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12月の半ばからお隣のビルの改修工事が始まりそれ以来騒音に悩まされています。角部屋で非常階段と4~5mの植え込みを隔てただけの距離なのでモロに騒音が飛び込んできます今は寒いので窓もベランダの戸も締め切っていてもこの大音暖かくなって開け放つようになったらドウナルコトヤラ電波の受信にも影響があって夫は好きなFM放送に雑音がまじって工事がお昼休みの正午から1時までと終了する5時以後しか聴いても楽しめないと・・・素子をふやしたアンテナに替えたら少しマシなようですがプレートには工事終了8月31日と トホホ
2011.01.21
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ブラインドテニスの創設者であり連盟の会長の武井実良氏が駅のホームから転落死されたという痛ましいニュースが報じられました。私も、転落された直後の障がい者と向き合ってしまったことがあり、ブログを立ち上げたばかりの頃(2005・10・17)に書いています。「きゃあ~」Nさんの姿を見るなり、大声を上げてしまい、「いきなり何ですか?びっくりするじゃないですか」と怒られた。「だって、血だらけですよ!!」早速、事務室から救急箱を借りて、濡れタオルで、顔と手を拭き、傷バンを貼った。幸い血から想像したより傷は小さく、ホッとした。ホームから転落したとのこと。ご自分では、あまり痛みも感じなくて、そんなに大量に出血しているなんて(見えないので)分からなかったそうだ。助けてくださった駅員さん、手当てするなどもう一歩のご配慮を。視覚障がい者の70%の方は、転落の経験者とか。転落防止柵が、早くどの駅にも設置されるといいな。ほろ酔いのおじさまにも、有効なんですから。(以下略)軽症で済んだNさんと、亡くなられた武井さん。生死を分けたものは何だったのでしょうか?話が飛んでしまいますが、今期講座で読んでいる『Bud,Not Buddy』バディじゃないバドだよ日本語訳『バドの扉がひらくとき』には1920~30年頃に活躍したジャズマンの名が実名でしばしば登場します。その中の一人ブラインド・レモン・ジェファーソン。名前の通り盲目のブルース・シンガーだそうです。黒人ということ自体が快適な生活を送るのにはハンディであった時代に、加えて障害を持っていれば自立するために、音楽の才能を活かそうとしたのは当然だったでしょう。盲目のジャズマンは他にもいて、全員がブラインド~~とCDのジャケットに書かれています。“全盲の”ピアニスト辻井伸行さんは、「ただピアニストとだけよばれるようになりたい」とおっしゃっています。わたしが交流してきた見えない方たちも見えないことを言い訳にしたくないと話されていました。ジャズマンたちは、ブラインドと書き加えられることをどう感じていたのでしょうか?
2011.01.18
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やりとりする年賀状の中に以前交流のあった見えない方たちが4人いらっしゃいます。この方達には点字で年賀状を差し上げています。最初は普通に宛名を書き、それから点字を書きます。順序が逆だと、せっかく書いた点字がつぶれることがあるからです。いまでは、点字器もこんなにカラフルになったのですね退職した当時は、みなさん点字の年賀状をくださったのですが、音声ソフトを入れてパソコンを使い始めると手書きの点字が面倒になったのでしょうかいまでは、全部墨字の年賀状になってしまいました今年は珍しく1通点字の年賀状をいただきました。喜んで読み始めたのですが、松の緑の枝の部分に書かれた点が読み取れません点訳者は、点字を指でなく眼で読むので、白紙に鮮やかに点が見えないと読み取れないのです。仕方なく凹面を見ましたが、ここでも宛名の黒インクにかかる部分は読みにくいのです。凸面・凹面を何度となくひっくり返しながら何とか読み終わりました。点字に関しては、晴眼者は不自由なものです
2011.01.05
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日々何か心せわしく日記の更新も間遠になってしまいましたが、今年もよろしくおねがいいたします。
2011.01.03
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