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今日で2022年が終わる。相変わらずあっという間の1年だった。そしてお父さんが50歳になった年でもある。60歳定年ならあと10年で現役を引退するというところまできた。 人生あっという間だと本当に感じるようになってきた。 さて今年の前半は3月まで長女の大学受験でずっと胃が痛い日々を送っていた。滑り止めの大学に入学をほぼ決めて、東京に出た時の長女のテンションの低さは一生忘れないと思う。親として本当につらかったが、本人が受験した結果なのだからどうにもならない。 そこから国立後期試験の奇跡的な合格、それに伴う滑り止め大学へのキャンセル対応から、入学手続き、住まいの選定、その他もろもろ4月の頭まで、本当に大変だった。すべてが終わったら夫婦で寝込むのではないかと思っていたほどだ。 5月にはベトナム工場へ出張になり、9月末までベトナムで過ごした。コロナ関係の規制が解除されたベトナムはかなり自由で、ハロン湾、ダナンなどあちこち旅行もした。ダナンでベトナム初の船釣りをしたことも、寝台列車に乗ったことも言い思い出だ。周りでコロナに罹患する同僚が出る中、濃厚接触者にもなりほぼあきらめたのに結局コロナにならなかったことも思い出す。 帰国後は家族で初めて三峰神社の奥宮まで登ったことが、とても思い出に残っている。もともとその予定はなかったのに、長女の大学の都合で現地到着時間が早くなったために偶発的に奥宮までの登山をすることになった。 何年も前に三峰神社に行った際に、途中に車を停めて往復で5時間ぐらい歩いたのも偶発的に発生したことで、今では良い思い出だが、今回もとても良い思い出になった。お母さん以外は奥宮への参拝を今後の恒例にしたいと思っている。 釣りに関しては、9月末、10月末、11月末、12月末と4回イカ釣りを予約したが、すべて天候不良で中止になってしまった。結局9月に帰国してから船釣りをしたのはヒラメ釣りが1回、カレイ釣りが1回の2階だけだ。それ以外はタラ釣りなども天候不良で中止になってしまった。 来年は予定日に天候不良で中止にならないことを祈ろう。 今年は家族に対する悩みが多く、1年を通して中学生になった次女の不登校や保健室登校に心を悩ます結果となった。これに関しては来年も続く大きな問題だ。何とか解決することを祈って見守っていくしかないのだろう。 1年を振り返ると、大きな事故や病気などがなくおおむね安定した年ではあったと思う。来年は自分や家族が成長でき、また笑顔で年末を迎えられる年となるように頑張りたいと思う。 今年一年を無事過ごすことができたことを、森羅万象すべてのものに感謝している。
2022.12.31
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お父さんが通勤している経路には、よく野生動物が出てくる。これまでに通勤中に見かけた動物は犬猫はもちろんだが、タヌキ・キツネ・テン・日本シカ・カモシカ・クマ・ハクビシンなどがいる。先日は初めてウサギが道路に飛び出してきた。 様々な動物が道路に飛び出してくるので、である動物が必ずしも生きているわけではない。車にはねられて死んでいる動物を見るのにはもう慣れてしまった。 特にタヌキはよく飛び出してくるし、路上ではねられて死んでいるのを最もよく見かける。お父さんも一人のドライバーとして、動物はできれば轢きたくない。しかしながら、突然目の前に飛び出されては、どうにもならない時がある。 お父さんも一度だけタヌキを轢いたことがある。タイミング的によける暇は全くなかった。そのタヌキは飛び出してきたのを見た時にはブレーキを踏む時間すらなかった。おそらく前輪と後輪の中間に飛び込んできたと思う。通過した瞬間にゴリっと後輪で何かをつぶす感覚が伝わってきた。 夏場ならばある程度きつめに急ブレーキをかけることができるが、冬場の雪道ではそれもできない。スリップしない程度にしかブレーキはかけられないのだ。それでも目の前に動物が飛び出してくれば、思わずきつめにブレーキは踏んでしまう。 これまでにも何度か雪道で動物に飛び出されて急ブレーキを踏んでいる。幸いなことに雪道で動物を轢いたことも、急ブレーキのせいで事故になったこともないが、雪道での動物の飛び出しは本当に「かんべんしてくれ」と思う。 先日のウサギも道路わきにいると思って見ていたら、車に気が付いたのか突然動き出して、なぜか車道に飛び出てきた。幸い路面がドライだったので、ブレーキが間に合ったが、雪道だったら轢いてしまったかもしれない。 小動物は轢いたとしても、気分が悪くなるだけでけがや車の損傷はないことがほとんどだが、クマやシカはそうはいかない。車は損傷するし、場合によってはドライバーのケガにもつながる。 お父さんの会社にクマと衝突した経験を持つ人がいるが、ドカンと大きなショックが合ってとても怖かったそうだ。低速で運転していたので、はねられたクマは起き上がって逃げていったそうだが、車はへこんでしまったと聞く。 都会ではめったにないだろうが、田舎では動物を轢いた経験のある人は多いと思う。それだけ野生動物が身近にいるということでもあるし、自然が残る良い場所に住んでいるともいえるのだが、轢いてしまったり、ましてや自分が怪我をするようなことになるとそんなのんきなことも言っていられない。 特に冬の雪道では、動物が突然出てくることはほとんど恐怖といっていい事態である。この冬もお父さんも動物もどちらも安全に暮らせるように祈りたい。
2022.12.30
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お父さんは毎年年賀状を出している。個人的な相手にも仕事上の相手にも出すので、だいたい200枚ぐらいの年賀状をいつも出している。逆にもらうのは50枚程度だろうか。毎年お母さんに「出している割に受け取る枚数が少ないのだから、もう少し出す相手をしぼったらどうか」といわれるが、ある年から突然辞めるのもどうかと思って実行には至っていない。 毎年デザインを選んで文章を書き、自宅のプリンターで印刷していたのだが、今年はインターネット上で注文をしてみた。実際に自宅に届いた年賀状は、パソコン上で見ていたものと全く同じではないのだが、印刷をするという工程がない分とても楽だった。 来年以降もネット上で作成しようと思っている。宛名印刷もしてくれるので、来年は宛名印刷も含めて発注しようと画策している。これならば、ベトナムにいても年賀状を出すことができるからだ。 さて、お父さんが若いころまでは年賀状を出すというのは、日本人ならほとんどの人がやっている文化だった。小学生のころから社会人になっても年賀状を書かない年というのは、喪中の年以外は無かったと思う。 日本全体がそうだったので、年末になると郵便局では年賀状が売り切れとなり、コンビニで購入したり、余っている人を探して分けてもらうということも多々あるぐらい、年賀状は年末の当たり前の習慣だったのだが、最近はかなり様子が変わってしまった。 まず若い人たちはSNSで新年のあいさつをするようになり、友人同士で年賀状を出すというのはほとんどなくなってしまったようだ。子供たちを見ていても年賀状を出すのは携帯を与えていない中学生か小学生ばかりだ。 個人関係ならそれでも良いと思うが、最近は会社関係でもEmailでの年賀状というのが増えてきている。また会社によっては今年から年賀状を廃止するというお知らせが着たりもしている。 年賀状という文化が衰退しているのは間違いないだろう。お父さんの会社でも、Emailの年賀状を昨年から導入し始めた。まだ紙の年賀状も出してはいるが、徐々になくなっていくことになると思っている。 郵便局ではいまだに年賀状を販売しているようだし、コンビニの年賀状もずいぶん売れ残っている。10年もすれば、年賀状自体の販売を郵便局が廃止してしまうのではないかと思われるレベルになってきている。 子供の頃、お年玉付き年賀状の抽選番号を新聞で見て、「切手が当たった!」と喜んでいたが、自分の子供たちはすでに年賀状の当選番号を調べることすらしていない。お父さん自身もやらなくなってしまっている。これも年賀状文化衰退の象徴ではないかと思う。 ただお正月に、普段会うこともなくなってしまった友人から来る年賀状は楽しみの一つでもあるので、お父さんはもうしばらくは年賀状を出し続けると思う。
2022.12.29
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「最近の若者」というフレーズを聞いて、いいイメージを持つ人は年寄りにも若者にもいないだろう。今回お父さんは「最近の若者」の悪口を中年代表として書こうという訳ではない。先日お母さんと話をしていて、ふと思ったことを書いてみたくなったのだ。 お父さんが子供の頃、明日のご飯が食べられないかもしれないというほど貧乏なわけではなかったが、子供の好きなことを好きなだけさせるということはあまりなかった。先日ケーキを買って帰ったが、お父さんが子供の頃、ケーキを子供のために親が買ってくることなどほとんどなかったし、貰い物でも家で誰かの誕生日以外の日にケーキが食べられるというのはものすごくうれしいことだった。 だが我が家では子供たちがはしゃぐほどケーキを喜ぶなどということは無い。普段からお菓子などが家にあり、好きに食べることができるせいか、ケーキに対しても「あれば食べるけど、ないならないで構わない」といった態度を取られてしまう。 1個300円~500円もするケーキを買っていっても、子供の反応はその程度のモノだ。お父さんは子供のころ夢のようだったケーキを家族に買っていくという行為が好きなので、寂しくはあるのだが今はその態度もあまり気にしない。 子供のころ夢見ていた、ケーキを買う、果物を買うなどができるようになった自分がうれしいという気分を、今の子供たちは何で実現するのだろうと思ったとき、ハッとした。ひょっとしたら、今の若い人たちは「子供の頃当たり前で価値を感じなかったものが、いかにありがたいモノだったか知る」のではないだろうかと。 子供たちが順調に学校を卒業して、社会に出た時、親がやっていた当たり前の行為ができないことに愕然とする可能性は高い。それなりに高給取りになれば問題ないのだろうが、お父さんの世代ですら、自分の親の世代よりは苦しい生活をしている。苦しいは言い過ぎかもしれないが、老後に不安があまりない今の自分の親世代に比べたら、自分たちはまだどうなるかわからないという不安がある。これがさらに下の世代になったら、親も頼れないだろうし、自分たちだけではどうにもならなくなるかもしれない。 お父さんは幸いにも子供の頃のマイナス(やりたくてもできないこと)がたくさんあって、それを大人になってかなえることでプラスとなっているが、今の若者は子供の頃の当たり前(プラスというよりゼロ)が、大人になってできなくなるマイナス状態に陥るのではないかと思ってしまったのだ。 実際に未来はわからないので、いらぬ心配ではあるのだが、大人になった後、できなかったことができるようになる喜びではなく、当たり前にできたことができなくなる悲しみを味わうようになるとしたら、今の子供たちは幸せとは言えないだろう。 うまくいっても今の生活がそのまま続くだけのプラスマイナスゼロの状態、悪い方へ行けば、今の生活をすることができなくなるというマイナスしか将来にないとしたら、あまりにも悲しい話だ。 親だから余計な心配をしているのかもしれないが、最近の若者が何に幸せを感じるのか、何を自分の生活の動機にしていくのか、やはり心配ではある。
2022.12.28
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お父さんはいまちょうど50歳、人生100年時代と考えれば折り返し地点、平均寿命や65歳定年などで考えるととっくに折り返し地点を過ぎている。どちらかと言えば人生の後半を生きていることになる。 ちょうどお父さんの年齢±5歳ぐらいは、上の世代と下の世代のちょうどはざまの年代となっていて、お父さんの上の世代と下の世代では考え方がかなり異なる。困ったことに、お父さんの年代は両方の考え方のどちらも理解できるので、どうしても仲介役になってしまうのだ。 特に仕事においてそうなるのだが、上の世代は「上司の命令は絶対」として動くのが当たり前だと思っているのに対して、下の世代は極端に言えば「上司の命令だとしても自分は拒否権を持っている」と思っている。 会社に対しても、上の世代は「最後までこの会社で働く」と思っているのに対して、下の世代は「たまたま働いている会社であり、条件が良い会社があればすぐに転職する」と思っている。 この2つの考え方をお互いが理解しない(意味は分かっても共感しない)おかげで、会社では様々な問題が発生する。一番の問題は、後輩は先輩の言うことを聞くのが当たり前と思っている上世代とそうは思っていない下世代の衝突だ。 上の世代の人が、自分が若い頃の先輩と同じ言動で下の世代に命令をしても、下の世代からは反感をかうだけで、仕事に支障がでることが多々ある。お互いに「何様のつもりだ」となってしまうのだ。 飲み会などの社会的な付き合いでも、上の世代はノミニケーションで関係を良くしようと思っているし、自分も先輩におごってもらいうれしかったので、下の世代もおごってもらえばうれしいだろうと考える。 だが下の世代はそもそも仕事の先輩や上司と食事をすることを嫌がる。お金を出してもいいから断りたいというのが普通だ。 結局ここでもお互いに反目してしまうので、手が付けれられない。 お父さんもどちらかの世代に完全に染まっていれば楽なのかもしれないが、残念なことにはざまの世代なので、どちらの言い分もわかってしまうので、つなぎ役という損な役割を担わされてしまうのだ。 本当にはざまの世代は損をしていると思う。上にも下にも気をつかわなければならないからだ。上の世代の考えをそのまま下の世代に強要すれば、「パワハラ」になってしまう。しかしながら下の世代の考えを上の世代にどんなに説明しても、「それは下の世代がおかしい」としか上の世代は考えないのだ。 仕事で失敗をした下世代に、上世代の価値観で慰めや叱咤激励したことが原因でした世代が辞めてしまうことも多々ある。上の世代では挨拶レベルの言葉も、下の世代にはとてもきつく、ひどく感じるものが多くあるのだ。 お父さんははざまの世代として思う。どっちの価値観にいいも悪いもないのだから、お父さんの世代に迷惑をかけずに自分たちでどうにかしてくれと。
2022.12.27
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日本にいてもベトナムにいても、年末年始は挨拶のための来客や出張が続く。今年は日本で仕事をしているが、年末のあいさつで年内は予定がぎっしり詰まっている。ほぼ毎日誰かと面会をしている。予定された来客以外にも、飛び込みであいさつに来る人もいるので仕事の予定が全く立たない状態になっている。 毎年の事とはいえ、正直言ってもう少し何とかならないかと思う。今日も午前中に突然の来客があり、1時間ほど対応することになってしまった。玄関で挨拶だけとも行かないような地位の人が来ると、最低でもお茶を出してお話をする必要があるので、大変である。相手にしても、本来は玄関先だけで帰りたいという人も多々いると思うが、それなりの付き合いや地位のある人は、そういう訳にはいかない。お互いに大変なことになる。 今年の12月は、稼働日の半分を出張に費やしている。残りの半分が来客対応になる。誰にも会わない日はほとんどない。おそらくこの状態が最終日まで続くことになる。よって年末は予定通りに仕事を処理することがほとんどできないのだが、上司からは予定通りの仕事の進捗を求められるので、大変である。 年始になるともう少し楽になるのだが、年始の挨拶は会食などが伴うことが多く、泊りの出張となることが多い。取引先メーカーの「賀詞交歓会」や「年初の方針説明会」などほぼ強制的に行かなくてはならないものが多々ある。 コロナの影響で、2年ほど中断になっていたが、来年は多くの取引先が新年の行事を復活させる状態になっている。 日本にいても、ベトナムにいても年末年始の挨拶がないということは無いが、このところコロナでかなり減っていただけに、今年は久しぶりに大変な思いをしている。
2022.12.26
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年末の大掃除は日本では恒例の行事というか慣習である。1年間の汚れを落とし、きれいな状態で新年を迎えるというのは気持ちのいいものだ。アメリカに3年ほど住んでいたが、年末の大掃除という概念は無かった。ベトナムにはそれっぽいことがあるので、アジアの習慣なのかもしれない。 さて会社でも自宅でも年末は大掃除をする。しかしながら会社と家ではまるで大掃除の雰囲気が異なる。このギャップに毎年お父さんはストレスがたまるのだ。 会社での大掃除は、一言で言えば「仕事」である。お父さんの会社では年末年始休暇前の最終日に半日~1日かけて大掃除を実施する。仕事時間中に実施するのでもちろん仕事の一つであり、給料の内だ。それもあって、みんなきびきびと決められた作業を進めていく。就業時間の縛りもあるので、時間内にきっちりと終わらせることもできる。 会社での大掃除は実に合理的に行われていく。 ところが自宅の大掃除はそうはいかない。まず新年までという期限はあるものの、何日の何時から何時と時間を区切って行う訳ではない。また家族で家の掃除をするだけなので、もちろん誰からも給料は支払われない。 そんな理由からか、家族のモチベーションがとても低いのだ。大掃除では普段掃除しないところや、キッチンの換気扇など汚れのひどいところを一気に掃除する。そのため手間も労力もかかる。 戦力になるはずの子供たちは、「やらされている」という感覚でやっているので、作業にメリハリがない。目を離すとすぐに怠ける。できる限りのんびりやって次の作業が割り当てられないようにしたり、日暮れや夕食など時間切れを狙う。 掃除が終わればきれいな環境を喜ぶのだが、自分の労力はできる限り使わない。そんなわけで遅々として進まなないのが家の大掃除だ。 1日で全部とはいかないので、お母さんと冬休みに入った子供たちにやることを伝えておくのだが、お母さん自体も「めんどくさい」と思っている人なので、お父さんが仕事を終えて帰ってきても、何も進んでいないことが多い。 週末にはお父さんが無理やりやらせるのだが、上にも書いた通り遅々として進まないのだ。これは本当にストレスがたまる。とはいえお父さんが自宅の大掃除のために会社を休むわけにもいかず、我が家の大掃除は例年中途半端で終わることが多い。 お父さんがベトナムで年末年始を過ごすときには、おそらくまともに大掃除をしていないと思われる。それぐらい我が家は大掃除をやらない。 今年もすでに何か所か週末にやっているのだが、相変わらず遅々として進んでいない。今年もこのまま何となく新年を迎えると思うと、やはりストレスは溜まっていく。
2022.12.25
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韓国出張から戻ってきたら、地元は雪景色にかわっていた。見るだけならとてもきれいなのだが、雪が降ると一瞬にして道路事情が変わってしまう。今年は寒波が連続してやってくるようで、毎日のように雪が降り、道路が真っ白になる状態が続いている。 お父さんは雪道運転にはだいぶ慣れているし、通常運転するのは4駆のRV車なのであまり怖くはないのだが、周りの車はそうではない。特に軽自動車などは車体が軽いので、ちょっと凍ったところがあると、ズルズルと車が流れてしまう。 前を走っている軽自動車が、横を向いて走っていったり、くるっと回転するのを見ることには慣れてしまった。まあ慣れたと言っても、お父さんにも危険が及ぶので安心はできないのだが。 朝の通勤も夏場なら25分程度で会社に着くのだが、雪道になると1時間以上かかることがある。慎重に慎重を重ねるドライバーが、やりすぎだろうと思うレベルの低速で運転をするからだ。 お父さんの通勤距離は約25kmぐらいだ。時速50km/hで走れば30分で到着だ。実際はもう少し早く走っているのでだいたい25分で到着している。だがその道を時速20km以下で走る車が結構いるのだ。全行程が同じということは無いので、どこかで出会い、どこかで別れるのだがその間はストレスがたまるぐらいの低速運転をしなければならない。 日中太陽が出て、雪が融けた日の帰り道はさらにひどいことになる。道路が凍結するのでお父さんもスピードは出せない。こうなるとやはり帰りは1時間以上かかってしまう。先日も次女を迎えに行くつもりで会社を出たが15分以上遅れて到着する羽目になってしまった。 命を懸けてスピードを出す必要はないので、本当に危ない道路状況の時は問題ない。お父さんが「かんべんしてくれ」と思うのは、路肩に雪が少しあるだけで路面は完全にドライな状況にも関わらず、雪道やアイスバーンと同じような運転をするドライバーがいることだ。 追い越しができれば抜かしていくのだが、その車を先頭に3台も連なっていればもう追い越しをすることもできない。ひたすら遅い車の作った行列に入って進んでいくしかない。 こういう時の運転のストレスは本当につらい。帰りならばまだいいのだが、朝は会社に入る時間が決まっている。お父さんの場合、7:20にはミーティングが始まる。本来の始業時間は8:00なのでそれに遅れることはまずないのだが、7:20には間に合わないことがある。ただ遅い車に当たるかどうかはその時次第だ。それを見越して早く家を出ると、問題がなければ6:30には到着してしまう。これではあまりに時間が無駄になるし、体が持たない。 せめて後ろが行列になったら道を譲ることができるドライバーが増えてほしいのだが、東北に来て15年以上たつが、めったにそういうドライバーに出会うことは無い。今年は12月からかなり雪が多いので、あと3か月は雪のシーズンが続くことを考えると気が滅入ってくる。
2022.12.24
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我が家の次女(末娘)は今年の春に中学生になった。さすがにサンタクロースの存在を信じる年ではない。次女は長子である長女とは6歳離れている。その長女は来年19歳になるので、親としては単純計算で19年間は子供たちにプレゼントを購入してきた。 この春大学生になった長女が家を出たため、我が家にいるのは長男と次女だけなのだが、今年は何となくプレゼントを用意するのが面倒になっている。 お母さんが次女に「もう中学生だし、クリスマスプレゼントはいらないのでは?」という話をしたところ、「それは不公平だ」と反論されたらしい。何が不公平化と言うと、去年までプレゼントはもらっていた。長女は高校3年生までクリスマスプレゼントをも経っていたことになる。なのにどうして次女は小学校6年生までで終わりになるのかと。 お母さんは、それを聞いて確かにと納得したのだそうだ。お父さんもそういわれればその通りとも思うので、今年も次女にはクリスマスに何かプレゼントを上げようとは思う。ただし、次女にとっては今後も不公平は続くことをお父さんは知っている。お父さんの兄弟が同じような状態だったからだ。 大学で家を出た娘は24日に帰省する予定だ。長女は家を出ているとはいえ、まだ学生であり親から見れば長男や次女と同じで子供である。長男と次女にクリスマスプレゼントを用意して、その日に家にいる長女だけないという訳にもいかない。 したがって、長女にも何かしらプレゼントを用意することになる。つまりは大学1年生でもまだ長女はクリスマスプレゼントがもらえるということだ。 このような状況は、基本的に末っ子である次女が家を出るまで続く。長女が社会人になったとしても、次女がプレゼントにしろお年玉にしろもらっていれば、長女にも渡すことになるからだ。 お父さんは3人兄弟の真ん中だが、お父さんもお父さんの兄も、末の妹がもらう限りはもらっていた記憶がある。親にとっては同じ子供だから同じようにあげるのだろうが、末の娘からしたら不公平になることだろう。お年玉などは、年齢によって額が異なることが多いので、末の娘が長女よりも多く貰うことはまずありえない。 そういう状態なので、クリスマスプレゼントにしてもお年玉にしても、プレゼントの数やお年玉の総額はおそらく長女が一番多くなり、次女が一番少なくなることだろうと思う。今のところ次女は、自分がもらえればそれで満足しているので大丈夫だろうが、もう少し知恵がついてきて、損得を考えるようになると不満に思うようになるかもしれない。自分が親になるころにはどうでもよくなっている上に、自分があげる立場になり子供から指摘されるのかもしれないが。
2022.12.23
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韓国ネタ3連続になってしまうのだが、忘れないうちに書いておきたいと思う。通常の海外を含む通常の出張では、最近基本的にお土産というモノを持っていくことは無い。特に相手が日本企業の場合は、基本的にお土産はNGだ。受け取ってもらえないことが多いからだ。コンプライアンス違反になるということで、お土産に関してはかなり厳しく受け取らないように指導をされている。 しかしながらアジアにおいて、日本系以外の企業に対しては逆にお土産を持っていくのはいまだに当たり前の行為だ。お互いにお土産を交換することがまだまだ慣例として残っていると言える。 そのため今回の韓国出張もお土産を用意した。菓子折りなども準備したが、それ以外にウイスキーと置物を購入して韓国に持ち込んだ。おかげで大きなスーツケースで行かねばならず、LCCを使ったので荷物の重量制限を超えてしまい超過分を支払ってまでお土産を持っていった。 日本では平成以降、お土産は質を重視するようになっているし、大きいモノや置物など場所を取るものは敬遠される。しかしながら海外ではいまだに「大きいことはいいことだ」という慣習が残っている。そのため質をある程度犠牲にしても大きいモノを購入してお土産として持っていくことが多い。 逆に相手からもらうモノも大きいモノが多い。今回の韓国出張では木箱に入った高さ50センチほどの金の冠の置物をもらった。また韓国のりを段ボールで1箱(ちなみに以前は3箱もらったこともある)と一人で持つこともできない状態だった。 金の冠は先方の会長からお父さんの会社の会長宛で壊れモノなので、飛行機内も新幹線もとにかく気をつかわざるを得ず、本当に大変だった。韓国のりに関しては、空港から直接会社に宅急便で送ることで何とか無事に家に帰りつくことができた。 海外で仕事をする場合は、相手国の文化はとても大切である。先方もある程度日本の文化や習慣を理解してはくれるが、今回お父さんが大きなお土産で困ったように、先方は質が高くとも小さなものをもらうと「ばかにしているのか」ということになりかねない。 ただ毎回海外出張のたびに大きな荷物(お土産)を持っていくのは、本当に疲れる。早くこんな習慣が世界からなくなってくれないかと思う。
2022.12.22
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もう10年以上前から、韓国にはベトナム人労働者がかなりの人数存在している。お父さんの会社のベトナム工場で働いていた社員も、何人か韓国へ働きに出た人もいる。それぐらいには、韓国はベトナム人の出稼ぎ労働者にとってはメジャーな国になっている。 逆に韓国から戻ったベトナム人が、ベトナムで韓国料理屋(主に焼肉屋)をオープンしているので、ベトナム工場のある田舎町にも韓国焼き肉の店が5件以上あり、今後も増えていきそうな予感がある。 韓国に入国するのに必要な手続きをWEB上でやっていた時も、選べる言語に韓国語、英語と並んでベトナム語があった。日本語がない場合でもベトナム語があるということは、それだけベトナムからの入国者が多いことがわかる。 実際に訪問した韓国の会社でもベトナム人が働いていた。日本も同じであるが、韓国でもベトナム人が働いているところに出くわすことは、珍しいことではなくなっている。 ただ外国人労働者の人権がどこまで守られているのが少し不安になる部分はある。以前訪れた韓国の工場では、敷地内に貨物用コンテナがおいてあり、その中でベトナム人労働者が暮らしていると聞いて驚いたことがある。もちろん窓など存在しない普通の貨物コンテナだ。 ベトナム人を心配する一方で、ベトナム人の悪いところにも遭遇した。空港で手荷物検査の列に並んでいた時だが、かなり強引に割り込みをしてくる人たちがいた。「韓国人もまだまだ公共のルールを守れないのか」と思って見ていたら、彼らが持っていたパスポートはベトナムのパスポートだった。 外国に住んでもベトナム人の習慣は変わらないのだなと思わず笑ってしまった。またそれ以上に、ベトナム人の割り込みに気が付いていながら注意することも怒ることもなかった韓国人に驚いた。昔の韓国人なら彼らを怒鳴りつけていたと思うのだが。 日本と同様韓国も冬はとても寒い。お父さんは縁あってベトナムと深く仕事でもプライベートでもかかわっているので、彼らがどこにいようと幸せに、安全に暮らせることを望んでいる。韓国でみたベトナム人が、無事にまた家族のいるベトナムに戻って幸せに暮らせることを祈っている。
2022.12.21
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数年ぶりに韓国に出張してきた。これまでは、仁川と釜山に取引をしている機械メーカーがあるので、2都市に行くことが多かったが、今回は釜山にある会社だけの訪問だった。そのため釜山の雰囲気しかわからないのだが、以前出張で訪れた時に比べてかなり変わっていて驚いた。 道路などは以前より整備されていて、きれいになったり広くなったりしていたのだが、繁華街に人がいなくなっていた。お店は空いているのだが、平日とはいえどの店も半分以下しか席がうまっていなかった。ひどい店だとお客さんが一人もいないという状態だった。経済的に苦しい人が多いという話を少し聞いていたのだが、繁華街の人の少なさを見るとある程度は真実であるのかもしれない。 また前回までは、ホテルやレストランはタバコを吸えるところがあったのだが、今は完全に禁煙になってしまっていた。通常のレストランだけでなく、半分路上にはみ出たような大衆食堂でも完全に禁煙になっていて驚いた。 その代わりと言っては何だが、路上喫煙はかなりあるようで、特に少し道路からくぼんでいる所や、車が入れないレベルの路地はタバコの吸い殻でものすごく汚い状態になっていた。 全く変わっていないところとしては、観光客をある程度意識している町であるはずなのに、空港も街中も相変わらず英語表記がほとんどない状態だった。韓国第2の都市である釜山でこの状態なのだから、おそらくソウルも相変わらずなのだと思う。 日本では今、駅や空港には中国語や韓国語が当たり前に表記してあるのに比べるとまだまだそういうところはできていないようだ。 道路もきれいになってきたが、新しくなったところと昔のままのところがあり、昔のままの地域は、時代がまるで違うような雰囲気を感じた。まあお父さんは意外と昔のままの地域のほうが「韓国に来たなあ」と感じることができて好きではあるのだが。 仕事の出張なので、限られた部分しか見ていないが、久しぶりに訪れた韓国は、明らかに変化してきていると感じさせてくれた。
2022.12.20
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久しぶりに今年はM-1グランプリを見た。ここ数年は日本にいてもベトナムにいても見ることは無かった。理由は最近のお笑いが理解できないからだ。優勝した漫才をYOUTUBEなどで後から見ても、何が面白いのかわからないことが多く、とても長時間を生で見る気力がわかなかった。 お父さんにとって漫才とは、言葉で笑わせるものであって、身振りというか体の動きで笑わせるものではない。うまい!!と思わせる漫才が見たくても、最近はそういう漫才をM-1で見ることはほとんどなかった。 今年のM-1は、子供たちが見ていたので何となく見ていたが、それなりに正当というか王道の漫才をいくつか見ることができて楽しかった。もちろんセットの無いコントだなと思うモノもあったことはあったが、比較的きちんとした漫才が多かったと思う。 さらに言うと、意味が分からないというようなネタは一つもなかったので、最初から最後までそれなりに楽しめた。こういう漫才が見れるなら来年も見てみたいと思えたので楽しかった。 ネタはとても良いのだが、演者が下手でもったいないと思うコンビもいたりして、ハラハラドキドキと楽しめたのもよかった。予選というか、本選までの審査の基準が変わったのかなと思えるほど奇抜で意味の分からないコンビがいなくてよかった。 お父さんのセンスが古いのか、無理やり新しいものを作り出そうとしているのかよくわからないが、できれば来年もせめて意味の分かるものを見たいと思った。 ちなみに個人的には、日清のCMで高須クリニックのCMをまるパクリしているのを見た時が一番笑ってしまった。上場企業などでは絶対に許可しないだろうに、高須クリニックの懐の深さにとても感じ入ってしまった。
2022.12.19
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試験監督というのを初めてやったのは、大学院生になった時だ。学部生の試験時にアルバイトとして経験した。その結果いろいろと気づいたことや、驚きのハプニングもあった。今回はそのことについて書いてみたいと思う。 アルバイトとして試験監督をすると、試験前に大学事務所や担当教授から注意事項を告げられる。最も印象に残っているのが、「カンニングは未然防止に力を入れ、摘発する必要がないようにすること」というモノだ。 カンニングは毎回試験のたびに掲示板に摘発された人の名前が貼り出される。学校の処分は決まっていて、カンニングした期の試験をすべて0点として扱うというモノで、その学生は少なくとも1期分の単位をすべて落とすことになる。ほぼ留年が決定する厳しい処置である。中退してしまう人も多いと聞いていた。 大学としても、あまりやりたくない処分であるのだろうが、厳しい教授は自ら試験監督をして、カンニング行為を摘発するのでゼロにはならないのだろうと思った。 学生のカンニングの手段はお父さんも学部生の頃に周りでやっているのを見ていたので、だいたいはわかっている。最も多いのがカンニングペーパーを使う方法だ。腕に小さく書くとか机にあらかじめ薄く書いておいてその席でテストを受けるとかいろいろあるが、そもそもカンニングで何とかなる試験は理系ではあまり存在しない。 試験監督をして、本当に驚いたのだが、カンニングと言うのは試験監督にはほとんどばれているということだ。全体を見渡していてもわかるし、歩きながら個々の席を巡回していてもカンニングにはすぐに気が付く。カンニングをしている人は、思わず笑ってしまうくらいに皆挙動がおかしいのだ。 カンニング防止を言いつけられていたので、カンニングを見つけると真横に立ってプレッシャーをかける。学生は見つかったら留年確定だと思っているので、脂汗をかいて動きが止まる。プレッシャーをかけただけでほとんどの人がリスク回避のためにカンニングをやめる。 そんな中、ある科目の試験で予想していないハプニングを経験した。いつも通りカンニングを見つけたので、その生徒の真横に立ってプレッシャーをかけていた。その生徒は手に握りしめたカンニングペーパーを見つからないようにするため、動きが止まっていた。いつもなら1分ぐらいプレッシャーをかけて歩き出すのだが、その時は違った。 30秒ほど経った頃に、その生徒が突然うめき声をあげて震え始めた。試験会場に鳴り響く雄たけびに多くの人がこちらを見ていた。そして杉の瞬間、硬直したように立ち上がったと思ったら、バタンと床に倒れてしまったのだ。 通常てんかんやその他問題がある生徒がいる場合は、試験監督に名前と状況が試験前に説明される。しかしその試験前の注意事項伝達で、「てんかん」の生徒がいるとは聞いていなかった。周りの生徒が、「いつものてんかん発作ですから大丈夫です。」と言っていたが、試験監督で医務室に連れて行った。 さておそらくこの生徒はお父さんがプレッシャーをかけたことで倒れたのだが、倒れた時に手に握っていたカンニングペーパーは、仰向けになったおなかの上に上手に落ちて見えていた。 他の試験監督や教授が散数いてくるのを見て、お父さんは思わずそのカンニングペーパーを握り、ポケットに隠した。あのままにしていたら、彼はどうなったろうかと思うが、少なくともお父さんのおかげでカンニング発覚は逃れたのだ。ただ発作を起こしたのはお父さんのプレッシャーが原因である。もちろんカンニングしていた本人が一番悪いのだが。 試験監督をしていて今でもはっきりと光景を思い出せる出来事だった。 そういえば、試験監督をしていて今でも不思議に思うことがある。巡回していると、名前を書き忘れている生徒が必ずいるということだ。開始前に名前を書く時間を与えているような場合でも、名前を書いていない生徒は存在する。 お父さんは見つけると、名前の欄を指でトントンと叩いて教えるのだが、どんなに事前に最初に名前を書くように念を押した試験でも、名前を書いていない生徒は必ず存在した。 会社に入って、同じように社内の試験や入社試験の監督をすることもあったが、そこでも名前の未記入は常に存在していた。 この名前未記入の謎だけはいまだに理由がわからない。
2022.12.18
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渋沢栄一と言えば「日本実業界の父」とも言われるほど、幕末から明治にかけて活躍した日本の偉人の一人である。福沢諭吉にかわって、日本の1万円札の肖像になることが決まっている。 昨年はNHKの大河ドラマで渋沢栄一の生涯をやっていたのだが、お父さんは見ていなかった。そんな中、先日金融機関の講演会で渋沢栄一の「論語と算盤」という本の名前を題材に、渋沢栄一について語る講師の話を聞いてきた。 渋沢栄一という人は、ざっと言えば日本の経済基礎を作る為、銀行やインフラ整備、会社の設立に社会事業といった多くの事を、政府(国)としてではなく、民間でやることを推し進めた人である。これぐらいはお父さんも知識としてはあったのだが、細かくどんなことをやった人であるかということは知らないできてしまった。 昨年の大河ドラマが改めて巣部沢栄一を知る良い機会だったのだが、結局1話目を見て断念してしまっていた。 今回の講演を聞いて、これまで以上に渋沢栄一について興味がわいてしまった。講師に懇親会の時に挨拶しに行って、渋沢栄一を知るのに良い本を教えてもらい早速購入した。読んでみるととても面白い。 特に「論語と算盤」は相反するものを上手に使いバランスを取って、道を踏み外さぬように経済を発展させるとういとても面白い内容である。まだ全部読みきっていないのだが、アジアで感じる倫理観の無い経済成長を見ていると、日本との大きなギャップに驚くのだが、その解決の糸口を握っている内容だと思って読んでいる。 ただし本を読めば解決策が見つかると言うほど甘いものではない。講演を聞いた時も思ったし、本を読んでいても思うのだが、2つの相反するもので調整をするということは、非常に優れたバランス感覚が必要であると、改めて再認識させられたのである。 バランス感覚が優れた人が、社会で成功するというのはここ15年ほどでお父さんが強く感じるようになった一つの信念である。お父さんはこの15年、バランス感覚を持たないと対応が奇怪な多くの仕事に直面してきた。そしてそれは今でも続いている。 仕事でもプライベートでも思うのだが、もう少しバランスをきちんととったらこの人は必ず評価が上がるのにと思う人にずいぶん出会っている。会社では部下に仕事上でそう思う人がいれば、かなり指導やアドバイスをするのだが、なかなか理解して実践するところまで変化してくれないところが悩みでもある。 そうやって仕事をしているうちに最近感じているのが、バランス感覚はある程度もって生まれたものなのではないかというように思い始めている。後天的にバランス感覚を身につける人もいるとは思うが、多くはもともと持っていたバランス感覚を経験によってさらに磨いている人の方が多い。 そして先天的にバランス感覚を持って生まれる人は、意外に少ないということも感じるようになってきている。 渋沢栄一は、このバランス感覚がものすごく優れていた上に、知識や経験をもとにした実行力のある人だと思った。普通の人が渋沢栄一の思想だけ本などで読んでも、彼ほどのバランス感覚がなければ、あまり上手くはいかないのではないかと思う。 偉人の伝記などを読むと、自分と重ねて模倣を試みるのは人間としてごく普通の行為であるが、同じような偉業をなせないのは時代や境遇だけでなく、バランス感覚にあるともお父さんは思っている。 そんなことを考えながら、今渋沢栄一の本を楽しんでいる。
2022.12.17
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1年ほど前、お父さんの住んでいる町にようやく24時間営業のジムがオープンした。これまでもジムは存在したが、17:00に終わるジムだったので、仕事をしているお父さんは平日使うことができずあきらめていた。 日本にいるとダイエットしたくても運動がなかなかできない。特に冬場は雪が降ることも多く、ジョギングすらままならないのが東北地方である。 そんなわけで深夜までやっているジムがあればとずっと思っていたが、とうとうオープンしてくれたのだ。オープンしてすぐお父さんはジムに入会した。ベトナムにいる間は料金も継続料を払うだけで少額で会員資格を維持できるので、お父さんにはとても便利なシステムだった。 入会したときに受付を担当してくれたのが、この新店舗の従業員を研修していた店舗の店長さんで、話を聞いてみると驚いたことにお父さんと生まれ故郷は一緒だった。それどころか、中学校も同じでいわば中学校の後輩であった。さらに中学時代の部活も同じであり、部活の後輩でもあった。高校は異なっていたが、高校の部活も中学とは違うスポーツをやったのだが、それも同じでお互いとても驚いてしまった。 さて本格的なジムの利用は初めてで、見たことはある気がするが、使い方がよくわからない器具が多かったので、お父さんはトレーナーにお願いして、器具の使い方のオリエンテーションとトレーニングメニューの作成をお願いした。 筋力トレーニングと有酸素運動の混ざったメニューであったが、これはお父さんがゴルフの為の筋力増強と体重減少をジム通いの目的と話したためである。 入会当初はだいぶ頑張ってトレーニングしたのだが、ジムトレーニングというのはそれほど楽しいものではない。少し嫌気がさしてきたころに2つの理由でお父さんにジムをお休みする都合の良い状況ができてしまった。 一つは長女の大学受験、もう一つが糖尿病の主治医からのジム停止命令である。どちらもお父さんがコロナに感染することを心配した措置である。 そのころジムはクラスターが発生しやすい場所という認識があった。実際にトレーニングジムでクラスターが発生したというニュースはそれなりの頻度で存在したので、ウソではないと思う。 糖尿病は重症化リスクが高い疾患であったし、お父さんがコロナに感染すると大学受験をする長女にも影響が出る。そんなわけで1月以降ずっとジムを休んでいた。そしてそのままベトナムへ行ってしまったので、9月に帰国するまでずっとジムトレーニングをしていなかった。 11月から久しぶりにジムに顔を出したら、驚いたことにほとんど話をしていなかった副店長の女性がお父さんを覚えていて挨拶してくれた。人の顔を覚えるのが苦手なお父さんは、やはり接客をする仕事をしている人は違うなと感心するとともに、覚えてもらっていたことがうれしくて、またジム通いに精を出すことにした。 糖尿病の主治医の勧めもあり、筋トレは少し量を減らして、有酸素運動を多くすることにして、現在はジムに週2~3回通っている。やはり運動をした日は体に程よい疲れあるのでよく寝ることができる。 体重も日本に帰国すると増加するのが常なのだが、今回はベトナムで減らした体重をまずまず維持できている。ただ12月は会食などの機械が多く、生活が乱れるのでさすがに体重が増えそうな予感がしている。 開店してから1年以上が経っているが、当初入会したての会員で混雑していたジムも、現在ではほぼほぼ待つことなく器具を使うことができている。勇んで入会して頑張っていた人たちの中で、一定数の人がお父さんの様に怠けるようになったのだろう。自分がそうだっただけにお父さんにはその人たちに気持ちがよくわかる。 行ってトレーニングするべきだと思っていても、やはりちょっと面倒くさいのだ。そして行くのをちょっとさぼってしまうと、ますます行こうという気がなくなっていく。お父さんはそこに都合の良い理由ができたので、余計にそうなってしまった。 久しぶりに行ったときに、副店長に声をかけられて、「見られているなら頑張らないといけない」と思ったことがお父さんのジム再開の動機の一つになっている。 最近はiPadを持ち込んで動画を見ながらゆっくり有酸素運動をやっている。ランニングマシーンなのだが、お父さんは走るというより早歩きをしている。もう少しなれたら少しずつ走る時間を入れていこうと思っている。 ジムのおかげで、糖尿病の状態も管理数値に入っているので、食事制限とともにこれからも頑張ろうと思う。
2022.12.16
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先日県内の個人経営の会社に、依頼していた機械改造が終わったというので確認と立ち合いに行ってきた。この会社は社長さんが電気系の分野に強く、お父さんの会社で電気系統が壊れるとよく修理を依頼している会社だ。 その会社にお父さんの会社を定年退職した人が、機械部門(メカ)担当として入社したので、今では電気もメカもできる会社になっている。 近くにあることもメリットであるが、お父さんの会社の元社員が入社したことで、特殊な機械が多いお父さんの会社の内情を把握できる会社になってくれたことがとても大きな理由となって、今年機械の改造をお願いしている。 実際におおもとのメーカーに頼むよりも、納期も早いし値段も安い。しばらくはこの会社との関係が続くだろうと思っている。 先日の訪問時にコーヒーを飲みながら話をしていたのだが、電気とメカの両方ができるようになったことで、これまでよりもだいぶできることが増えている。ある程度の構想を話せば、設計から製造までできる会社になったと言える。 話は少し飛ぶのだが、お父さんは仕事でもプライベートでも様々なアイデアを持っている。こんな機械があればいいなと思うことが多々あるのだが、電気的な知識も機械部品を作る技能もなくこれまでアイデアはあっても実現できていなかった。 ところがこの会社なら、それがある程度は可能である。これまで眠らせていたアイデアを実現するチャンスだということで、近々お願いするかもしれないという話をしてきた。 会社の仕事に関するものは資金も会社で出せるので、許可をもらって徐々に作ってみようと思っている。 ちなみに個人的に作りたいものは値段との相談になる。お父さんは昔からなんの役にも立たないけれど、面白いと思えるものを作るのが夢でもあった。だからおもちゃ屋に就職したいと考えたこともあったが、おもちゃの主流がゲームになってしまったためにあきらめてしまった。 電気とメカを同時にこなす会社と縁ができたことで、お父さんの遊び心に火がついている。今お父さんは夢をかなえることができるチャンスに恵まれている。そんなわけで、どんなものから始めようか現在迷っているところである。
2022.12.15
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息子がギリギリまで何もしないことにお母さんがよく怒っている。テスト前になっても勉強はしないし、風呂も寝る寸前まで入ろうとしない。弁当箱は、お母さんが寝てしまってからシンクにそっと出されるし、脱いだ服はそのままになっている。食事の後に、食器を自分でシンクに下げることになっているが、お母さんも息子の食器をわかっていても下げないので、ダイニングの息子の席には食器がそのまま置いてあることが多い。 どれもすぐにやってしまえばお母さんに怒られることも、ぐちぐち言われることもないのだが、息子はそれをやろうとはしない。 ただし、お父さんも同じようなことを言われて学生時代を過ごしたし、今でも自分がだらしないと思うことは多々ある。 お母さんからも、ギリギリまで何もしない息子はお父さんの遺伝から来るものだと言われても、そうかもしれないと思うぐらいだ。 ただお父さんや息子だけがそうという訳ではない。家族全員が同じように、すぐにやるのが面倒くさいという状態になっていることはよくあることだ。さらに言うと、仕事で見ていても、すぐやってしまえば簡単なのにどうしてやらないのだろうと社員に対して思うことが多々ある。 結局お父さんが思うに、先延ばししてやらないというのは人間の性質なのではないかと思う。 大変だとわかっていても、結局ぎりぎりもしくは間に合わなくならないとやらない。 それによって仕事でも学生の受験でもほとんどの人がこれで失敗したり、痛い目を見ている。 お父さんも同様で、あの時やっておけばと後悔する。ただしおそらく過去に戻れたとしても結局変わらないのではないかと思う。たとえ個人的なことはやり直せたとしても、組織とかの件は難しいのではないだろうか。過去に戻って未来を知らない人にいくら説いてもおそらくその気にはなってくれないだろうと思う。 誰もが「やらなくてはいけないこと」はわかっていることが多い。自分の未来などある程度予測がつくものである。特に努力や行動によっての結果は予測がしやすいものだ。 一部の偉人は先を見通しながら、今努力を積み重ねるが、ほとんどの人は、未来が見えていても動かないものなのだ。先送りは人間の性だと最近思う。 未来の幸せや成功よりも、現在の怠惰を好む。逆に言うとこの状態に別れを告げて、現在の苦痛を未来につなげようと努力する人が成功するのではないだろうか。 そういう意味ではお父さんも家族も会社の同僚も同類であり、お父さんの会社の社長も成功者ではあるが、先送りをしている人の一人に見える。 お父さんが知っている中で、ベトナムにいる資産家の女性が唯一の例外かもしれない。思いついたらすぐに行動をする。必要ならば睡眠も食事も削ってしまうほど努力をする。現在は孫の代まで働かなくて大丈夫というくらいの資産を持っているようだ。 こういう人になりたかったと思うこともあるが、なかなかなれるものではないし、それでいいのではないかと思う。 もし子供たちの中で一人でも今の生活を変えるものが出るのなら、頑張って応援したいと思うが、今のところその兆候は全くない。
2022.12.14
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年末である。正月を迎えるにあたってやらなくてはならないことがたくさんある。そんな中で毎年最も進まないのが、自宅の大掃除である。お父さんは週末しかじっくり掃除ができる時間がないので、お母さんや子供たちに少なくとも自分の部屋などはきちんとやるように言い聞かせるのだが、誰一人としていまだにやっていない。お母さんにも子供にやらせるように言っているのだが、お母さん自体が何もしていないので、子供達にも強く言っていない。 週末やリビングやその他の共用スペースをやりたいのだが、お母さんは裁縫で依頼があるとか言って逃げるし、息子も娘も何かしら理由をつけて逃げていく。塾などいつもはなかなか行こうとしないのに、大掃除だというとずいぶん早くから出かけていく。それほど嫌なのだろうかと思うが、お父さんも子供の頃は大掃除が憂鬱だったことを考えると、子供たちの行動も理解はできる。問題はお母さんだ。専業主婦なのだから、もう少し自発的にやってほしいと思うのだが、お父さんが一緒になって無理無理やらせていかないと、毎年全然その気になってくれない。困ったものだ。 我が家で一番大変なのが、リビングの床掃除だ。家具をすべて動かしながら家族総出で生木のフローリングを磨いていく。これが最低でも半日かかるのだが、終わった後の爽快感はすごいものがある。床の感覚がものすごく気もいよいものに変わるのだ。作業は大変だがやりがいはある。 あとは水回りの中でも風呂の掃除がかなり大変だ。それ以外に窓ふきやパントリー及び冷蔵庫の整理などもある。お母さんは相変わらずモノをため込む人なので、大掃除の後は大量の廃棄物が出る。これも毎年恒例だ。 神棚は毎年お父さんがやっているが、徐々に息子にやらせていこうとも思っている。 もう大掃除を始めないとダメな時期に入っているが、なかなか始まってくれない。年賀状の作成もあるし、そろそろ褌を締め直して頑張ろうと思う。
2022.12.13
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サッカーのワールドカップでは、毎回の様に日本人観客のゴミ拾いと日本チームのロッカーのきれいさが話題になる。世界中が称賛しているという美談になるのだが、ここまでくると日本人としては、試合会場に行ったら必ずゴミを拾って帰ることを強制されている気になってしまう。 日本人として日本で育てば、帰りにゴミを持ち帰るというのはごく当たり前の行為なのであるが、だからと言ってすべての日本人がそうだとは限らない。お父さんはプロ野球の観戦などをしたことがあるが、ゴミを置きっぱなしで帰る人はけっして珍しいわけではない。その人の道徳心次第だと思う。 まあお父さんももしワールドカップの試合を観戦したら、せっせとゴミ拾いをするのだろうと思う。それにしても毎度毎度日本のゴミ拾いが世界に発信され、称賛されるというのに、それを真似する国がほとんどないのが、お父さんは不思議である。 結局、「素晴らしい行為ではあるが、あまり意味はない」というのが世界の人々の本音レベルの評価なのではないかと思う。 なぜなら、観客席はキレイにしていってもゴミを置いていっても、最終的に清掃会社の社員が掃除をするからだ。ロッカールームにしても同じことだ。 お父さんはベトナム工場で同じようなことを経験している。工場に落ちているゴミを拾うように指示すると、「専門の掃除人がいるのにどうして私が拾う必要があるのか?」と本当に理解できないという態度で質問されたことがあるからだ。掃除する人がいるのにわざわざゴミを拾うというのは、世界標準でも異常なことなのだろうと思う。 もう一つ、日本人にとっては珍しくもないが、今回森保監督が競技場にお辞儀をする姿も世界で話題になっていた。以前マスターズというゴルフの大会で松山が優勝したときも、帯同の日本人キャディがコースにお辞儀したことも話題になっていたことを思い出した。 お父さんは剣道をやっていたので、練習場に入るときも帰るときもお辞儀をしていた。息子がミニバスをやっていた時も、会場に入るときは全員で「お願いします」とお辞儀をしていたし、帰りも「ありがとうございます」とお辞儀をしていた。 日本人にとって、特に珍しいものではないのが自分たちが使う場所への敬意だ。 しかしながら、特に西洋でそういう傾向が強いと感じるが、ただの「モノ」に挨拶をする意味が理解できないのだ。日本人は道具を雑に扱うことを非常に悪いこととしてとらえるが、世界では道具はただの道具であり、それ以上でもそれ以下でもない。道具に敬意を払うという日本人ではごく普通にもっている感覚を彼らは基本的にもたないのだ。例外はもちろんあるとは思うが。 日本の文化は付喪神とかいう考え方がある様に、モノにも魂が宿ると考える文化である。八百万の神と言うように、どこにでも神様がいる。山にも海にも川にも家にもトイレにも神様はいる。だからあらゆるものに敬意を払い続ける。 これに対してキリスト教やイスラム教などの一神教の文化では、見えないものでしんじるのは唯一神のみであり、それ以外のモノもちろん他宗教の神様ですら悪魔に属するような考え方だ。そして唯一神の宗教文化圏が世界のほとんどを占めている。多神教の国は「本当の神を知らない未開の地」とされることが多い。 それにしても、目に見えない唯一神は信じていて、神の名のもとに殺人も戦争もできるのに、周りのモノに感謝できないという精神構造は、日本人のお父さんにはやはり理解できないし、理解しようともあまり思わない。お父さんの中では日本の文化のありようの方がよほど優れていると思うからだ。 それでもやはり、世界から見たら日本の文化は異常なのだろう。これからも日本は称賛されつつ、「無駄なことをする人たち」と世界から見られていくことだろうと思う。
2022.12.12
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ワールドカップの日本代表がクロアチアにPKで敗戦し、日本代表のカタール大会は終わった。ドイツに勝って歓喜し、エクアドルに負けて憤慨し、スペインに勝ってまた歓喜した。クロアチアは引き分けPKで目標のベスト8を逃したが、国民的には十分満足したようだ。お父さんも全く同じで、歓喜と憤慨を味わい、最後は「よくやった」と心が落ち着いている。 さてそこでふと思ったのだが、ドイツやスペインに勝って歓喜した理由は、ドイツやスペインが強豪国で「負けて当たり前」とお父さんも含めた多くの日本人が思っていたからだ。「勝ってほしい」と願いながら、「まあ負けて当然だよね」と心で思っているからこそ、勝利したときに大歓喜におぼれたのだ。 逆にコスタリカに負けた時は、ランキング的にも日本が上なので、「勝手当たり前」と日本人が思っていたからこそ、皆が落胆し憤慨したのだ。負けた相手がスペインだったら、落胆はあったかもしれないが、憤慨まではしていないだろう。 お父さんは競争とか勝負が結構好きだ。いや息子に言わせると、勝への執着がすごく強い人らしい。逆にお父さんから見ると、息子はあまりにも最初から勝をあきらめているように感じる。 ただ息子は勘違いしているが、お父さんは負けることもそれなりに受け入れている。それが「負けてもいい相手」と勝負するときだ。実力差がありすぎて最初から勝負が決まっていると言ってもいい相手との勝負は勝にはあまりこだわらない。ただし「この部分は」と思うところにこだわるなど、それなりの目標を持っている。 本来勝負ごとに「負けてもいい相手」というモノはいるべきではないと思う。勝負をするからには「勝つ」ことにこだわるべきだというのがお父さんの信念だ。 しかしながら実際は、自分の中で境界線があり、「負けてもいい相手」というのが存在するのも否定はできない。今回のワールドカップの予選で、日本がドイツとスペインに負けて、エクアドルにだけ勝利して1勝2敗で予選で敗退したとしても、多くの日本人は残念だと思いながらも結果をすんなり受け入れたと思っている。 負けてもいい相手は現実として存在している。どこがその境界線なのか、なぜ負けてもいいと思ってしまうのか。突き詰めて考えていくととても不思議な気分になる。
2022.12.11
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お母さんがマグカップのお湯を体にこぼしてやけどをした。数年前に足に油が掛かった時は、パニックになっているお母さんをお父さんがお風呂場に引っ張っていって水をかけたが、今回はそうはいかなかった。服に掛かっているので風呂に連れていくよりも、すぐに服を脱がなければならない。「服を脱げ!」というのだが、「熱い熱い」と言いながらお母さんは踊っているだけだった。 お父さんの声が聞こえて服を脱ぎ始めたのは、もうかかったお湯がだいぶ冷めてからだと思う。お湯をこぼしてから15秒近くたっていただろう。当然ながらかなり手遅れだ。服を脱いだお母さんを風呂へ行かせて水をかけさせたが、病院へ行くレベルのやけどになってしまった。 病院での診断は、治るけど全治2か月とのことで、この寒い時期なのにシャワーは浴びていいけれど、浴槽につかるのは禁止されてしまった。さらに腰のあたりのやけどなので、下着や服が患部に擦れて痛いようだ。年末の忙しい時にと思うが、そんな時だから間違いも犯してしまうのだろう。 ちなみに子供たちはとてもお母さんの状態を心配していたが、それをみてお父さんはちょっとおかしくないかと思ってしまった。お父さんがけがをしたりして、苦しんでいるとき、子供たちは割と平気で「大変だね(笑)」みたいな態度なのに、お母さんに対しては、「大丈夫?痛い?」と心配しながらいたわっている。あまりにも態度が違う。 次女に不満をそのまま伝えたら、「お父さんは丈夫だから問題ない、ドンマイ!」で終わってしまった。これはお父さんは「強い」と子供たちが思っているのを喜ぶべきなのだろうか。悩んでしまうお父さんである。
2022.12.10
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お父さんの仕事はそれなりにストレスが多い。人間関係を調整することが仕事の一部になっているので、とにかくいろいろな人の様々な意見を聞いて、調整したり説得したりしている。お父さんは成人でも君子でもないので、様々な人と接して、意見や考えを聞いていると、わがままだと思ったり、矛盾していると感じたりとストレスがたまるのだ。 昔はそんなことをする地位にいなかったので、悩みは常に目の前の技術的な課題ばかりだったが、今はそちらの仕事がほとんどなくなり関節的な仕事ばかりだ。よって昔は仕事の愚痴をお母さんに話すことは無かったが、最近は耐えられないのかお母さんに話してしまうことも多くなっている。 さて、お母さんに話した時にたまにあるのが、「あなたも同じようなことを言っている(やっている)」と言われることである。えっ!と思うが、きちんと説明を受けると「確かに」と納得することが多い。 つまりお父さんも、お父さんが嫌いだったり嫌だと思う言動をしているということだ。 実はお父さんも誰かが他人を批判したりバカにしたりしているのを聞いて、「それってあなたの事だろうに」と思うことが多くある。さすがにそれを指摘したりはしないが、思わず軽蔑したくなるのは避けられない。 ちなみにお父さんの経験上、ほとんどの人が、指摘されれば逆ギレして「俺は違う」と喚くことが多い。お父さんはあまり他人から指摘されたことは無いが、お母さんから指摘される頻度を考えれば、周りから同じように見られている可能性は高いと思っている。 結局人間は、自分のことはわからないものなのだ。自分だけは違う、自分は素晴らしい人間だと思いたいのだが、しょせんはほとんどの人が同類である。人を批判したりバカにしたりしている人は、お父さんも含めて同じように他人から批判されたり馬鹿にされたりしていると考える方が正しいだろう。 お父さんに「あなたも」というお母さんだって、同じくお父さんに「あなたも」と指摘されているのだから。 お父さんが幸いだと思うのは、お母さんがお父さんに指摘してくれるという状態を保つことができているからだ。お母さんに逆ギレすれば、お母さんも指摘はしなくなってくるだろう。お母さんの意見をこれからもきける状態をキープすることは、お父さんにとってかなり重要な事案である。
2022.12.09
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ここ数年、テレビのある番組で毎週のように芸能人による俳句の添削をする番組が放映されている。お父さんも時間があればよく見ている。ほとんどテレビを見ないお父さんにとって、定期的に見ている数少ない番組の中の一つだ。 10年以上前だが、俳句を題材にした漫画を読み、俳句の奥の深さに感銘を受けたことがある。その時以来、俳句というモノに興味を持っていたが、このテレビ番組で毎回添削する先生が、いろいろと解説をすることで、ますます俳句に興味がわいてきている。 にわかと言われると思うが、今日本ではこの番組のおかげで俳句に対する興味はとても深いものとなっていると思う。 高校生の頃、授業で俳句を作る宿題が出たことを思い出す。当時のお父さんは俳句など全く興味もなく、どんな句を作ったのかすら覚えていないが、ちょうど同級生を事故で亡くしたばかりの女の子が、とても追悼の句のようなものを作り、それを国語教師が「意味が分からん」と評したことで、女の子が泣いてしまい、先生が謝るということがあった。お父さんにとって俳句とはその記憶しかなかった。 今のお父さんが俳句に興味があると知ったらあの時の自分は何と思うだろうか。 ただ俳句というのは、テレビで見ていてもとても難しいということがわかる。五・七・五の17文字で世界を表現するというとても壮大で、それでいて繊細なものだと思う。いい加減なお父さんにはあまり向かないような気がする。 テレビで見ている「評価の高い俳句」の中には、呼んだだけでは全く意味の分からないモノも多くある。解説を聞いても何がいいのか全く分からない。俳句は読む側にも知識が必要なのだ。 同じ五・七・五でも川柳というモノがある。こちらは世の中を面白可笑しく表現するもので、季語が必要とか言葉遣いがどうとかいうモノは基本的にない。技巧は多少必要なのだが、世相を切り取って遊ぶという感じが、お父さんは大好きだ。 朝日新聞などに載っている川柳は、あまりにも恣意的で悪意を感じるものが多い(とにかく世の中すべてに否定的)ので好きではないが、サラリーマン川柳とか様々な川柳を読むのはとても面白い。 お父さんにとって川柳とは、自分を卑下したり、世の中を皮肉ったりしながらも読み手を笑わせるものだと思っている。というか笑えない川柳は好きではない。ところが笑える川柳を自分で作ってみようと思うと、正直俳句より難しい。作ってみようと思ったことは何度もあるが、笑えるという要素、ただの文章にならないことなどかっこつけようとすると、全くうまくいかないのだ。 俳句の奥の深さも難しいが、川柳の創作もなかなか難しい。結局お父さんは誰か上手な人が作ったものを読む側の人で、作る方の才能は無いような気がする。 ただ人生を豊かにするためにも、俳句か川柳はやってみたいと常に思っている。
2022.12.08
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年末が近づいてきた。仕事も通常の仕事に加えて年末特有のものがあるので、12月はとても忙しい。特に12月に入ると年末の挨拶の予定、年始の挨拶の予定など様々な日程の対応に追われていく。お父さんも12月は出張だらけだ。その中には韓国出張も含まれている。会社にいる日が少なく、とても目まぐるしい毎日だ。 さてそんな中で、恒例なのだがこの時期に困ることがある。それが来年1月のカレンダーが壁に掛かっていないことだ。お父さんの会社では、事務用の数字だけが書かれたカレンダーを1月から12月まで壁に貼ってある。通常電話などで日程調整をしているときはそのカレンダーをみて話をしている。 ところが12月は、来年1月のカレンダーが壁に貼られていないので、パソコンや携帯のカレンダー機能を使って確認しなければならない。非常に面倒くさい状態になる。たまに来年の一月と勘違いして、壁に貼られている今年の1月のカレンダーを見て話してしまい、話がかみ合わなくなることがある。 今週中には、来年のカレンダーを貼る予定でいるが、それまではこの不便な状況に耐えなくてはならない。 たまに表紙に12月のカレンダーがついていて、12月から使えるようになっているカレンダーがあるが、あれよりも翌年の1月が最後についているカレンダーがあればいいとお父さんは思っている。 来月の予定を見ようとして、カレンダーをめくるがそこには壁紙があるだけという状況を経験したことがある人は少なくないと思う。翌年1月までついているカレンダーがスタンダードになって欲しいとお父さんは思うのだが、そこまで気にする人はいないのだろうか。 お父さんはカレンダーがアプリとしてスマホにあることはわかっているが、日程を確認するときにすぐにスマホを開ける世代の人間ではない。壁掛けのカレンダーがないと、ダメなのだ。 世の中がお父さんを中心に回っていればいいのにとちょっと思う。
2022.12.07
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お父さんがいる東北では、11月には車のタイヤを冬用のスタッドレスタイヤに交換する。12月には初雪がほぼ確実に降るからだ。積もらなければ夏用のタイヤでも問題ないのだが、帰宅時に気温が下がり凍結したりすると、もうまともに走行ができなくなってしまう。 通常の夏タイヤ(ラジアルタイヤ)は、溝が浅くなってくると交換する。お父さんの乗り方だと短くても5年ぐらいは普通に使うことができる。 しかしながらスタッドレスタイヤは、基本的には3年使ったら溝の有無に関係なく交換するのがタイヤメーカーやタイヤ屋の常識である。 スタッドレスタイヤは、ゴムが酸化して硬くなると極端に性能が落ちてしまうからだ。実際に新品のタイヤと3年を過ぎたタイヤでは、指で押しただけで柔らかさが全く異なることがわかる。それぐらいタイヤの柔らかさが重要なのだ。 もちろんある程度硬くなっても性能がゼロになるわけでもないので、人によっては5年ぐらい交換せずに使い続けることもあるし、タイヤ代がもったいないからと、夏もスタッドレスタイヤをつけたまま走る人もいる。 スタッドレスタイヤは雪のない道で使用すると、ブレーキを踏んだ時の制動距離が長くなるし、雨の道路でも滑りやすくなるが、東北の冬でもドライや雨の状況はあるので、大きな問題にはならない。 なので命に係わる部品であるスタッドレスタイヤであるが、どのように使うか、いつまで使うかは車所有者が決めている。お父さんは自己責任なので、それでいいと思っているが、一つ困ることがある。 それは、社用車のタイヤだ。複数の社員が乗るので、お父さんとしては基本的に安全な状態をきちんと確保しておきたい。なので、3年ごとに買い替えるように指示は出すのだが、上司が「まだ大丈夫」と言って交換しない時がある。 その上司が乗って事故をするなら構わないが、他の社員が古いタイヤが原因で事故を起こせば会社の管理責任になる。お父さんはその上司から、「お前はすぐにタイヤを交換したがる」とよく言われるのだが、これに関して譲るつもりはない。 逆に事故が起きたらどうするつもりだと問うのだが、言い合いになると結局は上司が折れることが多い。はっきり言って無駄な口論だとお父さんは思っている。本来なら3年たったら自動的に新品に交換するようにルール化したいのだが、なかなか難しい。
2022.12.06
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息子の中学校は中高一貫で、高校受験がないので修学旅行を中3の12月に沖縄に行くという、世の中3生をうらやましがらせる日程である。長女も同じ中学校だったので、12月に沖縄旅行を楽しんできた。 しかしながら昨年、一昨年とコロナのせいで修学旅行は中止になっていた。長女も高校の修学旅行は中止になり、そのまま大学に進学した。 そんな経緯があったのだが、今年は何としても修学旅行を実現させると、中学の先生が躍起になっているという。息子の話では、特に今まで修学旅行に行っていない先生が強力に修学旅行を決行させる気で頑張っているという。 しかしながら修学旅行直前になって、息子の学校でもコロナが広がり始めた。まず1年生のクラスが学級閉鎖になり、3年生やその親に修学旅行まで細心の注意を払うように通達が来た。学校でも集団でふざけ合っていると離れるように指導されるらしい。 そんな努力をあざ笑うように、今度は2年生がコロナによる学年閉鎖になってしまった。昨年までならこの時点で修学旅行は中止になっていたと思う。 ところが今年で近隣の地方空港から沖縄への直行便が廃止されるということで、沖縄の修学旅行は今年が最後のチャンスということで、先生が必死で決行に向けて動いているという。学校ではおしゃべりしているだけでも注意されるようになったと息子が言っていた。 その息子も、当然修学旅行にはいきたいので、家族に向かって不要不急の外出や、人ごみへ行くことをしないようにと家族に通達を出している。協力はしてあげたいが、お母さんはともかくお父さんは仕事をしている。 年末はあいさつ回りに出ることも多いし、逆に年末挨拶の来客対応もしなくてはならない。不要不急の外出はしないが、出張もあるし遠方からの来客も断ることはできない。息子にとってお父さんが最大の危険分子になっているようだ。 具合が悪くても検査をするなとも息子には言われている。もう何が何でも修学旅行に行く気でいるのだ。ここまでくれば、よほどのことがない限り、修学旅行は決行されるだろう。息子が参加できるかは、家族の状態にかかっている。 出発日まであとわずか、無事に息子が出発できることを祈っている。ただ現地でコロナ陽性になったら、沖縄に取り残されて帰れなくなるらしい。その場合は親が沖縄に行って対応しなければならないそうだ。 息子よ、家族がコロナに罹患しないように注意喚起するのはいいが、お前こそ沖縄で発症しないようにしてくれよ。
2022.12.05
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12月に入って、早くも雪が降った。まだ積もりはしないが、それも時間の問題だろうと思うほどに寒い。朝晩は氷点下になってしまい、外でしかタバコが吸えないお父さんは凍えながら煙を吐いている。 先週までは最低気温が3℃~5℃ぐらいだったので、まだあまり気にしていなかったが、やはり氷点下の空気は全く異なる。風が吹くと体感温度は実際の気温以下になる。 しらせが南極に向かっているというニュースをちょうどやっていたが、隊員が体験する寒さはどれぐらいなのだろうかと思う。 東北地方に移り住んでもう15年以上になる。年によっては年末から春先までベトナムにいることもあるので、毎年冬を体験しているわけではないが、それでも生まれ育った東海地方に住んでいた年数と同じくらい東北に住んでいる。さすがに慣れてきたとは思っている。 それでも心の方はやはり生まれ故郷の気候が忘れられないようで、冬になると気が滅入る。お母さんも子供たちも東北育ちなので、あまり感じないのかもしれないが、お父さんにとって、寒さと3時過ぎには暗くなってくる東北の冬はどうしても好きにはなれない。 明日からはヒートテックを上下着用して寒さをしのごうと思う。若い頃はズボン下と言われるような下着を着ることになるとは思ってもいなかった。地元に残っていれば一生着なかったものかもしれないと思う。 ただ東北の雪には楽しみもある。昨年次女がスキーを覚えたので、今年もまたスキーに行きたいと思っている。体力がないので、地元の小さなスキー場がとても滑りやすくて楽しい。もう少し子供たちが上手になったら大きなスキー場にも行ってみたいが、お金もかかるし、何よりもお父さんが体力的にもたないかもしれない。お母さんは絶対に行かないだろうし。 少しでもこの冬を楽しく過ごせるように、また考えていこうと思う。それにしても寒さはどうしてこうも人の心を暗くするのだろうか。
2022.12.04
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お父さんはサッカーを見るのはそれほど好きではない。野球を見るのは大好きなのだが、サッカーは日本代表の試合ぐらいしか観ない。だがワールドカップに関しては予選からテレビ放送があるときは、それなりに見ている。 そしてお父さんが準備万端で見る日本代表の試合は負けることが多い。良くてスコアレスの引き分けだ。 今回のワールドカップアジア最終予選でも、初戦のオマーン戦を楽しみにしてテレビ観戦したら負けてしまった。そのあとサウジアラビアにも負けてかなり厳しい状況に追い込まれたので、観るのをやめてしまったら、その後1敗もしないまま本選出場が決まっていた。 本選の予選リーグも、ドイツに勝てるとは思っていなかったが、どんな戦いをするのか負け試合でもいいから観ようと思い、万全の準備をしてみていたら、あまりにもひどい状態に見えたので、もういいやと寝に入ったら、後半見違えるように良くなって逆転勝ちしてしまった。 これはと思ってコスタリカ戦を楽しみに、風呂の時間もずらしてテレビで見ていたのだが、いいところがほとんどなく負けてしまった。 そして最後のスペイン戦、お父さんが見ると負けるから観ないようにという家族の声により、早々に早朝の観戦はあきらめていたが、朝起きたら勝っていて本当に驚いた。こんなことなら無理して観ておけばよかったと思ったが、お父さんが観ていたら負けていたのだろうか。 そんなことは、ありえないと思いながらも、お父さんが観る試合の負ける確率を考えるとちょっと怖くなる。お父さんが観るから負けるのではなく、勝つ試合を見ることができないのがお父さんの運なのだろうと思う。 そういえば、子供たちのスポーツの大会を見に行くと、お父さんが見に行くときは負けることが多かった。お母さんが見に行くとそれなりに勝つので、やはりお父さんは勝つ試合を見れない運を持っているのだと思う。 ということは、次のクロアチア戦もお父さんが見れるようだったら危ないし、観れない時間に試合があれば勝てるのかもしれない。 何にしても、今回のドイツとスペインの撃破は、日本サッカー界にとって歴史に残るものだと思う。代表選手に敬意を示すとともに、決勝トーナメントでの活躍を祈りたいと思う。
2022.12.03
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先日息子が突然お弁当を作ったのに持っていかなかったとお母さんから聞いた。お母さんの推測も、お父さんの推測も同じで、彼女もしくは相当するような女性にお弁当を作ってもらうことになったのだろうと。 翌日は普通に持っていったので、1日限りだったようだが、帰宅後の追及にしどろもどろになっていたのでまず間違いは無いだろうと思う。本当にシロならもっときつく否定するのが息子のクセだからだ。 お父さんも若い頃は彼女からお弁当を作ってもらったことは何度かある。初めて作ってもらったときの期待はすごかったし、落胆もすごかった。自分の母親以外に作ってもらうお弁当、それも彼女が作ったというだけで、男は単純なので結構舞い上がってしまうものだ。お母さん曰く、女性の側も作るときはとても緊張していろいろ考えるらしい。 ではどうしてお父さんはお弁当を作ってもらった後に、落胆してしまったのだろうか。美味しくないからではない。理由は量があまりにも少ないからだ。中学生ぐらいから大学生ぐらいというのは、スポーツをやっている男はとにかく量を食べる。1日5食、5合以上は確実にご飯を食べる。なのでお弁当もとにかく量を追及して作ってもらうのが普通だ。 ところが女性はお弁当に「自分の可愛さをアピールすること」を求めるので、小ざっぱりした感じで量が少ない。ドカベン(大きな弁当)ではかわいさが追及できない。どうしても量が少なくこじゃれたものになってしまう。 お父さんが作ってもらったものも、そういうきれいで小さいお弁当ばかりだった。通常の弁当の1/3ぐらいしか量がない。 初めての時は致し方ない。すきっ腹に耐えて部活をして、家に帰ってたっぷり食べる。ただし彼女には自分が欲しい量を伝えておく。次はもっと大量に食べたいと。しかしながら2回目以降も量はそれほど変わらない。そもそも男兄弟でもいないと同年代の男性がどれぐらいの量を食べるのか想像ができないのかもしれない。 そんなわけで、お父さんはお弁当を作ってくれると言ったときでも、母親の弁当も持っていって陰で食べていた。 困るのはデートの時だ。さすがに隠れて何か食べるわけにもいかないので、ささやかなおやつのようなお弁当で我慢するしかない。 今回の息子に対するお弁当がどんなものであったか、いつか聞ける日が来るかもしれないが、きっと量が足りなかったとか、無駄に飾りが多いとか、お父さんが経験したことをそのまま体験していると思う。お母さんに言わせると、息子の食べたい量を弁当にできるのは、母親しかいないということなので。
2022.12.02
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今年もあっという間に12月になってしまった。2022年も残すところあと1か月だ。会社も家庭も今月はとても忙しい。海外出張の予定もあり、体もキツイ1か月になる予想である。 さて12月になると毎年思うのだが、自分はこの一年で何を成し遂げたのかとよく考える。そして答えは、無為に過ごしてしまったというモノになることがほとんどだ。結婚したとか子供が生まれて父親になったとかいう以外に、自分の努力で何かを成し遂げたと関実事があった年は基本的にないと思う。 仕事の事であれば、自分のやった仕事で大きなもの(大型機械の新規購入、工場の改築など)はあるが、ものすごく努力して成し遂げたという気分にはならない。家庭面でも同様で、家を建てたとか以外は、今年は何があったというのはなかなかないものだ。 お父さんはこのまま何となく生きていくのかと思うと、少し寂しく感じてしまう。今年50歳になったのだから、60歳までの10年間はある意味人生の集大成としていかなくてはならないと、焦りばかり感じてしまう。 まあそれでも今年は長女の大学受験という、我が家にとって大きなイベントがあった。滑り止めは合格した者の、大本命は失敗し、最後の後期日程で運よく志望校に合格できた。親として共通テストからの2か月間は胃がキリキリして大変だった。 長女が大学生になり、家を出たことも本来は大きな出来事なのだが、大学受験があまりにも大変で1か月ぐらいは精神的にふらふらだった気がする。そのあとすぐお父さんはベトナムに行ってしまったので、長女の不在を寂しく感じるようになったのは9月末に帰国してからだ。 次女が中学校に入学したこともそれなりのイベントだが、学校になじめずに引きこもりになるかならないかの瀬戸際になっているのも、現在進行形の出来事だ。ただこの件に関してはお父さんよりもお母さんの方が大変だろうと思う。しょっちゅう学校に呼び出されたり、具合が悪いという次女を迎えに行ったりしているのだから。 息子は良くも悪くもあまり家族に影響を与えず生きている。中高一貫校に通っているので、中3であるが受験は無い。12月は沖縄に修学旅行に行くらしい。今は風呂で友達に裸を見られても恥ずかしくないようにと筋トレをしている。男を意識しないで女子を意識してほしいのだが、まだそのような精神年齢には達していないらしい。 夫婦間では、特に何もない。大きなけんかもなければ、大きなイベントもなかった。そういえば結婚して20年を今年迎えていた。20年も一緒にいれば、どちらかが問題を起こさない限り、イベントなど発生しない。 さて、残る1か月を無事に過ごして、来年も良い年になるように頑張ろう。
2022.12.01
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