夫は、「定命」という言葉を口にする。しかし、それにしては15歳のクロの死は急すぎる。
腎臓が悪いことは十分考えられたのに、そのことに全然気が付かなかった自分が責められてならない。
大分前から2階に行くこともせず、10月初めころからは、私が起きてもまだ寝ているような状態だったのに、年だからで片づけていた。
目に見えて弱ったのは10日の夕方、久しぶりの外出から戻ってきてからである。
11日はとうとう何も食べず、無理やり食べさせようとしてもダメだった。でも、死ぬほどだとは思いもせず、夕飯の後は夫と二人でたくさんの栗の皮を剥くことに専念していた。その夜は、いつもの布団に寝せてやっても、北の間や玄関に移動してうずくまっていた。「布団の上で寝ていればいいのに、何やってんのよ」と声をかけながら特に何も考えていなかった。
9時ごろ、クロが吐いたというのに、片づけを夫任せにして私は見てやりもしなかった。
私が布団に入る11時ころ、玄関の土間に横になっていた。抱き上げた時には、とても力がない状態で軽かった。
あの時もうすでに死はそこまで迫っていたのであろう。 私の脚のあたりの布団の上に乗せてやって1時間ほどのち、大きく吐いたのである。といっても、ほとんど何も食べていなかったので、白い粘液性のものだけであるが。
それから気になって無理やり水を飲ませたりしたが、ろくに飲まなかったようだ。ボールに入れた水の中に、クロの息がぶくぶくと泡をたてていたのを覚えている。
その間も目をずっと開けたままで、その目に光がなくてどんよりしているのを不思議に思いながら、それでもまだ死んでしまうなんて考えもしなかった。
隣に腕枕をするように横たえて、何度もしゃっくりのような感じで吐くのをふき取ってあげながら、それがとても臭いので、やっぱり何か悪いものを口にしたのかなと思っていた。
「朝になったらお医者さんに行こうね」と、自分に言い聞かせるように繰り返していた。
それなのに間もなく大きく痙攣して、それが最後だった。
えっと思いながら、そこで初めて夫を呼んだのである。
夫は見るなり「こりゃ、死んでるな。」と言う。目を見て、「やっぱり死んでる」と。
すぐに硬直が始まって、夫が目を閉じてあげようとしてもなかなか閉じなくて、でもいつの間にか眠っているかのような穏やかな表情になっていた。楽になれたのだろう。
それから初めは夫の言うようにバスタオルにくるんで、それから私の寝ていたまだ新しい白いシーツにくるみ直して、布団の横に寝かせたまま、まだ信じられない思いで朝を迎えたのである。
猫だけではなく、こんなふうに誰かの最期をみとったのは初めてだった。
猫日記―エゴが死なせたのかも? 2011年10月19日
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