です。 体育の役員の奥さんは大変です。何かの行事のたびに食事の準備やらつまみの準備やらで、慣れない人だとストレスがたまります。.......それをフォローするのが会長の腕の見せ所です。 おかげさまで、私の時の役員は家族ぐるみで毎年1泊旅行を続けています。 さて、そんな訳で今年の会長は知恵をしぼり、反省会をバラ園に丸投げしたようです。予算もあまり無かったようですが、出来るだけの事をさせて頂きました。 実は今も別の反省会をやっている最中です。この地域では有名な先生が何人か見えているのでドキドキしてます。.......いつ終わるのだか楽しみ?
January 22, 2006
最近、うまいものを食べる機会が多くなっています。それと言うのも友人達が、日本中から魚や貝類、果物や珍味などを頂く様で、それのおすそわけにあずかると言う訳です。 ただし、そのままの姿で頂く事が多いので、調理が必要です。実は最近、そんな素材を料理してくれる料理屋さんの知り合いが増え、あちらこちらの料理屋さんにお願いし、うまい肴にしてもらいます。 ちなみに本日は、広島から送られてきた「生牡蠣」です。素人では殻をあけるだけでも一苦労ですが、箱一杯の牡蠣はみるみる料理されていきます。 まずは素材そのままに、レモンで生をぺろり。これが最高。 続いて「焼き牡蠣」......これがまたうまい。 お次は「牡蠣のてんぷら」....etc.etc 次は「ふぐ」か「うなぎ」か。取らぬ狸ではないけれど、日本中の友人の顔が目に浮かびます。........大変なのは料理屋の大将だけかもしれません。
January 21, 2006
今日は、中学校の生徒が町中の商店や、福祉関係、幼稚園などで、実習をする日です。町の中を車で走っていても、おそろいのジャージ姿の子供達が一生懸命頑張っている様子が見えます。 総合学習の一環のようですが、実際に社会にでて、労働を体験するする事は貴重な経験になるものと思います。 週5日制や総合学習が取り入れられてから、突然学力低下が叫ばれるようになり、教育に関する国の方針も定まらず行ったり来たり。.......こんな中一番被害をこうむるのは、当の子供だと言う事は間違いないでしょう。 百人百様の子育ての方法があると思います。なにが正解と言えることは無いと思いますが、少なくとも子供達が平凡でも幸せな暮らしがおくれる様な、社会を現役の我々大人が作っておくことと、子供達には、上手に生きる為の最低のルールだけは、教えておく必要はあると思います。
January 20, 2006
今日、午後から隣町の中学校でバラの話をしました。2年生を対象の、総合学習の時間で職業についての講話を頼まれました。 バラについての話を頼まれたのですが、ついつい世の中の話や人生についての話になってしまいます。今の時代、子供達に夢を語るのはなかなか難しいものがあります。IT産業のカリスマの様なホリエモンも、わずか一日二日で、地に落ち、人生の安心の代名詞の様な高級マンションも、そのもろさが暴露され、何を信じて良いのか、何が正しいのか大人でも判断に苦しむ時代になってしまいました。 教育現場の先生は、子供達の質問にどう答えているのでしょうか?どのように未来を語るのでしょうか?............。 子供達に話をしながらそんな事まで心配してしまいました。私はたった1時間の話なので、どうにでもなるのですが。.........それにしても昼飯後のすぐの授業は、子供達を寝かさない様にするのがたいへんです。
January 19, 2006
今日、バラ園にいらっしゃったお客様と話をしている中で、「ラビアンローズ」の話題で盛り上がりました。 かなり年配の素敵なご夫婦でしたが、つるバラのカクテルがどれくらい伸びるかと言う話となり、私が、昔、京都で「ラビアンローズ」と言う名前の喫茶店の前に、大きな木があり、その木にカクテルがからみ、見上げる程の高さに花が咲いているのを見た。と言うと、ご主人が突然話に入り、それは私の通っていた喫茶店かな?と。 お話によると、昭和27年頃、京都の大学でフランス語を勉強している時、当時としてはめずらしいフランス名の喫茶店「ラビアンローズ」にかよったそうです。私が初めて行ったのは昭和57年位だと思うので約30年の差があったのですが、よくよく話をしていくと、どうやら場所が違う様で、....でも、もしかしたら喫茶店の方が動いたのかも、と言う事で話は落ち着きました。 「薔薇色の人生」などという素敵な人生を送ってきたわけではありませんが、少なくとも人よりは多く、バラの花に囲まれている生活しているのは間違いないでしょう。
January 18, 2006
休みとは言いながら、朝から会計会議です。実は、このブログを書くように勧めてくれたのはバラ園の会計指導をして頂いている渡辺君です。最初はドキドキしながら書いていたのですが、最近は、ちょっと慣れてきた様です。 昨日、私書箱にメッセージを頂きました。とても嬉しかったです。その中で「サンジョルディーの日」というお話を頂き懐かしく思いました。 今ではガーデン用のバラの苗の生産が中心ですが、15年位前は切りバラ生産が主力で、当時はバラも良く売れ、全国のバラ生産者もどんどん増加し、切りバラ協会としても、消費宣伝に力を入れていました。 そんな時に「サンジョルディーの日」の風習に乗りバラ(特に赤バラ)の消費拡大に協力した覚えがあります。男性が女性に赤バラに麦の穂をそえてプレゼントし女性は男性に本をプレゼントする。......とても素敵な日です。 最近、本を読む時間が減ってきた気がします。活字をみる機会はコンピュータのおかげで減ってはいないと思うのですが、何か違うような気がします。
January 17, 2006
今日は50才と一日目、今日からまた頑張るぞと最初に始めたのはお掃除。年末にチョコッとゴミの処理を頼んだら、知り合い価格でも4~50万かかってしまいました。振り返るとまだまだ何倍ものゴミの山。ゴミと言うより、その時は必要で取っておいた物ばかり。.......でも3年も使わなければ、やっぱりゴミです。 ゴミと言えば、思い出すのは、立川談志のはなし。........奥さんに掃除しろよと言うと奥さんが言うには、「お掃除なんてねえ、地球上のゴミを右にやったり、左にやったりするだけの事よ。」.....言われてみりゃその通りだと納得した。と言うはなし。 そんな事を考えながら掃除をしました。....掃除と言えば、先日知り合いの社長から勧められて、中学校の便所掃除に行ってきました。....なんと素手で便器を磨くのです。いや、磨かせて頂くのです。それでも全国から400人位の有志が集まりました。 目的は自分を磨く事、それと不思議に便所を磨かれた学校は、子供達の意識もかわり、良い方向への軌道修正ができるそうです。イエローハットの社長が全国に呼びかけ、率先して行動しています。先日は東京歌舞伎町で掃除をしているところをテレビで見ました。 素手で便器を掃除する事に比べれば、こんなゴミ(宝〕の山なぞ、なんとでもなるわいと自分に言いきかせてます。
January 16, 2006
今日は小正月、各地でどんどん焼きが行なわれています。チョッと前までは、成人式で、国民の休日。昔は正月の行事で赤飯は食べられたものの、誕生日は忘れられがちでした。今思い出したのですが、赤飯ではなく餅の入った小豆粥だったのかもしれません。 バットの中間位の太さの、若い木の枝を30センチ位に切り、手に握るところの皮を10センチ程度残し、あとはすべて樹皮をはぎ、先端に十文字の切れ目を入れそれに餅の入った小豆粥をたっぷり塗りつけ、庭にある柿木や実のなる木を叩いてまわります。 それも叩きながら歌を唄います。殆ど忘れてしまいましたが、ワンフレーズだけなぜか覚えています。「なーるべーか、なるみゃーか、ならぬとはさみでちょん切るぞ.......とうとのとりと?????」字にしてみると、ものすごい伊豆なまりですが、こんな歌を唄いながら、父親の後をついて歩いていたのを思い出します。 今から40年前の話です。....そして今日50歳になりました。「にんげんごじゅうねん~」てな事を言っている場合ではありません。きっと人一倍、色々な経験をしていると思いますが、おかげさまで、まだまだ元気です。純粋なB型気質の為か、自分でも驚くほど前向きです。 このペースで、もうひとふん張り「がんばるぞー!」
January 15, 2006
昨日はとうとうダウンでした。静岡での会議を早退し、家に帰って布団にもぐり込んだのですが、やはりアウト。実は今日、午前中から大きなパーティーが入っていたので、葛根湯とバッファリンを飲んで、汗をかきまくりました。 さて、パーティーが一段落したころ、ナチュラルビレッジの村役の社長から、「村の駅」が出来た様なので、見に行こうと誘われ、車に乗せてもらい出発しました。 ところが、まだ工事中でオープンはまだ先のようです。工事車両もたくさんあり、ちょうど我々も作業服だったので、さりげなく中を一周してきました。 なかなか素敵な施設です。136号線沿いなので、伊豆から帰る車がターゲットだと思いますが、近くの知り合いの農家も出荷するようなので、地域振興になれば良いと思います。
January 14, 2006
今日は忙しい日です。グリーンツーリズムのスタンプラリーの抽選会が、農林事務所の田方支所であり、同じ時間に、静岡県の農業経営士会の総会が、長岡温泉でありました。 同じ農林事務所管内なのになぜバッティングするか不思議です。昨日から、こどもの風邪がうつった様で、調子悪いのですが、1年に1度の会議なので、無理して出席しました。 泊まっても良かったのですが、実は明日、午前中から静岡で農業法人会の理事会があり、夜はまた宴会になるようです。宴会を早々に引き上げ、温泉につかり、代行運転でバラ園まで帰ってきました。
January 12, 2006
久々にナチュラルビレッジの村役が集まり、今年前半のイベント予定を相談しました。定期的に行なってきたイベントも真冬では、客足も鈍るのではないかと想像され、4月の1周年記念祭に力を注いだらどうかと言う意見が多く、その方向で進みそうです。 昨年4月23日にオープンしたので、この日を中心に「春祭り」を計画することになるのでしょう。そして5月になればバラが咲き始めます。バラが咲き始めれば自然にたくさんのお客様が来村して頂けると思います。 そんな話が終わった後、携帯が鳴り、出てみると和太鼓集団「ようそろ」のリーダーからでした。ちょうど4月の終わり頃、ナチュラルビレッジでコンサートをしたいとの事。我々としてもグッドタイミングというところです。
January 11, 2006
ナチュラルビレッジの中に、ガーデンエクステリアの会社があります。今日は、その会社の依頼でバラの植え替えをしてきました。 軽い気持ちで行ったのですが、そのバラはかなりの古木で、根ががっちりと張っています。簡単なアーチに仕立ててありましたが、伸び放題の状態でした。 アーチをはずすところから、穴掘り、植え替え、誘引と一人でやったので2時間かかってしまいました。 私などは、バラのトゲや樹の扱いには慣れていますが、造園職人でもバラは敬遠するようです。バラには移殖の時期があり(ちょうど今がその時期に当たりますが)この時期をはずすとちょっと難しくなります。
January 10, 2006
今日は珍しい物に乗りました。 「セグウェイ」・・・小泉首相が気持ち良さそうの乗っていた、二輪の車?です。大発明と騒がれ、当時期待をふくらませていたのですが、日本では、交通規制や価格的な問題なのか、いまひとつ盛り上がりに欠けた様な気がしていました。 今日、友人の友人が持ってきてくれ、乗せてもらう事ができました。「やっぱり大発明です!」・・・おそるおそる乗ってみると「あら不思議」倒れません。前を見て、意識的に「前に進みたいな」と思うと前に進み、後ろにさがりたいなと思えば、さがります。 車に組み込まれたセンサーが、乗員のちょっとした重心の変化を感じ取り、前進後進をするのだそうです。止まるにはリラックスをする事です。指導してくれた人はさりげなく言うのですが、結構大変です。 右左の回転は左手のハンドルに付いたバイクのアクセルの様な仕掛けで動きます。ここまで自動にすると乗員がパニックを起した時に危険なので、この方法が取られているとの事でした。 残念ながら、日本では、道路は元より歩道の走行も禁止されている様です。アメリカでは、新聞配達や、メーターの検針などに活躍しているそうです。ゴルフ場では、ゴルフバックを運ぶ仕掛けの物もあると聞きました。
January 9, 2006
今日は町の成人式がありました。朝から晴れ着を着た若い子が、町の体育館めざして、なれない足取りでゾロゾロ行進です。 何年か前には荒れた成人式があちこちで行なわれた様ですが、おかげさまで我町は、平穏に過ぎています。 しかし、よくみると色々仕掛けや工夫があります。まずは成人を、町の主な団体が総出で取り囲むような、席の配置、座る席は、中学3年時にの番号順。親の出席も促す。等々。 もちろん、長くて評判の悪い祝辞はカット。挨拶は2人まで。 つまらないアトラクションはやめて、生まれた時からの思い出のフィルムの放映など。役員はなかなか大変です。 このやり方が良いか悪いか、判断が難しいところですが、総体的に感じたのは新成人の覇気が無い事です。自分達で積極的に成人式を運営する位のパワーが欲しいものです。
January 8, 2006
新年を向え、すでに7日。朝から七草がゆを腹いっぱい食べ、風邪をひかないように祈りながら、バラ園に向かいました。 今年は、技術と人脈を生かしながら経営を展開しようと決めたので、さっそく動き始めました。知り合いの社長宅を訪問すると運良く社長は在宅で、立ち話でしたが、今年は共に頑張ろうと気合を入れて頂きました。100億の売上のある社長と新年早々話が出来るとは、「こいつは春から、縁起がいいわい!」 バラ園に戻ると、東京の有名な某広告代理店から、ローズヒップの注文。バラの枝ごと1束送れとの事、喜んで発送しました。何かの宣伝で使ってもらえれば嬉しいことです。 農業を始めた頃、農業の大先輩に言われた事を思い出します。「お茶づくりでも、花作りでも、ひとつことを極めれば、世の中の誰とでもはなしができるぞ」この歳になり、ようやくわかってきた様な気がします。
January 7, 2006
明けましておめでとうございます。 今年は今日からスタートです。正月はあちこち小旅行をして、のんびりして来ました。あまり遠くへは行けないので、日帰りの東京見物バスツアーや、伊豆ミステリーツアーなど、こじんまり行ってきました。 伊豆のミステリーツアーと言っても、要は目的地の無い無計画な旅の事です。3年前から始まったのですが、区の体育委員をやった仲間が家族連れで、1泊旅行をするものです。泊まる宿だけは決めるけれども、あとは行き当たりばったりで動き回る小旅行です。 海があれば釣りをしてみたり、朝市があれば立ち寄って焼き芋を食べたり、時間に縛られる事無く、自由に伊豆の発見をしようというものです。 3年に一度幹事が回ってきます。来年は我が家の番なので、そろそろ作戦を立てようかと思っています。
January 6, 2006
全23件 (23件中 1-23件目)
1