全31件 (31件中 1-31件目)
1
お父さんが子供の頃、両親、特に父親は力があって強いという印象を持っていた。朝から晩まで働いている姿もそうだし、自分には持てない重いものも持てる。子供の体格だったお父さんからは超人の様に見えた。 だからお前たちがお父さんを同じように見ていることもある程度想像ができる。お父さんは何をしても大丈夫と思っているのだろう。 しかしながらお父さんも人間であり、さらに体力も衰えてきたし、体もあちこち痛んでいる。糖尿病だけでなく、腰痛もあるし、ちょっと無理目に動くとすぐに筋肉痛や関節痛になってしまう。 子供と遊んでいて転び、膝の靭帯を損傷したし、サッカーで足首の靭帯断裂、高跳びを教えようとして肉離れと次々体が壊れて行っている。 それでも子供たちはお父さんは壊れないと思っているようで、お母さんには絶対しないような行動をお父さんにはやってくる。 以前は息子が寝ているお父さんをフライングボディアタック起こしにきた。激痛と共に呼吸ができなくなり死んだかと思った。 さらに先日は寝ているところに次女から体当たりを食らって、背骨が折れるかと思うほどの衝撃だったため、しばらく立ち上がることができなかった。 昔は調子に乗って「お父さんは強い」とか「お父さんは頑丈だ」とか言っていたが、今ではとてもそんなことが言える状態ではない。次女の体当たりを食らったときには、「お父さんは何をしても壊れないわけではない。」と説教をしてしまった。 お父さんにも経験があるが、父親が昔より肉体的に弱くなったと感じると、子供としては寂しいものである。さらに力でも自分より弱くなったと感じた時には、自分が強くなったことよりも父親が弱くなったことに衝撃を受けたものだ。 まだ中学生の息子にも、高校生の長女にも力では負けないが、体力は確実になくなってきているし、体の頑丈さでは子供に負けているかもしれない。 父親としてできる限り子供に負けないレベルを維持したいと思うが、50歳を超えていけばそう遠くない未来に、子供たちに寂しい思いをさせることになるだろう。 父親の威厳まで捨てるつもりはないが、体力で負ける日は近い。
2022.01.31
コメント(0)
最近よく普通の人が食べられないほどの大盛の食事を食べるテレビ番組を目にする。4キロ前後もあるような巨大な料理だ。ご飯だけで1升分とか入っていて、とても胃袋に入る量とは思えない。あれを食べきる姿はやはり圧巻であるが真似をしたいとは思わない。 さて、そうはいってもお父さんは体型通り結構大食いである。最近はさすがに昔の様には食べることができなくなっているが、それでもそば屋などに行くと大盛を頼むし、外食したときに大盛無料とか書いてあると一瞬血糖値を考えて迷うのだが、やはり大盛を頼んでしまう。 若いころは大盛では足りずに2品頼むことが多かった。高校時代はお金があればハヤシライス大盛とかつ丼大盛を頼んで一気に食べるということもよくやった。とにかく食べられるだけ注文して食べるということを繰り返した結果、立派なデブになり、中年以降糖尿病になったので、まあなるべくしてなったと言うべきであると思う。 お父さんはつい最近まで量を食べる人だったので、大盛を頼むのは日常だったのだが、大盛には常に不満を持っていた。圧倒的に量が足りないからだ。 例えばそば屋の大盛は、お父さんのイメージでは通常の並盛よりも3口分ぐらいしか多くない気がするレベルが多い。大盛二つ分ぐらい食べないと満腹にならないのだ。大盛を頼んでもたくさん食べた気がしない。ラーメン屋の大盛も基本的に同じだ。器が大きくなったりしていて一瞬たくさんある様に見えるが、食べてみると結局足りないと感じてしまう。普通盛りとの差を食べ終わってから感じないので、無駄にカロリーを摂取しただけで満足感を得られないことが多い。 牛丼屋のメニューにも不満がある。特盛というのがあるが、肉が2倍でご飯は大盛という内容なため、ご飯好きのお父さんは特盛を頼まずに、いつも大盛を頼んでいる。これがご飯が2倍で肉が大盛というメニューがあれば、迷わずに食べることができるのにといつも思う。 ただメニューに乗らないということは、そういう要望があまりないのだろう。あとは肉より米の値段のほうがコスト的に高いのかもしれない。 お父さんが好きなのは、とんかつ屋によくあるライスと味噌汁とキャベツがお代わり自由というシステムだ。これだと自分の配分でご飯を好きなだけ食べることができる。だから食べ終わったときはとても満足している。 そういう意味では出張時のビジネスホテルでの朝食バイキングもそれなりに満足ができる。米を自由に食べられるということはお父さんにとってとても重要だからだ。 好きなだけおかわりができる中で、いまひとつなのが九州系のラーメン屋がやっている替え玉というやつだ。替え玉の上手な頼み方を知らないせいかもしれないが、具も少なくなりスープも冷めた状態のどんぶりに麺だけ足されても、美味しいとは思わない。さらに替え玉がある店は基本的に大盛すらないので、九州系のとんこつラーメンは嫌いではないのだが、ほとんど行かない。 デブの感覚は一般の人とはちがうのだろうが、もう少しデブの思考よりのメニューを作ってくれないかと思う。まあもう年齢的にそれほど食べられないのだが。
2022.01.30
コメント(0)
人は自分が嫌いな人にはなるべく近づきたくないのが心情である。だからなるべく話さないようにするし、目を合わせないようにするのが日本人だ。なので多くの人に嫌われた人は、基本的に孤立していくのが日本の社会構造となっている。 お父さんも基本的に嫌いな人とはなるべく接触しないようにしているが、社会人ともなるとそうはいかない。自分の職場、それも上司に嫌いな人がいる場合、避けるわけにもいかないからだ。嫌でも話をしなくてはならないし、命令にも従わなくてはならない。 基本的に日本社会で嫌われる人(特に社会的地位を持っている人)というのは、独善的で自分が一番頭がいいとか、自分はすごいとか思っている人が多く、きわめて自己顕示欲が強い。なので人をバカにしたりさげすんだりする発言を平気でするのだが、自分が同じようなことを言われると烈火のごとく怒るのもこういう嫌われる人の特徴である。 こういう人が上司である場合、多くの人は、なるべく近づきたくないし、近づかないという行動に出るが、お父さんから言わせると、実にもったいないことをしている。要はお父さんはこういう人にこそ近づいておくべきだと思っていからだ。 ただし近づくにはそれなりの覚悟がいる。嫌いな人の近くにいれば精神的にはそれなりにキツイ。要は嫌な思いもたくさんするということだ。それが嫌で人は離れているのだから。 しかし一緒に仕事をする以上、どのみち関わらなくてはならないのだから、嫌な思いも程度の問題であって、嫌な思いをしないということはありえない。 ではなぜお父さんが嫌われ上司に近づいた方が良いというかというと、嫌いな上司を味方にできるからである。上司は少なからず部下に対して権限を持っている。特に人事や昇給/賞与の査定など、生活にかかわる部分を握られているのだ。 どんな人でもそうだと思うが、自分を嫌っている人というのは何となくわかるものだ。自己顕示欲の強い人は通常の人よりは鈍感であるが、やはりそれなりに感じてはいる。なので、自分に優しい人と自分を嫌っていると思う人を同じように評価はしない。 必ずとは言わないが、明確に数字で表せないあいまいな部分は、上司の印象(心象)で決められることが当たり前にあるのだ。いやらしい話だが、嫌な思いを多くする分見返りも多いということだ。そしてその見返りは自分の生活に直結している。 嫌われ上司は周りから人がいなくなるので、近づいてくる人を通常以上に歓迎する。嫌われ上司のお気に入りの地位は意外と得ることが簡単なのだ。人格者で皆に人気のある上司に気に入られるのは大変だが、嫌われ上司に気に入られるのは子供をだますレベルで簡単なことが多々ある。 もう一つのアドバイスとして、周囲の人にも対策が必要だ。自分が嫌われ上司の矢面に立つことで、周囲の人の盾になっているというスタンスをとるのだ。これでジャイアンに寄り添うスネ夫の様には見られず、周囲からも「嫌な思いをさせてすまない」という同情を得ることができる。 お父さんが今書いていることは、道徳的にとても悪いことの様に見えると思うが、社会は多種多様な人間で成り立っているので、きれいごとだけではうまくいかない。実際に出世する人というのは、嫌な上司ともそれなりに関係を築ける人が多い。 上司なら避けても仕事ができることがあるが、取引先の担当者が嫌な人だったら逃げることはできない。どうせ付き合うなら相手にきっちり近づいておいた方が良いと言われると、少しは納得できるのではないだろうか。 別に嫌いな人に便宜を図る必要はない。たまに少し気をつかってあげるだけで、効果は絶大だ。なぜなら嫌われ者は自分を気遣ってくれるような人が周りにいないからだ。 若いうちはこの文章を読んで気分を悪くするとは思うが、社会に出た時に心の片隅にとめておくことも必要だとお父さんは言っておきたい。
2022.01.29
コメント(0)
学生ににも先輩と後輩があるし、家庭でも兄と弟や親と子といった年齢や立場による上下関係が存在する。これが社会人になると役職によって、上司と部下と言うように明確に上下関係が定義されている。上司の命令は業務命令として、社員規定にも定義されるような絶対的なもので、部下が気分で逆らうことはできない。 しかしながら、部下であるからと言って上司の命令にただ従っているだけでは評価されない。上司の命令をこなしつつ、さらにプラスアルファの仕事をしてこそ上司からも周囲からも認められていくのが本来の社会人のあるべき姿である。 問題はこれを理解していない人間が多いということだ。お父さんはそれを「無能」と思っている。部下だけを指しているわけではない。上司も無能がいっぱいいるのだ。 お父さんが考える無能な上司とは、自分の仕事の補佐として具体的すぎる指示を出して、それ以外の仕事や部下の意見などを一切無視、もしくはつぶして自分の指示以外の事を一切させない上司だ。無論部下には一切の自由度は無く、責任はあるが権限もない状態だ。なにをするにも上司に判断を仰ぎ、自分で考えることを否定されていく。 不思議なことに、仕事ができると周りから思われている上司に意外とことタイプが多い。集団としては結果を出せるが、部下は自分で考えることを否定されるので、数年その状態で働くと自分の意見を持たず、物言わぬ人材になってしまう。 もちろん上司の言うことを聞いて仕事はしているのだが、プラスアルファがないので賞与や昇給での評価はそれほど高くならない 入社して、上司の言うことを一生懸命やっているのに評価もされない状態になってしまう。仕事を覚えるまではそれでも良いかもしれないが、3年以上この状態を続けると社会人としてダメになってしまう。無能な部下になってしまうのだ。 無能な部下は、上司から自分で考えることを一切認められないまま過ごしているので、自分の意見を全く持たない。何か確認するとすべて上司が言ったからとか、上司の指示ですと答えるのみで、あなたは何をしたいのかという問いに答えることができない。 無能な上司の元で無能な部下に育て上げられた典型的な例である。 しかしながら、上司が初めから部下に考えさせることを教えていたとしても、最初から「自分にはできません」と拒否する部下も存在する。指示をされればその通りにやるが、指示がなければ何もしない人というのは、お父さんには理解できないが一定数存在する。 人を育てようとしている上司の下にこのような部下がいると、集団としての力は無能の上司と部下のコンビよりも低くなる。 無能上司と無能部下のコンビはとても強い。上司が指示したことを部下が猪突猛進でやっていく。自分の意見など持たない部下は、上司の言うことを影響も考えないで実行していくので、大きな成果も出すし、大失敗もする。最後は上司が異動や退職でいなくなった瞬間に崩壊する。引継ぎも何もできないまま、集団ごとダメになるのだ。 お父さんはどうだろうと自問することがあるのだが、自分の能力はともかく上司に逆らうことはそれなりにしているので、言いなりになっているわけではないと思っている。まあお父さんが正しい保証は何もないが。 部下に対しては難しいが、具体的な行動は自分で評価ができないが、部下に責任を預けるときは同時に自由裁量権をある程度与えるようにしている。お父さん自体が自分で考えることができない部下が嫌いだからだ。 会社にいると、いろいろな人間がいるが、お父さんより年上の社員は、昔から上司の命令を絶対として受けてきたようで、考えない社員が多いと感じている。もう少しきちんと考えてもらいたいと思うが、一度身についた習慣はなかなか変えられないようだ。かわいそうだが、一生懸命上司に尽くして評価が低いという状態になっている。 お前たちがどういう風に社会人として仕事をするのかまだわからないが、自分で考えて行動することと、自分で考えることを推奨する上司に当たってもらいたいと切に願う。
2022.01.28
コメント(0)
最近お父さんの住んでいる地域は最低気温が氷点下10℃を超える日がよくある。これぐらいの気温になると晴れていても天気雨の様に雪が舞うことがあるし、すこし曇ると雪になる。雲がなくなるとまた晴天になるという不思議な天候が起こる。 東京方面の雪と違って、この寒さで降る雪はサラサラの粉雪だ。風が吹くと舞い上がって視界がきかないほどの地吹雪になるときがある。なので晴天のなか車で走っているのに突然目の前が真っ白になる。ホワイトアウトと言うのを瞬間的に味わっている。 北海道でよく観測されるダイヤモンドダストというのもたまに早朝見ることができる。気温だけではなく湿度とも関係しているようなので、同じような気温や天候でも見られる時とそうでない時がある。本当に自然というのは不思議なものだ。 お父さんはアメリカ留学時代にミシガン州に住んでいて経験したが、気温が氷点下のままだと、基本的に雪は解けない。地面に接している部分は地熱で少し溶けたりもするが、積もった雪の表層は解けないままなのだ。 なので車に積もった雪もブラシで簡単に落とせるし、息を吹きかけると粉の様に飛んでいく。これは本当に寒い地方でしか体験できないものだ。東海地方生まれのお父さんは、この粉雪のままの状態を見ると心が躍る。絶対に実家では見られない現象だからだ。 先日は朝、車の外気温計がマイナス12℃だった。これぐらいになると寒さをあまり感じなくなる。空気中の水蒸気が無くなって、絶対湿度が大きく下がるからでないかと思っている。ベトナムで湿度が高いまま気温が下がると感覚として実際の気温より5℃から10℃ぐらい寒く感じるからそう思うのだが、本当のところはよくわからない。 話を戻すが、氷点下の雪は表層が溶けないので降った後もサラサラだ。雪玉を作ろうとして手で固めてもすぐにほぐれてしまう。雪だるまも作れない。雪玉を転がしても雪がくっついてこないからだ。 東北の雪も寒さも生活していく上ではとても面倒くさいものではあるが、関東より南ではそう簡単に経験できない貴重な経験をさせてくれる。 こんな風に雪を楽しめるのも、車で移動できていることや、家の中が温かいなど現代の科学技術の恩恵があるからこそだろう。100年前に現在地に住んでいたら、冬は鬱になる程嫌だったと思う。本当に昔の人はどうやってこのような寒さと雪を克服してきたのだろうかと不思議に思う。
2022.01.27
コメント(0)
オミクロン株のコロナ感染が拡大しているニュースを見て、お父さんが「早くブースター接種をしたい」と言ったら、お母さんが「どうせコロナに感染しているのだから、ワクチン接種に意味はないのでは」と言い出した。さすがはお母さんと感心してしまった(悪い意味で)。 オミクロン株だろうが、デルタ株だろうがワクチンを打つことで感染を防げるものではない。基本的には重症化を防ぐのが主目的だ。それはワクチン接種が始まったときからずっと言われていることだ。もちろんワクチンを打った人の方が、打っていない人よりは感染の確率も低いとは言われているが。 コロナに感染することの何が怖いかということをお母さんはすでに忘れていると思う。コロナがこれだけ世界中で問題になっているのは、重症化して後遺症が残ったり、初期の頃は多くの人が亡くなったからだ。有効な薬がない状態なので、人体の免疫機能を使って重症化を防ごうとワクチン接種をしているのだ。 ところがテレビのニュースなどを見ていると、どうもオミクロン株は肺ではなくもっと場所の浅い気管などで増殖するので、かかりやすいし重症化しにくいと伝えている。さらに南アフリカでは勝手に患者数がピークアウトしたと報道している。事実でもあるのだろうが、国民に注意喚起すべきマスメディアが、うがった見方をすると「感染を広げるために、国民の意識を緩める誘導をしている」ようにも見える。 お母さんはお父さんよりテレビを見ている時間が長い。朝のワイドショー関係から始まって、家にいれば夜までずっとテレビをつけている。目の前で座ってみているわけではないが、常に音が聞こえる環境が好きなのだそうだ。 そんなわけで、お母さんの意見や反応を見ていると、マスコミの誘導にのせられていると思うことが多々ある。おそらくお母さんだけでなく、テレビを一日中見ている老人なども同じように知らず知らずのうちに、マスコミに誘導されているのだろう。お父さんの父親も一日中テレビを見ているので、よくお母さんと同じようなことを言っている。 インターネットから情報をとる人が増加し、テレビの影響は相対的に下がっているとは思うのだが、まだまだ現行のメディアは侮れない。世の中にはいまだに「モリカケ」だの「桜を見る会」だの言っている人がいる。完全に洗脳されているように見えるのはお父さんだけだろうか。 すでにお父さんはテレビや新聞を信用していないので、余計そのように感じるのかもしれない。マスコミの正しい状態というのをお父さんはいまだに定義できないが、自分たちの都合の良い編集をして実態と異なる認識を視聴者にさせるメディアの手法にはうんざりしている。 そしてお母さんの意見を聞くことで、メディアがどういう方向へ国民を誘導しようとしているかがわかるときがある。そういう意味でお母さんの意見はとても貴重である。
2022.01.26
コメント(0)
先日また雪が凍った状態で運転をした。AM6:30前に家を出たのだが、車の外気温計はマイナス11℃となっていた。この冬一番の寒さだ。前日に5センチ程度雪が積もり、夜から月や星がきれいに出ていたので、翌日は凍るなと覚悟はしていた。ただマイナス11℃は天気予報よりも5℃以上低い。 家から道路に出たところでさっそくリアのタイヤが滑った。やっぱりなと思いつつ走り始めると、すぐに前の車に追いついてしまった。それからずっと時速20キロ以下でのろのろと前の車に続いて走る状態になってしまった。 交差点で止まると、発信が上手くできずタイヤが空転したり、そのせいで車が横に流れたりするので、ひどいところでは、車が2台通過するとまた赤信号になるという状態だった。 その後も車は直進していても滑るので、場所によってはハンドルを左に切ったまま車をまっすぐ走らせるような状態のところもあった。 さすがにこれでは朝のミーティングに間に合わなので、電話を入れて何時に着くかわからないと伝えておいた。実際に1時間かかってようやく会社に着いたが、お父さんと同じ道を使う社員は3人ぐらい遅刻してきた。お父さんが通過した後に事故が発生して動かなくなってしまったらしい。 さて長々と書いたが、今回書きたいのはアメリカでは雪道がどうなっているのかということだ。お父さんは1998年の6月にジョージア州アトランタに渡った。ジョージア州はアメリカの南部、フロリダ州の上にある為温暖で雪は基本的に降らない。ただし、数年に一度大寒波で雪が積もることがある。 アメリカに行って驚かされたのだが、アメリカ人は雪道でも凍っていてもジョージア州あたりだと、ノーマルタイヤで普通に運転をする。そして滑って事故を起こす。そもそもジョージア州では行政が雪を想定していないので、除雪機も融雪剤をまく車も持っていない。 住民も、車がなくては生活できない状態の人がほとんどなので、雪が降っても車で出かけるのだ。すごいところだと思った記憶がある。 2000年の1月に、お父さんはミシガン州立大学に合格した為、ミシガン州デトロイトの近郊に移り住んだ。ここはアメリカ北部で冬場は最高気温が0℃以下の日が続くような場所だ。もちろん雪も積もる。と言っても日本の豪雪地帯のような雪は降らないが。 お父さんはジョージア州から車でミシガン州まで移動したが、周りに雪が残っているのを見て、さっそくタイヤ屋にスタッドレスタイヤを買いに行った。 そこで自分の車に合うタイヤを複数見ながら悩んでいると、店員に「スキー場にでも行くのか?」と聞かれた。街中を走るだけだと答えると、店員は「だったらスタッドレスタイヤなどいらない」と言ってきた。 道路にも雪が積もることを店員に確認したのだが、すぐに除雪するからノーマルタイヤで問題ないとのことで、しばらく生活してみて必要だったらまた来なさいと言われて店を出てしまった。タイヤを買うお金がもったいないというのもあった。当時のお父さんは本当にお金がなかった。 さて生活してみると、やはり雪は降る。しかしながら雪が降り始めるとすぐに除雪車が出てきて除雪を始める。日本の除雪車は路面を傷つけないように道路から1センチぐらい浮いた状態で除雪をするのだが、アメリカは道路ごと削る勢いでものすごい音を立てて除雪をする。 さらにその後ろを融雪剤をまく車が追いかけていき、日本では想像できない量の融雪剤をまき散らす。後ろを走っていると日本であられが降っている中を走るよりもすごい量の融雪剤が車に当たる程である。 この除雪と融雪剤を24時間体制で、雪が降り始めるとすぐにやり始める。結果として主要道路に雪が積もることはほとんどない。スーパーなどの駐車場も同様のレベルで除雪をするのでほとんど雪道を走ることは無い。強いているならお父さんが住んでいたアパートメントは、除雪が甘かった。 結局2シーズン、ミシガン州で冬を過ごしたがノーマルタイヤで全く問題がなかった。さすがアメリカといったところであった。日本では絶対にまねできないと思う。 お父さんは自分が住んだジョージアとミシガンしかわからないが、おそらく全国的に雪が積もる地域はがっつりと除雪、雪が降らない地域は全く設備を持たないという状況なのだろうと思う。 実際に今でもたまに、アメリカ南部で雪が降ると車が滑って事故を起こしている映像をニュースなどで見ることがある。場所を確認すると基本的にすべて雪の降らない暖かい地方だ。 おそらく雪が降らない地域に住んでいる人たちは、スタッドレスタイヤなど知りもしないのだろうと思う。おおらかな大陸型の国だと改めて思う。
2022.01.25
コメント(0)
最近息子がまた少しおかしくなっている。思春期とか反抗期もあると思うが、少し言動に危険なところがある。具体的に言うと、正義の発言はどんな立場の人がどんな立場の人に言っても許されるという思い込みがあるように見える。 お父さんの周りにはそういう人が一定数いるので、その人たちの危険性や周囲からどのように扱われているかを知っているので少し心配している。 学生というのは純粋に育ちがちなので、世の中の悪意というものに気が付かないことがある。特に今の子供たちはその傾向が強いと感じている。 お父さんが子供の頃は、学校で先生がどんなにきれいごとを教えても、現実世界がそんなに甘いものではなかった。親も十分に理不尽で、子供の理屈など相手にされなかったし、子供の世界でもいじめを含めて、悪意ある行動はいくらでもあった。 そんな状態の中で、世間的というか道徳的正義を語ったところでたいして役には立たない。道徳心というのは人間なら誰もが持っているべきものであるべきだが、それを主張すれば水戸黄門の印籠の様にすべての人が従うわけではない。 お父さんが子供の頃は、理想と現実の折り合いをどうつけるかで一生懸命だった。一歩間違えれば悪意をぶつけられることは肌で感じていた。 ただおかげで大人になってから、それほど困ったことがない。相手の考えや言動に対してどう対処するかをある程度理解していたし、理不尽なことが起こっても立ち直れないほど落ち込むこともなく、粛々と対応ができるようになっていた。 お父さんは、親になって子供の周りがあまりにも善意にあふれているので、危険だと思った。日本人はとてもやさしくなっている。日本だけで生きるのなら何とかなるかもしれないが、海外と関係があればそこは魑魅魍魎が住む世界である。 今の日本の若者が飛び込んだらたちどころに身ぐるみはがされてしまうだろうと思う。なので、周りが善意のカタマリなら、お父さんは子供に理不尽を教えようと思ってこれまで育ててきた。娘たちはある程度理不尽を受け流す能力を身につけてきているが、息子は中学生になってから、かなりおかしな方向に動いている。 特に自分の考える正義に対してかなり自信を持っていて、周囲に当たり前のように自説をぶちまけている。家の手伝いをさせていても、お父さんは何をやるの?お母さんは何もやっていないなど、自分が家の仕事をしているなら、他の人も同時に何かをやるべきだと主張している。 笑えるのは、お父さんを含め他の家族が家の事をしているときに、自分がやっていないことに対しては、問題ないと思っていることだ。「自分は何も言われていない」「この間やったから、今日はやらなくていい」「自分は今忙しい」などの屁理屈で、自分を正当化して周りはその話に納得していると思っている。 お父さんがいるときは「お前の言い分などなんの価値もない」と無理やりやらせるのだが、お母さんはそれができない。なのでお父さんがいない状態での息子は「親よりも自分のほうが正しい」「俺は親を言い含めることができる」と考えている節がある。 痛い目にあって、徐々にいろいろ経験し学ぶことができればよいのだが、今のぬるい環境では難しいのではないかとお父さんは思っている。 日本には「無理が通れば道理が引っ込む」ということわざがある通り、無茶な話をしても、たしなめられることもなく通ってしまうことがある。息子の現状がまさにそれだと思っている。 お父さんはガキの正義に付き合うつもりはないので、一切無視しているし、屁理屈を言ってくれば、理屈でも叩き潰している。だがお父さんだけが特殊な人という認識が強くなってきて、他の人は自分を認めていると思っているような言動も増えてきた。 お母さんにも息子の言い分などきかなくていいと言っているのだが、お母さんも人の悪意に鈍感なところがあるので、世間の怖さをあまり知らないで生きてきている。そのせいか息子の青臭い話に正しい対応ができていない。 お父さんの持論は子供のうちに、といってもある程度成長してからだが、いろいろな悪意や理不尽にある程度触れていくことが大人になる準備として必要だと思っている。あまり賛成してくれる人はいないかもしれないが、これからも息子を叩き潰しながら育ってようとは思っている。
2022.01.24
コメント(0)
もうすぐ人生初のタラ釣りの日がやってくる。これまでいろいろと船釣りをやってきたが、タラを釣るのは初めてだ。と言ってもカレイ釣りでタラが釣れたことは過去に1度だけある。その時は、カレイではなくタラばかり釣れて、息子と二人で10匹以上持ち帰った覚えがある。 知り合いに押し付けるのにずいぶんと苦労した。産卵を終えたタラは悪食になってなんにでも食いつくらしく、とにかくその時はタラが大漁だった。 今回は、産卵期のタラを狙う。なのでそんなに数が釣れるものでもないらしい。ただタラは群れで動いているらしいので、うまく群れに当たると結構釣れるとも聞いている。初めてなのでどんな釣りになるのかわからない。 前回はカレイの仕掛けにかかったのだが、今回はタラ用の仕掛けで釣り方も釣り場も全然違うので、準備にもかなりお金をかけた。 正直な話、タラ専用という訳ではなく、他の釣りにも使える電動リールなどを含めると20万円以上を使ったことになる。そんなわけでもし20匹のタラを釣り上げても1匹当り1万円以上の単価になる。値段だけ聞くとバカバカしいほどお金を使っている。 以前趣味のお金は天井知らずだと書いた覚えがあるが、実際に釣りをやっていると道楽まで行っているとは思っていないレベルのお父さんでさえ、大量のお金をつぎ込んでいる。新しい釣りをやるたびに道具が増えていくからだ。 ちなみにお父さんの経験上、釣りの前に道具を買い込み意気込んでやった時ほど釣果は出ない。手持ちの道具や仕掛けで「まあこんなもんだろう」「つれなくてもしょうがない」と思った時ほど以外に釣果は上がるものだ。 以前ヒラメ釣りに入れ込んでいろいろ仕入れた時は全くの坊主で終わってしまった。以下のリベンジとか言って、いろいろ調べて仕掛けを準備したときも空振りだった。 そういう意味で行くと、今回は釣れないということになる。かけたお金も半端ではない。まるでつれないことになれば、お父さんはだいぶ落ち込むことになると思う。 まあ長女の受験と同じく、釣りも思った通りにはいかないものだ。せめて3匹ぐらいは釣りたいのだが、今回は難しいと思う。結果が出たらまたブログに書こうと思う。
2022.01.23
コメント(0)
先日の通勤時、気温はマイナス2度ぐらいだった。雪がそれほど積もっていたわけではないが、道路上はまだ雪が圧雪されて氷との中間ぐらいの状態で残っていた。 基本的にはいつものことであるし、お父さんは4WDでスタッドレスタイヤを履いた車に乗っているので、あまり意識せずに雪道運転をしていた。 いつもの道をいつもの通り走っていたが、あるコーナーで突然4輪がスリップして車が右を向きそうになった。瞬間的な判断だが、まず対向車を確認したがいなかったので、余裕をもって回避行動に出た。慣れていない人は滑るとブレーキを踏む人が多いが、スリップ中に強くブレーキを踏むと完全に制御できないレベルのスリップになってしまうことが多い。 お父さんが基本的にやる動作は、ハンドルを逆側に切るいわゆる逆ハンと言う動作をすることと、アクセルを踏むことだ。アクセルを踏むと言っても、一気にではなくてタイヤが氷に食いつくように上手にやらなくてはならない。 時間にして2秒ぐらいの出来事だったと思うが、お父さんの車は制御を取り戻してそのまま会社まで無事に到着することができた。 車が滑ることにも慣れているからできるのだが、慣れていない人はこれだけでも事故になると思うと、お母さん運転するときや、子供たちが免許を取って運転することになったら怖いと思った。 お父さんの持論だが、驚いた時に叫ぶ人は雪道で滑ったときに事故に発展しやすいと覆っている。なぜなら叫ぶということは、思考が止まってしまうということだからだ。 そう考えると我が家はお母さん、息子、次女は危ないと思う。長女は驚いて叫ぶという行為をあまり見たことがないから少しはましだろうか。 とっさの状況になったときに、お父さんは無意識ではあるが、必死で状況確認と回避行動をとるように脳がフル回転している気がする。冷汗が出たり、心臓がどきどきするのを感じるのはすべてが解決した後だ。まあほんの数秒の出来事なのだが。 そもそもお父さんは驚いた時に叫ぶことができない。息がつまってしまうことが多いのだ。ウッとなるだけだ。その一瞬で状況確認をしている。 今回のスリップ時も全く声は出していない。無言で回避行動をしただけだ。まあそれほどひどく滑ったわけではないので、冷や汗も動悸もなかった。 お父さんが正しいとかではなくて、こういうのはもって生まれた性格というか資質であると思う。ただ訓練をすることで緊急時にパニックになることは無くなるのだろうと思う。 東北に住む限り、雪道でスリップする経験は必ずする。お前たちがその時にきちんと回避できるように経験を積んでいくことを期待している。
2022.01.22
コメント(0)
東北地方は脳梗塞になる人が多い。単位人口当たりの脳梗塞の患者数で全国の県別ランキングを見ると、東北地方、北陸地方の県が、上位を占めている。よく脳梗塞(脳卒中)の原因は飲酒やタバコ、塩分の強い食事などと言われるが、寒い地方で脳卒中が多いということは寒さにも原因があるのは間違いないのではと思う。 お父さんは冬でも暖かい東海地方で生まれ育った。その後大学生で関東に出たり、最初の会社も神奈川県が主な勤務先だった。もちろん冬は寒いと思ったし、寒さが身に染みると感じていたが、東北に来てからの寒さは完全にそれとは異なっている。 東北に来てから思うのは、部屋ごとの気温があまりにも違うということと、家の中と外の気温差も関東の比ではないということだ。 冬の夜にトイレに行くのは関東にいた時代でも寒いと思っていた。だが東北では寒いというより冷たいと言ったほうが正しいと思う。空気もそうだが、床もとても冷たい。便座はヒーターが入っているが、座っていると体がどんどん冷えてくる。 家の外へ出た時もそうだ。関東では「寒い」と思うだけだが、東北ではたまに一瞬息が止まるような寒さを感じることがある。 子供たちを見ているとお父さん程寒さを感じていないようで、家の中をはだしで平気で歩いていたりするが、お父さんがそれをやると夜眠れないほど足の冷えが直らないことがある。 電気毛布というものを使い始めたのは3年ほど前だっただろうか。温かさがとても心地よい。その分布団から出た時の寒さはきつくなるが。 こんな環境で生まれた時から生活していれば、心臓にも血管にも支障が出ない方がおかしいと思う。現にお父さんの周りに、トイレで倒れて病院に運ばれた人は何人かいるし、脳梗塞だと診断される(倒れるまで行かずに体調が悪くなる)人は冬場に多くなる。 お父さんはまだ50歳ぐらいなので、何とかなっているが、もう少し年を取ったら家から出る前に手袋や帽子をかぶって完全な防寒体制をとってから外に出るようにしなければと思っている。 ただ車を運転していれば暖房で暑くなるので、外に出た時に一気に冷えるのはどうしようもない。 家の中も廊下も含めて暖房を入れようと本気で考えている。今はまだ子供たちの教育や家のローンがあるが、子供が育ったら年老いたお母さんと二人で暖かい家に暮らそうと思っている。 なるべくなら健康で体が動く状態で老後を過ごしたいので、そのための投資は必要だと思う。
2022.01.21
コメント(0)
1月16日(日)、朝から全国的に津波警報や注意報が出ていた。お父さんは東北の内陸に住んでいるので津波は関係ないのだが、テレビが昼過ぎまでずっと津波情報を流していた。実際に日本各地に津波が到達したようなので、仕方がないとは思いつつも、東日本の津波被害がなかったらここまで大規模なニュースにはなっていないだろうと感じた。 夜中に避難している車の渋滞映像なども流れたが、やはり東日本大震災の影響だろうと思う。お父さんの実家もお母さんの実家も海辺の町なので、少し心配だったが、到達している津波が1m前後だったので、大したことは無いだろうと電話もしなかった。 日本人に限らず世界中が東日本大震災で津波に対する恐怖を植え付けられている。悪いことではないと思うが、共通試験が岩手県の沿岸で中止になるなど少し大げさだとも感じてしまった。受験生にとってはショックだったろうと思う。 それにしてもトンガという南太平洋で起きた海底火山の噴火が、ここまで津波を引き起こしたことに自然のパワーを感じた。今回の津波は海底の隆起や陥没が原因ではなく、噴火による大気への影響が引き起こしたらしい。 通常の津波とは発生のメカニズムが全く違うとのことで、津波も高さや予想時刻を予想するのが難しかったようだ。だからこそ、いつまでも警報や注意報が消えなかったのだろうし、注意喚起も大げさだったのだろう。 お父さんは津波よりも長女の共通試験の方が気がかりで、津波による電車の運行停止で試験時間などに影響が出ないかそちらの方が心配だった。まあ津波に関しては内陸に住んでいる者の余裕というのがあったと思う。娘の受験会場も内陸だったので、影響はなかった。 東日本大震災を経験した人たちは、津波に関する敏感度が高いので、今後も津波の警報が出れば非難したり、注意を怠らないだろうが、時がたつにつれてまた危機感も薄れていくと思う。我が家でいうと、震災時に3人とも生まれていたが、長女以外はほとんど震災時の記憶がない。次女は1歳だったので、全く記憶がない。 子供たちが津波を軽視しないように、きっちりと注意をしておこうと改めて思った。ただ何度も津波警報と被害がないという経験をすると、やはり危機感が無くなるのではないかと心配ではある。
2022.01.20
コメント(0)
長女の共通テストの自己採点結果が出た。新聞や予備校の発表だと今回の共通テストはかなり難易度が高く、平均点が下がるとのことであったが、長女の場合は何回か受けた模試と同等の成績だったようだ。第一志望にはかなり厳しい点数と言える。 本人はつらいことを口に出さないタイプな上に、いまだに受験の厳しさを認識していないので精神的に問題ないのか不安定なのかよくわからない。ただ最近は朝起きるのがつらくなっているようなので、披露していることは間違いないだろう。 難易度が上がったとはいえ、できる人は普通にできるのが試験である。長女のクラスメイトも優秀な人は基本的にきちんと点数を取っているようだ。ただ一発勝負の試験なので、普段の模試よりも大きく落とした人や逆に模試よりも大きく点を伸ばした人もやはり存在するようだ。 今回は平均点は昨年よりも落ちているので、クラスでの自己採点結果の集計ではお通夜のようだったと長女から報告を受けた。ただし個々の話を聞けば普段通りの実力が出た人がほとんどのようだ。長女は一発逆転を狙っていたが、残念ながらその点についてはだめだった。 本人には言っていないが、第一志望の「総合型入試」で共通テストだけで合否が決まる受験についてはまず不合格になるだろうと思う。100点近く点数が足りない。これで受かるようなら奇跡としかお父さんは思えない。まあ何が起こるかわからないのが受験とはいえ、基本的に点数が取れなければ合格はできないのだ。 これから国立の第一志望をもう一度見直して、最終決定をする作業と、私立大学の試験を確定して願書提出する作業が始まる。私立大学は速いもので2月1日から始まる。すでに4校ほど私大の申請も済ませているので、来月からは私大受験が始まる。 東京の大学でも仙台で受験できる学校も増えているので、長女の私大受験初日は仙台で始まる。不合格の通知はお父さんも何校も経験しているが、寂しいものである。長女も不合格通知を受ければ落ち込むことだろう。 ただたとへ今年の受験で全敗したとしても、立ち直って生きていくことがきちんとできればそれはそれで人生を深める大事な経験になるとは思っている。順風満帆に若いころを過ごすと、大人になって心が折れやすい人間になることがある。挫折を知ることはやはり大事だと思う。 ただ子供の親としての立場では、挫折する様子を見るのはつらいものである。何にしろ早く結果を出して終わってほしいというのが、受験生の親の気持ちだろう。全国の受験生の親の皆さん、あと2か月ほどです。頑張りましょう。
2022.01.19
コメント(0)
長女の大学受験のための共通テストが終わった。泣いても笑ってもすでに終わってしまったので、浪人でもしない限りは再度受けることは無い。まだ自己採点結果を聞いていないので、どれぐらい取れたか心配ではあるが、一つの節目を終えた感じがする。 今回のテストは数学がとても難しかったと長女が言っていた。お母さんの話でも、予備校の分析では文系の受験者はとても歯が立たないレベルの難しさだったらしい。長女のクラスメイトでも、東大を目指している超優秀な数学のエキスパートが、全問解くことができず(回答欄を埋められなかった)落ち込んでいたと聞いた。 当然長女も数学はできなかったらしい。試験終了後泣いている学生もそれなりにいたらしい。共通テストができないとその後の大学出願で本命をあきらめる場合もあるので、泣いてしまうのもわかる気はする。まあ受験生あるあるだろう。 お父さんの時は大学入試センター試験だったが、やはりできないと落ち込むし、会場で泣いている学生を見た記憶がある。お父さんも本番は模試よりも苦戦したし、結局本命は受験したモノの不合格になってしまった経験を持っている。 長女の学校は、試験会場までバスを仕立て、前日からホテルを貸切って泊まりこみで共通テストに望むので、長女は試験前日から最終日まで家にはいなかった。親としてはちょっと気持ちが楽だった。前日の夜の緊張感も、試験当日のドキドキも家に長女がいなかったので、最低限に抑えられたと思う。 長女の学校は大学受験をするにはまるでサポートのできない田舎の進学校だが、共通テストの送迎や宿泊のシステムは親にとっても受験生にとっても悪くないと思っている。 ちなみに朝食も、昼食の弁当も、夕食もとんかつなどの揚げ物ばかりでかなり重かったらしい。男の子ならぺろりと平らげて満足だと思うが、女の子にはきつかったと言っていた。まあ緊張で食事がどうとかその時はあまり気にしてはいないだろうが。 お父さんは夜8時ぐらいに長女を学校まで迎えに行ったが、長女の乗ったバスだけ20分以上遅れてきた。同時に出発したはずなのにどうしたのかと思ったら、乗車予定の生徒が1人集合場所を間違えてバスに来なかったらしい。 共通テストとはあまり関係がないが、団体で行動をすると不思議とこういう人が出るのはどうしてなのだろうか。 共通テストのような精神的に圧迫があるものなら少しはわかるのだが、旅行や研修などでも同じようなことがよく起きる。お父さんは当事者(迷惑をかける側)になった記憶はないが、不思議とそういう人は出るものだ。 息子が小学校の運動会のクラス対抗リレーでバトンを落としたのも、あるいみそれのⅠ種かもしれない。お父さんも含めて家族が今後こういう体験をしないように祈りたい。 それにしても、長女も2日間のテストで疲労困憊したのだろう。帰宅して食事をし、入浴するとすぐに寝てしまった。お母さんの話では朝起きてきて、共通テストの自己採点で最悪の点数を取った夢を見たらしい。逆夢であることを祈りたい。 子供の受験は自分の受験よりよっぽど精神的に疲れる。自分の親もこうだったと思うと頭が下がる思いである。
2022.01.18
コメント(0)
先日東京出張から家に戻ったが、気温差が東京とお父さんが住む地域で10℃以上もあり、新幹線を降りた瞬間にものすごい寒さを感じた。逆に東京についた時は上着もいらないと思ったほど暖かく感じた。これほど気温に差があれば、東京と東北では生活が異なるのは当たり前だと肌で感じた。 何よりもまず、雪が当たり前に積もるだけで、生活はまるで違う。雪が夜降っていたり、天気予報で雪となっている場合、東北ではいつもより1時間近く早く起きなくてはならない。会社に行く前に雪かきをしなくてはならないからだ。 雪かきというのは10センチほどの雪でも重労働だ。お父さんが現在住んでいる地域は東北でも雪が少なめなので、10センチ程度だが、以前住んでいた日本海に近い地域では一晩で30センチ以上の雪が積もることが珍しくなかった。 朝起きて雪の量を確認すると、顔も洗わずに厚着をして手袋、帽子も装着して雪かきが始まる。最初は寒いが雪かきは重労働なので、そのうちに汗が出てくる。雪の量にもよるが、最低でも30分、量が多いと1時間以上はかかる。 東京に住んでいたころ、冬だから早く起きるということは無かったので、雪国にきて最初はかなり戸惑った覚えがある。 ちなみに雪が道路にも積もっているので、スタッドレスタイヤを11月末までには装着しなければならない。車もお母さんが運転することを考えて結婚してから4WD以外を購入したことは無い。雪道運転では4WDと通常の2輪駆動では走行性能がまるで違うからだ。 ちなみに春は4月中旬にノーマルタイヤに履き替える。3月中だと突然の大雪がたまにあるからだ。スタッドレスタイヤは大体3シーズンで交換する。スタッドレスの交換はタイヤの減りではなく、ゴムの硬さなので、3シーズンもたつとだいぶ硬くなってしまい、滑りやすくなる。これも雪国独特の必要な出費だ。1本だいたい2万円前後なので、3年に一回8万円程度の出費が必要だ。 雪道でも東京の様に混乱は起きないが、遅く走る車が増えるので、通勤(自動者通勤)でも時間がかかるようになる。雪が降るとお父さんの出勤時間は夏場より20分ほど早くなる。お父さんは始業の1時間前には会社に着くようにしている(40分前にミーティングがある)ので、20分早めるだけだが、8時始業の人たちは通勤距離によって、最大40分程度早く家を出るようだ。 ここに書いたことはほんの一部であるが、これだけでも雪の降らない地域と降る地域で冬場の生活が全く違うということがわかると思う。お父さんはもう慣れてしまったが、やはりたまに東京に出ると、冬場は特に東京の生活がうらやましくなる。
2022.01.17
コメント(0)
お父さんが睡眠時無呼吸症候群と診断されて、器具をつけて寝るようになってからもう5年以上になる。器具をつけて寝る限り、寝ている間に呼吸が止まることは無いので、日中の眠気も昔に比べると本当になくなっている。 ただ今回のコロナで、重症化しやすい既往症に睡眠時無呼吸症候群が含まれているので、やはりコロナに罹患しないように気を付けなければならない。 30歳を超えたあたりから、お母さんにいびきをかなり指摘されていたが、あまり気にしていなかった。まさか呼吸が止まっているとは思わないからだ。 検査を受けようと思ったきっかけは、会社で同僚の女性の旦那さんが、無呼吸症候群の検査をして器具をつけて寝るようになったら、日中の眠気が一気になくなったという話を聞いたからだ。当時、お父さんも日中の眠気がひどく、ミーティング中に居眠りをしてしまったりとかなりひどい状態だった。睡眠時間を長くとるように心掛けても効果はまるでなかったのだ。 同僚に医者を紹介してもらい、診察を受け、一晩検査装置をつけてデータを採る検査入院をした。体中にいろいろと器具がついて、そこからコードが伸びているので、検査入院の間はトイレにも行くことができない。夕方6時ごろ病院に入り、翌朝6時ぐらいまでベッドの上から動けなかった。 しかし、当時は横になるとすぐ眠くなるので、夜9時ごろに眠りについた後は、朝起こされるまでずっと寝ていた。体中からコードが出ていて動けないにも関わらず夜中に目が覚めることもなくずっと寝ていた自分に驚いた記憶がある。 数日後に結果を聞きに病院に行くと、完全に睡眠時無呼吸症候群と診断され、すぐに就寝時に取り付ける器具を支給された。やはりそうだったかという思いと、これで日中の眠気から解放されるという喜びでとても複雑だった。 器具をつけて寝たからと言って、翌日からスッキリするわけではない。ましてや昨日まで普通に寝ていたのに、鼻にマスクをつけてそのマスクはホースで機械につながっている。機械からずっと空気が送り込まれてくるのでさすがにしばらくは逆に眠りが浅くなってしまう。 さらに一度口が空いてしまうと、空気が鼻から口へ流れるので、喉から口がカラカラになって目が覚めることも多かった。 器具になれて普通に眠れるようになるまで3か月ぐらいはかかったと思う。今ではほとんど気にならずに寝ているが、最初は大変だった。 普通に眠れるようになると、日中の眠気は驚くほど少なくなってくる。確かに効果はあるのだと実感がでると、今度は器具なしで寝ることができなくなる。 そのせいで、ベトナム長期出張時はもちろんだし、1泊程度の出張でも常に器具を持ち歩くことになる。睡眠時無呼吸症候群でこの出先へも器具を持っていくのがとても面倒くさい。ビジネスカバン1つ分ぐらいの大きさになるので、小さなスーツケースで持ち歩くことが多いのだが、一緒に行く出張者の倍の荷物になってしまう。 あとは飛行機に乗る際のエックス線検査でよく引っ掛かることが煩わしい。もめることは無いのだが、スーツケースを開けて現物を見せろと言われたことが何回もある。これからも何度も止められることだろう。 もう一つ面倒くさいことをあげるとすると、器具で「空気」を送り込む機械だと説明しても、ほとんどの人が「酸素ボンベから酸素を送り込んでいる」と勘違いすることだ。「酸素マスクをつけて寝ている=結構なレベルの病人」というイメージになることが多い。 親ですら何度説明しても勘違いが直らないのだから、他人はなおさら理解してくれない。 最近は面倒なので、無呼吸症候群で器具を使って寝ているという話をほとんどしなくなった。ただ眠気で悩んでいる人には検査することを進めている。お父さんの影響で検査を受けた人が3人、うち2人が無呼吸症候群と診断されて同じように器具を使っている。 意外と世の中には患者が多い病気ではないかとお父さんは思っている。 お前たちもお父さんの遺伝子を受け継いでいるので、年を取っていびきがひどいとか言われるようになったり、日中の眠気がひどいとかの症状が出たら、早めに検査を受けることをお勧めする。 お父さんは検査入院中、最大で3分以上呼吸が止まっていたし、血中酸素濃度も最低で70%ぐらいになっていた。コロナで肺炎になった人が95%を下回るだけで息苦しさを感じるというのだから、70%という数字がいかにひどいかわかると思う。 とりあえず睡眠時無呼吸症候群は、治らないので一生器具を使う必要がある。面倒くさい部分はあるが、致し方ない。何とか直る方法が将来出てきたらと願っている。
2022.01.16
コメント(0)
2022年は久しぶりに日本各地で成人式が行われた。キャンセルになったのは沖縄ぐらいだろうか。お父さんが成人式の時もそうだったが、成人式というものの意味はいまだによく分かっていない。 お父さんが生まれ育ったところは、中学校ごとに会場が決まっていて「成人式=同窓会」というイメージしかなかった。中学校ごとなので、同じ高校に進んだ同級生以外とは約5年ぶりに会うことになる。お父さんが生まれたのは第2次ベビーブームの真っただ中なので、中学校単位とは言え400人弱が集まる賑やかな状態だった。 お父さんは浪人もしたので、大学1年生のガキだったが高校卒業して働いている同級生もいれば、結婚している同級生もいて驚いたものだ。中には2人目妊娠中という女の子もいたのを覚えている。成人式自体は結婚式場のホールで行い、そこからは駅前に繰り出して本格的な同窓会が始まる。 地元に残ったメンバーがそれなりに店を押さえて合って、仲の良かったメンバーが行く店にお父さんもついていった。 駅前に出ると、各中学校の集団があちこちにいて、その中には高校の同級生もちらほら見つけることができる。店に入ってもどのテーブルも成人式のグループばかりで、結構高校の同級生とも久しぶりに会うことができて楽しかった。 20歳ともなると、中学時代とは異なりそれぞれいろいろな人生を歩んでいるので、お互いの近況を話すだけでいつまでも終わらなかった。自宅に戻ったのは朝の4時ごろだった気がする。 そう考えると今のコロナ禍で成人式に出ている人たちは、やはり気の毒に思える。せっかくきれいな振袖をきてもマスクはつけたままだし、夜に飲み会をすると言っても大人数ではしゃぐこともできない。せっかく久しぶりに会う同級生とバカ騒ぎができないのは寂しいのではないだろうか。 長女が大学受験を終えれば、すぐに成人式を迎えることになるが、果たしてその時コロナはどのような状態になっているのだろうか。早く薬で治るインフルエンザレベルの扱いになってほしいと心から願う。
2022.01.15
コメント(0)
先日の東京出張の際に、2年以上ぶりに実家に帰ってきた。本来なら家族で帰りたいところだが、オミクロンの影響もあり、また長女の受験を考えるとそんなことはできない状態だ。とりあえずお父さん一人で実家に帰った。 ベトナム出張の際は、半年もたつといろいろな建物が建ったり、新しい道ができたりと発展を感じるが、日本なら2年たってもそれほど変わりはないと思っていたが、違った。お父さんが思う以上にいろいろと変わっていた。 と言っても発展しているわけではない。どちらかと言えば衰退する方へ変わっていたのだ。実家の向かいにあった家は、無くなって駐車場になっていた。田んぼは埋め立てられてアパートや住宅に、近所の薬局はコンビニに変わっていた。 レストランはつぶれて空き家に、美味しかった和菓子屋も閉店していた。地元系のスーパーはイオン系のスーパーになっていたし、レストラン街が自動車屋になっていた。 本当に予想以上にいろいろかわっていて驚いた。 お父さんが住んでいる東北の地方都市に比べればもう少し大きな町で、人口も倍以上いるのだが、やはりいろいろと変わってきているようだ。 大学時代などに帰省したころは、新しいチェーン店の店ができたり、コンビニが増えて行ったりと発展するような変化が多かったが、今では店が無くなる方向で変化しているのが寂しいところだ。 お母さんの実家周辺は、市の再開発地域になっているので、行くたびに新しい店や道路ができているのだが、お父さんの実家は駅周辺を再開発している部分はあるが、基本的にはどんどんさびれていく。人口が増えたり、何か劇的な状況変化がないと蒸すかしいだろう。 駅は逆に何も変わらずに昔のままだった。少しぐらい新しくなってもいいだろうにと思うが、これからも難しいだろう。お前たちを連れて帰ったときに、寂しいところで生まれ育ったんだなと思われるのが少し寂しいところだ。まあこれも時代の流れの中での変化なのでしょうがないとしか言えないが。 今住んでいるところも、今後はもっとさびれているだろう。10年で7000人も人口が減っているとこの前新聞に載っていた。お前たちが結婚して子供を連れて戻ってきたとき、いったいどんな風に変わっているだろうか。
2022.01.14
コメント(0)
先日東京に出張に行ってきた。一つの目的はベトナムから帰国してくる社員のために会社の車を成田空港に届けることだった。帰国者は公共交通機関が使えない上に、帰国者と濃厚接触をすると感染のリスクが高まるので、車を帰国前日に成田空港の駐車場に届けに行ったのだ。 その後、八王子に行って取引先と打ち合わせをした。つまり成田空港までは車で行ったので、他社との接触はほとんどなかったが、そこから先は公共交通機関だ。一般の人でごった返している普通電車に乗ることを避けようと、お父さんは可能な限り特急列車に乗ることにした。もちろん特急料金は自腹になる。 成田空港から日暮里駅までは、京成スカイライナーを利用した。現在の成田空港は飛行機がほとんど飛んでいないので、ガラガラで閑散としていた。なので特急の中もガラガラで、ソーシャルディスタンスときちんととることができたと思う。 問題は日暮里から八王子までだ。東京まででて中央線快速に乗るか、新宿へでて中央線に乗るかで悩んだが、どのみち中央線の普通電車は通勤ラッシュほどではないにしても、それなりに人が乗っているはずだ。そこでお父さんはかなりの贅沢を初めてした。 新宿から八王子まで中央線の特急であるあずさ号に乗ったのだ。予想通りあずさ号の中は乗客が少なく、少し安心して乗ることができた。特急料金は660円、これで安心が買えるのなら安いと思った。 それにしても驚いたのは、新宿発のあずさ号で八王子で降りた人がお父さん以外にも結構いたことだ。確実に座れることを選んだのか、やはりコロナが怖いのかわからないが、お父さんにとって新宿八王子間で特急を使うことにちょっとした罪悪感を感じていたのだが、同じような人がそれなりにいるのをみてちょっと安心してしまった。 きっとコロナでなければお父さんと一緒に八王子で降りた人の半分はあずさ号に乗っていないのではないかと思う。 今回はお父さんも人生で初めてマスクを二重にして行動していた。不織布のマスクの上に、布マスクをもう一つつけていた。いつもより若干息苦しさはあったが、お父さんもコロナ感染は怖いので、二重をやめようとは思わなかった。 ちなみに東京でマスクをしていない人を見かけることは無かった。日本人てやっぱりすごいと思う。 話がそれたが、コロナのおかげでちょっと贅沢な出張ができた。普段なら考えもしない贅沢な出張だった。と言っても660円余計に支払っただけだが。
2022.01.13
コメント(0)
お父さんは会社にお母さんが作ったお弁当を毎日持っていく。結婚した当初は会社に社員食堂があって、グループのみんなで食べていたので、お弁当を作ってもらうのは休日出勤など食堂がやっていない時だけだった。 しかし今の会社はお弁当の注文販売はあるが、社員食堂は無いのでお母さんが毎日欠かさずお弁当を作ってくれる。お父さんが家を出るのは大体6:30ぐらいなので、5時台には起きてお弁当と朝ご飯を作ってくれている。本当に感謝しかない。 お前たち、とくに息子はよくお弁当の中身に文句を言っているが、毎朝欠かさずお弁当を用意してもらえることの幸せに気が付くのは、おそらく一人暮らしをしてからだろう。それでも若いうちはお昼に外食するのが楽しくてお弁当の事を思い出さないかもしれないが。 お母さんのお弁当はお前たちも知っているように、メインのおかずが1品、あとは定番で玉子焼きとミニトマト、レタスかキャベツといったところだ。確かに食べ盛りの息子には少し物足りないかもしれない。でもお母さんも息子のお弁当にだけ、肉料理などを一品追加しているときもある。やはり息子が可愛いのだなとお父さんは思って見ている。 息子が高校生になって、さらに食べるようになれば、お弁当の質はともかく量は増えていくのだろう。早朝に起きて肉を炒めるのは50歳を目前にしたお母さんには結構つらいようなん気がする。 さて毎日お弁当を作ってくれると言ったが、たまにお母さんが寝坊するときがある。また炊飯器のタイマー予約がされていなくて、朝ご飯が炊けていないこともたまにある。そんな時、お父さんの出勤時間までにお弁当が間に合わない。子供たちは7時半過ぎに家を出るので寝坊も挽回できるし、ご飯も炊きあがる。だからお前たちはお母さんの寝坊や炊飯器のタイマー設定忘れに気が付かない。何せお父さんが出勤するとき起きている子供はいないのだから。 お弁当ができなかった日、お父さんは会社で注文の弁当を食べることになる。ホカ弁の店が近くにあり、朝注文をすると昼に会社に届けてくれる。 お母さんにはあまり言えないが、実はたまに食べるこのホカ弁がお父さんは結構楽しみになっている。毎日食べると考えると嫌になるが、たまに食べるホカ弁は揚げ物がたくさん、ご飯も温かく美味しく感じるのだ。 ホカ弁のメニューなら何でも注文が可能なので、朝何を注文しようかとても楽しみながら悩んでいる。から揚げ弁当や焼肉弁当などとても魅力的に見える。でもかつ丼もおいしそうだしとか5分ぐらいは悩んでいる気がする。 お父さんは大食いなのだが糖尿病もあるためお赤さんのお弁当はいつも少なめに作ってもらっている。寮で行ったら息子の半分ぐらいだろうか。娘よりも少ないお弁当だ。だがホカ弁はいつもの倍以上のカロリーがある。食べるのが好きなお父さんにとって、高カロリー食は美味しい。そして食べ終わった瞬間に後悔する。血糖値がやばいと。 たまに食べるホカ弁は確かに美味しいのだが、2日連続はやはり嫌だと思ってしまう。お母さんの代わり映えしないお弁当の方が自分に合っているのだ。お父さんも年を取ったなあと改めて感じてしまう。 お前たちは若いので、お母さんのお弁当のありがたさはわからないだろうが、大人になってありがたさに気がついたら、その時は必ず感謝の言葉をお母さんに伝えてほしいと思う。 お父さんも仕事を辞める日が来たら、お礼に何か送ろうと思う。まだ10年以上先の話ではあるが。
2022.01.12
コメント(0)
オミクロンが急速に広がっている。蔓延防止措置が出た県もある状態になってしまった。お父さんは長女が大学受験を迎えるのでとても心配である。これ以上広がらないことを願いたいが、おそらく第6波は確実にやってきているので、しばらく感染者は増加していくだろう。 昨年12月頭にお父さんは東京出張の予定を入れた。取引先メーカーとの打ち合わせなのでこちらからはよほどのことがない限り断ることはできない。先方が断ってくれるのを祈りたいが、電話で確認すると東京はそれほど神経質になっていないようなので、おそらく東京行は確定だろう。 感染しなければそれでいいのだが、すぐに症状が出るわけではないのでやはり不安だ。お父さんのせいで長女が受験できないとなったらそれこそ後悔してもしきれない。 受験生を抱える親だからと出張を断ることもできないので難しいところである。 ちなみにこのまま感染が広がれば、大学受験にも確実に影響が出ることだろう。受験しようとしている大学が受験方法や選抜方法を急に変える可能性もある。私立大学は関東地方に固まっているのでとても心配だ。さらに全国から受験生が集まってくるので、ある意味もっとも感染率が高まるのが大学受験会場かもしれない。 受験した会場で陽性者が出れば、娘が濃厚接触者になり、やはり受験ができないということも十分に考えられる。ある意味人生がかかっていることなので心労は絶えない。どこの受験生の親も同じだとは思うが、地方で比較的感染者が少ない県の受験生の親は、関東に住んでいる親より心配だと思う。 末の娘はまだ冬休み中で、予想通り宿題が大量に残っているが、例年なら相手をしながら無理やりやらせるところだが、今年はほとんど放置だ。お母さんはある程度意識していて、次女を叱っているが、お父さんにとってはどうでもいいことになっている。 小学生の冬休みの宿題がどうであろうと、卒業はできるし中学校も公立にいくので問題なく入学できる。実利を考えればやはり次女の宿題など今のお父さんにとっては優先度が低い。 オミクロンの拡大と長女の受験。無事に乗り越えて合格できれば思い出話になるのだろうが、何かあったらどうしようかと常に考えている。 コロナは無かったが、お父さんの両親もお父さんの受験の時にはやはり心労が絶えなかったのだろうと思うといまさらながらに頭が下がる思いだ。 オミクロンが広がらないことを祈りつつ、娘の受験が成功するように頑張ろうと思う。まあ親ができることは少ないのだが。
2022.01.11
コメント(0)
引き続き東京大雪のニュースを見て、車の事故も相変わらずだなと思った。オールシーズンのタイヤで雪道も走行できる技術ができるまで、雪が降れば事故が起きるというのを東京では繰り返していくのだろうと思う。 そもそもお父さんが住む東北と東京では、車の走り方が違う。もともと東海地方出身のお父さんは、東京の車の走り方を「東京走り」と勝手に呼んでいる。東京走りの一番の特徴は、車間を開けないで走るというものだ。 片側2車線の道路だと仮定して、隣の車線から車線変更ができないレベルまで車間をつめる。停止するときはさらに車間をつめるのが東京の運転の特徴だ。 雪国に住んでいる人は、この内容を聞いただけで雪道で事故が起きるのは当然だとわかると思う。雪道では、通常通りに止まれる保証はないので、基本的に車間は通常より広めにとって運転をする。車が滑って思っていた位置で止まれずに進んでしまったとしても、前の車にぶつからないようにするためだ。 さらに、停止時の車間距離も通常より広めにとるのが雪道の鉄則だ。前の車が発射時にタイヤがすぺって空転して動けなくなっても横から抜かせるように車間を開ける。また後ろの車が滑って突っ込んできたときに前に逃げるスペースを空けておくのだ。 雪道の交差点などで停止したとき、だいぶ滑ると感じた時は、常にバックミラーで後ろの車を見ていなければならない。後ろの車が止まれずに近づいてくることはそれほど珍しいことではないからだ。 上り坂で停車したときに、前の車が発信できず、逆に落ちてくることも雪国を運転していれば1度は経験するのではないだろうか。 雪道の運転はこのように、車間を開けることが重要だ。なので車間をつめることを前提とした東京走りは雪道では当然事故を多発させる。お父さんが学生時代も、雪が降った中運転していて(お父さんはチェーンをつけているか、スタッドレスタイヤを履いていた)、後ろの車が普段と同様に車間をつめてついてくるのをバックミラーで見ながら、「止まれるのか?」とかなり不満になったものだ。 ちなみに雪が降らない地域の人が良く勘違いをしているのだが、ノーマルタイヤでも駐車場の車庫入れぐらいは雪の中でも問題なくできる。また、雪が降りたてで凍っていない(滑りづらい)状態でもノーマルタイヤである程度は走ることができる。 しかしながら、ちょっとでも凍り始めたり、勾配がある道では途端に制動がきかなくなるのが雪道でのノーマルタイヤなのだ。 家からでて、大通りの平らな道なら朝のうちは運転ができるので、ついつい車を出してしまうのだと思う。雪国の人は、積もったばかりの雪の上を走ることは、それほど恐れていない。どちらかというと、日中に溶けた雪が夕方からまた寒さで凍った後、道路は俗にゆうアイスバーンになるので、滑るのだ。 あとあぶないのが日中日が当たらない部分に雪が残っていて突然滑ったり、橋の上だけ凍っているような時だ。橋というのは路面が凍りやすい。なぜならしたが地面ではないので、地熱がなくすぐに道路が冷えてしまうからだ。お父さんも雪道運転には慣れているとはいえ、橋の上で突然車が流れるという経験は何度もしている。 細かいことを言えば、まだまだ雪道運転のコツはいろいろあるのだが、とにかく東京走りをしている限り、東京では雪が積もるたびに事故が続いていくだろう。歩き方と同じで車の運転も、無意識でやっている部分が多いからだ。意識したとしてもちょっと他の事を考えただけで、体はいつもの運転に戻ってしまう。 お父さんがたまに東京を車で走ると、無意識に車間をとってしまうのも東北の運転が身についているからだ。東京走りを東北でやると、煽り運転ととらえられるからだ。東北自動車道で走行車線で車間をつめてくるのはたいてい東京近郊のナンバーをつけている車だ。 お前たちがどこに住んで車を運転するかによって、運転の仕方は変わっていく。どっちにしろ事故が起きないように気を付けてほしい。
2022.01.10
コメント(0)
1月6日に東京で大雪が降った。大雪と言っても東京だから大雪であって、積雪10センチではお父さんの住む東北ではニュースにもならない。 毎度のことながら交通機関がマヒをして、多くの事故やけが人が出たとニュースでやっていた。この件に関しては30年前にお父さんが大学生で東京にいた時代から全く変わっていないと不思議に思う。 どうして雪国と違って東京ではちょっとした雪で大混乱が起きるのか東北で育ったお前たちはわからないだろう。道路で転んでいる人の映像をみて不思議がっているのだから。 まずどうして東京ではちょっとした雪で転ぶのかということから説明しよう。答えは靴底が違うからだ。東北で売っている靴は、基本的に雪国対応の靴底をしている。要は凹凸がたくさんあって滑りにくいのだ。さらに言うと東北では当たり前の「雪靴」というものを東京では基本的に売っていない。売っていたとしても一般的なものではない。 なので東京の人たちは、靴底にほとんど凹凸の無いスキー板のような靴底の靴を履いているのだ。女性がはているヒールの靴などは全くと言っていいほど凹凸は無い。だからニュースで流れる転ぶ人の映像はほとんどが女性だろう。 もう一つは歩き方とスピードだ。お前たちが東京へ出て、大きな駅の構内などを歩けばすぐにわかることだが、東京の人は普段から歩くスピードが速い。東北人と比べて倍以上のスピードでどんどん歩いていく。体力云々ではなく、都会の人ほど人ごみの中を歩きなれているし、通勤通学も歩くので歩きなれているのだ。早く歩くためには、歩幅を大きく、そして前に出した足をかかとから地面につけて、徐々に体重を前にのせていき、最後につま先で蹴るように地面から離すように歩く。 雪道というか凍結したところでこういう歩き方をすれば、滑るのは当たり前だ。東北の人の様に足の裏全体を一度に地面につけるような歩き方ができる人は都会には少ない。逆に言えば東北の人は都会の人の歩き方ができないのだが。 雪国の人でも雪道で転ぶことはある。ツルツルに凍ったところを歩けば、いくら雪靴でも滑るときは滑る。ただ慣れているので転ぶとしても前側に向かって転ぶ。スキー場などで歩いている人が前に転ぶか後ろに転ぶかで、雪に慣れている人か慣れていない人かお父さんは判断している。後ろに転ぶということは雪国ではしりもちではなく後頭部まで地面に打ち付ける可能性がある。だから基本的に雪国の人は転んだとしても前に転ぶように歩いているからだ。 結局歩き方も地方によって異なるということが雪が降ると顕著になる。東京の人は速く歩くことができるが、雪道では転びやすい歩き方であり、雪国の人は雪道で転ぶことは少ないが、都会に行ったときに速く歩くことができない。使い分けれれれば一番いいのだろうが、歩くという行為は意識して歩き方を確認するわけではないので、住んでいる地域の歩き方になれるしかないだろう。
2022.01.09
コメント(0)
昨年末から年明けにかけてお父さんの住む東北地方は雪が降り続いている。大雪という訳ではないのだが、雪国特有の毎日数センチずつ積もるように降っているという状態だ。おかげで道路は常に雪が残っている。 新しい雪が降った後の運転というのは、基本的に4駆でスタッドレスタイヤを履いている車に乗っているお父さんにとってそれほど怖いものではない。怖くなるのは日中に圧雪され、さらに表面が溶けた状態で夜から朝にかけて再度凍ってしまった状態の道路だ。 つまりは雪というより氷になった道路が非常に怖い。自分の車しかいない状態であれば、速度を落として注意していればそれほど怖いことは無い。問題は前にも後ろにも車がいたり、対向車がどんどん走ってくる状態での運転だ。 お父さんはそれなりの装備と機能を持った車に乗っているのだが、周りの車も同じという訳ではない。軽自動車の様に車が軽かったり、トラックの様に重い上に後輪駆動のみだったりすると止まれなかったり曲がれなかったりするので、ぶつけられる可能性があるのだ。 実際にこれまでの人生で、後ろから車が止まれずに突っ込んできたり、対向車のトラックが滑って車線をはみ出して流れてきたりというのを何度か経験している。後ろから突っ込んできたときは車間をとって止まっているので、前進して逃げたし、対向車が滑ってきたときも何とか回避に成功したので、事故にはなっていない。それでもその瞬間はヒヤリとするものだ。 毎年雪が降ると上記のような状態で事故を起こしている車を通勤や帰宅の路上でよく見かける。いつ自分がまきこまれるかは運次第なのかもしれない。 雪道運転は慣れていても危険は通常の運転よりもはるかに高いのは間違いない。だからゆっくり安全に走ることは重要である。ただ安全な速度にも限度というものがある。驚くほどゆっくり走る車が雪道になると出没する。 時速10キロ前後で走る車がいるのだ。目の前の1台だけなら少し無理しても抜いてしまうのだが、すでに行列となっているとどうにもならない。朝の通勤時間が3倍になり、始業時間に間に合わないことが1シーズンで3回ぐらいはある。まあお父さんの始業時間は本来の始業の40分前のミーティングなので、本当の始業時間に遅れることは無いのだが。 雪道運転が精神的にも肉体的にも疲れるのは間違いないが、実はお父さんは雪道運転が結構好きである。後輪が滑ったりするのは運転していて結構楽しい。もちろん制御ができているレベルに限るのだが。お前たちも東北出身なのだから、雪道を運転することはこれから多々あることだろう。免許を取得したらぜひ雪道運転を味わってほしい。
2022.01.08
コメント(0)
2022年もすでに1週間が過ぎた。年末年始の休暇も明けて、通常通りの生活に戻りつつあるが、体はそうはいかないようだ。年末年始のあわただしさもあったが、何と言っても休暇中の食事のせいで、確実に体重が増加している。いわゆる正月太りというやつだ。 今年は久しぶりに日本で過ごすお正月ということで、結構食事にお金を使ってしまった。年末から正月にかけて、外食も結構行ったし、自宅でもカニ鍋をやったり、スーパーのオードブルを大量に購入したり、親父のところで豪勢な正月料理を食べたりととにかく食べていた。 正月料理に疲れて最後に食べたのが、カレーだ。これが美味しくてまた大量に食べてしまった。 日本で年末年始を過ごして太らなかった記憶はないので、毎年の事なのだが、正月明けには必ず後悔している。太っただけでなく体が動かなくなっているのだ。 お父さんが生まれ育った東海地方は、正月でも温かい。最高気温は10度以上(年によっては15℃以上)はあるし、雪など降らない土地だったので、正月も海へ行って凧揚げをしたり、庭で羽根つきをしたりと結構体を動かすことができた。 しかし東北の正月は、ひたすら屋内で過ごすしかない。外は雪が降っていて遊べるところもなければ、氷点下の中でやれることもない。まあ雪かきをするぐらいしか体を動かすことがないのが、東北の正月だ。 家の中にいれば、やることはごろごろとしているか、食べているかだ。あっという間に体が重くなる。東北の正月はとても体に悪いと思っている。 怖くて測定していないが、血糖値も明らかに悪くなっているだろうと思う。仕事が始まってようやく普段の生活を取り戻したが、体重を戻すまで意識して節制していかなくてはならない。
2022.01.07
コメント(0)
ファストフードの店員やファミレスの店員というのは、日本ではアルバイトやパートの人が多い。お父さんが住む東北の地方都市では大学がないので、パートの女性を多く見かける。 基本的に都市部に比べてお客さんの数も少ないので、何とかなるのかもしれないが、正直言って関東に住んていた時代と比べてサービスの質はともかく要領がとても悪いと感じることが多々ある。 例えば店が空き席待ちで混雑しているとき、店内を見ると結構空席があることが多々ある。店員は現在座っている人の相手で新しい客を案内できないでいるのだ。また待っている人が多ければ、気にして早めに店を出る人も多いのだが、空いた席の片付けができないので、いつまでの待っている人が席につくことができない。 店員は忙しそうにはしているが、空いた席の片付けをせず手ぶらで店内を歩き回っている。お父さんも学生時代にファミレスでアルバイトをしていたが、要領よく回せば問題のないレベルの混雑具合でも、まるで回すことができていない。 持ち帰りもできるファストフードでもこの要領の悪さはよく目立つ。目の前のカウンターにすでに注文を終え、お金を支払った人の分ができているにも関わらず、注文を必死になってとっている。3人分を渡すのに1分とかからないだろう。それでも目の前の列を捌くことに精いっぱいで、店内はますます混雑する上に、待っている人がいら立ってくる。 自動車のディーラーに行ってもそうだ。全国一律に教育は行っていると聞いているが、関東と東北ではディーラーへ入ったときの態度がまるで違う。まずどんな人でも声をかけてくるのが、関東のディーラーであり、雨が降っているときなど車が入ってくると店員が傘を持って迎えてくれるのも珍しいことではなかった。東北でそんなことをするディーラーを見たことがない。 それどころか新車購入を考えて訪れた時も、売る気があるのかと思うぐらい適当なことも多い。お父さんは東北に移住して過去2回車を購入しているが、2回とも最初に行ったディーラーで商談をまともに勧められなかった。 1回目は、購入を検討していると言っているのに、今日は営業マンが足りないので別の日に来るように言われたので二度と行かなかったし、2回目はかなりいろいろ交渉していたが、決定しようとしていた日に担当営業マンがイベントで外出中で、イベント会場に来てくれれば対応するから来いと言われ、その日のうちに別の同系ディーラーへ行き、つめた条件よりさらに良い条件なら即決すると言ってそこで購入してしまった。 地元の人にはあまり言えないのだが、他県、特に関東方面から来た人しかいない場合は、東北のサービス業のひどさで盛り上がるときがある。地元の人は、ずっとそんな環境で生きているので、あまりおかしいとは思わないようだ。もちろん東北にもきちんとできる人はいるし、関東でも要領の悪い人はいる。 ただ圧倒的に東北にいる方が、ひどいサービスに当たる確率が高い。お父さんもお母さんもほぼあきらめているのだが、子供たちにこの環境を当たり前と思ってほしくないので、一度は関東へ出て仕事をするなり学生をするなりしてほしいと思っている。
2022.01.06
コメント(0)
昨年末、日本人で初めて前澤氏が宇宙旅行へ行った。本当の金額はわからないが、約100億円だったと聞いている。お父さんには逆立ちしても手に入れることができない額だ。僻みが主な理由だろうが、お金の無駄遣いとか、金持ちの道楽という意見もあったが、間違いなく日本人の民間人宇宙旅行者として歴史に名を刻んだと思う。同時に日本人が初めて宇宙旅行をした年として、2021年は日本人に記憶されることになるだろう。 お父さんは子供の頃、技術の進歩によって、お父さんが死ぬまでには宇宙旅行に行けるのではと期待していたし、ひょっとしたら月に降りることもできるかもしれないと思っていた。しかし残念ながら、このままでは一民間人のお父さんが死ぬまでに宇宙に行くことは難しそうだ。 お父さんの子供の世代でも難しいかもしれないが、孫の世代だったら気軽に行けるようになるかもしれない。お父さんが子供の頃は、海外旅行すら一大事だった。成田空港ができる前、お父さんの父親がアメリカに出張に行ったのだが、一族で羽田空港まで見送りに言った記憶がある。その時初めてモノレールに乗った。 当時は直行でアメリカ本土までは飛行機が飛べずに、アラスカのアンカレッジ経由で飛んだと後から父親に教えてもらった。お父さんは海外旅行はもちろん、アメリカ留学もしたので今の同世代よりは海外に行っている方だ。海外に行くことが一大イベントという感覚はない。 これは日本経済の発展もさることながら、やはり技術の進歩で飛行機に乗ることの費用が下がってきたからだと思う。 宇宙旅行は今のところ、飛行機でいうところの100年前ぐらいのイメージではないだろうか。ようやく民間の企業が自前のロケットで宇宙を目指し始めたところだ。そう考えると宇宙旅行が珍しくなくなるのはお父さんのひ孫の世代ぐらいかもしれない。 お父さんが子供の頃、今よりも飛行機の墜落事故のニュースがたくさんあったように、宇宙旅行で命を落とす人も出てくるだろう。それでも人間が持つ未知の世界へのあこがれは、民間人が普通に宇宙へ行ける時代を確実に作り上げると思っている。 生まれ変わりというものがあるのならば、次は宇宙に当たり前に行ける時代に生まれてみたいと思う。そのころの世界が平和なのか、どんな考えやシステムで成り立っているかわからないが、幸せに生活できる時代であってほしいと思う。
2022.01.05
コメント(0)
お父さんが実家で親と住んでいた時代、まあ生まれてから高校を卒業するまでの間であるが、冬になると母親が夕食に湯豆腐を作ることがあった。鍋に昆布を入れて豆腐を温め、ポン酢か醤油で食べるだけのありふれた湯豆腐だ。 夕食のメニューが湯豆腐だと言われた日は、実に残念な気持ちになったのを覚えている。喜んで食べているのは両親だけで、お父さんも兄弟も子供はみなもそもそと食べて終わりという実に寂しいメニューだった。どうしてこんなに味のないものを食べて喜んでいるのか不思議だった。 ところが50歳を前にして、今では湯豆腐でも食べたいと思うことが結構ある。お父さんの子供の頃と同様にお前たちが嫌がるので、お母さんが作ることはまずないのだが、こってりした鍋などよりあっさりした湯豆腐の方がいいと思うことが結構ある。 いったい人は何歳ぐらいから湯豆腐を美味しいと思うようになるのだろうか。少なくとも20代の頃に湯豆腐を食べたいと思ったことは無いような気がする。30歳後半ぐらいが湯豆腐を食事として認められる境目かもしれない。 先日豚しゃぶをやったときに、お父さんはそんなに食欲がなかったので豆腐を入れてもらいそればかり食べていた。寒い冬に食べる湯豆腐(厳密には豚しゃぶで豆腐を入れたもの)はやはりとても美味しかったし、体が温まった。好きなものがいくらでも食べられる今の時代であっても、湯豆腐が料理として残っているのは、一定年齢に達した人たちが湯豆腐を美味しいと思うからなのだと思う。 京都で有名な湯豆腐の店などがあるが、若いころは京都まで行って湯豆腐を食べる意味が分からなかった。だが今では京都で湯豆腐を食べてみたいと思っている。お母さんと2人で京都に行ったとしたら、湯豆腐を食べに行くのではないかと思う。 お前たちのような若者にはまだわからないだろう。でもあと30年もすると、湯豆腐が食べたくなってくると思う。その時、お父さんが今言っている湯豆腐への思いが理解でいるのだろう。もちろんそのころにお前たちに子供がいたら、子供たち(お父さんにとっては孫たち)には理解されないだろうが。
2022.01.04
コメント(0)
お父さんはお笑い番組を見るのが好きだ。それも純粋に漫才とかコントを見るのが好きで、お笑い芸人が司会をしながらゲームをやったりするのを見るのはあまり好きではない。 年末から年始にかけて、毎年のようにお笑い番組が目白押しとなる。最近はお笑い芸人を集めてきちんとした漫才やコントを披露する番組があるので、それなりに見ているのだが、お父さんも年をとったと感じるようになってきた。 お父さんは純粋に話術で笑わせてくれる芸人が好きなのだが、今の芸人でネタを披露してくれる中でいると、ナイツ、博多華丸大吉、サンドウィッチマンなどだろうか。お笑い第7世代とかいう、今の若者に人気の人たちのネタを見ていても、ひねりは少ないし、大声を出しているだけのものもあるし、うまいなあとお父さんが感心するお笑いがとてもすくなくなっている。 ただ笑いの雰囲気というのが徐々に変わってきているのだろうと思う。世代的に今のお笑い芸人はほとんどがお父さんより年が若い。彼らの面白さとお父さんが求める面白さに格差ができてしまったのだろう。現に息子や娘はお父さんがまるで面白いと思わないネタでけっこう笑っている。 お母さんにも意見を聞きたいところだが、お母さんはもともとあまりお笑いが好きではないので、参考にならない。 そういえば2月にお父さんの大好きな落語家である立川談笑の落語を見に行く予定だった。落語も古典と言われるネタから、創作落語と言われる現代風の落語までいろいろあるが、談笑は創作落語の方が面白いとお父さんは思っている。どんなネタをやってくれるかわからないが、今から楽しみにしている。
2022.01.03
コメント(0)
お父さんは1998年に留学でアメリカに渡った。最初のお正月というかアメリカなのでNEW YEARなのだが、どこで過ごすか悩んでいた。とりあえず当時はまだ結婚していなかったが、お母さんが日本から遊びに来ることになっていたので、お母さんの大好きなフロリダのディズニーワールドが有力候補だった。 ディズニーワールドと言っても、東京のディズニーリゾートと異なり、様々なテーマパークが点在している。ディズニーマジックキングダム、ディズニーアニマルリゾート、エプコットなどドコモニューイヤーのイベントをやっていてなかなかどこを選ぶか大変だった記憶がある。 そんな中で、小さなエリアながらお酒も飲めて大人しかニューイヤーイベントに入場できないところで過ごすことになった。お父さんははお酒が飲めないし、果たしてそこでいいのかと思っていたが、おそらく一番すいているだろうという目論見でそこに決まった。 12月31日の夜に、イベント会場に行ってみると確かに大人しかいないので、他のテーマパークよりはすいていたのではないかと思う。ただし、アトラクションとかもないので、ひたすら屋台などを回って時間をつぶしていた。 さて肝心のカウントダウンが始まり、新年の花火が始まった。真上に上がる花火を見始めた数十秒後、空を見上げていたお父さんの目に、花火のカスが飛び込んできた。びっくりするほど激痛で、お父さんは下を向いて目をこすっているし、お母さんはお父さんが目が痛いとうつむいているので、心配してお父さんを見ているだけという状態で、二人とも花火を堪能できたのは最初の数十秒という情けない結果になってしまった。 まあこれも一つの人生の思い出だとは思うのだが。花火が終わるとアトラクションもないそのパークでお父さんたちはやることがなくなってしまい、早々にホテルに戻ってしまった。意気込みの割に、あっさりと終わったアメリカでの初のニューイヤーだった。
2022.01.02
コメント(0)
新年あけましておめでとうございます。とうとう2022年になった。お父さんが50歳を迎える節目の年でもある。しかしながら今年の前半はとにもかくにも長女の大学受験だ。統一テストを目前に控えているので、今年はコロナが落ち着いているとはいえ、帰省もせずに自宅に引きこもっている。 60歳まであと10年しかないので、お父さんにとっては仕切り直しをしようと思う年でもある。今の会社に入社して15年以上がたっている。今年は今まで手を出していなかった現場の最重要工程の技術に挑戦してみようと思っている。 お父さんの会社では、年々ベテランの技術者が高齢になり、無理がきかなくなっている。さらに毎年製造している製品の品質要求は厳しくなってきており、技術者不足がここ数年問題になっている。人を育てることが苦手な中小企業なので、お父さんがまずはある程度技術をできるようにならないと、若い人に指導もできないと感じているのだ。 今年はお父さんの会社で技術の要として働いてくれていた重要な人が、退職する予定だ。この人が退職すると、今までできていたレベルを保てるか不安になる程のひとである。本人も自覚してくれているので、定年の年齢を過ぎてもそのまま頑張ってもらってきたが、さすがに厳しくなってしまった。今年からはお父さんが技術者として受け継いでいかなければならないと思っている。 長女の大学受験でお父さんもお母さんも精神的に不安定になっているが、長女も頑張っているのだから、お父さんも頑張ろうと思う。 あとは、やっぱり痩せることだろうか。糖尿病を改善しておかないと子供の学費、住宅ローン、老後の資金とまだまだ稼がなければならないのに働けなくなってしまうかもしれない。タバコもやめるべきなのだろうが、まだ実行には移せていない。 今年も頑張って仕事と家庭と両立できるようにしていこう。
2022.01.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1