全22件 (22件中 1-22件目)
1
全く何の先入観もなく、この作品を見に行ったわたし、知人が見たいというので付き合った経緯があります。まず一般的な最近のシネコンの傾向ですが、やたらと音量が大きく、迫力があるのはいいのですが、映画によっては興ざめすることはなはだしい時もあるので、再考を促したいところですね。静かなホームドラマの会話のシーンでなぜかビールを注ぐ音がやたらでかく、なにかこのシーンには意味があるのでは?なんて変な方向に勘が働くときがあり、疲れるんです。さて、ネタバレしない程度に作品を評価する前に、素直に鑑賞後感想を言いますと、上映開始から半分ぐらいまでは病的殺人犯の心理描写や主人公のかかわりぐあいがからんだあたり、なぞとしてぐいぐい引き込まれるのですが、後半になって登場人物がどんどん出てきて絡み合い、しまいには訳が分からないと言うか、考えるのが面倒になり、退屈感を憶えてしまいました。優れた映画いなら、鑑賞者を画面に引き込んで離さない魅力が常にあり、画面の隅々まで神経が行き届いているものですが、セリフが陳腐で意味が通らず、原作がどのようなものかはわかりませんが、後半の複雑なストーリー展開はほとんどセリフでしか語られず、画面はついていけない感がありました。最近の日本映画の傾向なんでしょうが、音だけはオーディオ的快感を味わえるようになっていますが、このあたり若者のヘッドフォン感覚?聴力低下の遠因にもなります。画面のバランスや、カメラのカット割りなど全く考えられていないようで、このあたりは韓国映画に負けています。箇条書きにすると後半は見るのが疲れる(人間関係をもっと丁寧に描写すべきでした)グロテスクなだけで必然性なしの画面多しセリフと画面が遊離している総合評価は、タイトルが大業で空回りしている映画でした。5段階評価で
2022.05.29
コメント(0)
今日は海軍記念日、いまから117年前の5月27日、日本海でロシアのバルチック艦隊と日本艦隊が交戦し、後者が圧倒的な勝利を収めた日である。よく覚えているのは、わたしの次男が前日生まれているからだ。そのころのわたしは戦史に凝っていたので、よほど平八郎と言う中江にしようと思っていたが、周囲の大反対もあって断念した覚えがある。今思えば付けなくてよかった、というのは、この名前を恐らく親からもらったのであろう、政府の財務官が電車内で酒に酔って不祥事を起こしたからだ。閑話休題東郷平八郎は敗戦後もあちこちの石碑や記念館は取り壊しもされずそっくりしている。また当時の旗艦「三笠」は横須賀に係留されて博物館となっていて、江田島にある海上自衛隊幹部候補生養成学校(旧軍の海軍大学校にあたる)周囲にも東郷元帥の胸像や揮ごうなど多数現存している。これに比べて旧陸軍は影薄く、せいぜい乃木神社が都内に残っているぐらいで、海軍と比べてさみしい限りである。日本海での大勝利が、日本に与えた影響は、やはり日本が海軍国だということと、民族の伝統と言うか海軍は日本の国土と深いつながりがある。海岸線の長さが、日本は世界で第六位、これはカナダ、ロシア、ノルウェー、インドネシア、フィリピンに次ぐ順位で、オーストラリアよりも長いのだ。感覚的にえ?となるが、日本は島国でもあり、多数の島嶼を抱えているから海岸線も長くなる。ロシアや中国は国土が広いのでこの比率は下がる。なぜこんなデータを取るのかと言えば、実は海岸線の長さと国土の広さは、その国の国土防衛に密接に関係しているからだ。日本がまず古来から学んだことは、水上の戦闘は陸上のそれに比べて短時間で終了するので効率がいい。鎌倉時代の蒙古襲来がその最初の学習で、上陸した蒙古軍を撃滅するのは大変だが、その後の台風の襲来で沈没、大破した蒙古軍は自ら自滅し、日本軍は戦わずして勝利者となったことに気づいたのはのちの日本陸軍大学校の教官である。彼らは、日本の歴史からそのような故事を選んで勉強した。最小の兵力で大群を打ち破る研究だ。桶狭間の戦い、ヒヨドリ越え等、寡軍が大軍を破った例ばかりである。壇ノ浦の戦いのみが水軍同士の戦いは陸上に比べて勝てば効率は良く、決戦することができる戦いの形態だとしたのである。これらの研究が偏っていたのはその後の日本の軍隊がたどった歴史を見れば一目瞭然であるが、大軍を集中して敵を破るという当たり前の法則は無視され、偶然が重なって得た勝利の例ばかり研究しても仕方のないことに気づく軍人はいなかったのだ。日本軍の伝統的な戦法に劣勢包囲と言うのがあった。これは相手が未熟な中国軍だから可能な戦法だったが、これを太平洋戦争の各地で使い、日本は敗北した。劣勢包囲はあちこちの戦線で見られた。閑話休題何を言いたいかと言えば、日本は地勢的に海軍国であり、ロシアや中国のような広大な陸地の保全をする必要はない。逆に狭い国土の周囲は海で、ここを渡ってくる敵に対する戦略を考えなければならない。なのに今年度の海自要求額は1.4兆円、陸自が3兆円以上なのにだ。この考えは、陸上こそ決戦地域で、上陸してきた敵を水際または内陸へ誘いこんで撃滅するという戦略が垣間見えるのだ。この考えは保守的で、標準的な考えでしかなく、日本独自の戦略とはとても言えない代物である。俗にいう本土決戦で、国民の財産から生命を危険にさらして戦闘するというのはどうもいただけないし、支持も得られないと思う。何よりも大事なのは、四周を囲む海の監視である。この目が発達していなければ忍び寄る敵を発見して反転させるか、撃沈するかの選択もできず、敵の思うがままになる可能性がある。なぜなら攻撃は自由に場所と時間を選択できるが、守備するほうにはそれはないということだからだ。そのために海上部隊は隠密性を持った監視能力も備えなければならない。それには潜水艦が最適、長距離を遊弋する必要はないから、原子力潜水艦よりも静粛性に優れたディゼルエンジンを積んだ潜水艦の方がその能力を発揮するだろう。その技術の向上はカネがかかる。これの研究で優位に立つことは国の防衛にかかる重大事であって、選択の余地はないと思う。昔の海軍は88艦隊と呼ばれて、いわゆる大鑑巨砲で敵の侵略意図を起こさせず、相手に見せつけるのも役目だったが、これの欠点は相手の装備がわかるだけに、ではこれより大きなものを作るという競争に陥りがちで、大変なカネがかかる。いまは「どこに潜むか何を持っているかわからない状態」を醸し出すのが最善とされる。また戦略もはっきりさせず、もやもやとさせておく。こっちの意図を計りようがない以上、敵もそんなにやすやすと攻め込めないはずである。
2022.05.27
コメント(0)
LGBTSの人たちが人口に対してどのぐらいの割合なのか、公式の見解はないそうだが、あちこちのネットを見るとだいたい4から10%の間と言うことらしい。意外と多いのに改めて認識不足を感じたが、Maxの10人に一人であれば、周りにけっこういることになる。少々乱暴な確率だが、いま日本の15歳未満の人口は約1500万人、このうち半数が男女それぞれ同数とすれば750万人、日本人総人口が1オクとしてLGBTSに遭遇する割合は、男子中学生と遭遇する割合とほぼ同じと言うことになる?だがほとんど見分けがつかない。世間で言われているほどの数字ではないのではないか?と言う疑問もわく。もっとも見分けがつかないからどうだということではなく、身の回りには普通にいるということなのだろう。このことは、若いころの実体験としてあるのだが、それを書いてみようと思う。社会に出て無我夢中で働いているころは、周囲にはそんな連中がいたとは意識できなかった。しかし小学校、中学校時代にはそれらしき友人はいた。団塊世代の真っ最中で一クラス60人近い大所帯だが、女言葉を使う友人が二人いた。この比率などおよそ3%で、うなづけるかもしれない。当時はアルファベットで簡単に略してしまうような言葉など存在せず、「おとこおんな」とか「おかま」とか呼ばれていた。しかしそれはあくまで校外での話であって、我々友人や先生との間では全く普通に交友していたと思う。成績優秀な人が多く、話題も豊富で女生徒との会話もうまく、われわれはおこぼれちょうだい的に彼らの周囲に集まっていた。また外見的な仕草とは裏腹に、運動神経もよくて、バスケットやサッカー、あるいは相撲や柔道など格闘技にも強くて対抗試合などよく出ていたものである。要するに現在のLGBTSという作られたイメージでは全くなく、正々堂々と生きていた。我々も全く彼らを差別などしなかったし、彼らもまた、今様のカミングアウトの感覚はまったく持ち合わせていなかった。彼らには独特の魅力があり、流ちょうに女言葉を使うのもかっこよく見えた。社会人になって、彼ら(彼女ら)が経営するクラブやスナックはその特性を生かして繁盛している店が多い。いま、LGBTSに対する世論は、メディアや知識人によってなにかマイナーに受け取られ、それをもって生まれた欠陥のように扱っているが、彼らにとってみれば余計なお世話だろう。親だって心配しすぎるのは理解するが、世間に相談すればするほどおかしな方向に行ってしまうことが多い。最初から市民権を得ていたものが、なにかいったんマイナーにされてしまい、それから我々が後押しをしますから頑張ってくださいなんて図式が出来上がっているように思える。メディアが知識人や有識者を使って重箱の隅をほじくるようなことをやり、彼ら(彼女ら)が普段着でいることを神経過敏にしてしまったような気がする。周囲の人間が寄ってたかって「君たちにも人権があるんだからどうどうと生きなさい」と言っているようにわたしには聞こえる。全く余計なお世話である。言われたほうは「え?わたしたちってフツーなのになんでそう思われるのかなあ。もしかしてそのとおりなのかも」と不安に思うだろう。言われれば意識せざるを得ない。何かぎくしゃくしてくる第一歩だろう。数多いLGBTSの人たちの中には、そんな世間の風潮に影響されて迷っている方々も多いだろう。それには同じ境遇の先輩の助言や、専門家の指導を手厚くするということだろう。それを看板にして活躍しているタレントさんも大勢いる。彼らはごく普通に当たり前に自分の特質を理解して仕事しているのだが、メディアは彼らのここまでに至る経験を例外なくいかにも悪環境にめげず頑張ってきたように作ってしまうから始末が悪い。影響のあるテレビ番組だからこそこのあたり注意して制作してもらいたいものだ。特別視するからそんな風になる。当たり前にみれないのかなあ。
2022.05.26
コメント(0)
バイデンさんの来日に合わせて辛辣なタイトルを考えたが、実際に両国の関係はメディアを通じた報道や政治家たちのコメント、言動を見てもやはりその通りだと言わざるを得ない。毎度ながら繰り返される大統領の来日報道はまさに信長の上洛もかくや、メディアは両国の首長の親密さをアピールし、その度を越した警備体制を世界に国内に発信して両国の親密度をまた再発信するのである。現状は、国内に数十か所の米軍基地があり、まず横田基地に米軍飛行空域を飛行して大統領専用機が飛来、ここからまたまた空輸されたであろう専用ヘリに乗って東京の心臓部である赤坂米軍ヘリポートまで飛行、さらにこれまた空輸された専用車に乗って赤坂迎賓館まで行くのだが、この光景をテレビで見て、いったいここは日本なのか。いったい日本は主権国家なのか?と疑問を持つ国民は大したものだが希少であろう。大多数の国民は、大統領の来日のたんびに繰り返される映像を見て、いつのまにか米大統領は世界で一番ドエライ人と言う刷り込み現象が起きているのだろう。警視庁のパトカーや護衛隊は大統領専用車とそれを取り囲むアメリカ側のシークレットサービスや護衛車両をさらに取り囲む形で、万が一のことがあっても日本人のテロリストがアメリカのSSによって射殺されるなんてことがないようにしているのが見て取れる。おそらくSSは拳銃携帯だろうし、武器の持ち込みは法律違反だが、核兵器なども持ち込んで平気な国だから、なんてことないのだろう。国家元首が外国訪問するとき、原則は現地の警備に任せるのが常識と言われるが、アメリカはそれを全く否定しているのだろう。日本がまだ開国して間もないころだが、来日したロシア皇太子が琵琶湖畔で日本人の警官に襲撃された事件があり、時の明治天皇がお見舞いに訪れたことがあった。これがトラウマになっているのかどうか知らないが、アメリカは外国訪問に対してずっとこのような態度であるのは理解できない。閑話休題 本題に入るが原因は単純で、太平洋戦争での敗戦である。ではなぜ敗戦したのかなんて原因を探っても仕方のない話で、それはあまたの人が論じているのでここでは取り上げない。問題とするのは敗戦したからではなくて、敗戦の後の日本人の心の問題である。戦後よく言われたのは「一億総ざんげ」と言う言葉で、文字通り、日本人の総人口一億人が老若男女「私たちが悪かった、許してください」という意識づけによく使われたのである。善良な国民はだまされていたのだ、誰にと言えば軍人や政治家で、善良な国民の恨みは軍人と政治家に向けられた。軍人たちは何おかいわんやで、言いたいことがあっても口を閉じ、反論することなく隠棲したのだ。戦後しばらく相次いで出版された軍人、政治家たちの体験談や著書はほとんどが無条件の反省に終始、当時の世論に迎合する如くだった。しかし少なくとも日本の軍隊は当時の青年から選りすぐりの荘重が専門の教育を受け、方向性は別としても自分たちだけが悪かったと言い始めるのはまさに極端なご都合主義で、要領のいい人にありがちな一種の世渡り技術である。有名な戦争放棄の憲法も、当時戦争裁判で全国津々浦々に拡がった戦犯容疑は元兵士の間に恐怖として広がりつつあり、このような背景もあってマッカーサーの困惑にもかかわらず日本首脳の総意で戦争放棄を入れれば少しはアメリカ人の心象もよくなるだろうという、まったくの怯懦から生まれたという人もいる。日本の軍人たちが本当に反省していたとすれば、当然ながらこうすれば良かったああすればよかったという意見が出てもいいのだが、全くそれはなく新参の政治家たちに任せてしまったのも狡猾ではある。少なくとも戦寺中に第一線で指揮を執った将官級の軍人が日本の反省すべきところ、これからどうすべきかを論じた言動を見たことはない。彼らの頭脳が明晰で優秀だったのは戦後の彼らの動向を見れば明らか。軍人たちは公職追放になったので主に民間で活躍しているが、一番の出世頭は商事会社の会長にまでなった陸軍の参謀(陸軍士官学校、陸軍大学首席卒業)で、国会議員にもこれまた陸軍の英才参謀が進出、また海軍出身将校は東京タワーや新幹線の設計、国産車の生産など主に技術分野に従事して戦後の日本の復興におおきな役目を果たしているのだ。しかし彼らに共通するのは、日本という国を誤らせた真の理由を政治や国策に生かす役目を果たさなかったということである。たとえば、戦争放棄を方針にはするが、それを拡大解釈して軍備放棄とか憲法にまでするということについて真の意味で助言できなかったということや、アメリカとその占領方式について、また東京裁判での弁護についても軍人たちはまったく我関せずだったから、ある意味では最後まで無責任だったということができよう。東京裁判で、法定に証人として出た軍人たちはみんな自己弁護に終始し、みっともない姿をさらけ出した。米英の軍人たちはこのような日本人の変わり身のはやさにある意味軽蔑したはずだ。いわばほとんどの元軍人たちは自ずから出自を隠して巷に隠遁していたのだ。占領軍のアメリカに対して、少しでも物言いができたなら、惨めな今の姿はなかったのではないか?少なくとも、今次米軍基地のある地域で起きている様々な軋轢、また日米安保のあり方、また先も触れた飛行空域の問題とか、少しは違ったのではないだろうか。日本人は議論が下手だと言われる。それは白を黒と言いくるめるテクニックばかり教育して人の話を聞くという訓練を幼少のころから教育していなかった弊害があるのかもしれない。それを最も知っているのは当時の最先端の頭脳を集めて教官、生徒ともども一堂に会して切磋琢磨した軍人養成学校の卒業生だろう。つまり戦後の日本の腰砕け原因は軍人たちが一切の口を閉ざしたことにある。悪いところばかりでなくいいところもあったんだとなぜ言えなかったのか?言ってもしゃーないではあまりに無責任すぎる。
2022.05.23
コメント(0)
スマホやPCで検索していると、必要なものを見つける前に関係のない情報が目の前をふさいで邪魔する。イライラするが、資本主義の賜物と考えてその恩恵に甘んじることにして甘受する。つまり、必要な情報はすべて無償提供してあげてるんだよ、そのかわりうちの商品を買ってちょうだいということだと思う。昔は必要な情報を得るには外に出ていって学校の図書館か、先生か友人かから得るしかなかった。その情報は少なかったが正確で、良心的だった。勉強する人としない人の環境格差は大きかった。野口英世は猪苗代湖の湖畔に生まれた貧農?の環境にありながら自ら行動し、必要な情報を友人、知人から得て習得していった。それ以外の人的関係や世の中の交わりのルールなどは得る余裕がなかった。のちに名声と引き換えにいろいろな悪評が残るのはそのせいかもしれない。我々は現代で、彼とは比較にならない速度と情報量の過多に会って戸惑う時間の方が多い。そこにたどり着くまで、ネット内の歴史学者が創作歴史を売り歩き、テキトーな創作記事をもっともらしくニュースとして配る連中を排除しながらだから大変な作業。野口のころはそんな余計な連中はいなかった。ひたすら彼は顕微鏡の扱い方、細胞の染色の方法など、文献だけを机にそろえて勉強できた。効率は彼の方が上だったのではないか?今の医学生の知識は、おそらく野口英世の数倍に匹敵するだろう。しかし知識欲と言うか好奇心と言うか、そんなものは持ち合わせていないだろう。しかし、人間的に、社会的にバランスが取れた適応力のある人間としてただ存在するだけなんだろう。閑話休題トイレで読書するのが悪いくせだがやめられない。付箋も持ち込んで、わからない言葉が出ると付箋を貼り、後日2,3か所になるとまとめて検索する。「予譲の衣」ということわざがある。相手を憎む表現に使うらしいが、早速調べる。意味がすぐ分かるまでわずか数十秒、小学生の時にこんな便利な世の中になってたらなあ、いまごろ東大はおろか、ペンシルバニア大学のキョージュになっていたかもなあ。周りもそうなっているからそれはないですね。「予譲の衣」とは、晋の時代、主人を殺された予譲と言う剣士が何度か仇をつけ狙うがことごとく失敗し、最後に仇の衣をもらい受け、これに三度切りつけてかたき討ちをした故事にちなむそうです。一つ知識を得たが、パソコンないころなら、まず図書館に行って大日本百科事典の棚に行って半日はかかったろうな。まことにありがたい世の中。
2022.05.23
コメント(0)
東郷平八郎からもらったと思われる名前負けしたのかもしれないが、エリートがまた酒でしくじった。案外と高学歴人間が電車内でしくじるって多いようだが、なぜなのかは心理学者にお任せするとして、酒に飲まれたのだろう。元来日本人はアルコールに弱い民族なのに、昔から、戦国時代から酒は強さの象徴だった。下戸だった戦国大名をネットで調べても織田信長とか、毛利元就とか、なんとなくわかるような気はするが、彼らはトップを極めたから酒など飲まなくてもいい立場にいたのだろう。また、酒が一滴も飲めないが、酒席で見事なふるまいを見せる人がいるが、あれなど才覚の一つだろう。こんな人ほど上に立つのではないだろうか。おそらく信長も毛利元就も、その演技がうまく、また酒を上手に部下を使うツールとして扱えたのだろう。ヒットラーなぞは逆で、官邸での酒宴や喫煙を一切禁止していた。部下は禁欲的な生活を強いられたが、地下壕に移ってからは軍規乱れてけっこう飲んでいたらしい。部下が彼についてこなかったのは歴史が示している。彼は狭量で、自分の好みを部下に押し付けた。このあたりが酒をうまく使った信長たちとは違うのだろう。閑話休題現代の大名たちはどうだろうか。だいたい新橋あたりではプラットホームに酒の自販機があったし、俗にいうセンベロ地帯だった。サラリーマン、一日のクロージングに酒は切り離せないなんて勝手に思い込んで酔っ払い、周囲に迷惑をかけて醒めれば憶えていないで済むようだからまさに日本は酒飲み天国、中近東のアルコールはご法度とは正対する国である。このエリートは酒飲みの習慣がなかったのかもしれない。あればいささか飲みすぎればタクシーで帰るとか、ホテルに泊まるとかいう知恵もあったはずだが、元々ケチな性分なのか、公共交通を使用して一生を棒に振ったわけだ。たしかNHKの有名アナウンサーもこれをやったはず。酒の失敗は予測できない。麻薬と同じで本人は知らず知らずのうちにどっぷりつかっているということがほとんど、まさに人間の弱いところに付け込んでくる悪魔の習慣である。道路交通法では通常の違反よりも飲酒した場合は類型的に重い過料が科せられる。一般の量刑も酒が絡んだ場合、数倍の過料を科すことがいいと思うのだ。このぐらいしてちょうどいいのではないか。
2022.05.22
コメント(0)
この数字は全国的に超有名になってしまった。記憶力の悪いわたしでも覚えたぐらい、毎日メディアで叩きこまれると夢にも出そうな雰囲気だ。町長は本音を吐けず、ただひたすら誤送金された金は戻ってくるとコメントしているのがいじらしい姿には気の毒だが、第三者はおもしろがってまさにネタにしている今日この頃。わたしもすでにそんなジャンルに入っている。わたしだったらどうするか?変身願望で空想してみた。 ある日突然口座に4630万円が振り込まれた!で、今日は金曜日、10時10分を過ぎたところである。慌てた市の職員から固定電話にかかってきた電話。「大変申しわけありませんが、あなたの口座に間違って振り込んでしまいました。これから銀行にご同行いただきたい。」わたし「すみませんがわたし留守番なので戻ったら電話させますが・・・・」で考える時間を作る。現実世界では銀行は全くこの預金についてはロックもせずに口座名義人が自由に引き落とし可能にさせていたので、空想世界でも同様とする(汗)わたしはすぐ支店に出向き、払い戻し請求をする。金額は4860万円、もちろん体積は100万円=1㎝として46.3Cm厚みで重量は5㎏弱だから、大きなバッグを持っていく。支店長が今日中には全額無理なので明日まで待ってくれと言う。では本店まで行くから今日中に用意してくれと言うとOKが出る。日銀支店のある県庁所在地まで行く。で、午後には現金全額が手に入る。で、海外へトンズラと思ったが、国内の総資産を捨てるとなると評価額では4630万を上回るはずだから思いとどまる。ではやっぱりギャンブルか、あるいは株か、それとも不動産取得か?わたしはほとんどギャンブル感覚はゼロ、もちろん株式投資も一度しかやったことがない。こっちは倒産して全額損している。わたしには投資と言うのは縁がないと悟っている。考えてみれば、そんな才覚もない男が海外に逃亡してなにやら事業でも始めたいと思っても何の知識もないし、コンサルタントあたりに訊いてみようと思っても人脈もない。逆に小金を持った日本人がいるといううわさを聞き付けたよからぬ連中に脅かされるか殺されるかの末路は見えている。ならば、やはり国内で何かするか?ウクライナに全額軍事援助か?安い自爆型ドローンならこれで5発ぐらいは買えそうだ。あるいはめぐまれない子供たち「お母さんなぜごはん食べないの?」と言うあれに寄付?しかしあれだってCM費用など出せるぐらい資金力はあるのだから寄付しなくてもいいのでは?寄付も選択肢多すぎて断念。では慈善事業にするか。インドのノーベル賞もらったという金融業者のマネをして貧者に事業資金を貸すことにするか?しかしこれも免許が欲しいだろうし、とにかく数日後には当局者の返金してくれとの申し入れにうるさくつきまとわれるだろう。やはり返却してありがたられたほうが社会の良識?よし決まった!弁護士を雇って交渉させよう。今弁護士は吐いて捨てるほどいる。裁判所の周辺には事務所が雨後の竹の子のように林立している。犯罪者にはなりたくないし、かといって全額をああそうですかと簡単に返すのもしゃくに触る。弁護士に託するのは次のとおり誤送金の責任を問う慰謝料を請求する自治体首長および議長の詫び状提出これらが認められない場合は裁判にする(可能なら全額供託する)このくらいが庶民の空想の範囲ではないか。
2022.05.21
コメント(0)
縁もゆかりもない北海道に会社の転勤で行ってしまった次男坊、彼は現地で嫁を娶り、40歳までには家を建てたいと言い出した。子がないせいか、家という愛の巣で夫婦のアイデンテティを確立したいのかどうかはわからないが、いずれにしても頼もしい限りではある。わたしには、彼らがまだ成年に達しないころ,増しては次男坊がまだ中学に入学するかしないかのころにやむを得ない事情で配偶者を離縁した経験があるから、彼らにはずっとすまない気持ちがある。今でもその感情は消えることはないが、親はなくても子は育つのだなあという感慨しきりのころ、しかし次男坊が家を建てたいというシーンに遭遇すると、やはり父親としては自分でもびっくりするぐらいオーソドックスで保守的で当たり前で意地悪な意見を言わなければならなかった。ほとんどのやり取りは長男とわたしと次男とがLINEでグループを作り、その中でコメントを出し合うのだが、そのグループの写真は我が家のお墓である(笑)やり取りの大意次男「家を北海道に建てたいが意見は?」いきなりこのコメントの襲撃である。長男「大賛成!できたら呼んでちょうだい」こいつは論外だな全く人ごとだ。ちなみに長男は都内に住み、女の子がいる。わたしとしても初孫なので写真や動画をねだって送ってもらっている。わたし「父親として頼もしい限り、早い方がローン組むのも楽だろうし賛成だよ」しかしこの後にふつふつと湧き上がる負の感情!どうしようもない。思い切って言ってみた。賽は投げられた!わたし「お前、嫁に引っ張られてるんじゃねえの?」ちなみに嫁の母親は健在ですぐ近くのアパート暮らし、続いてもうとまらないわたし「婆さんを引き取ることになるのは目に見えてる。長男(嫁の兄)がいるんだから話を付けろや!」まるでやくざのせりふである。この兄は離れて全くカンケーねえところに住んでいる。近くにいる娘に面倒見てもらうのが親としてはいちばん幸せよなあなんて言っているセリフが聞こえる。幻聴か?わたし「他人の親を面倒見るんだから、長男と話し合ってうまくやられないようにしろよ」わたしの剣幕に驚いたらしい次男坊「その件は嫁と話し合って決めている。親の面倒は見ないと」わたし「そんなことは空論である。じっさい母親が娘を頼ってきたらお前は負けるんだよ!勝てとは言わないが、搾取されないようにしろよ。人生の経験者として言うが、お前の立場は誰が見ても嫁に引っ張られたと思うだろう。ただしかなり援助してもらったんだろうなんて勘ぐられるだろう。それはそれでいいから家を婆さんの近くに建てるならお前ひとりで苦労することはないよ。俺がお前を育てたのは、他人の親の面倒を見させるためじゃねえ」最小限だが言うべきことは言ったので鉾を納めた。次男坊もわたしの反論は予想内だったようで、落ち着いてはいた。次男「北海道は地震が少ない」わたし「そんなことはない。いま日本のどこで地震が起きてもおかしくない」とっさに地名までは言えなかった。わたし「そんな寒いところにわざわざ家建てなくても。一生貸家の方が気楽かもよ。社宅住まいって手もある。地震保険だの火災保険だの入らなくて済むしな。まして一戸建てなんて古い考えだよ。」さっきまで家建てるのはいいことだと言っていながら反対意見になった。まあこのあたりでやめようとクロージングに向かう。わたし「基本的にお前たちには、自分が親から施されたことは子に返そうとしてやってきた。両親はわたしに介護などさせるつもりはなく、すすんで施設に入り一生を終えたから、お前らもそうしてくれ。自分の面倒は自分で見るから安心せい」どうしてもグループだから兄弟そろってモニターしているわけでこのような言い方にはなる。あんがい嫁にも見せてたりして・・・。ラインは記録になるし、印刷もできるって知ってましたか?しかし一時配偶者の反乱で危ぶんだ子供たちもこうして独り立ちしているんだなあとしみじみ思った初夏でありました。格言「親はナスでも子は育つ」
2022.05.19
コメント(0)
ウクライナ紛争のどさくさに乗っかる形で、隣国北朝鮮がまたミサイルを日本海に撃ち込んでいる。何回もやるので、首相のコメントも棒読み、緊迫感なしだが、我々もまた、またか?てな感じで北朝鮮恐ろしいとは思わなくなっている。そんなときに北朝鮮は王様自ら薬局に出向いてコロナ禍の存在を初めて報じたという。感染者が全人口の2.3%」なんて数字も出てきているし、なによりもその報道の意図は何なのか、これを探ると、けっきょくは他国からの援助が欲しいからではないのだろうか。中国へ北朝鮮の輸送機が飛び、必要な医療品を積み込む様子が報道されているが、これではとても足りないのだろう。なによりも王様に感染しないようにするのが至上命令だろうから、無為無策のままではあっという間に感染爆発、王様まで感染して死亡まで行きかねない。そのための報道発表なのだろう。そのためなのかわからないが、韓国の新大統領は早速人道的な見地から、必要なワクチンを北朝鮮へ手当てするとしている。この人道的見地と言うのがわからない。世界の嫌われものである北朝鮮に、なぜ人道的見地から無条件に援助しなければならないのかがわからない。いつも北朝鮮には韓国をはじめ、我々日本人も迷惑を受けているではないか。ミサイルを撃たれれば、いきなり携帯に伊福部昭(ゴジラの作曲者)の息子さんが作曲した不気味な警戒音が鳴りはじめ、なにかとみれば北朝鮮がミサイルを発射しましたというコメントがでる。我々はまだしも、航海中の船舶乗組員や飛行中の航空機に乗り合わせている人たちは普通ではいられないだろう。政府が断固抗議してみたって守らない国であることはわかっているのだ。こんな国になぜ無条件で援助をしなければならないのか?韓国からしてみれば、元々は同じ民族が、たまたま米ソ大国の理屈で離ればなれになったわけで理解できないわけではないし、そもそもの原因は、日本が朝鮮半島を併合したことからであるから、我々にも責任はあるのだろうが。それにしても度が過ぎるのではないか。何事も三度までと言うことわざがある。いまのとこ、北朝鮮はハッキリと援助してほしいとは言っていないが、局面が感染爆発までいくのは時間の問題だから、はっきりと北朝鮮に対して「援助してやってもいいが、条件がある。核とミサイルの放棄だ。」となぜ言えないのか?中国に遠慮しているのか?韓国は地続きだから、北からウィルスが侵入するリスクは十分だが、だからと言って無条件で援助する必要があるのか疑わしい。度重なる韓国の援助は、核による脅しが効いているからだという王様の判断ならとんでもない話で、日本としては大迷惑なのである。もっともこの国は、王朝が存続するためには国民の何人犠牲になろうが気にもかけない体質だから、そう簡単に屈しないだろうが、我々は筋を通すべきである。援助を繰り返す韓国に対してもわれわれは抗議すべきではないか。「韓国の度重なる援助は北朝鮮を助長させ、ミサイルを日本海に撃ち込む遠因にもなっていると・・・・。日本は国内事情で、北朝鮮に大勢の花嫁を送ったことがある。野党の宣伝もあって「北朝鮮は夢の国」「搾取のない国」「この世の楽園」などの宣伝文句で10万近い日本人が北朝鮮に行ってしまった。彼らの暮らし向きはその後の報道のとおりである。長い物には巻かれろと言うことわざは北朝鮮の国民を象徴する言葉、人間とは愚かなものだなあと言う感情でしか彼らを計ることができないでいる。
2022.05.19
コメント(0)
わが日本では、現職首相が暗殺されるという事件が何件か起こっているが、おとといの5月15日は犬養首相が暗殺されて90年経っている日である。今では日本は戦争を放棄して、敵国攻撃能力を備えるか否かで大もめするほど平和国家なのに、このころはいまの北朝鮮も逃げ出すほどの軍備と全体主義を持つ不気味な国家だったのだ。日本が戦争大好き国家になったのは、政治家が軍人に抑えられてしまったせいだとよく言われる。浜口首相の暗殺もこの影響で、犯人は統帥権干犯と言う難しい言葉を理由にしたが、取調官に「では統帥権干犯とは何か?」と訊かれるとろくに答えられなかったというほど、その雰囲気に支配されていたのである。この権利は簡単にいえば、軍隊は天皇の命令で動くので、政治が口を出すのはけしからんという考えである。軍人たちがなぜ暴走したのか?たくさんの書物がこの件で書かれ、かなりの量になっているが、簡単にいえば、せっかくかなりの戦死者を出して勝利した日露戦争以後、日本の政治家たちは腰抜けで任せておけないという感情が一部軍人たちに充満していたのが原因らしい。いまでこそまさか自衛隊が国会に乗り込んで国防を論ずるなんてことはないが、当時は当たり前、軍人が政治家となって日本刀を引っ提げて議事堂に出入りしていたのだ。なぜ軍人がこうも幅を利かしていたかと言うと、当時は軍人になる専門の学校が各所にあり、なんと12歳の小学校を出たばかりの子供から優秀な生徒を選んで入学させていたのだ。青田刈りの典型だが、この学校は文部省ではなく、陸軍省の管轄だったからこのようなことができたのだ。この年代から軍人精神を叩きこまれたらどうなるだろうか。二十歳ごろになったら精神的に少し片寄った人格ができてしまうのではなかろうか?などと心配する人はいなかった。この入学制度は全国津々浦々に及び、一見進歩的なのは外国と比べて平等に入学資格があったということだ。学費も寮費も無料と言うことで、家が貧しくても優秀であれば軍人と言う出世の道が開けるというので、当時の農家の次男三男坊が入学者の多くを占めた。軍はこのころプロパガンダとして貧農出身の野口英世を利用、頑張れば功成り名を遂げて出世できる話を大々的に扱った。外国では、政治家や軍人は貴族出身者が占めており、そんなに簡単に入学できるところではなかったのだが、日本はこのころ富国強兵政策で、外国に追いつけ追い越せというスローガンで、早期の軍人養成を図ったのだ。一見平等で民主的なように見えるこの制度は、社会的に人格的に偏った軍人を大量生産した。どこの国の軍隊と言えども役所と同じく組織で動くのだが、日本では一部の軍人に政治への不満が出始め、これを政治家のせいと考え、日本人に備わったDNAともいうべき天皇崇拝と相まって、政治家を抹殺して天皇が直接政治を行うべきと言う単細胞的思想に変わったのが始まりである。この一派が起こしたのが5.15事件である。もちろん、正常な軍人たちも黙ってはいず、この皇道派と呼ばれた軍人たちを中央から遠ざけたり、予備役にしたりと冷遇したので、ますます焦った彼らは4年後に2.26事件と言う大事件を起こすのだ。軍が優秀な人材を国内に求めるため、先物買い、青田刈りを積極的にやった結果、日本を亡国寸前にまで追いやった政治の罪は深いのだろう。しかしそれは、誰もが備えている怯懦、妥協、差別といった負の感情で、彼に対抗する正義感、理想、勇気などがそれら負の感情を抑えるのだろうが、いまそれがうまく行っているとは思えないのである。勇ましい言葉や意見がネットにあふれ、そんな政治家がもてはやされることではいけないと思う。
2022.05.17
コメント(0)
The Complete Atlantic Studio Recordings Of The Modern Jazz Quartet 1956-64 Vol 1YOUTUBEのライナーをそのままタイトルにしていいのかどうかわからないが、あまりに素晴らしい内容なのでそのままとした。MJQは戦後まもなく発足したモダンジャズのコンボで、4人組の素晴らしいコンビネーションで20世紀末まで活躍した長い歴史を持つコンボである。ジャズファンなら知らないものはいないほど有名なのだが、いまの若い人には通用しないと思うので、簡単な説明をした。このYOUTUBEの内容が素晴らしいのは、わたしたちがこの演奏ソースを手に入れるのに、LP3枚分の購入費用およそ9000円ぐらいになろうが、これをねん出するのにひと苦労したが、いまはこのソースが無料で、しかも削除されるまではいつでも聴けることである。そんな意味でもYOUTUBEは現代の図書館、視聴覚センターと言っても過言ではない。一日中YOUTUBE内をサーフィンしていても飽きることはない。FAKEニュースあり、歴史物語あり、ゲームのライブありと、楽しませるソースがたくさんあり、気づくと一日PCの前にいるなんてことになるので、気を付けてはいる(笑)演奏についてだが、やはりこのグループのすばらしさは、リーダーのジョン・ルイスのクラシック趣味と、ミルト・ジャクソンのブルースフィーリング溢れる演奏の絡み合いで、ち密な編曲とジャクソンの枠からはみ出しそうではみ出さないすれすれのところが聴くものを飽きさせないのだろう。来日した時に学生だったわたしは仕送りを使い込んでチケットを買い、いまはなき厚生年金会館に潜り込んで聞いた覚えがある。当時スイングジャーナルと言う専門雑誌があり、批評家たちによれば、リーダーのルイスがグループの村八分を食らっていたようだとあるが、そのプレイはそんなことをまったく感じさせないものだった。またルイスの声が意外と黒人ぽくなく、若々しい声だったと記憶している。閑話休題 なぜこのグループが半世紀近くも演奏できたのだろうか?それは先も書いたように、ルイスとジャクソンの音楽的融合、ベースのパーシー・ヒースの卓越したライン取り、コニーケイの控えめで確実なリズムの叩き出しがそれを支えていたのだろう。唯一ワンアンドオンリーのグループだった。このようなソースを提供してくれる関係者とYOUTUBEに感謝したい。
2022.05.15
コメント(0)
軽いジレンマを感じるのは、やはり人間性善説が当たってるなあと思うニュース、盲目の会社員が停留所で居合わせた小学生の案内でバスに乗る手助けをしてもらうのだが、小学生のこの善行は後輩にも受け継がれ、脈々と続いているという話、まさに感動モノですが、反面誤入金された大金をネコババしてトンヅラと言う若者もいてこれまた善悪説の極地?前者の善行は、まだ世間の垢にまみれないうちの純粋な気持ちがそうさせたのだと思うし、後者もまた、ニュースによれば、一人で移住してきたごくフツーの若者で、これから自分の人生を切り開こうとしていた矢先、まさに悪魔の偶然が彼を悪人に変えてしまったと思われるので、もともとは悪人ではなかったのだろう。また、彼には自分は被害者だという意識もあるのだろう。思い出すのはメルヘンの世界、池に木こりが鉄製の斧を落としてしまい、池の女神が木こりの前に表れて金と銀と鉄の斧を見せて「汝の斧はどれじゃ?」と行く話は有名。あれで金の斧だと言えば悪人、正直に鉄の斧だと言えば善人ということになるが、木こりの選択はどっちだったか忘れてしまった。5千万円近いキャッシュを手にした若者の選択肢はたくさんある。自主的返納、海外逃亡、国内隠棲などだが、このうち海外でこの資金を元手に事業者となり、数年後全額を街に返金してきたなんて言うことになったら痛快(不謹慎だが)だろう。他人事だから無責任にこんなことを想像してしまいました。
2022.05.14
コメント(0)

僭越ながらピアノを教えている。その発表会を明日に控え、昨夜はジャズのコンボに参加して練習した。素人ぞろいのなかで、ジャズと言うのは演奏するよりも聴くほうが大事と痛感しているこの頃である。例えば演奏テクニックはその楽器それぞれで教師についたり,教則本で勉強できるが、ジャズにはこれ以上の即興と言うものがある。教則本にも教師も教えてくれない。またジャズを教える教師と言うのもあまりあてにはならず、ぜいぜいが大物ジャズメンのコピーをテキストにするだけで。ジャズで最も大切な即興演奏の要素は教えてくれない。教えようがないからだ。やはりたくさんの曲を聴いて自分の血肉にするしかないのだが、素人にはなかなかそんな時間もない。昨夜は、エンディングのテーマは力を抜けと言った。この意味が伝わらないのだ。そこで、いろいろな物の例えを作ってみる。演奏は長距離走と同じで、最初から飛ばしていては後半だれてしまう。ペース配分が大事で、最初のテーマは助走、アドリブソロはいわば本番、エンディング(曲の終了部分)はいわばクールダウンにあたるから、ベースは4ビートからカウンターに切り替え、シンバルはハイハットにするとかブラシにするとか工夫が必要なのだ。聴いている方はこれで曲の終わりが近いとわかるのだ。こういうイロハは聴いていなければわからない。アドリブソロは、先人のスコアをコピーするのが定説だが、これはしんどい作業である。アマチュアにとってプロのアドリブをコピーするのは至難の技、もっともこれで飯を食っている教師もいるのだが。わたしはコピーよりも教則本とスケールをとにかく繰り返せという。教える手間はかからないし、演奏者のテクニックは向上する。あとはジャズを聴くのみ。おそらく100聴いて1のフレーズが出せれば御の字だろう。やたらとアドリブは練習しないこと。これをやると手癖がつき、フレーズが陳腐になる可能性あり。それよりも退屈な教則本とスケールを繰り返しやることで欲求不満を作り出し、一挙にアドリブにぶつけたほうが良い。そうすれば他人の影響ではなく、本人のアドリブソロが作りだせる。しかしこの方法だけでは人に合う合わないの問題がある。大人を教えるわけなので、教則本をあてがって「はいこのとおりやってください」では戸惑うだけである。
2022.05.13
コメント(0)
かの国フィンランドの首相マリンさんが来日した。女優さん並みの美貌とモデルかと思い違うほどの着こなしで岸田さんもタジタジだと思うが、だいぶ前に読んだのが作家レン・デントンの書いたスパイ小説「10億ドルの頭脳」、フィンランドが舞台でヒロインは調査員のシグネ・ライネ、彼女が主人公とアイスクリームを食べるシーンで、無造作に小指をアイスクリームに突っ込み、「食べてみる?」って差し出すのが痛く気に入り、こんな女性いないかなと妄想ふくらんだことがある。彼女はその女性にピッタリではないかなど若いころの妄想がまたよみがえってしまった(笑)閑話休題 マリンさんは何と言ってもまだ30代、政治経験は乏しい。明日は我が身とばかりスエーデンと組んでNATOに入ることを表明したが、ウクライナ紛争はこの入る入らないで戦端が開かれた原因である。彼女が日本だけを訪問した理由は、ニュースによれば「日本は我々と似ている立場にあるから」とのことだ。お互いに国境をロシアと言う無法国家と接しているからだが、NATOに助けを求めてそれがすぐに承認されるとは思えないし、日米安全保障条約はまったく参考にならないのをこの首相はわかっていないのかもしれない。この条約は敗戦によって戦勝国アメリカが無理やり締結させた同盟である。方やフィンランドはまったく無色透明の中立国であり、ウクライナのような元ソビエト構成国ではないということで、ロシアの侵攻の可能性は少ないはずだ。たしかにNATOに組み入れられればその時点からはロシアに対する安全性は増すだろうが、問題はそんな簡単なことではないと思う。今回のウクライナ紛争でNATO首脳はロシアの逆鱗を見たはずで、改めてその逆鱗を撫でるようなことをするだろうか?アメリカがそれを後押しするだろうか?彼女は最初に行く相手を間違えている。アメリカに行くべきだった。大統領が、この美しい首長に「よっしゃNATOには俺が話をつけてやる」と言う言質を与えたら大成功だが、そうはいかの天ぷら、NATOに加盟するには一定の条件が必要で、それをすり合わせて実行するまでは大変な経費と時間がかかる。フィンランド兵はかつてソ連との戦いにナチドイツからの援助を受けて戦い、国土を一部奪われてしまった経験がある。プーチンの得意とするナチに当てはめた敵視政策にどんぴしゃりの国でもある。NATOはより新しい加盟希望国への対処には厳しくせざるを得ず、そうは問屋が卸してくれないと思う。ウクライナ紛争の戦局の推移はロシアに不利になりつつある。これを見極めてからでも遅くはないと思う。
2022.05.12
コメント(0)

この年表はアメリカの長期コーラスグループ4フレッシュメンのメンバーの推移である。結成はなんと1948年、いままでメンバーこそ変われ、74年間継続しているグループでは最長だと思う。総員28人が入れ代わり立ち代わり、このグループを維持しているのだ。日本にもこのグループの影響を色濃く受けたコーラスグループがある。和田弘とマヒナスターズ、ダークダックス、デュークエイセスなどだが、もっとも影響を受けているのは現存するタイムファイブだろう。こちらは5人、しかも日本のグループには珍しいオープンハーモニーを部分ながら取り入れている。日本のグループの特色はいわゆるメロディの下をハモる閉鎖型が多く、重厚なサウンドで魅了した。反面4フレッシュメンは、メロディからはみ出す自由なハーモニーを利かせて粋で洒脱なハーモニーを得意としている。これは日本人とアメリカ人の声帯の違いによるものとする人もいる。では、この二つのグループの大きな相違はなにか?前者はメンバー交代激しく、後者は結成以来一度もメンバーが変わっていないことである。この相違は、それぞれが所属したレコード会社のスタンスにあると思われる。キャピトルレコードは当時大物ヴォーカリストを抱えた超名門レーベルで、すべてのレコードは豊富な予備軍人材と経験豊富な編曲者たちから自由に選ぶことができた。かたや日本コロムビアは国内では第一級ではあるが、アメリカと違うのは、音楽界の発展は戦後からで大きく出遅れていた。人材も少なく、質量ともに寡少であったのは否めず、そんな中からのスタートで、貴重なコーラスグループを壊すようなことはできなかったと考える。タイムファイブもまた同じ大学の先輩後輩と言う結束力の高いグループから生まれ、レコード会社の立ち入る隙は無かったと思う。キャピトルレコードの制作者だったボイル・ギルモアは、4フレッシュメンのヒットを継続するためには品質の確保と向上が必要だと考えたんだろう。コーラスにとどまらず、メンバーのエンタテイメントも充実させ、一人で何役もこなす能力を求めたのだ。オーディションは定期的に行われ、常に新しい空気と入れ替えらたからその緊張感、プロ意識の高止まりは想像を超えたものだったはずだ。練習時間にもかなり拘束され、メンバー自身から退団の申し出もあったようだ。しかしギルモアの哲学は彼らを全米一、世界一のコーラスグループとして君臨させることだったと思う。ギルモア引退後もこの方針は続き、そのとおり彼らはトップの座を80年近く維持しているというのは驚嘆すべきことである。ビジネスとしての4フレッシュメン、あくまでグループに任せた形のタイムファイブ、日米の違いがこんなところにも表れている。
2022.05.10
コメント(0)
きのう「ドライブマイカー」を散々こき下ろしたが、製作者側の都合ではなく、視聴者のニーズに合わせた映画は魅力的で、時間を忘れさせ、現実を忘れさせる、人生での清涼剤である。俳優や監督やカメラマンはそれで飯を食っている。清涼剤は身近なところにあった。シネコンまで片道80kmを走ったあげく見た映画だからこそ失望感は大きかったのだが、その分BSテレビで元を取ったような気分である。ストーリーはごくありふれたテーマで、文字にしても全くつまらないものだが、映画に仕立て上げてこそ、監督が、俳優が、カメラマンが映画をすぐれた作品にするのだろう。ストーリーは「フラガール」に似ていて、炭鉱町に住む少年と父親の愛と葛藤の物語、ここまではまったくありふれた描写でしかない。しかし筋が進むにつれて、父親が息子に強要していたボクシングよりも、息子がバレエに進む決心をしてからの両者の激突と葛藤の描写がていねいで、映画製作の醍醐味がここにあると言っていい。少年に絡むLGBTの友人と、彼の才能を見出したバレエ教師、費用をねん出するために父親が少年のためにスト破りをする描写などがあって、いずれの筋も少年が炭鉱町を脱出してバレエ界にデビューするまでの過程を丁寧に描く。反対する父親の前で、決心した少年はダンスを踊ってその決意のほどを示すのだが、その迫力に圧倒された父親は自分の考えが誤っていたことを悟り、資金捻出のために炭鉱のスト破りをやり、兄と衝突する。父親は息子とともにバレエ学校に行き、面接に臨むが、彼の階層とのあまりの違いに困惑するところも面白い。このあたりは階層社会の落差を皮肉っているのかもしれない。ラストシーン、白鳥の湖をバックに、成長した主人公がソロダンサーとしてステージに躍り出るシーンは感動モノであります(涙)
2022.05.09
コメント(0)

映画を見てない人も、この車はご存じの人は多いはず。ああ「ドライブマイカー」なんて何の工夫もないタイトルの映画だよね と言えるぐらい、コロナ禍が薄らいでくる世相にこの赤い車が走りまわった。世間の評判がこれほど先行した映画ってあまりないと思うが、ロードショー途中でアカデミー賞受賞したから余計にその評判はうなぎのぼりになった。いったん上映を契約通りで打ち切ったシネコンも、朝一番のブログラムとかにスポット上映するようになり、かくいうわたしも一度は見とこうと片道80kmをマイカードライブして海岸通りにあるシネコンに行った。ちなみに村上春樹さんはせいぜいジャズポートレートシリーズを文庫本で持っているぐらいで、興味はない。また演劇も苦手で、ほとんど見たことはない。あのオーバーアクションの割に登場人物が小さいので(映画に比べて)見にくいので自然と遠ざかった。そんなわたしなので、この映画はちとしんどかった。半分寝ていたようで、隣の友人に起こされる始末。よほど退屈だったのだろう。そのため、ストーリーは支離滅裂、しかしこの映画そのものが、雰囲気を映像を楽しむようにもできているようなので、鑑賞には十分だった。第二の主人公とも言えるサーブは、実はわたしが輸入車を商売にしていたころの車種の一つで、ユニークな車であったことを憶えている。スエーデンの車は知識人に人気があり、ボルボとともにけっこう売れた車でもある。さて映画の出来だが、半分寝ていたわたしには批評する資格はない。だが、言えるのは、村上さんの小説に心酔している人なら、受け入れるんだろうなあと言うことぐらいしか言えない。ただ三時間はきつい。好奇心で、有名な映画批評コラムではどんな評価を受けているのか覗いてみると、五つ星満点で一つ星を付けている批評には二種類あるのがわかった。村上春樹に心酔していながら一つ星と、のっけから拒否反応で一つ星とがあるのだ。前者は期待を裏切られたという多少の怒りもあいまってより辛辣な内容だが、後者の方はいたってノーテンキに金返せ!とか、イミフメーとか罵倒するのが面白い。わたしも金返せ!と言いたいが、もう少しひねって罵倒したい。「飽食した映画製作者たちのはなもちならない芸術遊戯」いかがですか?
2022.05.08
コメント(0)
朝ドラ,たまたま数日前見るとはなしに見ていたら、主人公の一人が酒瓶からラッパ飲みしているシーン、こんなシーンが野放しで放映されている。まさに日本という国は酔っ払い天国と言われるんだろう。わたしは下戸ではないが、だらしなく酔っぱらう連中は苦手である。勝手に酒を飲んでクダ巻くなんて男らしくないし、みっともない。飲むなら勝手に人に迷惑をかけないで飲めと言いたくなる。NHKもなんだかなあ。酔っ払いを作り出しているようなもんだ。わたしが酔っ払いを毛嫌いするのは、自分でも少し異常かな?と思うところはあるのだが、おそらく幼少のころ、周囲がまさに酔っ払いで充満していたせいもあるのだろう。何が嫌かと言えば、日頃は温厚で優しいおじさんが夜になると狼男ののように変身、暴君と化すのを何度も見てきたからだろう。小学生のころ、わが街は新興の工業都市で、国鉄や大手電機工場や化学工場などが駅中心に林立していた。したがって同級生の親たちは工場勤め、いわゆるブルーカラーが多く、退出時の夕方になると駅へ通じる道は彼らで満ち溢れ、彼ら目当てに酒屋が裏で商売していた(酒屋が表向き飲み屋をやるのは禁止だった)。衝立や屏風で店を仕切り、裏に机といすを出して即席のカウンターを作り、ストーブでするめをあぶり、つまみにしていた。コップになみなみと注ぐのだが、わざと受け皿にこぼすのが人気で、そのような店は大繁盛、駅に近づくにつれて酔っ払いはその数を増し、駅前広場はまさに酔っ払いの集団が右往左往、ケンカや行き倒れが続出していた。また懐の豊かな酔っ払いはそのままバスに乗らず、キャバレーやダンスホールにしけこんだ。そんな光景を見ながら育ったわたしだから、当然酔っ払いを嫌悪した理由である。同級生の中には、親父に夕べ殴られて片耳が聞こえないと訴える生徒もいた。酔っぱらって帰った親父は酒乱気味で片っ端から物を壊し、子供をけり、なぐり、母親を罵倒したそうだ。最もひどい家庭は、父親が帰ってくると裏口から隣の家へ逃げる逃走経路が示し合わせてできていた。「ほら父ちゃん帰ってきたからにげろ!」てなもんである。いかに当時酒乱と家庭内暴力が多かったかわかるだろう。こんなだらしない文化が今でも追従され、酔っ払いはある意味で特赦を受けていたのだ。酔っ払いに最も寛容な先進国と言ったら日本が真っ先だと思われる。当時の親父は共稼ぎ少なく一家の大黒柱が多かったから、家庭を背負っているその責任感も多少はあったのだろう。そのストレスがDV,暴言につながったのだろう。日本人は元来アルコールに弱い民族と言うのが定説で、白人のようによく映画などで見るビジネスシーンでウィスキーをデキャンターから注いで一杯やるというのは余りない。弱いから酔っ払いが多いというのは当たり前だろう。いまでこそあまり酔っ払いは雑踏の中にはいないが、我々が子供のころは日常風景の一部だった。酔っ払いが家に侵入し、次の日真っ青になって奥さん付き添いで謝りに来たり、縁の下(昔は床を土間から上げていたので空間があった)からごそごそ音がするので懐中電灯で見ると人が大いびきをかいて寝ていたり、ホステスさんと客が絡み合って通学路を行くという風景は脳裏に焼き付いている。同級生の親が近所でキャバレーを経営していて、ホステスさんは住みこみで、よくペレスプラードの音楽に合わせて道路でダンスの練習をしていた。父親が勿論教師役だった。彼はそのころ珍しいアルファロメオの2シーターに乗っていたほど儲かっていたのである。わたしの担任教師は酔っぱらって汽車のデッキから落下し、2か月入院、分散授業をした。それほど世間は酒天国だったのだ。閑話休題とにかく酔っ払いは願い下げ、それを助長するテレビも責任は大である。大手飲料メーカーはそれなりに政治献金などせっせとしているのだろうが、ある程度の放送コードというか、酒を麻薬と同等に扱う国が欧州にあるそうだが、そのぐらい厳しく規制してもらいものだ。
2022.05.07
コメント(0)
現役で年収○×▲万円のころと、いまの年金暮らしではおのずとニュースの注目部分が違うのに気づく。現役のころはおもに有名人、政治家の汚職やゴシップ記事で、要するに第三者的立場の傍観者だったが、いまは紛争による物価高やコロナ禍による生産の滞りによる輸入のストップなどが主体で、紛争の早期解決を望んだり、あるいは戦局の推移に一喜一憂したりと、極めて積極的なニュースの視聴態度、これは家計を直撃するエンゲル係数の変動、アメリカの金利上下に伴う我が国の光熱費やその他の経費が固定経費と言えないほどに変動してきたからである。また我が国は有数の海外依存度の高い国、戦争になったらアップアップするのは前の大戦で証明済み、「日本を殺すに核はいらん。マラッカ海峡を封鎖すればよい」なんて格言が中国やロシアに広まっているのかもしれない。しかも年金は固定(実際変動はするが固定と言っていいだろう)だから経費の占める率は現役時代の収入と比べたら大きな違いはある。しかし現役時代は年収を確保するためにストレスは存在したが、今は全くない。わたしはこれを公務員再就職と呼んでいる。このあたりが違うところで、年収は下がったが、ストレスがなくなった(年収を確保するための)のは大きい。あとは健康に気を付けるだけでよいのだが、そうは問屋が卸さないのは世の常である。先に書いた若者との認識のずれ、あふれる情報の取り捨て選択、うらやましいと思う反面、気の毒だなあと思ってしまうこともある。余裕で人生を過ごすなんてのは、それこそ80過ぎまで働いて年金の見込みが立ってからと言うのもつらいよなあ。そのころには医学が発達していて80代なんて今の70代ぐらいなのだろう。かつてわたしが40代のころは、60代の人と言うとすごい年寄りで(ごめんなさい)この年まで働きたくないなあなんて思っていたのだが、たしかに労働可能年齢は上がっているのだろう。それとともに世の中への関心度は薄れ、政治や国際関係の日本の立ち位置などは現役世代には考える余裕などない。この世代が占める割合は増え、我々のような年金世代がそれを代行?して投票をするようになるのだろうか。しかしそれでは現役世代の考えが政治に反映しないことになる。年寄りだけの考えで世の中が動いていることになってしまうのは前から危惧されていることである。18歳以上の若者よ、投票に行け!と言うことで拙文をやめときます。
2022.05.07
コメント(0)
Zと言えばにっくきロシアの頭文字を連想するが、5チャンネルによると最新の若者の情報処理速度の上昇を挙げている。10年前の50倍になっているんだそうです。タイムパフォーマンス(略称タイパ)で、一言で言うとYOUTUBEを倍速で見ながらイントロなしのヒット曲を聴きSNSで仲間とつながっている同時に三つのことをやっているそうだ。前にコストパフォーマンス(略称コスパ)が流行したが、いま若者の間ではタイパだそうです。1については、みたい動画がたくさんあり、とても通常速で見ていたのでは時間がない。そこでタイパを挙げるために関連薄いと思われるシーンは倍速で流し、これはと思うシーンから通常速に戻すのだ。2については、現在のヒット曲はイントロが全くないか、あっても少しだけ、イントロが長いとネット購入の場合、すぐにチャンネルを外されて別曲に行ってしまうから、曲もそのように作られるとのこと。出たとこ勝負なのだ。3は言わずもがなで、ラインをやりながらすべての日常作業は行われる。歩きながら、トイレで、ベッドで、ぼう大な時間を過ごしている。まず動画だが、小さなスマホやタブレットで鑑賞していると、昔の映画「七人の侍」や「地獄の黙示録」など、カメラマンが腕によりをかけた画面が小さくて登場人物がよく見えない。これは5チャンネルモーニングショーのキャスターの弁である。演出家は細かい画面枠を設定して、たとえ中央から外れているシーンでもおろそかにしていないのがわかる。村人が魚を分け合ってかごに入れてやる場面などは、主人公がゆっくり村中を歩く背景として書かれる。しかし人物は小さいので、スマホなどでは認識しずらい。攻撃ヘリがロケット弾で村を一斉に襲うシーンも複数のカメラでいっぺんに撮るから同じシーンが連続して違う角度から次々と変わっていく。このあたりのフィルム構成が見どころなのだが、画面小さいと迫力もなく、最も興を削ぐのはちっぽけなスピーカーから出る高音域のキンキンしたサウンドである。かと言ってヘッドフォンで耳穴閉塞して聴くのも抵抗がある。頭蓋骨の真ん中で音が鳴るってのもなあ。しかし若者は平気なのだ。こんなもんかと思っている。なので思い当たることは、直近でアカデミー賞作品賞を獲得したという日本映画を鑑賞したが、その画面の奥行きがいたって狭いのと、登場人物が非常に少ない、従って人物の顔が大写しで移ることが多い。シネコンの大画面の良さをあまり感じなかったのはここにあるのだと思いなおした。スマホやタブレットで鑑賞するのを前提にとは言わないが、その方が若者には受け入れやすいのだろう。そのくせ音響装置だけはすばらしく、サーブ900ターボの排気音はリアルだったなあ。閑話休題 音楽は作曲家に言わせると、イントロ作成に最も時間をかけるという。寺尾聡作曲の「ルビーの指輪」は17秒の長さのイントロを持つが、この間に気分が盛り上がり、あの軽妙なリズムのテーマをわくわくして待つのだ。レコードだって針を落として音が出るまで数秒、往年のオーディオ評論家はこの時間を「黄金の時間」と呼んだぐらいだ。しかしそれも過去の話。若者は我々の数倍の速度で情報を処理し、この情報過多の世界で取り捨て選択して生きている。野口英世は置いて行かれるのだ。いまの医学生は恐らく野口の数倍の情報を持っているのは間違いない。しかも彼らは野口と違って並外れた世間知らずではない。なにが良くて何が悪いのか、それをわれわれには批評する権利はない。かれわれの数倍の情報を持つ若者たちの将来が楽しみではある。
2022.05.05
コメント(0)
なぜいつまでたっても堂々巡りなんだろうか。福島県はサンプリング数の増加に比例しての甲状腺患者の増大だというし、革新系議員や5人の首相経験者たちは甲状腺患者の増大は原発のせいだというし、結論が出ない。原因は福島県がきちんとした説明をせず、原因は不明と言う結論に回帰させてしまうからだ。県民健康調査を委託されている福島医大は限りなく黒に近いが断定はせず、この結果関西のある病院はホームページ筆頭にもう5,6年にもなるが、この件で福島県を攻撃した論評を載せているのだ。県民健康調査ではもう証明しきれない甲状腺がんの罹患率を同様のサンプリングで原発事故の影響の少ない他区域にも求めて比較検討をやるべきなのだ。そうすれば過剰診断による患者増なのか、あるいは福島県だけの現象なのか判定できると思うのだ。合わせて手術件数の分析も必要である。福島県だけが手術件数が多いのか?普通なのか?結論は「不明」ではだれも納得しない。沈黙は金なんて考えることができるほど福島県余裕のあるはずがないのだが?
2022.05.04
コメント(0)
いらだつ国連総長「協議の邪魔になることを言わせたいのか」…和平仲介に成果なし国連事務総長って、要するに国連の責任者であって、それ以上の権限も何も持っているわけではない。その肩書の割には権限は軽い。その人間が戦争真っ最中の両国に行って戦闘中の区域の一般人を避難させるように提言したというが、こんなことなら赤十字の出番で、国連事務総長のお役目ではない。何の権限もなく、せめて避難民を安全に・・という,言わば何もやらない事務総長と言う非難を避けるために仕方なく行動したと言えると思う。これは彼の責任ではなく、事務総長の権限があまりにもその扱う規模に比べて寡少だからだ。例えば、国連軍の常時存在、司令部だけを国連内に置き、組織の骨組みだけは作っておく。国連軍の結成、出動は事務総長が権限を持ったりする。こうした権限をもって両国に出向くならまだ実効性があるだろうが、避難民の安全な経路の問題でしか行けない事務総長などは経費の無駄遣いである。これが国連の弱点であり、紛争の調停などできるはずがない。朝鮮戦争では国連軍が38度線を越えて北朝鮮に進攻して朝鮮人、中国人、ボランティアのロシア人と戦った。大義名分があれば国連軍はロシアにでも進攻できるのだ。幕末の長州征伐に似ている考え方である。もし国連軍を編成するとなれば、主力はNATOだろう。それを米国が支援し、日本はまたもやカネだけ出す国として知られるようになるだろう。
2022.05.01
コメント(0)
全22件 (22件中 1-22件目)
1